【NTTドコモ】海外でのM&Aの失敗を国内のM&Aに生かす

【NTTドコモ】海外でのM&Aの失敗を国内のM&Aに生かす

2016.07.13

【NTTドコモ】海外でのM&Aの失敗を国内のM&Aに生かす

国内最大の移動体通信業者

 NTTドコモ<9437>は、親会社のNTT(旧日本電信電話公社)によりサービスが開始された無線呼出(ポケットベル)の事業をルーツとしており、1991年8月にエヌ・ティ・ティ・移動通信企画株式会社として設立された。ドコモという社名の由来は、Do Communications Over The Mobile Network(移動通信網で実現する、積極的で豊かなコミュニケーション)の、頭文字をつづったものである(NTTドコモHP参照:https://www.nttdocomo.co.jp/corporate/about/outline/identity/)。

 92年には政府措置によりNTTから分離され、98年10月に東京証券取引所第一部に上場した。「iモード」の大ヒットなどにより、ITバブル期の2000年には、時価総額40兆円を超え営業利益は1兆円にも達した。そして現在、ドコモの携帯電話市場シェアは16年3月時点で国内トップの約45%である。

もろくも崩れた海外でのM&A戦略

 98年に上場したドコモは、00年のITバブルにかけて国内移動体通信事業者だけでなくIT企業として国内では圧倒的強さを誇っていた。98年に上場して以降、00年にかけてITバブルとともに株価は跳ね上がり、上場時約8.8兆円だった時価総額はわずか2年後の00年には4倍以上の40兆円にまで達した。この時、親会社のNTTの時価総額を10兆円以上引き離し日本企業トップとなった。

 当時、携帯電話事業はおろかヤフーBBのサービスを始める前のソフトバンクですら時価総額21兆円で、同時期のトヨタ自動車の時価総額が16兆円程度だったことを考慮すると、IT関連株の株価の高騰は異常だったことがよく分かる。

 また、この時のドコモの株価収益率(PER)[注1] は150倍以上、EV/EBITDA倍率[注2]は30倍以上であり、同時期の日経平均のPERが70倍前後(近年は15倍~20倍前後)とITバブルの影響もあり水準こそ高いものの、ドコモのような巨大企業がPER150倍以上になることは通常であれば極めて稀なことである。 [注1] : Price Earnings Ratioの略称。株価収益率。 株価と企業の収益力を比較することで株式の投資価値を判断する際に利用される。時価総額÷純利益、もしくは、株価÷1株当たり利益(EPS)で算出される。[注2]:「簡易買収倍率」ともよばれ、企業の割安性を測る指標。 EV(企業価値)がEBITDA(営業利益+減価償却費)の何倍になっているかを測る 。

 こういった株高を背景に、ドコモの海外でのM&Aは00年前後のITバブル期に集中している。例えば、英ハチソンテレフォン、蘭KPNモバイル、米AT&Tなど、1千億円を優に上回る巨額のM&Aを集中して行っている。

