ソフトバンクは何を狙う? アーム買収を巡る真の意図

ソフトバンクは何を狙う? アーム買収を巡る真の意図

2016.08.02

ソフトバンクは7月18日、半導体設計で知られる英アームの買収を発表した。買収総額240億ポンド(日本円換算で約3.3兆円)を手持ち資金と借り入れを合わせた全額キャッシュで賄い、買収後は100%子会社として上場廃止を行う計画だ。まだ今後も各国や関係機関での買収審査が待っている状況だが、早くも買収の意図や今後を巡る議論が盛り上がっている。今回はアームのバックグラウンドを振り返りつつ、買収にまつわるいろいろを整理してみる。

約3.3兆円を全額キャッシュというソフトバンクによるアームの大型買収

アームのバックグラウンド

アーム(ARM Holdings)の歴史を紐解くと、英エイコーン・コンピュータ、米VLSIテクノロジー、米アップル・コンピュータの3社が1990年に設立したアーム(Advanced RISC Machines)に行きつく。当時PCメーカーとして活動していたエイコーンが半導体の設計・製造を行っていたVLSIとのプロセッサ開発プロジェクトが源流にあり、後に自社製品で活用すべく興味を示したアップルが出資して、独立した半導体メーカーとして同年にアームが設立された。アーム設立時のオリジナル計画ではアップルの主力製品の一部に向けたプロセッサ開発だったといわれるが、この計画は途中で破棄され、チームがPDAの「Newton」プロジェクトに参加したことで注目されることになった。

興味深いのは、アームが比較的初期から携帯機を中心とした省電力プロセッサの市場を指向していたことで、前出のNewtonでの採用のほか、2000年代に入ると任天堂のゲームボーイアドバンスで採用されたことが知られている。DEC StrongARMやその流れを汲むIntel XScaleといったアームアーキテクチャでより高速なプロセッサを指向する試みもあったものの、基本的にはマイクロコントローラを中心に低消費電力プロセッサを主力にビジネスを拡大してきた。今日、スマートフォンやタブレット製品の大部分、センサーや家電の制御機器に、将来的には自動車産業への進出など、適用範囲はより広がっている。

そして、アームで最も特筆すべきはそのビジネスモデルにある。

アームのビジネスモデル

一般に半導体メーカーといえば、インテルのように開発から製造までをすべて自社で行うようなところもあれば、クアルコムやエヌビディアのように"ファブレス"と呼ばれる開発と販売だけを行って製造は他社に委託するところがあったり、あるいはファブレスのメーカーからの受託で製造のみを行う台湾TSMCのようなメーカーだったりと、いずれかの形で製造・販売に関わるのが一般的だ。

現在のアームを構成する技術の数々。これらを直接の顧客となる半導体メーカーに要素単位でライセンスする

だがアームでは半導体の設計のみを行い、これをメーカーにライセンスすることで収入を得るという「知的財産(IP)」モデルを採用している。「アームプロセッサ」といってもアーキテクチャのみが共通で、最終製品は各半導体メーカーに委ねられている。つまり、われわれがスマートフォンなどで利用している「アームプロセッサ」はアーム社が作ったものではなく、アップルやサムスン、クアルコムといったアームからライセンスを受けたメーカーが作ったプロセッサということになる。ビジネス的にみれば、最終製品の販売に比べて売上面では劣ることが多いが、一方で一定のライセンス収入が得られ、今後搭載デバイスの増加とともに収益増が見込めるという手堅いビジネスだといえる。

さて、このアームとソフトバンクの関係だが、事業としてのリンクはこれまでのところ存在しないというのが定説だ。かつてはPCソフトウェアの卸しや出版・メディア事業からスタートしたソフトバンクは、2000年代以降は通信事業を中心としたビジネスへと進出し、その集大成は2012年に発表されたスプリント買収だ。当初の想定ほど進展状況はよくないといわれるスプリント買収だが、一方で通信業界での大型買収は一段落したとみられており、おそらく次の10年以上先を見据えた形での次世代の事業展開を睨んだアーム買収だと考えられる。では、この買収はソフトバンクにとってどのような意味があり、今後業界に与える影響はどうなのだろうか。

ソフトバンクの事業の変化はパラダイムシフトと共にあると孫正義氏。実際、その時々で主流とされていた事業を中核に据えていた

利害関係のない買収劇

7月21日に都内のホテルで開催されたSoftBank Worldで基調講演を行ったソフトバンクの孫正義氏は、講演時間の多くをこのアームの紹介と買収の意図についての説明に費やし、さながら「孫正義の半導体の歴史と最新トレンド講座」ともいうべき内容になっていた。

