【三井住友フィナンシャルグループ】収益の持続的成長を実現させるメガバンクのM&Aとは?

【三井住友フィナンシャルグループ】収益の持続的成長を実現させるメガバンクのM&Aとは?

2016.07.24

【三井住友フィナンシャルグループ】収益の持続的成長を実現させるメガバンクのM&Aとは?

会社の概要

 2002年に三井住友銀行が自らを子会社とする完全親会社として設立したのが三井住友フィナンシャルグループ(以下、SMFG)<8316>である。

 現在、SMFGの傘下にある会社は、「三井住友銀行」(銀行)、「SMBC信託銀行」(信託銀行)、「三井住友ファイナンス&リース」(リース)、「SMBC日興証券」「SMBCフレンド証券」(証券)、「三井住友カード」「Cedyna」(クレジットカード)、「SMBCコンシューマーファイナンス」(消費者金融)、「日本総合研究所」(システム開発、シンクタンク業務)である。

3大メガバンクグループ

 1968年に「都市銀行」に分類された13行(第一銀行、三井銀行、富士銀行、三菱銀行、協和銀行、日本勧業銀行、三和銀行、住友銀行、大和銀行、東海銀行、北海道拓殖銀行、神戸銀行、東京銀行)が合併などを繰り返し、現在は「三菱東京UFJ銀行」「三井住友銀行」「みずほ銀行」「りそな銀行」(及び「埼玉りそな銀行」)が都市銀行とされている。このうち、規模の大きな3行(三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行)は一般に日本のメガバンクと称されている。メガバンク3行とりそなホールディングスを含めた4行の売り上げ、純利益、時価総額をグラフにまとめたのが下表である。メガバンクの規模がいかに大きいかがよく分かる。

■メガ3行(+準メガ1行)比較

 銀行においては、金融システムの安定のために一定以上の自己資本比率を保つことが求められている。国際的に活動する銀行の自己資本比率や流動性比率などに関する国際統一基準をバーゼル合意という。88年に最初に策定され(バーゼル1)、日本でも92年から適用されている。04年に改訂され(バーゼル2)、世界的な金融危機を契機に10年に再度改定された(バーゼル3)。金融危機の経験を踏まえ、自己資本比率規制が厳格化されることとなったほか、定量的な流動性規制や、過大なリスクテイクを抑制するためのレバレッジ比率が新たに導入される予定である。バーゼル3は世界各国で13年から段階的に適用されている。

 海外営業拠点を有する金融機関に適用される国際基準と海外営業拠点を有しない金融機関に適用される国内基準では求められるハードルが異なっている。

【国際基準】
【国内基準】
自己資本比率 ≧ 8% 自己資本比率 ≧ 4%
Tier1比率 ≧ 6%
普通株式等Tier1比率 ≧ 4.5%

 なお、メガバンク3行の15年3月期の自己資本比率(バーゼル3)は下表の通りである。いずれも国際基準を超えていることが分かる。

■自己資本比率(バーゼル3)

