【三井物産】「利益積み上げ型」事業の拡大に向けてインフラ関連へ出資

【三井物産】「利益積み上げ型」事業の拡大に向けてインフラ関連へ出資

2016.09.06

【三井物産】「利益積み上げ型」事業の拡大に向けてインフラ関連へ出資

 1876年に日本最初の総合商社として、旧三井物産が誕生した。当時は石炭の輸出や紡績機械の輸入などを行っていた。また中国やインドなどから綿花を輸入し、紡績産業の立役者となった。

 戦後、1947年には財閥解体により、旧三井物産が解散、現在の三井物産<8031>の前身である第一物産が設立された。60年代から70年代には高度経済成長のけん引力として、海外依存度の高い日本への重要資源の安定確保のため、資源開発に出資参画した。

63年1月 豪Moura炭鉱(現Dawson炭鉱)開発への参画
65年2月 豪Robe River鉄鉱山への参画
66年10月 豪Mount Newman鉄鉱石長期契約の締結
71年9月 アラブ首長国連邦・アブダビのダス島LNG(液化天然ガス)開発基本協定調印
71年10月 イラン石油化学プロジェクト基本協定調印

 一方、80年代から90年代にかけては、時代の先端分野への挑戦と急速な社会の構造変化に対応すべく、半導体などの高付加価値分野に進出。また海外においても大型プロジェクトに参画してきた。

85年7月 豪西部のLNGプロジェクト参画
94年6月 サハリンII石油・天然ガス開発契約調印
         

 2000年代に入ると「グローバル総合力企業」を目指し、新規投資の実行と既存投資のリサイクルを通じた戦略的ポートフォリオの構築を始める。

03年9月 ブラジルの総合資源会社Vale S.A.の持ち株会社Valepar S.A.へ出資
07年6月 米国鋼材加工サービスセンターSteel Technologies Inc.を買収

 現在は20年までの中期経営計画として、「攻め筋」の確立、「既存事業」の収益基盤強化と「パイプライン案件」の完遂、裏打ちのある「新規事業」への投資と「株式還元」の両立を目指してきた。

16年3月期は上場以来初の赤字

 三井物産の投資セグメントは鉄鋼製品、金属資源、機械・インフラ、化学品、エネルギー、生活産業、次世代・機能推進の7事業に分けることができる。16年3月期のセグメントごとの当期利益は金属資源(63億円)、金属資源(-1625億円)、機械・インフラ(183億円)、化学品(177億円)、エネルギー(-39億円)、生活産業(-140億円)、次世代・機能推進(161億円)となる。当期損益は834億円の損失となり、発足以来初の赤字転落となった。これは中国景気の減少に伴う資源安の影響が大きく、特に金属資源分野に力を入れてきた三井物産はこの影響を大きく受け、3500億円の減損処理をすることとなった。

 多くの商社も石油やLNGなどのエネルギー資源、鉄鉱石などの金属資源の開発事業に参画したため、11年以降の資源価格の下落とともに事業の撤退や評価損の計上に踏み切っている。三井物産は今回の市況下においても着実にキャッシュを生み出している事業と認識するとともに、今回のような短期的なサイクルに左右されることなくポートフォリオのさらなる強化行うとのこと。資源開発は、開発着手から生産・販売までを含め、20~30年の長期にわたる事業であるためとの認識のようだ。

 今後は、同社が強みと認識する「利益積み上げ型」事業の拡大に注力する戦略だ。キーワードとして、ハイドロカーボンチェーン、モビリティ、インフラ、メディカル・ヘルスケアの部門があり、これらはさらなる拡大を図る。最近の同社のM&Aはインフラ関連の出資が目立つ。権益などの獲得により「利益積み上げ型」を実践している最中なのであろう。