アーム買収の背景と意図について説明する孫正義氏

これはこれで非常に興味深いのだが、本来ビジネスの勉強と商談の場としてSoftBank Worldにやってきていた人にとってはおそらく完全に分野外の話題であり、非常に面食らったのではないかと思う。ただ、そこまでして孫氏がアームと半導体分野の現在について説明しないといけなかったあたりに、ARM買収の鍵が隠されているのではないかと筆者は考える。

アームの業績についてはさまざまな意見があるものの、今後もアームプロセッサ搭載デバイスが増加することで市場が拡大し、それにつれて業績も拡大していくことに異論を挟む人は少ないだろう。一方で、2015年度における同社の売上は15億米ドル程度であり、これから先も売上が上昇カーブを描き続けたとして、おそらく今後10年ビジネスを続けても買収に費やす約3.3兆円を回収するのは難しいだろう。

孫氏は、今後もビジネス的に成長する源泉は「IoT」と「車載システム」にあると力説する。確かに、IoTではPCやスマートフォンでは比較にならない台数へとアームプロセッサが搭載され、プロセッサの出荷台数は倍々ペースで増加していくだろう。インフォテインメント対応に加え、通信機能搭載やセンサーの固まりとなった自動車は将来的に自動運転を見据えた新しいビジネスへと変革していくことが見込まれており、こちらも非常に有望だ。

アームプロセッサの出荷台数は今後もさらに急カーブで伸び続ける
アームのエコシステムを次に大きく拡大するドライバーとして期待されるのがIoT分野
車載システムでの事業領域拡大も期待される

とはいえ、あくまでライセンス収入に頼るアームは、デバイス数の増加ほどには売上増加が望めないというジレンマがある。PCやスマートフォン向けプロセッサとは異なり、これら制御系のマイコンは単価も安めで、個々の収益は知れている。ライセンス料の上昇は顧客離れにもつながるため、基本的には収益を抑え込むことがアームプラットフォームの拡大に貢献するという構図だ。

売上も大幅に増加しているものの、実は純粋な半導体メーカーと比較するとその事業規模は小さいのが特徴

そうなると、ソフトバンクによるアーム買収の意図はどこにあるのだろうか。同社は携帯電話事業やヤフー・ジャパンのように主に収益を上げることに重点を置いた「運用資産」と、アリババなどが好例だが先行投資を行ってリターンを得るという「投資資産」という2軸のビジネスを展開している。問題はアーム買収がどちらに属するのかという点だが、前出のように直接ソフトバンクとコラボレーション可能な事業ではないため、どちらかといえば投資資産としての側面が強い。ただ、3.3兆円もの"すでにビジネスとして確立した"案件での買収を実施するにあたっては相応の理由が必要で、先行投資ではない形のメリットを投資家や銀行らに説明しなければならない。SoftBank Worldでの半導体業界講座は、これを反映したものだといえるだろう。

ソフトバンクは運営と投資の2つの事業領域で構成される。問題はアームがどちらに属するかだが、投資事業の一環だとみられている

不足感が残る説明をどう見るか

それでも説明不足だというのは、筆者だけでなく多くの人の頭の中でくすぶっている問題だろう。孫氏はアームの100%子会社化にあたって全株式の買収と非上場化を実施する予定だが、将来的にアームがさらに有望な企業となったところで他社へと売却したり、あるいは再上場でキャピタルゲインを得るということも可能だろう。ただ、アームの過去の株価を見る限り買収金額は6割増し程度の水準であり、10年後などのタイミングで売却したとしても、せいぜい買収金額と同程度だと予想する。そのため、事業的に将来性が見込めない、あるいは本業や他の事業で問題が発生したと孫氏が判断しない限り、長期的に傘下企業としてアームを抱え込む算段なのではないかと筆者は考える。

逆転の発想で、「なぜソフトバンク以外の企業はアームを買収しなかったのか」という話がある。全世界で動作する95%以上のマイクロプロセッサはアームベースの製品であり、これだけ驚異的なシェアを持つアーキテクチャを開発する企業であれば「事業買収で業界を支配してやろう」と考える会社や人物がいてもおかしくはない。だが現実には買収されなかった。正確にいえば「できなかった」というのが正しいかもしれない。

アームのエコシステムは広大であり、半導体業界やデバイスメーカーでは利害関係が存在しないケースを探すほうが難しい。例えば、アームの顧客であるアップルやクアルコム、サムスンは競合他社との利害関係が発生してしまう。エコシステムにあたる影響から、おそらく近年急伸しつつあるファーウェイなど中国系メーカーが買収するのも難しいだろう。各国での買収承認が下りない可能性が高いからだ。

