auのWALLETポイントはどこでも使えるポイントになれるか

auのWALLETポイントはどこでも使えるポイントになれるか

2016.12.02

KDDIは、同社のスマートフォン/ケータイユーザー向けの会員制プログラム「au STAR」のサービスを拡充した。au STARは既存のポイントシステム「au WALLET」を拡張し、携帯電話サービスの長期利用者に利益還元するためのプログラムだ。今回の拡充では長期ユーザーへのメリットが高まっているが、一方でポイントシステムそのものに対する各社の取り組み姿勢の差も浮かび上がってきた。

au STARプログラムは大別して3つのサービスからなる無料の会員制プログラム。今回はそのうちのポイント制度が焦点となる

「au WALLET」の価値を拡大する「au STAR」

KDDIにはauの携帯電話やKDDIの光回線/ADSLといった固定回線サービスなどを利用するとポイントが貯まる「au WALLET」ポイントサービスがある。2014年6月にサービスを開始し、au WALLETのポイントは回線利用で貯まるだけでなく、au WALLETプリペイドカードや同クレジットカードの利用、あるいはモニターサービス「auまちモニ」への参加などでも貯められる。

貯まったポイントは1ポイント=1円で換算して、電話料金の支払いや機種変更時の代金に充当したり、au WALLETプリペイドカードへチャージ、あるいは同クレジットカードの支払いにも充当できる。また、一定量のポイントでプレゼントと交換する「au WALLETポイントプログラム」もある。

au WALLETは好調なスタートを切ったが、当然残る2社も追い上げてくる。また、総務省により、長期契約者への利益還元を時拡充するようにという指導も入った。そこでau WALLETを拡張するプログラムとして登場したのが「au STAR」だ。au STARは、スマートフォン/ケータイユーザー向けの無料の会員制サービスで、大きく分けて3つの機能がある。

まず、auへの契約年数と現在利用しているデータ定額量に応じてポイントの還元率が上がる「au STARロイヤル」。本来1,000円につき10ポイント貯まるものが、利用年数4年以上になると20、40……と変換率が上がっていき、16年以上の超長期利用者には1,000円あたり100ポイント貯まるようになる。

WALLETポイントは長期利用者ほど還元率が高い

続いて、auショップの来店予約が可能になる「au STARパスポート」。auに限らず携帯ショップは待ち時間の長さがネックだが、事前に予約を入れることで待つことなく確実に利用できるというもの。専用のウェブサイトからの予約となる。

最後に、利用者にさまざまなプレゼントが贈られる「au STARギフト」。このプレゼントには電子配信されている楽曲や電子書籍などが含まれるほか、海外で「世界データ定額」を1回、24時間まで利用できる権利を毎月もらえたり、au STAR会員向けの「au STARギフトセレクション」や「じぶん銀行」の利用特典など、さまざまな特典を増やしている。さらに契約更新時には「au STARギフトセレクション」で利用できるポイント3000ポイントぶんのギフト券ももらえるなど、auを長期間使いたくなる仕掛けを用意している。

なぜ1ポイント=1円の壁を超えたのか

今回の発表では、WALLETポイントをモノなどに交換できる「au STARギフトセレクション」が目玉といえるだろう。サッカー日本代表の一日体験ツアーといった体験価値の提供も目新しいが、ポイントの交換対象としてauが厳選したモノに注目したい。実はこの商品群、ポイントの点数よりも市価の方が高く、概ねではあるが1ポイント=1.5円相当前後になる。

10000ポイントの対象商品
20000ポイントの対象商品
30000ポイントの対象商品

従来、ポイント制度などで市価よりも安く設定されている場合などは、メーカー側が嫌がるものなのだが、KDDIでau STARプログラムを担当するコンシューママーケティング2部の水野香氏は「商品を提供しているメーカーの努力であったり、KDDI側の負担なども含まれる」と説明しており、かなり無理を通して実現しているとのこと。長期利用ユーザーへの「利益還元」というにふさわしい努力が払われているようだ。

とはいえ、1円=1ポイントを超えるというのはポイント制度的には画期的だとはいっても、対象はau STARギフトセレクションだけであり、その他のサービスでは1円=1ポイントにとどまっている、au WALLETはポイント還元の機会が基本的に自社サービス利用時というクローズドな環境で、還元率も全体的に低いなど、他のポイントよりも貯まりにくい印象がある。ギフトにいい商品が並んでいても、現実的に入手できる気が起きないのだ。

還元率のアップやポイントの提携は?

