"格安SIM新時代"が一気に到来しないワケ

2016.09.05

携帯電話が安く使える格安通信サービス。人気の高まりとともに、サービスを提供するMVNO(仮想移動体通信事業者)は急増したが、その結果として今では生き残りをかけた戦いに突入したという見方もある。事実、撤退を表明した事業者もいる状況だ。そうした中で、インターネットイニシアティブは、MVNO事業を進化させる「フルMVNO」への取り組みを進めることを表明した。これにより、MVNOは多様なサービスの提供が可能になり、格安SIM新時代の到来をも予感させるが、実際はどうなるのだろうか。

IIJが何をするのか

インターネットイニシアティブ(IIJ)は8月29日、国内初の「フルMVNO」への進化を図り、2017年度下半期にサービス提供すると発表した。

MVNOは回線を借り受け、通信サービスを提供する事業者のことだが、機能制限があることで、大手携帯電話会社のように自由度の高い通信サービスの提供が困難なのが実態だ。そうした問題を解消し、MVNOができる範囲を拡大したのが「フルMVNO」というわけである。

IIJがフルMVNOへの進化を目指す理由は、MVNOの事業環境の変化にある。ここ数年、格安SIMが流行になりつつあり、それとともにMVNOが増加。その数は550社以上に上る。事業者が多数いる中で、料金競争も過熱化しており、いわば"レッドオーシャン"の状況に置かれているのだ。この状況を打開するためには、先に述べた機能の制限を外し、フルMVNOになるのがいいというわけである。

MVNOはいわば"レッドオーシャン"の状況。競争が激化している

では、制限のかかっている機能とは何か。それは、加入者管理機能(HLR/HSS)である。これは、SIMカードを管理するためのデータベースであり、SIMカードのIDをもとにスマートフォンの所在地を記録したり、ネットワークへの接続認証を行ったりする役割を持つ。そして、この機能を管理するNTTドコモなど大手携帯電話会社がSIMカードを発行している。多くの人は気づかないだろうが、格安SIMを使っていても、SIMカードをつぶさに見れば、NTTドコモと記載されていたりする。

フルMVNOになることでSIMカードの発行が可能になり、料金プランも多様化できる

逆に言えば、フルMVNO化を果たすことで、MVNOがSIMカードを発行できる。つまり、MVNOがSIMカードの発行を発行することで、MVNOの役割が大きく変わることになるという論理だ。それでは、SIMカードが発行することで何ができるようになるのだろうか。

SIMカードの自社発行で何が変わるか

ひとつは海外におけるサービス展開である。たとえば、MVNOユーザーが海外に行ったとしても、そのユーザーのスマホに入っているのは、NTTドコモのSIMなどと認識され、その場合、海外の通信事業者はドコモの国際ローミングサービスで提供せざるを得なくなる。IIJが発行したSIMカードの場合、予めIIJが海外の通信事業者とローミングに関する取り決めを行っておけば、その取り決めに従ったサービスの利用が可能になる。

多様な通信サービスの提供が可能になる

もうひとつは、アプリとSIMカードの連携だ。こちらのほうがより身近なメリットとなるだろう。SIMカードは半導体チップを搭載したものであり、そのチップ上に、NFC(近距離無線)を組み込んだり、マイナンバーのデータを取り込み情報処理、認証をかけたりすることもできるという。MVNOによるおサイフケータイサービスの提供も将来、実現するかもしれない。

SIMカードにNFC機能を搭載することも可能に

こうした取り組みを進めれば、他社との差別化が可能になる。IIJではMVNE事業として、他社のMVNO事業のサポートも行っているが、IIJが自社でSIMを発行することによって、IIJから回線を借りるMVNOも恩恵を受けられるとのことだ。その意味で、他のMVNEとそれに関わる一群のMVNOとは差別化が可能になりそうだ。