■直近の三井物産のM&A実績

2015.9 住友林業とともに、中国の北京金隅股份有限公司傘下である北京金隅装飾工程有限公司の第三者割当増資を引き受けて出資参画。20%の株式を取得
2015.10 チリ大手サーモン養殖・加工・販売事業会社であるMultiexport Foods S.Aの子会社Salmones Multiexport S.A.の第三者割当増資を引き受け、出資参画。23.4%を約121億円で取得
2015.10 エス・エム・エスと共同で、アジア・オセアニア地域で医薬情報サービス事業を展開するMIMSグループを共同で買収するため、同グループの持株会社であるMedica Asia (Holdco) Limited全株式の譲渡契約をAXIO Data Hedgeco Limitedおよび個人株主6名と締結。三井物産の出資比率は40%で、約120億円で取得
2015.10 米国三井物産を通じて、米国の非遺伝子組換え穀物を専門とする集荷会社Bluegrass Farms of Ohio, Inc(売上高3400万ドル)に出資参画。株式の50%を取得
2015.10 ブラジル国内19 州の地域ガス配給事業会社を保有するPetrobras GásS.Aの株式49%を約19億レアル(670億円)にて取得
2015.11 持分法適用関連会社であるSanta Vitória Açúcar e Álcool Ltda社の全出資持分である株式50%を、米国化学品大手のザ ダウ ケミカル カンパニーに約2億ドルで売却
2015.11 豪エネルギー大手Santos Limitedが保有する豪ヴィクトリア州キッパーガス・コンデンセート田35%権益を約450億円にて取得
2015.11 ブラジルで都市旅客鉄道事業を手掛ける100%子会社ガラナアーバンモビリティの株式49.9%を、西日本旅客鉄道と海外交通・都市開発事業支援機構に譲渡
2015.12 日立製作所と日立製作所のインドにおけるグループ統括会社であるHitachi India Pvt. Ltd.と現地の鉄道車両製造・エンジニアリング企業の4社で信号通信設備及び施工を約280億円で受注。また、三井物産、日立製作所、日立インドの3社で自動列車制御システムおよび施工を約110億円で受注
2015.12 三井石油開発株式会社と共同で設立した投資子会社Mitsui E&P Brasil Ltda.を通じ、英国BG Group傘下のBG E&P Brasil Ltda.がブラジル北部沖合バヘイリーニャス盆地に保有する深海探鉱鉱区群(4鉱区)権益の10%を取得する
2015.12 メキシコの鉱山機械販売・サービス会社Road Machinery Co., S.A. de C.V.社の株式60%をコマツ子会社へ譲渡

■直近の三井物産のM&A実績

2016.1 オマーンにおける発電事業への出資参画
2016.1 せとうちホールディングスと傘下の米国小型航空機メーカーであるQuest Aircraft Company, L.L.C.の第三者割当増資を引き受けて1000万ドルを出資し、12.5%の株式を取得
2016.1 三井物産がマレーシアに設立した100%投資子会社3B Power Sdn Bhd株式の50%を、中国電力に売却
2016.2 英国伝統校St.Albans Schoolのインターナショナルスクール運営事業に資本参画。同社の株を最大20%まで取得予定
2016.2 多様な分散エネルギーリソースを群制御する米国のソフトウェアサービス会社であるSunverge Energy, Inc.に出資
2016.2 オセアニア・アジア・北米において植林アセットマネジメント事業を展開するNew Forests Pty Limitedに出資参画(出資比率22.5%)する
2016.3 ノルウェーのオスロ証券取引所上場企業で樹脂ライナー製炭素繊維強化圧力タンク製造販売事業を行うHexagon Composites ASA(売上高1651百万ノルウェークローネ、約220億円)に25%出資参画する。
2016.3 スマホ向けフリマアプリ「メルカリ」の企画・開発・運営を行うメルカリの第三者割当増資を引受ける。第三者割当増資約84億円のうち、三井物産はリードインベスターの1社としての出資となる。
2016.3 100%出資子会社 Mitsui E&P Australia Pty Ltd を通じSantos Limitedと15年11月6日に締結した権益売買契約書(同年11月9日適時開示)の先行要件充足により、16年3月3日、豪ヴィクトリア州キッパーガス・コンデンセート田35%権益取得
2016.3 韓国証券取引所上場企業であるHankuk Carbon Co., Ltd.(売上約250億円)と炭素繊維などの複合材料加工事業分野で包括的な業務提携契約を締結。同社へ約28億円を出資し、株式10%を取得
2016.3 東南アジアの化学品販売大手のBehn Meyerと、シンガポールに投資会社BMM Venture を設立することで合意。新設会社の株式49%を取得予定
2016.4 産業向けIoT/M2Mデータ管理ソフトウェアの開発・販売において、グローバルリーディング企業である米国のOSIsoft, LLC.に出資参画
2016.5 日本曹達と共同で出資する米国の家畜飼料添加物メーカー、Novus International, Inc.が実施する増資を全額引き受け(三井物産:日本曹達=8:2)
2016.5 国内食肉業界最大手の一角を占めるスターゼンが実施する第三者割当増資を引き受け、持ち株比率を16.39%へ(約48億円)

