ネットとの融合がトレンド? ニッポン放送に見るラジオ局の未来像

ネットとの融合がトレンド? ニッポン放送に見るラジオ局の未来像

2016.07.13

TBSラジオがポッドキャストから撤退する。ダウンロード数が増えれば増えるほど費用がかさむというポッドキャストの特徴を考えると、「高田文夫のラジオビバリー昼ズ」や「笑福亭鶴瓶 日曜日のそれ」といった人気番組を配信しているニッポン放送も、かなり厳しい懐事情なのでは…。こんな心配を同局にぶつけてみると、返ってきたのは「デジタル配信事業を本放送に次ぐ収益の柱に育てたい」という意外な答えだった。

左からニッポン放送デジタルソリューション部の伊藤浩一副部長、金杉天斉氏、鳥谷規部長

TBSラジオがポッドキャスト撤退、ニッポン放送の受け止めは

まずはポッドキャストについて確認しておくと、このサービスはアップルのプラットフォームを利用して音声・動画コンテンツを配信する仕組みだ。配信者は自前でサーバーを用意する必要があるため、ダウンロード数が増えるとサーバー関連の費用がかさむ。人気番組を多数抱えていたTBSラジオが撤退した大きな理由もコストの問題だった。

TBSラジオのポッドキャスト撤退について、鳥谷氏は「スピード感がある」との感想を抱いたという。TBSラジオが自社のHPを改修し、インターネットラジオ「TBSラジオクラウド」を立ち上げ、ポッドキャスト撤退を発表した一連の流れが、鳥谷氏の目にはスピーディーな動きに映ったらしい。TBSラジオがインターネットラジオに導入予定の、ユーザー属性に合わせた音声広告配信手法も先進的な取り組みだと評価した。

ニッポン放送のポッドキャストは大丈夫?

ダウンロード数が月間1,500万回に達するニッポン放送のポッドキャストも、維持・管理には相当な費用が生じているはず。その点について伊藤氏に聞いてみると、「(ポッドキャストは)無料放送で経費も掛かっているが、ニッポン放送はデジタル配信ビジネス全体でみると利益が上がっているので、カバーできている」との答えが返ってきた。ポッドキャスト終了の予定もないようだ。

そもそもポッドキャストは、ラジオ本放送の面白さを多くの人に知ってもらいたいという目的で始めた取り組み。コストが掛かるのは織り込み済みだ。その役割は今後も「ずっと変わらずプロモーション」(伊藤氏)であり続けるという。

ポッドキャストはデジタル配信事業の一部に過ぎない。金杉氏は有料化や広告などでの収益化が難しいポッドキャストよりも、「自身でコントロールできる部分」、つまりは自前で運営する独自のデジタル配信事業に注力していきたいとの考えを示した。核となるのは同社が運営しているインターネットラジオ「ラジタル」だ。

ラジタルでは一部コンテンツを有料化

ラジタルはニッポン放送が2012年に立ち上げたインターネットラジオ。コンテンツは地上波放送の聞き逃し配信やオリジナル番組「オールナイトニッポンモバイル」などとなっている。聴き逃し配信は人気番組のディレクターズカット版なので、いわば自前のプラットフォームでポッドキャスト配信を行っているようなイメージ。オリジナル番組は声優、アイドル、アーティストなど、どちらかといえば売出し中のパーソナリティを起用した番組作りが特徴だ。

ラジタルがビジネスとして成立している理由はいくつかあるが、まず注目すべきは有料コンテンツの存在だ。ラジタルの番組はほとんどが無料だが、いくつかの番組はラジタル内の仮想通貨「ゴールド」を支払うことで聴取可能となる。有料コンテンツからあがる収益が同社のデジタル配信事業を支える基盤。お金を払ってでも聴きたいコンテンツを抱えるニッポン放送ならではのビジネスモデルといえる。

