ダイハツのムーヴキャンバス、“超ニッチ”戦略に将来性はあるか

ダイハツのムーヴキャンバス、“超ニッチ”戦略に将来性はあるか

2016.10.19

ダイハツ工業の新型軽自動車「ムーヴキャンバス」は、未婚女性と親の同居世帯を狙って企画されたという。ダイハツはなぜ、こんなにニッチな商品を送り出したのか。そのためにどんなクルマとしたのか。将来性はあるのか。今の日本社会の状況を踏まえながら検証したい。

ダイハツのムーヴキャンバスは“超ニッチ”なクルマだ

“日本の今”から導き出したクルマづくりの方向性

ムーヴキャンバスの報道関係者向け試乗会に参加して、もっとも印象に残ったのは、クルマそのものよりも、試乗前に行われたプレゼンテーションの内容だった。

話はいきなり、近年の日本女性の行動特性から始まった。社会進出と所得が増加しており、クルマを含めて、世帯内で商品を選ぶ際の決定権も高まっているというのだ。さらに今後も、政府がアベノミクスの成長戦略の一つとして「女性が輝く日本」を掲げていることから、女性の就業率や指導的地位への就任の増加が見込まれているという。

一方で女性の晩婚化が進み、親と同居する30~40歳代の女性は多くなっている。こうした世帯が増えた結果、未婚女性の軽自動車ユーザーのうち、親と同居している人の割合は増加しており、その比率は約8割に上っているそうだ。そういった人の半分以上は、クルマの購入資金を親と折半するか、あるいは全額出してもらい、多少高価であっても気に入った車種を選ぶ傾向が強いという。

綿密なユーザー分析を披露したダイハツ

そこでダイハツは、クルマの購入時に親が重視する機能や基本性能と、娘が重視するデザインや品質を両立したクルマを送り出せば、買い物から旅行まで母娘が行動を共にし、家庭円満につながるのではないかと考えた。そんな想いで送り出したのがムーヴキャンバスだ。

ダイハツがここまで日本の女性のライフスタイルを調べ上げているとは思わなかった。でも言われてみれば、腑に落ちることがいくつかあった。

見えてくるリアルなマーケット

東京への一極集中が問題となり始めて久しい。しかし総務省が今年発表したデータによると、全国の大都市圏で人口増加率がもっとも高いのは東京23区ではなく、福岡市だ。さらに首都圏にある横浜市より、仙台・札幌・広島・名古屋の増加率が上回っているという数字もある。

首都圏や京阪神圏と比べると、これらの大都市圏は公共交通が発達しておらず、移動のかなりの部分を自家用車で賄う必要がある。しかし、地方のように広い敷地の一軒家に住める世帯は少ないから、ひとり1台という感覚でクルマを選ぶことは難しい。大都市圏で晩婚化がより進行していることも、各種データで明らかになっている。

つまり首都圏や京阪神圏以外の大都市圏では、ダイハツが注目している、30~40歳代の未婚女性と親が同居する世帯が多いことが想像できる。しかも彼女たちは、移動にクルマが必需品という状況でもある。ムーヴキャンバスのマーケットがリアルに見えてくるのだ。

軽自動車だから可能な“割り切った”クルマづくり

ムーヴキャンバスは、ガラパゴスのさらに一歩先を行くニッチな商品と言えるかもしれない。でも逆に、1~1.3Lエンジンを積むコンパクトカーでは、ここまで割り切った作りができないのも事実だ。

ムーヴキャンバスは軽自動車ならではのクルマだ

コンパクトカーを作る際、メーカーはスケールメリットによってコストダウンを図る傾向が強く、グローバルモデルとして開発することも多い。日本で生産されない車種すらあるぐらいであり、当然ながら我が国の未婚女性と親の同居世帯のことなど、ほとんど眼中にはない。

その点、軽自動車は日本国内専用規格だし、ボディサイズや排気量の上限が決まっているのでプラットフォームやパワートレインは共通化しやすく、パッケージングやデザインの自由度は高まる。こうしたメリットを生かし、きめ細かいニーズに沿ったものづくりを進めているのだ。

ではその結果、ムーヴキャンバスはどんなクルマになったのか。

女性ユーザーを意識した作りに

まずパッケージングは、ムーヴと同等の全高でありながらスライドドアを備え、後席の折り畳みを簡略化した代わりに、座面の下に引き出しを用意するという仕掛けを織り込んだ。

