復活のテクニクス、世界待望のDJターンテーブル「SL-1200 MK7」投入の真意

復活のテクニクス、世界待望のDJターンテーブル「SL-1200 MK7」投入の真意

2019.01.11

みんなが待ってた「SL-1200 MK7」を今夏に製品化

より多くの音楽を愛する人へ、テクニクスの取り組み

2019年はパナソニックそのものが変わる節目になる

パナソニックは、「テクニクス」ブランドの新製品として、DJなどを対象にした「SL-1200 Mark7 ダイレクトドライブターンテーブル」を発表した。2014年にテクニクスが復活して以来、登場が期待されていたDJ向け製品だ。これによって、テクニクスの事業が新たなフェーズに入ったことを示すことになった。

DJ向けに発売する「SL-1200 Mark7 ダイレクトドライブターンテーブル」

あわせて、Grand Classのネットワーク&スーパーオーディオCDプレイヤー「SL-G700」、Premium Classのダイレクトドライブターンテーブルシステム「SL-1500C」も投入する。これによりテクニクスブランドの製品は23機種にまで広がり、より多様なユーザーに音楽を楽しむ環境を提案できるようになる。

ネットワーク&スーパーオーディオCDプレイヤー「SL-G700」
ダイレクトドライブターンテーブルシステム「SL-1500C」

これらの新製品の発表の場となった家電見本市「CES 2019」(米ラスベガス 1月8日~11日開催)の会場で、テクニクス事業を統括する小川理子執行役員と、パナソニック アプライアンス社 テクニクス CTOの井谷哲也氏に、新製品と事業展望について聞いた。

SL-1200 MK6生産終了から8年、MK7が登場

――2018年は、テクニクスにとってどんな1年でしたか

小川:2018年春に発売した、リファレンスクラスのターンテーブル「SL-1000R」が大きな話題を集めたことがトピックでした。SL-1000Rで実現する音に関しては、技術や企画、デザイン、マーケティングなど、テクニクスに関わるすべての人たちが自信を持って、市場投入したものであり、「この音が、テクニクスの音である」ということを明確に示すことができたといえます。

テクニクスの復活を主導したパナソニックの小川理子執行役員。ジャズピアニストでもある

実際、SL-1000Rは計画の3倍という売れ行きを示しました。アナログの音を最高の環境で楽しみたいというユーザーが多かったことを感じました。最上位のアナログオーディオを実現したことで、「いままでに体験したことのない音が聴こえる」、「アナログの概念を超えた」といった声を、ユーザーの方々やディーラーの方々からいただきました。この製品に象徴されるように、2018年は、テクニクスの取り組みの蓄積がいよいよ実ったといえる1年でした。

――2018年のテクニクス事業全体を振り返って自己採点すると何点になりますか

小川:100点満点で、85点ですね。昨年からは5点ほどあがった感じです(笑)。

2018年は、SL-1000Rによって、テクニクスの音はこういうものだということを定義できましたし、自信をもってお勧めできるものが完成しました。「まずは、ここまでやりたいな」と思った音が実現できました。ただ、やることはまだまだありますから、そのあたりが15点のマイナスになります。

――今回、新たにDJ向けのダイレクトドライブターンテーブル「SL-1200 Mark7」を、2019年夏に発売すると発表しました。この製品はテクニクスにとって、どんな意味を持ちますか

小川:2014年にテクニクスの復活を発表したときに、DJの方々から嘆願書をいただくなど、登場が期待されていたのがDJ向けのダイレクトドライブターンテーブルでした。私たちも、「いつかは製品化したい」と考えていました。その「いつか」というタイミングが、いま訪れたというわけです。このSL-1200 MK7の開発をスタートしたのは2018年1月頃でしたが、このタイミングで様々な要素が揃って、今ならばDJにとって一番いいターンテーブルが投入できると判断し、製品化しました。

ダイレクトドライブのモーターを新たに開発したり、DJ向け製品として搭載する新機能を追加できたりしたことに加え、コストダウンした上でもテクニクスの音を出せるようになったことが大きな要素です。

CES 2019のテクニクス プレスカンファレンスでは、レジデントDJであるSkratch Bastid氏によるデモプレイも披露

テクニクスの再参入当初は、マーケティングの観点から、Hi-Fiオーディオとしてのブランドを確立することを優先し、DJ向け製品の投入は先送りしてきた経緯があります。しかし、この3年間の取り組みを通じて、アナログに対する揺るぎない自信ができたこと、Hi-Fiオーディオとしてのモノづくりをしっかりとやってきたからこその技術やノウハウが確立できました。

そして日本国内のDJを中心に、カナダや英国など世界中のDJの意見も聞き、操作という点での心地よさを追求し、使いやすいものを開発できる環境が整いました。加えて、新たにマレーシアの製造拠点で生産できる体制を敷いたことで、1,200ドル以下という購入しやすい価格の実現にもめどがたちました。さらに楽器店などの新たな販売ルート開拓の体制もできつつあり、DJ向けダイレクトターンテーブルを市場投入するための土壌を、あらゆる観点から整えられたことが背景にあります。

――DJ向けダイレクトドライブターンテーブルは、Hi-Fiオーディオとはモノづくりの手法が異なるのですか

小川:ターンテーブルの技術者は一緒です。そして、SL-1200 MK6の開発者も、今回の新製品の開発に携わっています。ただ、私が開発チームに言っていたのは、これは「楽器」であるということでした。楽器を使う人の声を聞くことが大切であり、それをもとに、楽器として、どんなモノづくりをすればいいのかを追求してほしいといいました。私を含めて、テクニクスの開発メンバーには楽器をやる人が多く、楽器とはどういうものかを知っていますから、この言葉の意味することについては、理解が早かったですね。

井谷:2014年のテクニクスの復活以降、ラインアップしてきたターンテーブルは16ビットのCPUを採用していましたが、今回のSL-1200 MK7では32ビットのCPUを採用しました。また、トルク・ブレーキスピードの調整機能や逆回転再生など、パフォーマンスの可能性を広げる新たな機能も搭載しています。