■NTTドコモの行った主なM&A
年月 概要
1999.12 香港のハチソンテレフォンカンパニーに2,000億円出資し、株式の19%取得。
2000.05
オランダの携帯電話会社KPNモバイルに5,000億円出資し、株式の15%取得。
2000.11 米AT&Tの携帯電話事業部門であるAT&Tワイヤレスへ1兆800百億円出資し、株式の16%取得。
2001.01
ビットワレット(現楽天Edy)にソニーなどとともに57億円出資し、株式の5%取得。
2005.04
三井住友カードに増資引き受け等を通じて987億円出資し、株式の34%取得。
2005.11 タワーレコード(東京)に業務提携を目的とし128億円出資し、株式の42%取得。
2005.12 韓国2位の移動体通信事業者KTに増資引き受け等を通じて655億円出資し、株式の6%取得。
2006.01 フジテレビジョンの株式2.6%を207億円で取得。
2006.01 フィリピンの通信事業者PLDT社へ、筆頭株主から株式6.4%を1700億円出資し取得。
2006.03 グアム島および北マリアナ諸島の移動体通信事業者であるグアムセイラー社およびグアムワイアレス社を83億円で株式100%取得し買収。
2006.04 ローソンへ自己株式の譲受により株式の2%を91億円で取得し資本参加。
2006.12 角川グループホールディングスの株式4%を40億円出資し取得。
2007.01 日本テレビ放送網の株式3%を134億円で取得。
2007.06 ゼンリンの高品質な地図データベースと高度な地図データ配信技術を有するゼンリンデータコムの株式10.3%を取得。
2007.06 ファミリーマートの自己株式譲受により株式の3%を90億円で取得。
2009.02 ドコモとエイベックス・エンタテインメントは、新たにエイベックス通信放送を共同出資により設立。ドコモの出資比率は30%で取得価額21億円。
2009.03 インドのタタ・グループ持株会社タタ・サンズ、およびタタ・サンズ傘下の通信事業者TTSLの株式27%を2,667億円出資し取得。
2009.04 エクササイズ商材や健康食品、CD等、ネット通信販売会社オークローンマーケティングの株式51%を310億円出資し子会社化。
2011.12 2009年共同出資により設立されたmmbiへ300億円追加出資し株式の9.5%を追加取得。
2012.03 有機、低農薬野菜と無添加食品の会員制宅配サービスを展開している、らでぃっしゅぼーやを公開買付により69億円で株式の14%取得し買収。
2012.06 2005年に出資していたタワーレコードの株式8.2%を買い増し子会社化。
2013.03 ファッションサイト「MAGASEEK」などを運営するマガシークの株式を公開買付により20億円で株式の71%取得。
2013.05 メディカルデータベース事業を展開する日本アルトマークの株式77.5%を26億円で取得。
2013.08 東京放送ホールディングス及びTBSテレビと業務提携により株式の3%を70億円で取得。
2014.01 料理教室最大手「ABCクッキングスタジオ」を運営するABC HDの発行済普通株式取得により株式51%を200億円で取得。

 00年には、国内携帯電話市場では99年2月から開始したデータ通信サービス「iモード」の大ヒットによりドコモは圧倒的なシェアを持っていた。

 しかし、既に飽和状態になりつつある国内市場において、ドコモにとって海外への進出は必須の課題だった。また、01年にはこれまで国や地域ごとに異なっていた通信方式が次世代携帯電話で統合されるという差し迫った問題もあった。

 こうした状況下、世界市場を攻略するには携帯電話会社のグループ化とネットワークを共同構築することが必要だった。そのため、ドコモは資本参加する際の出資比率を20%以下に抑える一方、次世代サービスに向けた先進技術・ノウハウを供与するという戦略を打ち出した。データ通信性能が高い次世代携帯電話ではiモードのようなネット接続サービスが中心となると考え、必要となる無線通信技術と運営ノウハウを提携関係の担保とする戦略であった。

 ドコモが海外での提携関係を築こうとする中、ライバルの英ボーダフォン・グループは米エアタッチを約6兆2千億円で買収。さらに、米通信大手ベル・アトランティックとの米携帯電話事業を統合し、約17兆7千億円規模で独マンネスマンを買収と、巨額のM&Aにより英独米の三市場を制していた。

 こういったライバル企業の動向が、「iモード」で世界の携帯市場の主導権を握りたいドコモにとって、00年前後の巨額M&Aを急がせる動機となり、それとともに00年以降ドコモは手許資金が減少し、借入の割合が増加している。

■現預金・借入の割合推移

※2003年3月期より米国会計基準へ変更

■自己資本比率

 しかしながら、ドコモに限らずこの時期に行われた巨額M&Aの大半は結局失敗に終わっている。

 M&Aで先行していた英ボーダフォン・グループについては、01年3月期に約1兆6千7百億円の最終赤字を計上し、同じくドコモについても、累計2兆円近くを欧米、アジアの通信会社に投じ、その後、AT&Tなど出資先4社の収益環境の悪化に対応し、1兆円を超す損失を出し株式売却を余儀なくされている。

 ドコモは当初、経営権を握れない部分出資でも、「iモード」などの技術供与料や出資先の会社が株式を上場した時の株式売却益などで投資のリターンは十分確保できると見ていたが、ITバブルの崩壊とともに巨額M&Aを繰り返してきた欧米各社が行き詰まり、それに続く形でドコモも巨額M&Aの減損処理に追い込まれたのである。

海外M&Aの失敗を教訓に、国内M&Aでは事業の多角化を図る

 度重なる海外でのM&Aの失敗の経験から、ドコモは通信会社としてではなく、携帯電話を核とする総合サービス企業に転身を図ろうとしている。

 09年、テレビ通販「オークローンマーケティング」を皮切りに、有機野菜宅配サービス「らでぃっしゅぼーや」、CD販売「タワーレコード」と異業種の買収・子会社化を積極的に展開している。これらのM&Aでは、提携先とのシナジーを発揮するだけでなく、ドコモのサービスそのものへの取り込みも行われている。

