創業135年のOKIが短期間で女性活躍に舵を切れた理由

創業135年のOKIが短期間で女性活躍に舵を切れた理由

2016.10.24

「女性活躍推進法」が施行され、ますます女性が活躍する社会が期待されている。しかし企業によってその進捗度合いはまちまち。主役となる女性も現場で様々な悩みを抱えている。そこで本連載は、自身も子育てをしながら企あ業に勤めた経験を持ち、現在は「女性のリーダーシップ」育成研修など、企業の女性活躍推進のサポートを行う杉浦里多が、企業が乗り越えてきた課題と、そこで働き続ける女性社員の生の声を通じてビジネスの現場で起こり得る課題を提示、解決のヒントを提示する。今回が2回目となる。

・第一回「P&Gの経営戦略に女性活躍が必要だった理由はこちら

著者が相談を受ける企業の中には、社会の流れに乗って「ダイバーシティ室」は作ったが、上層部が本気で考えておらず丸投げされている、と嘆く担当者も少なくない。そんな中、沖電気工業はトップダウンで力強く改革を進めている企業の1つだ。

「働き続けやすい」と「活躍しやすい」は別

日本の大企業は手厚く、働き続けやすい。だから、中にいる社員は男女問わず、「特に問題がないのではないか、今までのままで良いのではないか」、と思ってしまいがちで、なかなか意識改革が進まない・・・と頭を抱える企業も多い。

135年の歴史を誇る沖電気工業(以下、OKI)は、日本で最初に電話機を作った通信機器のメーカーだ。模範的な大企業らしく、早くから両立支援制度を充実させてきた(時短勤務、産休育休、在宅勤務、子育てや介護のための目的別休暇など)。平均勤続年数は男性が20.5年、女性が20.4年とほぼ同じ。育児休暇取得率は100%、育児休暇復帰率98%という驚異的な数字になっている。

【【OKIの女性活躍の歩み】

(女性活躍取り組みスタート)2013年10月
人事部内に専任組織「ダイバーシティ 推進チーム」を設置

(トップダウンからの発信)2014年
社長による女性活躍推進宣言
部門ごとに幹部への説明会、女性向けキャリアセミナーの実施

(幹部の意識統一のための改革)2015年
全幹部社員向け「ダイバーシティ・マネジメントセミナー」の実施
女性活躍推進法で2020年までに女性幹部社員比率を現在の2倍(2%から4%)に設定

「男性も女性も、働きやすいと言い、業績も悪くはない。なぜ変わる必要があるのか。」 OKIが女性活躍推進に本格的に取り組み始めたのは、2013年10月。中期経営計画の人材強化策に「女性活躍推進」を掲げ、人事部内に専任組織「ダイバーシティ推進チーム」を設置した。

「早くから両立支援制度の充実など『働き続けやすいしくみ』は整えてきましたが、幹部社員まで昇進する女性は少なかった。『活躍できるしくみ』が充分ではなかったということです。」(ダイバーシティ推進チームの川井茂子さん)。

社会環境の変化に対応し、持続的に発展し続けていくためには、多様な人材がそれぞれの能力を最大限発揮することが不可欠と考えてはいたものの、現在の同社は、正社員の女性比率は9.8%、女性幹部社員比率2.4%にとどまっている。

OKIは、2020年までに女性幹部社員比率を4%へ倍増する目標を掲げる。今まさに「活躍」に舵を切ったところだ。

菅野恵美子さん

数少ない女性幹部社員はどのようにして誕生したか

そんな中“女性幹部社員”として活躍するのが、金融ソリューション事業部営業店ソリューション開発部で、担当部長を務める菅野恵美子さんだ。3人の子どもの母でもある彼女は「菅野ママ」の愛称で社内でも取引先でも親しまれている。

