「外国は中古が多い」は本当か? 総務省の中古スマホ推進に感じる課題と矛盾

「外国は中古が多い」は本当か? 総務省の中古スマホ推進に感じる課題と矛盾

2019.02.01

総務省が推進する「中古スマホ促進施策」のズレ

日本で中古スマホの使用率が高くない理由は「修理事情」にある

端末分離プランのカバーが目的なら、本末転倒だ

総務省と公正取引委員会が、携帯電話大手3社が下取りした中古スマートフォンの流通実態調査に着手している。目的は、中古スマホの国内での流通活性化だ。

現在各社は、新品スマホの購入促進を目的に、「使っているスマホを中古として引き取る代わりに割引を行う」という施策を採っている。この際、買い取った中古スマホが「日本国内ではあまり流通せず、他国に流れている」ことを問題視しているようだ。

中古スマホがあると新品が流通しづらい。だから携帯電話大手は中古をあえて国内流通していない。中古スマホの流通量が増えれば、携帯電話の入手コストが下がり、国民の負担が下がる……。

総務省が考えているのはこういうシナリオのようだ。

だが、この話はどうにもおかしい。「中古スマホをめぐる事情をきちんと理解していないのではないか」「中古スマホの商品特性を理解していないのではないか」と思えるからだ。

そこで、筆者の目から見た「中古スマホ促進施策のズレ」を指摘してみたいと思う。

アメリカでは「古いスマホは家族に譲る」

まずポイントは「中古スマホの利用率は、本当にそこまで大きな問題なのか」ということだ。

すぐに手に入りやすい調査データとしては、2018年2月にMMD研究所がオークネット総合研究所と共同で行った「日本とアメリカにおけるスマートフォン中古端末市場調査」がある。筆者はここ10年、年に最低でも5回はアメリカへ取材に出かけており、市場的に状況がよくわかっている、という点も加味して、ここでは「海外における中古市場のベンチマーク」として、アメリカをターゲットにおいてみたい。

この調査によれば、日本での新品端末利用率は「93.9%」。アメリカの「78.5%」に対してかなり高い。ネット調査であること、調査期間が2017年12月と、すでにそれなりの時間が経過していることに留意する必要はあるものの、「日本は新品に偏っている」との指摘は正しい。

ただし、ここでいう「新品でない端末」とは、中古販売された端末だけを指すわけではない。

もともと、日本においては端末を「家庭内に保管している」人の割合が群を抜いて多い。この調査によれば、日本では60.7%の人が家庭内に保管しており、アメリカでは43.7%に減る。では、携帯電話会社による中古買取、中古販売店への売買、オークションサイトへの売買が多いのか、というとそうではない。それらは日本と差がほとんどない。日本と違うのは「家族・友人に譲った」という項目。ここが12.3%もある。

MMD研究所がオークネット総合研究所と共同で行った「日本とアメリカにおけるスマートフォン中古端末市場調査」より。アメリカも日本も、中古へ流通するスマホの比率は変わらないが、「家族・友人に譲る」率では大きな違いがある

すなわち、アメリカという市場に限って言っても、「中古スマホの販売が活発」なのではなく、「使用済み端末の融通が活発」なのだ。

日米中古事情の違いは「修理」事情から生まれる

なぜこのような違いが生まれるのか? 理由は複数考えられるが、もっとも大きいのは、携帯電話事業者による販促が活発で、新品を買うハードルが低い、ということだ。新品を買いやすい環境にあるなら、誰もが新品を欲しいと思うのは当然のことだろう。

ここで筆者が注目するのは「修理」のコストと頻度である。同じ調査の中で、日米の修理に関する意識の違いも明確になっている。

日本では、修理の費用について、実に39.6%の人が「無料だった」と答えている。理由は、半数の人が「修理を補償するサービス」に加入しているからだ。携帯電話事業者によるものが41.3%、メーカーによるものが10.2%なので、合算すれば過半数を超える。これがアメリカの場合、47.2%の人がなんの補償サービスにも加入していない、と答えている。結果的に、日本の場合、携帯電話利用料金と重畳される分月々の費用が上がり、無償修理の比率が高くなる。