この動きに追随して、他のMVNOもフルMVNO化を図れば、格安SIM新時代が一気に進みそうだ。しかし、そう簡単に事は運びそうにもない。問題は投資額である。IIJの今回の投資額は数十億円に上るという。投資額から見ても簡単に他社ができそうにない額だ。さらに、「多額の投資が必要なHLR/HSSの開放は、低廉な料金を嗜好する『格安スマホ』『格安SIM』とは親和性が必ずしも高くない」と、同社は過去に行った報道向け説明会において説明している。個人向けの格安通信を想定してフルMVNO化を図るのは、リスクが大きいようだ。

それでも、IIJがフルMVNO化に向かうのはなぜか。実は、IIJの本当の狙いが個人向けMVNOサービスとは別のところにあるからだ。

本当の狙いどころ

IIJの本当の狙いどころ、それはモノのインターネット「IoT」だ。電化製品、産業機械、家をはじめとして、あらゆるものがネットワークに接続する方向に動いている。そのネットワークにIIJの通信サービスを売り込もうというわけだ。

SIMを機器自体に埋め込むことで、SIMをソフトウェアとして捉え、その内容を書き換えることができる。ある製品を日本国内で製造し、それを輸出することを考えてみよう。現在は、現在は最終仕向け地ごとに異なるSIMが必要となるため、製造ラインでSIMを装着できない。SIMがソフトウェアになり、書き換え可能ならば、こうした問題は片付く。

IoTを狙うのであればSIMを部品として捉えるのが必須となる

もうひとつ、フルMVNO化によって独自SIMの発行が可能になることで、耐振動性や耐候性の高いなど特徴を持たせたSIMの発行も可能となる。

たとえば、タイヤの交換時期を最適化するために、車両のタイヤに通信機能を持たせるならば、耐振動性が求められるだろう。寒冷地や熱帯地方で稼動する重機の設備保守に活用するにはSIMの耐候性が必要だ。このように、IoTを意識した場合、特別仕様のSIMはIoTビジネスの幅を大きく広げるものとなる。

ただし、忘れてならないのは、大手携帯電話会社の存在だ。大手と同じ土俵に立てるようになるだけでもフルMVNO化の意義はあるが、同じ方向を向くだけでは、厳しそうだ。同社幹部にそうした疑問を投げると「中小規模の企業など、IoTの分野で大手がとりこぼしているエリアがある」とし、きめ細かくフォローアップしていきたい考えだ。

格安SIM新時代はやってくるか

こうしてみていくと、IIJがフルMVNOに乗り出したのは、IoT市場狙ってのことであり、結果として格安SIMでも新サービス提供が可能になるなどの恩恵が受けられるわけだ。IIJの見立てが正しいなら、IoTを狙わずに数十億円のお金をかけてフルMVNO化を果たすのは現実的には難しいことになる。格安SIM新時代は、IIJおよびIIJから回線を借りるMVNOにやってくるが、格安SIM市場全体に波及していくには、かなりの時間がかかるのではないだろうか。

NewsInsight 更新終了のお知らせ

NewsInsight 更新終了のお知らせ

2019.06.17

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放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

カレー沢薫の時流漂流 第47回

放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

2019.06.17

最近女性の間で「#MeToo」ならぬ「#KuToo」運動がにわかに盛り上がっている。

「#KuToo」とは「靴」と「苦痛」をかけており、職場や就職活動で、足を痛めるパンプスやヒール靴の強要をやめようという運動である。

そもそもそんなの誰も強要してねえよ、と思われるかもしれない。確かに規定として靴の形状やかかとの高さまで定めている会社はレアだろう。しかし、私の元いた会社でも、規則があるわけでも、誰に言われたでもなく、みな一様に黒のパンプスを履いていた。それが「暗黙のルール」であり、それ以外は「非常識」と見られる風潮は確かにあるのである。

これが就職活動になると、パンプスを履いていないだけで「こいつは常識がない」と見なされ不採用になってしまうかもしれない、ということだ。そうなると女子学生は足を負傷してでもパンプスを履かざるを得なくなってしまう。