87年に入社し、文系出身だがSEとして働いてきた菅野さん。男女雇用機会均等法第一世代である彼女が同社を選んだ理由は、以前から女性社員の採用歴があり、産育休などの制度の整備や活用の実績がある同社は、女性にとって働きやすい職場ではないかと魅力的に映ったからだ。実際、これまで女性だから働きづらい、と感じたことは全くなく、「気持ちよく働き続けてきた」と語る。

子育ての経験がキャリアにも。「我慢強くなった点で生きているのかも」と笑う。「部下に対してキツイ言い方をしてしまう、我慢の足りない人だったので」。

現在、100人体制のシステム開発プロジェクトを率いる彼女のマネジメント手法は、一人一人を見つめて、特性を見て、任せる。「見つめて(見守って)」という表現に、彼女のママの目を感じる。

「一人で出来ることは限界がある」「皆で支え合っていくもの」とチーム力を大切にする。

「子供も言うことは聞かない、別の生き物だから。始めは全部自分でやろうとして辛い思いもしたけれど、自分を責めるより、上手くやるには?と考え方を変えた。」と子育てとマネジメントを重ねる。

30代で結婚、2児を出産し半年ほどの育児休暇をとった。職場復帰後も育児を両立するため、時短勤務を希望し、職務も主に後方支援を担当する役割に変更した。

出世意欲があるタイプではなく、目の前にある仕事をきちんと自分の力を活かして会社に貢献できればいい、という考えだったので、裏方の仕事も「質のいい仕事をして、私に聞いてくれれば大丈夫という風になりたい」と前向きに取り組んだ。

手を挙げることの大切さ

彼女のキャリアの転機は、2人目の育児復帰から1年後。変化のきっかけは、目の前に現れた新しいプロジェクトだった。その内容を知った際「私がやりたい」と思い立候補した。 すごく魅力的で「やりたい」と、初めて自分の中に起こった“仕事への欲”に突き動かされたのだという。

「正直、残業ができない状況や、能力的にも『任せて大丈夫か』とみられたとも思う。しかし、仕事はみんなで支えあって進めていくものだとの考えを自分自身で持っていたし、上司も『できないことは助けてやろう』という気概をもって任せてくれたのだと思う」。“言いやすい雰囲気”と“やりたいことをやらせる”社風が、彼女のキャリアをかえるきっかけを作った。

幹部に抜擢! もっと仕事が面白くなる。

自身が中心になって仕事を回す、という前線に戻ると、「やはりこの働き方楽しい。」と仕事の中身に欲が出た菅野さん。1年ほどして第3子を妊娠・出産したが、「仕事が面白くて、自分がやりたくて」、今度は2カ月で復帰した。しばらくは時短勤務で後方支援業務をおこなったが、第3子が、2~3歳のころ、新しいシステム開発のプロジェクトに声をかけられ、プロジェクトマネージャーとして再度、前線に復帰した。

以降、課長、担当部長に昇格。「仕事の内容への欲はあったが、管理職への欲はなかった」という彼女だったが、昇進への打診があったとき、「取引先が金融機関だったので、密にやるには役職が大事そうだなと、少し昇進の欲が出始めたいいタイミングだった」と振り返る。管理職になったことで業務を俯瞰する視点が上がり、動かせる範囲や、変えていける事柄が増したことなどに、「仕事がもっと面白くなった」とも語る。

上層部が変われば、社員が変わる

菅野さんは、自身がキャリアで培ってきた知見とともに、母としての経験を「結婚・出産してもできるよ」と伝えていきたいと、後輩女性の育成にも意欲的だ。

著者は15年から女性のリーダーシップ研修を通じて、同社の女性活躍推進の取り組みに参加しているが、外部の視点から見ても「大きな変化」を感じる。当初は「上司に薦められて」と半ば強制的な意識や、「なぜ今さら活躍?」とキャリアの長い女性の反発、「私なんて・・」と自信のない女性にあふれていた。しかし今は研修に定員を大きく超える応募があり、開催回数を増やすなど急遽対応を迫られるほどだ。参加者の意識も「もっと活躍したい」「ロールモデルになりたい」と前向きに変化している。