■M&A戦略

 三井物産は以下のように7つの攻め筋を挙げている。

 ①ハイドロカーボンチェーン
  上流開発(原油・ガス)・商業化(LNG、化学品、発電)
  輸送・周辺事業(船舶、鋼管、インフラ建設など)

 ②資源(地下+地上)・素材
  金属資源の開発・生産、製品の流通・加工・再利用
  技術進歩を見据えた金属・化学素材事業の展開

 ③食糧と農業
  肥料・食糧資源、食品原料
  農業化学、食品・栄養化学

 ④インフラ
  電力・水・港湾など
  次世代型都市開発など

 ⑤モビリティ
  自動車、産業機械、船舶、航空、交通
  運送事業や他の「攻め筋」への広がり

 ⑥メディカル・ヘルスケア
  病院事業、周辺サービス事業
  医薬開発・製造・販売

 ⑦衣食住と高付加価値サービス
  衣・食(流通・データ・E コマース)
  住(不動産・金融・関連サービス)

 直近のM&Aの実績を見てみると、国内食肉製造、販売を手掛けるスターゼンの株式の取得があり、出資比率を2.5%から16.39%まで引き上げた。これは攻め筋で言うと「食料と農業」に該当しよう。国内の畜産農家は減少の一歩をたどっているものの、海外に目をやると中間層の増加により食肉の需要は増えている。三井物産としては、同社の世界的なネットワークを生かしてスターゼンの企業価値向上を狙っていくようだ。

  また、「食料と農業分野」では、日本曹達と共同で出資している「Novus社」の増資を引き受ける。同社は必須アミノ酸のであるメチオニンの世界的なメーカーである。このメチオニンという成分は、牛や豚の成長に欠かせないものであり、特に鳥に関してはこの成分量で成長促進が決まるという。Novus社は世界で3割のメチオニンシェアを持ち、三井物産はこの事業の将来性に大きな期待をよせているのであろう。補足として、Novusとしても10年に食料添加物の製造販売を行う企業を3社買収しているといった背景もあり、三井物産のこの分野の強化については余念がない。

 また、「衣食住と付加価値サービス」については、16年3月にスマホ向けフリマアプリで知られるメルカリの第三者割当増資の引き受け、東南アジアなどでネットを使った個人間での取引サービスを立ち上げる。メルカリは、国内ではフリマアプリとして最大手であり、日米合わせ3200万ダウンロードの実績を持ち、月間の流通額は100億円を超える。三井物産は同社が出資をするインドネシアやアフリカの高速通信会社で扱う端末にメルカリのアプリの導入を検討しており、情報通信分野への強化をもくろむ。

■財務分析

 上記の通り、三井物産の自己資本比率は30%程度で推移している。16年3月期は31%となるが、三菱商事(30.8%)、伊藤忠商事(27.3%)、住友商事(28.8%)と比較しても大きな差はない。

 17年3月期の通期見通しは最終損益で2000億円を見込んでいる。内訳としては金属資源が450億円、機械・インフラが600億円、生活産業が150億円、エネルギーが0億円、次世代・機能推進が100億円となる。16年3月期、金属資源の減損損失が一過性のものであり、効率の良い投資ができれば、提示している最終損益は問題なくクリアできるであろう。

この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

まとめ:M&A Online編集部

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

2019.01.22

ラクマ売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が累計5億円に

同様のサービスを構想しているメルカリを先行する形に

楽天は1月21日、フリマアプリ「ラクマ」において、取引で発生した売上金のうちオンライン電子マネー「楽天キャッシュ」へチャージした累計額が2018年12月末に5億円を突破したと発表した。

