過熱するチキン戦争~本家のKFC、ローソンが食う あの大手商社もコンビニシフトへ

過熱するチキン戦争~本家のKFC、ローソンが食う あの大手商社もコンビニシフトへ

2016.11.27

過熱するチキン戦争~本家のKFC、ローソンが食う あの大手商社もコンビニシフトへ

 もうすぐ師走。12月25日のクリスマスまであと1ヶ月を切りました。みなさんはどのように過ごす計画でしょうか?一昔前のバブルの時代は豪華なレストランに行ったり、高級ホテルに宿泊したりして過ごす人も多かったと聞きますが、時代は変わりました。派手な支出は控えて、自宅や友人宅でホームパーティーを開く人も多いのではないでしょうか。

 そんな中で、クリスマスに欠かせない食べ物といえば、フライドチキンです。最近ではケンタッキー・フライド・チキン(KFC)に代表される専門店だけでなく、ローソンやファミリーマートなどのコンビニエンスストアもフライドチキン市場に参入。クリスマスの食卓を巡る競争が激しくなっています。

 そこで編集部では、KFCとローソンのフライドチキンを購入して価格や味を比較してみました。

 まずやってきたのは本家のKFCです。サンタ姿のカーネルサンダースおじさんをあしらったクリスマス予約受付中の赤い垂れ幕が目を引きます。オリジナルチキンの販売価格は1ピース250円。登録飼育農場でハーブ原料を飼料に育てた国内産ハーブ鶏を使用し、店舗で手づくりしている伝統のフライドチキンです。

 次に訪れたのはローソン。ローソンではレジ横の揚げ物カウンターで1個130円とお手軽なLチキや、黄金チキンを190円で販売しています。黄金チキンはミルク風味を下味に加えたまろやかな余韻と15種類のスパイスとハーブの華やかな香りが特徴。2016年バージョンは10月18日から販売を始めました。

 ここでクイズ。購入したチキンをお皿に並べてみましたが、どちらがケンタッキーで、どちらがローソンかわかりますでしょうか?

ローソンに値ごろ感、特典も付けて攻勢

 見た目はほとんど変わりませんよね。クイズの答えは上がローソンの黄金チキン。下がケンタッキーのオリジナルチキンです。

 違いがあるとすれば、1つは衣の厚さ。ケンタッキーの方が薄く感じました。味については、人それぞれ好みの分かれるところですが、国産鷄を使っているケンタッキーはさすがの飽きのこないおいしさです。ローソンは少し濃い目の味付けで、ごはんのおかずやお酒のおつまみとしても良さそうです。

 ローソンは鹿児島産桜島どりを使った黄金チキン(和風)=価格は220円=を11月22日に発売したほか、クリスマスに向けて6本入りの黄金チキンBOXの予約受付を開始しました。通常価格1140円のところ、事前に予約すると1000円に。さらにコカ・コーラ850ミリリットル1本の引換券を贈呈するという特典も付けました。

 ファミリーマートも12種類のスパイスハーブを配合し、店内で調理する「ファミマプレミアムチキン」(1本190円)が12本入った「プレチキパーティーセット」を特別価格の2100円で販売を始めています。

 これに対してKFCはオリジナルチキン5本、チキンテンダー4本、ナゲット10個をセットにしたクリスマスパックSパック(2690円)や1本1060円のローストレッグなどクリスマスの特別メニューを投入して対抗します。ただ価格面ではローソンやファミリーマートに比べて割高感もあります。

苦戦するKFC、売上高伸び悩む 

 かき入れ時の12月に向けて激しくなるコンビニ対KFCのチキン戦争。これまでフライドチキンといえば「ケンタッキー」がほぼ市場を独占してきただけに、コンビニの参戦で、業績面でも影響が現れています。

 KFCの直営店とフランチェイズチェーン(FC)店を合計した売上高の推移を見てみましょう。2010年3月期の1550億円をピークに2014年3月期は3割減の1076億円まで落ち込みました。コンビニなどとの業態を超えた競争激化に危機感を募らせたKFCは、チキンはすべて「国内産」であることを訴求するなどブランド力の強化に躍起です。その結果、2016年3月期は前期比5.7%増の1162億円に回復しましたが、2016年4~10月は全店平均売上高がわずか0.1%増と再び苦戦を強いられています。

