M&A用語の歴史 その2

M&A用語の歴史 その2

2016.09.10

M&A用語の歴史 その2

 マイケル・ダグラスが主役を務めた1987年公開のアメリカ映画、「ウォール街」をご存知の方も多いだろう。今回は、劇中でテレンス・スタンプが演じるラリー・ワイルドマン卿のモデルになったといわれているジェームズ・ゴールドスミス氏(James Michael "Jimmy" Goldsmith; 1933-1997)を中心に、当時のアメリカの買収実例を紹介したい。

■アメリカの企業買収の実例

 1986年の暮れ近く、乗っ取り屋としてその名をとどろかせていたイギリス人、ジェームズ・ゴールドスミス氏は、オハイオ州アクロンにある世界的な名門タイヤメーカー、グッドイヤー・タイヤ(Goodyear Tire)に一通の手紙を送った。

 乗っ取り屋が名門企業にどんな手紙を送ったのか?

 むろん、それは「脅迫状」である。

 手紙のなかでゴールドスミス氏は、「グッドイヤー・タイヤの株式を買い占めて会社を乗っ取る」と声高に宣言した。

 敵対的TOBによって、グッドイヤーの株式を買い占めるというのだ。この類の手紙はグリーンメールと呼ばれ、それまで派手な乗っ取り劇とは無縁な世界で平和に過ごしていたグッドイヤーの経営陣を震撼させた。

 ゴールドスミス氏がこのような行動に出たのには十分な理由があった。なぜならグッドイヤーは業績好調で好財務であるにもかかわらず、株式市場での評価はそれに反して低かったのである。

 株式市場とはそういうもので、株価は常に企業価値を正しく反映しているわけではない。かつてのニッポン放送がそうであったように、日本の株式市場にもこのような例は数多くある。

 グッドイヤーのように好財務で割安株の会社は、乗っ取り屋にとっては格好のターゲットとなる。それはまるで蚤の市で「掘り出し物」を見つけ出すような感覚だ。企業買収の世界ではこのような会社はスリーピング・ビューティーと呼ばれている。

 さて、グリーンメールを受け取り焦ったのはグッドイヤー経営陣だ。経営陣は敵対的買収を仕掛けられてからポイズン・ピルを検討したり、ホワイトナイトの出現を期待した。しかしこれらは対抗策としては決定力がなかった。(実際にニッポン放送が行おうとしたポイズン・ピルの実行(第三者割当増資)も、裁判所によって否認された。)

 そこでグッドイヤーは、世間をあっと驚かせる対抗策をとったのである。その対抗策とは、「プライベタイゼーション(公開会社の非公開化)」である。

 株式を上場しているということは、基本的には株主を選べない。相手が乗っ取り屋であろうが、反社会的な勢力であろうが、カネさえあれば誰がどの会社の株式を買おうが勝手だ。

 グッドイヤーは自らの判断によって望んで上場廃止し、会社を非上場にしてしまった。

 上場廃止にしてしまえば、ゴールドスミス氏からの敵対的買収を阻止できるばかりでなく、今後また現れるかもしれないほかの乗っ取り屋にも悩まされなくなるのだ。これにはゴールドスミス氏もそれを見守る聴衆にも「想定の範囲外」だったことだろう。

 こうしてグッドイヤーは敵対的買収から身を守った。

 しかし、敵もさるもの。ゴールドスミス氏は買収計画を断念したが、プライベタイゼーションの過程でグッドイヤーの株価が上昇したため、買い集めた株式を売却することで、相当の利益を得たのである。

 グッドイヤーのプライベタイゼーションが終了した後、投資銀行のコールバーグ・クラビス・ロバーツ(KKR)などがこぞってNYシカゴにあったシティバンク、モルガン、チェースマンハッタン、バンクアメリカなどと組んで、以前にも増した勢いでLBOに乗り出してきた。

 金融機関にとってLBOは大きな収益源となる。普段は利ざやの薄い融資しかできない優良企業に対し、LBOでカネを貸すときは利ざやが膨らむからだ。さらにアレンジメント・フィーやフロントエンド・フィーなどという名目の巨額の手数料収入にも事欠かなかったのである。

 資金供給を行う金融機関にとって、敵対的買収は「おいしいビジネス」だった。そんな事情もあり、敵対的買収の裏側には、必ずといってよいほど糸を引いている投資銀行が存在していたのである。

【M&A用語解説】
グリーンメール(Green Mail)

「株を買い占めて会社を乗っ取るぞ!」と対象企業の経営陣を脅し、所有する株式を高値で買い取らせるための一種の脅迫状。これをしょっちゅうやる人をグリーンメーラー(Green Mailer)と呼ぶ。日本では小糸製作所の株式をトヨタに引き取らせたブーン・ピケンズ氏が有名。

