VR空間にスマホ画面を表示? ソニー・ミュージックの風変わりな挑戦

VR空間にスマホ画面を表示? ソニー・ミュージックの風変わりな挑戦

2016.11.15

現在入手できる本格VRデバイスとしては最も高いコストパフォーマンスを誇るPlayStation VR(以下PSVR)。“没入感”が売り物だが、あのヘッドセットを着けて仮想現実の世界に入ると、現実との接点を失ってしまいそうな不安感もある。実際問題として、スマートフォンもチェックできないとすれば大事な連絡などを見逃しかねない。このように没入感はVRの長所でもあり課題でもあるわけだが、その解決策を提示するのがソニー・ミュージックエンタテインメント(以下SME)だ。

環境ビデオとしても質の高いコンテンツだが…

SMEがPSVR用に開発しているコンテンツ「anywhereVR」。既存コンテンツが基本的にゲームやその派生コンテンツであるのに対し、anywhereVRは完全新規の非ゲームコンテンツとなる。その内容は、端的に言えば「リラクゼーション環境VRビデオ」だ。

anywhereVRは全国20カ所以上(取材時)の絶景スポットをVR動画で楽しめるコンテンツだ。たとえば沖縄の美しいビーチや山梨の渓谷、あるいは北海道の草原など、雄大な自然の風景を楽しめる。どのスポットも人の姿がない静かな自然の中で、美しいBGMを聴きながらゆっくりとリラックスできる。anywhereVRの目的はまさに、このリラクゼーションにあるのだ。

コンテンツは今後、季節などを踏まえて追加される予定。DLCとしての提供となる。風景は1カ所につき数百MB程度のサイズになる見込み

環境ビデオ自体は昔からあるものだが、360度全体を見回せるものというのは、ほとんど存在しない。どんな大画面のテレビを使っても、ちょっと視線を動かせばそこが見慣れた空間であることがわかってしまう環境ビデオに対し、anywhereVRなら寝転がろうが背伸びをしようが、夢のような空間から抜け出すことはないのだ。ゲームとは正反対のベクトルのコンテンツがゲーム専用機向けに作られているというのはなかなか面白い。

VR空間にスマホ画面、現実と仮想を結ぶコンテンツ

VRの環境ビデオは誰もが考え付くものだが、anywhereVRはもうひとつユニークな機能を備えている。なんとVR空間の中にスマホ(Androidのみ)の画面を映し出し、実際に手に持って操作できてしまうのだ。

仕組みとしては、Android端末側で専用アプリを起動すると、画面をWi-Fi経由でPS4に転送し、表示する。表示サイズや位置は調整できるので、普段は目に入らない後ろの方に置いておいてもいいし、電子書籍を開いた状態で目の前に大きく表示して、自然の中で読書と洒落込んでもいい。休憩中にメッセージなどが着信しても、PSVRを外して現実世界に戻ってくる必要はないわけだ。PSVRのヘッドセットは、かなり軽量コンパクトに仕上がっているとはいえ着脱に手間がかかるので、ちょこちょこ外さないでいいのはうれしい。動作環境はAndroid 5以上が動くAndroid端末。現状はiOSには対応していない。

スマートフォンの画面サイズはある程度調整が可能。懸念されていた文字もあまり潰れておらず、意外と読みやすいのはPSVRの高解像度の恩恵だ

残念ながら音は転送できないため、通話などはスマートフォンに話しかける必要があるし、文字入力なども難しいが、目隠しした状態でも、画面のスクロールや大きめのボタンのタッチくらいであれば、案外問題なくできる。また、タッチした場所を画面上に表示する機能があるため、ちょっと慣れてくればカンでもそれなりに文字入力できてしまった。タッチネイティブな若者世代であれば、難なく入力してしまうかもしれない。

美しい景色と実用性を兼ね備えたanywhereVRは非常にユニークなコンテンツだが、没入感が重視されるVRコンテンツの中で、あえて現実世界との融合に着目したのはどういった経緯からだったのだろうか。SMEでanywhereVRの開発を担当している原口竜也氏、阿部達矢氏にお話を伺った。

――ゲーム専用機で、あえてゲームではないコンテンツというのが面白いと思いましたが、どうしてこのようなコンテンツを作ることになったのでしょうか。

SMEの原口氏

原口:1日の中でどれだけVRを使う時間があるかを考えたのですが、ゲームでは集中して15分くらい遊べるのですが、それ以上大きく伸びることはありません。若者のテレビ離れという言葉がありますが、実は調査してみると、テレビをつけている時間というのはそれほど短くなっていなかったんです。そこでVRに触れてもらう時間を増やすにはどうしたらいいかを考えてみると、映像系は長時間楽しめるが、見ているだけではだんだんヒマになって飽きてしまう。この、飽きがくる前にVRに日常体験を持ち込んでみてはどうだろう、というのが発端です。