一方で、新生テクニクスとしての3年間に渡る蓄積も生かされています。2016年に製品化したSL-1200Gをはじめ、アナログオーディオで培ってきた技術を用いて音質を高めています。そしてボタンレイアウトやプラッターの慣性質量など、DJパフォーマンスに影響する仕様についてはSL-1200 MK6を踏襲しているので、過去の製品を使い慣れているDJでも、同様の操作感で使ってもらえます。「楽器」という位置づけですから、手触り感や使い勝手といった点はとてもこだわりました。

2010年に生産終了となったSL-1200 MK6までのシリーズ累計の販売台数は350万台を超えており、いまでも多くのDJに愛用されていますが、そうした方々にSL-1200 MK7を使ってもらったところ、「MK5やMK6に比べて音質がかなり良くなっている」という声をいただけました。

小川:製品化の経緯のなかで、型番に「DJ」と名称をつけようという話もあったのですが、最終的には、これまでの継承性を感じていただけるMK7の型番としました。DJの方々にとって、いままで使っていたものと操作が変わっては使いにくくなってしまうので、その点は継承し、そこに、テクニクスとして新たな機能を搭載しました。継承はしているが、進化をしているというのが、SL-1200 MK7です。

CES 2019の会期中、テクニクスはホテル「ベラッジオ」のナイトクラブを貸し切って「Technics 7th イベント」を開催。多くの招待客で賑わった

2019年は、音楽を愛する多くの人をファンに

――2019年は、テクニクスの復活から5年目を迎えます。どんな1年になりますか

小川:もっと裾野を広げたいですね。昨年後半には、ワイヤレスノイズキャンセリングヘッドホン「EAH-F70N」や、ワイヤレスヘッドフォン「EAH-F50B」を投入し、ヘッドフォンのラインアップも増やしました。より多くの人にいい音で、音楽を聴いていただきたいという狙いからです。また、今回のCES 2019にあわせて、Premium Classのダイレクトドライブターンテーブルシステム「SL-1500C」と、Grand Classのネットワーク&スーパーオーディオCDプレイヤー「SL-G700」を発表し、ラインアップを拡充しました。

ワイヤレスノイズキャンセリングヘッドホン「EAH-F70N」

テクニクスは、特定の人たちだけにいい音楽を楽しんでもらうのではなく、まさに、「くらしにもっと音楽を」という考え方で製品を投入していきます。現在、23機種のラインアップを、29カ国で展開しています。これをベースに、いままで以上に多くの人にテクニクス製品を届け、ファンになってもらいたいと考えています。

井谷:SL-1500Cには、コアレスダイレクトドライブモーターや高感度トーンアームなど、テクニクス独自の技術を数多く搭載しています。さらに、フォノイコライザーアンプを内蔵するとともに、Ortofon 2M Redフォノカートリッジも付属し、それでいながら、コストを抑えることにも成功しました。

フォノイコライザーを内蔵することで、配線を短くできるというメリットがありますが、一方で、回路が集中することで発生する課題を解決しなくてはならないという難しさがあります。そこで、フォノイコライザー用の専用電源については、ノイズの影響を軽減するためにモーターや制御回路用の電源から絶縁し、さらに、シールド構造により、外来ノイズの影響を抑制しています。「内蔵でありながら、こういう音まで出せるんだ」ということを言ってもらえるほど、追いこんだ作りになっています。これは大きな挑戦ではありましたが、自信を持ってお勧めできる性能を実現しました。

しかもカートリッジもついていますし、フォノ入力端子のないオーディオ機器につなげても、すぐに聴いてもらえます。これによって、アナログレコードを簡単に楽しんでもらうという新たな提案ができるようになります。

――テクニクスは、2014年に、「Rediscover Music」をメッセージに掲げ、「音楽を愛する人たちに向けたHi-Fiオーディオの実現」を目指してきました。今回のDJ向けダイレクトドライブターンテーブルの投入によって、ユーザーターゲットが広がります。このメッセージも刷新となるのでしょうか

小川:それは変わりません。DJ向けダイレクトターンテーブルも音楽を愛する人に向けた製品のひとつです。むしろ、多くの人に音楽を楽しんでもらう方法はまだまだあると考えています。

次のステップでは、パナソニックのアプライアンス社全体で取り組んでいるスマートホームとの連携などを通じて、「くらし」のなかでさりげなく音楽を楽しんでもらう取り組みや、クルマと家をつなぐなどし、様々な空間にテクニクスの世界観を広げていくことも考えたいですね。クルマは、電動化が進んでいますが、それに伴い、軽量化が課題になっています。車内に重たいスピーカーを10個搭載して高音質を実現するのではなく、音場制御をはじめとしたデジタル技術を活用することで、軽いシンプルな構成で、いい音を鳴らすといったこともできるでしょう。そこにはテクニクス独自のLAPC(Load Adaptive Phase Calibration)の利用も有効だと思っています。

私はテクニクスを復活させてから、毎年のように、「飛躍の年にしたい」と言い続けてきました。2019年も、さらに飛躍する1年にしたいですね。これまでにも、私たちなりには飛躍をしてきたつもりですが、外からみると、小さな飛躍にしかみえないかもしれません。外から見ても、大きく飛び始めたといえるように、さらに大きな飛躍をしたいと思っています。

パナソニック全社が次の100年に向かう節目

――小川執行役員は、2018年1月から、パナソニック アプライアンス社の技術担当副社長および技術本部長も兼務しています。この1年の成果はどうですか

小川:2018年は、パナソニックが会社として100周年を迎え、様々な取り組みが行われた1年でした。「くらしアップデート業」や「知能化」といった新たなキーワードも出しました。そうした節目において、技術本部では、これまで100年の家電のモノづくりを、次の100年のモノづくりにどうつなげていくかということを考えはじめました。

