【ベネッセホールディングス】通信教育依存脱却と進むM&Aによる多角化

【ベネッセホールディングス】通信教育依存脱却と進むM&Aによる多角化

2016.08.30

【ベネッセホールディングス】通信教育依存脱却と進むM&Aによる多角化

 ベネッセホールディングス<9783>は「国内教育」「生活」「シニア・介護・保育」「語学・グローバル人材教育」「その他」と大きく分けて5部門、41の子会社および5社の関連会社(2015年3月時点)からなる企業グループだ。基幹事業は「進研ゼミ」や「こどもちゃれんじ」など国内の教育部門で、売り上げの半分以上を占める。

 1955年に福武書店として創業、69年には進研ゼミの前身となる高校生向けの通信教育講座を開始、72年に中学生向け、80年に小学生向け、88年には幼児向けと成長を遂げ、通信教育講座では不動の地位を築いてきた。

主力事業の不祥事

 00年から12年頃までは、ベネッセの主力事業であった「進研ゼミ」「こどもちゃれんじ」などの通信講座は国内会員数400万人前後を行き来し、会員数は頭打ちとなっていく。少子化の影響もあるだろうが、塾などの開設に伴う教育市場の競争激化が大きな要因であろう。とはいえ通信教育部門において、規模では不動の地位を築いてきた同社であるが、14年7月のベネッセ個人情報流出事件の影響で大きな打撃を受け、翌15年4月には会員数271万人、16年4月には243万人と減少に歯止めがかかっていない状況になっている。

 さらに16年5月の決算発表においては、14年6月にベネッセの会長兼社長に就任した原田泳幸氏が退任することを発表。15年10月に示された「2016-2020年度 中期経営計画」の実現を、代表取締役副社長の福原賢一氏に託す形となった。

事業の多角化

 ベネッセが事業の多角化を図ったのは90年代に入ってから。当時、ベネッセの前身である福武書店は上場もしていない地方の企業だったが、93年にニューヨーク市場に上場する世界最大の語学学校、ベルリッツインターナショナルの買収で語学事業への進出を行った。同93年に妊娠・出産に関する情報を提供する雑誌「たまごクラブ」「ひよこクラブ」を創刊し、生活関連事業への進出を果たす。また00年には、介護事業を運営するベネッセケアを設立し介護関連事業へも進出、02年には関西で学習塾を展開するアップに出資して学習塾事業へも進出した。また、10年に譲渡しているが、05年には産業支援機構よりパソコンスクール運営の最大手アビバジャパンの営業権を一部譲り受けて、事業の多角化を推し進めてきた。

 潤沢な資金を元手にし、ここ10年程度でM&Aに特に力を入れてきたのが、予備校や個別指導塾などの買収である。02年にアップに出資したことを皮切りに、06年6月には、首都圏を中心に個別指導塾を展開する「東京個別指導学院」の株式51.89%を127億円で買収、同10月には現役高校生向けの進学塾のお茶の水ゼミナールを約3億円にて買収、07年10月には明光ネットワークの株式を一部取得、09年には難関大学受験指導塾の「鉄緑会」事業を取得、14年11月には子供向け英語教室の運営を行うミネルヴァインテリジェンスを買収と、通信教育に代わる事業への投資を行ってきた。

 さらに15年10月末に発表した中期経営計画では、少子化を見越して5年間で2000億円という過去最大規模の投資枠を設け、今後の成長を見込める分野へ積極的に投資を実施することを明言している。

 一方で、既存の事業の進研ゼミにも改良を加えた。16年4月からサービスが開始になった「進研ゼミプラス」は、紙とタブレット端末を用いるものであり、地方学習塾と提携し、既存のビジネスに広がりを持たせようとしている。

