【ソフトバンク】大型M&Aの新たな幕開け 3.3兆円でARM買収、次は10兆円ファンド

【ソフトバンク】大型M&Aの新たな幕開け 3.3兆円でARM買収、次は10兆円ファンド

2016.12.23

【ソフトバンク】大型M&Aの新たな幕開け 3.3兆円でARM買収、次は10兆円ファンド

 ソフトバンクグループ<9984>は2016年7月、ロンドン証券取引所に上場している英国の半導体回路設計大手ARM(アーム)ホールディングス(以下「ARM」)を約3.3兆円(約240億ポンド)で買収すると発表した。孫氏がARMのスチュアート・チェンバース会長とトップ交渉を行い、交渉開始から合意に至るまで2週間という電撃的な買収劇であった。

 ソフトバンクは、ボーダフォン(買収価額1兆7500億円)やスプリント(買収価額1兆8000億円)の買収等、数多くの大型M&Aに挑戦してきたが、ARMの買収は、買収価額で過去最高の取引となる。ソフトバンクは、ARMを、グローバルな半導体の知的所有権と「IoT(モノのインターネット)」における優れた能力を有し、イノベーションに実績のある世界有数のテクノロジー企業と評価、再び、大型M&Aによるパラダイムシフトに挑戦する。

ARM買収価格、営業利益の55年分

 ARMの財務は図1の通り。直近の2015年12月期の売上9.68億ポンド(当時の為替相場で約1791億円)、営業利益4億ポンド、当期利益3億ポンドの企業だ。純資産は17.9億ポンドとなっており、投資額240億ポンドから純資産を控除したのれん代(及び無形資産)は、222億ポンド、営業利益の55年分、当期利益の65年分の水準だ。仮に、ARMの将来の業績が15年12月期と同水準であれば半世紀以上も投資金額が回収できない計算だ。そう考えると、ARMは相当割高に映る。

図1


 もちろん、企業の価値を決めるのは将来キャッシュフロー(CF)である。将来CFには、買収に関わらず譲渡企業が有する実力の部分と、買収する事によって実現されるシナジー効果の部分がある。そしてこのシナジー効果が大きければ大きいほど、のれん代が膨らんでもいい理由になる。この点、7月28日の決算発表の際に、シナジー効果が見えにくい企業だという孫氏の発言があった。これは、シナジー効果が見えすぎるインテルやクアルコム等は、独占禁止法上買収ができないが、ソフトバンクならできるという説明の際の発言であるが、ステークホルダーとしては、孫氏が頭の中で思い描くシナジー効果を少しでも示してもらいたいのが本音であろう。

膨れるのれん、純資産の3倍以上に

 図2は、のれん代と無形資産を合算した金額と資本合計(純資産)に占める割合の推移である。ARMの買収により、国際会計基準を適用した2012年4月1日以降の中で、直近2016年9月期が最も金額が大きく10兆円を超えた。また、資本合計(純資産)の3倍以上に膨れ上がっている。減損になれば恐ろしい。

 2016年9月期の時点では、技術、仕掛中の研究開発および顧客基盤等の無形資産については識別および測定中とある。つまり、計算中であり、無形資産に配分されるべき金額を含め、取得対価の大部分である3.2兆円がのれん代に計上されているのだ。無形資産は一定の基準で償却が行われる資産であるが、のれん代は国際会計基準において償却が不要な資産となる。利益は順調に成長していると決算発表されているが、将来的に無形資産の償却負担により利益が圧縮される事は確かであろう。

図2

極端に高くはないプレミアム

 ARMの株主は株式1株につき1700ペンスの現金を受領する権利が付与される。ARMの買収発表の前営業日の株価1189ペンスの約43%、3か月平均株価1004ペンスの約69.3%のプレミアムがついている。ソフトバンクが、ARMを、株式市場の評価よりも更に高く評価したという事だ。

 なお、我が国における最近のTOBのプレミアム(3ヶ月平均)の推移は、16年1月~3月平均で45.13%、4月~6月平均で34.68%、7月~9月平均で56.27%となっている。株式市場で上場会社を買収する場合、プレミアムを上乗せする事は一般的である。

(2016年第3四半期TOBプレミアム分析レポート参照)

 株式市場での評価と買収価額との関連で分析すると、若干割高ではあるものの、我が国のTOBプレミアムの水準と比較して、極端に高すぎるという事はない。

ブレグジットで円高、株価上昇を相殺

 16年6月23日英国のEU脱退(ブレグジット)が決まり、為替相場は大荒れになる。6月23日の終値は1ポンドあたり157.9円という為替相場であったが、6月24日には134.8円と急激に円高が進んだ。7月18日の前営業日では138.2円という水準であり、6月23日終値より12.5%円高となった。仮に、買収価額240億ポンドを、1ポンドあたり157.9円で計算すると3.8兆円となり、3.3兆円と比較して約5000億円割高となっていた。