失敗するケースもあるものの、トータルでみれば世界的な成功企業の投資案件を複数抱えている時点でソフトバンクは希有な存在だといえる。投資に対するリターンもそれだけ大きい

一方で、今回のソフトバンクのように微妙に事業領域が近いながらも直接的な関係がないというポジションで「3.3兆円もの大金をキャッシュで用意できる会社は存在しない」と考えられ、「仮に買収を考えてもソフトバンクくらいしか買収できなかった」というのが筆者の唱える結果論だ。「買収を考えても実行できるのはソフトバンクくらいしかいない、だったら買収してやろう」と孫氏が考えたかは不明だが、これだけコンピュータや通信業界の中核にいながらも手つかずだった企業を「チャンス」とばかりに買収した背景には、このような流れがあったとみている。

買収を巡る双方のメリット

孫氏は、買収発表から3カ月以内での買収完了を見込んでいるようだが、株主による承認さえとれれば買収は成功する可能性が高いと筆者はみている。逆にいえば、株主による承認が最大のハードルであり、だからこそアームに関する説明を非常に入念に行っているのだと考える。ソフトバンクはアーム買収にあたり、英国内にある同社の拠点の今後5年での人員倍増のほか、アドバイスなどの側面以外での経営への介入を直接行わないとの条件を示しており、前出の利害関係の問題を考えれば、おそらく各国の関係機関での買収承認を得るのは可能だろう。特にスプリント買収を経て、T-Mobile USA買収の失敗で辛酸を舐めた同氏は、特に入念にこのあたりの根回しを行っているとみられる。

買収される側のアームだが、現時点でこの買収にはメリットのほうが大きい。まず経営への直接介入を行わないと孫氏が表明していることで、現状のビジネスモデルはそのまま維持できる。一方で公開企業やベンチャーキャピタルのような投資会社が経営に直接口出しをしてこない点で、プロセッサの設計やライセンス事業に注力できるメリットがある。最近記憶に新しいのは、クアルコムの業績が落ち込んだタイミングで株主からIPライセンス事業と半導体事業を分離しろという再三にわたる圧力で経営が混乱したという前例だ。アームはそのエコシステムの広大さと比較して、他の半導体メーカーに比べれば売上は非常に小粒であり(年間売上は10分の1以下)、これを狙って何らかの市場介入を試みる投資家がいても不思議ではない。

ただ、これでは単にソフトバンクがアームに救済の手を差し伸べただけに過ぎないし、「孫正義氏は夢に投資している」と批判を受けても仕方のない話だ。残りの問題は、「アームがどの程度ソフトバンクからの独立性を維持するのか」という点に帰結する。スプリントのような同業他社の買収とは異なり、共同調達や事業連携のような関係がソフトバンクとアームの間には存在しない。将来的にはソフトバンクが要望を出してアームにプロセッサ設計を依頼するということも考えられるが、現時点ではまだ難しいところだろう。アームは基本的にすべてのマイクロプロセッサを供給する半導体メーカーと提携関係にあり、これを利用しての情報収集や、ソフトバンクがそれらメーカーとの何らかのコラボレーションを行うという予測もある。ただ、こうした動きも直近の話ではなく、今後5~10年以上先の話だ。

筆者の予測だが、今回の買収は今後ソフトバンクが目指したい方向性を示し、今後ビジネスモデルを順次組み立て、その前段階としてまず買収可能なアームに食指を伸ばした……というのが現時点での状況だと考える。

将来的にIoTのような形ですべてのデバイス同士がつながる世界がやってくるというのは間違いなく、携帯キャリア各社も「M2M」を皮切りにセンサーネットワークの構築や次世代インフラの整備を進めている段階だ。通信品質やカバーエリアが重視される一方で、このIoTから直接得られる単体の通信量収入はそれほど大きくない。このあたりはアームプロセッサのIPライセンスモデルに通じるものがある。IoT時代の通信事業者は接続デバイス数を大幅に増加させる以外に、そのインフラを使った付加サービスを強化することで収益を増やそうとするのではないだろうか。

例えば、データセンターのリソースを提供することでセンサーネットワークの情報収集や処理に必要な仕組みを用意したり、すでに存在するセンサーネットワークのデータにアクセス可能なAPIのメニュー化、あるいは一連の仕組みを使ってユーザーにサービスを提供するための仕組みの構築に必要なコンポーネントの提供だ。コンサルティングのようなビジネスも可能だろう。