 一方、ローソンはフライドチキンやサンドイッチなどを含むファーストフードの売上高が右肩上がりに成長しています。2009年にフライドチキン「Lチキ」を発売。2013年にはローソン史上最高品質のフライドチキン「黄金チキン」を投入しました。2016年2月期は前期比9.3%増の4505億円と2010年2月期と比べて5割近く高い水準にあります。単身世帯の増加によって自宅で揚げ物を調理するのではなく、身近なコンビニでチキンなどの揚げ物を購入する人が増えていることが背景にあります。

 こうした市場環境の変化を受けて、あの有名な大手商社も投資戦略の見直しに動きました。

三菱商事もKFC離れ、ローソンを子会社化 

 ケンタッキーやピザハットを経営する日本KFCホールディングスと、ローソンの両社の大株主にもなっている三菱商事です。

 日本ケンタッキー・フライド・チキンは1970年、三菱商事と米国のケンタッキー・フライド・チキンコーポレーションとの折半出資により設立されました。1988年には年間売上高1000億円を達成するなど急成長を遂げ、1990年に東京証券取引所第2部に株式を上場しました。2007年に米国のKFCコーポレーションが株式を売却し、三菱商事が親会社になりました。

 ところが2015年11月、三菱商事は日本KFC株の一部売却を発表。持ち株比率は約66%から約38%に低下しました。三菱商事はこれまで穀物や飼料、KFC 登録飼育農場で育てられた国内産 100%の若鶏の生産に至るまでをサポートし、ケンタッキーの成長を支えてきました。KFCの開示資料によると三菱商事は株式売却後も「大株主として引き続き当社の事業をサポートする意向である旨の連絡を受けている」としていますが、影響力の低下は避けられません。

日本ケンタッキー・フライド・チキンの沿革
1970年 米国のケンタッキー・フライド・チキンコーポレーションと三菱商事が共同出資で設立
1990年 東京証券取引所第二部に株式上場
1991年 ピザハット事業を開始
2007年 三菱商事が株式の過半数を取得し親会社に
2014年 日本KFCホールディングスに商号変更し、持ち株会社体制へ移行
2015年 三菱商事が一部株式を売却、出資比率は約38%に低下

 一方、ローソンは1975年にダイエーの100%子会社として設立されました。2000年に三菱商事と業務提携。2001年、ダイエーの業績悪化に伴い売却したローソン株を三菱商事が取得し、30%超を保有する筆頭株主になりました。三菱商事で外食事業を担当していた新浪剛史氏を2002年にローソンの社長に就任させるなど、資本と人との両面で経営への関与を強めてきました。

 そして2016年9月、とうとう三菱商事はローソン株をTOB(株式公開買い付け)により出資比率を33%から50%に引き上げ子会社化すると発表したのです。KFC株の売却から1年もたたないうちの出来事です。

ローソンの沿革
1975年 ダイエーの100%子会社として設立
2000年 三菱商事と業務提携
2001年 ダイエーが株式を売却、三菱商事が筆頭株主に
2002年 三菱商事出身の新浪剛史氏がローソン社長に就任
2009年 フライドチキン「Lチキ」を発売
2013年 高品質フライドチキン「黄金チキン」を発売
2016年 三菱商事がTOBでローソンを子会社化

 三菱商事がローソン株の取得に投じる代金は1440億円。ちなみにKFC株の売却代金は133億円です。三菱商事はKFC株の売却と同時にKFCに派遣していた役員の1人を辞任させており、人的な面でも関係性が薄れることが予想されます。

 三菱商事の投資戦略の見直しにチキン戦争がどこまで影響を与えたのかは不明ですが、フライドチキンなど外食専門店の成長鈍化、専門店の需要を食って成長するコンビニという、消費市場の変化が少なからず投資判断に影響しているのではないかと推測できます。

 ローソンを子会社化した三菱商事が自社の調達網を活用してローソンのフライドチキンに国産鶏を本格的に供給しはじめたら――。消費者にとっては朗報ですが、100%国内産を打ち出すケンタッキーにとって、ますます手ごわいライバルとなりそうです。