 ちなみに、ARMの株価はブレグジットによって上昇している。6月23日に1株当たり1019ペンスであった株価は、7月18日の前営業日には、1189ペンスとなっており、16.7%上昇している。孫氏は、為替と株価で相殺されている事から、ブレグジットは投資の意思決定には影響していないとした。ただ、実際の買収価格は、一株当たり1700ペンスであり、上昇した株価より高い。為替の影響により、割安になったとみるのが正しいのではないか。

日本電産永守氏「3300億円でも買わない」

 ソフトバンクの社外取締役であり、ファーストリテイリング会長兼社長の柳井正氏は、「絶対いくべきだ」との見解を示している一方、同じく社外取締役の日本電産会長兼社長の永守重信氏は、「3300億円でも買わない」(日本電産の決算発表でのコメント)という否定的な見解を示しているようだ。3300億円であれば、営業利益の1.5年分である。これは極端に安いとしても、シナジー効果が未知数である買収に否定的な見解を示すのは当然だ。

 また、ARMの取締役会は、この買収は、「将来価値を現在かつ現金にて確実に実現する提案であり、大変魅力的なものです」とコメントしている。M&Aは一般的に、買収企業と、譲渡企業でシビアな価額交渉が行われ、妥協点を探る事になるが、買収価額について十分に満足している事が伺える。交渉期間が2週間と超短期間であるし、アドバイザーを使った交渉により、買収価額が今より安くても買収できたのではないかという疑問を抱かないでもない。

市場、巨額買収に動揺も株価は持ち直す


 発表翌日の7月19日、ソフトバンクの株式は、一時前週比で678円安(11.3%安)の5329円まで下げた。ソフトバンクの株主は、初期的には、ARMの買収を高いと判断した。①で記載した通り、ARMの財務内容からみた企業評価と買収価額とのギャップに敏感な反応であった。ただ、10月31日には6602円まで回復している。ソフトバンク全体としては堅調に推移しており、未知数のARMに関しては孫氏のお手並みを拝見するというスタンスであろう。

株式売却で2兆円、余裕のある買収に

 ARM買収前の6月中に、複数の関係会社株式が売却されたが、この時我々は、ARM社の買収の事は知らない。一連の売却は、財務体質の改善等が理由とされた。アリババ株式の売却(100億米ドル)、スーパーセル株式の売却(7700億円)と配当金(1100億円)、ガンホーのTOBに応募(730億円)と次々に売却の発表があった。約2兆円の資金調達である。

 ARMの買収が念頭にあった事は間違いない。結果として、買収資金は、手元資金が2.3兆円、借入が1兆円となり、3.3兆円の買収資金のうち約70%が手元資金で賄えた、余裕のある買収となった。孫氏の言葉を借りれば、今回の買収は、「フルスイング」ではなく、「コントロールショット」という事だ。

60歳引退を撤回、後継者問題振出しに

 偉大なリーダーシップをもった創業オーナーの承継問題は、企業の命運を左右する。

 孫氏は、1957年8月11日生まれで現在59歳、来年には還暦となる。直ちに後継者が問題になる年齢ではないものの、遅くても10年内には後継者が育成されている事が必要ではないか。

 元々、60歳で引退する事を明言していた。孫氏は、自身の後継者候補として、14年にグーグルからニケシュ・アローラ氏をソフトバンクに迎え入れている。15年6月には代表取締役副社長に就任した。アローラ氏は、投資会社で通信アナリストのキャリアを積み、ドイツテレコム、グーグルで重要なポストで活躍している。14年当時46歳、孫氏の期待は大きかった。

 しかしながら、アローラ氏は16年6月に任期満了で解任となった。理由はこのように説明されている。「アローラを有力な自身の後継者候補として考えていましたが、数多くのテーマに取り組む中で、当面は当社グループのトップとして指揮を執り続ける意向です。一方で、アローラは、数年のうちに孫に代わって当社グループのトップとして指揮を執りたいとの意向でした。こうした両者の時間軸のずれを踏まえ、アローラは当社の代表取締役及び取締役を任期満了に伴い退任し、次のステップに進むこととなりました。」

