ワンピースに学べ! 「官民ファンド役員辞任騒動」で報道すべきだった、真の論点

藤田朋宏の必殺仕分け人 第3回

ワンピースに学べ! 「官民ファンド役員辞任騒動」で報道すべきだった、真の論点

2019.01.09

ちとせグループCEOの藤田朋宏氏による連載

第3回は、「産業革新投資機構の騒動」について

何事も「正義と悪」で語りがちなマスコミの報道に思うこと

「なんだか勿体ない報道だなぁ」

産業革新投資機構(JIC)の経営者の方々と経済産業省に関する報道を見て、そんなことを感じました。官民ファンドであるJICの役員が報酬水準をめぐって所管の経産省ともめ、田中正明社長をはじめとする民間出身の取締役が全員辞任するという出来事でした。

僕が勿体ないと感じた原因は、マスコミの多くが勝手に「偉いおじさんは悪い」という前提を設定したストーリーばかりで報道していたことです。こうした報道は、本来の報道のあるべき姿を逸脱しているのではないか、と僕は思うのです。

産業革新機構の田中正明社長は、経産省との対立が原因で、社外取締役ら民間出身の9人の取締役が全員辞任し、新規投資を凍結すると発表した(画像は経産省外観)

前時代的な「わかりやすい悪人」がいるストーリー

僕が子供のころは、子供が見る番組は味方と敵の関係が単純な作品ばかりでした(ちなみに僕は人口ピラミッドで一番多い45歳)。当時は、顔が青くて感情が無さそうな宇宙人や、見るからに悪そうな顔で悪そうな喋り方をする怪人が地球征服を企んでいるような作品ばかり。大して悪いこともしていない敵を爆破して、みんなで勝利を喜ぶという単純なストーリー展開が、敵役が可哀そうでどうにも好きになれない子供でした。

僕と同じように感じる子供も多かったのか、それとも作っている側の大人が飽きたのか、恐らく初代のガンダムくらいから、子供向きの作品にも、「主人公にも敵役にもそれぞれの正義が存在する」という価値観の作品が増えたように思います。

それから数十年が経ち、今や国民的作品であるワンピースに至っては、敵役の海軍の背中にデカデカと「正義」と書いてあります。子供向け作品でさえ、「どっちが正しいか」という子供じみた議論はせず、「正義vs正義」の構図で話が進んでいきます。平成に入って、「価値観なんてもんは人の数だけあるんだ」っていう当たり前の事実を子供でも知っている国になったわけです。

にも関わらず、何かあるたびに日本のマスコミの多くは、誰か悪役を仕立てないと報道できないルールでもあるかのように、単純なストーリーの報道ばかりしています。

正義を一つに絞らないと視聴者が理解できないと思っているのか、はたまた報道の形を取りながら自分の考える正義で日本を染めたいと思っているのか。どちらが理由なのかはわかりませんが、こういった人による価値観の差異を雑に扱うスタンスで届けられる報道を見るたびに、「このテレビ局の人たちは視聴者を子供以下の理解力の持ち主ばっかりだと思っているんだろうな」なんてことを感じるのです。

もう平成も終わるわけですが、いつになったら彼らは、怪人を爆破して喜んでいた時代の価値観で報道をしていることに気づくのでしょうか。

そこには本当に「悪役」がいるのか

そもそも、JICの経営陣は彼らが考えるあるべき姿と何が違かったのかを自分たちの言葉で発表していましたし、経産省も世耕大臣が代表して自分の考え方をしっかり述べていました。

登場人物が、それぞれの価値観でそれぞれの言葉で「日本をより良くするためにはどうしたらいいか」という意見を言っていたのです。これはとても立派な態度と行動だったと思います。

僕は、こうした健全で建設的な議論から逃げないことが、今の日本にとって最も大事なことだと考えています。しかし、世の中ではこういった議論がオープンになされたことそのものを問題視して、監督官庁である経産省を責める声も多かったように感じます。

論点を明確に定義して、オープンに議論して、混乱を詫びた上で辞任するって素晴らしいことじゃないですか。国の中枢のところでああいったオープンな議論が行われる国って、素晴らしい国だと僕は思うんですよ。揉め事は有ってはいけないのではなく、健全で建設的な議論をしようと思ったら、揉め事を避けてはいけないと思うのです。