阿部:電話がかかってきたり、メッセージを読むためにいちいち現実に戻るのではなく、VRを楽しみながらチェックできれば便利ですよね。メッセージに対して「今、浜辺にいるよ」と返せたら面白いと思います。

――確かにヘッドセットを外さずに済むのは大変便利でした。スマートフォン側の性能はどの程度必要になるのでしょうか。

原口:必要な性能はAndroid 5以上が普通に動作する程度の端末であれば、おおむね満たしています。よほど低性能な端末でなければ大丈夫だと思います。スライダーで画質を落とすこともできますので、無線LANの速度などに合わせて調整していただければと思います。

――スマートフォンの画面を映す機能は非常に便利に思えますが、PlayStation 4本体側の機能として、ほかのゲーム機などでも利用できるようにはなりませんか?

阿部:よく聞かれるのですが、PS4側は性能を可能な限りすべてゲームに割り当てたいところなので、これ以上動画を表示するのは難しいです。性能が上がっているPS4 Proなら可能かもしれませんが、この機能はProだけで使えます、という形での提供はちょっと難しいですね。

ただ、Twitterとゲームについては、anywhereVRの中に簡単なゲーム2種類と、Twitterのタイムラインを表示するクライアント機能を組み込んであります。ゲームは意外と面白いので、これを楽しんでいただければと思います。

Windowsでおなじみ「マインスイーパー」を六角形のヘクスマップ上で行うゲーム。なかなかどうしてハマり度が高い。ゲームプレイやanywhereVRの操作はPSコントローラーで行う

原口:今後の売れ行きや反応次第では、アプリ内にこの機能を組み込みたいというところにライセンスするということも考えられますが、当面はanywhereVRに注力したいです。

――コンテンツという点では、スポットの数も重要ですね。またマネタイズについてはどのような展開をお考えですか?

SMEの阿部氏

阿部:anywhereVRは無料で配信する予定なのですが、環境が整ったら今後コンテンツの追加なども計画しています。その際は有料コンテンツにすることを考えています。基本はアイテム課金ということで、映像だけでなくBGMも差し替えられるようにしたいですね。

原口:各地で撮影する際に自治体に許可を取ったりするのですが、逆に自治体から撮ってほしいという依頼もいただけたらいいですね。anywhereVRを観光の入り口にしていきたいです。自治体や企業に、anywhereVRを広告として使って欲しいです。将来のマネタイズとしてはサブスクリプション制やライブチケットなどもできたら面白いですね。

阿部:ライブ配信やストリーミングは技術的には可能ですが、回線環境などにも影響されるので、様子を見ているところがあります。

原口:海外でのリリースも視野に入れていますが、海外の人が日本の風景を見て「いいね」と思ってくれて、それをきっかけに観光に来てくれれば、自治体にも恩恵はあると思いますので、ぜひ自慢のスポットを紹介させていただきたいです。

VR×スマホ、アイデア次第で大きな可能性

PSVRの高い基本スペックや装着感の良さにも助けられて、anywhereVRは目論見通り、長時間装着していても疲れにくく、リラックスできるコンテンツだった。この雰囲気を壊すことなく、VR空間上にスマートフォンの画面を表示できるので、VRにいながらリアル世界との繋がりを絶たずに済むというのは、思ったよりもずっと便利な体験だった。

リアル世界の上にVRを重ねるのをAR(Argumented Reality:拡張現実)と呼ぶが、これはARでもVRでもない、Mixed Reality(MR)とでも呼ぶべき体験だった。もしかすると、将来のオフィスではVRヘッドセットを装着し、好きな環境の中で書類を開いて作業できるようになるかもしれない。

ヘッドセットを装着したままスマホが使えれば、例えば同じVR映像(スポーツやライブなど)を観つつ友人同士がSNSで盛り上がるなど、できることは増えそう。VRと音楽コンテンツの親和性を考えれば、ソニー・ミュージックエンタテインメントがanywhereVRに取り組む意義は明らかだ

また、実写系VRコンテンツの場合、珍しい場所に行けた、楽しかった、の一過性で終わってしまうのは確かにもったいない。自治体や企業などがうまくその体験を現実の訪問体験につなげられるような仕組みを整えてやることで、経済効果を広く波及できるようになる。anywhereVRの成功は、こうした動きを活発化させることに繋がりそうだ。

実写コンテンツとVR、そして現実世界との接点としてのスマホをうまく組み合わせたanywhereVRは、今後のVRコンテンツのユーザー体験のひとつのお手本として考えられるのではないだろうか。比較的地味なコンテンツに見えるが、その影響力や可能性は非常に大きいものだと感じられた。ぜひその展開に注目したい。

購入検討リストに伏兵あらわる? 安東弘樹、トヨタ「カローラ スポーツ」に乗る!