ラジタルの配信コンテンツ一覧画面の一部。無料配信が多いが、例えばオールナイトニッポン45周年を記念して放送したスペシャル番組「ビートたけしのオールナイトニッポン」は350ゴールド(350円に相当)の有料コンテンツとしている。この番組は2013年に地上波で放送されたものだが、後から課金してでも聴きたいというリスナーは多そうだ

ラジタル独自番組では柔軟なマネタイズに挑戦

ラジタルで配信しているオリジナル番組では、有料化だけではない多様なマネタイズの手法を取り入れている。その1つがグッズ販売だ。商品のなかで目に付くのは、無料配信の番組を総集編としてまとめたCD。人気声優などがパーソナリティを務める番組を凝縮してCD化することで、無料放送を収益につなげる仕組みを構築している。

ネットラジオの独自コンテンツには、番組を基点としたビジネスの拡がりも期待できる。その好例といえるのが、ニッポン放送がオールナイトニッポンモバイルのパーソナリティを務めるガールズバンド「たんこぶちん」と手を組んで楽曲を制作した取り組みだ。佐賀県出身の同バンドと佐賀県の応援ソングを作ったこの企画には、佐賀県を含む複数のスポンサーがついたという。「オールナイトニッポンモバイルを基点とし、(出演者と一緒に)何かできないかということはいつも考えている」と金杉氏は語る。

デジタルに息づくニッポン放送のDNA

ラジタル独自コンテンツを作る際の心構えを鳥谷氏に聞くと、パーソナリティの起用については、「1つは明快に、ある一定のファンをしっかり掴んでいるベテランのアーティスト(を選ぶこと)。もう1つは、世の中に新しいものを届ける精神」が大事だという。番組制作においては「リスナーと一緒に番組を作るという発想」も重要視している。

ラジタルの番組作りに生かされているのは、ニッポン放送が地上波ラジオの制作で培ってきたノウハウだ。新人とベテランを織り交ぜたパーソナリティの起用や、リスナーを巻き込んだ番組作りなど、ラジタルの特徴は同社が確立した深夜放送の一大ブランド「オールナイトニッポン」などと重なる部分が多い。ラジタルにはニッポン放送のDNAが息づいているのだ。

エッジの効いたパーソナリティ選定はオールナイトニッポンの伝統。はがきやメールなどでリスナーが参加できるのもラジオ番組に共通する特徴だ。地上波ラジオのノウハウはラジタルのコンテンツ制作にも活用されている

ラジタルで"ラジオの原風景"を描き出すニッポン放送。若者の間では「ラジオ離れ」が進んでおり、ニッポン放送には「ラジオってどうやって聴くんですか」という問い合わせが届くこともあるらしいが、若い世代がネット経由でラジタルにたどりついた場合は、それが"ラジオの原体験"となり、その若者が結果的にラジオリスナーとなる可能性もある。そういった世代に「いかにデジタルでリーチできるか」も重要なポイントだと鳥谷氏は語る。

デジタルで稼ぐ姿勢を明確に打ち出す

ラジタルなどのデジタル配信事業全体で利益を出すことで、ニッポン放送はポッドキャスト配信の費用をカバーしている。ビジネスとして見た場合のデジタル配信事業は「なんとかなっているというくらいの規模」(鳥谷氏)だというが、「デジタルで稼ぐ」(同氏)という姿勢を強く打ち出す同社の今後には注目したい。地上波放送で培ったノウハウを活用し、音声コンテンツを基点とした様々なビジネスモデルを構築可能なネットラジオには、まだまだ発展の可能性がありそうだ。

ニッポン放送では地上波ラジオで広告営業に取り組んできた営業マンがデジタル分野での広告獲得に向け動いている。「1回クリックするといくら、という契約も大事だが、(ラジオとデジタルの組み合わせで)こんなに面白い取り組みができるのでいくら」(鳥谷氏)といったような、提案型の営業に取り組めるのもデジタル配信事業の強みだという。

ネットラジオ時代の到来がチャンスに?

