【三井物産】「利益積み上げ型」事業の拡大に向けてインフラ関連へ出資

【三井物産】「利益積み上げ型」事業の拡大に向けてインフラ関連へ出資

2016.09.06

【三井物産】「利益積み上げ型」事業の拡大に向けてインフラ関連へ出資

 1876年に日本最初の総合商社として、旧三井物産が誕生した。当時は石炭の輸出や紡績機械の輸入などを行っていた。また中国やインドなどから綿花を輸入し、紡績産業の立役者となった。

 戦後、1947年には財閥解体により、旧三井物産が解散、現在の三井物産<8031>の前身である第一物産が設立された。60年代から70年代には高度経済成長のけん引力として、海外依存度の高い日本への重要資源の安定確保のため、資源開発に出資参画した。

63年1月 豪Moura炭鉱(現Dawson炭鉱)開発への参画
65年2月 豪Robe River鉄鉱山への参画
66年10月 豪Mount Newman鉄鉱石長期契約の締結
71年9月 アラブ首長国連邦・アブダビのダス島LNG(液化天然ガス)開発基本協定調印
71年10月 イラン石油化学プロジェクト基本協定調印

 一方、80年代から90年代にかけては、時代の先端分野への挑戦と急速な社会の構造変化に対応すべく、半導体などの高付加価値分野に進出。また海外においても大型プロジェクトに参画してきた。

85年7月 豪西部のLNGプロジェクト参画
94年6月 サハリンII石油・天然ガス開発契約調印
         

 2000年代に入ると「グローバル総合力企業」を目指し、新規投資の実行と既存投資のリサイクルを通じた戦略的ポートフォリオの構築を始める。

03年9月 ブラジルの総合資源会社Vale S.A.の持ち株会社Valepar S.A.へ出資
07年6月 米国鋼材加工サービスセンターSteel Technologies Inc.を買収

 現在は20年までの中期経営計画として、「攻め筋」の確立、「既存事業」の収益基盤強化と「パイプライン案件」の完遂、裏打ちのある「新規事業」への投資と「株式還元」の両立を目指してきた。

16年3月期は上場以来初の赤字

 三井物産の投資セグメントは鉄鋼製品、金属資源、機械・インフラ、化学品、エネルギー、生活産業、次世代・機能推進の7事業に分けることができる。16年3月期のセグメントごとの当期利益は金属資源(63億円)、金属資源(-1625億円)、機械・インフラ(183億円)、化学品(177億円)、エネルギー(-39億円)、生活産業(-140億円)、次世代・機能推進(161億円)となる。当期損益は834億円の損失となり、発足以来初の赤字転落となった。これは中国景気の減少に伴う資源安の影響が大きく、特に金属資源分野に力を入れてきた三井物産はこの影響を大きく受け、3500億円の減損処理をすることとなった。

 多くの商社も石油やLNGなどのエネルギー資源、鉄鉱石などの金属資源の開発事業に参画したため、11年以降の資源価格の下落とともに事業の撤退や評価損の計上に踏み切っている。三井物産は今回の市況下においても着実にキャッシュを生み出している事業と認識するとともに、今回のような短期的なサイクルに左右されることなくポートフォリオのさらなる強化行うとのこと。資源開発は、開発着手から生産・販売までを含め、20~30年の長期にわたる事業であるためとの認識のようだ。

 今後は、同社が強みと認識する「利益積み上げ型」事業の拡大に注力する戦略だ。キーワードとして、ハイドロカーボンチェーン、モビリティ、インフラ、メディカル・ヘルスケアの部門があり、これらはさらなる拡大を図る。最近の同社のM&Aはインフラ関連の出資が目立つ。権益などの獲得により「利益積み上げ型」を実践している最中なのであろう。