スリーピング・ビューティー(Sleeping Beauty;眠れる森の美女)

資産や収益力が優良であるにもかかわらず、時価総額が低い評価になっているなど、買収メリットが大きく、かつ無用心に見える企業を指す。当時話題となったニッポン放送はフジテレビやポニーキャニオンなどの優良企業の株式を大量に保有していたにもかかわらず、それらの価値よりも時価総額の方が低い状態であった。その他、東宝が2011年に買収したTOBで+343.11%のプレミアムがついたコマ・スタジアムなどは、典型的なスリーピング・ビューティーであったといえる。

ポイズン・ピル(Poison Pill;毒薬条項)

敵対的買収に対し、自社を防衛する措置として(やむを得ず)既存株主に対して新株予約権を付与したり、従業員にストックオプションを与えたりしておくこと、またはこのようなことのできる条項を自社の定款に入れておくこと。敵対的買収を仕掛けられた際に新株予約権やストックオプションの行使、または行使の可能性により自社側株主の(潜在)株式数は増え、敵対する企業の買収コストが大きくなる。
行使されないままの状態で買収すればまさに腹に入った毒薬として作用し、買収後に過半数(マジョリティ)がひっくり返り、支配権がなくなってしまうといった事態も想定し得る。いまではこの毒薬条項は米国の主だった企業の過半数が導入しているといわれているが、米国での発動事例はまだない。

ホワイトナイト(White Knight;白馬の騎士)

元々はアーサー王伝説に出てくる英雄である。敵対的買収を仕掛けられた企業側に立つ有力な支援者のこと。ライブドア/ニッポン放送の騒動では、ソフトバンクがフジテレビ/ニッポン放送側に立つ友好的な株主として登場した。しかし、ホワイトナイトとて多額の出資をするわけで、それ相応のリターンを求めていると考えるのが妥当であり、通常ななんらかの意図があるはず。従って純粋な意味でのホワイトナイトは存在しないといえるだろう。

プライベタイゼーション(Privatization;公開会社の非公開化)

発行済み株式を大量に自社株買いしてその過半数を金庫株とする方法や、ペーパーカンパニーを設立し、その設立した会社がTOBをすることで、結果として自社を上場廃止とするもの。自社を非上場にすることで敵対的買収のターゲットとならないようにする究極の敵対的買収防衛策といえる。欧米ではそれほど珍しくない手法である。

(次回へ続く)

文:株式会社ストライク 鈴木伸雄
編:M&A Online編集部

M&A用語の歴史 その1【LOB・TOB】を読む

執筆者紹介

鈴木 伸雄(すずき・のぶお)

株式会社ストライク 取締役副社長
1948年新潟県生まれ。
協和銀行(現りそな銀行)入行。シカゴ支店勤務時代にボルグワーナー、オーエンズイリノイ等、数多くの買収案件に携わる。
その後、協和フィナンシャルフューチャズ(シンガポール)社長、あさひ銀行シカゴ支店長、あさひ銀事業投資(現りそなキャピタル)取締役等を経て、2003年より現職。

根付き始めた「必ず座れる」通勤、 鉄道に続いてバス業界も熱視線

根付き始めた「必ず座れる」通勤、 鉄道に続いてバス業界も熱視線

2018.11.19

座席指定の通勤電車から”通勤の高級化”の流れ?

ハイエンド通勤バスの実証実験を東急電鉄が実施

たまプラーザを舞台にした、日本初の郊外型MaaS

全席指定の通勤電車が首都圏の私鉄で運行され始めている。西武鉄道を主体に東急電鉄、東京地下鉄(東京メトロ)、横浜高速鉄道の各路線を乗り入れる「S-TRAIN」や、京王電鉄の「京王ライナー」などだ。座席指定ではなく、着席整理券による着席定員制の東武東上線の「TJライナー」もある。

帰宅時間に運行される京王ライナー

なぜ、私鉄各社がこうした通勤電車を運行し始めたのか。ラッシュを避けゆったり座ってオフィス街に移動できる利便性を提供するためだ。京王ライナーの場合、帰宅時間に下り方面に運行されるだけだが、これも「仕事で疲れているのに立って帰りたくない」という通勤需要に応えている。

S-TRAINやTJライナーの場合、休日には観光列車としての役割も果たす。S-TRAINはデートスポットとして注目される豊洲や、“食の街”として名をはせる横浜中華街を結んでいる。TJライナーは“小江戸”と呼ばれる川越や森林の多い憩いの場「森林公園」にアクセスできる。森林公園は今の時期、紅葉をライトアップするイベントが行われており、相当の集客がある。

