【味の素】カルピス買収・売却から見える、味の素グループの経営戦略

【味の素】カルピス買収・売却から見える、味の素グループの経営戦略

2016.09.17

【味の素】カルピス買収・売却から見える、味の素グループの経営戦略

 味の素<2802>は、1907年5月に合資会社鈴木製薬所として創業された。翌08年7月に、池田菊苗博士がアミノ酸の一種でうま味成分であるグルタミン酸を発見し、調味料グルタミン酸ソーダの製造法特許を取得。池田博士の「日本人の栄養状態を改善したい」という願いに共感した合資会社鈴木製薬所二代目鈴木三郎助がその商品化を引き受け、09年5月にうま味調味料「味の素」の一般販売を開始。その後、何度かの商号変更を経て、46年2月に味の素となった。

 現在の味の素グループは、アミノ酸をコアに「食」「バイオ・ファイン」「医薬・健康」の3つの分野を拡大することをもって、「グローバル健康貢献企業グループ」の実現に向けて成長を続けている。

 以下、うま味調味料「味の素」の製造販売会社から、「グローバル健康貢献企業グループ」として成長を続けている過程を、M&A(組織再編)の観点から見てみよう。

■味の素が行った主な組織再編
年月 内容 1987.6 クノール食品を子会社化 1989.9 ベルギーのオムニケムの全株式取得 1999.12 ヘキスト・マリオン・ルセルから輸液・栄養医薬品事業を買収し、味の素ファルマを発足 2000.5 米国モンサント保有の欧州甘味料合弁会社ニュートラスイート(現・スイス味の素)およびユーロ・アスパルテーム(現・欧州味の素甘味料)の全株式を取得 2000.10 冷凍食品事業を分社化し、味の素冷凍食品に統合 2001.4 油脂事業を分社化し、味の素製油に統合(現・J-オイルミルズ) 2002.12 鈴与グループ各社などから清水製薬(味の素メディカ)の全株式を取得 2003.2 日本酸素から味の素冷凍食品がフレックの全株式を取得。同年4月に味の素冷凍食品はフレックを合併 年月 内容 2003.7 アミラム・フランス保有のうま味調味料の生産・販売会社であるオルサン(現・欧州味の素食品社)の全株式を取得 2006.1 ダノン・グループから香港の食品会社アモイ・フードおよびコンビニエンス・フーズ・インターナショナル(売上高7億300万円)の全株式を約273億円で取得 2006.5 ギャバン株式を17億円で55.4%取得 2007.2 ヤマキ(売上高396億円)の発行済株式33.4%を取得 2007.10 90年に筆頭株主となったカルピスを完全子会社化 2010.4 味の素製薬(09年12月設立)に医薬事業、並びに味の素ファルマおよび味の素メディカを統合 2011.11 味の素アニマル・ニュートリション・グループ(11年9月設立)に飼料用アミノ酸事業運営を移管 2012.10 カルピス(売上高1704億円)の全株式を約1200億円で譲渡 2013.11 米国のバイオ医薬品の開発・製造受託会社であるアルテア・テクノロジーズ(現・味の素アルテア、売上高5300万ドル)の全株式を約160億円で取得 2014.11 米国のウインザー・クオリティ(売上高6億7000万ドル)を約840億円で買収

 上記表のとおり、味の素のM&A戦略は87年6月クノール食品の買収に始まった。その後、89年9月ベルギーのオムニケア、13年11月アルテア・テクノロジー、14年11月ウインザー・クオリティなど、海外企業のM&Aを積極的に行っている。一方で00年10月、冷凍食品事業を分社化し、味の素冷凍食品に統合するなど、グループ内組織再編による組織体制の効率化にも余念がない。

 ここで特筆すべきは、07年10月に完全子会社化したカルピスを、わずか5年でアサヒグループホールディングスに全株式譲渡している点である。カルピスは日本国民が慣れ親しんだメガブランドであり、ボストンコンサルティンググループが開発したプロダクト・ポートフォリオ・マネジメントでいうところの「金のなる木」に属する事業であるといえるだろう。

