陸上女子の高男性ホルモン選手排除は「差別」? それとも「平等」?

カレー沢薫の時流漂流 第42回

陸上女子の高男性ホルモン選手排除は「差別」? それとも「平等」?

2019.05.13

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第42回は、陸上女子で高男性モルモンの選手が排除された問題について

陸上女子800メートルで五輪2連覇中のキャスター・セメンヤ選手が「男性ホルモンのテストステロン値の高い女子選手の出場資格を制限する国際陸上競技連盟の新規定撤回」を求めたことについて、スポーツ仲裁裁判所はその訴えを退けたという。

世界陸上2009で「男性に見える選手が女子800メートルに出場している」と話題になったことを覚えているだろうか。

その昔、娘の代わりに女装して受験に挑もうとした父親が御用になるという事件、というか事故があったが、本件はそんな単純な話ではない。

先天的に男性ホルモン値が高いだけで、違反はなかった

当時も「みなさんお気づきになられてないかもしれませんが、男性が出場していませんか?」と疑惑が持たれ、セメンヤ選手は性別検査をすることとなった。その結果は卵巣と子宮がなく、精巣が体内にあり、男性ホルモン値は通常の女性の3倍だと判明した。

これは先天性のものであり、セメンヤ選手は作為的に違反行為をしたわけではない。

しかし、今度は「セメンヤ選手はこのまま女子の競技に出場していいのか」という議論が起こった。実際セメンヤ選手は世界陸上では二位の選手に2秒の差をつけて圧勝している。

つまり、フェラーリと、オートマなのにまさかのエンストをする私の軽自動車は同じ「クルマ」だが、それが同じルールでレースをするのは果たして公平といえるのかという話になったのだ。

端的に言えば「それはズルくね」という意見が出たのである。

よって国際陸上競技連盟は「男性ホルモン値により出場を制限する」という、どう考えてもセメンヤ選手対策のために作ったとしか思えない新規定を出したのだ。当然、セメンヤ選手側はそれを差別であると争ったのだが、冒頭に言った通りこの訴えは退けられた。セメンヤ選手は当面、特定の女子陸上競技には出場できなくなる。

生まれ持った「才能」との線引きはどこで?

一応そのような結果になったが、それが誰から見ても正しい結論であるかというと疑問が残るところだ。

セメンヤ選手の体質を、足が速い、頭がいい、ワキが臭いなどと同じ「生まれ持った才能」だとしたら、それを理由にセメンヤ選手を締め出すのは「才能があるやつが出場するのはフェアじゃない」と言っているようなものになってしまう。

それが不公平となると、もはや選手全員が手をつないでゴールするという、強烈なモンペがいる小学校の運動会状態にするしかない。

では、男性ホルモン値で出場が制限されるなら、選手が薬や何らかの医療行為で男性ホルモン値を下げれば出場できるようになるのだろうか。

それでは「あなたは酒を飲まないとこのカーレースに出場できません」と言っているようなものだ。逆にそれこそ「ドーピング」である。

そして生まれつきの体を変えなければ出場させないのであれば、それは「人権侵害ではないか」とも言われている。

これは、学校などで、生まれつき茶髪の生徒の髪を黒く染めさせるのと似ている。髪を染めることが悪いのではなく「皆と同じじゃないのが悪い」という問題にすり替わっているのだ。

では、選手は男性競技なら出場できるのか、というとまた難しいだろうし、女性として生きてきて女性選手として活動していきたいという選手に、男性としてなら出て良いというのもまた人権侵害だろう。

そうなると選手は陸上選手として活動する場がなくなってしまう。

差別には違いないが、「平等」と両立できない状態に

生まれつきの身体的特徴で活動が制限されてしまうのはやはり差別といえよう。

しかし、もし私がアイドルになりたいと言っても「先天的な顔の特徴」により、活動の場が制限される可能性が高く、それが「差別だ」と言って聞き入れられるかは別の話だ。

つまり良くも悪くも「生まれ持った才能」のせいで何かを断念しなければいけないのは誰しもあることであり、セメンヤ選手の件もその一つと言えなくもない。

もし今後、今の状態のままセメンヤ選手が女子競技に出られるようになったとしても、今度は一緒に走る選手が「不公平感」を感じてしまうだろう。

つまりどのような結果になっても「誰かが納得できない」案件なのである。

ところで、選手は女性として生まれながら、その容姿ゆえ、からかわれることが多かったという。そんな彼女が見つけた陸上競技という居場所を、生まれつきの体質を理由に奪うのは酷な気もする。コミュ症がやっと見つけた居場所であるネットを奪われるようなものだ。

だが、そもそも活躍できたのが、その体質のおかげ、と言えなくもないのが、さらに事態を複雑化している。誰かにとっての平等が、他の誰かにとって不平等になる以上、完全なる平等、というのは難しいのかもしれない。