IoTの世界では特にセキュリティが大きな鍵になるといわれている。半導体とセキュリティ業界の両方を長年にわたって見てきた筆者だが、これだけ「TrustZone」というキーワードが連呼されるのは初めて見た

孫氏はアームの説明において、たびたびIoT世界でのセキュリティの重要性を強調していたが、筆者が過去のアームや関連半導体メーカーの取材の中で「TrustZone」というアームプロセッサのセキュリティ機能を指すキーワードを短時間であれほど聞いたのは初めてだ。セキュアOSのような仕組みもあるが、TrustZoneへのアプリケーションの実装は非常に原始的で実装が難しいことが知られており、ソフトウェア方面で稼ぐ手段は今後の需要増を考えればいくらでもあるだろう。ソフトバンクはアームを抱えつつ、付帯ビジネスに活路を見出すことも十分に可能なわけだ。いずれにせよ、今回の買収は短期では結果が出ず、かなり長い視点で進展を見極める必要がある案件だと筆者は考える。

一社独占の食洗機市場、殴り込みをかけたAQUAの思惑

モノのデザイン 第50回

一社独占の食洗機市場、殴り込みをかけたAQUAの思惑

2019.01.16

一社独占状態だった日本の食洗機市場にハイアールが参戦

AQUAブランドの食洗機を日本向けに徹底カスタマイズ

中国生まれの日本向け製品に込められた狙いとは

AQUA(アクア)から10月に発売された、食器洗い機「ADW-GM1」。日本の食洗機市場(卓上タイプ)は、かつて複数のメーカーが参入していたものの相次いで撤退。最近までは国内メーカー1社による単独市場だったところに、中国のハイアールグループの1社である同社が参入し、初めてリリースした製品だ。

AQUAから発売された、食器洗い機「ADW-GM1」。日本の卓上タイプの食洗機にはなかった、独自の仕様とデザインも注目を集めている

幅485×高さ475×奥行390mmとコンパクトなサイズ感ながら、日本電気工業会自主基準に基づく食器の標準収容量は24点で、2人~3人世帯に適している。日本市場における卓上タイプの食洗機には、これよりもやや小型で少ない容量か、大型・大容量の選択肢はあるが、このサイズ・容量はこれまで存在していなかった。まさに、既存ラインアップの隙間を埋めるような商品となっている。

小人数世帯のキッチンでも設置しやすいサイズと容量を実現していることに加えて、見た目もかなり個性的だ。そこで今回は、アクア マーケティング部ランドリー企画部マネージャーの松本泰良氏に、同製品の意匠としてのデザインのこだわりや、デザインにつながる機構・設計上の工夫や苦労話を伺った。

アクア マーケティング部ランドリー企画部マネージャーの松本泰良氏

日本ユーザーに“安心感”を与えるための製品仕様

本製品の外観上のデザインの特徴として、前面の扉部分にガラストップが採用された、ラウンド状のフォルムが挙げられる。これまで卓上型の食洗機で一般的だった四角い箱型ではなく、横から見ると正面の扉がDの字のように湾曲しており、一枚板のガラス扉越しに内部の様子も確認できる。

こうしたデザインと形状が採用されたキーワードは“安心感”だという。

「食器洗い機が日本で普及があまり進んでいない理由のひとつとして、本当に汚れが落ちるのかという不安があります。そこで、洗浄中の中の様子が見えることで、安心感と納得感を得てもらえるのではないかと考え、中が見えることにこだわりました」

ラウンド形状と1枚板のガラストップが採用されたデザイン。洗浄中の様子を確認できることにより、ユーザーに安心感と信頼性を与える効果も狙った

本製品、実は既に中国で販売されている商品を日本向けにカスタマイズしたもので、外観は殆どそのまま。中国では複数のカラーバリエーションが展開されているが、日本向けにはホワイト1色に絞った。また、機種についても、中国では複数のラインアップが展開されている。そんな中、日本市場向けの第1弾製品にこの機種が選ばれた理由について、松本氏は次のように話した。

「日本市場では、これまで卓上型の食器洗い機というと四角い箱のようなイメージでした。今回市場に参入するにあたっては、似たイメージの製品よりも、まったく違った外観のもののほうがお客様の目に留まりやすいだろうと、差別化の意味でこの製品を選びました。カラーに関しては、“清潔感”のイメージが大切だと思い、白を選択しました」

「ADW-GM1」の元になった中国の製品。日本のR&D部門が、中のカゴや洗う行程のシステム設定といった国内向けカスタマイズを担当した。中国向けの製品は、ホワイトの他に写真のゴールドやブラック、ピンクといったカラバリも展開されている