 こうした事業の買収時、売却時それぞれの時点におけるプレスリリースを見てみよう。

 07年6月11日(原文まま)
 1.背景と目的

 ~味の素(株)は、グループの中長期経営計画「A-dvance10」において、健康事業を成長の柱の一つに掲げています。本件を通じて、カルピス(株)が持つ健康イメージのあるブランド、飲料事業基盤および乳酸菌・微生物活用技術を取り込むことにより、更なる味の素グループの健康事業の拡大を目指していきます。(以下略)

 12年5月8日
 1.株式譲渡の背景

 当社は、2011−2013年中期経営計画において、コア事業領域である「調味料・食品」と「先端バイオ・ファイン」関連に経営資源を集中し、事業の「成長と構造強化」を推進し、「確かなグローバルカンパニー」になることに向かっています。~当社は、アサヒGH社へのカルピス社株式譲渡が、当社のコア事業に集中する経営計画の実現と、(以下略)

 それぞれのプレスリリースを見て分かるように、カルピスの完全子会社化も株式全部譲渡も中期経営計画に基づいて判断されたものである。着目すべきは、「確かなグローバルカンパニー」になるという点である。味の素では、具体的に16年度に営業利益910億円(営業利益率8%)およびROE9%、20年度以降に営業利益1500億円(営業利益率10%)およびROE10%以上を目標としている。

 11年3月期における国内食品事業とカルピス単体を比較してみると、国内食品事業の営業利益率6%に対し、カルピス単体は4%、味の素の連結ベースでのROE5%に対し、カルピス単体3%とグループ全体でやや見劣りしていたことは確かである。

 では、カルピスという利益やキャッシュを生み出せるメガブランドを手放したことが正解だったのか、各指標を期間比較し考察してみる。

 カルピスの売却前後である12年3月期と13年3月期を比較してみると、営業利益率が6.1%→7.1%に、ROEが6.9%→7.8%に上昇していることが見て取れる。この上昇は、アベノミクスにおける円安の影響、その他事業の好調の影響も当然含まれているものの、カルピス売却による効果が出たと言えるであろう。

 カルピスの業績の影響が完全になくなった14年3月期においては、13年3月期に比べて各指標は下落しているが、これはバイオ・ファインセグメントにおける飼料用アミノ酸の販売価格の大幅下落により、営業利益が前期比54.6%下がったことによる影響といえ、カルピスを売却した影響によるものではないといえるであろう。

 15年3月期および16年3月期には再び各指標上昇している。これは、円安の影響、14年11月5日に全持分を取得した米国の冷凍食品の製造・販売会社であるウィンザー・クオリティ・ホールディングス(現・味の素ウィンザー)の連結子会社化の影響および、ブラジルのアリメントスの持分売却による特別利益計上の影響である。

 14―16年度中期経営計画最終年度の17年3月期業績予想では、今後円高が進むとの予測から、営業利益率7.7%、ROE8.1%を予想として立てており、16年度に営業利益率8%およびROE9%という中期経営計画目標値は未達になる予定である。しかしながら、営業利益率およびROEはカルピス売却前を一度も下回っていないことが分かる。

(参照:Yahoo!ファイナンス)

 続いて株価に着目してみると、カルピス売却プレスリリース前日12年5月7日から、カルピス売却の影響が完全になくなった14年3月期決算短信公表日の14年5月8日までに、1043円→1524円と1.46倍になっている。そして、14年11月ウインザー・クオリティ買収により、株価が2600円を超える水準まで上昇させることに成功している。これは、味の素の経営意思決定に対し、株主からの信認を得られている証拠と言えだろう。