■直近の三井物産のM&A実績

2015.9 住友林業とともに、中国の北京金隅股份有限公司傘下である北京金隅装飾工程有限公司の第三者割当増資を引き受けて出資参画。20%の株式を取得
2015.10 チリ大手サーモン養殖・加工・販売事業会社であるMultiexport Foods S.Aの子会社Salmones Multiexport S.A.の第三者割当増資を引き受け、出資参画。23.4%を約121億円で取得
2015.10 エス・エム・エスと共同で、アジア・オセアニア地域で医薬情報サービス事業を展開するMIMSグループを共同で買収するため、同グループの持株会社であるMedica Asia (Holdco) Limited全株式の譲渡契約をAXIO Data Hedgeco Limitedおよび個人株主6名と締結。三井物産の出資比率は40%で、約120億円で取得
2015.10 米国三井物産を通じて、米国の非遺伝子組換え穀物を専門とする集荷会社Bluegrass Farms of Ohio, Inc(売上高3400万ドル)に出資参画。株式の50%を取得
2015.10 ブラジル国内19 州の地域ガス配給事業会社を保有するPetrobras GásS.Aの株式49%を約19億レアル(670億円)にて取得
2015.11 持分法適用関連会社であるSanta Vitória Açúcar e Álcool Ltda社の全出資持分である株式50%を、米国化学品大手のザ ダウ ケミカル カンパニーに約2億ドルで売却
2015.11 豪エネルギー大手Santos Limitedが保有する豪ヴィクトリア州キッパーガス・コンデンセート田35%権益を約450億円にて取得
2015.11 ブラジルで都市旅客鉄道事業を手掛ける100%子会社ガラナアーバンモビリティの株式49.9%を、西日本旅客鉄道と海外交通・都市開発事業支援機構に譲渡
2015.12 日立製作所と日立製作所のインドにおけるグループ統括会社であるHitachi India Pvt. Ltd.と現地の鉄道車両製造・エンジニアリング企業の4社で信号通信設備及び施工を約280億円で受注。また、三井物産、日立製作所、日立インドの3社で自動列車制御システムおよび施工を約110億円で受注
2015.12 三井石油開発株式会社と共同で設立した投資子会社Mitsui E&P Brasil Ltda.を通じ、英国BG Group傘下のBG E&P Brasil Ltda.がブラジル北部沖合バヘイリーニャス盆地に保有する深海探鉱鉱区群(4鉱区)権益の10%を取得する
2015.12 メキシコの鉱山機械販売・サービス会社Road Machinery Co., S.A. de C.V.社の株式60%をコマツ子会社へ譲渡

■直近の三井物産のM&A実績

2016.1 オマーンにおける発電事業への出資参画
2016.1 せとうちホールディングスと傘下の米国小型航空機メーカーであるQuest Aircraft Company, L.L.C.の第三者割当増資を引き受けて1000万ドルを出資し、12.5%の株式を取得
2016.1 三井物産がマレーシアに設立した100%投資子会社3B Power Sdn Bhd株式の50%を、中国電力に売却
2016.2 英国伝統校St.Albans Schoolのインターナショナルスクール運営事業に資本参画。同社の株を最大20%まで取得予定
2016.2 多様な分散エネルギーリソースを群制御する米国のソフトウェアサービス会社であるSunverge Energy, Inc.に出資
2016.2 オセアニア・アジア・北米において植林アセットマネジメント事業を展開するNew Forests Pty Limitedに出資参画(出資比率22.5%)する
2016.3 ノルウェーのオスロ証券取引所上場企業で樹脂ライナー製炭素繊維強化圧力タンク製造販売事業を行うHexagon Composites ASA(売上高1651百万ノルウェークローネ、約220億円)に25%出資参画する。
2016.3 スマホ向けフリマアプリ「メルカリ」の企画・開発・運営を行うメルカリの第三者割当増資を引受ける。第三者割当増資約84億円のうち、三井物産はリードインベスターの1社としての出資となる。
2016.3 100%出資子会社 Mitsui E&P Australia Pty Ltd を通じSantos Limitedと15年11月6日に締結した権益売買契約書(同年11月9日適時開示)の先行要件充足により、16年3月3日、豪ヴィクトリア州キッパーガス・コンデンセート田35%権益取得
2016.3 韓国証券取引所上場企業であるHankuk Carbon Co., Ltd.(売上約250億円)と炭素繊維などの複合材料加工事業分野で包括的な業務提携契約を締結。同社へ約28億円を出資し、株式10%を取得
2016.3 東南アジアの化学品販売大手のBehn Meyerと、シンガポールに投資会社BMM Venture を設立することで合意。新設会社の株式49%を取得予定
2016.4 産業向けIoT/M2Mデータ管理ソフトウェアの開発・販売において、グローバルリーディング企業である米国のOSIsoft, LLC.に出資参画
2016.5 日本曹達と共同で出資する米国の家畜飼料添加物メーカー、Novus International, Inc.が実施する増資を全額引き受け(三井物産:日本曹達=8:2)
2016.5 国内食肉業界最大手の一角を占めるスターゼンが実施する第三者割当増資を引き受け、持ち株比率を16.39%へ(約48億円)