日本ではスマホの修理が「無料」だった人の割合が圧倒的に多い
スマホ修理費用の違いの理由は、日本では「修理を補償するサービス」に加入している人の比率が圧倒的に高いからだ

アメリカには、日本に比べて「携帯電話修理店」の量が圧倒的に多い。日本には総務省による「登録修理業者制度」があり、登録することが必要な状況だが、アメリカではそうではない。ショッピングモールなどには安価な修理業者が必ず出店しており、低価格に修理を請け負うようになっている。

一方でこの違いは、「スマホをどのくらいキレイに使うのか」という、中古端末の品質に影響している……と筆者は見ている。

日本の場合、わざわざ売る端末は、価格下落を恐れ、かなり状態の良い形で扱われる。中古業者の話を聞いても、「日本からのスマホは状態が良い」という点については一致した見解である。

一方海外の場合、中古の品質はそこまで高くない。ケースの利用率が低いこともあるが、「カジュアルに直せる」「カジュアルに売れる」ことから、それこそ「傷一つない状態」を維持する必然性が薄い、ということがあるのだろう。

特に中国やアメリカでは、携帯電話をカジュアルに販売できる、という特徴がある。どのくらい手軽かというと、街角に「携帯電話の自動買取機」が置かれているのも珍しくないくらいだ。

筆者がサンフランシスコ市内で見つけた「ecoATM」。スマホを入れると査定して買取までを行ってくれる「自動買取機」。同社はサンフランシスコを中心に、もう5年近く地道にビジネスを展開している
筆者が中国・深圳でみかけた「携帯電話の自動買取機」。こうした端末が駅の通路などに多数あり、日本よりもずっとカジュアルに中古買取が行われている

ここで、アメリカでの中古スマホ利用率を思い出していただきたい。たしかにカジュアルに販売できるが、それでも「中古を買って利用している人の割合」は大したことがない。カジュアルにスマホを処分できるものの、「中古スマホを買う人の割合は限られている」というのが実情なのだ。

そもそも中古スマホは、よほど条件が良いものでないと長く使えない。バッテリーが劣化している可能性があるからだ。アメリカにも新品のスマホを割り引いて買う方法はたくさんあり、多くの人が利用している。ならば、やっぱりスマホは「新品で買いたい」のだ。だが、そこまでしない場合もある。そんな時は、「知り合いや家族からもらう」のだろう。バッテリーの劣化やボディの傷、ガラスの傷みなどは、修理すればなんとかなる。日本より修理がカジュアルである、ということは、そうした傾向に拍車をかけている可能性が高い。

見えない部分で巨大化した「スマホ経済圏」

では、そうやって回収されたスマホは、どこに行っているのか? もちろん、中古スマホそのものとして流通する場合も多いだろう。

だが実際には、スマホは「パーツ」になってしまうことも多い。別にリサイクル用だけではない。修理用のパーツのことだ。

スマホ修理のニーズは非常に高い。日本よりカジュアルに修理ができる環境が多い他国の場合は特にそうだ。それだけニーズがあるということは、パーツのニーズも多い、ということである。修理のパーツはメーカーから公式に供給されるものも多いのだが、それらは数も限られているし、高価になりやすい。

非公式かつ安価な修理市場に向けては、もっと安価な「非公式に」流通したパーツを使う必要がある。そうしたパーツのほとんどは、中古などの形で回収されたスマートフォンから得られたものであり、なんらかの形で「なぜかパーツだけの形で市場に流れてきた」ものである。最近は、修理用に互換性のあるパーツを製造する例もある。