■SMFGの行った主なM&A
年月 内容
2004.7 消費者金融サービスを行うプロミス(売り上げ3909億円)の株式17%を取得。買収金額は、第三者割当増資の引き受け分633億円及びプロミスの自己株式処分の引き受け分308億円の計941億円
2005.7 クレジットカード事業を行う三井住友カードの株式をNTTドコモに株式譲渡(500億円)、及び第三者割当増資(480億円)の引き受けにより、34%を売却
2005.9 ベンチャーキャピタル業務を行うエヌ・アイ・エフベンチャーズ(売り上げ127億円)の株式20.1%を公開買付にて135億円で取得
2006.7 ソフトウェア開発を行うさくら情報システムの株式34%をオージス総研に売却
2006.9 証券業を行うSMBCフレンド証券(売り上げ523億円)の株式59.65%を株式交換(33億円)にて取得
2008.2 クレジットカード事業を行うオーエムシーカードの株式4.43%をダイエーから103億円で取得。その他、ダイエー保有のオーエムシーカードの株式27.72%を信託財産として取得
2008.5 ベトナムで銀行業を行うVietnam Export Import Commercial Joint Stock Bankの株式15%を取得。取締役を派遣しており、持分法適用会社となっている
2009.1 三井住友FGの100%子会社である日本総合研究所は、システム構築を行う日本総研ソリューションズの株式50%をNTTデータに売却
2009.10 リテール証券業務を行う日興コーディアル証券(売り上げ425億円、純資産4000億円)の株式100%をシティグループから5450億円で取得。
※純資産のうち2010億円は取引対象外であるため、実質的な純資産は2000億円ほど
2011.5 クレジットカード事業を行うセディナ(売り上げ2327億円)の株式32.51%を株式交換(392億円)で取得
2012.4 消費者金融サービスを行うプロミス(売り上げ2384億円)の株式79.29%を第三者割当増資引受(1200億円)及び株式交換(1240億円)にて取得
2012.6 個人向け金融サービスを行うオリックス・クレジット(売り上げ314億円)の株式51%をオリックスに310億円で売却
2013.5 インドネシアで銀行業を行うPT Bank Tabungan Pensiunan Nasional Tbk(以下、BTPN)の株式24.26%を取得。その後、14年3月に追加出資を実施し、出資比率を40%とした。出資額合計は1500億円ほど(15億ドルを1ドル100円で計算)
2013.10 子会社である三井住友銀行が信託業務を行うソシエテジェネラル信託銀行(フランス)の株式100%を取得。その後、同信託銀行はSMBC信託銀行に改称
2015.3 香港で銀行業を行う東亜銀行に1000億円程度の追加出資を行った。持分は9.68%から17.50%に増加、取締役を派遣しており、持分法適用会社となっている
2015.7 子会社である三井住友銀行は、カンボジアで銀行業を行うACLEDA Bank Plcの株式を6%取得。これにより保有比率は18.25%となり、持分法適用会社となっている
2015.11 子会社であるSMBC信託銀行は、シティグループが日本で展開する個人向け銀行事業(リテール事業)を450億円で買収
2016.4 子会社である三井住友ファイナンス&リースがGeneral Electricグループが日本で展開するリース事業を5750億円で買収

 ※株式交換による投資額=SMFG株式の割当予定数×株式交換効力発生日のSMFG株式の時価で算定

(1)消費者金融を買収

 三井住友銀行は04年に消費者金融サービスを提供するプロミスの株式を20%弱取得した。これに先駆け、ライバルである三菱東京UFJ銀行は同じく消費者金融サービスを提供するアコムと資本業務提携している。三井住友銀行、三菱東京UFJ銀行は共に不良債権問題を処理し、今後の収益増加に向けた前向きな成長戦略を描く材料として、2行が選択したのが消費者金融との提携である(みずほ銀行は消費者金融と提携していない)。個人向け無担保ローン市場は比較的高い利ザヤを見込め、新たな収益の柱になると判断したのが理由である。プロミスの株式を取得した際に三井住友銀行が発表したリリースには以下のように記載されている。

『SMFGでは、①コンシューマーファイナンス事業は、利息返還請求の高止まりに加え、上限金利規制や貸金業者に対する総量規制の導入に伴う市場規模の縮小といった厳しい事業環境に直面しているものの、依然として、相対的に利ざやが厚く、継続して安定した利益水準が見込める事業であり、中長期的に、個人消費を支えるリテールビジネスのラインナップの一つとして重視していきたいと考えていること、②お客さまの選好の相違等により銀行と消費者金融会社は補完関係にあるため、プロミスがSMFGの顧客基盤拡大に寄与するものであること、及び③プロミスの審査その他のノウハウは SMFGのコンシューマーファイナンス事業戦略上不可欠であることから、プロミスグループをコンシューマーファイナンス事業における中核的存在の一つとして位置づけております』

(2)信託銀行を買収

 13年にフランスの信託銀行を買収するまで、他のメガバンクと異なりSMFGは信託銀行を有していなかった。SMFGでは富裕層ビジネスを重要な戦略分野と位置付けてきたが、ソシエテジェネラル信託銀行の4000億円に上る富裕層の預かり資産を引き継ぎ、プライベートバンキング(富裕層向け事業)を強化し、相続や資産承継のニーズも取り込むことが買収目的である。

(3)海外への投資

 SMFGが14年5月に公表した中期経営計画におけるビジョンの一つに「アジア・セントリックの実現」が掲げられている。SMFGではアジアにおけるビジネス戦略をグループ全体の中長期的な最重要戦略と位置付け、業務基盤の構築を進めており、その手段としてM&Aを積極的に用いている。

