「愛」を撮ってほしい若者に大人気! デートに同行する新しい写真撮影のカタチ

「愛」を撮ってほしい若者に大人気! デートに同行する新しい写真撮影のカタチ

昔ながらのビジネスモデルや、廃れつつあるモノやコト……。少しだけ手を加えて“リブート”させると、それが途端、斬新なビジネスに生まれ変わることがあります。そこには多くのビジネスマンにとってのヒントがある、かも。そうしたビジネスモデルにスポットを当て「リブート! “再起業”の瞬間」としてシリーズでお届けします。第7回目は、カップルのデートにカメラマンが同行する、というありそうでなかった写真撮影ビジネスで人気の「Lovegraph(ラブグラフ)」です。

ツイッターやインスタグラムなどでハッシュタグ「#Lovegraph」を検索してみてほしい。 公園や広場、海岸や川辺などでデートする、さわやかなカップルの画像がずらりと並ぶはずだ。

「Lovegraph」で撮影したカップルの写真。さわやかな淡い光の中で、優しく微笑むカップルたち。まるで映画のワンシーンを切り取ったような写真が並ぶ

ぐぬぬ…と、うらやましさを感じると同時に、おお…と写真のクオリティの高さに驚くだろう。それもそのはず。被写体はすべて「Lovegraph(以下、ラブグラフ)」というフォトサービスの利用者で、プロカメラマンが撮影した写真だからだ。

「ラブグラフ」は、カップルのデートや家族の外出に、カメラマンが同行して撮影する、というユニークなサービスである。

撮影の流れはこうだ。

まずWebサイトのフォームから依頼を出す。数日後に担当カメラマンが決まるので、その人と直接メールで打ち合わせをする。あとは撮影希望日時に、待ち合わせたカメラマンと合流して1~2時間ほどロケでの撮影。約1週間後、カメラマンが選別し、美しくレタッチ(画像加工)された10枚の撮影画像がデータで届く。画像はプリントしてもSNSにアップしてもOKというわけだ。

リーズナブルな料金設定にも驚く。

何しろ撮影日が平日なら、1回9,800円。土日祝日でも14,800円でおさまる。通常、フォトスタジオやプロカメラマンにロケ撮影を頼めば、その相場は50,000円程度だという。それに比べると、コストパフォーマンスは相当に高いわけだ。

低料金の理由は、写真スタジオなどを持たず、窓口もほぼすべてがWeb経由で余計なランニングコストがかかっていないことがまずひとつ。加えて撮影カメラマンの多くが、学生やサラリーマンなど本業を持ちながら「ラブグラフ」のカメラマンとして登録していることも大きい。専業カメラマンに比べて、相対的にギャラが抑えられ、質の高い写真撮影サービスを安く提供できるからだ。

気軽にプロのカメラマンに自分たちの自然な姿を撮ってもらえる「ラブグラフ」は、20代前半を中心とした若いカップルたちの心に刺さった。

彼らは、普段の自分をスマホで「自撮り」してSNSにアップするのが当たり前の世代。写真を撮ること、撮られることに慣れ親しんでいる。「もっときれいな写真をSNSにアップしたい」という潜在的な欲求を持っていたからだ。

こうして「ラブグラフ」は、月に200組を超えるカップルから依頼が入るほどになった。撮影写真をアップしたサイトは、月間35万PVを超える人気となっている。

「カップルの方々に『デートのメニューのひとつ』として受けいられたことが成功要因のひとつだと考えています」と、自身もフォトグラファーで、「ラブグラフ」創業者の株式会社ラブグラフ代表、駒下純兵さんはいう。

「若い世代はスマホの自撮りなどで写真が身近だから、撮影そのものを楽しむことに慣れている。そのうえ本格的なカメラマンに撮ってもらえるわけですから、撮影そのものがイベントのように楽しめるわけです。だから『だからディズニーランドへ行くか、海や山へドライブへ行くか、それとも、ラブグラフに頼む?』といった具合に体験型コンテンツの一つとして選んでもらえている」(駒下さん)。

