狙いはiPhone? 有機ELでシャープは再び輝けるか

狙いはiPhone? 有機ELでシャープは再び輝けるか

2016.10.31

シャープは、総額約574億円を投資して、有機ELディスプレイのパイロットラインの設備投資を行うと発表した。液晶ディスプレイでの生産拠点でもある三重県多気町の三重事業所、大阪府堺市の堺事業所において、新たな設備投資を行うもので、有機ELディスプレイの生産工程のうち、基板にTFT回路等を薄膜形成するバックプレーン工程や、バックプレーンに有機EL材料を蒸着する有機EL工程、駆動用ICなど周辺部品を搭載する実装工程の設備を導入。2018年4~6月の稼働を予定している。

シャープといえば液晶ディスプレイ、中でもテレビの印象が強いが……。シャープHPより

これにより、本格的な量産に向けた生産ノウハウの蓄積や、歩留り向上といった生産技術の開発を行うほか、小規模な生産も行い、顧客に対し製品を出荷していくことになるという。

また、一部報道によると、シャープは、これらの成果をもとに、2019年にも、スマートフォン向け有機ELディスプレイを、中国で生産を開始することを検討しているという。

シャープの親会社、鴻海精密工業グループの既存施設などを利用するのではなく、沿岸部を中心に新工場を建設、有機ELディスプレイ専門工場とすることも視野に入れている模様だ。

同社では、有機ELディスプレイ関連で2000億円の投資を計画しており、総額約574億円の有機ELディスプレイのパイロットラインの設備投資は、その一環。今後のディスプレイ事業の柱のひとつに成長させる考えだ。

有機ELディスプレイは薄く、高輝度、市場開拓の可能性も

液晶ディスプレイは、バックライトとカラーフィルターを必要とするのに対して、有機ELディスプレイは、これらが不要であるため、原理的に、薄く、高輝度で、色鮮やかなディスプレイを実現できる特徴を持つ。そのため、スマートフォンや車載向け、薄型テレビ向けなどのディスプレイ製品でのシェア拡大が見込まれている。

またその特性を活用して、紙のように丸めたり、折り曲げたりすることのできるフレキシブル有機ELディスプレイの開発も可能、ディスプレイ製品のデザインや用途に変革を促し、これまで液晶ディスプレイでは実現しなかった新たな市場を開拓できるとの期待が集まる。

シャープは、液晶ディスプレイ一本足のイメージが強いが、液晶ディスプレイの技術や生産工程には親和性が高い部分があり、同社でも、「長年培ってきた液晶ディスプレイ技術を活用して、有機ELディスプレイの研究および開発を行ってきた経緯がある」とする。

だが業績悪化の影響もあり、有機ELへの投資を積極化できない状況だったのも事実。

シャープの前社長である高橋興三氏は、「鴻海精密工業グループからの出資完了後は、シャープの事業拡大に寄与するとともに、財務体質の改善にも貢献することになる。近年、抑制せざるを得なかった新たな成長に向けた投資を行っていくことができる」と成長分野への投資が加速することをメリットのひとつに掲げていたが、今回の有機ELディスプレイのパイロットラインの設備投資は、まさにそれを具現化したものだといえるだろう。

鴻海精密工業の郭台銘会長は、「私がエンジニアだったら、有機ELよりも、IGZOへの投資を優先する」と語っていたが、まずは有機ELディスプレイへの投資を優先させる考えだ。このあたりの変わり身の早さも鴻海精密工業流といえるもの。

さらに、シャープの戴正呉社長は、シャープ買収後に有機ELディスプレイの開発に関して、ライバルであるジャパンディスプレイ(JDI)と共同開発したいとの意思を明らかにしてみせたこともあった。