(右)菅野さんの上司・宇田川則幸部長

短期間のうちに、これほど女性の意識が変わった理由は、改革を「トップの肝入り」で進めたコミットメントだと筆者は分析する。同社は時間や予算、人員を優先的にしっかりと割いて、女性活躍推進はやったほうがいいではなく、やらなければならないこと、という圧倒的なコミットメントの高さで取り組んだ。その一例として、上層部の理解を共通にし、推進のキーマンとしての自覚を促すことを狙った「ダイバーシティ・マネジメントセミナー」を幹部社員全員を対象に実施。「最後の1人まで追いかけて受けてもらっています」(ダイバーシティ推進チームの川井茂子さん)と徹底した。前述の菅野さんも「会社の本気度が通じた」と評価する。

「もっと活躍」のために上司ができること

「ダイバーシティ・マネジメントセミナー」に参加した菅野さんの上司・宇田川則幸部長は、セミナーでも伝えられた「コミュニケーションの重要性」を認識し、日ごろから実践している。

「菅野さんはすごく頼りになる方。女性だからとは意識していないが、3人のお子さんのお母さんでもあるので、家庭のことは考慮してあげないといけない。」と一人ひとりの個性や考え方、働き方を尊重する。そのために上司として環境作りに心を砕いているという。

そのために心がけているのは、一人ひとりの違いを自分の目で見ること。

例えば、言いたいことが言える人も言えない人もいる。課長クラスから上がってくる報告だけを参考にするのではなく、通りがかりのあいさつの延長、席に行って会話、ランチや飲み会など、かしこまらない形で直接コミュニケーションをとることを意識して行い、本音を引き出す。もちろん、長期的なキャリアデザインや、年間の成果へのフィードバックなど規定の評価制度も活用し、成果主義を基にしたその人にあった仕事の配置や配分を行っている。

特に、今課題である「活躍しやすさ」を進めるために、若い頃から敢えて部下をつけて、面倒をみる経験をさせるなどさせているという。またマネジメント研修にも積極的に参加する後押しをする。そうやって上に立つことの意識や興味の醸成が肝であると考えているのだ。

今年第1子が成人になる菅野さんは、「女性が働く際に目指すところはいろいろ。サポートする仕事に回っても、戻りたい、もっとやりたいと思ったら、そのように言うといい。」子供はずっと小さいわけではないから「自分の欲に忠実に。」とこれから活躍する後輩にエールを送る。

【OKIの女性活躍のポイント】

1:トップダウンの発信
2:「言いやすい雰囲気」「やりたいことをやらせる社風」醸成
3:幹部・女性に向けた意識改革

杉浦里多(すぎうらりた)
人材育成の研修などを行う株式会社DELICE(デリィス)代表取締役社長。P&Gジャパンでのマーケティング・広報渉外部での経験をベースに、マーケティングや経営戦略の教鞭をとる傍ら、最近は特に女性のリーダーシップについての研修、講演に力をいれる。著書に「1年で成果を出すP&G式10の習慣」、「がんばりが評価される女性の仕事術」などがある。杉浦里多ブログ会社HP

eスポーツを“魅せる”ゲーム内カメラマンという職業

eスポーツを“魅せる”ゲーム内カメラマンという職業

2019.04.24

さまざまな大会が開催されるようになったeスポーツ

大会では動画配信を行うことも珍しくない

eスポーツの映像はどのように生み出されているのか

RIZeSTで働く「ゲーム内カメラマン」に話を聞いた

「4いくよ、4。はい、いった」
「マップ出せる?」
「次、SunSister追って」

会場に設置したディスプレイやインターネット上の配信サービスで、ゲームの映像を届けるeスポーツイベント。プロゲーマーが火花を散らす舞台の裏側では、めまぐるしく変わる戦況に応じて、スタッフが視聴者を楽しませるための映像を手がけている。常にさまざまな指示が飛び交う配信室は、さながら“もう1つの戦場”といったところだ。

eスポーツの映像は、単純なプレイヤー視点のゲーム映像ではない。タイミングよく情報を表示させたり、スーパープレイが起きればリプレイを流したり、盛り上がるであろうシーンを近くから映したりと、いくつもの工夫がされているのだ。特に、広いフィールドのなかを、プレイヤーごとに異なる視点で動くゲームの場合は、視聴者にどのシーンを見せるのかが重要になってくる。