安東弘樹のクルマ向上委員会! 第3回

購入検討リストに伏兵あらわる? 安東弘樹、トヨタ「カローラ スポーツ」に乗る!

2018.08.21

クルマ選びを進める安東さんに思わぬ候補車が!

「カローラ スポーツ」の何が気に入ったのか

“若者のクルマ離れ”にも一言

「意のままに動くからかな? すごく気持ちいい。好感が持てる」

トヨタ自動車の新型車「カローラ スポーツ」に試乗している時、安東弘樹さんが口にした言葉だ。「運転は快楽」と語る安東さんだが、このクルマに今後、マニュアルトランスミッション(MT)車が登場すると聞いて俄然、食指が動いたようだ。

※文と写真はNewsInsight編集部・藤田が担当しました

カローラが「全く別のクルマ」に

トヨタが開催した新型「クラウン」と新型車「カローラ スポーツ」の試乗会。長い歴史を持つトヨタの看板商品に立て続けに乗った安東さんは、「カローラの方が好きです、断然」(以下、発言は安東さん)と言い切った。

トヨタの新型車「カローラ スポーツ」

最初に乗ったカローラ スポーツは、最上級の「HYBRID G“Z”」というグレード。ハイブリッド(HV)システムを積む排気量1.8Lのクルマで、最高出力は98PS、最大トルクは142Nmだ。

乗り込むなり「標準でタコメーターがあるのはありがたい」と話した安東さんだが、それは「エンジンがどのくらい回っているか、常に把握していたいから」との理由から。ステアリングを握ると、「パドル(指でシフトチェンジできるパドルシフトという装置のこと)は付いてて欲しいなー!」とのこだわりも見せていた。

「標準でタコメーター」に安東さんは好感を持った(画像提供:トヨタ自動車)

走り出すと、「走り味には好感が持てる。MTが出るという話なので(8月2日に発売、試乗したのは7月初旬)、そこは期待したい」と楽しげな様子に。「ステアリングの応答性を含め、今までのカローラのイメージを完全に覆した。全く別のクルマ」というのが運転してみての印象だ。

このグレードで標準装備となる「スポーツシート」は、トヨタが出来栄えに自信を示すフロントシートだ。クルマの乗り心地については、途中休憩があったとしても、続けて「1,000キロ運転できるかどうか」だという独特の評価基準を持つ安東さんだが、このシートについては「座面が少し短いかな」としつつも、おおむね高評価だった。「フットレストも、いい位置にある」ので、「これなら疲れないかも」との感触を得たそうだ。トヨタはカローラ スポーツの開発にあたり、走りの面では「ずっと走っていたくなるような気持ちよさ」を目指したというが、その部分を安東さんも感じ取ったようだ。

「始めてカローラを格好いいと思った」

次に乗った1.2Lのダウンサイジングターボについては、パドルシフトでギアを変えても「あまりメリハリがない」と話していたが、走行モードを「SPORTモード」に変更して以降は「パドルに対するリニアな反応が出てきた」と印象が変わった様子。「HVより運転は楽しいが、願わくばCVTは『デュアルクラッチ』(ポルシェなどのスポーツカーブランドが採用するトランスミッション)にしてくれないかな」と独特の願いも口にしていた。

試乗の最中、同じく試乗中のカローラ スポーツとすれ違った際には、「純粋に格好いい。ヘッドランプの形とか」「生まれて初めてカローラを格好いいと思った」との言葉も。エクステリアカラーとしては「紺色」(ブラッキッシュアゲハガラスフレークという名称)が気に入ったという。

安東さんも気に入ったという「カローラ スポーツ」の外観

“若者のクルマ離れ”について安東さんの見解は

安東さんには好印象だった様子のカローラ スポーツ。このクルマでトヨタが狙うのは、カローラユーザーの若返りだ。

カローラはユーザーの平均年齢が60歳を超えるクルマになっていて、トヨタは今回の刷新で若い世代の取り込みを狙っている。セダンとワゴンに先行させる形で、新しく採用したボディタイプであるハッチバックのカローラ スポーツを発売したのも、トヨタがターゲットユーザーと位置づける「新世代ベーシック層」、つまりは20~30代の顧客にアピールしたいとの考えからだ。この目論見を安東さんはどう見たのか。