せっかく、経済界で名前の通った人たちが個人的なレピュテーションリスク(企業の信用やブランド価値が低下し損失を被るリスク)を恐れず進退を賭けて問題提起してくれたのだから、短絡的にどっちが正しいとか、どっちが間違えているとかいう結論を出すことを目的としない、建設的な議論を続ける努力をするのが報道の役割だったのではないでしょうか。

しかし、実際のマスコミの報道を見ていると「なんだか偉い人がもっと給料くれって言って喧嘩している」的な、極めてクダラナイ議論に矮小化されて報道され、エリートが私欲で喧嘩している的なネタとして消費されてしまったことが、とても残念でした。

「正義と悪」を決めつける報道は、正義か悪か

ちなみに、同時期に話題になっていたニュースに、某自動車会社の有名な経営者が「莫大な社費を流用しているvsしていない」という報道もありました。テレビのワイドショー的にはこちらも「エリートが過剰に給料を多く欲しがっている話題」として一括りにされていましたが、こちらには建設的な論点は何もありません。

このような非建設的な話をダラダラと報道しみんなで議論しても、なんの意味もないと僕は思うのですが、こっちの件の方がマスコミ的「悪役」が設定しやすいからなのか、年が明けても未だに盛り上がってます。

なんだか「新たな国民の悪役」を皆が欲しがって消費している「残念な国」になっている傾向が、年々強まっているような気がしています。

ここで忘れてはならないのは、ワンピースが「正義vs悪」という対立軸を設定しないままでも、20年以上も国民の関心を引き続けているということです。少年ジャンプを読む小学生でも、あの何百人のキャラクターのそれぞれが有する価値観の差を理解できるのが、今の日本国民の認知レベルなんだと思います。

つまり、報道する側に尾田先生のような人物の価値観を魅力的に描き分ける技術があれば、JICの件でも視聴者を惹きつけるコンテンツは作れたはずなんです。

今回のように、対立する双方がそれぞれ建設的に意見を言っているコンテンツなんてそうはありません。前向きな議論やさまざまな立場の価値観を紹介するうちに、国民全体が日本経済をどうしていくべきかについて、一人一人が意見を持てる国に自然となっていくはずなのです。

毎月のように発掘されて、新たな国民の敵として設定されてしまう悪役に、毎日さらに新しい角度から悪口を見付けた人が頭が良く見えるような、そんな安易な報道コンテンツに逃げずに、いろいろな人の価値観を整理しそれぞれの価値観を魅力的に見せることが、優秀な人が高給をもらっているマスコミに期待すべき役割だと思うのですよ。

報道のストーリーメイク、4つの改善策

では、今回の件はどういうストーリーで報道すれば良かったのか、誰かに意見を言う時は「それじゃダメだ」に留めず「例えばこうしてみるとか」まで付け足すことをモットーに生きているので、勝手に4点考えてみました。

1点目:結論を出さないことを恐れない

報道の役割は「複雑な問題に、誰でも同意できるような短絡的な答えを提示すること」とかいう、おかしなプライドを持っているからコンテンツの魅力が減ってしまうのです。理解が難しい、しかし根源的に大切な問題は、短絡的な答えを出さず難しいまま放置しておく方がストーリーとしての魅力は増すのです。

ワンピースだって、「そもそもワンピースってなんぞや」「海賊王ってなんぞや」って根源的な命題には何ひとつ答えないまま、連載が続いているわけです。短絡的に答えを出す単純なコンテンツでは、もう子供でも楽しめないのです。

つまり、「官民ファンドってなんぞや」ってところがこの議論のラスボスであることは明示しつつも、「その説明は、どうやら登場人物によって理解が違うようだぞ」というままにする報道戦略であれば、このテーマはもっと人々の興味を引けたのではないか、と僕は思うのです。

2点目:論点は給料の「額」ではなく「出どころ」

官民ファンドとはなんぞやという本質をふんわりさせたままにしておく前提で、本件ステークホルダーの意見の相違の理由は、「ファンド運用者の給料は、元本から出されるのか、儲けから払われるのか」という点にあります。しかし、僕がみた限りの報道で、給料の出どころについての理解が違うことに言及した報道は一つもありませんでした。

