JR東海の格安フリーきっぷは単なる「鉄道ファン向け」ではない!?

JR東海の格安フリーきっぷは単なる「鉄道ファン向け」ではない!?

2019.01.08

私鉄とも連携したフリーきっぷを販売するJR東海

JR東海の広報力に期待する沿線の私鉄企業の思惑

家族三代の「鉄道旅」促進で将来の需要を生み出す

JR東海が“らしくない”きっぷを販売していると話題だ。それは、2016年7月から販売されている「JR東海&16私鉄 乗り鉄☆たびきっぷ」(以下「乗り鉄たびきっぷ」)。JR東海の在来線全線と、隣接する16の私鉄・第3セクター路線が土休日限定で2日間乗り放題になるきっぷだ。東海道新幹線も、熱海~米原間の「ひかり」「こだま」に限り、別途特急券を購入すれば4回まで乗車できる。

極めて広範囲のエリアに2日間乗り放題となる「JR東海&16私鉄乗り鉄☆たびきっぷ」(写真:豊橋駅にて)

大人8,480円、こども3,990円で、熱海~米原間を往復すれば元が取れる。2日間にわたって、東海・中部地方のJRとほとんどのローカル私鉄が乗り放題となるおトクさに加え、「乗り鉄」という鉄道ファン向けを思わせるネーミングがそそる。従来、東海道新幹線を中心とした大量高速輸送に特化してきたイメージのあるJR東海としては、かなり異例の商品といえるだろう。

東海道新幹線も、特急券を購入すれば4回まで利用可能

なぜ今、JR東海からこのような商品が生まれたのか。JR東海営業本部販売促進グループの内田重光副長は「部内に、今までと違う商品に取り組もうという機運がありました」と語る。「家族三世代向けに、鉄道の旅を提供できたら面白いという発想から企画がスタートしました。そこから、地域のローカル線と組み、鉄道旅の魅力を多世代に伝えて新しい顧客を呼び込むというアイディアが生まれたのです」と話す。

家族三世代に向けた、鉄道を楽しんでもらうためのきっぷ。これは天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅で実施している車両の洗車体験

内田氏ら企画チームは、自社線に接続している17の私鉄・第3セクター鉄道に企画を提案。そのうち16社が応じ「従来の当社のイメージとは異なる新しい商品」(大城慶吾販売促進グループ副長)が実現した。「乗り鉄たびきっぷ」というネーミングは女性社員のアイディアがもとになっているという。

商品化にあたって苦労したのは、価格設定だ。運賃単価や平均利用額は鉄道会社ごとに異なる。あまり安く設定すると、普段から通常のきっぷで利用している乗客まで利用してしまい、かえって減収となる。逆にあまり高めに設定すると、手軽さが失われる。利用者がおトク感を得られ、各鉄道会社はメリットを享受できる価格として、大人8,480円、こども3,990円という値段が導き出された。こども料金を大人用の半額以下の3,000円台に設定したところに「親子連れ向け」というコンセプトがみえる。東海道新幹線の利用回数を4回までに制限していることや、東京駅や新大阪駅などで販売されていないのは、新幹線を頻繁に利用する層にとってトクになりすぎることを防ぐためだろう。

JR東海の在来線は全線乗り放題。全国唯一となった、名松線家城駅でのタブレット(金属状の板・単線における事故を防ぐための通票)交換もみられる

私鉄がこの企画に賛同したのはJRの広報力に期待するため

では、JRから企画提案を受けた鉄道会社各社は、このきっぷをどのように受け止めたのだろうか。各社が口を揃えるのは、JR東海の広報力への期待だ。

岐阜県の明智鉄道。食堂車を連結した観光列車で有名だが「乗り鉄たびきっぷ」では乗車できない
春のサクラで有名な樽見鉄道。サクラのシーズンには「乗り鉄たびきっぷ」で花見ができそう

「従来は、エリア外へのお客様へのアピールがしにくいという問題がありました。鉄道会社同士の、横のつながりができてより多くのお客様に路線の魅力を知ってもらえるというのはとてもありがたいことです。今まではこうした事例はありませんでした」(豊橋鉄道・梅村仁朗鉄道部長)

「JR東海さんのポスターやパンフレットで、地域外の方々に広く明知鉄道を知っていただく効果は大きいです」(明知鉄道・伊藤温子総務課長補佐)

「JRさんの広報力で、これまで当社を知らなかった観光のお客様が遠方から来てくださるようになりました」(天竜浜名湖鉄道・澤井孝光営業部長)

