復活のテクニクス、世界待望のDJターンテーブル「SL-1200 MK7」投入の真意

復活のテクニクス、世界待望のDJターンテーブル「SL-1200 MK7」投入の真意

2019.01.11

みんなが待ってた「SL-1200 MK7」を今夏に製品化

より多くの音楽を愛する人へ、テクニクスの取り組み

2019年はパナソニックそのものが変わる節目になる

パナソニックは、「テクニクス」ブランドの新製品として、DJなどを対象にした「SL-1200 Mark7 ダイレクトドライブターンテーブル」を発表した。2014年にテクニクスが復活して以来、登場が期待されていたDJ向け製品だ。これによって、テクニクスの事業が新たなフェーズに入ったことを示すことになった。

DJ向けに発売する「SL-1200 Mark7 ダイレクトドライブターンテーブル」

あわせて、Grand Classのネットワーク&スーパーオーディオCDプレイヤー「SL-G700」、Premium Classのダイレクトドライブターンテーブルシステム「SL-1500C」も投入する。これによりテクニクスブランドの製品は23機種にまで広がり、より多様なユーザーに音楽を楽しむ環境を提案できるようになる。

ネットワーク&スーパーオーディオCDプレイヤー「SL-G700」
ダイレクトドライブターンテーブルシステム「SL-1500C」

これらの新製品の発表の場となった家電見本市「CES 2019」(米ラスベガス 1月8日~11日開催)の会場で、テクニクス事業を統括する小川理子執行役員と、パナソニック アプライアンス社 テクニクス CTOの井谷哲也氏に、新製品と事業展望について聞いた。

SL-1200 MK6生産終了から8年、MK7が登場

――2018年は、テクニクスにとってどんな1年でしたか

小川:2018年春に発売した、リファレンスクラスのターンテーブル「SL-1000R」が大きな話題を集めたことがトピックでした。SL-1000Rで実現する音に関しては、技術や企画、デザイン、マーケティングなど、テクニクスに関わるすべての人たちが自信を持って、市場投入したものであり、「この音が、テクニクスの音である」ということを明確に示すことができたといえます。

テクニクスの復活を主導したパナソニックの小川理子執行役員。ジャズピアニストでもある

実際、SL-1000Rは計画の3倍という売れ行きを示しました。アナログの音を最高の環境で楽しみたいというユーザーが多かったことを感じました。最上位のアナログオーディオを実現したことで、「いままでに体験したことのない音が聴こえる」、「アナログの概念を超えた」といった声を、ユーザーの方々やディーラーの方々からいただきました。この製品に象徴されるように、2018年は、テクニクスの取り組みの蓄積がいよいよ実ったといえる1年でした。

――2018年のテクニクス事業全体を振り返って自己採点すると何点になりますか

小川:100点満点で、85点ですね。昨年からは5点ほどあがった感じです(笑)。

2018年は、SL-1000Rによって、テクニクスの音はこういうものだということを定義できましたし、自信をもってお勧めできるものが完成しました。「まずは、ここまでやりたいな」と思った音が実現できました。ただ、やることはまだまだありますから、そのあたりが15点のマイナスになります。

――今回、新たにDJ向けのダイレクトドライブターンテーブル「SL-1200 Mark7」を、2019年夏に発売すると発表しました。この製品はテクニクスにとって、どんな意味を持ちますか

小川:2014年にテクニクスの復活を発表したときに、DJの方々から嘆願書をいただくなど、登場が期待されていたのがDJ向けのダイレクトドライブターンテーブルでした。私たちも、「いつかは製品化したい」と考えていました。その「いつか」というタイミングが、いま訪れたというわけです。このSL-1200 MK7の開発をスタートしたのは2018年1月頃でしたが、このタイミングで様々な要素が揃って、今ならばDJにとって一番いいターンテーブルが投入できると判断し、製品化しました。

ダイレクトドライブのモーターを新たに開発したり、DJ向け製品として搭載する新機能を追加できたりしたことに加え、コストダウンした上でもテクニクスの音を出せるようになったことが大きな要素です。

CES 2019のテクニクス プレスカンファレンスでは、レジデントDJであるSkratch Bastid氏によるデモプレイも披露

テクニクスの再参入当初は、マーケティングの観点から、Hi-Fiオーディオとしてのブランドを確立することを優先し、DJ向け製品の投入は先送りしてきた経緯があります。しかし、この3年間の取り組みを通じて、アナログに対する揺るぎない自信ができたこと、Hi-Fiオーディオとしてのモノづくりをしっかりとやってきたからこその技術やノウハウが確立できました。