具体的には「税金で用意した2兆円から給料を払うのだから一般的な公務員と合わせるべきだ派」と、「成功報酬は投資で儲けた額から払うのだから一般的な投資企業と合わせるべきだ派」に整理できたはずです。それから適切なタイミングで「給料の出どころは税金じゃないと思うけど、国で用意した2兆円がなければ投資成果も出せないんだから中庸が正解だ派」を登場させます。

それぞれの案に対して適切なキャラクターを設定できれば、サラリーマンの昼飯の話題だけでなく、高校生の部活の話題にまででき、それがあるべき日本経済のあり方を一人一人が意識するキッカケにまでできたはずです。この「そもそもどこから給料を払っているかの認識の差だよね」っていう整理をちゃんとしている報道、見かけましたか?

報道のポイントであった「給料」、その出どころについて多く語られた報道は少なかった

3点目:「2兆円なんてちっちゃい」という事実

そもそも「2兆円」という運用額の大小も重要です。無駄にデカイ数字が出てくると話が盛り上がる手法は少年ジャンプが発明した優れた手法ですが、これは小学生だけでなく、大人にも通用します。日本人は、「私はあなたより強いです」と言われるよりも「私の戦闘力は53万です」と言われるほうが、ストーリーに感情移入できるように調教されているのです。

ここで僕が皆さんと共有したいのは、国が運用するファンドとして、2兆円はかなり小さいということです。例えば、ソフトバンクビジョンファンドは10兆円規模、日本の15分の1のGDPしかないシンガポールの国営ファンドであるGICやテマセクは、それぞれ10兆円以上運用していると言われていますし、アメリカなんかでは二桁兆円のファンドなんてザラです。日本生命でも60兆円くらいは運用しているはずです。

「そうか、2兆円ってちっちゃいのか」って驚きが、この議論をより深めたはずなのです。

そうすれば、「あのおじさん達は、ちっちゃい規模のファンドなのに国のために頑張ろうとしていたのか」「ちっちゃいファンドだから成り手がいないのか」「ちっちゃいファンドなんだから給料安くていいんじゃない? 」「そもそも日本がそんなちっちゃいファンドサイズで恥ずかしくないのか」などなど、いろいろな議論が生まれたことでしょう。

ソフトバンクビジョンファンドの概要。(写真は2016年11月開催の決算説明会)

4点目:本当の登場人物はみんな魅力的

最後に、そもそもこのストーリーに出てくる人を、全員かっこよく描くべきでした。だって実際かっこいいんだから。本物以上にかっこよくしたらそれはエンターテイメントの範疇ですが、だからといって、本物よりかっこわるく報道する必要はないはずです。

僕は経産省と産業革新機構、どちらの組織とも一緒に仕事をする機会が多いです。ここで繰り返し声を大にして言いたいのは、こういった組織で働くみなさんは本当に、日本の国を良くするためにいつも一生懸命だということです。

価値観や正義感は人それぞれですが、若い人からベテランまでどの人も、本当に一生懸命働いています。大衆が虐めることで消費すべき対象ではなくて、国のために奮闘するかっこいい人達なんです。にもかかわらず、時代錯誤の「エリートってのは悪いことしているに違いない」という大前提での報道が目についたのが、今回の最も残念なところでした。

それぞれが足を引っ張るような報道ばかりしているから、日本はいつまでもデフレマインドから抜け出せないんだよ、と思うのです。

「大物おじさん=悪」と決めつけては勿体ない

また、今回辞任された皆様とは直接面識はないのですが、彼らと同じような経済界の大物のおじさんたちと話をさせていただく機会は、僕の日々の仕事でそれなりにあります。こういった、双六でいえばすでに「上がった」ような人たちこそ、日本をより良くするために、人生の残り時間で何ができるかと本気で考えている人が多いと感じています。

こういった(大物)おじさんたちって、そりゃあ一癖も二癖もある人ばかりですよ。でも基本的には一本筋の通った面白い方々であることが多いし、だいたいみんな愛嬌があります。そう言ったおじさん達を、マスコミが嵩にかかっていじめて何か建設的なことが起きるのでしょうか。