日本におけるネットラジオの未来を考えた場合、無視できないのが「ラジコ」の存在。ラジコは80を超えるラジオ局の放送を同じ内容で同時配信するサイトだが、ここがラジオ放送局によるデジタル配信事業のプラットフォームとなれば、広告収入も含めた大きな経済圏となる可能性を秘める。

鳥谷氏もラジコの未来に期待を示す1人だ。ラジタルでオリジナルコンテンツに取り組むニッポン放送であれば、日本でネットラジオが本格化したときにも、強力なコンテンツホルダーの1社としての地位を獲得できるだろう。そうなったときには、デジタル配信事業を地上波放送に次ぐ同社2本目の収益の柱に育てたいとする鳥谷氏らの目標も実現に近づくのではないだろうか。

訪日外国人と“飲みニケーション”できるマッチングサイトが見いだす価値とは?

先鋭ベンチャー LOCK ON! 第8回

訪日外国人と“飲みニケーション”できるマッチングサイトが見いだす価値とは?

日本の若者が敬遠し始めている“飲みニケーション”

訪日外国人をターゲットとした“異文化飲みニケーション”サービスが誕生

居酒屋がビジネスのヒントを得られる貴重な場になる可能性も

ここ最近、若者に嫌われがちな慣習に「飲みニケーション」がある。

これはいうまでもなく、仕事を終えた後、同僚たちと居酒屋などに集結し、アルコールの力を借りて互いの胸襟を開き、親睦を深めるコミュニケーション手法のこと。しかし、終身雇用や年功序列が崩壊した今や「会社の人とプライベートの時間まで削って仲良くなろう」というモチベーションは薄れた。「“飲みニケーション”って、いらなくね?」というムードが蔓延。令和時代に廃れてしまいそうな慣習ともいえる。

会社に勤める日本人の若者には、風当たりの強い飲みニケーション。それを新たなカタチとしてビジネスにつなげているのが、アシノオトの木村壮介さんだ。では、どんなビジネスなのか、木村さんに聞いた。

アシノオト代表の木村壮介さん。高校卒業後、兄が起こしたグループウェアメーカーにジョインして、エンジニアとして活躍。ウェブマーケティングの会社へ転職し、ウェブコミュニティの開発運営などを経て独立。訪日外国人とローカル日本人をつなぐQ&Aサイト「Hub Japan」を起ち上げ。2017年、同サイト内で「MEET&EAT」をスタートさせた

サービス名はHub Japan「MEET&EAT」。ネット上のプラットフォームを介して知らない者同士がマッチングし、文字どおり、食べて、飲む。”飲みニケーション”で親睦を深める、というわけだ。

もっとも「MEET&EAT」がマッチングするのは上司と部下でも、出会い系的な若い男女でもない。木村さんが飲みニケーションのターゲットにしているのが訪日外国人と日本人。日本を訪れた海外からの旅行者と、日本にいる人たちを居酒屋でつなぎ、親睦を深めさせる。いわば“異文化飲みニケーション”を提供しているのだ。

旅行者の「美味しい」は、アテにならない

きっかけになったのは、木村さんの経験だった。

「新婚旅行のときに覚えた違和感。そこからはじまったんです」(木村さん)

木村さんがイタリアへ行ったのは2015年。奥さんと2人で楽しみにしていたのが本場のイタリア料理だった。旅行に関する大手口コミサイトでみつけた店を、まず巡った。待ちに待った本場の味。それが実にいまいちだった。

「『こんなものかな…』とも思ったけれど、2日目に偶然仲良くなった地元のおばちゃんが『昨日はどこで食べた? 駅前の店? ダメダメ。行くならあっちの店よ』と教えてくれたんです。すると今度はめちゃくちゃ美味しかった。それが衝撃でした」(木村さん)

美味しさに対する衝撃だけじゃない。圧倒的な集合知を誇るネットの口コミサイトが、地元のおばちゃんのアナログな知見に勝てないことにこそ、木村さんは感銘を受けた。

「考えてみたら当たり前なんですけどね(笑)。世界中の質の高いユーザーが口コミを書き込めたとしても、書き手が旅行者である以上、底はしれている。地域にずっといる人の知識には敵いませんから」(木村さん)