AQUAでは、2018年11月に縦型洗濯機も発売している。そちらもフタが透明で中が見えることを意識したデザインだが、「当初はシリーズとして同時に発表するということも考えていました」と松本氏。

「洗濯中の様子が見えるというのが、AQUAの洗濯カテゴリの製品コンセプトにあります。共通したデザイン意匠を持たせることで、AQUA製品で揃えた場合、家庭内のインテリアに統一性が持てるようにしています。弊社では、商品自体が主張するのではなく、生活の中に溶け込むデザインを意識しています」と、その意図を明かす。

11月に発売された縦型洗濯機「AQW-GTW100G」。AQUAに共通した"中が見える"というデザイン意匠を持つ製品だ。シリーズのように揃えることで、家庭内の家電のインテリア性に統一感を持たせることも可能にした

他社製品との差別化という面では、内側をステンレス仕様にしているのも特筆すべき点だ。水流を噴射する部分であるノズルなど一部を除いて、内側のほとんどがステンレスだ。中国市場向けの製品と同じ仕様だが、「中が見えるからこそ、清潔感が大切になります。その点、傷が付きにくく、汚れにくいステンレスは最適です。ステンレスを採用したのは、中が見える安心感、清潔感という一貫した製品コンセプトに連動した理由からです」と説明する。

日本市場の隙間を狙うために試行錯誤

日本向けにカスタマイズが行われた部分の中でも、中国向け製品との違いが最も際立つのは、食器をセットする“かご”の形状だ。前述のとおり、本製品の標準収容量は24点。松本氏によると、コンパクトサイズであっても18点以上を目標値として掲げていたという。そこには、市場になかったラインナップを投入したいという狙いがあった。茶碗や深鉢といった和食器ならではの形状の器も収まる設計であり、かつ効率よくレイアウトするにはどうしたらいいか、試行錯誤を繰り返した。

「箸用のカゴの前後に配置されているカゴは、当初同じ高さにありました。ところが、モニターテストの結果、食器の出し入れがしづらいということでしたので、後ろのカゴの高さを少し上げてあります」と松本氏。さらに、中国用はワイングラス用のフックになっている上方の空間にも、カトラリーなどをセットできる日本独自仕様の棚状のカゴを設置。デッドスペースを解消し、収容量の増加につなげた。

現在の日本の市場にはないラインナップの穴を埋めるべく、コンパクトな本体サイズながら、食器の標準収容量24点を実現。日本の食器の独特な形状に合わせて、デッドスペースを減らし、効率的なレイアウトが何度も試行錯誤された
水を噴射するノズルを上・中・下段に計4つ備え、セットした食器に効果的に水が当たるようにノズルの向きも工夫されている
よく見ると、各エリアでカゴの段差を設けるなどして、効率の良い食器の配置と洗浄性を高めるための配慮がされている

流れ落ちた野菜くずなどを溜めておくための“残さいフィルター”と呼ばれる底面の部品には、ボックス式が採用されている。ボックス式は、残さいが外からは見えず、食器にニオイが移りにくいという長所がある。中国の仕様と同じだが、日本向けにはボックスを開け閉めする際の目印となるように絵文字を施したとのこと。同様に、カゴの一部にもマークを付け、セットする食器の種類が視覚的にわかるようバージョンアップした。

ボックス式の残さいフィルターは、開閉の際にわかりやすいように目印のイラストが設けられている。日本独自の仕様だ
同様に、カゴの部分にも何をセットするエリアなのかがわかりやすいよう、マークが付けられている

中華料理にも負けない洗浄力で勝負

日本市場に向けた容量アップにも成功した本製品だが、食器の詰め込み過ぎは、洗浄力に影響を与えることもある。率直にこの疑念をぶつけてみたところ、松本氏は自信を持って次のように答えた。

「中華料理は油を多く使うので、中国では日本以上に高い洗浄力が求められます。そのため、本製品には下段に2つ、中段、上段にも1つずつ水を噴射する高圧ノズルを設けており、強力かつ隅々にまで水を行き渡らせることができます。日本向けにカスタマイズしつつも、中国企業であるハイアールの持つリソースもしっかり活かした食洗機に仕上げています。日本でも発売前に20人ほどの方にモニターとして試用してもらいましたが、洗浄力に関しては大いに評価していただきました」

操作・表示部にも密かに日本向けにカスタマイズされた部分がある。稼働中、中国用は残り時間が表示されるのに対し、日本用は全行程のうち現在どの段階にあるのかが棒状の印でグラフィカルに示されるように変更されている。「日本人のほうが、きめ細かなことを知りたいという要望が強い」ため、現状をひと目で把握できる表示方法にした、というのが理由だ。