くらしに貢献する技術や製品、サービスのすべてが変換点を迎えていますが、最終製品が変化するためには、まずは技術から変わらなくてはいけません。しかし、100年に渡るモノづくりのプロセスを変えるのには、ものすごい力が必要になるのも確かです。

私たちは、この変化に挑戦していきます。技術本部のなかでは、変えなくてはならないという共通認識ができています。そして、変化をドライブするために開発体制も変更しました。現在、技術本部のなかに、エアコン・コールドチェーン開発センター、ホームアプライアンス開発センター、イノベーティブ・エンターテインメント開発センター、R&Dプランニングセンターの4つの開発センターを設置し、デジタルトランスフォーメーションを推進したり、ソフトウェア技術やネットワーク技術に明るい黒物家電の技術者に、白物家電の開発に取り組んでもらったりといったことをしています。

これまでは、ひとつひとつの商品に向き合って開発してきた人たちが、IoTや知能化、くらしという文脈から、横につながったり、サービスとつながったり、あるいはプラットフォームを活用した新たな開発に取り組むといったことをはじめています。

パナソニックの100周年という節目は、技術者の意識を変えるにはいいタイミングでした。そのきっかけによって、次の100周年に向けて、変革をしていくという意識が共通認識として浸透しはじめています。

――パナソニック アプライアンス社では、2021年までに、家電製品の”すべて”のカテゴリーにおいて、知能化した製品を投入する姿勢を明らかにしています

小川:もはや、ハードウェア単品での性能向上や機能強化には、限界があります。ハードのなかに詰め込もうとしていた機能、性能を、クラウドとつないでソフトウェアでアップデートし、ハードウェアを買い換えることなく、くらしに寄り添った家電へと進化させる必要があります。

家電の「知能化」においてはネット接続が前提となり、人の気持ちを察して、ちょうどいいアップデートをしていかなくてはなりません。これをすべてのカテゴリーで展開していきます。また、地域ごとに見ても差がありますから、地域×商品のマトリクスで「知能化」をする必要があります。優先度を考えながら、「知能化」に取り組んでいきます。

パナソニックが、家電業から「くらしアップデート業」に変わって行くには、「100年続いた家電をどう変えていくのか」という意識を全員が持つ必要があります。そして、世界の技術の変化の激しさや、スピードに追随しなくてはなりません。その点では、まだまだ足りないことばかりです。ダイナミックさも足りていません。世界という観点でみると、もっと変えないと変化にキャッチアップできない。今年は、よりダイナミックに、よりスピード感をもって変えていきます。

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「ゲーム業界」に焦点を当てて平成を振り返る連載企画

第2回は平成6年から平成8年までの3年間にフォーカス

16ビットから32ビットへと世代が移行し、さまざまなゲームが生まれた

5月1日の新天皇即位に伴って、「平成」から「令和」へと元号が変わりました。そこで、平成をゲームとともに振り返ってみようという本企画。第2回目の今回は、「平成6年(1994年)から平成8年まで」を追っていきます。この時期は、PCがより身近となり、家庭用ゲーム機ではいよいよ3Dポリゴンが使われる32ビット世代へと移行していきました。

経済の低迷が顕著な時代、ゲームは3Dへ

平成6年、インターネットの情報閲覧で欠かせないブラウザにおいて最初期に広く一般に普及した「Netscape Navigator」、検索サービス老舗の「Yahoo!」、World Wide Web(ワールド・ワイド・ウェブ)関連技術の標準化を推進する団体「W3C」が発足するなど、現在のインターネットを活用した諸活動の基盤となる技術が生まれました。

翌年の平成7年にはWindows95が発売。PCがビジネスシーンのみならず一般家庭へと広がり始めます。さらに平成8年にはヤフー、平成9年には楽天と、現在も日本のインターネットサービスを牽引する企業が続々と設立されました。そしてついに平成10年2月、日本におけるインターネット人口が1000万人を突破したのです。

このように、国内のデジタル空間は破竹の勢いで成長と拡大の一途をたどりますが、現実社会には未曽有の危機が訪れます。

平成6年の松本サリン事件と平成7年の地下鉄サリン事件というオウム真理教が起こした一連の事件では、心の拠り所になるはずの宗教が反社会的組織となって、罪のない人々に凶行し得ることを日本人に示しました。現代日本人が漠然と持つ宗教に対する不信感は、これら一連の事件に根差していると言っても過言ではないでしょう。

また、地下鉄サリン事件が起きる直前の平成7年1月17日、阪神・淡路大震災が関西を襲いました。結果的に経済活動も低迷します。GDP成長率は平成7年に2.7%、8年には3%を超えたものの、失業者はこの時期増加の一途をたどり、まさに「失われた20年」前半期の真っ只中でした。

平成6年に人気だったテレビドラマ『家なき子』の「同情するなら金をくれ!」というセリフは、この時期の厳しい世相を示していたと言えます。

一方で、忘れてはならないのは、映画館数が平成5年の1734館から、以降は長期的に上昇していくことです。同一の施設に複数のスクリーンがある「シネマコンプレックス」が台頭するのもこの頃。つまり、「インドアエンターテインメント」という楽しみ方が定着し始めたと言えるのです。

このように、デジタルと現実が相反する様相を示す日本において、ゲーム産業はデジタル側。家庭用ゲーム機では、「セガサターン」が平成6年11月22日に、「PlayStation」が平成6年12月3日に発売されます。いずれもCD-ROMの活用と、3D描画能力が話題になりました。さらに平成8年6月23日に「ニンテンドウ64」が発売されます。

平成6年11月22日に発売された「セガサターン」
©SEGA
平成6年12月3日に発売されたPlayStation®
©2014 Sony Interactive Entertainment Inc.