そこに着想の芽があった。

ならば「地元の人と海外からの旅行者をQ&Aでつなぐローカルコミュニティサイトがあったら喜ばれるのでは?」と考えた。ヤフー知恵袋のような巨大なQ&Aサイトや、SNSで直接つながったコミュニティサイトはあるが、越境してローカルの人と旅行者をつなぐQ&Aサイトは意外と見つからない。

それまでグループウェアの制作運営や、企業向けのコミュニティサイトの開発運営を手がけるITエンジニア・ディレクターだったが、独立起業の潮目を感じた。個人的に「社会課題の解決につながるような事業で独立したい」と考えていたことも後押しになったという。

「どんな課題か? “グローバリゼーション”とそれに伴う文化の均質化“への危惧ですね。なんていうと大げさですけど、目立たないけれど素敵なスポットや、小さくても美味しいお店が、情報の均質化で目立たず消えていく。盛りあげないともったいないなって、感じていたのです」(木村さん)

そして2016年に独立。自らプログラムを書けること、奥さんもWebデザイナーだったこともあいまって、すぐさまシンプルなQ&Aサイトを立ち上げた。名前は「Hub Japan(ハブ・ジャパン)」。訪日予定、あるいは訪日中の外国人ユーザーが英語でクエスチョンを書き込むと、日本のローカルユーザーがアンサーを書き込んでくれるシンプルな仕組みだ。

たとえば「東京でオススメの穴場の寿司屋は?」「サクラを見に大阪へ行くが、気温は? 上着は持参したほうがいいか?」といった具合に欧米を中心に訪日予定の人たちから英語で書き込む。すると、サイトに埋め込んだGoogle翻訳エンジンが日本語に変換してくれるので、日本人も気兼ねなく「現地の声」を書き込める。その日本語は、書き込んだユーザーが読めるように、英語に変換されるわけだ。

「ただオンラインだけだとつまらないのでリアルでも何かやりたいと考えた。そこで『体験の仲介サービス』をやろうとしたんです。訪日外国人が興味のありそうな、着物の着付けとか、お茶の体験とか、いろいろ試しにやってみたら……」(木村さん)

そうしたなか、圧倒的に参加者の好評を得た体験イベントがあった。「居酒屋探訪」ツアーがそれだ。

日本人には当たり前の居酒屋に価値があった

赤提灯や縄のれんが目印の大衆居酒屋から、高級割烹ぜんとした高級店まで、バラエティに富む居酒屋レストランは、日本全国に23万店以上あるといわれる。日本独自の酒とつまみが効率よく味わえるうえ、日本の生活文化や日本人とふれあう機会もあるため、今や訪日外国人にも人気のスポットだ。

ただ興味はあれど、観光客が海外の夜の街に繰り出して、初めての居酒屋に入るのはハードルが高い。ボッタクリ店などにあたるリスクもある。しかし、勝手知ったるローカルの日本人が薦める店に、しかも一緒に入って楽しめるとあれば、安心感が高まる。

「一方で居酒屋などの飲食店も、訪日外国人のお客様を呼び込みたいけれど、お店を知ってもらえていないというのが、多少の機会損失になっていた。なので、飲食店の販促の仕組みとして活用してもらえると考えたんです」(木村さん)

試しに「ハブ・ジャパン」をとおして「日本の居酒屋で日本人と語り合おう」というツアーを告知すると、すぐに外国人観光客から応募があった。木村さんが試験的にアテンドをする。奥さんや友達とともに外国人複数×日本人複数で、オススメの居酒屋にむかい「カンパイ!」からはじめると、異様な盛り上がりをみせた。

英語もできず、そもそもコミュニケーションも苦手だった木村さんだが、酒が入り、気持ちが大きくなると「身振り手振りで必死に会話をしている自分」に気づいた。飲みニケーションあなどれじ、だ。