文:M&A Online編集部

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その面倒な組織カルチャー、印鑑が原因ですよ

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その面倒な組織カルチャー、印鑑が原因ですよ

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印鑑業界による印鑑文化の優位性アピールが話題

会社経営者として感じる、捺印作業の面倒さ

「サイン文化」と「印鑑文化」で変わる組織カルチャー

行政手続きのオンライン化を目指す「デジタル手続き法案」をめぐり、全日本印章業協会がアピールした「印鑑のメリット」が話題になっている

「代理決済できるという印章の特長が、迅速な意思決定や決済に繋がり、戦後の日本経済の急速な発展にも寄与してきた」(原文ママ)というものだ。

「ハンコならこっそり代理決済ができる」などと、身も蓋もなく自ら印鑑廃止を後押ししてしまいかねない意見が出てしまったことは興味深い。
でも僕は、ただのバイオテクノロジー屋なので、ITを活用した効率化しますよ業界の回し者でもなければ、印鑑業界の人を敵に回すメリットだってないので、特にこの点について深く言及しないし、「日本における今後のハンコをどうするべきか」なんてことを掘り下げて云々するつもりもない。

ただ、日本を含む4カ国でスタートアップを立ち上げた経験から、企業の組織カルチャー形成に、承認方法としての「印鑑」と「サイン」の違いが、とても大きな影響を与えているのではと実感した話を書いておきたい。

日々、何かと多すぎるハンコ作業

まず共有しておきたい事実は、日本で会社を経営すると、毎日ものすごい数の代表印や銀行印や社印を押さなければいけないということだ。(会社の印鑑って3種類あるの知ってました?)

お客さんと契約してお金をいただくときに契約書に捺印するのはイメージできると思うが、その後もお金が銀行口座に無事入るまで、受領やらなにやら契約書だけでなく、さまざまな書類にとにかく捺印をしまくる必要がある。

また、家賃を払う、プリンターのトナーが切れる、実験試薬を買うなどなど、とにかく会社を運営する活動の一つ一つに対して、それぞれ細かくおびただしい数の印鑑を押す。法人が国や地方自治体に税金を払う時はもちろん、社員のあれこれも、例えば社員の誰かが結婚したり引っ越したりするだけでも印鑑を押しまくる。自分で会社をやってみてつくづくわかったが、とにかく捺印の数が膨大だ。

しかも、びっくりすることに、民間企業も市町村も、同じことをするために、それぞれがまったく違うフォーマットの書類に捺印を求めてくる。

こうして、大量な上にフォーマットがまったく違う書類を毎日渡されて、決められた位置に決められた種類の捺印をすることは、仮に契約書や書類の中身をまったくチェックしないで無責任に捺印したとしても、結構な時間を必要とする作業だ。

捺印にかける時間が惜しい

しかもうわの空で押していると、銀行印を押すべきところに代表印を押し間違えてしまったり、インクが簡単にかすれてしまったりするのが印鑑だ。人生において、こんな捺印ミスなどという程度のことで書類を作り直してもらう羽目になった回数を考えただけで、こんな単純な作業に失敗する情けなさとと、書類を作ってくれる従業員への申し訳なさで、どこかに隠れてしまいたい気持ちになる。

そう、僕は毎日、隠れてしまいたい気持ちになっているのだ。

なぜ、日本から印鑑はなくならないのか

我々の会社のように、たとえ社長だろうがあっちこっちに、営業に謝罪にと、せわしなく飛び回わることで、なんとか会社の体を保っているような規模の企業の方が世の中には多いと思う。そんな"貧乏暇なし社長”がこの捺印という物理的作業に忙殺される時間というのは、正直いって無駄以外の何物でもない。

にもかかわらず印鑑を押すという文化が日本に残っているのは「捺印するという作業」は、誰かに頼めてしまうからなのだと思う。多くの会社において「捺印をし続けるという作業」を自分でやっている社長はあまり居ないのかもしれず、ここが、すべて自ら書かなければいけないサインとの最大の違いなのだろう。

ちなみに、僕の場合は「捺印をし続けるという作業」だけを人に頼むような仕事の依頼の仕方は好みではないので、あちこちに会社を立ち上げては、担当者に「代表取締役」の役職ごと譲るようにしている。

海外の「サイン文化」は印鑑以上に面倒?