■ ベネッセの行った主なM&A

年月 内容
1993.2 語学事業においてBerlitz International, Incを1株当たり19.5ドルにて約67%を取得
2000.1 低料金の高齢者介護施設を運営する「伸こう会」の株式51%を約20億円で買収し子会社化
2001.7 01年5月に公開買い付け(1株あたり16.5ドル)によりBerlitz International, Inc.(米国、現Berlitz Corporation=現連結子会社)の発行済み株式を約97.8%まで取得し、残りを株式交換により取得。100%子会社に
2003.12 介護サービス事業を行うためベネッセケア、伸こう会、ベネッセシニアスタイルを統合しベネッセスタイルケア(現連結子会社)を設立
2005.4 業績不振により産業支援機構に支援を申請した、アビバジャパンの事業(パソコン教育、ネットプロバイダー、衛星放送)を、ベネッセが95%出資するアビバが1円にて取得。(アビバは86億700万円の営業権を計上)
2006.6 公開買い付けにより東京個別指導学院の株式127億7200万円にて取得し持ち分比率51.89%にし子会社化
2006.10 首都圏を中心に予備校を運営するお茶の水ゼミナール(売り上げ8億7400万円)を3億円で子会社化
2007.10 純投資を目的に明光ネットワークジャパン株式を14.53%取得(10年4月に明光ネットワークが買い戻し)
2008.4 連結子会社でコンタクトセンターの企画・運営・コンサルティングを行うテレマーケティングジャパン(現TMJ)の株式の一部を、丸紅との連携強化のため44億6400万円にて譲渡
2009.4 連結子会社である東京教育研がアクティより難関大学受験指導専門塾「鉄緑会」事業を18億円にて取得
2010.3 高齢者介護施設を運営するボンセジュール(売り上げ43億7300万円)をジェイ・ウィルパートナーズより100%取得
2010.3 アビバの株式100%を1万円にてスリープグループへ譲渡(54億7200万円の貸付金及び未収利息については全額債権放棄)
2011.8 Berlitz Corporationがインターネットや電話を活用して語学教育サービスを展開するフランスのTelelangue(テレラング)SA株式100%を59億8300万円で取得し完全子会社化
2012.3 公開買い付けにより進学教育等を行うアップの株式73.06%を79億700万円にて取得
2012.3 40%出資を行っていた難関大学受験指導専門塾「鉄緑会」を運営する東京教育研の株式60%を41億5100万円で取得し完全子会社化
2013.7 TMJがITアウトソーシングサービスを行うバイオスを3億5500万円で取得
2013.10 Benesse Korea Co., Ltd.株式100%を韓国ヤクルトへ譲渡
2014.11 首都圏、関西圏を中心に約400教室(14年10月末)の子ども向け英語教室事業を行うミネルヴァインテリジェンス(売り上げ31億2400万円)の株式100%を13億5000万円で買収
2015.3 アップの株式10.26%を10億9200万円で取得し完全子会社化
2016.2 ベネッセグループのセキュリティー強化のため、ラックの株式1.87%を取得

■売上高構成比

 03年と06年の売上構成比を比較すると以下のようになる。

 ※03年は語学・グローバル事業関連にベルリッツの日本国内の事業が入っているが、16年では国内教育カンパニーに同事業が入っている。

 現在のベネッセは国内教育カンパニー、海外事業開発カンパニー、介護・保育カンパニー、ベネッセUSAカンパニーの大きく分けて4部門からなる。03年と比べると、国内教育カンパニーが今でも売り上げの大半を占めるが、構成比は大きく変わっているように見て取れる。

 特に、03年には4.7%とシェアの低かったシニア・介護関連の事業が、06年には21.4%と大きく売り上げに貢献し、ベネッセを支えていることが分かる。事実、15年対比で8.8%の伸びを見せていることから、今後さらなる強化が見込まれる。

 また、新たに出てきた海外事業カンパニー部門は、15年対比で29.1%も伸び、一方で国内教育関連は比率を大きく下げている。

■主力事業売り上げの伸び率

 海外事業関連カンパニーの伸びは、中国における「一人っ子政策の緩和」によるところが大きい。日本国内では情報漏えいの影響を大きく引きずるも、海外ではグラフの通り大きな伸びを示している。

 国内教育カンパニーにおいても、主力の通信教育である「進研ゼミ」「こどもちゃれんじ」は減少傾向にあるものの、学校向け教育に関しては昨年対比で3%の伸びを見せており、堅調なことが伺える。いまだに売り上げの大半を占める通信教育部門依存からの脱却は急務である。

■自己資本比率の推移

 ベネッセの自己資本比率は低下傾向にある。16年3月では37.7%となっている。長く減少傾向にあるものの、ある程度の自己資本比率は確保している。また、同業の学研ホールディングスの41.3%と比較しても大きな隔たりがないことから、問題は見受けられない。流動比率も51.2%であり、現金および預金に関しても918億円と、M&Aへの拠出は十分と考えられる。