「また、もちろん海外の方々に『日本に来た目的は?』『何を楽しんだ?』などと聞くことも楽しいのですが、実のところ彼らから日本について意表をつく質問をされることにこそおもしろさ、価値を感じました」(木村さん)

「日本で最もポピュラーな宗教は?」とか、「無宗教? ではなぜあれほど神社があり、誰しもお参りしているんだ?」とか、「あなたにとって蕎麦とはなんですか?」とか――。

「蕎麦については、おもしろかった。自分にとって蕎麦とは何か、なんて考えたことなくて(笑)。日本人同士だったら絶対に聞いてこないような質問をどんどん向けられる。結果、むしろ日本のこと、日本文化のことを深掘りせざるを得なくなったんです。また海外の人たちが、日本の何に興味があるのかも肌感覚でわかる。これって観光施策や訪日外国人向けビジネスのヒントが得られる貴重な場になるなって」(木村さん)

だから、日本文化を深掘りしたい「訪日外国人」、質の高いインバウンド客を集客したい「居酒屋」、そして外国人とフランクに交流することで刺激やアイデアを得たい「ローカルの日本人」。この三者を“三方良し”でつなぐプラットフォームとして、2017年末に作った。

仕組みはやはりシンプルだ。ローカルの日本人ならFacebook認証をとおして「ハブ・ジャパン」にまず登録。そこから「MEET&EAT」のサイトに行く。同じようにログインして日本滞在中の「居酒屋で交流したい」と書き込んでいる訪日予定の外国人アカウントをチェック。都合のいい場所や日時、気の合いそうなプロフィールの団体がいたら「マッチング希望」をクリック。返信を待つ。マッチングとなれば、メールでのやりとりができるようになり、「MEET&EAT」内で指定する居酒屋店をチェックして予約。当日、最寄りの駅前で待ち合わせて、予約時間に店にいき「カンパイ!」となるわけだ。

外国Hub Japanの利用者たち。未成年かどうかの判断はFacebook認証で行われる。トラブルが起きないように、基本2~3人ずつしかマッチング登録できない

今はサイト経由で飲食店への予約が発生したときに、紹介料を得る仕組みで運営中。都内数十店舗の居酒屋と契約を結び、月30人程度の訪日外国人からのリクエストに応えている。

「ビジネスの規模はもう本当に小さい。受託の仕事を続けながら、まだまだ手探りの段階です。ただ小さいながら手応えも感じています」(木村さん)

「またぜひ居酒屋で飲みたい」と訪日外国人のリピーターが増えている。「生きた英語を学びたい」「楽しい飲み会を開きたい」というローカル日本人も増加中だ。とくに「企業のインバウンド担当をしているが、本当のニーズがつかめない。ヒントを得たい」「飲食店を経営しているが外国人向けにメニューやサービスを充実させたい。直接リサーチできるのでは」とマーケティング・リサーチの場として価値を見出している人も現れ始めているという。

飲みニケーション、やはりあなどれじなのだ。

「まあ、まだまだ小さい事業で、どこまでできるかわからないけど(笑)」(木村さん)と、取材終盤、木村さんは繰り返した。ただ、目立たないけど素敵なビジネス。盛り上げないともったいない、と……。

関連記事
【平成最後】2018年度の「M&A」件数・金額は、過去最高に - 令和も活況続くか

【平成最後】2018年度の「M&A」件数・金額は、過去最高に - 令和も活況続くか

2019.05.21

2018年度のM&A件数は830件、取引総額は12兆7,069億円

「武田薬品のシャイアー買収」は日本企業最高金額に

日本企業が積極的に海外での地盤固めに動いた様子が見られた

平成最後の年度となる2018年度(2018年4月-2019年3月)は、日本の上場企業によるM&A(企業の合併・買収)が活発だった。

国内の高齢化が進み、中小企業の後継者不在の問題はますます深刻になっている。大手企業でも国際競争が激しくなる中で、規模を拡大したり、「選択と集中」で経営を効率化したりする動きが活発だ。こうした経済環境の中で、多くの企業はM&Aに注目し、自社の成長の手段の1つとして積極的に活用し始めている。