 その一例が、dショッピングである。ここではオークローンマーケティングの通販商品や、らでぃっしゅぼーやの有機野菜を取り扱う。また、dショッピングからタワーレコードのオンラインショップへのリンクも用意している。

 こういったM&Aの方針転換は、将来的には音声通話収入の減少や、スマートフォンのデータ通信料の伸び悩みも見据えたものであり、ドコモは音声通話とデータ通信に頼らない収益構造の構築を急いでいる。

■上場来業績推移

※2003年3月期より米国会計基準へ変更

 ドコモ財務内容を見ると、自己資本比率はITバブル以降も非常に高い水準を保っている。営業収益こそ年々減少傾向にあるものの、利益水準は維持しており、収益構造の効率化が見受けられる。また、株価についてはITバブル期の異常なPERを除き近年は15倍~20倍前後と比較的安定しており、国内携帯電話キャリアNo.1の企業であり、かつ安定した高配当銘柄として、株主も安定していることが伺える。

■各社年度末シェア 推移

※一般社団法人 電気通信事業者協会データベース(http://www.tca.or.jp/database/)より

 海外のM&Aの失敗から国内のM&Aに回帰した感のあるドコモであるが、どちらかというと守りのM&Aを行っているように見える。海外での大胆なM&Aがことごとく失敗したため、地に足の付いたM&Aを行っていくことが今のドコモにとって最善という結論に至ったのかも知れない。

変わりゆく国内携帯電話市場

 近年、音声通話の定額プランや仮想移動体通信事業者(MVNO)[注3]による格安携帯、2年契約の途中解約における違約金の解除など、携帯電話市場は大きな転換期にあり、これまでほぼ独占状態にあったドコモをはじめとする大手携帯電話会社各社にとって収益構造の多角化や事業展開の工夫が求められている。[注3]:「Mobile Virtual Network Operator」、日本語では「仮想移動体通信事業者」。 大手キャリアなどから無線通信基盤を借り受け、独自サービスを加えて提供する企業のこと。

 15年春、携帯電話に挿入されているSIMカードのロックが解除できるSIMロックの解除が義務化された。SIMロックとは、携帯電話利用者が購入したキャリアのSIMカードしか読み込まないようにする仕組みのことで、これによってユーザーの囲い込みができるといわれている。

 しかし、今回SIMロックの解除が義務化されたことで、例えばスマートフォンの中に入れるICチップを交換するだけで今までと異なるキャリアでスマートフォンを利用できるようになった。

 これを機に、ドコモなどの大手キャリアから回線を借りて格安SIM・格安スマホを展開するMVNOが急激に増加、契約者数も同様に増えている。大手携帯キャリアに対してMVNOは、初期費だけでなく利用料も安いことが、消費者心理に大きな影響をもたらしている。。

 これまで多くのユーザーが携帯電話を買う際には、割賦(分割払い)を利用しており、大手キャリアのほとんどは24回にわたって通信料を割り引くことでスマートフォンなどの実質価格を抑えていた。しかし今後は、携帯電話はそのままにキャリアだけ乗り換えるといったことが当たり前になると考えられる。

 政府主導の携帯電話市場の自由化により利用者にとってはより安くより便利に、これまでほぼ市場を独占してきた大手キャリア3社にとって、これまで以上にM&Aを視野に入れた経営戦略、それに伴う業態転換や経営の効率化が求められるようになった。

 急激に市場が変化していく中で、ドコモのこれまでのM&A戦略が正しいかどうかを見極めるのは時期尚早と言えそうだが、携帯電話利用者の立場からすれば、過去の海外での巨額M&Aの失敗経験を生かし、より安くより便利にサービスを受けられることにつながるような今後のM&A戦略に期待したい。

この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

まとめ:M&A Online編集部

LINEと比較されがちな「+メッセージ」は独自の価値を打ち出せる?

LINEと比較されがちな「+メッセージ」は独自の価値を打ち出せる?