 孫氏は、自身が69歳までは引退しないという事だ。発表された6月には、スプリントの立て直しか、もしくは、漠然と経営に「欲が出た」と考える向きが多かったが(私もそう感じたが)、ARM買収の発表で、合点がいった。後継者問題の解決は振出しに戻った形だ。経営者として、情熱に燃える孫氏の挑戦は続く。

 ARMは、スプリントやボーダフォンのように経営に課題を抱えている企業ではない。ソフトバンクのグループの中において独立した企業として、引き続き現経営陣を尊重し、ケンブリッジを本拠地として事業を行っていく。その中で、ARMが非上場企業となった利点を生かし、長期的な視点に立った投資を拡大していく。向こう5年で、英国におけるARMの従業員数を少なくとも倍増させるとともに、ソフトバンクのグローバルネットワークを通じて、既存及び新規市場の開拓を行っていくとした。

サウジと最大10兆円ファンド、加速するM&A意欲

 16年10月に、ソフトバンクは、グローバルにテクノロジー分野へ出資することを目的に、ソフトバンク・ビジョン・ファンドを設立することを決定。ソフトバンクは今後5年間で少なくとも2.6兆円をこのファンドに出資する計画だ。また、サウジアラビア王国のパブリック・インベストメント・ファンドとの間で、今後 5 年間で約 4.7 兆円の出資を実施する可能性のもと、主要な資金パートナーとして本ファンドへの出資を検討することについて、覚書を交わしている。その他の有力投資家とも協議中、最大で10兆円のファンドが実現する可能性があるとした。

 ソフトバンクの直近18年間のインターネット関連の企業に対する投資利回りは44%という事らしい。驚異的なパフォーマンスだ。また、ARM買収後も、孫氏のM&Aに対する意欲はなくなっていない。むしろ加速度的に増大している。


この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

まとめ:M&A Online編集部

関連リンク

【ソフトバンク】M&Aの名手はどのように変革を遂げたのか

【企業力分析】意図がある? ソフトバンクグループ

「ソフトバンクによるARM社買収について」



CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

2019.01.18

中国メーカーが自在に折り曲げられるスマホを実現

「大画面×コンパクト」を両立する夢のデバイス、実用性は?

端末の魅力を引き出すアプリ登場が普及のカギか

米ラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市「CES 2019」では、2019年のトレンドを先取りする新ガジェットが一堂に会した。その中でも一際大きな注目を浴びたのが「折り曲げられるスマホ」だ。商品化にこぎ着けたのは世界初という。

折り曲げられるスマホ「FlexPai」

スマホの画面サイズが大型化を続ける中、iPhone SEのような小型スマホを求める声は依然として多い。そこで登場した折り曲げられるスマホは、「大画面」と「コンパクト」を両立する夢のデバイスに見える。果たして普及の可能性はあるだろうか。

自在に折り曲げられるスマホ、中国メーカーが実現

折りたためる2画面のスマホというアイデア自体は、実はそれほど目新しいものではない。NTTドコモとZTEが共同開発した「M Z-01K」などは、現行モデルとして国内で販売中だ。

だが、従来の2画面スマホはヒンジを用いて2つの画面をつなげたものに過ぎなかった。その後、液晶とは異なる特性を持つ有機ELが登場したことで、ディスプレイを紙のように自在に折り曲げられることも夢ではなくなった。

有機ELの「曲げに強い」という特性は、多くのスマホに活用されている。サムスン電子のGalaxyシリーズが画面端を曲面にしたスマホを発売後、ソニーモバイルシャープもこの形状を採用している。

これを推し進め、開くとタブレットのような大画面、2つに折り曲げるとスマホサイズという端末の可能性が見えてきた。そして2018年10月、中国のRoyoleが、世界で初めての折り曲げられるスマホ「FlexPai」を商品化したのだ。

中国Royoleのブース。フレキシブルディスプレイを使った様々な製品が並んだ

CES 2019では韓国のLG電子が巻き取り式のテレビを発表するなど、「曲がるディスプレイ」が会場全体で話題になっていた。そうした下地もあって、Royoleの出展ブースには来場者の行列が絶えず、展示機がバッテリー切れを起こすほどの盛況となっていた。

実用性はさておき、スマホの進化の可能性を示した

FlexPaiの特徴は、開いた状態ではタブレットに近い形状になり、そこから自由に折り曲げできる点にある。従来の2画面スマホとは異なり、広げた状態でも画面の境目がないため、タブレットと同じ感覚で利用できる。

広げた状態ではタブレットのように使える

メーカーが挙げるメリットは、複数のニーズごとの端末を1台に集約できることだ。大画面が欲しい人の中には、スマホとタブレットを両方持ち歩いている人もいるだろう。だがFlexPaiなら持ち歩くのは1台で済むというわけだ。