JDIにとっては、事前になんの根回しもない突然の発言に同社関係者は驚きを隠さなかった。

こんなところにも、鴻海精密工業流の一手が見え隠れするといえる。

次期iPhoneから有機ELディスプレイが採用されると

シャープが、有機ELディスプレイに対する動きを一気に加速させている背景には、アップルの存在がある。

アップルは、2017年に発売予定の次期iPhoneにおいて、有機ELディスプレイを採用する方針を示しており、これを巡る争いがここにきて熾烈化してきたからだ。

有機ELディスプレイが採用されているApple Watch。AppleHPより

アップルでは、現在、Apple Watchに有機ELディスプレイを採用するに留まっているが、iPhoneへの有機ELディスプレイの搭載が決まれば、液晶ディスプレイからの転換が一気に進み、有機ELディスプレイに対する需要が拡大。同時に熾烈なシェア争いが勃発することになるのは明らかだ。

一部調査では2018年には、スマホ向けディスプレイは、液晶を有機ELが逆転すると予測されている。

有機ELディスプレイは、すでに韓国サムスンがGalaxyシリーズに採用。現時点では、有機ELディスプレイ搭載スマホといえば、これしかないといった状況だ。現在でもスマホ換算で年間2億枚以上の生産が可能で、さらに生産規模を5割引き上げる計画もあるようだ。LG電子も、大型テレビやスマホにも有機ELディスプレイを採用するなど、サムスンを追随する姿勢をみせる。2018年の新工場稼働に向けて約10兆ウォンを投資するといった動きもあり、韓国2社の先行ぶりが際立つ。

また、中国勢も大手4社が今後3年間で4兆円にのぼる投資を有機ELディスプレイにつぎ込むとの見方も出ている。

先行している韓国勢に対して、シャープは、アップルと強いパイプを持つ鴻海精密工業グループの力を活用して、ここに入り込もうとしているというわけだ。

また、売上高の半分以上をアップルに依存するJDIも、次期iPhoneで商談を失えば、業績への痛手は図りしれない。すでに、アップル依存の影響もあり、2期連続赤字という状況に陥っているだけに、アップルの有機ELディスプレイへのシフトは、同社の今後の行方を左右することになるのは間違いない。だが、有機ELディスプレイに対するJDIの出遅れ感は否めず、今後、政府がどんな形でJDIを支援するのかも気になるところだ。

今回のシャープの一連の動きで、いくつか注目しておくべきポイントがある。

どれだけ早く量産体制が確立できるか

アップルがiPhoneに有機ELディスプレイを搭載すると見られているのは、2017年のモデル。これに対して、シャープがパイロットラインを稼働させ、小ロットの生産を開始するのが2018年4~6月。初期モデルの競争には参入できないというわけだ。

今年発売されたiPhone。これには搭載されていないが、2017年のモデルには搭載されると見られている

だが、競合他社もそれと状況は大きくは変わらない。現時点では、アップルの需要に対応できるような量産体制を敷いているのはサムスンだけであり、それ以外の企業はこれからの投資を加速する段階にある。いかに早く量産を確立するのかが鍵であり、各社が投資を急いでいる理由もそこにある。

しかし、これは大幅な出遅れを意味するものではない。アップルは当然のことながら、リスクヘッジのために、複数のベンダーと契約する。シャープが入り込む余地は残されているといえるわけだ。

どこに工場を計画するか

もうひとつは、2019年に稼働する工場を中国に設置することにこだわった点だ。当初は国内での生産ラインの設置を視野に入れていた模様だが、鴻海精密工業グループによるiPhoneの生産拠点が、中国にあり、供給面でメリットが生まれると考えれば当然だ。さらに新工場建設には、政府の支援なども得られるとの目論見もある。また、場合によっては、iPhone 4のときのように、アップルが工場稼働に向けた資金を提供するといった動きも考えられる。果たして、どの程度の生産規模の工場を計画しているのか。それによって、アップルとの交渉内容も大きく変化するだろう。

失敗から学び、需要を的確に把握することがカギ

いずれにしろ、シャープは、有機ELディスプレイを今後の事業成長領域のひとつに位置づけて、積極的な投資を行っていくことになるのは間違いないだろう。そして、そこには、アップルとの交渉内容が大きく影響することになる。