■M&A戦略

 三井物産は以下のように7つの攻め筋を挙げている。

 ①ハイドロカーボンチェーン
  上流開発(原油・ガス)・商業化(LNG、化学品、発電)
  輸送・周辺事業(船舶、鋼管、インフラ建設など)

 ②資源(地下+地上)・素材
  金属資源の開発・生産、製品の流通・加工・再利用
  技術進歩を見据えた金属・化学素材事業の展開

 ③食糧と農業
  肥料・食糧資源、食品原料
  農業化学、食品・栄養化学

 ④インフラ
  電力・水・港湾など
  次世代型都市開発など

 ⑤モビリティ
  自動車、産業機械、船舶、航空、交通
  運送事業や他の「攻め筋」への広がり

 ⑥メディカル・ヘルスケア
  病院事業、周辺サービス事業
  医薬開発・製造・販売

 ⑦衣食住と高付加価値サービス
  衣・食(流通・データ・E コマース)
  住(不動産・金融・関連サービス)

 直近のM&Aの実績を見てみると、国内食肉製造、販売を手掛けるスターゼンの株式の取得があり、出資比率を2.5%から16.39%まで引き上げた。これは攻め筋で言うと「食料と農業」に該当しよう。国内の畜産農家は減少の一歩をたどっているものの、海外に目をやると中間層の増加により食肉の需要は増えている。三井物産としては、同社の世界的なネットワークを生かしてスターゼンの企業価値向上を狙っていくようだ。

  また、「食料と農業分野」では、日本曹達と共同で出資している「Novus社」の増資を引き受ける。同社は必須アミノ酸のであるメチオニンの世界的なメーカーである。このメチオニンという成分は、牛や豚の成長に欠かせないものであり、特に鳥に関してはこの成分量で成長促進が決まるという。Novus社は世界で3割のメチオニンシェアを持ち、三井物産はこの事業の将来性に大きな期待をよせているのであろう。補足として、Novusとしても10年に食料添加物の製造販売を行う企業を3社買収しているといった背景もあり、三井物産のこの分野の強化については余念がない。

 また、「衣食住と付加価値サービス」については、16年3月にスマホ向けフリマアプリで知られるメルカリの第三者割当増資の引き受け、東南アジアなどでネットを使った個人間での取引サービスを立ち上げる。メルカリは、国内ではフリマアプリとして最大手であり、日米合わせ3200万ダウンロードの実績を持ち、月間の流通額は100億円を超える。三井物産は同社が出資をするインドネシアやアフリカの高速通信会社で扱う端末にメルカリのアプリの導入を検討しており、情報通信分野への強化をもくろむ。

■財務分析

 上記の通り、三井物産の自己資本比率は30%程度で推移している。16年3月期は31%となるが、三菱商事(30.8%)、伊藤忠商事(27.3%)、住友商事(28.8%)と比較しても大きな差はない。

 17年3月期の通期見通しは最終損益で2000億円を見込んでいる。内訳としては金属資源が450億円、機械・インフラが600億円、生活産業が150億円、エネルギーが0億円、次世代・機能推進が100億円となる。16年3月期、金属資源の減損損失が一過性のものであり、効率の良い投資ができれば、提示している最終損益は問題なくクリアできるであろう。

この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

まとめ:M&A Online編集部

ドコモがQR決済に本気、「d払い」の全国普及なるか

ドコモがQR決済に本気、「d払い」の全国普及なるか

2019.05.22

NTTドコモがスマホ決済の「d払い」を強化する

競合ひしめくなか、ドコモはどこに勝機を見出したのか?