ラクマでの売上金を楽天キャッシュへチャージする機能は、2018年7月より提供開始されている。チャージした電子マネーは、楽天会員向けのグループ各種サービスで利用できるほか、ローソンやファミリーマートなど「楽天ペイ」対応店舗での決済でも利用可能だ。

2017年8月1日から開始されたローソンでの支払いに続いて、2018年12月4日からはファミリーマートでも楽天ペイが使用できるようになった

同じくフリマアプリを展開するメルカリは、100%子会社「メルペイ」で同様のサービスを構想している段階であり、この分野においてはラクマが1歩先行する形になった。

現状、メルカリで得た売上金をメルカリ以外で使う場合は、一度口座に振り込む必要がある。また、売上金には180日という「振込申請期間」が設定されており、その期間中に「口座に振り込む」か、メルカリ内で使える「ポイントを購入」するか、選ばなければならない。ただし振込の場合、1万円未満だと210円の手数料が発生する(2018年1月21日時点)。ラクマの売上金チャージ機能と比較すると、どうしても見劣りしてしまうだろう。

ちなみに筆者もメルカリユーザー。現状、売上金が合計1万円に満たないため、振込手数料を発生させずに現金に換えるためには、あと1540円分の売り上げが必要になる (画像はメルカリアプリより)

しかし、少し古いデータではあるが、2018年5月31日のニールセン デジタルの発表によると、スマートフォンからの利用率の高いオークション/フリマサービスは、1位がYahoo! オークションで25%、2位がメルカリで23%、3位がラクマで11%であることがわかっており、同じフリマサービスであっても、ラクマの利用率はメルカリの半分であるのが現状だ。

メルカリのダウンロード数は2018年11月14日時点で7500万、ラクマが同年10月時点で1500万と、両サービスの普及率にも差があることからも、日本におけるフリマ市場のバランスがすぐにひっくり返ることはないだろう。

だが、ラクマが売上金をさまざまなサービスに使えるという実用性で、メルカリとの新たな差別化ポイントを生み出したことは、新規ユーザーの獲得に少なからず貢献しそうだ。

ラクマ売上金のチャージ額が5億円突破したことは、ユーザーの「アプリ内の売上金を別の場所で使いたい」というニーズの強さの証明ともいえよう。こうしたユーザー視点に立った機能の追加による消費体験の向上が、フリマ市場にどのような影響をもたらすのか、キャッシュレス決済市場への参入が期待される、メルカリの動向と合わせて注目したい。

1000字の描き直しを越えて ―ナール制作の舞台裏

最初の書体感覚をもち続けることのむずかしさ

写研で書体デザインの責任者を務めていた橋本和夫さんに衝撃を与えた書体、ナール。作者の中村征宏氏が第1回石井賞創作タイプフェイスコンテスト応募時に書いた設計意図は、次の通りだ。

〈縦組みの場合にも、横組みにも字間のバランスがムリなく一つの流れを持つことを念頭におき、ボディータイプとして、従来使用されなかった丸ゴシック系のタイプフェイスを試みた。字面をいっぱいに使い、文字のエレメントを強調し、細い線で構成することによりシンプルさを求めた。字面を大きく使うことが字間の問題に関連し、字間のバランス調整のための切り貼り、字詰めの工程を少しでも短縮することができるのではないかと思う。その結果、組み上がりにおいて、集合の調和が生まれるのではないかと思う。広告制作物などにおいて、コピーやサブ・タイトルなどに適するのではないかと考える。〉(*1)

中村征宏氏の著書『文字をつくる』(美術出版社、1977年)

1970年(昭和45)5月18日にコンテスト授賞式が開催されたのち、写研からの文字盤発売に向けて、同年8月ごろから本格的な書体制作が始まった。必要な文字数は漢字が約5400字、ひらがなとカタカナで約150字、アルファベット約100字、その他(約物、記号など)約200字で、合計約5800字だ。写研の監修を受けながら、原字はすべて中村氏が描いた。監修を担当したのは橋本さんである。

約5800字の原字を描くのは、想像以上に大変な作業だ。橋本さんは語る。

「コンテストに応募するときに描いていただくのは、漢字50字とひらがなカタカナ、そして記号の一部だけです。それを1枚のパネルに構成するので、文字構成としては、まとめやすい。ところが、文字盤化する際には約5800字を1文字1文字描くことになり、完成するまでの年月は2年はかかります。外部デザイナーの方と書体をつくるようになって、われわれが一番苦労したのは、“今月と来月では、仕上がってくる書体の雰囲気が変わってしまうことがある”ということでした」