PCにおいても、さまざまな周辺機器が発売され、ゲームプレイに最適なハードとして強化できる環境が生まれました。CD-ROMドライブの本格的普及、Creative Technologyなどによるサウンドカードの誕生、そして、3dfx VoodooやNvidia RIVAをはじめとする3Dグラフィックアクセラレーターによって、PCの3DCGはリアルタイムレンダリング能力が向上しました。いわゆる「マルチメディア」をキーワードにさまざまなコンテンツが提供されるようになったのです。

欧米PCゲームカルチャー発展の契機となった『DOOM』

主観視点/1人称視点シューティングゲーム(英語名First Person Shooting Game、略称FPS、以下、FPS)では、アタリの『Battlezone』や『Star Wars』など、ワイヤーフレームを用いた作品がいくつか発売されていましたが、現在のFPS系譜の元祖は1992年、id Softwareにより発売された『Wolfenstein 3D』だと言われています。

同作は、日本アイ・ビー・エムが発表したパーソナルコンピュータ用のオペレーティングシステム「DOS/V」版で、『ウルフェンシュタイン3D』として、平成5年3月1日にイマジニアよって日本でも発売されました。

しかし、ゲームカルチャーへのインパクトという視点では、平成5年12月10日に北米でリリースされ、その後北米から欧州へと爆発的に広がり、FPSという一大ジャンルを発展させていった『DOOM』の存在感が圧倒的でしょう。

DOS/V版は平成6年2月1日に『ウルフェンシュタイン3D』と同じくイマジニアから発売され、国内のコアゲーマーを中心に支持されました。ですが、若干粗い3D描画の中でのスピード感あふれるゲーム展開が、一部のユーザーに「3D酔い」を促してしまい、それがしばらくイメージとして定着してしまいました。

一方欧米では、ネットワーク対応の熱いマルチプレイヤー対戦が盛り上がり、週末にそれぞれのPCを持ち寄って、LANでつなぎ、ゲーム対戦を徹夜で行う「LAN Party」という独自のゲームの楽しみ方を生み出します。この先にあるのが、現在のPCゲームを中心としたeスポーツトーナメントです。

このほかに、「シェアウェア」という無料でゲームの一部を提供する概念や、ゲームエディターをユーザーに解放し、独自のゲームステージを開発し共有することを奨励する「MODカルチャー」も本作を契機に広がっていきました。このゲームエディターのカルチャーが、ゲームエンジンのサードパーティへのライセンス提供というビジネスモデルへと発展していきます。

『MYST(ミスト)』が示した、「マルチメディア」で実現する不可思議な世界

当時、コンピュータ(デジタル)メディアがほかと差別化できるものは、「文字、CG、画像、映像、音声といった複数の要素を一体化したコンテンツとして表現できる点」だとされ、それを言葉で表すうえで「マルチメディア」という言葉が頻繁に使われるようになっていました。

この、いわゆる「マルチメディア」ブームの寵児となったのが米国Cyanによるパズルアドベンチャーゲーム『MYST(ミスト)』でした。そして、その日本語版がセガサターン向けソフトとして平成6年11月22日、つまり、ローンチタイトルの1作として選ばれたのです。

同作は、画面の鍵となる部分をクリックして謎を解き、次のシーンに進む、というアドベンチャーゲームの流れを組むもの。当時の欧米ゲームよろしく、細かい解説やチュートリアルのようなものがなく、プレイヤーはいきなりゲームの舞台であるMYST(ミスト)島に放り込まれます。

近代とも中世とも未来とも判別のつかない建築物のある不思議な空間のなかで、プレイヤーは暗号や謎を解きながら物語を展開させていきます。謎解きをする際も、建築物のなかに残された日記やそこに描かれたマップ、本のなかで再生されるアトラスという人物からのメッセージを読み解くといった、テキスト、映像、画像をプレイヤーがフルに活用するようにデザインされており、まさに「マルチメディアブーム」を代表する作品に仕上がっています。このグラフィックデザインや謎解きの仕組みは、のちの数多くのゲームにインスピレーションを与えました。

MYSTのゲーム画面

乙女ゲームの源流になったコーエーの『アンジェリーク』

恋愛/育成シミュレーションのような作品が台頭するなかで、そのゲームメカニクスを女性向けに構想するという「発想」はある意味、自然と言えます。ただ、経営者がそこに予算を割り当てて実行に移すのは別の話。それを行ったのが光栄(コーエー、現・コーエーテクモゲームス)です。

歴史シミュレーションゲームで既にブランド名を確立していた同社でしたが、平成6年9月23日に発売された『アンジェリーク』は、“女性が宇宙を統べる”という世界で、守護聖と呼ばれる存在から助けを得ながら、女王になるべく惑星の大陸を育成します。

『アンジェリーク』のパッケージ
イラスト/由羅カイリ
©1996 コーエーテクモゲームス All rights reserved.

ただ、プレイヤーにとっての楽しみは、守護聖とのロマンス。キャラクターの性格の違いや声優が吹き込む甘いセリフに、プレイヤーは釘付けになりました(ゲーム内で声優によるセリフが付いたのは、平成7年に発売されたPC-FX用ソフトから。平成6年にはドラマCDがリリースされた)。

『アンジェリーク』のゲーム画面。ゲーム画面は「my GAMECITY クラシックゲーム館」でプレイ可能な『アンジェリークSpecial』版のもの
イラスト/由羅カイリ
©1996 コーエーテクモゲームス All rights reserved.