ただ、どちらも平日はビジネスパーソンの脚となるという特徴を考えると、観光色の強い西武鉄道の「レッドアロー」や東武鉄道の「スペーシア」とは性格を異にする。

ハイグレード通勤バスでゆったりと

こうした“通勤の高級化”が、バスにも波及しそうだ。

東急電鉄は「ハイグレード通勤バス」の実証実験を2019年1~2月に行うと発表した。

ハイグレード通勤バスの外観(写真提供:東急電鉄)

ハイグレード通勤バスは客席が24席と広々としており、しかもかなり深めにリクライニング可能。Wi-Fi対応、USB、ACアダプタも装備し、パソコンなどが置けるテーブルも用意されている。そして、長距離バスのようにトイレまで備えているのだ。

座席は3列で、シート数は24席とゆったりしている(写真提供:東急電鉄)
かなり倒れるリクライニングシート(写真提供:東急電鉄)
テーブルにPCを置いて作業可能。写真左隅にACコンセントも確認できる(写真:東急電鉄)
通勤用バスながら、トイレ洗面台を完備(写真提供:東急電鉄)

 以前、両備グループの中国バスが運用する「ドリームスリーパー」という、超高級バスを拝見したことがある。しかもこちらは、さらに座席数が少ない14席で、個室タイプだ。とはいえ、ドリームスリーパーは東京~大阪や東京~広島を結ぶ長距離高速路線バス。睡眠を取ることが必須になると思うので、個室という選択肢になったのだろう。

一方、ハイグレード通勤バスは、読んで字のごとく“通勤”という言葉が入っている。つまり、長距離高速路線バスであるドリームスリーパーとは、まったく性格が異なる。

さて、今回の実証実験では、実験区間にたまプラーザから渋谷が選択された。このたまプラーザ駅がある東急田園都市線は、首都圏屈指の混雑路線だ。二子玉川や三軒茶屋からも乗客があり、朝の通勤ラッシュはすさまじいと聞く。国土交通省によると、ラッシュ時は185%の乗車率であるらしい。この田園都市線の混雑を少しでも緩和しようと、ハイグレード通勤バスの実証実験を開始する意図がみえる。

ただ、田園都市線の混雑は、東急電鉄そのものにも原因がある。というのも、東急の本拠である渋谷の再開発を急激に推し進めたからだ。セルリアンタワーや渋谷ヒカリエ、そして渋谷ストリームも開業した。どれもオフィス、商業施設、ホテルといった施設からなる複合ビル。オフィスが増えれば通勤客が増えるし、商業施設も朝の仕込みなどでラッシュ時に通う場合も十分に考えられる。そうした混雑を緩和するために、今回ハイグレード通勤バスを実験し、本サービスにつなげたいのだろう。

一方、東急電鉄はハイグレード通勤バスだけでなく、あわせてたまプラーザでオンデマンドバスやパーソナルモビリティ、マンション内カーシェアリングの実証実験も行う。オンデマンドバスはスマートフォンで乗車予約を行い、病院や公共施設への移動手段になる。パーソナルモビリティは、坂道や細い道路を移動しやすく買い物などに向く。マンション内カーシェアリングは、余っているクルマのリソースを同じマンション内で共有しようというものだ。

東急電鉄これらを日本初の「郊外型 MaaS」(Mobility as a Service:利用者の目的や嗜好に応じて最適な移動手段を提供すること)の実験だとしている。

このMaaSという考え方には、あのトヨタ自動車も積極的だ。トヨタは東京2020オリンピック・パラリンピックを舞台に「Mobility for All」を実現したい考え。パーソナルモビリティもこの施策に組み込まれる。

トヨタが実用化を進める「i-ROAD」(写真提供:トヨタ自動車)

 東急電鉄は実証実験でどのような結果を得るのか。“地獄”とも表現される通勤ラッシュの課題や少子高齢化への対応、高齢者の移動手段確保など、MaaSが貢献できる問題解決はさまざまだ。たまプラーザ~渋谷という、屈指の住宅街と屈指のオフィス街を結ぶこの取り組みが、“住みよい街づくり”にどのように関わっていくのか、楽しみだ。

文明の利器を使ったIT露出狂「AirDrop痴漢」

カレー沢薫の時流漂流 第16回

文明の利器を使ったIT露出狂「AirDrop痴漢」

2018.11.19

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第16回は、Apple製品ユーザーを襲う「AirDrop痴漢」について

我々の生活はありとあらゆるものが電子化し、飛躍的に便利になった。

しかし、あらゆるものの中には当然「犯罪」も含まれ、さらに「痴漢」まで含まれるようになってしまったのだ。

皆さんはiPhone、iPad、Macなどを使っているだろうか。そして満員電車など人が密集する場所へ行く機会が多かったりするだろうか?