冒頭にも書いたが、僕は日本以外の3カ国でも会社を経営している。言うまでもなく日本以外の国は、承認の証としては「サイン」が一般的だ。

日本の会社同士の契約書の場合は、代表者の名前の脇に代表印と社印を、契約書を閉じた裏面に割印を一カ所押す形式であることが多い。つまり、二者間の契約であれば、先方用の契約書と当方用の契約書をあわせて、計4カ所の代表印と計2カ所の社印を押せばよい。

ところが、海外の契約書は、すべてのページにサインをしなければならない。海外の契約書は「実際にそんなことは起きないって」ってくらい、ありとあらゆる場面を想定した契約書になっていることが多く、とにかく契約書が長い。

感覚として、同じような内容の契約をするのに、日本の会社同士の契約の5倍~10倍のページ数になっても驚かない。

つまり、ちょっとした契約書でも軽く100ページを超えてくるわけだが、このすべてのページに手書きでサインをすることを想像して欲しい。契約書の中身を読んでただただサインを書き続けていると、「こんな作業に時間を使い続けてていいのだろうか」という自問の気持ちが芽生えてくる。

その組織カルチャーの差、ハンコとサインの差が原因ですよ

言うまでもなく、サインは誰かに代わりに書いてもらうことはできない。では、サインを書く物理的な時間を減らすために、何が起こるのかというと、「権限委譲」が進むのである。

日本の会社だと当たり前のように社長の名前で締結する規模の契約でも、海外の会社だと担当部長あたりの名前で契約を締結してくる。

もしかしたら、日本の会社のカルチャーだとそれは失礼なことに当たるのかもしれないが、サインを前提とした会社において、会社のすべての契約を社長名義で契約していたら、社長の一日は「サインを書く」という作業だけで終わってしまう。だから、どんどん権限委譲をしていくしかない。

日本の大企業の合意形成や意思決定のあり方を分析する文脈において、「日本の会社は権限委譲が進んでいない」とか、「プロジェクトごとの意思決定者の所在がよくわからないから、スピード感が遅くなってグローバル競争に負けてしまう」などという指摘を頻繁に見る。

特に近年流行りの「日本企業のホワイトカラーの生産性を高めましょう」という議論の多くでは、日本企業のこういった特殊性の原因を、日本人の歴史的・文化的背景や、国民性が理由であると結論づけている。

だからもっぱら、風通しがよく責任範囲が明確で、意思決定の早い会社にするために、せっせと組織構造をいじったり、管理職に研修をしたりと、コンサル屋さんが儲かるだけの努力に大きなお金を払うことになっているのだが、大きな効果が得られているようにみえない。

僕の考えは、特殊性の理由がちょっと違っていて、「その組織カルチャーの差って、捺印とサインの差が本質的な原因ですよ」と、わりと確信に近い自信を持っている。

捺印の作業だけを誰かに頼むのではなく、捺印をする権限ごとどんどん頼んでしまえばいい。ハンコにウンザリしている世の中の社長さん、そう思いません?

(藤田朋宏:ちとせグループ 創業者 兼 最高経営責任者)

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第32回は、実家暮らしの男性に降りかかる「子供部屋おじさん」論議について

「子供部屋おじさん」という言葉が注目されている。言葉自体は2014年あたりからあったそうだが、今また脚光を浴びているそうだ。

「○○おじさん」「○○おばさん」という呼称には、「アイカツおじさん」のように秀逸かつもはや「Sir」級の「称号」と言って良いものもあるが、大体が蔑称である。

その中でもこの「子供部屋おじさん」の蔑視ぶりたるや、である。意味はわからなくても本能で「馬鹿にされている」と察することができる。

「子供部屋おじさん」とはどんなおじさんを指すかというと、成人しても親元を離れず実家の「子供部屋」で暮らし続けるおじさんのことである。「パラサイトシングル」を、言われた相手の血管が切れるように魔改造した言葉だ。言葉としては「上手いこと言うな」と感嘆するしかない。

単に「実家住みのおじさん」という意味ではなく、「いい年をして親から自立せず、自分では何も出来ない、中身は子どものままのおじさん」という痛烈な批判が込められている。