シンプルながらわかりやすい表示・操作部。運転中、中国向けの製品では残り時間が数字で表示されるのに対して、日本向けでは進行過程を棒状の印でグラフィカルに指し示す仕様に変更されている

その他、中国向け機種では背面に"軟水器"と呼ばれる硬水を軟水に変える部品、庫内には軟水にするための薬剤の投入口が設けられているという。もともと水道水が軟水である日本にこの機構は不要なため、取り外した結果、コストと庫内スペース両面の削減につながった。

また、給水バルブやモーター周りのモジュールなども、日本向けには耐久性と耐熱性が強化された部品が採用されている。「世界でも有数の安全基準を持つ日本で"Sマーク"を取得するためには必須の事項。日本側からの要求があまりに高く厳しいので、現地の技術者が怒り出したほどです(笑)。とはいえ、クリアしなければ日本では販売できないと説明したところ、納得してしっかり対応してくれました」と松本氏。

ところで本製品の外形寸法は、日本の標準的なシステムキッチンの作業台にピッタリと収まる。しかし、サイズは中国仕様と1ミリも変えずに済んだという。

「もともと脚が絞られた設計なので、フットプリント自体は日本の一般的なキッチンの作業スペースにも収まりました。反面、高さや扉の重さといった点に関しては、やや弱点であると承知しています。ですがラウンド形状は中を見やすくするためのもので、ガラス扉の重厚感も上質さのためには外せない要素です。社内ではデザインをマイナーチェンジする案もありましたが、独自性があったほうがいいだろうと、オリジナルのデザイン性が損なわれないように中身だけをカスタマイズしました」

「日本仕様はカウンターキッチンやアイランドキッチンに置かれる場合も想定して、背面側の処理も極力美しく仕上げてあります。高さは出てしまいますが、ガラス扉を採用しているので圧迫感を抑えたデザインにはなっていると思います」

日本では、カウンター式やアイランド型のキッチンスタイルも多いため、背面や側面もデザイン性を損ねないように極力美しく仕上げたとのこと

AQUA初の日本向け卓上型食洗機として投入された本製品。既にいくつものメーカーが撤退してきた食洗機市場にあえて参入する第1弾製品だからこそ、「デザイン面でも選ばれるものになる必要がある」と語った松本氏。しかし、既に完成されたプロダクトの寸法や外観を変えることなくそれを実行するのは、一から作り上げる以上に制約があり、難しい部分も多い。

また、国内向けにカスタマイズされているとはいえ、元は中国市場向けに作られた製品を、日本の消費者がどのように受け入れるかという点でも注目に値する。ふたつの意味でチャレンジングなこの製品は、今後の食洗器市場の行方を占う意味でも、試金石になるかもしれない気になる製品だ。

かつて憧れたクルマは今? 安東弘樹、トヨタの新型「スープラ」に乗る!

安東弘樹のクルマ向上委員会! 第12回

かつて憧れたクルマは今? 安東弘樹、トヨタの新型「スープラ」に乗る!

2019.01.16

安東弘樹さんがトヨタ「スープラ」試作車に試乗!

本当は単独で作りたかった? 安東さんが開発者に聞く

乗った感想は「嬉しいような寂しいような」

「やっぱり、憧れのクルマでしたね」。日本で「セリカXX(ダブルエックス)」と名乗っていたトヨタ自動車の初代「スープラ」について尋ねると、安東弘樹さんはこう語った。かつて憧れたクルマは今年、5世代目の新型モデルとして復活を果たす。新型「スープラ」のプロトタイプに試乗し、開発責任者と話した安東さんは何を思ったのか。試乗会に同行したので、その模様を報告する。

※文と写真はNewsInsight編集部の藤田が担当しました

2018年12月6日、安東さんはトヨタが袖ヶ浦フォレストレースウェイで開催した新型「スープラ」プロトタイプの試乗会に参加した

40年前の小学生を熱狂させた初代「スープラ」

トヨタのスープラは、1978年に「セリカ」の上級車種として誕生した。日本では「セリカXX(ダブルエックス)」、北米では「スープラ」と名乗っていたが、3世代目からは車名をスープラに統一する。今回の新型で5世代目となるスープラの歴史について、弊紙ではモータージャーナリストの森口将之さんに解説して頂いた。