これを契機にコーエーは『アンジェリーク』シリーズを発展させていき、以降は「和」をテーマとした『遥かなる時空の中で』シリーズ、学園モノの『金色のコルダ』シリーズとラインアップを増やし、これらを「ネオロマンス」シリーズとしてブランド化していきます。「乙女ゲーム」という一大ジャンルは、現在スマホゲームのなかでも非常に重要な位置づけになっていますが、その源流がここにあるわけです。

“ニンテンドウイズム”を世界へと広げた『スーパードンキーコング』

平成6年11月26日に発売されたスーパーファミコン用ソフト『スーパードンキーコング』の革新的要素は、スーパーファミコンというハードの制約のなかで、疑似3D的キャラクターモデルをスムーズに動かすことができたという点です。

シリコングラフィックスによる3DCGソフト「Power Animator」によりレンダリングが行われたキャラクターを、同ハードの制限で落とし込めるよう調整しただけでなく、美麗な背景も同様の作業が行われました。

ゲームデザインそのものは、『スーパーマリオブラザーズ』シリーズから築き上げられた横スクロールアクションゲームの1つの到達点として位置づけられるソフトと言えるでしょう。そのような意味では、そこまでの革新性はありませんでした。

しかし驚きなのは、本タイトルが英国のレア社によって開発されたという点。任天堂側からのアドバイスによって、ゲームバランスが絶妙に調整された同作をプレイした当時の筆者は、完全に日本の任天堂(具体的に言えば宮本茂氏)によって作られたものだと思っていました。

のちに本作がイギリスで開発されたと聞いて驚いたことを覚えています。つまり“ニンテンドウイズム”が確実に世界へと広がっていくさまを、筆者を含む世界中のプレイヤーが目撃したのです。

ブリザードの『ウォークラフト』は、グローバル規模でPCゲームカルチャーを定着させた

平成6年11月15日(Moby Gamesによる)、『ウォークラフト』が北米でブリザードからリリースされました。敵軍の戦略や戦術が常に変化するなかで、自軍のリソースを獲得して軍備や研究機関などを増設していき、敵側と激戦を交わし本拠地の占拠を目指すという、”リアルタイム”戦略ゲームの傑作です。その後、DOS/V版も国内で展開されました。

その前に発売された、映画『デューン/砂の惑星』の世界観をベースとした『Dune II』が、このジャンルを確立したと言われていますが、ファンタジー世界を舞台に、人類とオークの戦いという白兵戦を生臭く示した『ウォークラフト』のインパクトで、同ジャンルが浸透したと言えるでしょう。

CPUを相手にストーリーを進行させる「キャンペーンモード」と、LANを通じた複数人プレイの「マルチプレイヤーモード」がありましたが、当時からマルチプレイヤーモードに熱中していたのを記憶しています。同作で紡ぎあげられた世界観が、ブリザードによる以降のゲームの方向性を決定づけたとともに、欧米のゲームカルチャーに対しても影響を与えることになりました。

JRPGの金字塔『クロノ・トリガー』では、作家性の重要さが明らかに

平成7年3月11日に発売された『クロノ・トリガー』は、日本ファルコムや、エニックス、そしてスクエアなどが確立した「8ビットおよび16ビット時代」における“ドット絵の日本製ロールプレイングゲーム(JRPG)の到達点”と言っても過言ではありません。

『ファイナルファンタジー』シリーズの生みの親である坂口博信氏がエクゼクティブプロデューサーを、『ドラゴンクエスト』(以下、『ドラクエ』)シリーズの生みの親である堀江雄二氏がシナリオを、前述の『ドラクエ』シリーズに加えて、マンガ『ドラゴンボール』や『Dr.スランプ』で日本中を虜にしていた鳥山明氏がキャラクターデザインを務めるというドリームプロジェクトが実現。この3人がいかなる作品を生み出すのかという点でも注目の的となりました。まさに“作家性”を全面的に押し出したプロモーションが行われたのです。

『クロノ・トリガー』のパッケージ画像。キャラクターデザインは鳥山明氏
©1995 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
Illustration: ©1995 BIRD STUDIO / SHUEISHA
Story and Screenplay: ©1995, 2008 ARMOR PROJECT / SQUARE ENIX

果たしてリリースされた作品も、ファンの予想をはるかに上回る出来となりました。従来のファンタジーにタイムトラベルの要素を加え、恐竜人類と人類の祖先が共存する原始時代から世紀末、そして未来が描かれます。

鳥山明氏によってデザインされた、クールな主人公「クロノ」から、コミカルな外見をした「ロボ」や「カエル」といったキャラクターまで、しっかりとドット絵で表現。16ビット時代におけるグラフィック表現の最高峰に到達したと言えるでしょう。さらに、光田康典氏によるBGMも、16ビットサウンドの魅力を徹底的に引き出しました。同氏の作曲家としてのデビュー曲にして代表作の1つに数えられています。

『クロノ・トリガー』のゲーム画面
©1995 SQUARE ENIX CO., LTD. All Rights Reserved.
Illustration: ©1995 BIRD STUDIO / SHUEISHA
Story and Screenplay: ©1995, 2008 ARMOR PROJECT / SQUARE ENIX

メディアミックス戦略の源流『ポケットモンスター 赤・緑』

平成8年2月27日、日本を皮切りに、最終的に全世界において社会現象となる作品がリリースされました。『ポケットモンスター 赤・緑』です。

『ポケットモンスター 赤・緑』のパッケージ
©1995 Nintendo /Creatures inc. /GAME FREAK inc.

幼年時の「虫取り体験」からインスピレーションを受けたとされるポケモンを捕まえるスリル、捕まえたポケモンが図鑑に記録されるコレクション要素、「通信ケーブル」でポケモンを交換するドキドキ感など、子供たちがさまざまなシーンで体験したリアルな遊びが、1本のゲームに昇華されたのが本作です。

ゲーム中の画面
©1995 Nintendo /Creatures inc. /GAME FREAK inc.