後部座席は引き出し付き

スタイリングは、最近の日本車としては無駄なプレスラインが少なく、シンプルかつプレーンな造形だ。でもそのままでは商用車っぽく見えてしまう可能性もあるので、ムーヴキャンバスは独特の塗り分けのツートンカラーを用意するとともに、クロームメッキのアクセントをあしらった仕様を用意することで、個性的に見せている。

インテリアも一部にボディカラーを入れたりして、こちらも実用車っぽくない雰囲気を作り出すことができる。ただ前席はかなり前まで伸びたルーフのために上方にある信号が見えにくく、後席は座面下の引き出しも床も黒なので見分けがつきにくいなど、改良を望みたい部分もあった。

女性ユーザーがメインだからなのか、エンジンは自然吸気のみで、ターボはない。背が低いとはいえスライドドアを持つので、車両重量はタントとほぼ同じだ。よって発進や追い越し加速で、もう少し力が欲しいと感じることがあった。もっとも回り方は滑らかなので、回転を上げても気にならなかった。

乗り心地はまろやかで、なかなか快適だ。となるとハンドリングが不安になる人もいるだろうが、車高がタントより低めということもあり、安心してコーナーを通過していくことができた。

スタートダッシュは成功、将来性はいかに

ダイハツは10月11日、発売から約1カ月が経過したムーヴキャンバスの累計受注台数を発表した。月販目標台数5,000台に対し、4倍にあたる2万台の受注を集めているという。主な購買層は20~30歳代の女性とのことで、狙いはドンピシャだったようだ。

しかし今後もこの状況が続くとは限らない。そもそも女性の晩婚化は社会的には問題とされており、積極的な子育て支援を行っている石川県小松市など、いくつかの地方都市では対策を打ち出しているからだ。

しかもダイハツの親会社であるトヨタ自動車が、軽自動車の分野でダイハツの最大のライバルであるスズキと、業務提携に向けた検討を始めたというビッグニュースが発表された。提携が順調に進めば、ダイハツとスズキの軽自動車作りそのものが変わっていくこともあり得る。

ムーヴキャンバスは典型的なマーケットインのクルマである。でもそのマーケットは、さまざまな外的要因で激変する可能性があることもまた確かだ。

なぜ東横インは、宿泊料が一定なのか? 多様化するビジネスホテルの今

瀧澤信秋のいろはにホテル 第1回

なぜ東横インは、宿泊料が一定なのか? 多様化するビジネスホテルの今

2018.11.16

「ホテル評論家」瀧澤信秋氏による新連載!

第1回は、「多様化するビジネスホテルの今」について

料金変動「するホテル」と「しないホテル」 それぞれの狙いは?

「ホテル評論家」瀧澤信秋氏が、意外と知らないホテルビジネスを語る新連載。第1回は、瀧澤氏が“注目度の高いカテゴリー”と説明する「ビジネスホテル」について。ここ数年で急速に「多様化」が進んでいるビジネスホテルのこと、どれだけ知っていますか?

ビジネスホテルが大人気

ラグジュアリーホテルからビジネスホテル、カプセルホテルにラブホテルと横断的な評論が筆者の生業であるが、ことビジネスホテルは昨今勢いのある注目度の高いカテゴリーだ。

旅行や出張で、ビジネスホテルを利用した経験のある人は多いだろう

筆者は、TBSテレビの人気番組「マツコの知らない世界」へ過去3回出演の機会を得たが、第2回で紹介した「ビジネスホテルの世界」は特に反響が大きく、TBS瞬間最高視聴率ランキングで1位をいただいた。視聴者の方々にとってビジネスホテルは身近な存在なのだと改めて認識した。

ということで、連載の第1回となる本稿では、「多様化が進むビジネスホテルの今」をお伝えしよう。

「ビジネスホテル」と「ホテル」の違い

そもそもビジネスホテルとは何なのか。業界ではビジネスホテルは“宿泊特化型ホテル”ともいわれるが、その名の通り宿泊に特化したホテルと定義づけられる。

ホテルとはフルサービスであることが特徴で、宿泊の他に料理・飲食、バンケット(宴会、または婚礼や大規模な会議)など多彩なサービスを提供する。一方のビジネスホテルは、朝食スペースなどが設けられてはいるものの(法令上の要請)、フロントサービスを中心に宿泊機能を提供するというリミテッドサービスであることが特徴だ。“イン”とも称される。