そして日本国内のDJを中心に、カナダや英国など世界中のDJの意見も聞き、操作という点での心地よさを追求し、使いやすいものを開発できる環境が整いました。加えて、新たにマレーシアの製造拠点で生産できる体制を敷いたことで、1,200ドル以下という購入しやすい価格の実現にもめどがたちました。さらに楽器店などの新たな販売ルート開拓の体制もできつつあり、DJ向けダイレクトターンテーブルを市場投入するための土壌を、あらゆる観点から整えられたことが背景にあります。

――DJ向けダイレクトドライブターンテーブルは、Hi-Fiオーディオとはモノづくりの手法が異なるのですか

小川:ターンテーブルの技術者は一緒です。そして、SL-1200 MK6の開発者も、今回の新製品の開発に携わっています。ただ、私が開発チームに言っていたのは、これは「楽器」であるということでした。楽器を使う人の声を聞くことが大切であり、それをもとに、楽器として、どんなモノづくりをすればいいのかを追求してほしいといいました。私を含めて、テクニクスの開発メンバーには楽器をやる人が多く、楽器とはどういうものかを知っていますから、この言葉の意味することについては、理解が早かったですね。

井谷:2014年のテクニクスの復活以降、ラインアップしてきたターンテーブルは16ビットのCPUを採用していましたが、今回のSL-1200 MK7では32ビットのCPUを採用しました。また、トルク・ブレーキスピードの調整機能や逆回転再生など、パフォーマンスの可能性を広げる新たな機能も搭載しています。

一方で、新生テクニクスとしての3年間に渡る蓄積も生かされています。2016年に製品化したSL-1200Gをはじめ、アナログオーディオで培ってきた技術を用いて音質を高めています。そしてボタンレイアウトやプラッターの慣性質量など、DJパフォーマンスに影響する仕様についてはSL-1200 MK6を踏襲しているので、過去の製品を使い慣れているDJでも、同様の操作感で使ってもらえます。「楽器」という位置づけですから、手触り感や使い勝手といった点はとてもこだわりました。

2010年に生産終了となったSL-1200 MK6までのシリーズ累計の販売台数は350万台を超えており、いまでも多くのDJに愛用されていますが、そうした方々にSL-1200 MK7を使ってもらったところ、「MK5やMK6に比べて音質がかなり良くなっている」という声をいただけました。

小川:製品化の経緯のなかで、型番に「DJ」と名称をつけようという話もあったのですが、最終的には、これまでの継承性を感じていただけるMK7の型番としました。DJの方々にとって、いままで使っていたものと操作が変わっては使いにくくなってしまうので、その点は継承し、そこに、テクニクスとして新たな機能を搭載しました。継承はしているが、進化をしているというのが、SL-1200 MK7です。

CES 2019の会期中、テクニクスはホテル「ベラッジオ」のナイトクラブを貸し切って「Technics 7th イベント」を開催。多くの招待客で賑わった

2019年は、音楽を愛する多くの人をファンに

――2019年は、テクニクスの復活から5年目を迎えます。どんな1年になりますか

小川:もっと裾野を広げたいですね。昨年後半には、ワイヤレスノイズキャンセリングヘッドホン「EAH-F70N」や、ワイヤレスヘッドフォン「EAH-F50B」を投入し、ヘッドフォンのラインアップも増やしました。より多くの人にいい音で、音楽を聴いていただきたいという狙いからです。また、今回のCES 2019にあわせて、Premium Classのダイレクトドライブターンテーブルシステム「SL-1500C」と、Grand Classのネットワーク&スーパーオーディオCDプレイヤー「SL-G700」を発表し、ラインアップを拡充しました。

ワイヤレスノイズキャンセリングヘッドホン「EAH-F70N」

テクニクスは、特定の人たちだけにいい音楽を楽しんでもらうのではなく、まさに、「くらしにもっと音楽を」という考え方で製品を投入していきます。現在、23機種のラインアップを、29カ国で展開しています。これをベースに、いままで以上に多くの人にテクニクス製品を届け、ファンになってもらいたいと考えています。