 16年3月での連結最終損益は82億円の赤字と、昨年の107億円から縮小はしている。来年の業績見通しでは赤字回避を目指すものの、国内教育で55億円の売上減とUSA部門で110億円の売り上げ減を見込んでいる。成長している海外事業と介護事業をさらに伸ばすことはもちろんだが、20年までの中期経営計画で目標に掲げる売上高6000億円(現在4441億円)まで伸ばすには、投資額として計上する2000億円の使い道が重要となろう。

この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

まとめ:M&A Online編集部

その面倒な組織カルチャー、印鑑が原因ですよ

藤田朋宏の必殺仕分け人 第4回

その面倒な組織カルチャー、印鑑が原因ですよ

2019.03.18

印鑑業界による印鑑文化の優位性アピールが話題

会社経営者として感じる、捺印作業の面倒さ

「サイン文化」と「印鑑文化」で変わる組織カルチャー

行政手続きのオンライン化を目指す「デジタル手続き法案」をめぐり、全日本印章業協会がアピールした「印鑑のメリット」が話題になっている

「代理決済できるという印章の特長が、迅速な意思決定や決済に繋がり、戦後の日本経済の急速な発展にも寄与してきた」(原文ママ)というものだ。

「ハンコならこっそり代理決済ができる」などと、身も蓋もなく自ら印鑑廃止を後押ししてしまいかねない意見が出てしまったことは興味深い。
でも僕は、ただのバイオテクノロジー屋なので、ITを活用した効率化しますよ業界の回し者でもなければ、印鑑業界の人を敵に回すメリットだってないので、特にこの点について深く言及しないし、「日本における今後のハンコをどうするべきか」なんてことを掘り下げて云々するつもりもない。

ただ、日本を含む4カ国でスタートアップを立ち上げた経験から、企業の組織カルチャー形成に、承認方法としての「印鑑」と「サイン」の違いが、とても大きな影響を与えているのではと実感した話を書いておきたい。

日々、何かと多すぎるハンコ作業

まず共有しておきたい事実は、日本で会社を経営すると、毎日ものすごい数の代表印や銀行印や社印を押さなければいけないということだ。(会社の印鑑って3種類あるの知ってました?)

お客さんと契約してお金をいただくときに契約書に捺印するのはイメージできると思うが、その後もお金が銀行口座に無事入るまで、受領やらなにやら契約書だけでなく、さまざまな書類にとにかく捺印をしまくる必要がある。

また、家賃を払う、プリンターのトナーが切れる、実験試薬を買うなどなど、とにかく会社を運営する活動の一つ一つに対して、それぞれ細かくおびただしい数の印鑑を押す。法人が国や地方自治体に税金を払う時はもちろん、社員のあれこれも、例えば社員の誰かが結婚したり引っ越したりするだけでも印鑑を押しまくる。自分で会社をやってみてつくづくわかったが、とにかく捺印の数が膨大だ。

しかも、びっくりすることに、民間企業も市町村も、同じことをするために、それぞれがまったく違うフォーマットの書類に捺印を求めてくる。

こうして、大量な上にフォーマットがまったく違う書類を毎日渡されて、決められた位置に決められた種類の捺印をすることは、仮に契約書や書類の中身をまったくチェックしないで無責任に捺印したとしても、結構な時間を必要とする作業だ。

捺印にかける時間が惜しい

しかもうわの空で押していると、銀行印を押すべきところに代表印を押し間違えてしまったり、インクが簡単にかすれてしまったりするのが印鑑だ。人生において、こんな捺印ミスなどという程度のことで書類を作り直してもらう羽目になった回数を考えただけで、こんな単純な作業に失敗する情けなさとと、書類を作ってくれる従業員への申し訳なさで、どこかに隠れてしまいたい気持ちになる。

そう、僕は毎日、隠れてしまいたい気持ちになっているのだ。

なぜ、日本から印鑑はなくならないのか

我々の会社のように、たとえ社長だろうがあっちこっちに、営業に謝罪にと、せわしなく飛び回わることで、なんとか会社の体を保っているような規模の企業の方が世の中には多いと思う。そんな"貧乏暇なし社長”がこの捺印という物理的作業に忙殺される時間というのは、正直いって無駄以外の何物でもない。

にもかかわらず印鑑を押すという文化が日本に残っているのは「捺印するという作業」は、誰かに頼めてしまうからなのだと思う。多くの会社において「捺印をし続けるという作業」を自分でやっている社長はあまり居ないのかもしれず、ここが、すべて自ら書かなければいけないサインとの最大の違いなのだろう。

ちなみに、僕の場合は「捺印をし続けるという作業」だけを人に頼むような仕事の依頼の仕方は好みではないので、あちこちに会社を立ち上げては、担当者に「代表取締役」の役職ごと譲るようにしている。

海外の「サイン文化」は印鑑以上に面倒?

