1位入賞は社員!?

新しい書体デザインの発掘のために開催された「石井賞創作タイプフェイスコンテスト」(隔年開催)は、1位の賞金が100万円ということでも注目を集めた(*1)。写研としても、少なくとも1位の書体は商品化していくということで、自社の商品ラインナップに関わるおおきな意味をもつ場だった。

1970年(昭和45)に発表された第1回の1位は中村征宏氏のナール。そして、1972年(昭和47)に行われた第2回の1位に輝いたのはスーボという書体だ。デザインしたのは鈴木勉氏(*2)。写研の社員だった。

スーボ

東京デザイナー学院を卒業した鈴木氏が写研に入社したのは、1969年(昭和44)4月のこと。橋本さんが責任者を務める文字盤部原字課に配属された。鈴木氏に初めて会ったとき、坊主頭で礼儀正しいその姿に、橋本さんはデザイナーというより「厳格な武道を志す人のよう」と感じたそうだ。しかし、いざ仕事をしてみるとすぐに、文字のデザインに対して繊細な感覚と技能をもつ人だとわかったという。

その鈴木氏が、23歳、写研入社わずか2年目にして、自社主催のコンテストで1位となった。審査会場で179点の応募作品のなかから鈴木氏のパネルが選ばれたとき、事務局は正直なところ「困ったな」という感想だった。社員が応募してはいけないという規定はない。審査はパネル裏面に記された氏名を隠して行われた。だが、1位獲得となると、どうなるのか。

審議にものぼったが、公正に行われた審査であること、だれもに平等な機会が与えられるべきという審査員の声によって、社員であってもよいと受賞が認められた経緯がある。(*3)

くい込み処理で極太書体を実現

スーボは、それまでだれも見たことがなかったような書体だった。

第2回石井賞創作タイプフェイスコンテストに応募したときに鈴木氏が記した制作意図は、次のとおりだ。

〈写植文字・活字を含め、これといったユニークなディスプレイがないのに着目し、今までにない太さの丸ゴシック体を創作した。従来、太い書体は画数が多い場合、その部分を細くして処理していたが、この書体では“くい込み”の方法をとり、なるべく太さを均一に保つようにした。〉

〈結果的にはこの“くい込み”が面白い効果となったと思う。また、ディスプレイタイプの太い書体は字間が目立つためそれを防ぐ意味で字面を大きくした。利用範囲は限られると思うが、それがかえって印刷物をひきたてることになるのではないか〉

漢字の偏が重なり合う部分や、かなの濁点を重なり合わせることで(くい込み)、太さを均一に保った。

橋本さんは語る。

「極太の画線は線がたてこむとつぶれてしまい、文字として識別できなくなるため、制作ができないと思われていました。それを鈴木くんは、線を重ね、くいこみのデザインをするというアイデアで、文字の識別を可能にしたのです。この丸っこい書体は、『書は体を表す』という言葉のとおり、鈴木くんの姿そのものでした」

鈴木氏の斬新なアイデアでデザインされたスーボは、なんとも明るくユーモラスで、柔らかくおおらかな印象の丸ゴシック体となった。彼を知る人は口をそろえて「鈴木くんのイメージにそっくり」と言った。当時、コンテストの事務局をつとめていた写研の新井孝氏も、こんなふうに書いている。

〈この書体はまさに「書は体を表す」で彼の若き時のイメージにそっくりである。思い切りコロコロ太った柔らかい丸ゴシック、画数の多い文字や濁点がつぶれないように「くい込み」をする細かさ。見かけは豪放磊落だが、本当は神経質な面をもち人にやさしい鈴木君を表しているようだ〉(*4)

1位受賞後、写研社内では鈴木氏を中心に制作チームが組まれ、原字制作が進められた。そして2年後の1974年(昭和49)7月、写研からスーボが発売された。発売されるや、ポスターやチラシ、新聞広告、子ども向け雑誌など、さまざまな媒体で使用される大ヒット書体となった。ふつう、新書体はまず東京で流行し、それが地方に広がっていくものだった。ところがスーボだけは、なぜかまず地方で販売量が伸び、それが東京に浸透していったのだという。(*5)

「以降、スーボは日本のディスプレイ書体におおきな影響を与えました」(橋本さん)

書体名は「スーボ」。「鈴木氏のボールド」という意味だ。この書体名も、「鈴木くんの姿そのもの」といわれる絶妙な名前だった。

(つづく)

(注)
*1:賞金は、石井賞(1位)100万円、2位30万円、3位10万円で各1点ずつ、佳作(若干)は1万円だった。
*2:鈴木勉(すずき・つとむ) 書体設計士。1949年(昭和24)1月、横浜生まれ。東京デザイナー学院卒業後、1969年(昭和44)、株式会社写真植字機研究所(1972年、写研に社名変更)入社。原字制作にたずさわる。1972年(昭和47)、第2回石井賞創作タイプフェイスコンテスト1位入賞(のちのスーボ)。1974年(昭和49)、第3回石井賞創作タイプフェイスコンテスト1位入賞(のちのスーシャ)。ゴーシャ、秀英明朝、ゴナファミリー、本蘭明朝ファミリーなどの制作に従事し、1989年(平成元)写研を退職。同年、同じく写研を退職した鳥海修氏、片田啓一氏とともに字游工房を設立する。以降、ヒラギノ明朝体・角ゴシック体ファミリーなどを制作。1998年(平成10)死去。
*3:「鈴木本」制作委員会編『鈴木勉の本』(字游工房、1999年) P.16-18
*4:同書 P.93 新井孝「『スーボ』誕生の瞬間」
*5:同書 P.103 杏橋達磨「鈴木さんと書体デザイン」