その役割を担うのが「ゲーム内カメラマン」と呼ばれる人たち。なかなか表舞台に出ることはないが、高度なゲーム知識と、豊富な経験がなければ務まらない。彼らの手で、視聴者の観たいシーンを絶妙な角度で切り取る――。それが、ゲーム観戦をエンターテインメントに昇華させているのだ。

今回は、eスポーツイベントを裏側から盛り上げるゲーム内カメラマンの話をしよう。

巧みな連携によって最適なシーンを届ける

「eスポーツのおもしろさを、視聴者にうまく伝えるための仕事です」

ゲーム内カメラマンとは何か? という問いに対して、RIZeSTでゲーム内カメラマンのスイッチャーを務める立石雄太氏はそう答えた。同社はeスポーツのイベント運営を請け負う企業。会場の設営からキャスティング、映像制作などを、トータルでサポートする。

RIZeSTでゲーム内カメラマンのスイッチャーを務める立石雄太氏

「たとえば、『PLAYERUNKNOWN'S BATTLEGROUNDS(PUBG)』というバトルロイヤルゲームでは、広いフィールドを移動する参加プレイヤー64人を平等に扱いながら、対戦が発生した場合はそこにフォーカスしたり、実況・解説の内容に合わせて表示画面を変えたりと、eスポーツの魅力を最大限届けられるよう心がけています」

最大100人のプレイヤーがフィールドに降り立ち、落ちているアイテムを駆使しながら最後の1人になるまで戦うバトルロイヤルゲーム『PUBG』。見事に最後まで生き残れたとき、「勝った! 勝った! 夕飯はドン勝だ!!」と画面に表示されることから、100人の頂点に立つことを「ドン勝する」と呼ぶ。2人のタッグプレイ(デュオ)や4人のチームプレイ(スクワッド)も可能で、その際の「ドン勝」の条件は、「ほかのチームのプレイヤーを全員倒すこと」だ。

日本ではDMM GAMESが、PUBGを使った国内公式eスポーツのプロリーグとして「PUBG JAPAN SERIES(PJS)」を開催している。ルールは4人1チームのスクワッド。16チーム計64人で、1日4試合ずつ、6日間行ってシーズンの覇者を決めるというものだ。

立石氏は、このPJSにおいて6人のゲーム内カメラマンを統括する「スイッチャー」として“ゲーム内カメラマンのボス”のような役割を担う。プレイヤーが64人いる状態でスタートするPJSでは、誰がどこで何をしているかわからない。そのため、ゲーム内のさまざまな場面をチェックしている「ゲーム内カメラマン」が観戦機能で撮影する画面を、戦況に応じて立石氏が切り替えているのだ。

PJSの会場。選手64人は同じ会場でPUBGをプレイする
PJS season2 Phase2 PaR Day1のアーカイブ動画。定期的に視点が切り替わっていくのがわかる

PJSを配信中の現場にお邪魔すると、立石氏は常に何らかの指示を出しているようだった。「次、2いくよ」とカメラの番号を伝えてから手元の機器を操作し、画面を切り替えたかと思えば、「SunSisterいける?」とチーム名をカメラマンに伝えて、次の動きを指示する。

「PJSの場合、カメラマン6人とマップ管理、そしてスイッチャーの計8人がゲーム映像を担当します。6人のカメラマンのうち中心にいる2名のリーダーに僕から指示を出して、そのリーダーが左右のカメラマンに指示をする流れです。状況に応じて『俯瞰の映像を撮りたい』『ここの戦闘を追おう』といったことを伝えていますね」