「(クルマに何を求めるかといえば)僕は『魔法の絨毯』、つまりは好きな時間に、好きな場所に連れて行ってくれるところ、それに尽きると思っていて、若い人もそういうツールがあったら嬉しいというのは変わらないと思います。だけど、若い人は『買えねーじゃん』と」。これが安東さんが想像する若者の本音だ。「スマホとか、他にお金の掛かるものがある」から、クルマのローンにお金を回す余裕がないのでは、と見る。

若者がクルマを欲しくても買えないのだとすれば、自動車メーカーはどんなクルマを作るかと同時に、どうしたら買ってもらえるような状況を作り出せるかにも知恵を絞らなくてはならないだろう

「僕らが20代前半の頃って、クルマくらいしかお金を掛けるところがなかった。今はスマホでデバイス代を払って、ゲームもやったりすると月々3万円とか。クルマのローン分がスマホ代に消える。そしたらクルマは買えない」。つまり、若者がクルマを買わない理由は、「単純に買えない」からだと安東さんは考える。「魔法の絨毯というクルマの良さはいまだに響くはず」だし、「タダならポルシェだって乗りたいだろう」とは思うが、「現実問題として、税金や駐車場代を含め買えない。維持できない」のが問題だというのだ。

「クルマを安くするしかないけど、それができないとしたら、税金を下げるとか超低金利ローンを設定する、自動車税は35歳未満は免除にする、それくらいしなければ若い人はクルマ、ましてや新車なんて買えませんよ」

“こみこみ300万円”で購入検討リストに

確かに、最初に試乗した「HYBRID G“Z”」というグレードは、車体価格こそ268万9,200円(税込み)だったものの、シートヒーター、ドライブモードをセレクトできる機能、販売店オプションのナビ(9インチ)などを含めると、総額は357万7,133円に達していた。後に乗ったガソリンエンジン車もオプション込みで280万円前後はする。全体としてクルマが高くなっている感じがしていたが、“大衆車”カローラの価格を見て、改めて実感は深まった。

クルマのオプションは、モノにもよるが結構な価格になる

とはいえ、ポルシェ「911 カレラ 4S」、ジャガー「F-PACE」に続く3台目のクルマを真剣に選んでいる最中の安東さんは、カローラ スポーツのMT車に「ちょっと、購入リストに上がるレベル」の期待を抱いたとのことだ。3台目候補はMINI(ミニ)「クラブマン」とマツダ「アテンザ」の2台に絞られたかに見えたが、ここへきて伏兵が登場した。

オプションを含めた価格で、クラブマンが600万円程度、アテンザが500万円程度というリストに、カローラ スポーツのMT車が全部込みで(おそらく)300万円くらいで加わるとなれば、悩む気持ちも分かるというものだ。「あの色(紺色)でターボエンジンなら考える。後は実用燃費がどのくらいか。かなり気持ちいいクルマだ」というのが試乗会の後に聞いた安東さんの感想。そんなクルマであっただけに、試乗後のエンジニアとの話もかなり盛り上がった。その模様は本連載の第4回でお伝えしたい。

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サマータイムに賛否両論、何が良くて何が駄目なのか

サマータイムに賛否両論、何が良くて何が駄目なのか

2018.08.20

東京オリパラの暑さ対策にサマータイム

賛否はあるが、ITの側面から巨大リスク

場当たり的な対策でなく、慎重な判断を

2020年のオリンピック・パラリンピック東京大会の暑さ対策として、夏期に限って時間を早めるサマータイム(夏時間)の導入を検討するとの報道が、各所を賑わせている。背景には今夏の異常とも言える酷暑を踏まえた、野外競技選手の体調を配慮する狙いがあるものの、その意見は政府内でも統一されていない。菅義偉官房長官は2018年8月6日の記者会見で「国民の日常生活に影響が生じる」と発言したとの報道もあり、その先行きは不明確だ。

ところで、過去に日本はサマータイムを導入した経緯がある。それはGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が日本の占領施策を実施した期間の一部にあたる、1948年(昭和23年)から1952年(昭和27年)の5年間だ。当時を振り返った多数の報道記事によれば、労働時間の長期化や、睡眠不足に代表される体調への悪影響を訴える国民の意見を鑑みて、結局は廃止に至ったという。