深圳あたりを回れば、スマホのパーツだけを大量に販売する店舗を見つけられるだろう。そういう店舗の端では、店員がスマホのパーツをさらにバラして袋分けする姿も見られる。

筆者が中国・深圳で撮影したパーツ販売店の姿。スマートフォンのパーツが機種ごと・種別ごとに分類され、卸売されている。店の片隅では、手作業でスマホパーツを分解する姿もみられる

中古スマホは、美品は端末そのものが流通するものの、そうでないものはすぐにパーツ化されて修理に回される。PCなどと違い、機種やメーカー違いによる互換性はないに等しいため、人気機種のパーツは常に需要が高い。状態が良くなくても売れるのはそのためでもある。

中古スマホの流通とは、なにも「中古スマホがスマホのまま売られること」だけを指しているわけではない。こうしたパーツ流通も含めた巨大な流通こそが、「スマホという経済圏」なのである。

その経済圏の中で、「新品が喜ばれる日本」で、中古のスマホの流通は限定的になるのが、今は「必然の流れ」である。他国の方がよほどニーズが高いのだ。そこに流れていくのは経済原理的に言っても、まったく不思議なことではない。

「分離プランありき」の議論は本末転倒

スマートフォンの性能向上による差異は見えづらくなり、1機種の製品寿命は今後長くなっていくだろう。ハイエンド機種の価格も高くなっていく。そこで「中古を選ぶ」という選択肢はあっていい。

一方で、アメリカでの事例が示すように、そこでは「知人からの融通」のような、カジュアルな例も多くなってしかるべきだ。中古流通がカジュアルな国でも「中古スマホの販売量は多くない」ことは、もう少し真剣に考えるべきである。

なにより、今回の話がおかしいのは、「なぜ中古だけを推進するのか」ということだ。

スマートフォンの販売について、今後は、通信費と端末代を分ける「完全分離プラン」が義務付けられる公算が強い。その時、スマホのハードウェアに対する支払いは確実に多くなる。そこに対する対策のために、安価な中古を推したい……。これが、総務省の考えである。

だが、それはいかにも「完全分離プラン」ありきの議論でありすぎる。

スマートフォンのハードウェアへの出費を減らす方法は、多数あっていい。知人間での融通やネットオークションなどの活用が話題に上らないのはなぜだろうか。そもそも、携帯電話事業者による販売補填をここまで強く問題視している国はない。「消費者が高い通信料金・長期契約を強いられる」状況は是正されなければならない。だが、スマートフォンを安く買いたいと思う人が「自ら望んで長期契約を選ぶ」のは悪いことではないはずだ。

中古スマホを増やすことは悪いことではない。だが、それが「分離プラン強制のマイナス点をカバーする目的」であるなら、本末転倒も甚だしい。そしてなにより、世界のスマートフォンをめぐる経済圏の状況を理解していない言動に思える。

「選べること」「強いられないこと」が重要だ。なのに、国が「強いる側」に回るのは、明らかになにか勘違いしている、と思うのだが。

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2019.06.17

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放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

カレー沢薫の時流漂流 第47回

放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

2019.06.17

最近女性の間で「#MeToo」ならぬ「#KuToo」運動がにわかに盛り上がっている。

「#KuToo」とは「靴」と「苦痛」をかけており、職場や就職活動で、足を痛めるパンプスやヒール靴の強要をやめようという運動である。

そもそもそんなの誰も強要してねえよ、と思われるかもしれない。確かに規定として靴の形状やかかとの高さまで定めている会社はレアだろう。しかし、私の元いた会社でも、規則があるわけでも、誰に言われたでもなく、みな一様に黒のパンプスを履いていた。それが「暗黙のルール」であり、それ以外は「非常識」と見られる風潮は確かにあるのである。

これが就職活動になると、パンプスを履いていないだけで「こいつは常識がない」と見なされ不採用になってしまうかもしれない、ということだ。そうなると女子学生は足を負傷してでもパンプスを履かざるを得なくなってしまう。