PJS配信室の様子。立石氏は6人から送られてくる映像を常に見比べながら、最適なものを選択する

現場にいるカメラマンはインカムでつながってはいるが、全員が一斉に発言すると混乱するので、リーダーを立てて連携するルールを決めたという。だが、スイッチャーが状況に応じて指示を出すとはいえ、カメラマンが言われた通りに動いているだけかというと、そうではないらしい。

「実況・解説の声は全員がしっかり聞いて、その情報を把握しながら動いてもらっています。特定の選手が話題に出たら、その選手のカメラに切り替えるようにしているのですが、それをイチイチ指示していたら間に合いませんからね。ただ、もちろんすべての情報を把握できるわけではないので、言葉はかけあうようにしています」

ゲーム内の状況に加え、配信室内での指示や、実況・解説の声にも耳を傾ける。PUBGの局地的な戦闘は一瞬で終わることも珍しくないので、決定的な瞬間を撮り逃さないように、さまざまな情報を把握しながらすばやく行動しなければならないのだ。

そのように情報が錯綜しがちな配信室内では、可能な限り連絡をスマートにしていき、「何も言わなくても伝わるようになるのがベスト」だと立石氏は考える。実際に現場でのやり取りを見ていると、かなり洗練された連絡系統が確立されているように思えたが、事前に綿密な打ち合わせなどは行っているのだろうか。

「ゲーム内カメラマンチームの打ち合わせは、実はおおざっぱなものです。『こういう場面ではこうしよう』といったことを決めておいても、実際はうまくいかないことが多いんですよ。その場で臨機応変に対応しなければいけないことがほとんどなので、決めるのは序盤・中盤・終盤ごとの大枠のルールだけです」

各プレイヤーがフィールド内でバラバラに散る序盤は戦闘が起きにくい。そのため、いくつかのポイントを短い間隔で順番に映していく。中盤はリーダーからの報告のみに限定し、最も盛り上がる最終局面では戦闘を仕掛けるプレイヤーがわかった瞬間にカメラを切り替えられるようにしているそうだ。

「このようなルールは、試行錯誤しながらほぼ毎週変えていますね。特にPJSでは、シーズン1からシーズン2に移行する際、大幅にルールが変わり、キル(敵のプレイヤーを倒すこと)を取れば取るだけポイントが入るようになったので、戦闘数が異常に増えました。シーズン1ではリーダー以外にも発言してもらっていたのですが、それだと混乱するようになったので、チームで話し合いながら、今の形にようやく落ち着いた感じです」

ルールが変わればプレイヤーの動きも変わる。プレイヤーの動きが変わればカメラもそれに合わせて動かなければならない。プロチームの情報はもちろん、プレイヤーの動き方まで把握しなければ、選手の魅力的なプレイを視聴者に届けることができないのだ。

「チームメンバーの入れ替わりやキルを取る選手、索敵を担当する選手などは把握しています。ただ、もちろんすべての戦闘を撮りきれるわけではありません。派手な戦闘が起きそうなときでも、先に別の場所で小さい戦闘が始まった場合には、そちらを最後まで追いかけるようにしています。そのチームのファンであれば、結末を見届けたいと思うはずですから」

手探りでスタートしたゲーム内カメラマンのキャリア

さまざまな情報を把握しながらタイミングよくゲーム画面を切り替えて「eスポーツイベントの映像」を生み出す立石氏。ゲーム内カメラマンという仕事が一般的に普及しているとは言い難いなかで、なぜこの仕事を選んだのだろう。

「最初からゲーム内カメラマンをやろうと思っていたわけではありませんでした。もともとは映画系の大学で音響などをやっていたのですが、秋葉原にあるe-sports SQUARE AKIHABARAでアルバイトを始めたときに、店長から映像をやってほしいと言われたのがきっかけですね」