NTTドコモは、夏モデル発表会においてスマホ決済の「d払い」の強化を発表した。送金やミニアプリなど新機能を追加し、ドコモの会員基盤をベースにキャッシュレスを普及させるビジョンを示した。

ドコモがスマホ決済「d払い」を大幅強化

PayPayを始めとするスマホ決済各社は、還元キャンペーンや加盟店開拓などで競争を繰り広げている。ドコモはどこに勝機を見出したのだろうか。

「d払い」が送金やミニアプリに対応

電子マネー「iD」やクレジットカード「dカード」を展開するドコモが、2018年4月に始めたスマホ決済が「d払い」だ。FeliCaの搭載が必要だったおサイフケータイとは異なり、バーコードやQRコードを用いるd払いはほとんどのスマホに対応できる。

d払いアプリのダウンロードは2019年5月に500万DLを達成し、2019年度は1000万DLを目標に掲げた。利用箇所はiDとdポイント、d払いの合算で2019年4月に100万箇所。2021年度末の目標は200万箇所とした。

d払いの強みは、「dポイント」との連携だ。ドコモの利用料金やdカードからの還元だけでなく、キャリアに関係なく持てる「dポイントカード」でポイントが貯まる。2018年度の利用総額は1年間で1600億ポイントに達し、d払い利用者の53%が支払いにdポイントを利用しているという。

さらにドコモはd払いに新機能を追加してきた。9月末に提供する「ウォレット」機能では、ドコモ契約者向けだった「ドコモ口座」を誰もが使えるようキャリアフリー化し、チャージや送金の機能をd払いアプリに統合する。

ドコモ口座をd払いに統合する「ウォレット」

複数の加盟店アプリを1つにまとめた「ミニアプリ」は、秋以降に展開する。d払いアプリから加盟店のサービスを呼び出すことで、「ハンバーガーの事前注文」や「タクシーの配車」が可能になる。加盟店の専用アプリを入れる必要がなく、d払いで決済もできるのがメリットだ。

「ミニアプリ」はローソンとマツモトキヨシから開始予定

QRコードの読み取りも強化する。これまでd払いは利用者がスマホ画面のQRコードを店舗側に見せる「CPM」方式に対応しており、コンビニのようなPOS連携が必要になるなど中小店舗にはハードルの高い仕組みだった。

コードを「見せる」「読み取る」の両方式に対応

そこでd払いは、顧客がスマホのカメラで店舗のQRコードを読み取る「MPM」方式への対応を発表。PayPayなど多くの事業者に続き、d払いも6月末には両方式に対応することで、大型店舗だけでなく中小店舗に展開していく体制を整えたというわけだ。

アプリを大幅強化、「マルチQR」にも対応

次々と新機能を追加するd払いでは、アプリも大きく変わることになる。開発中のアプリ画面には、ドコモ口座への入金と送金、ポイント送付、割り勘、ミニアプリなどの機能が所狭しと並んでいた。

d払いアプリを大幅強化

参加企業が増えればミニアプリには多くのアイコンが並ぶことになるが、これにはカテゴリ分けなどで対応していく考えだ。ミニアプリの仕組みは、既存システムとのAPI接続や専用パッケージの提供など、さまざまな方式を検討するという。

また、増え続けるQRコードへの取り組みも発表した。1つのQRコードで複数の決済サービスに対応できるデジタルガレージの「クラウドペイ」に、d払いも対応する。

1つのQRコードで複数の決済サービスに対応

クラウドペイでは、店舗側が支払う決済手数料は一律3.24%(税込)となるものの、固定費や機器の導入は不要で、複数の決済サービスをワンストップで契約できるなどのメリットがある。

全国のドコモ代理店が加盟店開拓へ

今後は全国のドコモ代理店の営業リソースを活用し、加盟店を拡大していくという。最近ではソフトバンクの営業部隊がPayPayの加盟店を次々と開拓する快進撃を続けており、そこにドコモが勝負を挑む構図になりそうだ。

d払いは、スマホアプリを中心にさまざまなサービスにポイントを循環させるビジョンを描いている。ドコモの発表からは、これまで以上にアクセルを踏み込む姿勢が感じられた。dポイントを絡めた「20%還元」など、新たなキャンペーンにも期待したい。

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会社に勤める日本人の若者には、風当たりの強い飲みニケーション。それを新たなカタチとしてビジネスにつなげているのが、アシノオトの木村壮介さんだ。では、どんなビジネスなのか、木村さんに聞いた。

アシノオト代表の木村壮介さん。高校卒業後、兄が起こしたグループウェアメーカーにジョインして、エンジニアとして活躍。ウェブマーケティングの会社へ転職し、ウェブコミュニティの開発運営などを経て独立。訪日外国人とローカル日本人をつなぐQ&Aサイト「Hub Japan」を起ち上げ。2017年、同サイト内で「MEET&EAT」をスタートさせた