新型「スープラ」

トヨタはBMWとの共同開発で新型スープラを作った。プラットフォームはBMWの「Z4」および「3シリーズ」との共用で、エンジンもBMW製だ。新型スープラでは過去のモデルに共通していた直列6気筒エンジン(直6)とフロントエンジン・リアドライブ(FR)方式を継承。トヨタの開発陣は、「スポーツカーとして究極のハンドリング性能を達成するため、『ホイールベース』(前輪と後輪の間の幅)、『トレッド』(左右タイヤの間の幅)、『重心高』の3つの要素を重要視して開発初期のパッケージ検討を進めた」と説明する。

セリカXX(初代スープラ)の誕生当時、安東さんは11歳だった。思い出を聞いてみると、「見かけると、みんな『わー、ダブルエックスだ!』みたいな感じになってました。考えてみると、当時の小学生はほとんどが知ってたわけですから、すごいですよね。うちの長男(小学生)なんて、学年でクルマ好きの友達が1人しかいないって言ってますよ。あと、ダブルエックスはワーニングが音声だったので、『しゃべるクルマ』って呼んだりもしてました」とのこと。大学生の頃は「バブリーな友達」が3代目スープラを所有していたという。

3代目「スープラ」

では、これまでにスープラを買おうと思ったことはあったのだろうか。

「それは、なかったですね。どちらかというと、私は『ザ・スポーツカー』みたいなクルマより、『アルピナ』(カブリオというオープンカーに乗り継いだとのこと)に乗っていたこともあるくらいなんで、“アンダーステートメント”というと格好よすぎるんですけど、控えめというか、そういうものを選ぶ傾向にあります」

開発責任者の多田さんに聞く作り手の思い

試乗前、安東さんは新型スープラの開発責任者を務める多田哲哉さんとのグループインタビューに臨んだ。その際のやり取りは以下の通りだ。

安東さん(以下、安):取材でイギリスに行ったとき、「ハチマルスープラ」(型式がA80だったので4代目スープラをこう呼ぶ場合がある)が走っていて、それをみんなが見てたんですよ。すごく誇らしい気持ちになりました。「ワイルドスピード」という映画でも、スープラがフィーチャーされてましたよね。私は51歳なんですけど、この年代の人たちって、初代から見てきていますし、スープラにすごく思い入れがあります。それで、あえて失礼な言い方をするんですけど、「このクルマをトヨタだけで作りたかった」というお気持ちはなかったんですか? 

多田さん(以下、多):もちろんありました。「スポーツカーを他社と共同で作ることに、どんな意味があるのか」とか、「看板商品なのに、自社のエンジンが載っていないのはおかしい」みたいな話もたくさん頂いているんですけど、ただ、時代は大きく変わっているんです。

特に、最近のトヨタを見てもらえば分かると思うんですけど、業種を超えて、いろんなところとコラボレーションして、ものを作っているじゃないですか。それは他の会社も同じで、旬の会社は皆、それぞれの分野の最も面白い技術を持っているところと組んで、お客さんの期待を超えるようなプロダクトを作っています。そうじゃないと、この時代、もう残っていけないと思うんです。

新型「スープラ」開発責任者の多田さん

:正直、私たちの立場からすると、協業なんかやめて欲しい。内部で作った方が、はるかに簡単ですから。意思疎通もできますし。正直、「86」を作った後は、2度と協業はいやだと思ったくらいなんですが()、今回は、86の時とは比べものにならないくらい大変でした。会社としてのやり方も両社で違います。そういうことが何となく分かってきて、意味不明なこともたくさん起こりまして。

※編集部注:トヨタとスバルが協業して作ったのがスポーツカーの「86」と「BRZ」だ

:お察しします!

:ただ、最近はものすごく仲良くなりました。私たちも、BMWのやり方から学んだことがすごくたくさんあります。「あ、だからこうなってるのか!」「だからあの時、あんなことを言ってたのか!」みたいな感じです。それが協業の意味だと思います。

:スープラにMT(マニュアルトランスミッション)を導入する可能性は?

:もちろん! 先週もミュンヘンに行って、MTのテストをしてきたところです。今回はAT(オートマチックトランスミッション)で乗ってもらってますけど、MTがいやだとか、作らないとか言っているわけではないんです。

ただ、新世代のスポーツAT()というのは、手前味噌ですが、かなり出来がいいんです。MTとか、いわゆる「ツインクラッチ」みたいなものと比べても、正直、負けているところはほとんどありませんし、逆にアドバンテージがたくさんある。

※編集部注:ハンドルにシフトパドルが付いていて、手元でシフトチェンジしながら走れるATのこと

:ミッションメーカーとも話をしていますけど、もう、ツインクラッチとかMTの開発に、彼らはあまり力を入れてないんですね。「ネガ」がありすぎるので、やっている意味がなんです。来年、再来年になると、その差はさらに開くと思います。