 従って、現時点においてカルピスを売却したことは、業績や株価からも正解だったといえるのではないだろうか。

 味の素グループは、「私たちは地球的な視野に立ち、“食”と“健康”そして、“いのち”のために働き、明日のよりよい生活に貢献します。」との理念を掲げている。日本初の乳酸菌飲料を軸としたカルピスの事業は、正に“健康”というキーワードに当てはまっていた。しかし、ROEなどの株主価値向上に力点を置いた経営方針の達成のためには、「金のなる木」に属する事業でも切り捨てるという大胆な決断もできる。

 味の素グループが過去に行った組織再編の歴史から、味の素グループの経営戦略性の高さおよび実行力が見えた。20年の目標に対し、今後どのようなアプローチがされるのか、非常に楽しみである。

この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

まとめ:M&A Online編集部

ドコモがQR決済に本気、「d払い」の全国普及なるか

ドコモがQR決済に本気、「d払い」の全国普及なるか

2019.05.22

NTTドコモがスマホ決済の「d払い」を強化する

競合ひしめくなか、ドコモはどこに勝機を見出したのか?

NTTドコモは、夏モデル発表会においてスマホ決済の「d払い」の強化を発表した。送金やミニアプリなど新機能を追加し、ドコモの会員基盤をベースにキャッシュレスを普及させるビジョンを示した。

ドコモがスマホ決済「d払い」を大幅強化

PayPayを始めとするスマホ決済各社は、還元キャンペーンや加盟店開拓などで競争を繰り広げている。ドコモはどこに勝機を見出したのだろうか。

「d払い」が送金やミニアプリに対応

電子マネー「iD」やクレジットカード「dカード」を展開するドコモが、2018年4月に始めたスマホ決済が「d払い」だ。FeliCaの搭載が必要だったおサイフケータイとは異なり、バーコードやQRコードを用いるd払いはほとんどのスマホに対応できる。

d払いアプリのダウンロードは2019年5月に500万DLを達成し、2019年度は1000万DLを目標に掲げた。利用箇所はiDとdポイント、d払いの合算で2019年4月に100万箇所。2021年度末の目標は200万箇所とした。

d払いの強みは、「dポイント」との連携だ。ドコモの利用料金やdカードからの還元だけでなく、キャリアに関係なく持てる「dポイントカード」でポイントが貯まる。2018年度の利用総額は1年間で1600億ポイントに達し、d払い利用者の53%が支払いにdポイントを利用しているという。

さらにドコモはd払いに新機能を追加してきた。9月末に提供する「ウォレット」機能では、ドコモ契約者向けだった「ドコモ口座」を誰もが使えるようキャリアフリー化し、チャージや送金の機能をd払いアプリに統合する。

ドコモ口座をd払いに統合する「ウォレット」

複数の加盟店アプリを1つにまとめた「ミニアプリ」は、秋以降に展開する。d払いアプリから加盟店のサービスを呼び出すことで、「ハンバーガーの事前注文」や「タクシーの配車」が可能になる。加盟店の専用アプリを入れる必要がなく、d払いで決済もできるのがメリットだ。

「ミニアプリ」はローソンとマツモトキヨシから開始予定

QRコードの読み取りも強化する。これまでd払いは利用者がスマホ画面のQRコードを店舗側に見せる「CPM」方式に対応しており、コンビニのようなPOS連携が必要になるなど中小店舗にはハードルの高い仕組みだった。

コードを「見せる」「読み取る」の両方式に対応

そこでd払いは、顧客がスマホのカメラで店舗のQRコードを読み取る「MPM」方式への対応を発表。PayPayなど多くの事業者に続き、d払いも6月末には両方式に対応することで、大型店舗だけでなく中小店舗に展開していく体制を整えたというわけだ。

アプリを大幅強化、「マルチQR」にも対応

次々と新機能を追加するd払いでは、アプリも大きく変わることになる。開発中のアプリ画面には、ドコモ口座への入金と送金、ポイント送付、割り勘、ミニアプリなどの機能が所狭しと並んでいた。

d払いアプリを大幅強化

参加企業が増えればミニアプリには多くのアイコンが並ぶことになるが、これにはカテゴリ分けなどで対応していく考えだ。ミニアプリの仕組みは、既存システムとのAPI接続や専用パッケージの提供など、さまざまな方式を検討するという。