正直、パンプスは苦痛

パンプスがそんなに苦痛か、というと、靴の中では殺傷能力が高い方である。これは他人への、という意味ではなく自分へのだ。他人を殺傷したいならカウボーイが履いている、かかとにピザカッターがついている奴を履いた方が良い。

狭いつま先に足の指が密集されるため、私もよく爪で隣の指を切って足を血だらけにしていたし、伸縮性にかける素材のため、あわないパンプスだと試着の時点で靴擦れが出来るレベルなのだ。

世の中には素肌に荒縄で亀甲縛りを施し、その上に上等なスーツを羽織って出社している人も多いと思う。とても痛いだろうが、それは強制されたわけではなく、その人が好きで楽しいからやっているのだ。

つまり、好きでもない上にとても痛いパンプスを強制で履かなければいけないというのは、上等なスーツの下が亀甲縛りなことよりも「異常」なことというわけだ。

この運動はすぐに広まり、いきなり国会でも議論されたという。これにより「厚労相がハイヒール強要を容認」という見出しのニュースまで踊り出ることになった。

完全に自由と言われても困るのでは?

「厚生省に、女がハイヒールを履かないと死ぬ病の人が!?」と驚いたが、記事をよく見ると見出しほどのことはなく、厚労相の発言は「これは社会通念に照らして業務上、必要かつ相等な範囲かと、この辺なんだろうと思います」というかなりボンヤリしたものであり、どっちでも良い事を聞かれた私のリアクションに似ている。

しかし「ハイヒールが履けない女は何やってもダメ」などと強い事を言っているわけではないが、「業務上必要ならパンプス履くべきだろ」という「容認」に聞こえなくもない。すぐさま「業務上ハイヒールが必要な仕事って何だよ」という疑問が挙がり、「SMの女王様」「(ハイヒールでキレッキレに踊る)perfume以外ありえない」などの声が相次いだ。

この社会問題がすぐ大喜利になってしまうのは良くも悪くも「ザ・ツイッター」という感じだ。

確かに「業務上必要」となると、まだかかとにピザカッターがついている靴の方が「ピザを食う時」必要な気がする。

ただ、靴や服装を完全に自由化し、何でもOKにすれば良いかというと、それはそれで問題が起きると思う。ファッションに疎くコーディネートが苦手な人間からすれば、職場に何を着ていいのか全く「指針」がないというのは迷子になるし、接する側としても、車を買いにいってディーラーが、イモ―タンジョ―の完コスで出てきたら「キャデラックしか買うことを許されないのか」と委縮してしまう。就活マナー本に「俺の考えた最強の就活ファッションで挑みましょう」とだけ書かれていても逆に困るだろう

着る側としても、それに接する側としても、社会において服装にある程度規定や模範があるというのはメリットでもあるのだ。

そもそも規定や常識というのは、秩序を作ることにより問題を減らすためにあるものなのだ。しかしそれが元で「足を負傷する」という「問題」が起こっているなら本末転倒なので、やはり解消はすべきなのだろう。

極論に流れない寛容さが足りない

おそらく「#KuToo」を提唱している人も「ドラゴン柄のコンバースで就活したい」と言っているわけではないのだ。最近は「パンプスに見えるスニーカー」なども存在するし、パンプスでなくても地味な靴はいくらでもある。そのような靴を履いていても「パンプスじゃないから非常識」と見るのをやめてほしいという話だろう。

ちなみに私が会社員時代履いていたパンプスだが、黒の革靴ではあったが、つま先は限りなく丸く、ヒールはなきに等しい、今思えばあれはパンプスだったのか、70過ぎのババアが旅行に行くときに履くヤツなんじゃないか、という代物であったが、特に何も言われなかった。

「#KuToo」が求めるのも、そのぐらいの「寛容さ」なのではないだろうか。

【お知らせ】
連載「カレー沢薫の時流漂流」の掲載場所を変更します。
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