前述の番組で、豪華なスイートルームまであるホテルとして“これ以上のビジネスホテルは見たことがない”と「ホテル ココ・グラン高崎」(群馬県高崎市)を紹介したところ、「スイートルームなんてあるのにビジネスホテルといえるの?」と疑問の声をいただいた。

「ホテル ココ・グラン高崎」プレミアムココスイート

スイートルームがあろうが、基本的に宿泊に特化していればそれはビジネスホテルといえる。ただし、宿泊特化型のコンセプトは多様化しており、単にビジネスホテルとカテゴライズされることを良しとしないホテルもある。

話は逸れたが、ビジネスホテルといえば、伝統的には出張族御用達として人気を博してきた。今では旅のスタイルが多様化したことで、観光にも重宝されており、リーズナブルな旅を求める訪日外国人旅行者にも人気が高い。

「料金変動させるホテル」と「あえてさせないホテル」

しかし、「ビジネスホテル=リーズナブル」というイメージは徐々に崩れつつある。確かに高級ホテルよりは安いといえそうだが、繁忙日と閑散日の料金変動幅がかなり大きなホテルもみられる。

筆者は職業柄日々のホテル料金レートをチェックしている。「ビジネスホテルは高級ホテルより安いといえそう」と書いたが、とある繁忙日の新宿エリアを見たところ、ハイアットよりもアパホテルが高かったことがあり驚いた。料金を客室面積の㎡単位で換算したところ、ハイアットが約1,200円、アパホテルが約2,800円だった。

料金変動の大きさもクローズアップされたアパホテル

極端な例を挙げたが、ビジネスホテルに限らずホテルの料金は変動するのが一般的だ。これは業界では「レベニューマネジメント」などといわれる。ホテルの客室に限らず在庫の繰り越しができない商品を、売れ残りを少なくするためさまざまな価格設定をして販売を管理することは、需要予測のもとに収益を最大化する手法といえる。

需要が高くなると料金が上がるのはホテルに限ったことではないが、とはいえホテル料金変動幅のあまりの大きさに面食らった経験のある人もいるのではないだろうか。季節変動(季節や時期によって需要に増減が起きる変化)の大きなリゾートホテルなどではその傾向はさらに強いし、料金が高額なラグジュアリーホテルでも変動はする。しかし、より日常感のあるリーズナブルなイメージのビジネスホテルほど、ゲストは料金変動にシビアだといえそうだ。

他方、基本的に料金変動させないことをポリシーとするホテルもある。たとえば「東横イン」だ。全国最大規模のビジネスホテルチェーンであるが、宿泊需要の急増する時期でも大きく料金を変動させないことを公式サイトでうたっている

プライスポリシーとして「市場動向にいわば便乗するかのような料金設定は(中略)ビジネスパーソンをはじめとするお客様の信頼を裏切ることになる」と明記。料金の変動が少ないことはゲストの安心感につながるというのが同社の考えだ。

「東横イン」客室イメージ

前述のホテル ココ・グラン高崎も、基本的に料金変動させないことをポリシーにしているが、かようなポリシーのホテルを時々見かけることがある。このように、「料金変動をさせるホテル」と「あえてさせないホテル」があるのだ。

「本当はいくら? 」で部屋の価値を聞いてみた

料金変動でよく見られるのは、最初は高い設定なのに日が迫ると安くなり、当日の夜などに投げ売りされるパターン。レベニューマネジメントで適切な在庫管理ができれば緩和される側面はあるのかもしれないが、早く予約してキチンと泊まってくれる「ホテルにとって有り難いゲスト」が割を食うケースともいえる。そもそも定価で料金変動させないのであれば起こらない問題かもしれない。

ところで筆者は、ホテルの支配人や経営者への取材に際し「こちらの客室はいくらですか?」と質問することがある。「え~と今日は6,000円ですが明日は1万円で……」といった回答を得ることは多い。そこで「いえ、本当はいくらなんですか? 」と聞き返す。すると回答に窮する様子のケースが多く見られる。

ところが、過去の取材(4年ほど前の取材と記憶している)で「うちは5千円です」と即答したホテル経営者がいた。中国地方や福岡で大人気ビジネスホテルチェーン「ホテルアクティブ! 」を運営する、株式会社石田屋ホテルズ代表取締役社長の石田光一郎氏である。