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

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NewsInsight 更新終了のお知らせ

NewsInsight 更新終了のお知らせ

2019.06.17

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放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

カレー沢薫の時流漂流 第47回

放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

2019.06.17

最近女性の間で「#MeToo」ならぬ「#KuToo」運動がにわかに盛り上がっている。

「#KuToo」とは「靴」と「苦痛」をかけており、職場や就職活動で、足を痛めるパンプスやヒール靴の強要をやめようという運動である。

そもそもそんなの誰も強要してねえよ、と思われるかもしれない。確かに規定として靴の形状やかかとの高さまで定めている会社はレアだろう。しかし、私の元いた会社でも、規則があるわけでも、誰に言われたでもなく、みな一様に黒のパンプスを履いていた。それが「暗黙のルール」であり、それ以外は「非常識」と見られる風潮は確かにあるのである。

これが就職活動になると、パンプスを履いていないだけで「こいつは常識がない」と見なされ不採用になってしまうかもしれない、ということだ。そうなると女子学生は足を負傷してでもパンプスを履かざるを得なくなってしまう。

正直、パンプスは苦痛

パンプスがそんなに苦痛か、というと、靴の中では殺傷能力が高い方である。これは他人への、という意味ではなく自分へのだ。他人を殺傷したいならカウボーイが履いている、かかとにピザカッターがついている奴を履いた方が良い。

狭いつま先に足の指が密集されるため、私もよく爪で隣の指を切って足を血だらけにしていたし、伸縮性にかける素材のため、あわないパンプスだと試着の時点で靴擦れが出来るレベルなのだ。

世の中には素肌に荒縄で亀甲縛りを施し、その上に上等なスーツを羽織って出社している人も多いと思う。とても痛いだろうが、それは強制されたわけではなく、その人が好きで楽しいからやっているのだ。

つまり、好きでもない上にとても痛いパンプスを強制で履かなければいけないというのは、上等なスーツの下が亀甲縛りなことよりも「異常」なことというわけだ。

この運動はすぐに広まり、いきなり国会でも議論されたという。これにより「厚労相がハイヒール強要を容認」という見出しのニュースまで踊り出ることになった。

完全に自由と言われても困るのでは?

「厚生省に、女がハイヒールを履かないと死ぬ病の人が!?」と驚いたが、記事をよく見ると見出しほどのことはなく、厚労相の発言は「これは社会通念に照らして業務上、必要かつ相等な範囲かと、この辺なんだろうと思います」というかなりボンヤリしたものであり、どっちでも良い事を聞かれた私のリアクションに似ている。

しかし「ハイヒールが履けない女は何やってもダメ」などと強い事を言っているわけではないが、「業務上必要ならパンプス履くべきだろ」という「容認」に聞こえなくもない。すぐさま「業務上ハイヒールが必要な仕事って何だよ」という疑問が挙がり、「SMの女王様」「(ハイヒールでキレッキレに踊る)perfume以外ありえない」などの声が相次いだ。

この社会問題がすぐ大喜利になってしまうのは良くも悪くも「ザ・ツイッター」という感じだ。

確かに「業務上必要」となると、まだかかとにピザカッターがついている靴の方が「ピザを食う時」必要な気がする。

ただ、靴や服装を完全に自由化し、何でもOKにすれば良いかというと、それはそれで問題が起きると思う。ファッションに疎くコーディネートが苦手な人間からすれば、職場に何を着ていいのか全く「指針」がないというのは迷子になるし、接する側としても、車を買いにいってディーラーが、イモ―タンジョ―の完コスで出てきたら「キャデラックしか買うことを許されないのか」と委縮してしまう。就活マナー本に「俺の考えた最強の就活ファッションで挑みましょう」とだけ書かれていても逆に困るだろう

着る側としても、それに接する側としても、社会において服装にある程度規定や模範があるというのはメリットでもあるのだ。

そもそも規定や常識というのは、秩序を作ることにより問題を減らすためにあるものなのだ。しかしそれが元で「足を負傷する」という「問題」が起こっているなら本末転倒なので、やはり解消はすべきなのだろう。

極論に流れない寛容さが足りない

おそらく「#KuToo」を提唱している人も「ドラゴン柄のコンバースで就活したい」と言っているわけではないのだ。最近は「パンプスに見えるスニーカー」なども存在するし、パンプスでなくても地味な靴はいくらでもある。そのような靴を履いていても「パンプスじゃないから非常識」と見るのをやめてほしいという話だろう。

ちなみに私が会社員時代履いていたパンプスだが、黒の革靴ではあったが、つま先は限りなく丸く、ヒールはなきに等しい、今思えばあれはパンプスだったのか、70過ぎのババアが旅行に行くときに履くヤツなんじゃないか、という代物であったが、特に何も言われなかった。

「#KuToo」が求めるのも、そのぐらいの「寛容さ」なのではないだろうか。

【お知らせ】
連載「カレー沢薫の時流漂流」の掲載場所を変更します。
→ 新しい掲載場所はこちら https://news.mynavi.jp/series/jiryu_hyoryu