また、増え続けるQRコードへの取り組みも発表した。1つのQRコードで複数の決済サービスに対応できるデジタルガレージの「クラウドペイ」に、d払いも対応する。

1つのQRコードで複数の決済サービスに対応

クラウドペイでは、店舗側が支払う決済手数料は一律3.24%(税込)となるものの、固定費や機器の導入は不要で、複数の決済サービスをワンストップで契約できるなどのメリットがある。

全国のドコモ代理店が加盟店開拓へ

今後は全国のドコモ代理店の営業リソースを活用し、加盟店を拡大していくという。最近ではソフトバンクの営業部隊がPayPayの加盟店を次々と開拓する快進撃を続けており、そこにドコモが勝負を挑む構図になりそうだ。

d払いは、スマホアプリを中心にさまざまなサービスにポイントを循環させるビジョンを描いている。ドコモの発表からは、これまで以上にアクセルを踏み込む姿勢が感じられた。dポイントを絡めた「20%還元」など、新たなキャンペーンにも期待したい。

関連記事
訪日外国人と“飲みニケーション”できるマッチングサイトが見いだす価値とは?

先鋭ベンチャー LOCK ON! 第8回

訪日外国人と“飲みニケーション”できるマッチングサイトが見いだす価値とは?

日本の若者が敬遠し始めている“飲みニケーション”

訪日外国人をターゲットとした“異文化飲みニケーション”サービスが誕生

居酒屋がビジネスのヒントを得られる貴重な場になる可能性も

ここ最近、若者に嫌われがちな慣習に「飲みニケーション」がある。

これはいうまでもなく、仕事を終えた後、同僚たちと居酒屋などに集結し、アルコールの力を借りて互いの胸襟を開き、親睦を深めるコミュニケーション手法のこと。しかし、終身雇用や年功序列が崩壊した今や「会社の人とプライベートの時間まで削って仲良くなろう」というモチベーションは薄れた。「“飲みニケーション”って、いらなくね?」というムードが蔓延。令和時代に廃れてしまいそうな慣習ともいえる。

会社に勤める日本人の若者には、風当たりの強い飲みニケーション。それを新たなカタチとしてビジネスにつなげているのが、アシノオトの木村壮介さんだ。では、どんなビジネスなのか、木村さんに聞いた。

アシノオト代表の木村壮介さん。高校卒業後、兄が起こしたグループウェアメーカーにジョインして、エンジニアとして活躍。ウェブマーケティングの会社へ転職し、ウェブコミュニティの開発運営などを経て独立。訪日外国人とローカル日本人をつなぐQ&Aサイト「Hub Japan」を起ち上げ。2017年、同サイト内で「MEET&EAT」をスタートさせた

サービス名はHub Japan「MEET&EAT」。ネット上のプラットフォームを介して知らない者同士がマッチングし、文字どおり、食べて、飲む。”飲みニケーション”で親睦を深める、というわけだ。

もっとも「MEET&EAT」がマッチングするのは上司と部下でも、出会い系的な若い男女でもない。木村さんが飲みニケーションのターゲットにしているのが訪日外国人と日本人。日本を訪れた海外からの旅行者と、日本にいる人たちを居酒屋でつなぎ、親睦を深めさせる。いわば“異文化飲みニケーション”を提供しているのだ。

旅行者の「美味しい」は、アテにならない

きっかけになったのは、木村さんの経験だった。

「新婚旅行のときに覚えた違和感。そこからはじまったんです」(木村さん)

木村さんがイタリアへ行ったのは2015年。奥さんと2人で楽しみにしていたのが本場のイタリア料理だった。旅行に関する大手口コミサイトでみつけた店を、まず巡った。待ちに待った本場の味。それが実にいまいちだった。