「文字を増やす際に字種リストを渡すのですが、『何の文字をつくるか』を見るためのリストのはずが、長い間ながめているうちに、つくっている文字がリストの文字に似てきて、当初のデザインと雰囲気が異なってきてしまった。ナールは既成概念をくつがえす、突き抜けたデザインの丸ゴシック体だったはずなのに、描き進むうちに最初のデザイン思想から離れ、持ち味が失われるということが起きたのです」

原字を描き進めるうち、コンテストのオリジナルデザインから、いつのまにか特徴が変わってしまっていたのだ。そのままでは、まるで違う書体になってしまう。結局、途中で1000字分を描き直すことになった。

中村氏もこのことを振り返り、著書に〈人の感覚は徐々に変化するものには気づきにくいものですから、いつも最初の見本と照らし合わせながら書き進めることが大切です。このようなことは、太さだけのことではなく字形とか感覚面でも同じようなことがいえます。感覚もときがたつことによってどんどん変化するものですが、とくに最初の感覚は大切にしていきたいものです〉と書いている。(*2)

悩ましい文字

「もうひとつ、ナールを監修したなかで、ひどく悩んだことがありました。ナールは、字面いっぱいに真四角に描かれた書体です。たとえばひらがなの『り』は通常は縦長、『へ』は横長の形をしていますが、これらの文字すら、できる限り正方形に近づけて描かれている。ぼくが悩んだのは、『々』という漢字でした」

ナールでは、縦長の「り」、横長の「へ」も正方形にかなり近い

「時々」「常々」「佐々木」など、同じ漢字を繰り返すことを表すときに用いられる「々」の字だ。

「常識的にいえば、この字は他の漢字よりも小さく描きます。では、通常は縦長、横長など固有の形をもつひらがなですら正方形に近づけているナールでは、どういう大きさにすればよいのか? 最初は『々』も他の漢字と同じ大きさで、真四角にするのがよいと思ったのですが、いざつくってみると、やはり少しは他の漢字より小さくしなければ『々』に見えないとわかりました」

「他の書体をつくるときにも『々』をどういう大きさにするか、いつも考えるのですが、ナールのときにはとりわけ悩んだものでした」

また、こうした試行錯誤を経て、「文字を図形化する際も、かなと漢字の使い方に意味のあることをあらためて認識しました」という。

新聞雑誌、広告から、道路標識まで

途中で1000字の描き直しなどがあったものの、コンテストから2年後の1972年(昭和47)、ナールは写研写植機用の文字盤として発売された。書体名は、「中村」の “ナ” と、丸みを表す言葉である「ラウンド」の頭文字 “R” をとって「ナール」とつけられた。(*3)さらに、ナールと組み合わせて使うことを想定した中太の「ナールD」の文字盤も1973年(昭和48)に発売された。

ナールD(上)とナール(下)

中村氏はコンテスト応募当時、ナールを本文書体と考えていたが、いざ発売されてみると、広告や雑誌、新聞などの見出しなどに使うディスプレイ書体として大人気となった。ポスターや広告のキャッチフレーズ、テレビの字幕、道路標識などに幅広く使われ、一世を風靡した。

「タイポスによってデザイナーのつくる書体が注目され、少女たちが丸文字を書くようになっていく流れのなかで登場したナールは、『時代に乗った』ともいえますが、むしろ『時代をつくった』書体といえるでしょう。写植の文字はナールの登場によって、それまで職人が手描きしていたレタリング文字の分野に浸透していった。“新書体ブーム”の幕開けでした。そうして写植の機械は、単に文字を印字するだけでなく、多彩なディスプレイ書体によって雑誌や広告にファッション性を生み出す手段のひとつとして、とらえられるようになっていったのです」

(つづく)

(注)
*1:中村征宏『文字をつくる』(美術出版社、1977年)P.80
*2:同書 P.21
*3:『文字に生きる〈写研五〇年の歩み〉』(写研、1975年)P.127

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

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