「大物おじさん=悪人」と定義して消費してしまうのは簡単です。しかし、こういった人たちを愛して、彼らが何を言っているのかを少しでも理解しようとし、「本来どうあるべきだったのか」という観点で前向きな議論をすることが、この記事をうっかり最後まで読んでしまった皆さん一人一人の生活を、さらに楽しいものすると信じています。

さらには、近年の日本でよく見られる報道の姿勢が「誰かを悪役に設定し、複雑な議論に短絡的な結論を出す」ものから、「一人一人の価値観を整理し、単純な悪役を設定しない」ものに変わったとしたら、この国はもっとずっと楽しくなるのになぁ、と思うのです。

双方が建設的な議論をしているときは、一旦、「どちらも正しい」と受け止め、理解しようと心がける姿勢が大事。というのが筆者の意見です

(藤田朋宏:ちとせグループ 創業者 兼 最高経営責任者)

連載バックナンバー

CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

2019.01.18

中国メーカーが自在に折り曲げられるスマホを実現

「大画面×コンパクト」を両立する夢のデバイス、実用性は?

端末の魅力を引き出すアプリ登場が普及のカギか

米ラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市「CES 2019」では、2019年のトレンドを先取りする新ガジェットが一堂に会した。その中でも一際大きな注目を浴びたのが「折り曲げられるスマホ」だ。商品化にこぎ着けたのは世界初という。

折り曲げられるスマホ「FlexPai」

スマホの画面サイズが大型化を続ける中、iPhone SEのような小型スマホを求める声は依然として多い。そこで登場した折り曲げられるスマホは、「大画面」と「コンパクト」を両立する夢のデバイスに見える。果たして普及の可能性はあるだろうか。

自在に折り曲げられるスマホ、中国メーカーが実現

折りたためる2画面のスマホというアイデア自体は、実はそれほど目新しいものではない。NTTドコモとZTEが共同開発した「M Z-01K」などは、現行モデルとして国内で販売中だ。

だが、従来の2画面スマホはヒンジを用いて2つの画面をつなげたものに過ぎなかった。その後、液晶とは異なる特性を持つ有機ELが登場したことで、ディスプレイを紙のように自在に折り曲げられることも夢ではなくなった。

有機ELの「曲げに強い」という特性は、多くのスマホに活用されている。サムスン電子のGalaxyシリーズが画面端を曲面にしたスマホを発売後、ソニーモバイルシャープもこの形状を採用している。

これを推し進め、開くとタブレットのような大画面、2つに折り曲げるとスマホサイズという端末の可能性が見えてきた。そして2018年10月、中国のRoyoleが、世界で初めての折り曲げられるスマホ「FlexPai」を商品化したのだ。

中国Royoleのブース。フレキシブルディスプレイを使った様々な製品が並んだ

CES 2019では韓国のLG電子が巻き取り式のテレビを発表するなど、「曲がるディスプレイ」が会場全体で話題になっていた。そうした下地もあって、Royoleの出展ブースには来場者の行列が絶えず、展示機がバッテリー切れを起こすほどの盛況となっていた。

実用性はさておき、スマホの進化の可能性を示した

FlexPaiの特徴は、開いた状態ではタブレットに近い形状になり、そこから自由に折り曲げできる点にある。従来の2画面スマホとは異なり、広げた状態でも画面の境目がないため、タブレットと同じ感覚で利用できる。

広げた状態ではタブレットのように使える

メーカーが挙げるメリットは、複数のニーズごとの端末を1台に集約できることだ。大画面が欲しい人の中には、スマホとタブレットを両方持ち歩いている人もいるだろう。だがFlexPaiなら持ち歩くのは1台で済むというわけだ。

折り曲げた状態では一般的なスマホと同じように使える

折り曲げというギミックから、耐久性に不安を覚えるものの、20万回程度の折り曲げに耐えられるという。ただ、折り曲げると厚みが出るため、スマホのようにコンパクトに持ち歩くことはまだ難しい。

アプリの対応も課題だ。FlexPaiを折り曲げた状態では「表面」と「裏面」に加え、折れ曲がった「エッジ」の3画面を利用できる。FlexPaiの魅力を引き出すには、これら3画面を活用するようなアプリの登場が待ち望まれる。