正直、パンプスは苦痛

パンプスがそんなに苦痛か、というと、靴の中では殺傷能力が高い方である。これは他人への、という意味ではなく自分へのだ。他人を殺傷したいならカウボーイが履いている、かかとにピザカッターがついている奴を履いた方が良い。

狭いつま先に足の指が密集されるため、私もよく爪で隣の指を切って足を血だらけにしていたし、伸縮性にかける素材のため、あわないパンプスだと試着の時点で靴擦れが出来るレベルなのだ。

世の中には素肌に荒縄で亀甲縛りを施し、その上に上等なスーツを羽織って出社している人も多いと思う。とても痛いだろうが、それは強制されたわけではなく、その人が好きで楽しいからやっているのだ。

つまり、好きでもない上にとても痛いパンプスを強制で履かなければいけないというのは、上等なスーツの下が亀甲縛りなことよりも「異常」なことというわけだ。

この運動はすぐに広まり、いきなり国会でも議論されたという。これにより「厚労相がハイヒール強要を容認」という見出しのニュースまで踊り出ることになった。

完全に自由と言われても困るのでは?

「厚生省に、女がハイヒールを履かないと死ぬ病の人が!?」と驚いたが、記事をよく見ると見出しほどのことはなく、厚労相の発言は「これは社会通念に照らして業務上、必要かつ相等な範囲かと、この辺なんだろうと思います」というかなりボンヤリしたものであり、どっちでも良い事を聞かれた私のリアクションに似ている。

しかし「ハイヒールが履けない女は何やってもダメ」などと強い事を言っているわけではないが、「業務上必要ならパンプス履くべきだろ」という「容認」に聞こえなくもない。すぐさま「業務上ハイヒールが必要な仕事って何だよ」という疑問が挙がり、「SMの女王様」「(ハイヒールでキレッキレに踊る)perfume以外ありえない」などの声が相次いだ。

この社会問題がすぐ大喜利になってしまうのは良くも悪くも「ザ・ツイッター」という感じだ。

確かに「業務上必要」となると、まだかかとにピザカッターがついている靴の方が「ピザを食う時」必要な気がする。

ただ、靴や服装を完全に自由化し、何でもOKにすれば良いかというと、それはそれで問題が起きると思う。ファッションに疎くコーディネートが苦手な人間からすれば、職場に何を着ていいのか全く「指針」がないというのは迷子になるし、接する側としても、車を買いにいってディーラーが、イモ―タンジョ―の完コスで出てきたら「キャデラックしか買うことを許されないのか」と委縮してしまう。就活マナー本に「俺の考えた最強の就活ファッションで挑みましょう」とだけ書かれていても逆に困るだろう

着る側としても、それに接する側としても、社会において服装にある程度規定や模範があるというのはメリットでもあるのだ。

そもそも規定や常識というのは、秩序を作ることにより問題を減らすためにあるものなのだ。しかしそれが元で「足を負傷する」という「問題」が起こっているなら本末転倒なので、やはり解消はすべきなのだろう。

極論に流れない寛容さが足りない

おそらく「#KuToo」を提唱している人も「ドラゴン柄のコンバースで就活したい」と言っているわけではないのだ。最近は「パンプスに見えるスニーカー」なども存在するし、パンプスでなくても地味な靴はいくらでもある。そのような靴を履いていても「パンプスじゃないから非常識」と見るのをやめてほしいという話だろう。

ちなみに私が会社員時代履いていたパンプスだが、黒の革靴ではあったが、つま先は限りなく丸く、ヒールはなきに等しい、今思えばあれはパンプスだったのか、70過ぎのババアが旅行に行くときに履くヤツなんじゃないか、という代物であったが、特に何も言われなかった。

「#KuToo」が求めるのも、そのぐらいの「寛容さ」なのではないだろうか。

【お知らせ】
連載「カレー沢薫の時流漂流」の掲載場所を変更します。
→ 新しい掲載場所はこちら https://news.mynavi.jp/series/jiryu_hyoryu