だからこそ、「ディズニーランドなう」のように、「ラブグラフで撮影してもらった!」ということを利用者は喜々とSNSにアップする。それにまた「いいね!」という評価がつき、自然とSNSによる口コミが広がり、それが宣伝になっているという。

実に巧みに若者世代のニーズをくみとったビジネスにみえる。しかし駒下さんは「実は、事業を立ち上げるつもりなんてまったくなかったんですけどね」と笑う。

「僕自身が学生カメラマン時代に感じた、苦々しい思い。それが偶然、今の『ラブグラフ』につながったんですよ」(駒下さん)。

駒下さんは、関西大学に通う1年の頃からはじめたカメラに没頭。「自然な表情を優しいトーンで切り取る」と駒下さんの写真は、ネットで撮影画像をアップできるスナップサイトなどで大人気になった。

「当時とくにうれしかったのは、自分が撮った写真が、その人のツイッターやフェイスブックのアイコンとして使われていたことでしたね。自分に誰かを喜ばせられる力があることを感じ、純粋に写真を撮るモチベーションになっていました」(駒下さん)。

ところが駒下さんは、自分がいつしか「誰かのために」ではなく、「自分のために」を撮っていることに気づいたという。きっかけは、大学2年の冬にカメラマンとして手伝っていた大学のミスコンイベントが終わたとき。感動して周囲のスタッフが皆、泣いている中、自分だけまったく涙が流れなかったことだった。

「なぜ自分だけ泣けないのか…と考えると、僕は自分のことばかり考えて写真を撮っていたからだと気づいたんですよ。お客さんや周囲のスタッフではなく、自分だけを喜ばすためにイベントに参加していた。ちっぽけな個人の承認欲求のために写真を撮っているだけだから、ちっぽけな充足感しかなかったんだと思います」(駒下さん)。

だから、その後は「誰かのために写真を撮って喜んでもらえるにはどうすればいいか?」と自問する日々がしばらく続いた。そして、あるとき、偶然みかけたカップルがいかにも楽しげにデートしている姿をみて、「ああいうカップルの楽しげな姿を撮影したら、喜ばれるのでは?」と思いついたという。

「最初にカメラを持った頃のピュアな感情で写真に向き合える。そして撮った人にも喜ばれる。これは自分が撮るべき作品のテーマだろうなと思ったんです。そして最初は周囲のカップルに声をかけて、自分のツイッターやフェイスブックに載せたら…」(駒下さん)。

ラブグラフのサイト。撮影依頼はすべてこのウェブサイト経由で行える。またラブグラフのカメラマンもこちらから応募可能。定期的に撮影教室も実施している

これが反響を呼んだ。駒下さんの得意とする、やわらかな光線の中で、優しく微笑むスナップは、カップルの幸せを切り取ると抜群に映えた。だから「かわいい」「うらやましい」という声が駒下さんのSNSに殺到した。その中に、後に共同創業者となる友人の村田あつみさんがいた。

「彼女は学生をしながらすでにWeb のデザインやディレクションをしていた。そんな彼女が『もっと大勢の人にみてもらえるようにWebサイトをつくれば』というので、そのまま依頼したんですよ」(駒下さん)。

サイトの名を「ラブグラフ」とした。

いうまでもなく「ラブ(愛)」と「フォトグラフ(写真)」をあわせた造語だ。

サイトができると駒下さんの撮ったカップル写真はさらに人気を増した。サイトを立ち上げた直後に、女性向けキュレーションサイトに取り上げられ、自分もこうした自然なカップル写真を撮ってほしい!」と、依頼が殺到しはじめた。

「そこで撮影料5,000円+実費交通費で、スケジュールがあえばカップルの撮影をするようになったんですよ。こうして『ラブグラフ』は、2014年にあくまで僕の作品サイトとして、小さく立ち上がったというわけです」(駒下さん)。