そこでRoyoleは、FlexPaiをアプリ開発者向けに1,318ドルの価格で先行販売している。まずは開発者にデバイスを手に取ってもらい、どのような活用方法が考えられるか、アイデアを募っていく段階といえる。

会場で実機を試した印象だが、現段階での折り曲げスマホは実用的とまではいえないと思えた。しかしRoyoleという会社の名前を世界に知らしめ、フレキシブルディスプレイの技術を示したという意味では、この発表は大成功を収めたといえるのだろう。

また、サムスン電子など大手スマホメーカーも折りたたみや折り曲げ端末の開発を進めており、グーグルはAndroid OSとして公式サポートを表明している。スマホの次なる進化の可能性を真っ先に示したFlexPaiを、この場の実用性で語るのはお門違いなのかもしれない。

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

森口将之のカーデザイン解体新書 第12回

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

2019.01.18

国内主要メーカーの内装デザイナーが集まり展示会を開催

テーマは“1kgの価値”をどこまで高められるか

実車に応用できる? 独創的な作品の数々

国内主要自動車メーカー8社のインテリア・カラーデザイナーが参加する団体「JAID」が初の作品展を開催中だ。“1kg”という重さにこだわり、最新の3Dプリンターを駆使して各社のデザイナーが生み出した作品は独創的で、会場の「GOOD DESIGN Marunouchi」(東京・丸の内)は小さな現代美術館のような雰囲気になっている。

ダイハツ工業のデザイナーが出品した「受け継がれる樹脂」という作品

雑誌の対談が契機となり生まれた「JAID」

「JAID」という名前を初めて目にした人も多いだろう。「ジャパン・オートモーティブ・インテリア・デザイナーズ」の略で、「ジャイド」と読むそうだ。

創立のきっかけとなったのが、自動車雑誌「NAVI CARS」(ナビカーズ)での対談だったと聞いて、「あの号だ!」と即座に思い浮かんだ。クルマのインテリアを特集したナビカーズの2015年7月号で、筆者も別の対談に参加させていただいていたのだ。その号に国内メーカーのインテリアデザイナーが語り合うページがあったことは記憶の片隅に残っていた。

雑誌の売れ行きが落ちているといわれて久しい。それだけに、1つの雑誌の企画からJAIDのようなコミュニティが生まれたことは、モータージャーナリズムに身を置く者として嬉しい気持ちになる。

日産自動車のデザイナーが出品した「∞ Fluff」

価値ある1kgの創造に挑んだデザイナーたち

そのJAIDが企画したのが「1kg展」だ。なぜ“1kg”にこだわるかといえば、クルマの開発に携わる人たちにとって切実な「kg単価」という指標に理由がある。

「kg単価」とは、クルマの開発で使われる値段の単位だ。インテリアデザイナーとしてはkg単価が高い、いわゆる良い素材を使いたいという気持ちは大きいだろう。快適性や安全性の追求、さらには電動化への対応、重量の削減といった視点も持ちながら素材を選んでいるはずだ。

しかし、贅を尽くしてばかりでは車両価格の上昇を招くので、妥協が必要になる。おそらくインテリアデザイナーは、このような状況で悩みながら、新しい素材や仕立て、色などを取り入れるべく、奮闘の毎日を過ごしているのだろうと想像している。

では、そういった制約がなくなったとき、デザイナーたちはこのkg単価をどこまで価値あるものに仕上げられるのだろうか。これが、今回の展示会のテーマだ。最新の3Dプリンターを駆使し、時間や空間、物質としての限界などを飛び越えた作品を独自の着眼点で製作すると同時に、広くカーインテリアデザインの魅力を伝えたい。そんなメッセージのこもった展示会なのである。

ホンダのデザイナーが出品した「風速1kg」

素材と色のコーディネートが味わえる「ハンバーガー」

会場のGOOD DESIGN Marunouchiは、2013年度から通算5回、今年度も含めてグッドデザイン賞の審査員を担当している筆者にとってはなじみ深い場所だ。ところが、「1kg展」の内覧会を訪問した時には、状況がまるで違っていた。いつもは展示物をゆったりと眺めることができる空間なのに、この日はラッシュ時の駅のようにごった返していたのだ。それだけ、インテリアデザイナーの斬新な発想に期待する人が多かったということだろう。