今後のM&A戦略

(1)収益性の高い事業の買収

 SMFGの中期経営計画の経営目標の一つに「健全性・収益性を維持しつつ、トップライン収益の持続的成長を実現」が挙げられている。しかし、海外経済の減速によりアジア向け融資が伸び悩んでいること、マイナス金利政策の導入などにより、銀行の収益性は低下しているのが現実である。「収益の持続的成長」を実現させるためにも、国内外問わず、収益性の高い事業を積極的に買収することが想定される。

(2)信託業務の強化

 SMFGは13年に信託銀行を買収したことで信託業務に参入し、シティグループの国内リテール事業を買収したが、SMFGの信託業務は他のメガバンクに比べてまだまだ脆弱であると言える。三菱東京フィナンシャルグループ及びみずほフィナンシャルグループの有価証券報告書では信託銀行が報告セグメントの一つとなっているが、SMFGの有価証券報告書では信託銀行が報告セグメントとなっていないことからも明らかである。主な信託銀行の資本金を比べてみると、三井住友信託銀行(資本金3420億円)、三菱UFJ信託銀行(資本金3242億円)、みずほ信託(資本金2473億円)に比べ、SMFG傘下のSMBC信託銀行は275億円と非常に小さいことが分かる。信託銀行最大手の三井住友信託銀行はSMFGと起源は同じではあるが設立の経緯から別グループを形成しており、両グループが統合することは現時点では想定しづらい。SMFGが信託業務を強化するためには他の信託銀行を買収することが考えられる。

■資本金

SMFGの財務分析

 ではSMFGの財務を検証してみることとする。

■経常収益/損益推移

■総資産/純資産推移

 SMFGが設立した03年3月期からの財務情報の中で、リーマンショックが生じた09年3月期、及び影響を受けた10年3月期に注目したい。リーマンショックが生じた09年3月期は金融危機の影響で投資家のリスク回避による株価低迷などが原因で、経常収益(売り上げ)及び利益が大幅に減少した。10年3月期においてもリーマンショックの影響で資金需要の低迷、海外投資家のリスク回避などにより引き続き経常収益は大幅に減少した。しかし09年3月期に、収益の低迷が持続することを見越して引当金を積み増したこと、厳しい経済環境を踏まえて保守的に対応するため繰延税金資産を取り崩したことなどにより、経常収益が大幅に減少したにも関わらず、10年3月期の利益は増加している。将来を見越して保守的な会計処理を迅速に行ったことで損失の長期化を防いだことがうかがえる。

 しかし、16年3月期の利益は6400億円台で、15年3月期の利益7500億円に比べ1000億円以上の減少となっている。また、これにより2期連続で前年比減少となっている。今後、将来の利益減少を防ぐため、上記のようなM&A戦略が実施されることになるであろう。

この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

まとめ:M&A Online編集部

「クラロワリーグ」プレイオフの波乱、大会システムもeスポーツ発展の課題か

「クラロワリーグ」プレイオフの波乱、大会システムもeスポーツ発展の課題か

2018.11.20

「クラロワリーグ アジア」のプレイオフが開催

世界一決定戦への出場権を手にしたのはどのチームか?

盛り上がりを見せる一方で、大会システムには疑問も

11月11日にお台場フジテレビの湾岸スタジオにて、「クラロワリーグ世界一決定戦」への出場権をかけた「クラロワリーグ アジア」のプレイオフが開催された。

波乱の展開を見せたプレイオフ

プレイオフには、「クラロワリーグ アジア」の地域で分けた3グループ(日本、韓国、東南アジア)のなかで、もっとも成績が優秀だった各1チームと、それぞれの地域で2番目に成績の良かった3チームがワイルドカードを争い、そこで勝ち抜けた1チームの合計4チームが出場する。

今回、日本からはPONOS Sports、韓国からはKING-ZONE DragonX、東南アジアからはBren Esports Sが1位通過し、ワイルドカード争いによって韓国のSANDBOXが出場した。

プレイオフ初戦の組み合わせは、抽選によって決められた。その結果、KING-ZONE DragonXとSANDBOXによる韓国勢が対戦し、PONOS SportsとBren Esportsが対戦。韓国対決を制したKING-ZONE DragonXと、日本のPONOS Sportsを破ったBren Esportsが決勝へコマを進めた。