また、乗り放題のきっぷ自体にも広報力がある。運賃が一定なら、少しでも元を取りたくなるもの。鉄道ファンならずとも、足を少し延ばして、今まで訪れたことのない路線に乗ってみようという気になる。

「今回のようなお安いきっぷを利用して、まずは乗っていただければ、沿線に魅力的なみどころがあることを知っていただけます。『それなら、次にまた来てみよう』というリピートにつながります」(天竜浜名湖鉄道・澤井氏)

浜名湖の北を走る天竜浜名湖鉄道。駅舎や扇形車庫など国登録有形文化財が36件もある“走る鉄道博物館”だ
フィンランドのブランド「マリメッコ」を多用し、おしゃれなカフェになった天竜浜名湖鉄道の都田駅。写真映えする駅として、海外からもファンが訪れる

乗車人員統計の実績にもなる

もちろん、運賃収入面のメリットもある。売上の分配については非公開だが、原則として販売枚数に応じて各社に振り分けられる。1枚あたりの収入は少なくても、実際に乗車した区間にかかわらず分配されるため、トータルでみればそれなりの収入になる。

それ以上に大きいのが、乗車人員統計への加算だ。行き止まりの路線の場合、1枚売れるごとに往復乗車したとカウントされ、乗車人員が2人加算される。仮に1万枚販売し乗客が往復すれば、2万人が乗車したことになり、利用者数を少しでも増やしたい地方鉄道にとっては、大きな実績となる。

「特に冬場は観光のお客様が減るため、とても助かっています」と明知鉄道・伊藤氏は話す。なお、JR東海が声をかけた17社のうち、唯一参加しなかったのが、機関車トーマス号などSL列車で有名な大井川鐵道だ。これには、大井川鐵道特有の事情が絡んでいる。大井川鐵道は、元々観光輸送に特化した路線であり、日常の足として利用している人の割合は他社と比較して少ない。金谷~千頭間の運賃は1,810円、1日乗車券は3,440円であり、観光客が「乗り鉄たびきっぷ」を利用すれば、かなりの減収は免れない。「乗り鉄たびきっぷ」はSLのような観光列車には乗車できないが、片道は普通列車を利用する人も多いからだ。大井川鐵道が参加を見送ったのは、やむを得ないだろう。

通勤路線のイメージが強い静岡県の遠州鉄道も参加。乗り放題だからこそ、普段乗る機会の少ないローカル鉄道でじっくり旅できる

ポイントラリーで各路線の魅力をアピール 

「乗り鉄たびきっぷ」では、スマートフォンアプリを使ったポイントラリーも実施している。これは、無料の「鉄たびアプリ」をインストールし、使用するきっぷの情報を入力したうえで各鉄道会社に3カ所設定された「鉄☆たびポイント」を訪れるとポイントが獲得でき、トータルの獲得ポイントによってプレゼントに応募できるというもの。「鉄☆たびポイント」には「鉄道に関連するみどころ」「歴史的なスポット」「写真映えするスポット」といったテーマがあり、各社の担当者が考案している。

「鉄☆たびポイント」付近で「チェックイン」するとポイントを獲得。こちらは遠州鉄道で保存されているED282電気機関車(青い車体)

例えば豊橋鉄道なら、1931年(昭和6年)に竣工したロマネスク様式の重厚な建物が美しい「豊橋市公会堂」、昔ながらの石畳の坂を路面電車が昇る「石畳を駆け上がる路面電車」がある。天竜浜名湖鉄道なら、前述したように木造駅舎をリノベーションし、「マリメッコ」に包まれたカフェとなった「都田駅」、国登録有形文化財の転車台や扇形車庫などが保存された「天竜二俣駅」といった具合だ。遠州鉄道のちょっとおしゃれな変電所である「小林変電所」のように、一般にはあまり知られていないスポットもあり、単なる観光地巡りとはひと味違った旅を楽しめる。獲得できるプレゼントが、現地で使える割引クーポンといった実利的なものになれば、もっと盛り上がるだろう。

豊橋鉄道市内線前畑~東田坂上間にある、全国でも珍しくなった石畳軌道も「鉄☆たびポイント」のひとつ
遠州鉄道八幡駅の小林変電所ように、知られざる鉄道スポットも「鉄☆たびポイント」になっている

少子高齢化時代を見据えた戦略か?