さらに、マンガ、カードゲーム、テレビアニメ、そして劇場版アニメと、次々と『ポケモン』のタッチポイントを増やし、それぞれで相乗効果が生まれたという点でも当時としては画期的でした。これまでもメディアミックスはさまざまな作品で行われてきましたが、『ポケモン』のインパクトは比べ物にならないほど絶大だったのです。

もちろん、ゲームバランスも秀逸。カジュアルプレイでも十分楽しめるデザインでありながら、パーティのポケモンを選別する戦略性や、対戦相手との絶妙な駆け引きなど、対戦プレイを競技ととらえてプレイする人にも対応しうる奥深さを兼ねそなえた作品でもあったのです。

映画並みのストーリテリングをゲームでも実現できることを示した『バイオハザード』

平成8年3月22日、カプコンからリリースされた『バイオハザード』ほど、当時のゲームプレイヤーを驚かせた作品はないでしょう。

謎の洋館、ゾンビ、そしてその先に存在するさまざまな異形の存在など、ジョージ・A・ロメロが手がけた映画『ナイト・オブ・ザ・リビングデッド』や『ゾンビ』などからインスピレーションを受けたシーンも数多くあり、それを3Dでかつゲームにおいて完全に再現したことが多くのユーザーに衝撃を与えました。

ゲームというものが、映画に匹敵または凌駕する可能性があるメディアだと実感させた最初期の作品が、本作だったのではないでしょうか。『バイオハザード』以降もシリーズは発展していき、現在も多くの人に愛されるIPであることは誰もが認めるところでしょう。リモコンのようにキャラクターを操作する操作性もむしろホラー感を引き出す「演出」として高く評価されました。

『バイオハザード』のパッケージ画像
©CAPCOM CO., LTD. 1996 ALL RIGHTS RESERVED.
『バイオハザード』のゲーム画面
©CAPCOM CO., LTD. 1996 ALL RIGHTS RESERVED.

ローンチタイトルにして3Dアクションに必要な要素を網羅した『スーパーマリオ64』

平成8年6月23日に「ニンテンドウ64」がリリースされましたが、その際、ローンチタイトルとして展開された『スーパーマリオ64』に当時のユーザーは衝撃を受けました。

ジャンプする、探検する、潜る、飛ぶといった、従来の『スーパーマリオ』シリーズでのプレイ感覚を「忠実に」3D空間で再現していたのです。さらに重要だったのはアナログスティック。自然に3D空間を自由に動き回れるあの操作感には誰もが驚かされました。

さらに特筆すべき点は、デモの際に現れるクローズアップのマリオの顔。まるで平成7年に上映されたばかりの劇場用フル3DCGアニメ『トイ・ストーリー』のキャラクターかと見紛うような豊かな表情のマリオが、画面一杯に表示されているのです。コントローラーを使って顔にイタズラをすると、ちゃんとリアクションもしてくれました。当時はそんなところにミライを感じたものです。つまり、ゲームといる領域を超えたアミューズメントがそこにあったと言えるでしょう。

ゲームが「あらゆるエンターテインメントの複合体」であることを示した『サクラ大戦』

平成8年9月27日、セガサターン向けに開発された同作は、ゲームがまさに「あらゆるエンターテインメントの複合体」であることを実感させられる作品でした。『天外魔境』をはじめ、数々のゲームやアニメを手がけてきた広井王子氏、『逮捕しちゃうぞ』などで人気を博していたマンガ家の藤島康介氏がキャラクターデザイナーとして、そして『ドラゴンボール』をはじめ錚々たるアニメ作品の音楽をつくりあげてきた田中公平氏が結集して作成されました。

『サクラ大戦』のパッケージ画像
©SEGA

大正浪漫と蒸気技術が融合された独自のレトロフューチャー的な世界感のなか、プレイヤーは、「平時は帝国歌劇団」「有事は帝国華撃団」という秘密部隊の隊長として、女性団員をまとめ上げながら、悪の組織と戦うゲームです。

アドベンチャーパートでストーリーを展開させながら、敵との対戦パートはオーソドックスなターン制ウォーシミュレーションゲームとして進める本作は、アニメファン、ゲームファン双方が納得する出来でした。のちにアニメ化、ドラマCD化、そして舞台化まで行われ、ゲームを原作とした2.5次元ライブエンターテインメントの先駆け的な役割を果たしたと言えるでしょう。

対戦パートの様子。「霊子甲冑」と呼ばれるメカを操縦して戦う
©SEGA
本作には、女性隊員とコミュニケーションを図るアドベンチャーパートを搭載。隊員の信頼度によって、攻撃力や防御力が変化し、戦闘パートに影響する
©SEGA

アートと遊びが見事に融合した『アクアノートの休日』と『パラッパラッパー』

また、ゲームの多様性を象徴しうる傑作が、この時期に多数生まれました。その代表的な作品の1つが平成7年6月30日に発売された、『アクアノートの休日』です。アーティスト・飯田和敏氏がゲームデザイナーとして取り組んだ本作は、ゲームクリアの概念が限りなく希薄な、海洋探索型ゲーム。その不思議で幻想的な海洋世界に魅了されたプレイヤーも多く、「目的もなく自由に異世界に没入する」行為自体が、ゲーム体験において重要な要素であることを示しました。

『アクアノートの休日』のゲーム画面
©1995, ARTDINK. All Rights Reserved.

もう一方は、平成8年12月6日に生まれた『パラッパラッパー』です。原色を多用した背景デザインのもと、脱力系とも言える紙っぺらのような2Dキャラクターがダンスバトルを繰り広げるという異色作。ただし、もともとの生みの親である松浦雅也氏が、「PSY・S」として活動していたミュージシャンであったこともあり、ゲームのために準備された楽曲はどれも秀逸で、国内のみならず世界的に評価を受けました。

『パラッパラッパー』のパッケージ画像
©1996 Sony Interactive Entertainment Inc. ©Rodney A. Greenblat / Interlink
『パラッパラッパー』のゲーム画面
©1996 Sony Interactive Entertainment Inc. ©Rodney A. Greenblat / Interlink

これらはいずれも本格的なアーティストが「ゲーム」という課題に対することで、従来のゲームデザイナーでは思いもよらなかった新たな体験をもたらした一例と言えるでしょう。

わずか3年で一気に広がった“デジタルゲームのカンブリア紀”

以上、わずか3年の間で、現在にもつながる多種多様なゲームが生まれました。その生態系の爆発はまさにカンブリア紀を彷彿とさせます。

ただ、ゲームの発展はここでは終わりません。次回は、インターネットシーンにおけるゲーム体験を生み出した作品群を紹介していきます。

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2019.05.23

世界的プロダクトデザイナーが手がけた新型冷蔵庫

デザインをいか忠実に商品へ落とし込むかに苦心

日本市場でも家電のデザイン性が増々重要になる?