日本代表のPONOS Sportsは、初戦2試合目の3ゲーム目に痛恨の反則負け。まさかのストレート負けを喫してしまう。クラロワリーグ世界一決定戦2018は、日本の幕張メッセで行われるので、開催国枠として、PONOS Sportsの出場は確定していたが、「プレイオフ初戦敗退」という結果で出場することは予想していなかった。

決勝では、KING-ZONE DragonXがBren Esportsを下し、見事、世界一決定戦への切符を獲得した。

プレイオフを制したKING-ZONE DragonX
開催国枠で世界一決定戦へ出場するPONOS Sports

疑問が残ったプレイオフのシステム

下馬評では圧倒的にPONOS Sports有利であったにも関わらず、こういった結果になるのはワンデイトーナメントならでは。ただ、そもそもプレイオフの出場に関するシステムには、疑問が残る結果だったと言えるのではないだろうか。

なぜなら、クラロワリーグ アジアのリーグ戦で、PONOS Sportsは11勝3敗という文句なしの成績で1位を獲得しており、東南アジアのBren Esportsも10勝4敗という好成績を残している。韓国1位のKING-ZONE DragonXは7勝7敗と5割の勝率だった。

東南アジア1位通過のBren Esports

日本、韓国、東南アジアで順位を分けているが、クラロワリーグ アジアでは、すべてのチームと総当たりで対戦し、同じ国や地域のチームのみ2回対戦する仕組みになっている。したがって、別の国や地域との対戦により、勝ち越すことなく1位になってしまうこともあり得るわけだ。

今回のクラロワリーグ アジアにおいて、韓国チームはいずれも振るわず、2位以下はすべて負け越している。ワイルドカード枠を獲得したSANDBOXは5勝9敗。この成績は日本で最下位だったDetonatioN Gamingや、東南アジアで最下位だったKIXと同じだ。クラロワリーグ アジア全体の順位で見てみるとPONOS Sportsが1位、Bren Esports 2位、KING-ZONE DragonXが6位タイ、SANDBOXが8位タイである。

東南アジア3位のAHQ ESPORTS CLUBは8勝6敗と、KING-ZONE DragonXよりも好成績を残している

やはり勝率5割で、リーグ戦順位が6位のチームがクラロワリーグ アジア代表として、世界一決定戦へ出場することに対して、違和感を覚えてしまうのは仕方ないだろう。

プロ野球のクライマックスシリーズでも、3位のチームが日本シリーズに出場することについては賛否両論があり、長年話し合われてきた事案だ。その結果、上位チームにアドバンテージをつけることで、とりあえずの折り合いが付けられている。

今回のプレイオフでは、上位チームにアドバンテージがなく、一発勝負だったのも、それまで戦ってきた3カ月間が水泡に帰するような印象を受ける。場合によってはSANDBOXが優勝することもあり、その場合は大幅に負け越したチームがアジア代表チームとなってしまうわけだ。

また、トーナメントの組み合わせは抽選により決定したのだが、こういったトーナメントの場合、初戦は1位通過のPONOS SportsとワイルドカードのSANDBOX、2位通過のBren Esportsと6位タイ通過のKING-ZONE DragonXの組み合わせになるのが一般的ではないだろうか。今回の組み合わせだと、初戦に事実上の決勝戦と言えるカードが発生してしまい、強豪がつぶし合うという結果にもなっている。4チームのトーナメントなので、今回はシードという概念はないのだが、強豪が初戦に当たらないように、シードによるブロック分けをするのは多くのスポーツや競技で使われている常套手段だ。

クラロワリーグは、アジア以外に、北米、欧州、ラテンアメリカ、中国の4つの地域でリーグが開催されている。すでに地域分けされているなか、クラロワリーグ アジア内で、さらに3つの地域に分ける必要はあったのだろうか。今回の結果はそこにも疑問が大きく残った。

リーグ戦での結果のみで出場権を与えるだけでも十分だという考えもある。ただ、プロ野球のクライマックスシリーズがそうであるように、プレイオフを実施することは、リーグ終盤の試合が消化試合にならなくなる施策でもあり、最後に盛り上がる山場を作れるという利点もあるのだ。したがって、プレイオフ自体を廃止する必要はないのだろうが、その出場資格においては、一考の余地があると思われる。