自社管内のローカル鉄道を結びつけ、家族三代での鉄道旅に結びつけようとする、JR東海の「乗り鉄たびきっぷ」。JR東海が、多世代旅行に注目する背景には、リニア中央新幹線と少子高齢化があると思われる。JR東海は、現在2037年度の大阪開業を目指してリニア中央新幹線を建設中だが、開業する頃には少子高齢化と労働人口の減少が一層進んでいるのは明らか。

そのような状況下で、東海道新幹線とリニア中央新幹線という2つのインフラを維持するには、交通機関として鉄道を選択してもらう必要がある。しかし、現在の東海道新幹線はビジネス層の利用が中心で、それほど急がない若者やシニア層には安価なLCCや高速バスが浸透しつつある。幼い頃から家族でバラエティ豊かな鉄道旅に親しんでもらい、当たり前のように鉄道を移動手段として選択してもらえる環境を整えていくことが重要だ。

天竜浜名湖鉄道天竜二俣駅で実施している転車台と扇形車庫の見学会。家族で鉄道の歴史も学べ、こどもたちに鉄道の魅力を感じてもらう

JRは、多彩な鉄道会社と共同で鉄道旅の魅力をアピールし、将来にわたって鉄道を選択してくれる「ファン層」を育成。私鉄・第3セクターは、JRの広報力を利用して幅広い層の誘客につなげる……。一見、鉄道ファン向けにみえる「乗り鉄たびきっぷ」には、鉄道会社のさまざまな戦略が隠されている。「乗り鉄たびきっぷ」を利用して旅をしたこどもたちが、将来、また鉄道に魅力を感じてもらうための布石ともいえるのだ。

CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

2019.01.18

中国メーカーが自在に折り曲げられるスマホを実現

「大画面×コンパクト」を両立する夢のデバイス、実用性は?

端末の魅力を引き出すアプリ登場が普及のカギか

米ラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市「CES 2019」では、2019年のトレンドを先取りする新ガジェットが一堂に会した。その中でも一際大きな注目を浴びたのが「折り曲げられるスマホ」だ。商品化にこぎ着けたのは世界初という。

折り曲げられるスマホ「FlexPai」

スマホの画面サイズが大型化を続ける中、iPhone SEのような小型スマホを求める声は依然として多い。そこで登場した折り曲げられるスマホは、「大画面」と「コンパクト」を両立する夢のデバイスに見える。果たして普及の可能性はあるだろうか。

自在に折り曲げられるスマホ、中国メーカーが実現

折りたためる2画面のスマホというアイデア自体は、実はそれほど目新しいものではない。NTTドコモとZTEが共同開発した「M Z-01K」などは、現行モデルとして国内で販売中だ。

だが、従来の2画面スマホはヒンジを用いて2つの画面をつなげたものに過ぎなかった。その後、液晶とは異なる特性を持つ有機ELが登場したことで、ディスプレイを紙のように自在に折り曲げられることも夢ではなくなった。

有機ELの「曲げに強い」という特性は、多くのスマホに活用されている。サムスン電子のGalaxyシリーズが画面端を曲面にしたスマホを発売後、ソニーモバイルシャープもこの形状を採用している。

これを推し進め、開くとタブレットのような大画面、2つに折り曲げるとスマホサイズという端末の可能性が見えてきた。そして2018年10月、中国のRoyoleが、世界で初めての折り曲げられるスマホ「FlexPai」を商品化したのだ。

中国Royoleのブース。フレキシブルディスプレイを使った様々な製品が並んだ

CES 2019では韓国のLG電子が巻き取り式のテレビを発表するなど、「曲がるディスプレイ」が会場全体で話題になっていた。そうした下地もあって、Royoleの出展ブースには来場者の行列が絶えず、展示機がバッテリー切れを起こすほどの盛況となっていた。

実用性はさておき、スマホの進化の可能性を示した

FlexPaiの特徴は、開いた状態ではタブレットに近い形状になり、そこから自由に折り曲げできる点にある。従来の2画面スマホとは異なり、広げた状態でも画面の境目がないため、タブレットと同じ感覚で利用できる。

広げた状態ではタブレットのように使える

メーカーが挙げるメリットは、複数のニーズごとの端末を1台に集約できることだ。大画面が欲しい人の中には、スマホとタブレットを両方持ち歩いている人もいるだろう。だがFlexPaiなら持ち歩くのは1台で済むというわけだ。

折り曲げた状態では一般的なスマホと同じように使える

折り曲げというギミックから、耐久性に不安を覚えるものの、20万回程度の折り曲げに耐えられるという。ただ、折り曲げると厚みが出るため、スマホのようにコンパクトに持ち歩くことはまだ難しい。