「ホテルアクティブ!広島」外観

石田氏は「確かに今日は7,000円ですし明日は9,000円ですが、この部屋本当は5,000円なんです」と断言した。商売なので繁忙日は料金を上げることもするが、多くいただいた分は新しいホテル建設や事業拡大などには回さず、あくまでもそのホテル・客室の快適性向上に投資するという。確かに、前に一度宿泊した際に「もう充分快適」と記憶していたが、その後何度か再訪した際にも、さらに工夫が施されたリニューアルがなされていた経験があり、納得した。

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今回は、ビジネスホテルについて「料金変動」の面からみてきた。料金変動の有無については、ホテルの特性やさまざまな条件などを鑑みれば決して一面からでは結論づけられない問題であるといえよう。昨今、インバウンド需要も後押しとなり、ビジネスホテルが多く誕生し、さまざまな経営・運営会社の手により多彩な施設が林立。同時にその「スタンス」も多様化している。

客室の快適性や利便性などと共に、そうしたホテルのスタンスを知ることも、賢い消費者として気に留めておくべき「ホテル利用術」のひとつだといえそうだ。

次回も引き続き「多様化が進むビジネスホテル」について取り上げます。ビジネスホテル市場に押し寄せる“差別化”と“コモディティ化”の流れ、そこから見えてくるものとは?

「選択と集中」が進みすぎた、日本の科学技術への投資

藤田朋宏の必殺仕分け人 第1回

「選択と集中」が進みすぎた、日本の科学技術への投資

2018.11.15

ちとせグループCEOの藤田朋宏氏による新連載

巷を賑わす”ヘンな出来事”の問題点を、独自の解釈で洗い出す!

第1回は、「日本の科学技術投資」について

バイオベンチャー企業群「ちとせグループ」のCEOを務める藤田朋宏氏による新連載。“手段と目的の違い”によって生じた「ヘンな出来事」の問題点を、独自の視点で語ります。第1回は、「日本の科学技術投資」について。日本の科学技術への投資の問題点とはいったい何なのでしょう?

才能と“伸びしろ”に投資する、日本サッカー協会

先日、クアラルンプールに出張したときのこと。宿泊先のホテルが偶然にもサッカーの日本代表と同じだった。「日本代表」と言っても、同じホテルに泊まっていたのは本田や長友ではなく、U-16アジア選手権に参加している若い選手たち。

そこで彼らを見ていて、ふと考えた。日本サッカー協会の「選手への投資」は、実は凄く効率がいいのではないか。どうしてそう思ったのか、順を追って説明したい。

ホテルに置いてあったU-16アジア選手権のバナー

チェックインを済ませ、「部屋の準備があるから、ちょっとだけそこで待っていて」と指示するホテルマンに従い、ひとりロビーに放置されている間、何となしに選手の情報を調べてみた。それから一時間半。23名の選手一人ひとりの顔だけでなく、利き足まで覚えるくらいの時間が経っても、僕はまだロビーで放っておかれたままだった。まぁ、東南アジアではよくあることなので、腹は立たなかった。

ところで、「過去のU-16日本代表がその後、何度も日本代表に選ばれる割合はどれほどだろうか」と疑問に感じ、調べてみたところ、各年20数名の代表選手のうち、現役で活躍している選手は約1人であることが分かった。確かに16歳の段階では身体の発達に差があるし、試合で活躍できるかは運の要素も絡む。コーチとの相性やケガの問題もあるだろう。

そうは言っても、16歳の時点で日本代表に選ばれるだけのポテンシャルを持つ選手のうち、その数%しか将来も活躍できる選手がいない、という事実には驚いた。実際、長谷部、本田、岡崎、長友……など、この10年で活躍している選手たちの多くは、16歳時点ではそこまで期待されていなかった選手ばかりだ。

ではなぜ、そういった選手が後に日の目を浴びられたかというと、それは彼らにも「チャンス」を与えられていたからだろう。日本サッカー協会は、16歳時点で選抜したトップ選手だけに集中投資するだけではなく、同年代の他の有望選手にもしっかりとチャンスを与え続けられるような仕組みをつくれたのだと思う。

際立って目立つ選手だけではなく、将来の伸びしろがありえる選手にも、最低限のチャンスは回ってくることで、未来のトップ選手の育成が図れる。そうやって日本サッカー協会はこれまで、世界に通用するような選手を輩出してきた。