井谷:SL-1500Cには、コアレスダイレクトドライブモーターや高感度トーンアームなど、テクニクス独自の技術を数多く搭載しています。さらに、フォノイコライザーアンプを内蔵するとともに、Ortofon 2M Redフォノカートリッジも付属し、それでいながら、コストを抑えることにも成功しました。

フォノイコライザーを内蔵することで、配線を短くできるというメリットがありますが、一方で、回路が集中することで発生する課題を解決しなくてはならないという難しさがあります。そこで、フォノイコライザー用の専用電源については、ノイズの影響を軽減するためにモーターや制御回路用の電源から絶縁し、さらに、シールド構造により、外来ノイズの影響を抑制しています。「内蔵でありながら、こういう音まで出せるんだ」ということを言ってもらえるほど、追いこんだ作りになっています。これは大きな挑戦ではありましたが、自信を持ってお勧めできる性能を実現しました。

しかもカートリッジもついていますし、フォノ入力端子のないオーディオ機器につなげても、すぐに聴いてもらえます。これによって、アナログレコードを簡単に楽しんでもらうという新たな提案ができるようになります。

――テクニクスは、2014年に、「Rediscover Music」をメッセージに掲げ、「音楽を愛する人たちに向けたHi-Fiオーディオの実現」を目指してきました。今回のDJ向けダイレクトドライブターンテーブルの投入によって、ユーザーターゲットが広がります。このメッセージも刷新となるのでしょうか

小川:それは変わりません。DJ向けダイレクトターンテーブルも音楽を愛する人に向けた製品のひとつです。むしろ、多くの人に音楽を楽しんでもらう方法はまだまだあると考えています。

次のステップでは、パナソニックのアプライアンス社全体で取り組んでいるスマートホームとの連携などを通じて、「くらし」のなかでさりげなく音楽を楽しんでもらう取り組みや、クルマと家をつなぐなどし、様々な空間にテクニクスの世界観を広げていくことも考えたいですね。クルマは、電動化が進んでいますが、それに伴い、軽量化が課題になっています。車内に重たいスピーカーを10個搭載して高音質を実現するのではなく、音場制御をはじめとしたデジタル技術を活用することで、軽いシンプルな構成で、いい音を鳴らすといったこともできるでしょう。そこにはテクニクス独自のLAPC(Load Adaptive Phase Calibration)の利用も有効だと思っています。

私はテクニクスを復活させてから、毎年のように、「飛躍の年にしたい」と言い続けてきました。2019年も、さらに飛躍する1年にしたいですね。これまでにも、私たちなりには飛躍をしてきたつもりですが、外からみると、小さな飛躍にしかみえないかもしれません。外から見ても、大きく飛び始めたといえるように、さらに大きな飛躍をしたいと思っています。

パナソニック全社が次の100年に向かう節目

――小川執行役員は、2018年1月から、パナソニック アプライアンス社の技術担当副社長および技術本部長も兼務しています。この1年の成果はどうですか

小川:2018年は、パナソニックが会社として100周年を迎え、様々な取り組みが行われた1年でした。「くらしアップデート業」や「知能化」といった新たなキーワードも出しました。そうした節目において、技術本部では、これまで100年の家電のモノづくりを、次の100年のモノづくりにどうつなげていくかということを考えはじめました。

くらしに貢献する技術や製品、サービスのすべてが変換点を迎えていますが、最終製品が変化するためには、まずは技術から変わらなくてはいけません。しかし、100年に渡るモノづくりのプロセスを変えるのには、ものすごい力が必要になるのも確かです。

私たちは、この変化に挑戦していきます。技術本部のなかでは、変えなくてはならないという共通認識ができています。そして、変化をドライブするために開発体制も変更しました。現在、技術本部のなかに、エアコン・コールドチェーン開発センター、ホームアプライアンス開発センター、イノベーティブ・エンターテインメント開発センター、R&Dプランニングセンターの4つの開発センターを設置し、デジタルトランスフォーメーションを推進したり、ソフトウェア技術やネットワーク技術に明るい黒物家電の技術者に、白物家電の開発に取り組んでもらったりといったことをしています。

これまでは、ひとつひとつの商品に向き合って開発してきた人たちが、IoTや知能化、くらしという文脈から、横につながったり、サービスとつながったり、あるいはプラットフォームを活用した新たな開発に取り組むといったことをはじめています。

パナソニックの100周年という節目は、技術者の意識を変えるにはいいタイミングでした。そのきっかけによって、次の100周年に向けて、変革をしていくという意識が共通認識として浸透しはじめています。