「『こんなものかな…』とも思ったけれど、2日目に偶然仲良くなった地元のおばちゃんが『昨日はどこで食べた? 駅前の店? ダメダメ。行くならあっちの店よ』と教えてくれたんです。すると今度はめちゃくちゃ美味しかった。それが衝撃でした」(木村さん)

美味しさに対する衝撃だけじゃない。圧倒的な集合知を誇るネットの口コミサイトが、地元のおばちゃんのアナログな知見に勝てないことにこそ、木村さんは感銘を受けた。

「考えてみたら当たり前なんですけどね(笑)。世界中の質の高いユーザーが口コミを書き込めたとしても、書き手が旅行者である以上、底はしれている。地域にずっといる人の知識には敵いませんから」(木村さん)

そこに着想の芽があった。

ならば「地元の人と海外からの旅行者をQ&Aでつなぐローカルコミュニティサイトがあったら喜ばれるのでは?」と考えた。ヤフー知恵袋のような巨大なQ&Aサイトや、SNSで直接つながったコミュニティサイトはあるが、越境してローカルの人と旅行者をつなぐQ&Aサイトは意外と見つからない。

それまでグループウェアの制作運営や、企業向けのコミュニティサイトの開発運営を手がけるITエンジニア・ディレクターだったが、独立起業の潮目を感じた。個人的に「社会課題の解決につながるような事業で独立したい」と考えていたことも後押しになったという。

「どんな課題か? “グローバリゼーション”とそれに伴う文化の均質化“への危惧ですね。なんていうと大げさですけど、目立たないけれど素敵なスポットや、小さくても美味しいお店が、情報の均質化で目立たず消えていく。盛りあげないともったいないなって、感じていたのです」(木村さん)

そして2016年に独立。自らプログラムを書けること、奥さんもWebデザイナーだったこともあいまって、すぐさまシンプルなQ&Aサイトを立ち上げた。名前は「Hub Japan(ハブ・ジャパン)」。訪日予定、あるいは訪日中の外国人ユーザーが英語でクエスチョンを書き込むと、日本のローカルユーザーがアンサーを書き込んでくれるシンプルな仕組みだ。

たとえば「東京でオススメの穴場の寿司屋は?」「サクラを見に大阪へ行くが、気温は? 上着は持参したほうがいいか?」といった具合に欧米を中心に訪日予定の人たちから英語で書き込む。すると、サイトに埋め込んだGoogle翻訳エンジンが日本語に変換してくれるので、日本人も気兼ねなく「現地の声」を書き込める。その日本語は、書き込んだユーザーが読めるように、英語に変換されるわけだ。

「ただオンラインだけだとつまらないのでリアルでも何かやりたいと考えた。そこで『体験の仲介サービス』をやろうとしたんです。訪日外国人が興味のありそうな、着物の着付けとか、お茶の体験とか、いろいろ試しにやってみたら……」(木村さん)

そうしたなか、圧倒的に参加者の好評を得た体験イベントがあった。「居酒屋探訪」ツアーがそれだ。

日本人には当たり前の居酒屋に価値があった

赤提灯や縄のれんが目印の大衆居酒屋から、高級割烹ぜんとした高級店まで、バラエティに富む居酒屋レストランは、日本全国に23万店以上あるといわれる。日本独自の酒とつまみが効率よく味わえるうえ、日本の生活文化や日本人とふれあう機会もあるため、今や訪日外国人にも人気のスポットだ。

ただ興味はあれど、観光客が海外の夜の街に繰り出して、初めての居酒屋に入るのはハードルが高い。ボッタクリ店などにあたるリスクもある。しかし、勝手知ったるローカルの日本人が薦める店に、しかも一緒に入って楽しめるとあれば、安心感が高まる。

「一方で居酒屋などの飲食店も、訪日外国人のお客様を呼び込みたいけれど、お店を知ってもらえていないというのが、多少の機会損失になっていた。なので、飲食店の販促の仕組みとして活用してもらえると考えたんです」(木村さん)