アルバイトを始めたのは3年前。国内ではまだ「eスポーツ」という言葉すら知られていなかった時代だ。もちろん、eスポーツのスタッフもほとんどいない状況である。

「自分たちで全部やるしかないという状況でした。対戦格闘ゲームの大会『闘劇』でプロデューサーをされていた方がいろいろと教えてくださったので、正しい方向に成長できたと思いますが、手探りの部分も多かったですね」

ゲームイベントの映像周りをすべて担当していた立石氏。「ゲーム内カメラマン」というゲーム映像の担当ができたのは、さらに最近のことだという。

「僕はゲーム画面と実況・解説の様子、選手の様子などを切り替える放送全体のスイッチャーをやっていたのですが、以前アクションシューティングゲーム『オーバーウォッチ』のイベントを実施した際に、ゲームのカメラも必要だという話になりました。そこで、自分が担当するようになった形です」

急速に普及したeスポーツでは、まだイベント運営のノウハウが蓄積されているわけではない。実際にeスポーツ大会の運営経験を積み重ね、試行錯誤を繰り返していくことで「ゲーム内カメラマン」という存在の必要性に気付いたのだ。

「ゲーム内に限定されることで、これまで以上に知識が求められるようになりました。もともとゲームはやるほうなので、わかっていたつもりだったのですが、知識不足を実感することも多くて。練習試合や海外の配信を観て、勉強するようになりましたね」

PJSではゲーム内カメラマンが作業する部屋の横に、放送全体の切り替えを行う配信室があった

eスポーツの普及には映像クオリティのボトムアップが必要

eスポーツの主役はプロゲーマー。しかし、プロ選手にスポットライトが当てるためには、照明を持つ人が必要だ。現状では、まだ照明を当てる側の人間も少ないのではないだろうか。立石氏はゲームイベントを支える仕事について、今後どうなっていくべきだと考えているのだろう。

「コミュニティの大会でも映像クオリティが底上げされていけばいいなと思います。PJS以外にもPUBGのイベントを楽しめるのはいいことですし、毎日何かしらの楽しみが生まれますからね」

立石氏が望むのは、eスポーツ全体の映像クオリティの向上。エキサイティングな映像でeスポーツの魅力を伝えられる大会が増えれば、それだけファンが増える可能性がある。

「ただ、PJSはDMM GAMESさんのサポートによって、6人のゲーム内カメラマンをアサインできていますが、コミュニティレベルのイベントでは、同じPUBGでも、1人でゲーム内カメラマンを担当することがほとんどです。主催者が高いクオリティの映像を届けたいのかどうかにもよりますが、選手の優れたプレイや動きを観られないのは、視聴者にとっても残念なことだと思うので、小さい大会でも、練習試合でも、いいプレイをいい画面で観てもらえるようになるといいと思います」

ゲーム内カメラマン6人をアサインすることは、けっして簡単なものではない。しかし、映像のクオリティを高めることができれば、視聴者の満足度も上がるはずだ。主催者やスポンサーが資金を出し惜しみすれば、それだけ出来上がる映像のグレードは下がってしまう。

「実際、練習試合の配信では視聴者数もそこそこ。コンテンツのレベルが上がれば視聴者数も増えるだろうし、視聴者数が増えればスポンサーのブランド露出も増えるはずです。PJSでは、投げ銭のようなスーパーチャット機能も実装されましたが、機能を搭載するだけでなく、観ている人たちがお金を出したくなるレベルのコンテンツを作ることが大事だと思いますね」

視聴者がお金を払いたくなるためには、コンテンツの質を高める必要があると考える立石氏。もちろん、高いクオリティの映像を制作するには、スタッフなどの運営体制をしっかりと整える必要があるのだ。