――パナソニック アプライアンス社では、2021年までに、家電製品の”すべて”のカテゴリーにおいて、知能化した製品を投入する姿勢を明らかにしています

小川:もはや、ハードウェア単品での性能向上や機能強化には、限界があります。ハードのなかに詰め込もうとしていた機能、性能を、クラウドとつないでソフトウェアでアップデートし、ハードウェアを買い換えることなく、くらしに寄り添った家電へと進化させる必要があります。

家電の「知能化」においてはネット接続が前提となり、人の気持ちを察して、ちょうどいいアップデートをしていかなくてはなりません。これをすべてのカテゴリーで展開していきます。また、地域ごとに見ても差がありますから、地域×商品のマトリクスで「知能化」をする必要があります。優先度を考えながら、「知能化」に取り組んでいきます。

パナソニックが、家電業から「くらしアップデート業」に変わって行くには、「100年続いた家電をどう変えていくのか」という意識を全員が持つ必要があります。そして、世界の技術の変化の激しさや、スピードに追随しなくてはなりません。その点では、まだまだ足りないことばかりです。ダイナミックさも足りていません。世界という観点でみると、もっと変えないと変化にキャッチアップできない。今年は、よりダイナミックに、よりスピード感をもって変えていきます。

CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

2019.01.18

中国メーカーが自在に折り曲げられるスマホを実現

「大画面×コンパクト」を両立する夢のデバイス、実用性は?

端末の魅力を引き出すアプリ登場が普及のカギか

米ラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市「CES 2019」では、2019年のトレンドを先取りする新ガジェットが一堂に会した。その中でも一際大きな注目を浴びたのが「折り曲げられるスマホ」だ。商品化にこぎ着けたのは世界初という。

折り曲げられるスマホ「FlexPai」

スマホの画面サイズが大型化を続ける中、iPhone SEのような小型スマホを求める声は依然として多い。そこで登場した折り曲げられるスマホは、「大画面」と「コンパクト」を両立する夢のデバイスに見える。果たして普及の可能性はあるだろうか。

自在に折り曲げられるスマホ、中国メーカーが実現

折りたためる2画面のスマホというアイデア自体は、実はそれほど目新しいものではない。NTTドコモとZTEが共同開発した「M Z-01K」などは、現行モデルとして国内で販売中だ。

だが、従来の2画面スマホはヒンジを用いて2つの画面をつなげたものに過ぎなかった。その後、液晶とは異なる特性を持つ有機ELが登場したことで、ディスプレイを紙のように自在に折り曲げられることも夢ではなくなった。

有機ELの「曲げに強い」という特性は、多くのスマホに活用されている。サムスン電子のGalaxyシリーズが画面端を曲面にしたスマホを発売後、ソニーモバイルシャープもこの形状を採用している。

これを推し進め、開くとタブレットのような大画面、2つに折り曲げるとスマホサイズという端末の可能性が見えてきた。そして2018年10月、中国のRoyoleが、世界で初めての折り曲げられるスマホ「FlexPai」を商品化したのだ。

中国Royoleのブース。フレキシブルディスプレイを使った様々な製品が並んだ

CES 2019では韓国のLG電子が巻き取り式のテレビを発表するなど、「曲がるディスプレイ」が会場全体で話題になっていた。そうした下地もあって、Royoleの出展ブースには来場者の行列が絶えず、展示機がバッテリー切れを起こすほどの盛況となっていた。

実用性はさておき、スマホの進化の可能性を示した

FlexPaiの特徴は、開いた状態ではタブレットに近い形状になり、そこから自由に折り曲げできる点にある。従来の2画面スマホとは異なり、広げた状態でも画面の境目がないため、タブレットと同じ感覚で利用できる。

広げた状態ではタブレットのように使える

メーカーが挙げるメリットは、複数のニーズごとの端末を1台に集約できることだ。大画面が欲しい人の中には、スマホとタブレットを両方持ち歩いている人もいるだろう。だがFlexPaiなら持ち歩くのは1台で済むというわけだ。

折り曲げた状態では一般的なスマホと同じように使える

折り曲げというギミックから、耐久性に不安を覚えるものの、20万回程度の折り曲げに耐えられるという。ただ、折り曲げると厚みが出るため、スマホのようにコンパクトに持ち歩くことはまだ難しい。