順当に考えれば、国や地域は関係なく、クラロワリーグ アジアのトータル順位1~3位がプレイオフ出場確定で、ワイルドカードをプレイオフ出場権のあるチームを除いた国や地域の最上位3チームによる争奪戦にすれば納得いくのではないだろうか。今回に限ってはPONOS Sportsが開催国枠で出場できることが確定していたので騒動にはならなかったが、他の国で開催され、アジアリーグで1位を取った日本のチームが出場権を獲得できなかったとなれば、騒ぎになってしまう可能性もあるだろう。

クラロワリーグは今年から始まったばかりで、まだいろいろな点で整っていないというのは十分わかる。ただ、今回のプレイオフの件は、システムを見直す良い機会となったのではないだろうか。次への糧とし、ファンにも選手にも納得のいくシステムの改善を期待したい。

明朝体でもゴシック体でもない書体

1969年(昭和44)、写研から「タイポス」という書体の文字盤が発売された。ひらがな、カタカナ、記号で構成された「かな書体」。桑山弥三郎氏、伊藤勝一氏、長田克巳氏、林隆男氏の4人による「グループ・タイポ」(*1)がデザインした書体である。

グループタイポ編『typo1〈普及版〉』表紙(グループタイポ/初版は1968年7月、普及版は1970年2月)

橋本さんは振り返る。

「写植が普及し、広告やポスターなどさまざまな媒体に使われるようになった昭和30~40年代、本文用の明朝体やゴシック体とは違う、新しい書体が求められるようになりました。そんななか、初めて登場した『新書体』がタイポスでした。発売されるや、爆発的に売れました」

タイポスは、時代にいくつもの新しい風を吹きこんだ書体だった。

まず1つ目に、そのデザインの新しさだ。タイポスは、明朝体とゴシック体のどちらでもない、その中間を目指してつくられた「ニュースタイル」の書体だった。(*2)

誕生のきっかけは1959年(昭和34)、武蔵野美術学校(現・武蔵野美術大学)の3年生だった桑山弥三郎氏と伊藤勝一氏が、卒業制作でタイプフェイスデザインをやりたいと考えたことだった。

「美しい書体は読みやすさを生み出すと考え、かな特有の毛筆の流れをできるかぎり排除して、幾何学化、モダン化を図ろうとした」と、かつて桑山氏は語っている(*3)。

文字の骨格そのものを改革し、ふところを大きくして、明るい字面をつくった。かな特有の文字の曲線はできる限り水平垂直に近づけ、視線がスムーズに移動できるようにデザインされている。卒業制作としての発表はかなわなかったものの、桑山・伊藤両氏は卒業後さらに研究を続け、長田氏、林氏を加えてグループ・タイポを結成。1962年(昭和37)、第12回日宣美展に「日本字デザインの提案」として入選を果たしたのが、「タイポス」の誕生へとつながった。

「いままでの活字にはなかった書体をつくるということが、『タイポス』のデザインの前提にあったのだと思います。当初からファミリー展開することを考えて設計されたアドリアン・フルティガー氏による欧文書体Universのように、しっかりとした設計思想のもとでつくられていました」

数字で表す書体

1969年(昭和44)に写研から発売された「タイポス」は35、37、45、411の4種類だ。

「それまでウエイトを表していたL(細)やM(中)、B(太)のような概念的な言い方ではなく、タイポスは数字で表す書体でした。感覚的に書かれた文字ではなく、もっとデジタルっぽくつくられた書体なんです」

上から、タイポス35、タイポス37、タイポス45、タイポス411

タイポスの書体名についている数字は、横線と縦線の太さを表している。文字を入れる枠を100目のマスと考えたときに、「35」であれば横線3の縦線5、「37」なら横線3で縦線7、「45」は横線4で縦線5、そして「411」は横線4で縦線11というように、線の太さを表しているのだ。

アドリアン・フルティガー氏が欧文書体Universで「ファミリー」という考え方を書体デザインに打ち出したことに影響を受けながら、タイポスはそのさらに先を行くファミリー展開を考えた。