日産のデザイナーが出品した「4D flower」。「1kg展」に作品を持ち寄ったのは、国内大手自動車メーカー7社(ダイハツ工業、ホンダ、三菱自動車、日産自動車、スバル、スズキ、トヨタ自動車)だ

作品の中には、クルマのインテリアデザインとは関係なく、最新の3Dプリンターならではの表現能力の高さをアピールするような作品も見られた。それらを業界の枠を飛び越えた独創的な作品と捉える人もいたようだが、クルマが好きで今の仕事に携わっている(はず)の方々だからこそ、もっとインテリアにこだわって欲しかった。

ただ、クルマのインテリアとの関連性が高い作品が大半を占めていることは確かで、中には独創的な発想や興味深いアイデアも見られた。本稿では独断と偏見で、そのうちの3つを紹介していこう。

まずは、会場の入り口近くに置かれていた「CMFバーガー」だ。「CMF」とはカラー、マテリアル、フィニッシュの頭文字で、ナビカーズでの対談が行われた頃から、自動車に限らずデザイン分野でひんぱんに使われるようになってきた言葉だ。造形だけでなく色や素材、仕立てにも気を配ることで、より完成度の高いデザインが生まれるというような意味が含まれている。

「CMFバーガー」はトヨタのデザイナーが出品

この作品は、CMFのコーディネートを1kgのハンバーガーに見立てて表現したもの。レザーのバンズ、クリアレンズのトマト、加飾素材のチーズやパティ、シート素材のレタスがさまざまな色で用意してあり、好みのバーガーを作り出せる。

3つの作例では、CMFの違いでかなり雰囲気の異なるバーガーを作れることが分かった。バンズを肉抜きタイプにすると総重量が1kgを切るなど、計量化を実感できる仕掛けも盛り込んである。ディーラーが車種別にCMFハンバーガーを用意すれば、顧客は楽しみながらカラーコーディネートを試すことができるかもしれない。

ディーラーに「CMFバーガー」が置いてあったら面白いかも

インテリアをボールにした斬新な作品も

続いて紹介するのは「トランスフォームステアリング」。自動運転が実用化された未来を想定した変形機構を持つステアリングで、手動モードでは伸びて操舵できる状態となり、自動モードでは縮めて格納しておける。全てがマットブラック仕上げだが、グリップ部分、変形部分、外枠部分を別のメーカーのプリンターで製作することで、素材の違いを表現している。

トヨタのデザイナーが出品した「トランスフォームステアリング」

製作したデザイナーはステアリング機能だけを想定していたようだが、左右のグリップをねじることでアクセルやブレーキの操作ができれば、この部分だけで基本的な運転操作ができる合理性の高いインターフェイスになると思った。ペダルがなくなれば、室内レイアウトの自由度も高まりそうだ。

伸ばせば手動運転に使えるし、自動運転中は縮んだ状態で格納しておける

最後は「インテリアボール」だ。写真を見てお分かりのとおり、クルマのインテリアを構成するパーツをボール状のアートとして表現したもので、多くのパーツをまとめ上げ、世の中というフィールドにデザインを“投げ”かけているインテリアデザイナーの仕事をボールの形に込めたのだという。

「インテリアボール」はホンダのデザイナーが手掛けた

展示してあるのは1個だけだが、スポーツの世界では競技によってサイズの違うボールを使うことにも製作者は着目している。使用する材料や加工方法を変えることで、同じ1kgでもサイズや見え方の違った表現ができるそうだ。

しかしながら筆者には、これがボールではなく卵に見えた。卵から生まれる前のクルマ、そのインテリアデザインは、こうなっているのではないかと想像したのだ。同じクルマのエクステリアデザインを卵の殻で表現することで、多くの車種を球形にできれば、一風変わったミニチュアになるのではないだろうか。

JAIDが企画した1kg展の作品群は、それ自体が柔軟かつ斬新な発想から生まれているだけでなく、見ているこちらも創造力が掻き立てられるものだった。この展示会を訪れて、日本の自動車メーカーにインテリアデザインの実力者が多いことに感心するとともに、メーカーには、この実力を引き出して製品に結び付ける能力が求められていることを教えられた。

1kg展の会期は1月25日まで。入場は無料だ。時間に余裕のある方は、一度訪れてみてはいかがだろうか。