アプリの対応も課題だ。FlexPaiを折り曲げた状態では「表面」と「裏面」に加え、折れ曲がった「エッジ」の3画面を利用できる。FlexPaiの魅力を引き出すには、これら3画面を活用するようなアプリの登場が待ち望まれる。

そこでRoyoleは、FlexPaiをアプリ開発者向けに1,318ドルの価格で先行販売している。まずは開発者にデバイスを手に取ってもらい、どのような活用方法が考えられるか、アイデアを募っていく段階といえる。

会場で実機を試した印象だが、現段階での折り曲げスマホは実用的とまではいえないと思えた。しかしRoyoleという会社の名前を世界に知らしめ、フレキシブルディスプレイの技術を示したという意味では、この発表は大成功を収めたといえるのだろう。

また、サムスン電子など大手スマホメーカーも折りたたみや折り曲げ端末の開発を進めており、グーグルはAndroid OSとして公式サポートを表明している。スマホの次なる進化の可能性を真っ先に示したFlexPaiを、この場の実用性で語るのはお門違いなのかもしれない。

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

森口将之のカーデザイン解体新書 第12回

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

2019.01.18

国内主要メーカーの内装デザイナーが集まり展示会を開催

テーマは“1kgの価値”をどこまで高められるか

実車に応用できる? 独創的な作品の数々

国内主要自動車メーカー8社のインテリア・カラーデザイナーが参加する団体「JAID」が初の作品展を開催中だ。“1kg”という重さにこだわり、最新の3Dプリンターを駆使して各社のデザイナーが生み出した作品は独創的で、会場の「GOOD DESIGN Marunouchi」(東京・丸の内)は小さな現代美術館のような雰囲気になっている。

ダイハツ工業のデザイナーが出品した「受け継がれる樹脂」という作品

雑誌の対談が契機となり生まれた「JAID」

「JAID」という名前を初めて目にした人も多いだろう。「ジャパン・オートモーティブ・インテリア・デザイナーズ」の略で、「ジャイド」と読むそうだ。

創立のきっかけとなったのが、自動車雑誌「NAVI CARS」(ナビカーズ)での対談だったと聞いて、「あの号だ!」と即座に思い浮かんだ。クルマのインテリアを特集したナビカーズの2015年7月号で、筆者も別の対談に参加させていただいていたのだ。その号に国内メーカーのインテリアデザイナーが語り合うページがあったことは記憶の片隅に残っていた。

雑誌の売れ行きが落ちているといわれて久しい。それだけに、1つの雑誌の企画からJAIDのようなコミュニティが生まれたことは、モータージャーナリズムに身を置く者として嬉しい気持ちになる。

日産自動車のデザイナーが出品した「∞ Fluff」

価値ある1kgの創造に挑んだデザイナーたち

そのJAIDが企画したのが「1kg展」だ。なぜ“1kg”にこだわるかといえば、クルマの開発に携わる人たちにとって切実な「kg単価」という指標に理由がある。

「kg単価」とは、クルマの開発で使われる値段の単位だ。インテリアデザイナーとしてはkg単価が高い、いわゆる良い素材を使いたいという気持ちは大きいだろう。快適性や安全性の追求、さらには電動化への対応、重量の削減といった視点も持ちながら素材を選んでいるはずだ。

しかし、贅を尽くしてばかりでは車両価格の上昇を招くので、妥協が必要になる。おそらくインテリアデザイナーは、このような状況で悩みながら、新しい素材や仕立て、色などを取り入れるべく、奮闘の毎日を過ごしているのだろうと想像している。

では、そういった制約がなくなったとき、デザイナーたちはこのkg単価をどこまで価値あるものに仕上げられるのだろうか。これが、今回の展示会のテーマだ。最新の3Dプリンターを駆使し、時間や空間、物質としての限界などを飛び越えた作品を独自の着眼点で製作すると同時に、広くカーインテリアデザインの魅力を伝えたい。そんなメッセージのこもった展示会なのである。

ホンダのデザイナーが出品した「風速1kg」

素材と色のコーディネートが味わえる「ハンバーガー」

会場のGOOD DESIGN Marunouchiは、2013年度から通算5回、今年度も含めてグッドデザイン賞の審査員を担当している筆者にとってはなじみ深い場所だ。ところが、「1kg展」の内覧会を訪問した時には、状況がまるで違っていた。いつもは展示物をゆったりと眺めることができる空間なのに、この日はラッシュ時の駅のようにごった返していたのだ。それだけ、インテリアデザイナーの斬新な発想に期待する人が多かったということだろう。