どうせなら通信費だけでなく、全体に還元率を上げたり、あるいは別のポイントサービスとの相互ポイント交換といった方向には行けなかったものだろうか。発表会場でもメディア各社からの質問は相互交換の計画などに集中した。

この点について、前述した水野香氏は課題であることは認めつつも「貯まる率が悪いのではなく、見せ方の工夫が足りていないという認識」だという。実際、KDDIの田中社長は11月1日に開催された決算会見で、既存ユーザーへの還元強化を宣言。KDDIとしては今後ポイント還元に大きな予算を割いていく予定であり、au STARなどを通じた還元額は2016年度下期で100億円規模、2017年度は数百億円規模の予算が組まれているという。こうした予算が利用してギフト商品の質の底上げにつながっているわけだ。

では、なぜ他サービスとの提携は行われないのか。これについてKDDIでは「サービスの継続性」を理由に挙げている。たとえばドコモはdポイントとローソンのPontaポイントと相互交換を実施しているが、コスト的にはかなりロスが大きいのではないかと分析している。

損失は自社で補わねばならないが、規模が大きくなっていくと原資的に限界がある。提携先サービスと持ちつ持たれつな関係になれればいいが、一方的にポイントを吸収されるような関係になってしまうことは避けたい。ならば、対外的な関係の影響力が高いポイントよりも、自社で制御しやすいプレゼント商品を値引きしたほうがより安定もするし、実現もしやすいということだろう。その場限りの花火ではなく、きちんと長期間での展開を考えているところは好感が持てる。

ポイント制度はどこが成功するのか

au WALLETが人気を博したことで、対抗する2キャリアも即座にポイント制度にテコ入れを行なった。ソフトバンクはau WALLETの発表後すぐに、CCCと提携して、2014年7月から同社の「ソフトバンクポイント」をTポイントに移行した。ドコモにも「ドコモポイント」があったが、2社に遅れること約1年半、2015年12月に「dポイント」としてリニューアルした。

大手キャリア3社のポイント制度を並べてみると、それぞれの特徴がうかがえる。ソフトバンクは社外のTポイントと提携することで、ポイント制度自体の手綱を取ることはできないが、ポイントの提携先は圧倒的に多く、ポイントが貯まりやすく使いやすいという汎用性を最大にすることができた。

また、傘下のヤフーをうまく利用して、ECなどの利用でポイントの還元率がどんどん高まるような仕組みを用意している。中には10%、20%といった高倍率が実現するキャンペーンも実施されるほどだ。コンビニチェーンとしてファミリーマート系での利用が行えるが、全国に展開しているTカード加盟店のほうが大きなインパクトだと言えるだろう。

ドコモはau WALLETをよく研究し、マクドナルドなど、ポイント還元率の高い提携先を増やすなどして魅力を高めている。コンビニチェーンとしてローソンと提携し、同社のPontaカードと相互にポイント交換ができる(交換レートは1:1)。また、ポストペイド式電子マネーの「iD」を擁するにも関わらず、プリペイド式のdポイントカードを導入するなど、広くユーザーに訴求するようにしているのが特徴だ。

規模感の違いこそあれドコモも付与ポイントを高めるキャンペーンを実施している

先行するau WALLETは、提携先はさほど多くないものの、先陣を切って制度を導入したこともあり、コンビニチェーン最大のセブン-イレブンと提携できたのが大きい。そこに来て今回のau STARの導入で、還元率の改善とお得感の醸成を狙う。経済圏がクローズドである点は短所だが、無理せず手堅い改善を施していくことになる。

ポイント制はユーザーをキャリアの経済圏に囲い込むための非常に有効な手段ではあるが、貯まりが悪かったり、見返りが悪くてはポイント自体への魅力が薄れてしまう。提携先を増やし、効率的に貯まる仕組みを用意して広くポイントが貯まるようにしなければならない。

この点は各社とも苦労しているようだが、KDDIとしては「サービスの継続性」というキーワードで、無理せずユーザーに還元する道を選んだことになる。競争はこれからも激化するとみられるが、各社とも数千万のユーザーに影響するだけに、制度破綻するような拙策は控えねばならない。KDDIが選んだバランスがうまく機能するかどうかを注視したい。