折り曲げた状態では一般的なスマホと同じように使える

折り曲げというギミックから、耐久性に不安を覚えるものの、20万回程度の折り曲げに耐えられるという。ただ、折り曲げると厚みが出るため、スマホのようにコンパクトに持ち歩くことはまだ難しい。

アプリの対応も課題だ。FlexPaiを折り曲げた状態では「表面」と「裏面」に加え、折れ曲がった「エッジ」の3画面を利用できる。FlexPaiの魅力を引き出すには、これら3画面を活用するようなアプリの登場が待ち望まれる。

そこでRoyoleは、FlexPaiをアプリ開発者向けに1,318ドルの価格で先行販売している。まずは開発者にデバイスを手に取ってもらい、どのような活用方法が考えられるか、アイデアを募っていく段階といえる。

会場で実機を試した印象だが、現段階での折り曲げスマホは実用的とまではいえないと思えた。しかしRoyoleという会社の名前を世界に知らしめ、フレキシブルディスプレイの技術を示したという意味では、この発表は大成功を収めたといえるのだろう。

また、サムスン電子など大手スマホメーカーも折りたたみや折り曲げ端末の開発を進めており、グーグルはAndroid OSとして公式サポートを表明している。スマホの次なる進化の可能性を真っ先に示したFlexPaiを、この場の実用性で語るのはお門違いなのかもしれない。

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

森口将之のカーデザイン解体新書 第12回

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

2019.01.18

国内主要メーカーの内装デザイナーが集まり展示会を開催

テーマは“1kgの価値”をどこまで高められるか

実車に応用できる? 独創的な作品の数々

国内主要自動車メーカー8社のインテリア・カラーデザイナーが参加する団体「JAID」が初の作品展を開催中だ。“1kg”という重さにこだわり、最新の3Dプリンターを駆使して各社のデザイナーが生み出した作品は独創的で、会場の「GOOD DESIGN Marunouchi」(東京・丸の内)は小さな現代美術館のような雰囲気になっている。

ダイハツ工業のデザイナーが出品した「受け継がれる樹脂」という作品

雑誌の対談が契機となり生まれた「JAID」

「JAID」という名前を初めて目にした人も多いだろう。「ジャパン・オートモーティブ・インテリア・デザイナーズ」の略で、「ジャイド」と読むそうだ。

創立のきっかけとなったのが、自動車雑誌「NAVI CARS」(ナビカーズ)での対談だったと聞いて、「あの号だ!」と即座に思い浮かんだ。クルマのインテリアを特集したナビカーズの2015年7月号で、筆者も別の対談に参加させていただいていたのだ。その号に国内メーカーのインテリアデザイナーが語り合うページがあったことは記憶の片隅に残っていた。

雑誌の売れ行きが落ちているといわれて久しい。それだけに、1つの雑誌の企画からJAIDのようなコミュニティが生まれたことは、モータージャーナリズムに身を置く者として嬉しい気持ちになる。

日産自動車のデザイナーが出品した「∞ Fluff」

価値ある1kgの創造に挑んだデザイナーたち

そのJAIDが企画したのが「1kg展」だ。なぜ“1kg”にこだわるかといえば、クルマの開発に携わる人たちにとって切実な「kg単価」という指標に理由がある。

「kg単価」とは、クルマの開発で使われる値段の単位だ。インテリアデザイナーとしてはkg単価が高い、いわゆる良い素材を使いたいという気持ちは大きいだろう。快適性や安全性の追求、さらには電動化への対応、重量の削減といった視点も持ちながら素材を選んでいるはずだ。

しかし、贅を尽くしてばかりでは車両価格の上昇を招くので、妥協が必要になる。おそらくインテリアデザイナーは、このような状況で悩みながら、新しい素材や仕立て、色などを取り入れるべく、奮闘の毎日を過ごしているのだろうと想像している。

では、そういった制約がなくなったとき、デザイナーたちはこのkg単価をどこまで価値あるものに仕上げられるのだろうか。これが、今回の展示会のテーマだ。最新の3Dプリンターを駆使し、時間や空間、物質としての限界などを飛び越えた作品を独自の着眼点で製作すると同時に、広くカーインテリアデザインの魅力を伝えたい。そんなメッセージのこもった展示会なのである。