もっとも、あまりに依頼が多く、すぐに駒下さんひとりでは撮影を回せない状態になった。何より当時、大阪にいた駒下さんに、山梨や福岡など遠方からの依頼もたびたび入るほどだった。往復交通費が3万円を超え、移動だけで5時間以上かかるような場合もあったからだ。「なんだかもうしわけない…」。そんな思いが、「ラブグラフ」を事業としてあらためて起こす契機になった、というわけだ。

このときにスナップサイトなどを介して得た全国のカメラマンのつながりが生きた。サイトに撮影依頼が入ると、彼らに「東京での撮影を希望されていますが、どなたか撮れる方、いませんか?」とSNSを介して、つなげていった。

「最初の頃は、地道に1件ずつ紹介するというスタイル。途中、さすがに依頼も増えてきたので、村田から『Web上で受発注できるシステムをつくったほうがいいんじゃない?』と薦められて、今のようなプラットフォームができた。そして『ここまできたら』とそのまま起業に至った。だから、本当に自分の作品づくりの延長で、ここまできた、という感じですね」。

しかし、作品ありきから生まれた事業だったからこそ、「ラブグラフ」は成功したともいえそうだ。

まず「『ラブグラフ』らしい写真」という撮影の質が揃えやすかったことがある。そもそも「柔らかな光の中で優しい表情でたたずむカップルを撮る」という駒下さんの作風に魅かれて多くの利用者がついた。加えて、提携するカメラマンも、そうした作風に共感する人が多かったため、「求めている写真のイメージ」が明確で、質を揃えやすかったわけだ。 それが今も、若者の一部でよい雰囲気のカップルの写真を指して「ラブグラフっぽい」といわれることのゆえんだろう。

もっとも、駒下さんは、カメラマンに関しては技術よりも、撮影の意識やコミュニケーション力を重視して面接、採用しているという。

「カップルの自然な写真を撮るためには、やっぱりカメラマンが被写体と仲良くなる必要がある。いくらテクニックがあっても、心を開いてもらうことができなければ『ラブグラフ』のような自然は写真は撮れないので。だからカメラマンの面接のときは『うちはカップルを撮る会社ではなく、人を幸せにする会社です』と僕らの理念から伝えるようにしています。まさに昔の僕のように『自分のため』に撮るのではなく、誰かのために『撮る』ことをしてもらいたい。それが結果として質の高さにもつながると信じているので」(駒下さん)。

最初は恋人だったが、恋人から夫婦になるタイミング、あるいは子どもができたタイミングなど継続して撮影依頼するカップルも少なくない。また、今後はさらに「ペット」や「親子」などの撮影も増やしていく予定だという。

「僕らが撮っているのは“恋”じゃなくて“愛”なんです。ペットも親子も“愛”ですからね。また愛のように人が人を思いやる気持ちって時代が変わり、どんなにテクノロジーが発達しても残る本質みたいなものだと思う。これを追い求めて、多くの人に幸せを提供し続けることが、本当の意味で僕らの仕事だと思っているんですよ」(駒下さん)。

リピーターが多い理由は、この“理念"にありそうだ。

【連載】リブート! “再起業”の瞬間

【第1回】「頼り合える関係」をネットで復活 -1000人の声で磨いた500円“子育てシェア”
【第2回】日本酒の定期購入サイトSAKELIFEはなぜ伸びる? -「居酒屋チェーンの日本酒を飲んだとき『これチャンスだ』と思った」
【第3回】赤ちゃん・子ども用品に特化 - 学生起業家が日本の伝統産業を救う
【第4回】なぜ『ミガクル』は、一足1500円で宅配&出張「靴磨き」ができるのか?
【第5回】多様な働き方に“おせっかい”で対応する『おかん』という名の惣菜ビジネス
【第6回】服も本もスマホに入れとく!? 「サマリーポケット」が所有の概念を変える
CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

2019.01.18

中国メーカーが自在に折り曲げられるスマホを実現

「大画面×コンパクト」を両立する夢のデバイス、実用性は?