上記に当てはまる人、特に女性は注意が必要である。私はと言えば、スマホはアソドロイド、パソコンはウィソドウズ、人ゴミどころか人がいるところにさえ滅多にいかないので鉄壁と言える。

「IT露出狂」の出現

最近、Apple製品を使用した「AirDrop痴漢」なるものが現れているらしい。「痴漢も電子化の時代、わざわざ相手の前に立って局部を見せるような奴は時代遅れですよ」と「AirDrop痴漢」がろくろを回すポーズで語っているかは知らないが、当然褒められたことではない。

「AirDrop」とは、Apple製品間でデータをワイヤレスで送り合うことができる機能である。自分のMacからiPhoneにデータを送ったり、iPhone同士で友人と写真を共有したりできて便利なものだ。しかし、「AirDrop」は登録いらずで簡単な一方、半径9メートル以内にいる「AirDrop」をonにしている相手になら、誰にでもデータを送れてしまうのである。

これを使って画像を共有しようとすると、「Petagine's_iPhone」など、近くにあるApple製品の端末名が表示される。ペタジーニのiPhoneなら止めておこうと思うかもしれないが、ここで「Danmitsu's_iPhone」とか、明らかに女性と思われ、しかも何かエロスを感じる(※個人の感想です)名前を見つけた場合、その端末にわいせつ画像などを送り付ける、というのが「AirDrop痴漢」の概要である。

相手に直接手を触れるわけではないので、人が多い場所だと送ってきた相手の特定はかなり難しい。被害者はわいせつ画像を見せられた不快感と、周りにそういう人間がいるという恐怖感を味わうことになり、加害者はそれを見て楽しむという、いわば「IT露出狂」だ。

便利な機能が出来るたびに、それを使った犯罪が現れるのが世の中というものだが、これも「AirDrop」の機能を悪い意味で上手く使った犯罪である。その知恵を他の事に生かせなかった上に、そういった行為を「楽しい」と思うセンスに生まれて来てしまったことは二重に不幸なことだ。

被害者は女性が多いが、男性でも被害を受けることがあり、グロ画像を送られてきたという被害もある。

また、俳優の加藤諒さんは新幹線に乗っていたところ、車内で携帯をいじっている自分の後ろ姿の写真が「AirDrop」に送られてきたと言う。わいせつ画像でなくても、「お前のことを見ているぞ」というストーカー的恐怖感を相手に与えることも可能なのだ。

被害と「誤爆」を防ぐシンプルな解決法

「AirDrop痴漢」を防ぐ手立てはないのか、というと意外と簡単で、平素は「AirDrop」の設定を「受信しない」にしておき、使う時だけonにすれば良い。

そのほか、名前や性別を特定されないように、「Gorira's_iPhone」など、ユーザーネームを変更しておくのも効果的だ。

画像を共有する相手などいないという人間は、Apple製品を買ったらまず「AirDrop」機能を切るぐらいでもいいかもしれない。何故なら、この「AirDrop痴漢」は知らず知らずのうちに加害者になる可能性もあるからだ。

恋人に送るはずだった語尾が「ぞえ♪」のLINEを上司に送ってしまったり、ツイッターのアカウント切り替えを忘れて美容垢に推しカプがどれだけ尊いか語ってしまったりするような「誤爆」が「AirDrop」でも起こるのである。

しかも、LINEなら登録してある相手にしか送らないだろうし、SNSならある程度他人が読むことを想定して投稿するだろうが、「AirDrop」の場合、半径9メートル以内にいる赤の他人に、1人で楽しむためだけのお宝画像を送ってしまうという事態になりかねないのだ。受信してしまった方も不幸だが、送った方もある意味それ以上不幸である。

このように、「AirDrop」は便利だが、意図せず自分の性癖を含む個人情報を流出させてしまう恐れもあるため、使う時だけonにするのが今のところ一番良いかと思われる。

ちなみに、この「AirDrop痴漢」は犯罪にならないかというと、もちろんそんなことはない。わいせつ画像を送るのは「猥褻物頒布罪」になり得るし、わいせつでなくても相手が不快に思う画像を送り付けるのは「迷惑行為防止条例」違反になる場合がある。

実際、電車内で「AirDrop痴漢」を80件以上繰り返したという男が書類送検されたという。送信者が特定しづらいと言っても「本気を出せば特定できるしバッチリ逮捕もされる」ということはすでに実証されているので、もしイタズラ感覚でやっている人間がいるなら、逮捕されない内に今すぐやめた方がいい。

このような使い方は、Appleが想定していなかったことだろう。つまり、最初に考え着いた人間は、アイディア力にすぐれている。

その力を犯罪以外に使えなかったのは、重ね重ね残念である。