冒頭にも書いたが、僕は日本以外の3カ国でも会社を経営している。言うまでもなく日本以外の国は、承認の証としては「サイン」が一般的だ。

日本の会社同士の契約書の場合は、代表者の名前の脇に代表印と社印を、契約書を閉じた裏面に割印を一カ所押す形式であることが多い。つまり、二者間の契約であれば、先方用の契約書と当方用の契約書をあわせて、計4カ所の代表印と計2カ所の社印を押せばよい。

ところが、海外の契約書は、すべてのページにサインをしなければならない。海外の契約書は「実際にそんなことは起きないって」ってくらい、ありとあらゆる場面を想定した契約書になっていることが多く、とにかく契約書が長い。

感覚として、同じような内容の契約をするのに、日本の会社同士の契約の5倍~10倍のページ数になっても驚かない。

つまり、ちょっとした契約書でも軽く100ページを超えてくるわけだが、このすべてのページに手書きでサインをすることを想像して欲しい。契約書の中身を読んでただただサインを書き続けていると、「こんな作業に時間を使い続けてていいのだろうか」という自問の気持ちが芽生えてくる。

その組織カルチャーの差、ハンコとサインの差が原因ですよ

言うまでもなく、サインは誰かに代わりに書いてもらうことはできない。では、サインを書く物理的な時間を減らすために、何が起こるのかというと、「権限委譲」が進むのである。

日本の会社だと当たり前のように社長の名前で締結する規模の契約でも、海外の会社だと担当部長あたりの名前で契約を締結してくる。

もしかしたら、日本の会社のカルチャーだとそれは失礼なことに当たるのかもしれないが、サインを前提とした会社において、会社のすべての契約を社長名義で契約していたら、社長の一日は「サインを書く」という作業だけで終わってしまう。だから、どんどん権限委譲をしていくしかない。

日本の大企業の合意形成や意思決定のあり方を分析する文脈において、「日本の会社は権限委譲が進んでいない」とか、「プロジェクトごとの意思決定者の所在がよくわからないから、スピード感が遅くなってグローバル競争に負けてしまう」などという指摘を頻繁に見る。

特に近年流行りの「日本企業のホワイトカラーの生産性を高めましょう」という議論の多くでは、日本企業のこういった特殊性の原因を、日本人の歴史的・文化的背景や、国民性が理由であると結論づけている。

だからもっぱら、風通しがよく責任範囲が明確で、意思決定の早い会社にするために、せっせと組織構造をいじったり、管理職に研修をしたりと、コンサル屋さんが儲かるだけの努力に大きなお金を払うことになっているのだが、大きな効果が得られているようにみえない。

僕の考えは、特殊性の理由がちょっと違っていて、「その組織カルチャーの差って、捺印とサインの差が本質的な原因ですよ」と、わりと確信に近い自信を持っている。

捺印の作業だけを誰かに頼むのではなく、捺印をする権限ごとどんどん頼んでしまえばいい。ハンコにウンザリしている世の中の社長さん、そう思いません?

(藤田朋宏:ちとせグループ 創業者 兼 最高経営責任者)

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2019.03.18

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第32回は、実家暮らしの男性に降りかかる「子供部屋おじさん」論議について

「子供部屋おじさん」という言葉が注目されている。言葉自体は2014年あたりからあったそうだが、今また脚光を浴びているそうだ。

「○○おじさん」「○○おばさん」という呼称には、「アイカツおじさん」のように秀逸かつもはや「Sir」級の「称号」と言って良いものもあるが、大体が蔑称である。

その中でもこの「子供部屋おじさん」の蔑視ぶりたるや、である。意味はわからなくても本能で「馬鹿にされている」と察することができる。

「子供部屋おじさん」とはどんなおじさんを指すかというと、成人しても親元を離れず実家の「子供部屋」で暮らし続けるおじさんのことである。「パラサイトシングル」を、言われた相手の血管が切れるように魔改造した言葉だ。言葉としては「上手いこと言うな」と感嘆するしかない。

単に「実家住みのおじさん」という意味ではなく、「いい年をして親から自立せず、自分では何も出来ない、中身は子どものままのおじさん」という痛烈な批判が込められている。