SMBC日興証券によると、現在の各社の設備投資計画をもとに試算した結果、2018年には、需要に対して供給過剰な状況が生まれ、液晶ディスプレイでみられたような過当競争が発生。価格下落によるパネルメーカーの収益悪化、投資抑制という負のサイクルに陥ることを懸念するが、その一方で、Curved、Rollable、Bendableといった有機ELディスプレイ特有の機能を活用すれば、スマホ一台あたりに利用されているパネル面積は、現在のガラスタイプのサイズに留まらず、2~3倍に拡大。それによって、むしろ需要に追いつかない状況が生まれると予測する。

液晶ディスプレイでは、供給過多の状況のなかで、負のサイクルに陥り、業績を悪化させたシャープが、有機ELディスプレイという新たな市場において、需要をどう読み、そこにどう投資をするのか。そして、百戦錬磨の鴻海精密グループの傘下という、これまでとは違う体制で挑む成果がどの形で表れるのか。当然、これまでとは手の打ち方が違ってくるだろう。シャープが果たして、どんな一手を打ってくるのかが注目される。

折っても切っても発火しない、ペラペラな電池「Power Leaf」の実力に迫る

折っても切っても発火しない、ペラペラな電池「Power Leaf」の実力に迫る

2019.01.24

スマホ普及の一方で、バッテリー発火事故件数は年々増加

安全なモバイルバッテリーを実現する全固体電池に注目

ソフトバンクと吉田カバンがコラボした全個体電池バッグとは?

今や仕事でもプライベートでも欠かせないモバイルバッテリー。

安全面に何の疑いもなく使っている人は多いと思いますが、モバイルバッテリーの事故件数は年々増加しています。独立行政法人製品評価技術基盤機構(NITE)の発表によると、ノートパソコン、モバイルバッテリー、スマートフォンに搭載されたリチウムイオンバッテリーに関する事故は、平成24~28年度の5年間で274件(ノートパソコン110件、モバイルバッテリー108件、スマートフォン56件)あり、そのうちの約7割が火災などの拡大被害(製品および周囲が焼損などしたもの)に該当するそうです。

こういった状況を受け、2018年2月1日に経済産業省が「電気用品の範囲等の解釈について(通達)」を改正し、ポータブルリチウムイオン蓄電池(いわゆるモバイルバッテリー)を電気用品安全法の規制対象(PSE法)に含めると発表しました。これにより、2019年2月1日よりPSEマークがついていないモバイルバッテリーの製造・輸入および一切の販売ができなくなります

このような流れから、今後は今まで以上にモバイルバッテリーの安全面に注目が集まると予想されます。そこで、リチウムイオンバッテリーより安全性が高く「釘を刺しても、オーブンにいれても、火の中にいれても爆発しない」という次世代バッテリー「Power Leaf (パワーリーフ)」を開発しているソフトバンク コマース&サービスに話を聞きました。

全固体電池だから発火も爆発もしない

話を伺ったソフトバンク コマース&サービス コンシューマー事業本部事業本部の工藤英樹さん(写真左)と鈴木礼子さん(写真右)

―― Power Leafは次世代モバイルバッテリーと謳っています。どういったところが次世代なのでしょうか?

鈴木:Power Leafは、セラミックバッテリーを採用しています。セラミックバッテリーは、従来のリチウムイオンバッテリーに比べて、曲げや衝撃に強く、切断しても発火や液漏れが発生しない特性を持っており、その点で次世代バッテリーと呼んでいます。

―― なぜ発火や液漏れが発生しにくいのでしょうか?

鈴木:セラミックバッテリーが全固体電池だからです。そもそも、リチウムイオンバッテリーがなぜ発火をするのかというと、リチウムイオンバッテリーは、正極(プラス)と負極(マイナス)を電子が行き来することで電流を生み出します。正極と負極のあいだは液体の電解質で満たされているのですが、この電解質に可燃性があります。故障、経年劣化、強い衝撃などが原因で過充電やショートが起こり、異常発熱をして発火にいたります。

それに対してセラミックバッテリーは、電解液をセラミックで固めているため発火もしませんし爆発もしません。

工藤:こちらが、Power Leafです。名刺サイズの大きさで100mAhあります。これを、折り曲げたり、はさみで切ったり、釘を打ち込んだり、オーブンで加熱したり、火の中にいれたりしても、発火・爆発はしません。正確にいうと一瞬だけショートはするのですが、そこから発火につながることはないので、非常に安全性が高いバッテリーになっています。

―― なるほど。それにしても薄いし、触ってみるとやわらかいですね。

工藤:やわらかいですよね。湾曲した状態でも使用できるので、パイプのような円柱形のものにも組み込めます。

―― Power Leafはどれくらい前から開発に取り組まれているのでしょうか?