M&A仲介サービス大手のストライクが東京証券取引所の適時開示情報を基に構築したデータベースによると、2018年度のM&A件数は830件、金額(株式取得費用と一部アドバイザリー費用を合わせた取引総額)は計12兆7,069億円となり、いずれも2009年度以降の10年間で最高に達した。

2009年度から2018年度にかけてのM&A件数の推移。ストライクが東京証券取引所の適時開示情報を基に構築したデータベースで集計したもの。※経営権が移動するものを対象とし、グループ内再編は対象に含まない。金額などの情報はいずれも発表時点の情報
2009年度から2018年度にかけてのM&A金額の推移。 ※同上

日本企業最高金額となった「武田薬品のシャイアー買収」

2018年度に注目されたのが取引金額の拡大だ。

武田薬品工業がアイルランドの製薬会社シャイアーの買収に投じた6兆7,900億円は、日本企業が実施したM&Aとしては過去最高額となった。さらに同年は、1,000億円を超える案件がこの10年で最高であった2017年度と並ぶ18件に達するなど、国際競争が激しくなる中で、日本企業がクロスボーダー(国際間案件)のM&Aを活発化させた様子が見てとれる。

武田薬品のシャイアー買収は2018年5月8日に発表され、2019年1月8日に成立した。巨額の買収金額が経営に与える影響を懸念して、創業家一族ら一部の株主が買収に反対したことも話題になったが、臨時株主総会での武田薬品株主の賛成率は9割近くに達した。

武田薬品に次ぐ大型の案件は、ルネサスエレクトロニクスによる米半導体メーカー・インテグレーテッド・デバイス・テクノロジー(IDT)の買収であった。買収金額は日本の半導体メーカーとして過去最高となる7,330億円に達した。自動運転やEV(電気自動車)などの進化に伴い、車載向け半導体の需要拡大が見込まれており、ルネサスエレクトロニクスはIDTの買収によってこの分野の開発力強化や製品の相互補完を目指す考えだ。

それに次ぐ大型の案件は、日立製作所によるスイスABBの送配電事業の買収であり、その金額は7,140億円に達する。日立製作所はABBから2020年前半をめどに分社される送配電事業会社の株式の約8割を取得して子会社化したあと、4年目以降に100%を取得し、完全子会社化する予定だ。再生可能エネルギー市場の拡大や新興国での電力網の整備に伴い、送配電設備に対する需要は一層高まると予想されており、日立製作所は買収により送配電事業で世界首位を目指す。

2018年度(2018年4月1日-2019年3月31日)の取引総額上位10ケース。※金額は株式取得費用と一部アドバイザリー費用を合わせた取引総額 (ストライク調べ)

2019年度も活況続くか

先述したように、金額が1,000億円を超える大型のM&Aは18件あり、武田薬品など金額上位3社のほかに、大陽日酸、三菱UFJ信託銀行、大正製薬ホールディングス、東京海上ホールディングス、JTといった大企業が名を連ねた。

これら18件中17件はクロスボーダーであり、かつ2018年度のM&A件数中、こうしたクロスボーダーは185件(構成比22.3%)に達しており、日本企業が積極的に海外での地盤固めに動いた様子が浮かび上がった。

かつて、日本で企業の投資といえば、研究開発や設備投資が大半を占めていた。しかし、最近の状況を受けて、ストライクの荒井邦彦社長は「全体の成長率が低迷する中で、こうした投資の効果は思うように高まらず、事業戦略としてのM&Aが日本企業でも定着してきている」と分析する。

なお同氏は、2019年度のM&A市場の動向についても「日銀による金融緩和が企業の資金調達環境を改善させており、活況が続きそうだ」と予測している。

出展:M&A online データベース

関連記事