サービス名はHub Japan「MEET&EAT」。ネット上のプラットフォームを介して知らない者同士がマッチングし、文字どおり、食べて、飲む。”飲みニケーション”で親睦を深める、というわけだ。

もっとも「MEET&EAT」がマッチングするのは上司と部下でも、出会い系的な若い男女でもない。木村さんが飲みニケーションのターゲットにしているのが訪日外国人と日本人。日本を訪れた海外からの旅行者と、日本にいる人たちを居酒屋でつなぎ、親睦を深めさせる。いわば“異文化飲みニケーション”を提供しているのだ。

旅行者の「美味しい」は、アテにならない

きっかけになったのは、木村さんの経験だった。

「新婚旅行のときに覚えた違和感。そこからはじまったんです」(木村さん)

木村さんがイタリアへ行ったのは2015年。奥さんと2人で楽しみにしていたのが本場のイタリア料理だった。旅行に関する大手口コミサイトでみつけた店を、まず巡った。待ちに待った本場の味。それが実にいまいちだった。

「『こんなものかな…』とも思ったけれど、2日目に偶然仲良くなった地元のおばちゃんが『昨日はどこで食べた? 駅前の店? ダメダメ。行くならあっちの店よ』と教えてくれたんです。すると今度はめちゃくちゃ美味しかった。それが衝撃でした」(木村さん)

美味しさに対する衝撃だけじゃない。圧倒的な集合知を誇るネットの口コミサイトが、地元のおばちゃんのアナログな知見に勝てないことにこそ、木村さんは感銘を受けた。

「考えてみたら当たり前なんですけどね(笑)。世界中の質の高いユーザーが口コミを書き込めたとしても、書き手が旅行者である以上、底はしれている。地域にずっといる人の知識には敵いませんから」(木村さん)

そこに着想の芽があった。

ならば「地元の人と海外からの旅行者をQ&Aでつなぐローカルコミュニティサイトがあったら喜ばれるのでは?」と考えた。ヤフー知恵袋のような巨大なQ&Aサイトや、SNSで直接つながったコミュニティサイトはあるが、越境してローカルの人と旅行者をつなぐQ&Aサイトは意外と見つからない。

それまでグループウェアの制作運営や、企業向けのコミュニティサイトの開発運営を手がけるITエンジニア・ディレクターだったが、独立起業の潮目を感じた。個人的に「社会課題の解決につながるような事業で独立したい」と考えていたことも後押しになったという。

「どんな課題か? “グローバリゼーション”とそれに伴う文化の均質化“への危惧ですね。なんていうと大げさですけど、目立たないけれど素敵なスポットや、小さくても美味しいお店が、情報の均質化で目立たず消えていく。盛りあげないともったいないなって、感じていたのです」(木村さん)

そして2016年に独立。自らプログラムを書けること、奥さんもWebデザイナーだったこともあいまって、すぐさまシンプルなQ&Aサイトを立ち上げた。名前は「Hub Japan(ハブ・ジャパン)」。訪日予定、あるいは訪日中の外国人ユーザーが英語でクエスチョンを書き込むと、日本のローカルユーザーがアンサーを書き込んでくれるシンプルな仕組みだ。

たとえば「東京でオススメの穴場の寿司屋は?」「サクラを見に大阪へ行くが、気温は? 上着は持参したほうがいいか?」といった具合に欧米を中心に訪日予定の人たちから英語で書き込む。すると、サイトに埋め込んだGoogle翻訳エンジンが日本語に変換してくれるので、日本人も気兼ねなく「現地の声」を書き込める。その日本語は、書き込んだユーザーが読めるように、英語に変換されるわけだ。

「ただオンラインだけだとつまらないのでリアルでも何かやりたいと考えた。そこで『体験の仲介サービス』をやろうとしたんです。訪日外国人が興味のありそうな、着物の着付けとか、お茶の体験とか、いろいろ試しにやってみたら……」(木村さん)

そうしたなか、圧倒的に参加者の好評を得た体験イベントがあった。「居酒屋探訪」ツアーがそれだ。

日本人には当たり前の居酒屋に価値があった

赤提灯や縄のれんが目印の大衆居酒屋から、高級割烹ぜんとした高級店まで、バラエティに富む居酒屋レストランは、日本全国に23万店以上あるといわれる。日本独自の酒とつまみが効率よく味わえるうえ、日本の生活文化や日本人とふれあう機会もあるため、今や訪日外国人にも人気のスポットだ。