アプリの対応も課題だ。FlexPaiを折り曲げた状態では「表面」と「裏面」に加え、折れ曲がった「エッジ」の3画面を利用できる。FlexPaiの魅力を引き出すには、これら3画面を活用するようなアプリの登場が待ち望まれる。

そこでRoyoleは、FlexPaiをアプリ開発者向けに1,318ドルの価格で先行販売している。まずは開発者にデバイスを手に取ってもらい、どのような活用方法が考えられるか、アイデアを募っていく段階といえる。

会場で実機を試した印象だが、現段階での折り曲げスマホは実用的とまではいえないと思えた。しかしRoyoleという会社の名前を世界に知らしめ、フレキシブルディスプレイの技術を示したという意味では、この発表は大成功を収めたといえるのだろう。

また、サムスン電子など大手スマホメーカーも折りたたみや折り曲げ端末の開発を進めており、グーグルはAndroid OSとして公式サポートを表明している。スマホの次なる進化の可能性を真っ先に示したFlexPaiを、この場の実用性で語るのはお門違いなのかもしれない。

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

森口将之のカーデザイン解体新書 第12回

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

2019.01.18

国内主要メーカーの内装デザイナーが集まり展示会を開催

テーマは“1kgの価値”をどこまで高められるか

実車に応用できる? 独創的な作品の数々

国内主要自動車メーカー8社のインテリア・カラーデザイナーが参加する団体「JAID」が初の作品展を開催中だ。“1kg”という重さにこだわり、最新の3Dプリンターを駆使して各社のデザイナーが生み出した作品は独創的で、会場の「GOOD DESIGN Marunouchi」(東京・丸の内)は小さな現代美術館のような雰囲気になっている。

ダイハツ工業のデザイナーが出品した「受け継がれる樹脂」という作品

雑誌の対談が契機となり生まれた「JAID」

「JAID」という名前を初めて目にした人も多いだろう。「ジャパン・オートモーティブ・インテリア・デザイナーズ」の略で、「ジャイド」と読むそうだ。

創立のきっかけとなったのが、自動車雑誌「NAVI CARS」(ナビカーズ)での対談だったと聞いて、「あの号だ!」と即座に思い浮かんだ。クルマのインテリアを特集したナビカーズの2015年7月号で、筆者も別の対談に参加させていただいていたのだ。その号に国内メーカーのインテリアデザイナーが語り合うページがあったことは記憶の片隅に残っていた。

雑誌の売れ行きが落ちているといわれて久しい。それだけに、1つの雑誌の企画からJAIDのようなコミュニティが生まれたことは、モータージャーナリズムに身を置く者として嬉しい気持ちになる。

日産自動車のデザイナーが出品した「∞ Fluff」

価値ある1kgの創造に挑んだデザイナーたち

そのJAIDが企画したのが「1kg展」だ。なぜ“1kg”にこだわるかといえば、クルマの開発に携わる人たちにとって切実な「kg単価」という指標に理由がある。

「kg単価」とは、クルマの開発で使われる値段の単位だ。インテリアデザイナーとしてはkg単価が高い、いわゆる良い素材を使いたいという気持ちは大きいだろう。快適性や安全性の追求、さらには電動化への対応、重量の削減といった視点も持ちながら素材を選んでいるはずだ。

しかし、贅を尽くしてばかりでは車両価格の上昇を招くので、妥協が必要になる。おそらくインテリアデザイナーは、このような状況で悩みながら、新しい素材や仕立て、色などを取り入れるべく、奮闘の毎日を過ごしているのだろうと想像している。

では、そういった制約がなくなったとき、デザイナーたちはこのkg単価をどこまで価値あるものに仕上げられるのだろうか。これが、今回の展示会のテーマだ。最新の3Dプリンターを駆使し、時間や空間、物質としての限界などを飛び越えた作品を独自の着眼点で製作すると同時に、広くカーインテリアデザインの魅力を伝えたい。そんなメッセージのこもった展示会なのである。

ホンダのデザイナーが出品した「風速1kg」

素材と色のコーディネートが味わえる「ハンバーガー」

会場のGOOD DESIGN Marunouchiは、2013年度から通算5回、今年度も含めてグッドデザイン賞の審査員を担当している筆者にとってはなじみ深い場所だ。ところが、「1kg展」の内覧会を訪問した時には、状況がまるで違っていた。いつもは展示物をゆったりと眺めることができる空間なのに、この日はラッシュ時の駅のようにごった返していたのだ。それだけ、インテリアデザイナーの斬新な発想に期待する人が多かったということだろう。