2019.04.25

携帯3社が「+メッセージ」の機能拡充を発表

LINEと比較した強みは「信頼性」

金融サービスと連携し、住所変更手続きが容易に

NTTドコモ・KDDI・ソフトバンクの携帯大手3キャリアが「+メッセージ」(プラスメッセージ)の機能拡充を発表した。

国内大手3キャリアが「+メッセージ」の機能拡充を発表

サービス開始から1年が経過した「+メッセージ」だが、広く普及した印象はない。「メッセージならLINEで十分」との声も多い中で、普及する可能性はあるのだろうか。

「LINE」とは異なる可能性を秘めた「+メッセージ」

2018年5月に大手3キャリアがサービスを開始した「+メッセージ」は、2019年4月までに利用者が800万人を突破したという。だが「使ったことがない」とか、そもそも「名前を知らなかった」という人もいるのではないだろうか。

+メッセージの利用者は800万人に

「+メッセージ」とは、国際規格のRCSに準拠したメッセージサービスだ。従来のSMSを置き換えるサービスとして、短いテキストだけでなく長文や画像、スタンプを送れるのが特徴だ。

「+メッセージ」はSMSを置き換える上位サービス

一方、日本国内ではLINEが普及しており、月間利用者数は7900万人、そのうち毎日使うユーザーは6600万人もいるという。日本のほとんどのスマホにLINEは入っており、日常的なメッセージ需要はLINEが十分に満たしている状態だ。

だが、どんなにLINEが普及してもSMSがなくなることはない。サービスのID登録やログイン時など、本人確認を必要とする多くの場面でSMSは使われている。SMSは契約時に身分証明書で本人確認を済ませており、信頼性が高いのが特徴だ。

一般に「+メッセージ」は大手キャリアのLINE対抗策と認識される傾向にあるものの、その性質はやや異なる。「+メッセージ」がSMSの延長にあるという特性を活かせば、SMS認証のような本人確認はもちろん、企業と個人の間でのさまざまな手続きに活用できるはずだ。

こうした背景を踏まえて3キャリアが発表したのが、新サービスの「公式アカウント」や、金融各社と連携する「共通手続きプラットフォーム」だ。

仕組みの共通化やMVNO対応など、課題は山積

2019年5月以降に始まる「+メッセージ」の公式アカウントは、企業向けのアカウント機能だ。利用例としては銀行やレストラン、携帯会社を挙げ、登録住所の変更やレストランの予約、問い合わせといったサービスを実現できることを示した。

「+メッセージ」の「公式アカウント」機能

こうした機能はアプリでも提供されているが、スマホにアプリを入れていないユーザーも多く、パスワードを入れてログインするのは煩雑だ。だが「+メッセージ」なら電話番号だけでユーザー本人とつながり、チャットで手続きができるので便利というわけだ。

銀行やレストラン、携帯会社による利用例

だが、サービス提供に向けた課題は多い。公式アカウントの開設は、大手3キャリアが個別に営業をかけ、各社の基準で審査する方式となっている。一見すると無駄な仕組みだが、独占禁止法への抵触を避けるため、3社が競争している建前になっているという。

3キャリア以外への対応として、ワイモバイルなどのサブブランドやMVNOでは利用できない状況が続いている。サービス開始時から指摘されていた問題だが、1年が経過して何の進展もないのは理解に苦しむところだ。

iPhone対応にも課題がある。アプリを入れることで「+メッセージ」は使えるものの、SMSを送受信する標準のメッセージアプリを置き換えるものではない。ここに手を加えるのはiPhoneの基本的なユーザー体験に影響するため、アップルの判断次第になりそうだ。

また、今後の構想として、金融5社を横断した「共通手続きプラットフォーム」も打ち出された。住所変更手続きなど、各社の競争に直接関係しない事務手続きを共通化し、顧客の利便性向上を図るのが狙いだ。

金融5社と「共通手続きプラットフォーム」に向けた検討を開始

最近、フィンテックやキャッシュレスの新サービスが増え、新たに住所や電話番号を登録して口座を作る機会は多くなった。しかし、それに伴い変更の手間も増している。そこで+メッセージを利用したオープンな事務手続きプラットフォームが実現すれば、1回の手続きで全社に情報が伝播するというわけだ。

「+メッセージ」は、携帯市場で競合する大手3キャリアが共通サービスの整備を進めなければならない。その中で「電話番号でつながる」強みを活かした独自の活用法が、ようやく見えてきたといえそうだ。

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2019.04.25

シャークニンジャ日本法人の社長 ゴードン・トム氏に直撃

「コードレススティッククリーナー」人気の立役者が語る参入秘話

日本向けの製品カスタム、消費者ニーズの取り入れ図る

全米ナンバーワンの掃除機ブランド「シャーク」。日本では、長年スチームクリーナーのメーカーとして知られていたが、2017年6月に日本法人が設立され、翌2018年夏に日本市場に本格参入した。