もはやお互いが「向こうのケーキの方がでかいような気がしないでもない」と思っている状態が一番平等なのかもしれない。

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2019.06.17

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放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

2019.06.17

最近女性の間で「#MeToo」ならぬ「#KuToo」運動がにわかに盛り上がっている。

「#KuToo」とは「靴」と「苦痛」をかけており、職場や就職活動で、足を痛めるパンプスやヒール靴の強要をやめようという運動である。

そもそもそんなの誰も強要してねえよ、と思われるかもしれない。確かに規定として靴の形状やかかとの高さまで定めている会社はレアだろう。しかし、私の元いた会社でも、規則があるわけでも、誰に言われたでもなく、みな一様に黒のパンプスを履いていた。それが「暗黙のルール」であり、それ以外は「非常識」と見られる風潮は確かにあるのである。

これが就職活動になると、パンプスを履いていないだけで「こいつは常識がない」と見なされ不採用になってしまうかもしれない、ということだ。そうなると女子学生は足を負傷してでもパンプスを履かざるを得なくなってしまう。

正直、パンプスは苦痛

パンプスがそんなに苦痛か、というと、靴の中では殺傷能力が高い方である。これは他人への、という意味ではなく自分へのだ。他人を殺傷したいならカウボーイが履いている、かかとにピザカッターがついている奴を履いた方が良い。

狭いつま先に足の指が密集されるため、私もよく爪で隣の指を切って足を血だらけにしていたし、伸縮性にかける素材のため、あわないパンプスだと試着の時点で靴擦れが出来るレベルなのだ。

世の中には素肌に荒縄で亀甲縛りを施し、その上に上等なスーツを羽織って出社している人も多いと思う。とても痛いだろうが、それは強制されたわけではなく、その人が好きで楽しいからやっているのだ。

つまり、好きでもない上にとても痛いパンプスを強制で履かなければいけないというのは、上等なスーツの下が亀甲縛りなことよりも「異常」なことというわけだ。

この運動はすぐに広まり、いきなり国会でも議論されたという。これにより「厚労相がハイヒール強要を容認」という見出しのニュースまで踊り出ることになった。

完全に自由と言われても困るのでは?

「厚生省に、女がハイヒールを履かないと死ぬ病の人が!?」と驚いたが、記事をよく見ると見出しほどのことはなく、厚労相の発言は「これは社会通念に照らして業務上、必要かつ相等な範囲かと、この辺なんだろうと思います」というかなりボンヤリしたものであり、どっちでも良い事を聞かれた私のリアクションに似ている。

しかし「ハイヒールが履けない女は何やってもダメ」などと強い事を言っているわけではないが、「業務上必要ならパンプス履くべきだろ」という「容認」に聞こえなくもない。すぐさま「業務上ハイヒールが必要な仕事って何だよ」という疑問が挙がり、「SMの女王様」「(ハイヒールでキレッキレに踊る)perfume以外ありえない」などの声が相次いだ。

この社会問題がすぐ大喜利になってしまうのは良くも悪くも「ザ・ツイッター」という感じだ。

確かに「業務上必要」となると、まだかかとにピザカッターがついている靴の方が「ピザを食う時」必要な気がする。

ただ、靴や服装を完全に自由化し、何でもOKにすれば良いかというと、それはそれで問題が起きると思う。ファッションに疎くコーディネートが苦手な人間からすれば、職場に何を着ていいのか全く「指針」がないというのは迷子になるし、接する側としても、車を買いにいってディーラーが、イモ―タンジョ―の完コスで出てきたら「キャデラックしか買うことを許されないのか」と委縮してしまう。就活マナー本に「俺の考えた最強の就活ファッションで挑みましょう」とだけ書かれていても逆に困るだろう

着る側としても、それに接する側としても、社会において服装にある程度規定や模範があるというのはメリットでもあるのだ。

そもそも規定や常識というのは、秩序を作ることにより問題を減らすためにあるものなのだ。しかしそれが元で「足を負傷する」という「問題」が起こっているなら本末転倒なので、やはり解消はすべきなのだろう。

極論に流れない寛容さが足りない

おそらく「#KuToo」を提唱している人も「ドラゴン柄のコンバースで就活したい」と言っているわけではないのだ。最近は「パンプスに見えるスニーカー」なども存在するし、パンプスでなくても地味な靴はいくらでもある。そのような靴を履いていても「パンプスじゃないから非常識」と見るのをやめてほしいという話だろう。

ちなみに私が会社員時代履いていたパンプスだが、黒の革靴ではあったが、つま先は限りなく丸く、ヒールはなきに等しい、今思えばあれはパンプスだったのか、70過ぎのババアが旅行に行くときに履くヤツなんじゃないか、という代物であったが、特に何も言われなかった。

「#KuToo」が求めるのも、そのぐらいの「寛容さ」なのではないだろうか。

【お知らせ】
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