日産のデザイナーが出品した「4D flower」。「1kg展」に作品を持ち寄ったのは、国内大手自動車メーカー7社(ダイハツ工業、ホンダ、三菱自動車、日産自動車、スバル、スズキ、トヨタ自動車)だ

作品の中には、クルマのインテリアデザインとは関係なく、最新の3Dプリンターならではの表現能力の高さをアピールするような作品も見られた。それらを業界の枠を飛び越えた独創的な作品と捉える人もいたようだが、クルマが好きで今の仕事に携わっている(はず)の方々だからこそ、もっとインテリアにこだわって欲しかった。

ただ、クルマのインテリアとの関連性が高い作品が大半を占めていることは確かで、中には独創的な発想や興味深いアイデアも見られた。本稿では独断と偏見で、そのうちの3つを紹介していこう。

まずは、会場の入り口近くに置かれていた「CMFバーガー」だ。「CMF」とはカラー、マテリアル、フィニッシュの頭文字で、ナビカーズでの対談が行われた頃から、自動車に限らずデザイン分野でひんぱんに使われるようになってきた言葉だ。造形だけでなく色や素材、仕立てにも気を配ることで、より完成度の高いデザインが生まれるというような意味が含まれている。

「CMFバーガー」はトヨタのデザイナーが出品

この作品は、CMFのコーディネートを1kgのハンバーガーに見立てて表現したもの。レザーのバンズ、クリアレンズのトマト、加飾素材のチーズやパティ、シート素材のレタスがさまざまな色で用意してあり、好みのバーガーを作り出せる。

3つの作例では、CMFの違いでかなり雰囲気の異なるバーガーを作れることが分かった。バンズを肉抜きタイプにすると総重量が1kgを切るなど、計量化を実感できる仕掛けも盛り込んである。ディーラーが車種別にCMFハンバーガーを用意すれば、顧客は楽しみながらカラーコーディネートを試すことができるかもしれない。

ディーラーに「CMFバーガー」が置いてあったら面白いかも

インテリアをボールにした斬新な作品も

続いて紹介するのは「トランスフォームステアリング」。自動運転が実用化された未来を想定した変形機構を持つステアリングで、手動モードでは伸びて操舵できる状態となり、自動モードでは縮めて格納しておける。全てがマットブラック仕上げだが、グリップ部分、変形部分、外枠部分を別のメーカーのプリンターで製作することで、素材の違いを表現している。

トヨタのデザイナーが出品した「トランスフォームステアリング」

製作したデザイナーはステアリング機能だけを想定していたようだが、左右のグリップをねじることでアクセルやブレーキの操作ができれば、この部分だけで基本的な運転操作ができる合理性の高いインターフェイスになると思った。ペダルがなくなれば、室内レイアウトの自由度も高まりそうだ。

伸ばせば手動運転に使えるし、自動運転中は縮んだ状態で格納しておける

最後は「インテリアボール」だ。写真を見てお分かりのとおり、クルマのインテリアを構成するパーツをボール状のアートとして表現したもので、多くのパーツをまとめ上げ、世の中というフィールドにデザインを“投げ”かけているインテリアデザイナーの仕事をボールの形に込めたのだという。

「インテリアボール」はホンダのデザイナーが手掛けた

展示してあるのは1個だけだが、スポーツの世界では競技によってサイズの違うボールを使うことにも製作者は着目している。使用する材料や加工方法を変えることで、同じ1kgでもサイズや見え方の違った表現ができるそうだ。

しかしながら筆者には、これがボールではなく卵に見えた。卵から生まれる前のクルマ、そのインテリアデザインは、こうなっているのではないかと想像したのだ。同じクルマのエクステリアデザインを卵の殻で表現することで、多くの車種を球形にできれば、一風変わったミニチュアになるのではないだろうか。

JAIDが企画した1kg展の作品群は、それ自体が柔軟かつ斬新な発想から生まれているだけでなく、見ているこちらも創造力が掻き立てられるものだった。この展示会を訪れて、日本の自動車メーカーにインテリアデザインの実力者が多いことに感心するとともに、メーカーには、この実力を引き出して製品に結び付ける能力が求められていることを教えられた。

1kg展の会期は1月25日まで。入場は無料だ。時間に余裕のある方は、一度訪れてみてはいかがだろうか。