その面倒な組織カルチャー、印鑑が原因ですよ

藤田朋宏の必殺仕分け人 第4回

その面倒な組織カルチャー、印鑑が原因ですよ

2019.03.18

印鑑業界による印鑑文化の優位性アピールが話題

会社経営者として感じる、捺印作業の面倒さ

「サイン文化」と「印鑑文化」で変わる組織カルチャー

行政手続きのオンライン化を目指す「デジタル手続き法案」をめぐり、全日本印章業協会がアピールした「印鑑のメリット」が話題になっている

「代理決済できるという印章の特長が、迅速な意思決定や決済に繋がり、戦後の日本経済の急速な発展にも寄与してきた」(原文ママ)というものだ。

「ハンコならこっそり代理決済ができる」などと、身も蓋もなく自ら印鑑廃止を後押ししてしまいかねない意見が出てしまったことは興味深い。
でも僕は、ただのバイオテクノロジー屋なので、ITを活用した効率化しますよ業界の回し者でもなければ、印鑑業界の人を敵に回すメリットだってないので、特にこの点について深く言及しないし、「日本における今後のハンコをどうするべきか」なんてことを掘り下げて云々するつもりもない。

ただ、日本を含む4カ国でスタートアップを立ち上げた経験から、企業の組織カルチャー形成に、承認方法としての「印鑑」と「サイン」の違いが、とても大きな影響を与えているのではと実感した話を書いておきたい。

日々、何かと多すぎるハンコ作業

まず共有しておきたい事実は、日本で会社を経営すると、毎日ものすごい数の代表印や銀行印や社印を押さなければいけないということだ。(会社の印鑑って3種類あるの知ってました?)

お客さんと契約してお金をいただくときに契約書に捺印するのはイメージできると思うが、その後もお金が銀行口座に無事入るまで、受領やらなにやら契約書だけでなく、さまざまな書類にとにかく捺印をしまくる必要がある。

また、家賃を払う、プリンターのトナーが切れる、実験試薬を買うなどなど、とにかく会社を運営する活動の一つ一つに対して、それぞれ細かくおびただしい数の印鑑を押す。法人が国や地方自治体に税金を払う時はもちろん、社員のあれこれも、例えば社員の誰かが結婚したり引っ越したりするだけでも印鑑を押しまくる。自分で会社をやってみてつくづくわかったが、とにかく捺印の数が膨大だ。

しかも、びっくりすることに、民間企業も市町村も、同じことをするために、それぞれがまったく違うフォーマットの書類に捺印を求めてくる。

こうして、大量な上にフォーマットがまったく違う書類を毎日渡されて、決められた位置に決められた種類の捺印をすることは、仮に契約書や書類の中身をまったくチェックしないで無責任に捺印したとしても、結構な時間を必要とする作業だ。

捺印にかける時間が惜しい

しかもうわの空で押していると、銀行印を押すべきところに代表印を押し間違えてしまったり、インクが簡単にかすれてしまったりするのが印鑑だ。人生において、こんな捺印ミスなどという程度のことで書類を作り直してもらう羽目になった回数を考えただけで、こんな単純な作業に失敗する情けなさとと、書類を作ってくれる従業員への申し訳なさで、どこかに隠れてしまいたい気持ちになる。

そう、僕は毎日、隠れてしまいたい気持ちになっているのだ。

なぜ、日本から印鑑はなくならないのか

我々の会社のように、たとえ社長だろうがあっちこっちに、営業に謝罪にと、せわしなく飛び回わることで、なんとか会社の体を保っているような規模の企業の方が世の中には多いと思う。そんな"貧乏暇なし社長”がこの捺印という物理的作業に忙殺される時間というのは、正直いって無駄以外の何物でもない。

にもかかわらず印鑑を押すという文化が日本に残っているのは「捺印するという作業」は、誰かに頼めてしまうからなのだと思う。多くの会社において「捺印をし続けるという作業」を自分でやっている社長はあまり居ないのかもしれず、ここが、すべて自ら書かなければいけないサインとの最大の違いなのだろう。

ちなみに、僕の場合は「捺印をし続けるという作業」だけを人に頼むような仕事の依頼の仕方は好みではないので、あちこちに会社を立ち上げては、担当者に「代表取締役」の役職ごと譲るようにしている。

海外の「サイン文化」は印鑑以上に面倒?