鈴木:4年ほど前ですね。Power Leafは、はじめて全個体電池の製品化に成功した、台湾のプロロジウム テクノロジー社と開発を続けてきた製品です。2017年7月にネームタグ型バッテリー「Tag」を発表し、同年11月にiPhone X用の手帳型バッテリーを発売しました。

吉田カバンとコラボした肩掛けタイプの「PORTER SLING SHOULDER BAG × Power Leaf」

そして、第3弾製品として、吉田カバンとコラボしたPower Leaf搭載バッグを開発しました。

苦節2年。吉田カバンとイチからつくったバッグ

―― では、吉田カバンとコラボした背景を教えてください。

鈴木:Power Leafは「常に持ち歩ける」をテーマに商品開発をおこなっています。まずはバッグにつけられるタグをつくって、次に皆さんが必ず持ち歩かれるスマートフォンのケースをつくりました。次はなにをつくろうか考えたときに、「バッテリーを常に持ち歩けるようにバッグをつくろう」と決まりました。そこで、吉田カバンさんに声をかけさせていただいたのです。

―― 吉田カバンとは付き合いが深かったのですか?

鈴木:いえ。深かったわけではないんですけど、別の部門でたまたまお付き合いがあり、そこから「一緒に面白い商品をつくりませんか?」と提案しました。吉田カバンさんは、こういったテクノロジーとのコラボをほとんどしたことがなく新鮮に感じてくれたようで、共同開発がはじまりました。

そこから約2年かけてやっと商品化にこぎつけた形になります。

―― 2年……。ということは既存製品をベースにしたとかではなくイチから?

工藤:はい。イチからつくっています。

―― イチから手がけられたなかで、どんな点に苦労しましたか?

工藤:そもそも僕らはアパレル系のアイテムをつくったことがなかったので、イチからつくることでさまざまな苦労がありました。ショルダーに設置したコントローラー部分。そもそもどの場所につけたほうが良いとか、どういう風につければバッテリーとコントローラーを繋ぐケーブルが邪魔にならないかなど、吉田カバンさんとともに試行錯誤を繰り返しました。

ショルダーバッグに関しては、肩当てのパット部分を普通のバッグより長くしています。パッドが通常の長さだとコントローラーが肩のあたりにきてしまい操作しにくいので、細かく調整してもらいました。

鈴木:リュックに関しては、右利き左利きどちらも操作しやすいように、左右どちらにもコントローラーがつけれるようになっています。これは吉田カバンさんのこだわりです。

―― Power Leafもバッグにあわせて調整をしているのでしょうか?

鈴木:ショルダーバッグもリュックも、3,550mAhの容量を搭載しているのですが、大容量にするにあたって、いかに薄くするかに焦点を絞って調整しました。その結果、世界でも最薄レベルを実現できたと自負しています。

薄く広くしているのと、面積比で考えると軽いこともあり、バッグを背負ってもバッテリーの存在感もそんなに感じないと思います。

Power Leafから話はそれますが、こだわりの部分でいうと、弊社が発売しているスマートトラッカー「tile」専用のポケットも作ってもらいました。キーホルダーみたいにつけるわけでもなく、tileを入れてることすら忘れてしまうような状態にしていただいて、例えば、酔ってバッグをどこかに忘れてしまった、というような事態でもすぐに見つけられるようにしています。

―― 今回は吉田カバンとコラボしてバッグを発売されていますが、この先も他業種とのコラボをしていくのでしょうか?