AQUA(アクア)から3月に発売された冷凍冷蔵庫の新製品「TZシリーズ」。世界的プロダクトデザイナー深澤直人氏がデザインを手がけた、インテリア性にこだわった新ラインだ。今回は、本製品が企画された経緯やデザインへのこだわり、実現化において苦労したエピソードなどを、同社商品本部 冷蔵庫企画グループ ディレクター 山本陽護氏に伺った。

世界的プロダクトデザイナー・深澤直人氏とタッグを組んで開発されたアクアの冷凍冷蔵庫「TZシリーズ」。サテンシルバーとダークウッドブラウンの2色をラインナップする

深澤直人氏と言えば、auの携帯電話「INFOBAR」をはじめ、無印良品の家電や、家電・生活雑貨のブランド・±0を手掛けるなど、"デザイン家電"を語る上で知らない人はいないであろう、重鎮的存在。そんな深澤氏がデザインを手がけたAQUAの冷蔵庫は、家電というよりもまさに"家具"。ステンレスのような光沢を抑えた落ち着きのあるシルバー調(サテンシルバー)と、イタリアの高級家具を思わせる重厚感ある木目調(ダークウッドブラウン)の2つのラインナップは、いずれも存在感ある個性を放ちながらも、決して主張はしすぎず、備え付け家具のように空間にしっくりと佇む。

木目調で、シンプルでノイズが少ないデザインはクローゼットのようで、言われなければ冷蔵庫と気付かない人もいるかもしれないほど洗練されている

深澤直人デザインの「冷蔵庫」が生まれたワケ

AQUAと言えば、以前から「COOL CABINET」や「SVシリーズ」など独自性があり、スタイリッシュなデザインの冷蔵庫を投入していた印象があるが、このほど深澤氏がデザインを手がけた冷蔵庫を発売した経緯が気になるところだ。山本氏は次のように明かした。

「深澤氏との商品開発は、中国のHaier本社との取り組みがきっかけでした。Haierがグローバル展開を目標に掲げた今までにないまったく新しい商品のプロジェクトがあり、その1つが深澤氏に冷蔵庫のデザインを手がけていただくプロジェクトだったのです。AQUAとしてもちょうど日本で何かまったく新しい革新的な商品を出したいと考えていたタイミングだったこともあり、AQUAブランドとして真っ先に手を挙げ、Haier・深澤直人さん・AQUAの想いが一致してプロジェクトが本格的に始動しました」

TZシリーズの製品化に至るプロセスは、完全にデザイン先行で行われたという。「今回発売したTZシリーズは、外観も内部も深澤さんから最初にご提案いただいたプロトタイプのデザイン画と比べてほとんどそのままです。外観のデザインに関してはAQUAからのオーダーというのはほとんどなく、最初から最後まで『深澤さんのデザインをいかにして実現するか』ということに重点を置いて進めていきました」と山本氏。

他方、AQUAがメーカー側として手を尽くしたのは、"冷蔵庫としての使い勝手"に関する部分。TZシリーズでは、例えば内部の棚割の寸法やペットボトルが効率よく収められる設計、扉などの部品の開けやすさと安全性を両立させる工夫や、手に馴染む角の丸みの施し方といった細かい部分まで抜かりなく配慮が行き届いている。

「海外にはデザインのいい冷蔵庫が多くありますが、使い勝手の部分で不満が残るという製品が少なくありません。しかし、我々には、三洋電機時代から培った技術観点から"こうしたほうがもっと使いやすくなる"といった知見がたくさんありますので、そうしたリソースや技術をうまくアレンジした商品作りができるのが強みです」

外観に関しては深澤氏のデザイン案を忠実に再現した一方、棚割などは内部に関しては、"使いやすさ"を最優先にメーカーの長年が盛り込まれている
通常はボトル収納用の棚が並ぶ形が多い扉の内側のドアポケットだが、チーズなどを収納できるケースを用意し、独自性を打ち出した
下段に独立して設けられることが多い野菜室も、操作動線と見やすさを考慮して、上段の冷蔵ルーム内に。庫内はLED照明をふんだんに用い、透明のケースや棚板を用いることで美しさと視認性のよさを実現した

冷蔵庫市場の潮流にあえて逆らったカタチに

500Lクラスで最薄となる635mmの薄型設計を採用している点も大きな特長として挙げられる。大容量が求められる傾向にある昨今の日本の冷蔵庫市場においては、それを実現するために横幅を狭くして奥行を深くするという手法が採られた製品が主流だ。しかし、次のような理由から、TZシリーズではあえてその潮流に逆らい、奥行を浅くして、そのぶん横幅を830mmと広くするという方法が採られている。

使い勝手を考えると奥行は深すぎないほうがいいと考え、思い切って規格外の浅めの奥行を採用。容量を確保するために、そのぶん横幅を広げることに

「実現したかったのは、薄型で幅広のデザイン。冷蔵庫の奥行が深いと、棚の奥のものを取り出しにくかったり、引き出しも深くなり、扉を開けた時に冷蔵庫前のスペースが狭くなり、人が通れなくなるなどのデメリットがあります。そこで"使いやすさ"にこだわると、奥行は浅いほうが正解。そこで横幅を広くしてでも薄型の設計に徹底的にこだわりました。中国市場でも展開している薄型フレームを一から設計し直し、扉の部分は極力薄く、閉じた時に家具のように一枚扉にみえるよう上下の扉の隙間を狭くするなど細かな調整を数多く行っています」