端末の魅力を引き出すアプリ登場が普及のカギか

米ラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市「CES 2019」では、2019年のトレンドを先取りする新ガジェットが一堂に会した。その中でも一際大きな注目を浴びたのが「折り曲げられるスマホ」だ。商品化にこぎ着けたのは世界初という。

折り曲げられるスマホ「FlexPai」

スマホの画面サイズが大型化を続ける中、iPhone SEのような小型スマホを求める声は依然として多い。そこで登場した折り曲げられるスマホは、「大画面」と「コンパクト」を両立する夢のデバイスに見える。果たして普及の可能性はあるだろうか。

自在に折り曲げられるスマホ、中国メーカーが実現

折りたためる2画面のスマホというアイデア自体は、実はそれほど目新しいものではない。NTTドコモとZTEが共同開発した「M Z-01K」などは、現行モデルとして国内で販売中だ。

だが、従来の2画面スマホはヒンジを用いて2つの画面をつなげたものに過ぎなかった。その後、液晶とは異なる特性を持つ有機ELが登場したことで、ディスプレイを紙のように自在に折り曲げられることも夢ではなくなった。

有機ELの「曲げに強い」という特性は、多くのスマホに活用されている。サムスン電子のGalaxyシリーズが画面端を曲面にしたスマホを発売後、ソニーモバイルシャープもこの形状を採用している。

これを推し進め、開くとタブレットのような大画面、2つに折り曲げるとスマホサイズという端末の可能性が見えてきた。そして2018年10月、中国のRoyoleが、世界で初めての折り曲げられるスマホ「FlexPai」を商品化したのだ。

中国Royoleのブース。フレキシブルディスプレイを使った様々な製品が並んだ

CES 2019では韓国のLG電子が巻き取り式のテレビを発表するなど、「曲がるディスプレイ」が会場全体で話題になっていた。そうした下地もあって、Royoleの出展ブースには来場者の行列が絶えず、展示機がバッテリー切れを起こすほどの盛況となっていた。

実用性はさておき、スマホの進化の可能性を示した

FlexPaiの特徴は、開いた状態ではタブレットに近い形状になり、そこから自由に折り曲げできる点にある。従来の2画面スマホとは異なり、広げた状態でも画面の境目がないため、タブレットと同じ感覚で利用できる。

広げた状態ではタブレットのように使える

メーカーが挙げるメリットは、複数のニーズごとの端末を1台に集約できることだ。大画面が欲しい人の中には、スマホとタブレットを両方持ち歩いている人もいるだろう。だがFlexPaiなら持ち歩くのは1台で済むというわけだ。

折り曲げた状態では一般的なスマホと同じように使える

折り曲げというギミックから、耐久性に不安を覚えるものの、20万回程度の折り曲げに耐えられるという。ただ、折り曲げると厚みが出るため、スマホのようにコンパクトに持ち歩くことはまだ難しい。

アプリの対応も課題だ。FlexPaiを折り曲げた状態では「表面」と「裏面」に加え、折れ曲がった「エッジ」の3画面を利用できる。FlexPaiの魅力を引き出すには、これら3画面を活用するようなアプリの登場が待ち望まれる。

そこでRoyoleは、FlexPaiをアプリ開発者向けに1,318ドルの価格で先行販売している。まずは開発者にデバイスを手に取ってもらい、どのような活用方法が考えられるか、アイデアを募っていく段階といえる。

会場で実機を試した印象だが、現段階での折り曲げスマホは実用的とまではいえないと思えた。しかしRoyoleという会社の名前を世界に知らしめ、フレキシブルディスプレイの技術を示したという意味では、この発表は大成功を収めたといえるのだろう。

また、サムスン電子など大手スマホメーカーも折りたたみや折り曲げ端末の開発を進めており、グーグルはAndroid OSとして公式サポートを表明している。スマホの次なる進化の可能性を真っ先に示したFlexPaiを、この場の実用性で語るのはお門違いなのかもしれない。