工藤:そうですね。まだ具体的にはなっていないんですけど、身につけるものだけではなく、例えばソーラーであったりEVであったり、そういった方面への進出もしていきたいと思います。

SNSでバズを起こせ! メルカリ流 “違和感”マーケティング

SNSでバズを起こせ! メルカリ流 “違和感”マーケティング

2019.01.24

フリマアプリを運営するメルカリが新聞折り込みチラシを配布

なぜリアル店舗のようなチラシ広告を出したのか

理由を聞いていくなかで同社のマーケティング戦略が見えてきた

問:次のアイテムのなかから、フリマアプリ「メルカリ」で販売されたことのあるものを選びなさい。

・ダウンジャケット
・ヒト型ロボット
・トイレットペーパーの芯
・クルマ
・イヤホンの左側

おわかりいただけただろうか。答えは「すべて」である。現時点では売り切れかもしれないが、上記はすべてメルカリで販売された実績のあるアイテムだ。

さまざまな商品が売買されているメルカリとはいえ、まさか「トイレットペーパーの芯」が売られているとは、よほどのヘビーユーザーでなければ知らないのではないだろうか。

もちろん筆者も知らなかったが、2018年12月12日に配布された1枚の新聞折り込みチラシが、その事実を教えてくれた。それは、メルカリが北海道と愛知県で計192万部配布した広告チラシだ。

紙面上では、トイレットペーパーの芯やクルマがメルカリで売られていたことを紹介していたのだが、東京在住の筆者は配られたチラシを直接見たわけではない。「メルカリが新聞折り込みチラシを配布している」という意外性がSNSで話題を呼び、仕事中Twitterをいじくりまわして遊んでいた筆者の元にも情報が届いたのである。

はたして、アプリ上でサービスを展開するメルカリが、なぜリアル店舗のような折り込みチラシを配布したのだろうか。

メルカリが配布した新聞折り込みチラシの例。まるでアパレル広告のようだ
裏面には、初心者でも使えるようにアプリのマニュアルが紹介されている

「スタンダードからいかに離れるか」が、おもしろさを生む

「端的に言えば“お茶の間の会話”を増やしたいと考えたためですね」

株式会社メルカリ 執行役員 CMOの村田雅行氏は、新聞折り込みチラシを配布した理由について、そう話す。

株式会社メルカリ 執行役員 CMOの村田雅行氏

2013年7月にサービスを開始したメルカリのアプリダウンロード数は、世界合計で1億超。また、累計流通額は1兆円を超えており、全国レベルでその名を轟かせている。

「ただ、月間のユニークユーザー数は1100万程度。ダウンロード数を考えるとまだまだ伸びしろがあるはずなのです。そのため、まだ取り切れていない、シニアを中心とするユーザーを取り込むためのアプローチを実施することに決めました」

アプリの存在は知っているが、普段からメルカリを使っているわけではない。そんな、シニアをはじめとする“お茶の間ユーザー”を取り込むべく企画されたのが「新聞折り込みチラシ」だった。さまざまなマーケティングを行っている同社ではあるが、新聞折り込みチラシの配布は今回が初めて。そのため、まずはテストマーケティングとして、限られたエリアでの配布が行われた。

だが、シニアへのアプローチは何も折り込みチラシに限らない。テレビCMはもちろん、街頭配布やポスティングなど、ほかにも宣伝手法はあったはずだ。なぜ折り込みチラシにこだわったのだろうか。

「1つのコンテンツとして完結しているところがポイントでした。新聞は、自ら購読して情報を取得する非常にポジティブな媒体。毎日目にするそのコンテンツにメルカリの折り込みチラシを入れることで、“違和感”を生み出したかったのです」

また村田氏は、チラシだからこそ違和感を生み出せたのだと話す。

「今の時代、いかにSNSで話題にしてもらえるかが大事です。そのためには普通とは違うことをやらなければなりません。違和感は、多くの人が認識する“スタンダード”がなければ作れないと考えています。いかに基準から大きな振れ幅があるか。それが驚きやおもしろさにつながるのではないでしょうか。そういう意味で、折り込みチラシには基準があります。『医薬品系だったらこんなチラシ』『スーパーのチラシはこんなもの』というイメージが、多くの人のなかで醸成されているからこそ、イメージからかけ離れたクリエイティブは一層際立つはずだと、新聞の折り込みチラシを実施したのです」