ホンダのデザイナーが出品した「風速1kg」

素材と色のコーディネートが味わえる「ハンバーガー」

会場のGOOD DESIGN Marunouchiは、2013年度から通算5回、今年度も含めてグッドデザイン賞の審査員を担当している筆者にとってはなじみ深い場所だ。ところが、「1kg展」の内覧会を訪問した時には、状況がまるで違っていた。いつもは展示物をゆったりと眺めることができる空間なのに、この日はラッシュ時の駅のようにごった返していたのだ。それだけ、インテリアデザイナーの斬新な発想に期待する人が多かったということだろう。

日産のデザイナーが出品した「4D flower」。「1kg展」に作品を持ち寄ったのは、国内大手自動車メーカー7社(ダイハツ工業、ホンダ、三菱自動車、日産自動車、スバル、スズキ、トヨタ自動車)だ

作品の中には、クルマのインテリアデザインとは関係なく、最新の3Dプリンターならではの表現能力の高さをアピールするような作品も見られた。それらを業界の枠を飛び越えた独創的な作品と捉える人もいたようだが、クルマが好きで今の仕事に携わっている(はず)の方々だからこそ、もっとインテリアにこだわって欲しかった。

ただ、クルマのインテリアとの関連性が高い作品が大半を占めていることは確かで、中には独創的な発想や興味深いアイデアも見られた。本稿では独断と偏見で、そのうちの3つを紹介していこう。

まずは、会場の入り口近くに置かれていた「CMFバーガー」だ。「CMF」とはカラー、マテリアル、フィニッシュの頭文字で、ナビカーズでの対談が行われた頃から、自動車に限らずデザイン分野でひんぱんに使われるようになってきた言葉だ。造形だけでなく色や素材、仕立てにも気を配ることで、より完成度の高いデザインが生まれるというような意味が含まれている。

「CMFバーガー」はトヨタのデザイナーが出品

この作品は、CMFのコーディネートを1kgのハンバーガーに見立てて表現したもの。レザーのバンズ、クリアレンズのトマト、加飾素材のチーズやパティ、シート素材のレタスがさまざまな色で用意してあり、好みのバーガーを作り出せる。

3つの作例では、CMFの違いでかなり雰囲気の異なるバーガーを作れることが分かった。バンズを肉抜きタイプにすると総重量が1kgを切るなど、計量化を実感できる仕掛けも盛り込んである。ディーラーが車種別にCMFハンバーガーを用意すれば、顧客は楽しみながらカラーコーディネートを試すことができるかもしれない。

ディーラーに「CMFバーガー」が置いてあったら面白いかも

インテリアをボールにした斬新な作品も

続いて紹介するのは「トランスフォームステアリング」。自動運転が実用化された未来を想定した変形機構を持つステアリングで、手動モードでは伸びて操舵できる状態となり、自動モードでは縮めて格納しておける。全てがマットブラック仕上げだが、グリップ部分、変形部分、外枠部分を別のメーカーのプリンターで製作することで、素材の違いを表現している。

トヨタのデザイナーが出品した「トランスフォームステアリング」

製作したデザイナーはステアリング機能だけを想定していたようだが、左右のグリップをねじることでアクセルやブレーキの操作ができれば、この部分だけで基本的な運転操作ができる合理性の高いインターフェイスになると思った。ペダルがなくなれば、室内レイアウトの自由度も高まりそうだ。

伸ばせば手動運転に使えるし、自動運転中は縮んだ状態で格納しておける

最後は「インテリアボール」だ。写真を見てお分かりのとおり、クルマのインテリアを構成するパーツをボール状のアートとして表現したもので、多くのパーツをまとめ上げ、世の中というフィールドにデザインを“投げ”かけているインテリアデザイナーの仕事をボールの形に込めたのだという。

「インテリアボール」はホンダのデザイナーが手掛けた

展示してあるのは1個だけだが、スポーツの世界では競技によってサイズの違うボールを使うことにも製作者は着目している。使用する材料や加工方法を変えることで、同じ1kgでもサイズや見え方の違った表現ができるそうだ。

しかしながら筆者には、これがボールではなく卵に見えた。卵から生まれる前のクルマ、そのインテリアデザインは、こうなっているのではないかと想像したのだ。同じクルマのエクステリアデザインを卵の殻で表現することで、多くの車種を球形にできれば、一風変わったミニチュアになるのではないだろうか。

JAIDが企画した1kg展の作品群は、それ自体が柔軟かつ斬新な発想から生まれているだけでなく、見ているこちらも創造力が掻き立てられるものだった。この展示会を訪れて、日本の自動車メーカーにインテリアデザインの実力者が多いことに感心するとともに、メーカーには、この実力を引き出して製品に結び付ける能力が求められていることを教えられた。

1kg展の会期は1月25日まで。入場は無料だ。時間に余裕のある方は、一度訪れてみてはいかがだろうか。