第1弾として、同年8月にコードレススティッククリーナーの「EVOFLEX」を発売。翌9月にはハンディクリーナー「EVOPOWER」、10月にはスチームモップ3製品、ロボット掃除機「EVOROBOT」と精力的に新製品を日本市場に投入している。

そこで今回は、シャークニンジャ日本法人の社長を務めるゴードン・トム氏を直撃。同社の日本市場への本格参入の意図と、今後の戦略や日本の掃除機市場や消費者について伺った。

シャークニンジャ日本法人の社長のゴードン・トム氏。英国の元外交官で、20年前にダイソンの掃除機を日本に広め、現在の業界の発展につながる市場の開拓の礎を築いた人物だ

「コードレススティッククリーナー」人気の立役者

ゴードン・トム氏と言えば、日本の掃除機市場の変革者と呼んでも過言ではない人物。もとはイギリスの外交官として来日。赴任中の1990年代にダイソンの日本法人の初代社長に抜擢された(編集注:イギリスの外交官には副業を認める制度がある)。

当時国内メーカーの寡占状態であった日本の掃除機市場に“吸引力が落ちない”の謳い文句で同社のサイクロン掃除機を展開し、「ダイソン」ブランドの地位確立の礎を築いた。

ダイソンを退いた後は、エレクトロラックス日本法人の社長に就任し、キャニスター型に代わり、現在日本の掃除機市場において主流となった“コードレススティッククリーナー”の人気を定着させた。

外国人でありながら、日本の掃除機市場を知り尽くした“業界のマシュー・ペリー”的存在のトム氏だが、今度は全米ナンバーワンの掃除機メーカーの日本法人の社長として日本に再上陸したのは、どういった経緯なのだろうか。

「2014年にエレクトロラックス社を退職して、以降はマーケティングのコンサルタントの仕事をしていましたが、2016年の9月ごろにシャークから連絡がありました。当時のシャークの売上は北米が95%、イギリスが5%ほど。中国法人を立ち上げ、代理店経由でメキシコにも進出するなど本格的な国際化戦略を進めており、日本も大事な市場の1つと考えていました。そんな中、私のところに相談があり、翌2017年の1月くらいにボストンの本社へ出向き、エンジニアやデザイナーに会って話をし、3~4月ぐらいに日本に展開する商材や現地法人の設立、取引・流通事情、マーケティング戦略の提案をしました」

日本法人の設立にあたっては、最終的にはトム氏自らが初代社長に就任することになり、これまでの経験をもとに、オフィスの設置場所や人材集めなども自ら担ったとのことだ。

参入にあたり日本向けにカスタム

次に着手したのは、日本市場に投入する商材の選定。氏曰く「これまでで最高の掃除機に出会えた」と評する同社の製品で、日本市場参入第1弾に選ばれたのは、「EVOFLEX」。本国では2017年秋に発売され、ボタン1つでパイプを90°曲げて掃除ができるという独特のギミックで注目を集めた製品だが、日本で発売するにあたっては多くが日本向けにカスタマイズされたという。

日本市場への本格参入の第1弾として2018年8月に発売されたコードレススティッククリーナー「EVOFLEX」。本国でおよそ1年前に発売された製品(左)を、サイズからモーター、操作性に至るまで、日本向けに大幅にカスタマイズした上で登場し

「本国で開発された最初の試作機は、私の目から見たら全然ダメでした。まず、大きすぎて日本人の身体にも家にもマッチしていませんでした」

パイプ部分が90°曲がって家具の下にも潜り込みやすいという、製品のアイデンティティーとも言える独自性はそのまま継承しつつも、パーツの着脱をしやすくするためにボタンの改良が施されるなど、日本のユーザーに受け容れられるよう細かい部分にまで配慮がなされた

そこで実際に、試作機を用いて日本の家庭50世帯で6週間のテストを3回行い、その結果、日本向けの「EVOFLEX」は、原型は同じでありながらも本国の製品とは見た目も中身もかなり異なる製品に仕上がった。「例えば、ヘッドブラシは、畳や木材などが多い日本家屋の床に合わせて柔らかいローラーにしました。ダストカップも中身が見える透明な素材で、中のメンテナンスがしやすいように角を丸くしています」とトム氏。