「科学技術に投資せよ」ではなく、予算配分の再考を

前置きが長くなってしまったが、ここから本題に入りたい。

先日、京都大学特別教授の本庶佑先生がノーベル賞を受賞したというニュースが流れた。「自分がバイオテクノロジー業界で働く人間だから」というのは関係なく、本庶先生と周りのチームの方々の長年にわたる科学に対する貢献が認められたこと、その事実に接した関係者の気持ちを想像すると、とても嬉しい気持ちになった。

ノーベル賞メダル(レプリカ)

 

近年、日本人のノーベル賞受賞が続いている。彼らのような日本の科学業界の仕組みをよくわかった方々は、これまで数多くのご苦労をされてきたことだろう。しかし、1つ残念なこともある。能力はもちろん、人格的にも優れたそういった先生方が、ノーベル賞受賞のタイミングでマスコミに発表する一世一代のコメントが「日本国の科学技術投資、科学技術教育のあり方についての憂い」であることだ。

僭越ながら、先生たちのコメントを解釈すると、よくニュースで取り上げられるような「科学技術にもっとお金を使え」ということではなく、その先にある「国家予算の配分」についての指摘をしていると認識している。

誰がなんと言おうと、日本の科学技術投資の選択と集中は年々進んでしまっているのが現状だ。しかし、先生方のいうような「選択と集中が進みすぎている」という指摘に対して、「日本にはもうお金がないのだから科学技術にばかり投資できない」と答えがずれてしまっている。

これこそが、日本の科学技術投資における問題ではないだろうか。

日本にはびこる「選択と集中こそが正解だよ病」

随分前からずっと不思議なのだが、そもそも「選択と集中こそが正解である」なんて、誰がいい出したのだろう。「選択と集中」の戦略で物事をうまく切り抜けられるようなことは、本当に生きるか死ぬか、背水の陣を敷いている時くらいだと思うのだ。

今の日本の「選択と集中こそが正解だよ病」はなかなか根深く、そもそもの目的を実現することよりも「選択と集中」を行うことそのものが目的になっているんじゃないかと感じることが多い。

今の日本で行われている多くの意思決定の場面で、サッカーの例で例えると、U-16日本代表を選んだ人のメンツを潰さないということが、強い日本代表をつくることよりも優先されてしまっているように思う。

そのため、16歳の時点で選んだ選手だけに集中投資し、16歳の段階で選ばれなかった他の選手のポテンシャルに賭けることもしないというような「選択と集中が正解である」という間違えた進め方で意思決定が行われているようなことが多いように感じる。

サッカー選手の育成でも、科学技術の投資でも初期の段階で選抜してそこだけに集中投資するという戦略を繰り返せば繰り返すほど、全体としての力は落ちる一方になるのではないか。歴代のノーベル賞受賞者の先生方も、そういうことを言いたかったのではないかと思う。

手段であるはずの「選択と集中」が、目的となっている?

私は、「16歳の段階で、将来素晴らしいサッカー選手になる人物を見分けられる」なんて言葉は、伸びしろのある選手に対しておこがましいと感じる。これは科学技術の研究にも同じことが言える。「その研究が将来素晴らしい成果を残すかどうか見分けられる」なんて言葉は、科学者に対しておこがましい。

もっと言ってしまえば、どの研究が将来化けるかの判断は、16歳のサッカー選手の成長を言い当てることより遥かに難しいだろう。なぜならば、サッカーという競技のルール自体は変わらないが、科学と言う競技はルール自体を決めているので、科学研究の将来性をあらかじめ予測するのは16歳のサッカー選手の将来性を予測するより難しいためだ。

そんな中、日本サッカー協会が幅広い底上げに力を入れ、紆余曲折も有りながらも右肩上がりの成長を維持できているにも関わらず、日本の科学技術投資は過剰な「選択と集中」を強めるが故に、科学技術力の相対的な低下を招いているように感じる。

その差はいったい何か? これは1つの仮説でしかないが、日本サッカー協会の強さの秘訣は、会長の独断で物事を決められる側面が強い組織であるために「目的」がハッキリしている点にあるのではないだろうか。

その一方で、日本の科学技術投資のような“数多くの人の善意の組み合わせの上になり立っている意思決定機構”では「選択と集中を進めることが正解である」という、本来手段の一つである価値観が「目的」となってしまっているように感じる。

本来考えるべきは、「日本の科学技術をどうするべきか」ということであるにも関わらず、その手段と目的が逆転しまっているのではないだろうか、と思うのだ。