その後も地球温暖化対策を背景に、1995年頃から国会議員による法案提出が何度か検討されたが、政局などの事情が折り重なり、導入検討は見送られてきた。つまり、オリンピック開催のタイミングでサマータイム導入の話が出てくるのは突発的なものではなく、導入賛成派の意見が再び表に出てきたものだと筆者は愚見する。

ITの側面でみるサマータイム

多くの日本人はサマータイムに馴染みがないので、導入している米国を例に説明すると、3月第2日曜日午前2時から11月第1日曜日午前2時までがサマータイム期間。この時期は午前2時に1時間の時刻繰り下げが発生し、午前1時59分の次は午前3時となる。期間終了後は午前1時59分の次が午前1時となる仕組みだ。

ヨーロッパも導入国が多く、高緯度の国で貴重な日照時間を有効活用したり、省エネへの貢献などのメリットがあるとされていた。もっとも、欧州連合(EU)ではつい最近、健康への悪影響があるという研究結果や、思ったほど省エネではなかったという指摘が相次いだことから、見直しの検討に入ったそうだ。

東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が提案しているとされるのは、2019年および2020年6~8月の2年間限定で2時間の時刻繰り下げを行うというもの。恒久化したいという意見もあるそうだ。どのような導入形式になるのか不明なものの、暑さ対策という意味合いを考えれば早朝に時刻を繰り下げる可能性が高い。つまり今まで午前7時に起床していた人は午前5時に起床することになる。

なお、NHKが2018年8月に実施した「2018年8月政治意識月例調査(pdf)」では、「東京オリンピック・パラリンピックの暑さ対策として(中略)サマータイムを導入することに賛成ですか(以下略)」との設問に、51.1%が賛成と回答している。

もちろんGHQ時代のサマータイムを実体験したわけではないので、軽々なことを述べられないが、少なくともITの側面から考えれば、あまりにも負担が大きく、賛成しがたい部分がある。例えば環境省が1999年5月に取りまとめた「地球環境と夏時間を考える国民会議報告書」によれば、コンピューターの改修や信号機などの対応コストは約1,000億円におよぶと試算を出している。

個人に身近なパソコンであっても、例えばWindows 10はサマータイムに対応しているが、Excelは未対応。中堅中小企業などにワークシートで時間ごとの売り上げをまとめている場合、サマータイム導入時はdate関数に計算式を加えるなどの対策が必要だ。

また、日本はこれまでサマータイムを考慮する必要がないため、開発者はUTC(世界協定時刻)とローカル時刻の相互間変換を行わず、そのままローカル時刻を用いるケースが多いだろう。この改修に要する時間は短時間ながらも、過去に納品したソフトウェアのコードすべてを確認のため洗い直す手間は、想像したくもない。

そして、単なるソフトウェアなら再納品が可能ながらも、IoTデバイスなどハードウェアレベルでサマータイム未対応というケースがあれば、そのコストはさらに跳ね上がる。新しいものを生み出す可能性の低い、ただ受発注だけが増える事業に、これほど大きな社会的コストをかけてよいものかと不安になってしまう。

加えて2019年4月30に天皇陛下は退位礼正殿の儀に臨まれ、翌5月1日には元号が変わる予定だ。他にも消費税10%アップや軽減税率の対応など、ITの現場は既に負担増で余裕など存在しない。ただでさえIT界隈では開発者不足が叫ばれる昨今、新たにサマータイム導入を強いる場合、プロジェクトの遅延や停滞など、あの「Y2K(2000年)問題」を上回る混乱を起こしかねない。

場当たり的な暑さ対策に留まっていないか

確かに今年の酷暑は異常であり、あの最中に競技を実施するのは現実的ではない。だが、筆者の目に東京オリンピック・パラリンピックは、場当たり的な対応を重ねてきたように映る。新国立競技場の設計はもちろん、招致時に掲げた内容も曖昧だ。

当時、東京都知事・招致委員会会長だった猪瀬直樹氏は、「東京が擁するインフラを提供する。輸送面も交通網がすでに整備されており、確実な能力を有している」と述べていたが、築地市場移転が遅延したことで、環状2号線の全通は2022年度に見送られた。

このように機転を利かせたように見えて、先々を見通せない結果を目の当たりにすると、東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会が提案するサマータイム導入も、同じ結果になるのではと思えてしまう。

これまでサマータイムを導入していたロシアは2011年、中国は1992年、台湾は1979年に廃止している。我が日本は東京オリンピック・パラリンピック実施のために、来年2019年からのサマータイム導入を検討しているが、この短期間で環境を整備するのは事実上不可能だ。慎重な判断を強く望みたい。