試しに「ハブ・ジャパン」をとおして「日本の居酒屋で日本人と語り合おう」というツアーを告知すると、すぐに外国人観光客から応募があった。木村さんが試験的にアテンドをする。奥さんや友達とともに外国人複数×日本人複数で、オススメの居酒屋にむかい「カンパイ!」からはじめると、異様な盛り上がりをみせた。

英語もできず、そもそもコミュニケーションも苦手だった木村さんだが、酒が入り、気持ちが大きくなると「身振り手振りで必死に会話をしている自分」に気づいた。飲みニケーションあなどれじ、だ。

「また、もちろん海外の方々に『日本に来た目的は?』『何を楽しんだ?』などと聞くことも楽しいのですが、実のところ彼らから日本について意表をつく質問をされることにこそおもしろさ、価値を感じました」(木村さん)

「日本で最もポピュラーな宗教は?」とか、「無宗教? ではなぜあれほど神社があり、誰しもお参りしているんだ?」とか、「あなたにとって蕎麦とはなんですか?」とか――。

「蕎麦については、おもしろかった。自分にとって蕎麦とは何か、なんて考えたことなくて(笑)。日本人同士だったら絶対に聞いてこないような質問をどんどん向けられる。結果、むしろ日本のこと、日本文化のことを深掘りせざるを得なくなったんです。また海外の人たちが、日本の何に興味があるのかも肌感覚でわかる。これって観光施策や訪日外国人向けビジネスのヒントが得られる貴重な場になるなって」(木村さん)

だから、日本文化を深掘りしたい「訪日外国人」、質の高いインバウンド客を集客したい「居酒屋」、そして外国人とフランクに交流することで刺激やアイデアを得たい「ローカルの日本人」。この三者を“三方良し”でつなぐプラットフォームとして、2017年末に作った。

仕組みはやはりシンプルだ。ローカルの日本人ならFacebook認証をとおして「ハブ・ジャパン」にまず登録。そこから「MEET&EAT」のサイトに行く。同じようにログインして日本滞在中の「居酒屋で交流したい」と書き込んでいる訪日予定の外国人アカウントをチェック。都合のいい場所や日時、気の合いそうなプロフィールの団体がいたら「マッチング希望」をクリック。返信を待つ。マッチングとなれば、メールでのやりとりができるようになり、「MEET&EAT」内で指定する居酒屋店をチェックして予約。当日、最寄りの駅前で待ち合わせて、予約時間に店にいき「カンパイ!」となるわけだ。

外国Hub Japanの利用者たち。未成年かどうかの判断はFacebook認証で行われる。トラブルが起きないように、基本2~3人ずつしかマッチング登録できない

今はサイト経由で飲食店への予約が発生したときに、紹介料を得る仕組みで運営中。都内数十店舗の居酒屋と契約を結び、月30人程度の訪日外国人からのリクエストに応えている。

「ビジネスの規模はもう本当に小さい。受託の仕事を続けながら、まだまだ手探りの段階です。ただ小さいながら手応えも感じています」(木村さん)

「またぜひ居酒屋で飲みたい」と訪日外国人のリピーターが増えている。「生きた英語を学びたい」「楽しい飲み会を開きたい」というローカル日本人も増加中だ。とくに「企業のインバウンド担当をしているが、本当のニーズがつかめない。ヒントを得たい」「飲食店を経営しているが外国人向けにメニューやサービスを充実させたい。直接リサーチできるのでは」とマーケティング・リサーチの場として価値を見出している人も現れ始めているという。

飲みニケーション、やはりあなどれじなのだ。

「まあ、まだまだ小さい事業で、どこまでできるかわからないけど(笑)」(木村さん)と、取材終盤、木村さんは繰り返した。ただ、目立たないけど素敵なビジネス。盛り上げないともったいない、と……。

関連記事