日産のデザイナーが出品した「4D flower」。「1kg展」に作品を持ち寄ったのは、国内大手自動車メーカー7社(ダイハツ工業、ホンダ、三菱自動車、日産自動車、スバル、スズキ、トヨタ自動車)だ

作品の中には、クルマのインテリアデザインとは関係なく、最新の3Dプリンターならではの表現能力の高さをアピールするような作品も見られた。それらを業界の枠を飛び越えた独創的な作品と捉える人もいたようだが、クルマが好きで今の仕事に携わっている(はず)の方々だからこそ、もっとインテリアにこだわって欲しかった。

ただ、クルマのインテリアとの関連性が高い作品が大半を占めていることは確かで、中には独創的な発想や興味深いアイデアも見られた。本稿では独断と偏見で、そのうちの3つを紹介していこう。

まずは、会場の入り口近くに置かれていた「CMFバーガー」だ。「CMF」とはカラー、マテリアル、フィニッシュの頭文字で、ナビカーズでの対談が行われた頃から、自動車に限らずデザイン分野でひんぱんに使われるようになってきた言葉だ。造形だけでなく色や素材、仕立てにも気を配ることで、より完成度の高いデザインが生まれるというような意味が含まれている。

「CMFバーガー」はトヨタのデザイナーが出品

この作品は、CMFのコーディネートを1kgのハンバーガーに見立てて表現したもの。レザーのバンズ、クリアレンズのトマト、加飾素材のチーズやパティ、シート素材のレタスがさまざまな色で用意してあり、好みのバーガーを作り出せる。

3つの作例では、CMFの違いでかなり雰囲気の異なるバーガーを作れることが分かった。バンズを肉抜きタイプにすると総重量が1kgを切るなど、計量化を実感できる仕掛けも盛り込んである。ディーラーが車種別にCMFハンバーガーを用意すれば、顧客は楽しみながらカラーコーディネートを試すことができるかもしれない。

ディーラーに「CMFバーガー」が置いてあったら面白いかも

インテリアをボールにした斬新な作品も

続いて紹介するのは「トランスフォームステアリング」。自動運転が実用化された未来を想定した変形機構を持つステアリングで、手動モードでは伸びて操舵できる状態となり、自動モードでは縮めて格納しておける。全てがマットブラック仕上げだが、グリップ部分、変形部分、外枠部分を別のメーカーのプリンターで製作することで、素材の違いを表現している。

トヨタのデザイナーが出品した「トランスフォームステアリング」

製作したデザイナーはステアリング機能だけを想定していたようだが、左右のグリップをねじることでアクセルやブレーキの操作ができれば、この部分だけで基本的な運転操作ができる合理性の高いインターフェイスになると思った。ペダルがなくなれば、室内レイアウトの自由度も高まりそうだ。

伸ばせば手動運転に使えるし、自動運転中は縮んだ状態で格納しておける

最後は「インテリアボール」だ。写真を見てお分かりのとおり、クルマのインテリアを構成するパーツをボール状のアートとして表現したもので、多くのパーツをまとめ上げ、世の中というフィールドにデザインを“投げ”かけているインテリアデザイナーの仕事をボールの形に込めたのだという。

「インテリアボール」はホンダのデザイナーが手掛けた

展示してあるのは1個だけだが、スポーツの世界では競技によってサイズの違うボールを使うことにも製作者は着目している。使用する材料や加工方法を変えることで、同じ1kgでもサイズや見え方の違った表現ができるそうだ。

しかしながら筆者には、これがボールではなく卵に見えた。卵から生まれる前のクルマ、そのインテリアデザインは、こうなっているのではないかと想像したのだ。同じクルマのエクステリアデザインを卵の殻で表現することで、多くの車種を球形にできれば、一風変わったミニチュアになるのではないだろうか。

JAIDが企画した1kg展の作品群は、それ自体が柔軟かつ斬新な発想から生まれているだけでなく、見ているこちらも創造力が掻き立てられるものだった。この展示会を訪れて、日本の自動車メーカーにインテリアデザインの実力者が多いことに感心するとともに、メーカーには、この実力を引き出して製品に結び付ける能力が求められていることを教えられた。

1kg展の会期は1月25日まで。入場は無料だ。時間に余裕のある方は、一度訪れてみてはいかがだろうか。