閉じた時に一枚板に見せるために、極力薄く、隙間を狭くしなければならなかった扉部分。一方で、開け閉めの際の指のかかりやすさや、安全性を両立させなければならず、角の角度はミリ単位で調整されたという

内部のレイアウトも独特な特徴がある。大まかに上半分が冷蔵室、下半分が冷凍室という構成は、一般的な日本の冷蔵庫と変わらないが、冷凍室部分が扉を開くと中が左右縦に2つに分かれた構造。さらにそれぞれ引き出し式の3段の棚を備えており、下半分がすべて引き出し式で構成される日本の冷蔵庫の主流とは大きく異なる。Haierグループ内部では"T型"と呼ばれている冷蔵庫のプラットフォームで、アメリカや中国でもメインで販売されているレイアウトの商品だという。

"T字デザイン"と呼ばれる独自のレイアウトを採用した冷凍庫。左右の扉を開けると左右2列にそれぞれ3段の引き出し式の冷凍ルームになっている

「我々AQUAとしてもいつかは日本市場に投入してみたいと思っていた形でした。しかし、深澤さんのデザイン図に基づいて忠実に商品に落とし込もうとすると、思った以上に大変でした。全体的に美しい曲線が特長ですが、強度や安全性とのバランスを保つのが非常に難しく、中でも特にチャレンジングだったのは"成型"です。商品の見た目はシンプルですが、製造現場からはこんなに難易度の高い冷蔵庫はかつてないと言われてしまったほど、製造泣かせのデザインでした(笑)」

外観だけでなく、見た目の美しさと手で触れた際のなじみやすさを考慮し、棚やケースなど内部の部品も曲線にこだわり設計されている

構造状の課題となった「省エネ」との両立を目指して

デザインと冷蔵庫の機能・性能をきちんと両立させるためにもう1つ難しかったのは、"省エネ性"の確立だ。というのも、省エネ性の観点からは不利な条件が揃ってしまうのだという。

「横幅が広くなることで、扉の開口部も自ずと広くなってしまいます。そうすると、庫内の冷気が逃げやすくなってしまうため、まずは幅広の真空断熱材をふんだんに使って断熱性を強化しました。フリーザーが大きいことも省エネ性を高めにくい条件のひとつです。霜取り運転時に使用するヒーターの暖かい空気が庫内に流れ込んでしまう問題があり、"フレッシャー・シールド"と呼ばれる風路を遮断する機構を採用するなど、さまざまな技術を組み合わせることで省エネ性を確保しました」と山本氏。

横幅が広がることで、扉の開口部も大きくなり、冷気が逃げやすくなり、庫内の温度が上がりやすくなってしまった問題に対処するため、内側には幅広の真空断熱材が敷き詰められている
霜取り運転時に作動するヒーターによる暖気が庫内に流入するのを防ぐため、"フレッシャー・シールド"と呼ぶ風路を一時的に遮断できる機構が設けられている

冷凍室の性能を表す基準には、"フォースター"と呼ばれるJIS規格がある。平均冷凍負荷温度-18℃以下、冷凍食品保存期間の目安が約3カ月、100Lあたり4.5kg以上の食品を24時間以内に-18℃以下に凍結できる"フォースター"は最高レベルの冷凍能力に与えられるが、実はTZシリーズではつ6あるすべての冷凍室ボックスがフォースターの仕様だ。山本氏によると、すべての冷凍室がフォースターを獲得している製品は実は市場にほとんどない、とのことだが、省エネ性という面では不利な条件が多いにもかかわらず、それを実現したのは「AQUAだからこそ、と言ってもらえるよう、冷凍品質にもこだわりたかった」からだという。

上部の左右のドア下にもLED照明を設置。冷凍ルームを全体的に明るく照らすことで、ライトアップ的な見た目の美しさとともに、食品を見やすく、探しやすくして使い勝手も向上させている

デザイン性の高い家電が日本でも増々流行る?

世界的プロダクトデザイナーとのコラボレーションから生まれた、AQUA(アクア)の冷蔵庫の新ライン。深澤氏のデザイン画を忠実に再現しながらも、家電メーカーとして"使い勝手のよさ"には決して妥協しなかった。そこには、アクアにおける、家電製品全体のデザインに対する思想や共通した考え方があるためだ。

「AQUAブランド全体の考え方としては、"心地よさ"というのが大きなテーマです。日々の生活が心地よくなるようなデザイン・性能を目指しています。具体的には "ユーザーのライフスタイルと空間に溶け込むデザイン"。インテリアになじむ、生活空間を邪魔しないものを考えています」

TZシリーズの企画・開発の包括的な責任者として製品を担当した、AQUA 商品本部 冷蔵庫企画グループ ディレクター 山本陽護氏

家電製品の中でも、冷蔵庫は耐久消費財と呼ばれ、買い替えサイクルは長い。「冷蔵庫はお客様にとってタッチポイントが非常に長い商品です。冷蔵庫は日に何回も開け閉めし、10年以上使われるお客様もいます。だからこそ、見た目にも中身にも妥協しないよいものをご提供したい。今回のTZシリーズは今までにはなかった商品として開発できました」と思いを語る。

山本氏によると、日本はHaierグループ内でもとても重要視されているマーケットとのこと。「日本発の家電メーカーとして冷蔵庫、洗濯機の開発・製造・販売に長年携わっている我々だからこそ、企画できる商品というのがまだまだあると考えています。今回の商品を皮切りに、第2弾、3弾とイノベーティブな商品を世に送り出していくつもりです」と今後への意気込みも話してくれた。

ここ数年、日本の消費者の間でも家電にデザイン性やインテリア性を求める人が増えつつある。そんな中で、世界的デザイナーと高い技術力を持つ日本のメーカーの一蓮托生で生まれた、ひと際異彩を放つ今回の新商品。実用化までに至る経緯や過程を聞く限り、想像していた以上に革新的でチャレンジングだったようだ。

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