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

森口将之のカーデザイン解体新書 第12回

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

2019.01.18

国内主要メーカーの内装デザイナーが集まり展示会を開催

テーマは“1kgの価値”をどこまで高められるか

実車に応用できる? 独創的な作品の数々

国内主要自動車メーカー8社のインテリア・カラーデザイナーが参加する団体「JAID」が初の作品展を開催中だ。“1kg”という重さにこだわり、最新の3Dプリンターを駆使して各社のデザイナーが生み出した作品は独創的で、会場の「GOOD DESIGN Marunouchi」(東京・丸の内)は小さな現代美術館のような雰囲気になっている。

ダイハツ工業のデザイナーが出品した「受け継がれる樹脂」という作品

雑誌の対談が契機となり生まれた「JAID」

「JAID」という名前を初めて目にした人も多いだろう。「ジャパン・オートモーティブ・インテリア・デザイナーズ」の略で、「ジャイド」と読むそうだ。

創立のきっかけとなったのが、自動車雑誌「NAVI CARS」(ナビカーズ)での対談だったと聞いて、「あの号だ!」と即座に思い浮かんだ。クルマのインテリアを特集したナビカーズの2015年7月号で、筆者も別の対談に参加させていただいていたのだ。その号に国内メーカーのインテリアデザイナーが語り合うページがあったことは記憶の片隅に残っていた。

雑誌の売れ行きが落ちているといわれて久しい。それだけに、1つの雑誌の企画からJAIDのようなコミュニティが生まれたことは、モータージャーナリズムに身を置く者として嬉しい気持ちになる。

日産自動車のデザイナーが出品した「∞ Fluff」

価値ある1kgの創造に挑んだデザイナーたち

そのJAIDが企画したのが「1kg展」だ。なぜ“1kg”にこだわるかといえば、クルマの開発に携わる人たちにとって切実な「kg単価」という指標に理由がある。

「kg単価」とは、クルマの開発で使われる値段の単位だ。インテリアデザイナーとしてはkg単価が高い、いわゆる良い素材を使いたいという気持ちは大きいだろう。快適性や安全性の追求、さらには電動化への対応、重量の削減といった視点も持ちながら素材を選んでいるはずだ。

しかし、贅を尽くしてばかりでは車両価格の上昇を招くので、妥協が必要になる。おそらくインテリアデザイナーは、このような状況で悩みながら、新しい素材や仕立て、色などを取り入れるべく、奮闘の毎日を過ごしているのだろうと想像している。

では、そういった制約がなくなったとき、デザイナーたちはこのkg単価をどこまで価値あるものに仕上げられるのだろうか。これが、今回の展示会のテーマだ。最新の3Dプリンターを駆使し、時間や空間、物質としての限界などを飛び越えた作品を独自の着眼点で製作すると同時に、広くカーインテリアデザインの魅力を伝えたい。そんなメッセージのこもった展示会なのである。

ホンダのデザイナーが出品した「風速1kg」

素材と色のコーディネートが味わえる「ハンバーガー」

会場のGOOD DESIGN Marunouchiは、2013年度から通算5回、今年度も含めてグッドデザイン賞の審査員を担当している筆者にとってはなじみ深い場所だ。ところが、「1kg展」の内覧会を訪問した時には、状況がまるで違っていた。いつもは展示物をゆったりと眺めることができる空間なのに、この日はラッシュ時の駅のようにごった返していたのだ。それだけ、インテリアデザイナーの斬新な発想に期待する人が多かったということだろう。

日産のデザイナーが出品した「4D flower」。「1kg展」に作品を持ち寄ったのは、国内大手自動車メーカー7社(ダイハツ工業、ホンダ、三菱自動車、日産自動車、スバル、スズキ、トヨタ自動車)だ