この「子供部屋おじさん」は、ひきこもりやニートとは違い、仕事はちゃんとしている場合が多い。だが逆に「実家を出ようと思えば出られるのに出ない」という点が余計「甘え」と見なされ、ここまでの鬼煽りを食らう羽目になったとも言える。

このように世間からみっともないと思われがちな「実家住みの成人」だが、本当に彼らは社会の病巣であり、親から見れば寄生虫なのだろうか。

一人暮らしは今や「修行」かもしれない

子供部屋おじさん含むパラサイトシングルにも言い分はある。まず「実家から出るメリットが見いだせない」という理由だ。

実家が持ち家の場合、一人暮らしをするよりも実家住みの方が経済的には圧倒的有利だ。親側からしても、純粋に寄生されるのは厳しいが、生活費などを入れてもらえるなら、逆に助かるという場合もある。

また職場からの距離も実家から通った方が近いと言うなら、わざわざ経済的負担を負いながら、場合によっては遠距離通勤をする「一人暮らし」というのは「修行」という意味しかなく、昨今盛んに言われる「コスパ」「合理化」という観点から見ると「正気か」というような無駄でしかない。そのため、インフルエンサー的な人が一発「まだ一人暮らしで消耗してんの?」と言えば、容易に世論が傾いてしまいそうな気がする。

しかし「修行という意味しかない」と言っても、その「修行」に意味がないわけではない。一人暮らしが人間に自立と成長を促すのは確かである、自分のことは全て自分でやらなければいけないのだから当然だ。

逆に、衣食住が保証された実家で、お母さんにご飯と身の周りの世話を全部やってもらっていたら確かに子供となんら変わりないし、もし仮に結婚して家を出たとしても、今度は嫁に母親と同じことを求めるだろう。

結果として、「見た目は中年、中身は子供、価値観は団塊」というバランス感覚皆無の生物が爆誕することになりかねない。そういった意味では、いかに合理的でなかろうが、一人暮らしをする意味はあると言える。

だが、親の方が子どもに「実家にいてほしい」と望むケースもある。

前に「増加する共倒れ家庭」という、タイトルからして明るい要素皆無のテレビ番組を見たことがある。老齢一人暮らしの父親の元に、非正規雇用で自活できない息子が帰ってきて、そのせいで生活保護が打ち切られ、ますます困窮するというマジで暗い所しかない話だった。

しかし、父親の方が息子に対し「迷惑だから出て行ってほしい」と思っていたかというと、そうではなく「自分が老齢で何があるかわからないので居てほしい」と言っていたのだ。

このように、高齢の親からすれば、子供がいてくれるのは「安心」という面もある。ほかにも、介護のために実家に戻って来た者もいるのだから、一概に「子供部屋おじさん」とバカにすることはできない。

「子供部屋おじさん」がここまで燃える理由

そして、この「子供部屋おじさん」に今更激烈な反応が起こっているのは、「おじさん」と性別が限定されているからだろう。

当然「子供部屋おばさん」だって存在する。私も結婚して家を出るまで実家にいたし、成人すぎても小学校入学の時買ってもらった学習机を使っており、もちろん身の周りのことは母親を越えてババア殿にやってもらっていたという、どこに出しても恥ずかしくない「子供部屋おばさん」だった。親は私を家から出すのに相当勇気がいったと思う。

しかし、バカにされているのは専ら「子供部屋おじさん」の方で、言葉自体も「ブサイク」には「ブス」ほどの破壊力がないように、「おばさん」より「おじさん」の方がどう考えても「強く」感じる。

「子供部屋おばさん」にパンチが足りないのは言外に「女はまあ実家住みでもいいんじゃね?」という見逃しがあり、逆に男には「男のくせにいつまでも親の世話になってみっともない」という、男女差別があるせいではないだろうか。

ネットを開けば、ジェンダー問題で毎日ひとつは村が燃えている昨今である。「子供部屋おじさん」が、そっちの観点でアンコール炎上しても不思議ではない。

当然だが、一家の家計を支え、親の介護をしながら家事までやっている「子供部屋おじさん」もいれば、ろくに家に金もいれず、親に三食用意してもらっている「子供部屋おばさん」もいる。もちろんこれはおじさん・おばさんを入れ替えたって言えることだ。

男だから、女だから、で言い切りが出来ないように「実家暮らし」という属性一つでは何も断言することは出来ないのである。

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