この「子供部屋おじさん」は、ひきこもりやニートとは違い、仕事はちゃんとしている場合が多い。だが逆に「実家を出ようと思えば出られるのに出ない」という点が余計「甘え」と見なされ、ここまでの鬼煽りを食らう羽目になったとも言える。

このように世間からみっともないと思われがちな「実家住みの成人」だが、本当に彼らは社会の病巣であり、親から見れば寄生虫なのだろうか。

一人暮らしは今や「修行」かもしれない

子供部屋おじさん含むパラサイトシングルにも言い分はある。まず「実家から出るメリットが見いだせない」という理由だ。

実家が持ち家の場合、一人暮らしをするよりも実家住みの方が経済的には圧倒的有利だ。親側からしても、純粋に寄生されるのは厳しいが、生活費などを入れてもらえるなら、逆に助かるという場合もある。

また職場からの距離も実家から通った方が近いと言うなら、わざわざ経済的負担を負いながら、場合によっては遠距離通勤をする「一人暮らし」というのは「修行」という意味しかなく、昨今盛んに言われる「コスパ」「合理化」という観点から見ると「正気か」というような無駄でしかない。そのため、インフルエンサー的な人が一発「まだ一人暮らしで消耗してんの?」と言えば、容易に世論が傾いてしまいそうな気がする。

しかし「修行という意味しかない」と言っても、その「修行」に意味がないわけではない。一人暮らしが人間に自立と成長を促すのは確かである、自分のことは全て自分でやらなければいけないのだから当然だ。

逆に、衣食住が保証された実家で、お母さんにご飯と身の周りの世話を全部やってもらっていたら確かに子供となんら変わりないし、もし仮に結婚して家を出たとしても、今度は嫁に母親と同じことを求めるだろう。

結果として、「見た目は中年、中身は子供、価値観は団塊」というバランス感覚皆無の生物が爆誕することになりかねない。そういった意味では、いかに合理的でなかろうが、一人暮らしをする意味はあると言える。

だが、親の方が子どもに「実家にいてほしい」と望むケースもある。

前に「増加する共倒れ家庭」という、タイトルからして明るい要素皆無のテレビ番組を見たことがある。老齢一人暮らしの父親の元に、非正規雇用で自活できない息子が帰ってきて、そのせいで生活保護が打ち切られ、ますます困窮するというマジで暗い所しかない話だった。

しかし、父親の方が息子に対し「迷惑だから出て行ってほしい」と思っていたかというと、そうではなく「自分が老齢で何があるかわからないので居てほしい」と言っていたのだ。

このように、高齢の親からすれば、子供がいてくれるのは「安心」という面もある。ほかにも、介護のために実家に戻って来た者もいるのだから、一概に「子供部屋おじさん」とバカにすることはできない。

「子供部屋おじさん」がここまで燃える理由

そして、この「子供部屋おじさん」に今更激烈な反応が起こっているのは、「おじさん」と性別が限定されているからだろう。

当然「子供部屋おばさん」だって存在する。私も結婚して家を出るまで実家にいたし、成人すぎても小学校入学の時買ってもらった学習机を使っており、もちろん身の周りのことは母親を越えてババア殿にやってもらっていたという、どこに出しても恥ずかしくない「子供部屋おばさん」だった。親は私を家から出すのに相当勇気がいったと思う。

しかし、バカにされているのは専ら「子供部屋おじさん」の方で、言葉自体も「ブサイク」には「ブス」ほどの破壊力がないように、「おばさん」より「おじさん」の方がどう考えても「強く」感じる。

「子供部屋おばさん」にパンチが足りないのは言外に「女はまあ実家住みでもいいんじゃね?」という見逃しがあり、逆に男には「男のくせにいつまでも親の世話になってみっともない」という、男女差別があるせいではないだろうか。

ネットを開けば、ジェンダー問題で毎日ひとつは村が燃えている昨今である。「子供部屋おじさん」が、そっちの観点でアンコール炎上しても不思議ではない。

当然だが、一家の家計を支え、親の介護をしながら家事までやっている「子供部屋おじさん」もいれば、ろくに家に金もいれず、親に三食用意してもらっている「子供部屋おばさん」もいる。もちろんこれはおじさん・おばさんを入れ替えたって言えることだ。

男だから、女だから、で言い切りが出来ないように「実家暮らし」という属性一つでは何も断言することは出来ないのである。

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