作品の中には、クルマのインテリアデザインとは関係なく、最新の3Dプリンターならではの表現能力の高さをアピールするような作品も見られた。それらを業界の枠を飛び越えた独創的な作品と捉える人もいたようだが、クルマが好きで今の仕事に携わっている(はず)の方々だからこそ、もっとインテリアにこだわって欲しかった。

ただ、クルマのインテリアとの関連性が高い作品が大半を占めていることは確かで、中には独創的な発想や興味深いアイデアも見られた。本稿では独断と偏見で、そのうちの3つを紹介していこう。

まずは、会場の入り口近くに置かれていた「CMFバーガー」だ。「CMF」とはカラー、マテリアル、フィニッシュの頭文字で、ナビカーズでの対談が行われた頃から、自動車に限らずデザイン分野でひんぱんに使われるようになってきた言葉だ。造形だけでなく色や素材、仕立てにも気を配ることで、より完成度の高いデザインが生まれるというような意味が含まれている。

「CMFバーガー」はトヨタのデザイナーが出品

この作品は、CMFのコーディネートを1kgのハンバーガーに見立てて表現したもの。レザーのバンズ、クリアレンズのトマト、加飾素材のチーズやパティ、シート素材のレタスがさまざまな色で用意してあり、好みのバーガーを作り出せる。

3つの作例では、CMFの違いでかなり雰囲気の異なるバーガーを作れることが分かった。バンズを肉抜きタイプにすると総重量が1kgを切るなど、計量化を実感できる仕掛けも盛り込んである。ディーラーが車種別にCMFハンバーガーを用意すれば、顧客は楽しみながらカラーコーディネートを試すことができるかもしれない。

ディーラーに「CMFバーガー」が置いてあったら面白いかも

インテリアをボールにした斬新な作品も

続いて紹介するのは「トランスフォームステアリング」。自動運転が実用化された未来を想定した変形機構を持つステアリングで、手動モードでは伸びて操舵できる状態となり、自動モードでは縮めて格納しておける。全てがマットブラック仕上げだが、グリップ部分、変形部分、外枠部分を別のメーカーのプリンターで製作することで、素材の違いを表現している。

トヨタのデザイナーが出品した「トランスフォームステアリング」

製作したデザイナーはステアリング機能だけを想定していたようだが、左右のグリップをねじることでアクセルやブレーキの操作ができれば、この部分だけで基本的な運転操作ができる合理性の高いインターフェイスになると思った。ペダルがなくなれば、室内レイアウトの自由度も高まりそうだ。

伸ばせば手動運転に使えるし、自動運転中は縮んだ状態で格納しておける

最後は「インテリアボール」だ。写真を見てお分かりのとおり、クルマのインテリアを構成するパーツをボール状のアートとして表現したもので、多くのパーツをまとめ上げ、世の中というフィールドにデザインを“投げ”かけているインテリアデザイナーの仕事をボールの形に込めたのだという。

「インテリアボール」はホンダのデザイナーが手掛けた

展示してあるのは1個だけだが、スポーツの世界では競技によってサイズの違うボールを使うことにも製作者は着目している。使用する材料や加工方法を変えることで、同じ1kgでもサイズや見え方の違った表現ができるそうだ。

しかしながら筆者には、これがボールではなく卵に見えた。卵から生まれる前のクルマ、そのインテリアデザインは、こうなっているのではないかと想像したのだ。同じクルマのエクステリアデザインを卵の殻で表現することで、多くの車種を球形にできれば、一風変わったミニチュアになるのではないだろうか。

JAIDが企画した1kg展の作品群は、それ自体が柔軟かつ斬新な発想から生まれているだけでなく、見ているこちらも創造力が掻き立てられるものだった。この展示会を訪れて、日本の自動車メーカーにインテリアデザインの実力者が多いことに感心するとともに、メーカーには、この実力を引き出して製品に結び付ける能力が求められていることを教えられた。

1kg展の会期は1月25日まで。入場は無料だ。時間に余裕のある方は、一度訪れてみてはいかがだろうか。