例えば街頭配布であれば、コスプレをしたり、奇抜な宣伝車で商品サンプルを配ったり、アメニティを同封したりと、工夫されているものが多く、普遍的な基準のようなものが思い浮かびにくい。あえて一般的な街頭配布の例を挙げるとすれば、ポケットティッシュと答える人が多いだろうか。だが、ポケットティッシュ以外のものを配っていたら、それだけで大きな話題を呼ぶかと言えば、おそらく難しいはずだ。

つまり、スタンダードがあるからこそ、違和感を与えて記憶に残るような手法を実施できると、数あるアプローチのなかから村田氏は折り込みチラシを選んだというわけだ。

そもそも、実店舗を持たないメルカリが折り込みチラシを配布するというだけで、1つの違和感を与えられるだろう。そして「徒歩0分! スマホの中でオープン!」といった目を引く謳い文句が、違和感をますます際立たせる。

「違和感を与えるために、コピーや商品ラインアップは工夫しましたね。今回、3タイプのチラシを作成したのですが、“メルカリだからこそできるラインアップ”をあえて出すようにしました。例えば、意外性のあるものでは、トイレットペーパーの芯やクルマ。実際にメルカリで売られていたことがあるんです」

今回作成されたチラシは「ファッション」「家電」「スーパー」の3タイプ。意外性のある商品ラインアップに加えて、北海道では日本ハムファイターズのユニフォーム、愛知県では中日ドラゴンズのユニフォームなど、地域に根付いた商品も掲載しており、そのような遊び心も、SNSで話題になるために必要なのかもしれない。

家電パターンのチラシ。「徒歩0分! ~」のコピーが目立つ
「トイレットペーパーの芯」を掲載したパターンのチラシ。2つのチラシをよく見比べると、ユニフォームで使われている写真が違う。なお、北海道と愛知県を選んだ理由は、「地場新聞の影響力が強いエリア」だからだという

結果として、違和感を覚えた消費者は、Twitterにチラシの画像を投稿。狙い通り、SNSでバズらせることに成功した。

しかし、SNSで話題になっても、ターゲットにしているシニア層にはあまり関係がないのではないだろうか。

「シニアや中高年の方々でSNSをやっている人は意外と多いんですよ。積極的に発信をしている人はあまり多くないですが、情報収集として活用している人は少なくないですね」

ちなみに、肝心の折り込みチラシの効果は、「すべての数字の集計が終わっているわけではありませんが、チラシを投下したエリアでは、いい成果が出ています」とのこと。データとしても、チラシの影響を確認できたという様子だった。

攻める姿勢が生み出したもう1つの広告

今回のようなアプローチは、SNSが普及した今だからこそ可能な新しいマーケティングだ。そして、メルカリではSNSでのバズを狙った取り組みがもう1つ。2019年1月1日からスタートした『#はじメル』だ。

はじメルは、「三日坊主でもいいから、とにかく新しいことをはじめる人を応援する」というコンセプトで展開しているキャンペーン。特設サイトを開設し、1月3日には新聞の一面広告を、1月5日からはテレビCMを放送開始した。

そのなかで、一体なにがSNSで話題になったのかというと、これまたアナログな「新聞広告」である。

「一般的に1つのクリエイティブで進める新聞広告を、あえて3タイプ制作し、首都圏・東日本・西日本で分けて配布しました。3枚の新聞広告をつなげるとメルカリの『m』が浮かび上がるというデザインなのですが、1枚だけ見ても、“つなげたら何か起きそう”なデザインにすることで、それを発見した人がTwitterに思わず投稿したくなるような仕組みを作っています」

新聞広告を3枚並べると「m」の文字が浮かび上がる

思わせぶりなデザインにするという“ヒント”を提供しておき、あとは何も言わずにユーザーの反応を待つ。離れたエリアの新聞を手に入れるのは難しいので、ほかのデザインが気になった場合は、自然とオンライン上での情報収集が開始されるだろう。そうして、SNSで活発なやり取りが発生するというわけだ。