それ以外にも、高音域のモーター音を好まない日本のユーザーのために音を低減したり、高性能なHEPAフィルターの採用や、取り外しやすいメッシュフィルターを採用してサイクロン部の手入れをしやするなど、掃除機の本質性能だけでなく、操作性やメンテナンス性にこだわった改良が多数施された。

こうした改良点について、トム氏は日本とアメリカの掃除機に対する消費者の根本的な考え方や流通ルートの違いを明かす。

「日本の場合には、掃除機や家電製品の購入は、家電量販店が主流ですが、米国の場合にはウォルマートなどの巨大スーパーで購入するケースが一般的です。そこでは日本のように実際に製品に手で触れて試してみるという機会がありません。そのため、製品への信頼度が重要で、ブランド力というのはとても大事なのです」

日本でも昨秋発売された同社のロボット掃除機。本国ではそのおよそ1年前に発売されているが、ほぼアイロボット社の独占市場であったアメリカのロボット掃除機市場において、初めてアイロボット以外で2桁のシェアに躍り出ている。

2018年10月発売のロボット掃除機「EVOROBOT」。掃除機メーカーとしてのブランドへの信頼性と、十分な機能・性能と消費者が受け入れやすい価格帯で、アイロボットの「ルンバ」以外で初めて10%を超えるシェアを獲得したという

さらに、米国の消費者は「掃除機が必要」という需要があった上で、その用途を満たすための機能と予算を照らし合わせて製品を選ぶというのが購入の意思決定。ゆえに、デザインやメンテナンスといった要素は日本人ほど重視されず、むしろ「さまざまなユーザー層の需要に応えるために、価格によって付属品を選べることが重要なのです」と話す。

20年前の日本市場は「つまらなかった」

一方、約20年前に日本の掃除機市場に乗り込み、「日本の掃除機は紙パックのキャニスター式ばかりで個性がなく、つまらなかった」と当時を振り返るトム氏。業界の“エバンジェリスト”として、日本市場においてシャークブランドのプレゼンスをどのように高めていくのかに注目される。

そこで目を向けたのが、昨年9月に発売された「EVOPOWER」だ。本国での発売後、日本向けにカスタマイズして上陸した「EVOFLEX」とは異なり、日本をメインマーケットとして、日本の消費者のニーズを多く取り入れて開発されたハンディクリーナーで、その後に英国でも発売されているとのこと。

さらに、今年1月には長崎県の無形文化財である「臥牛窯」とコラボレーションし、「EVOPOWER」に絵付けを施した限定商品を発売するなど、"日本発"の掃除機を送り出している。今後もこうした商品展開や戦略を積極的に進めていく方針なのだろか。最後に、シャークニンジャの展望について訊ねてみたところ、次のように語ってくれた。

2018年9月発売の「EVOPOWER」。コンパクトで部屋に設置しやすくサッと使える機動力のよさと、生活感を感じさせない外観でインテリアにもなじみ、部屋に常設しやすいと好評だ
「臥牛窯」とのコラボレーションで生まれた限定の「EVOPOWER」。プロモーションというよりも、どちらかと言うと日本の伝統工芸贔屓のゴードン社長の“趣味”で作られたようだが、今後も相性がよいものがあれば実現していきたいとのこと

「シャークの掃除機は、あくまでユーザーの使い勝手が最優先です。ゆえに、EVOPOWERも持ちやすく、どこにでも置いて使いやすいサイズ・形状を追求したハンディクリーナーですが、空間に置かれた時のこともイメージし、見た目のデザインにもこだわって開発された、これまでになかった商品だと思います。そういう意味ではEVOPOWERのデザインはまさに"機能美"と言えます。臥牛窯は、単に私が好きだと言う理由でやりました(笑)。積極的にとまでは言えませんが、伝統工芸が好きなので、実現できれば個人的には今後もコラボ商品を展開してみたいですね」

ダイソンで日本の掃除機市場に風穴を開け、エレクトロラックスで新たな掃除スタイルを日本に定着させたゴードン・トム氏。掃除機メーカーとして全米で絶対的なブランド力を誇るシャークニンジャを率い、今度はどのような手腕を奮うのか楽しみである。

長年の経験・知見を武器にした"掃除機"を通じた外交で、日本と諸外国をつないで、今後も世の中の掃除・家事スタイルやあり方を変えていってくれることへの期待が寄せられる、ゴードン・トム氏
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