冒頭にも書いたが、僕は日本以外の3カ国でも会社を経営している。言うまでもなく日本以外の国は、承認の証としては「サイン」が一般的だ。

日本の会社同士の契約書の場合は、代表者の名前の脇に代表印と社印を、契約書を閉じた裏面に割印を一カ所押す形式であることが多い。つまり、二者間の契約であれば、先方用の契約書と当方用の契約書をあわせて、計4カ所の代表印と計2カ所の社印を押せばよい。

ところが、海外の契約書は、すべてのページにサインをしなければならない。海外の契約書は「実際にそんなことは起きないって」ってくらい、ありとあらゆる場面を想定した契約書になっていることが多く、とにかく契約書が長い。

感覚として、同じような内容の契約をするのに、日本の会社同士の契約の5倍~10倍のページ数になっても驚かない。

つまり、ちょっとした契約書でも軽く100ページを超えてくるわけだが、このすべてのページに手書きでサインをすることを想像して欲しい。契約書の中身を読んでただただサインを書き続けていると、「こんな作業に時間を使い続けてていいのだろうか」という自問の気持ちが芽生えてくる。

その組織カルチャーの差、ハンコとサインの差が原因ですよ

言うまでもなく、サインは誰かに代わりに書いてもらうことはできない。では、サインを書く物理的な時間を減らすために、何が起こるのかというと、「権限委譲」が進むのである。

日本の会社だと当たり前のように社長の名前で締結する規模の契約でも、海外の会社だと担当部長あたりの名前で契約を締結してくる。

もしかしたら、日本の会社のカルチャーだとそれは失礼なことに当たるのかもしれないが、サインを前提とした会社において、会社のすべての契約を社長名義で契約していたら、社長の一日は「サインを書く」という作業だけで終わってしまう。だから、どんどん権限委譲をしていくしかない。

日本の大企業の合意形成や意思決定のあり方を分析する文脈において、「日本の会社は権限委譲が進んでいない」とか、「プロジェクトごとの意思決定者の所在がよくわからないから、スピード感が遅くなってグローバル競争に負けてしまう」などという指摘を頻繁に見る。

特に近年流行りの「日本企業のホワイトカラーの生産性を高めましょう」という議論の多くでは、日本企業のこういった特殊性の原因を、日本人の歴史的・文化的背景や、国民性が理由であると結論づけている。

だからもっぱら、風通しがよく責任範囲が明確で、意思決定の早い会社にするために、せっせと組織構造をいじったり、管理職に研修をしたりと、コンサル屋さんが儲かるだけの努力に大きなお金を払うことになっているのだが、大きな効果が得られているようにみえない。

僕の考えは、特殊性の理由がちょっと違っていて、「その組織カルチャーの差って、捺印とサインの差が本質的な原因ですよ」と、わりと確信に近い自信を持っている。

捺印の作業だけを誰かに頼むのではなく、捺印をする権限ごとどんどん頼んでしまえばいい。ハンコにウンザリしている世の中の社長さん、そう思いません?

(藤田朋宏:ちとせグループ 創業者 兼 最高経営責任者)

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2019.03.18

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第32回は、実家暮らしの男性に降りかかる「子供部屋おじさん」論議について

「子供部屋おじさん」という言葉が注目されている。言葉自体は2014年あたりからあったそうだが、今また脚光を浴びているそうだ。

「○○おじさん」「○○おばさん」という呼称には、「アイカツおじさん」のように秀逸かつもはや「Sir」級の「称号」と言って良いものもあるが、大体が蔑称である。

その中でもこの「子供部屋おじさん」の蔑視ぶりたるや、である。意味はわからなくても本能で「馬鹿にされている」と察することができる。

「子供部屋おじさん」とはどんなおじさんを指すかというと、成人しても親元を離れず実家の「子供部屋」で暮らし続けるおじさんのことである。「パラサイトシングル」を、言われた相手の血管が切れるように魔改造した言葉だ。言葉としては「上手いこと言うな」と感嘆するしかない。

単に「実家住みのおじさん」という意味ではなく、「いい年をして親から自立せず、自分では何も出来ない、中身は子どものままのおじさん」という痛烈な批判が込められている。