「最初はもっと控えめのデザインだったのですが、それじゃダメだと言いましたね」

穏やかな口調ではあったが、村田氏の言葉からはクリエイティブに対してのこだわりを強く感じた。

「折り込みチラシのときもそうですが、守りに入ったら企業は終わると考えているので、常に攻め続けたいと考えています」

クリエイティブに対して攻めの姿勢を崩さない村田氏。それを象徴するエピソードとして、折り込みチラシのプロジェクトのキックオフ時には、「私をクビにする覚悟で仕事をしてほしい」とメンバーに伝えたのだという。

「もちろん、ほんとうにヤバいときは止めますよ。ただ、メンバーがリスクを考えてしまうと、どうしても“置きにいく”ようなアイデアになりがちです。責任なら私が取るので、どんどん攻めてほしいというメッセージですね」

置きにいくクリエイティブでは、SNSでバズらない。メンバーが自由にアイデアを出せる環境整備こそ、尖ったクリエイティブを生み出すのに必要なことなのだろう。

2019年はメルカリの内面を伝える年に

今回、折り込みチラシと新聞一面広告で、SNSでバズらせるマーケティングを実施したメルカリ。折り込みチラシに関していえば、まだテストマーケティングが終わった段階である。今後は全国的に折り込みチラシの配布を行うのだろうか。

「明確な方針はまだ決まっていませんが、折り込みチラシについては、読み物としてお客さまから期待されるコンテンツにしていきたいと考えています」

ただし、「今日は○○が特売」「○○が新発売」といったように、新聞チラシは日々情報が更新されるから読み物として成立する。タイムリーな情報をチラシで打ち出せないメルカリは、どのようなコンテンツにしていくのだろうか。

「今回折り込みチラシで意識したことの1つに、商品をたくさん入れるという点がありました。実際にメルカリで何が売られているかまでは知らない人が意外と多いんですね。そのような人からすると、トイレットペーパーの芯が売れることは1つの発見になるでしょうし、自分の家にある家電がいくらで売れるかということも新しい発見です。そのように、ほかにも、まだまだ知られていない情報があるので、継続的にチラシをやると決まったら、もっとメルカリの内側を知ってもらう情報を提供していきたいですね」

メルカリの内側を知ってほしいと話す村田氏。実は、はじメルにも同様の意図があったという。

「メルカリを使えば『新しい趣味を始める』ことへのハードルを下げられると伝えたかったのです。例えば、ゴルフを始めようと考えたら、ゴルフクラブのセットを購入する必要がありますよね。それが仮に10万円であれば、『ちょっとやってみようかな』程度に思っている人からすると、やはりハードルは高い。しかし、メルカリを使うことで、まずゴルフクラブを5万円で買える可能性があるのです。そのうえ、5万円で売られているのであれば、それに近い金額で売却できることも意味します」

5万円でゴルフクラブを買ってみたはいいものの「あまりおもしろくないな」と感じた場合、4万5000円で売却できれば、5000円の出費でゴルフを体験できるわけだ。

「また、メルカリにはバーコード出品と呼ばれる機能があって、バーコードを読み取るだけで商品情報を自動入力してくれるんです。値段も提案してくれるので出品が楽なのですが、最近では本を買うときにまずはバーコード出品を行う人が多いようですね。ちょうど読み終わったくらいに売却できて便利なんです。期限を決めることで、読まないといけないというプレッシャーにもなりますし、2000円の本を1500円で売却できれば、500円で本が読めるわけです」

何か買うときに、メルカリでまずいくらで売れるかをチェックする。そして、使わなかったり、一度使って満足したりすると、メルカリで売却するという消費行動が増えているのだ。その結果、購入のハードルが下がるので、二次流通が一時消費を活性化させる可能性もあるだろう。

「このような使い方の訴求は、継続してやっていきたいなと。そしてゆくゆくは、メルカリをライフインフラのようにしたいですね」

村田氏は展望を語る。

「認知はすでに獲得しました。次はメルカリの内面をもっと外に出していくフェーズです」

2018年には株式を上場し、気流に乗るメルカリ。決して“置きにいかない”同社のマーケティング戦略から、次はどんなアイデアが飛び出すのだろうか。2019年も同社の尖った広告が、SNSを騒がせるかもしれない。