:ATの方がタイムも早いとは思うんですけど、私は「シフトチェンジ」という行為そのものが好きで……

新型「スープラ」へのMT導入に希望をにじませた“シフトフィールフェチ”の安東さん

:もちろん分かりますよ! ガチャガチャやる感じがいいんですよね。

:もしスープラが欲しいと思ったとしても、MTがない時点で、選択肢からドロップしてしまうんですよね。そこはもったいないなーと思うんですけど。

:シフト操作が楽しいということは、シフトフィールをすごく求めるんですか? いかに気持ちよく、スパスパいけるかという。

:いやもう、本当、それだけというか。

:それがまず、トルクの大きいエンジンのミッションには、ものすごくハードルが高いんですよね。皆さんが期待しているようなシフトフィールを実現するには、ものすごく開発要素があるんですよ。それをそもそも、ミッションメーカーにやる気がない。

もちろん、お金をかければ、例えば「ポルシェ」のハイエンドにはMTが設定されていますけど、ああいう風に、中身をどんどんカーボン化して軽くするとか、そういう道もあるとは思うんですけど、そんな高価なミッションを設定して、スープラのユーザーは本当に買うのかなと思うんです。

もっと言えば、今後はスープラと86の両方を作っていくので、両方ともお求めいただきたいんですけど、86というのは、まさにそういう人のためにあるクルマです。86ではいろいろな操作を楽しんで、クルマと触れ合ってもらいたいんです。でも正直、スープラのトルクとスピードを考えると、よっぽど運転の上手な方ならいいんですけど、普通のお客さんが、こんなこと(例えば細かいシフト操作など)を楽しむ暇は、たぶん、ないと思うんです。

今回のATに乗っていただいて、それでもMTが欲しいということであれば、アップデートもありますし、お届けできればいいかなと。まずATに乗ってみていただいて、本当にご要望があれば、という感じですね。

:パワーユニットは直列6気筒の1本だけに絞るんですか?

:「スープラは直6」というのは揺るぎないんですけど、販売上の事情もあるので、もうちょっとお求めやすいクルマといいますか、ワイドバリエーションで構えたいと思ってます。

BMWとの共同開発について多田さんは、「部品として変えられるところは、ほとんど別で作っています。それを共通化して一緒に作ったとして、そんなことで値段が下がっても、ぜんぜん嬉しくないというのが両社の考えです。使えるものは使いましたが、お互いに作りたいものをちゃんと企画して、デザインもしたので、内外装の部品も、数えてみると90数%は別々で作っています」と説明していた

いよいよ試乗、安東さんの反応は…

この後、いよいよ試乗に向かった安東さん。雨の袖ヶ浦フォレストレースウェイで新型スープラに乗った感想を聞くと、「しっとり感というか、重厚感がすごいですね。ウェット路面でもクルマとの一体感を感じられて、楽しかったです」と話し始めた。

「ただ、嬉しいのか寂しいのか分からない、っていうのが正直なところですね。これって共同開発じゃないですか。このクルマをBMWの『Z4』より(おそらく)安く、トヨタのチャンネルで買えるのは嬉しいんですけど、ただ、スープラはトヨタのアイコンになるクルマだと思うので、乗った時に「あ、BMWだ!」と感じてしまうクルマになっているとしたら、どうなんだろう? という気持ちです。これが純粋なトヨタ製だったら、『お、すげー!』ってなるんですけど」

共同開発である点は気になるものの、トヨタがスープラを16年ぶりに復活させる決断を下し、実際に商品化したこと自体については好感を抱いたという安東さんは、新型スープラのオーナー像にも思いを馳せる。

「価格はいくらなんだろう……。いくら安くなるといったって、たぶん、500万円は切らないだろうし。そうすると、若い人が乗るというのは難しいですよね。昔、スープラに憧れたけど買えなかった、セリカXX世代の人かなぁ。ある意味、Z4と競合すると思うんですけど、(Z4はオープンカー、スープラはクーペなので)屋根が開くか開かないかで差は際立つと思います。そこをお客さんがどう判断するかですね。スープラのデザインが好きな人は、絶対いると思いますけど」

新型「スープラ」を試乗する安東さん

「今日はフルブレーキングしないくらいの速度域でしか走ってないですけど、いいクルマでしたし、楽しいクルマでした。雨の袖ヶ浦も勉強になりました! ただ、やっぱりユーザー像がはっきり見えないのは気になりますね」。そんな言葉を残し、安東さんは帰路についたのだった。