「僕がかつて見ていたeスポーツは、海外のコンテンツ。日本もそこに近づいてはいますが、海外シーンも同様に成長しています。PJSはゲーム内カメラマン6人態勢で進行しますが、韓国などはもっと人数が多いでしょうし、機材もいいものを使っているでしょう。そう考えればまだまだ、日本にも伸びしろはあるはずです」

eスポーツの発展にはコンテンツクオリティのボトムアップが必要。そう話す立石氏にとって、質の高い映像とはどのようなものを指すのだろうか。

「個人的な意見ですが、ゲーム内カメラマンはいかに視聴者が自然にプレイに入り込めるかが大事だと考えています。主役はあくまでも選手。選手を魅せるために、カメラという存在感をいかに消すか、それを目指して仕事していきたいですね。映像づくりにおいては、引き続き僕らの出せるベストを毎回更新していければなと思います」

ゲーム内カメラマンは、あくまで視聴者の目に過ぎない。カメラの存在をいかに消して、選手のプレイに没頭してもらえるかが大事だと立石氏は考える。口調こそは静かだったが、ゲーム内カメラマンとしてのこだわりが伝わってきた。

「正直、あまり表舞台には出たくないんです。そっとしておいてほしいと言いますか……(笑)」

取材を始める前に、立石氏はこう言った。eスポーツの主役はプロゲーマーであり、ゲーム内カメラマンは表舞台に出る必要はないと。

しかし、eスポーツを“魅せる”エンターテインメントへと昇華させている彼らの存在があってこそ、多く人が楽しめるコンテンツが生まれているのだ。eスポーツ普及への貢献度は、計り知れないだろう。

©PUBG Corporation. | ©DMM GAMES. All rights reserved.

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早く帰るからといって、仕事が少ないわけじゃありません

企業戦士に贈る「こむぎのことば」 第1回

早く帰るからといって、仕事が少ないわけじゃありません

2019.04.24

「こむぎこをこねたもの」が企業戦士にエールを送る新連載!

急いで作業したのに「仕事量が少ない」と言われたことはないですか?

「理不尽な要求をしてくるクライアント」「年功序列で得た地位を守ることに必死な上司」「愛想だけで評価を上げようとする新人」「仕事はできないが口だけは一人前の先輩」……。どんな会社に勤めていても、1人や2人「なんだこいつ」と思うような人と出会うものです。

存在するだけならまだしも、直接仕事で関わりがあると、理不尽なことを言われたり、ムチャな要求をされたりと、自分がダメージを受けることもあるでしょう。直接文句を言えれば楽だけど、世の中そんなに強い人ばかりじゃありません。

本連載は、そんなやり場のない怒りや不満を抱える企業戦士たちに、「こむぎこをこねたもの」が、優しくことばをかけてくれるというもの。何か事態が好転するわけではないのですが、ちょっとだけ気持ちが軽くなるかもしれません。ココロに染みる「こむぎのことば」を、おひとついかがでしょうか?

時間内に終わるよう工夫したのに……

努力して効率よく仕事を進めた結果、「仕事量が少ない」と判断されたり、短時間でできるならばとさらに仕事を増やされてしまったり(給料は増えない)、はたまた、「手を抜いている」と言われてしまったり、なんて話をよく聞きます。

せっかく時間内に仕事を終わらせたのに、そのことが原因で仕事を増やされて残業をしなければならなくなるのは、なかなかに理不尽です。

もちろん忙しい時期には残業するときもあるでしょうが、業務時間が決まっているにもかかわらず、その時間内で終わらないような仕事量を、常に強いるのも変ですよね。

言われる前に宿題を終わらせた子供に「もっと勉強しなさい」と叱ってもその子のやる気を出せないのと同じで、大人だってせっかく早く仕事を終わらせたのに、そのことを評価されず、ただ「もっとやれ」と言われても納得いくはずありません。

また、こうした出来事を通して「自分がどうしたいか」が、見えてくることもありそうです。

仕事が増えても頼られたいか、対価が増えれば仕事が増えてもいいか、そんなことよりとにかく早く帰りたいか、もはや職場を変えたいか……、自分と今の仕事との距離感は、常に把握しておきたいところですね。

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