ただ興味はあれど、観光客が海外の夜の街に繰り出して、初めての居酒屋に入るのはハードルが高い。ボッタクリ店などにあたるリスクもある。しかし、勝手知ったるローカルの日本人が薦める店に、しかも一緒に入って楽しめるとあれば、安心感が高まる。

「一方で居酒屋などの飲食店も、訪日外国人のお客様を呼び込みたいけれど、お店を知ってもらえていないというのが、多少の機会損失になっていた。なので、飲食店の販促の仕組みとして活用してもらえると考えたんです」(木村さん)

試しに「ハブ・ジャパン」をとおして「日本の居酒屋で日本人と語り合おう」というツアーを告知すると、すぐに外国人観光客から応募があった。木村さんが試験的にアテンドをする。奥さんや友達とともに外国人複数×日本人複数で、オススメの居酒屋にむかい「カンパイ!」からはじめると、異様な盛り上がりをみせた。

英語もできず、そもそもコミュニケーションも苦手だった木村さんだが、酒が入り、気持ちが大きくなると「身振り手振りで必死に会話をしている自分」に気づいた。飲みニケーションあなどれじ、だ。

「また、もちろん海外の方々に『日本に来た目的は?』『何を楽しんだ?』などと聞くことも楽しいのですが、実のところ彼らから日本について意表をつく質問をされることにこそおもしろさ、価値を感じました」(木村さん)

「日本で最もポピュラーな宗教は?」とか、「無宗教? ではなぜあれほど神社があり、誰しもお参りしているんだ?」とか、「あなたにとって蕎麦とはなんですか?」とか――。

「蕎麦については、おもしろかった。自分にとって蕎麦とは何か、なんて考えたことなくて(笑)。日本人同士だったら絶対に聞いてこないような質問をどんどん向けられる。結果、むしろ日本のこと、日本文化のことを深掘りせざるを得なくなったんです。また海外の人たちが、日本の何に興味があるのかも肌感覚でわかる。これって観光施策や訪日外国人向けビジネスのヒントが得られる貴重な場になるなって」(木村さん)

だから、日本文化を深掘りしたい「訪日外国人」、質の高いインバウンド客を集客したい「居酒屋」、そして外国人とフランクに交流することで刺激やアイデアを得たい「ローカルの日本人」。この三者を“三方良し”でつなぐプラットフォームとして、2017年末に作った。

仕組みはやはりシンプルだ。ローカルの日本人ならFacebook認証をとおして「ハブ・ジャパン」にまず登録。そこから「MEET&EAT」のサイトに行く。同じようにログインして日本滞在中の「居酒屋で交流したい」と書き込んでいる訪日予定の外国人アカウントをチェック。都合のいい場所や日時、気の合いそうなプロフィールの団体がいたら「マッチング希望」をクリック。返信を待つ。マッチングとなれば、メールでのやりとりができるようになり、「MEET&EAT」内で指定する居酒屋店をチェックして予約。当日、最寄りの駅前で待ち合わせて、予約時間に店にいき「カンパイ!」となるわけだ。

外国Hub Japanの利用者たち。未成年かどうかの判断はFacebook認証で行われる。トラブルが起きないように、基本2~3人ずつしかマッチング登録できない

今はサイト経由で飲食店への予約が発生したときに、紹介料を得る仕組みで運営中。都内数十店舗の居酒屋と契約を結び、月30人程度の訪日外国人からのリクエストに応えている。

「ビジネスの規模はもう本当に小さい。受託の仕事を続けながら、まだまだ手探りの段階です。ただ小さいながら手応えも感じています」(木村さん)

「またぜひ居酒屋で飲みたい」と訪日外国人のリピーターが増えている。「生きた英語を学びたい」「楽しい飲み会を開きたい」というローカル日本人も増加中だ。とくに「企業のインバウンド担当をしているが、本当のニーズがつかめない。ヒントを得たい」「飲食店を経営しているが外国人向けにメニューやサービスを充実させたい。直接リサーチできるのでは」とマーケティング・リサーチの場として価値を見出している人も現れ始めているという。

飲みニケーション、やはりあなどれじなのだ。

「まあ、まだまだ小さい事業で、どこまでできるかわからないけど(笑)」(木村さん)と、取材終盤、木村さんは繰り返した。ただ、目立たないけど素敵なビジネス。盛り上げないともったいない、と……。

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