この「子供部屋おじさん」は、ひきこもりやニートとは違い、仕事はちゃんとしている場合が多い。だが逆に「実家を出ようと思えば出られるのに出ない」という点が余計「甘え」と見なされ、ここまでの鬼煽りを食らう羽目になったとも言える。

このように世間からみっともないと思われがちな「実家住みの成人」だが、本当に彼らは社会の病巣であり、親から見れば寄生虫なのだろうか。

一人暮らしは今や「修行」かもしれない

子供部屋おじさん含むパラサイトシングルにも言い分はある。まず「実家から出るメリットが見いだせない」という理由だ。

実家が持ち家の場合、一人暮らしをするよりも実家住みの方が経済的には圧倒的有利だ。親側からしても、純粋に寄生されるのは厳しいが、生活費などを入れてもらえるなら、逆に助かるという場合もある。

また職場からの距離も実家から通った方が近いと言うなら、わざわざ経済的負担を負いながら、場合によっては遠距離通勤をする「一人暮らし」というのは「修行」という意味しかなく、昨今盛んに言われる「コスパ」「合理化」という観点から見ると「正気か」というような無駄でしかない。そのため、インフルエンサー的な人が一発「まだ一人暮らしで消耗してんの?」と言えば、容易に世論が傾いてしまいそうな気がする。

しかし「修行という意味しかない」と言っても、その「修行」に意味がないわけではない。一人暮らしが人間に自立と成長を促すのは確かである、自分のことは全て自分でやらなければいけないのだから当然だ。

逆に、衣食住が保証された実家で、お母さんにご飯と身の周りの世話を全部やってもらっていたら確かに子供となんら変わりないし、もし仮に結婚して家を出たとしても、今度は嫁に母親と同じことを求めるだろう。

結果として、「見た目は中年、中身は子供、価値観は団塊」というバランス感覚皆無の生物が爆誕することになりかねない。そういった意味では、いかに合理的でなかろうが、一人暮らしをする意味はあると言える。

だが、親の方が子どもに「実家にいてほしい」と望むケースもある。

前に「増加する共倒れ家庭」という、タイトルからして明るい要素皆無のテレビ番組を見たことがある。老齢一人暮らしの父親の元に、非正規雇用で自活できない息子が帰ってきて、そのせいで生活保護が打ち切られ、ますます困窮するというマジで暗い所しかない話だった。

しかし、父親の方が息子に対し「迷惑だから出て行ってほしい」と思っていたかというと、そうではなく「自分が老齢で何があるかわからないので居てほしい」と言っていたのだ。

このように、高齢の親からすれば、子供がいてくれるのは「安心」という面もある。ほかにも、介護のために実家に戻って来た者もいるのだから、一概に「子供部屋おじさん」とバカにすることはできない。

「子供部屋おじさん」がここまで燃える理由

そして、この「子供部屋おじさん」に今更激烈な反応が起こっているのは、「おじさん」と性別が限定されているからだろう。

当然「子供部屋おばさん」だって存在する。私も結婚して家を出るまで実家にいたし、成人すぎても小学校入学の時買ってもらった学習机を使っており、もちろん身の周りのことは母親を越えてババア殿にやってもらっていたという、どこに出しても恥ずかしくない「子供部屋おばさん」だった。親は私を家から出すのに相当勇気がいったと思う。

しかし、バカにされているのは専ら「子供部屋おじさん」の方で、言葉自体も「ブサイク」には「ブス」ほどの破壊力がないように、「おばさん」より「おじさん」の方がどう考えても「強く」感じる。

「子供部屋おばさん」にパンチが足りないのは言外に「女はまあ実家住みでもいいんじゃね?」という見逃しがあり、逆に男には「男のくせにいつまでも親の世話になってみっともない」という、男女差別があるせいではないだろうか。

ネットを開けば、ジェンダー問題で毎日ひとつは村が燃えている昨今である。「子供部屋おじさん」が、そっちの観点でアンコール炎上しても不思議ではない。

当然だが、一家の家計を支え、親の介護をしながら家事までやっている「子供部屋おじさん」もいれば、ろくに家に金もいれず、親に三食用意してもらっている「子供部屋おばさん」もいる。もちろんこれはおじさん・おばさんを入れ替えたって言えることだ。

男だから、女だから、で言い切りが出来ないように「実家暮らし」という属性一つでは何も断言することは出来ないのである。

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