「ゴシックのように線幅が均一ではなく、明朝体のように横線が細くて縦線が太い。けれども、明朝体のようなウロコや打ち込みはない。むしろグループ・タイポは、明朝体やゴシック体のような既存の書体の枠を打ち破り、『タイポス』という提案そのものを認識させるための書体をつくったといえるのではないでしょうか。ニュースタイルのデザインで、既存の石井明朝体の漢字などと組み合わせると、おおきく印象が変わり、モダンな表情の組版になった。『タイポス』の登場以降、ニュースタイルの書体が次々と登場していきました。時代が変わるきっかけをつくった書体といっていいと思います」

写研の発行した書籍『文字に生きる』では「タイポス」の特徴を次のようにまとめている。

〈一、    従来の漢字とかなの大きさと比較して、かなが大きく、このため字間が均等となり、上下、左右のラインがそろって、きれいに見える。
〈二、    曲線をできるだけ垂直、水平な線に近づけた。このため、視線の移動がスムーズになる。
〈三、    毛筆のなごりである不必要なハネを取り除いた。このため、すなおな書体となった
〈四、    濁点の位置を一定にし、垂直にした。このため縦、横のラインを強めるのに役立っている。〉

文字を12のエレメント(=要素/てん、よこせん、たてせん、むすび、さげ、わ、まわり、あげ、はね、かえり、かぎ、まる)に分け、そのエレメントによる文字構成を示したのも新しい手法だった。

デザイナーが書体をデザインする時代へ

タイポスが吹きこんだ新しい風の2つ目は、「デザイナーがデザインした書体」であるということだ。タイポスの登場前、日本では、書体といえば活字書体で、「職人がつくるもの」だった。それが、デザイナーが設計したタイポスが登場し、注目を集めたことで、「日本語でも、新しい書体をデザインできるのだ」という意識を、デザイナーに芽生えさせることになった。

そして3つ目に、かな書体だったということ。(*4) 日本語で新しい書体をつくる場合、漢字まで含めると、少なくとも約3000字は必要とされた。金属活字でこれをつくる場合は、使用サイズすべての母型が必要だったため、つくらなくてはならない文字数はその数倍にふくれあがった。

写植機のレンズを通して文字を拡大縮小できる写植では、金属活字に比べれば新書体がつくりやすい状況ではあったが、それでも数千字である。けれども、両がなと記号だけであれば約150字程度で済む。しかも日本語では、文章の6割前後をかなが占めるため、ひらがなとカタカナのデザインが変わるだけで、紙面の印象を大きく変えることができた。

1972年(昭和47)には、石井ゴシックと組み合わせて使うことを想定した「タイポス」44、66、88、1212が発売された。社外のデザイナーがデザインした書体を写研が文字盤化し、写植書体として販売するという流れを最初に実現したのが「タイポス」だった。(つづく)

(注)
*1:グループ・タイポ:1959年(昭和34)、武蔵野美術学校の同級生だった桑山弥三郎氏(1938-2017)、伊藤勝一氏(1937-)、林隆男氏(1937-1994)、長田克巳氏(1937-)で結成。学生時代から開発していた「タイポス」が1969年(昭和44)写植文字盤として発売され、一世を風靡。1974年(昭和49)、有限会社に改組。2007年、桑山氏・伊藤氏のディレクションによって、タイポス漢字書体の原字をタイプバンクがデジタルデータ化。2008年、タイプバンクより「漢字タイポス」OpenTypeフォントが発売された。

*2:タイポスは、明朝体でもゴシック体でもないあるカテゴリーをつくった。カテゴリー名について、小塚昌彦氏はかつてこんなエピソードを書いている。
〈「タイポス」はタテとヨコの線幅(太さ)比を変えることによって、明朝風にもゴシック風にも展開できるが、もっぱらヨコが細くタテが太いものが多く使われていた。他にも同様なコンセプトの書体もかなり発表されたこともあり、在来のタイプフェイスのどこにも属さない、あるカテゴリーを作ったといえるのである。タイポグラフィ研究科、故佐藤敬之輔氏から「コントラスト体」ではどうかと提案があったこともあるが、未だ名案がないままになっている〉
(小塚昌彦「東西活字講座4 新しい時代へ」『たて組ヨコ組』No.23(モリサワ、1989) P.20

*3:筆者による桑山氏への聞き取りから(2008年9月5日)

*4: 2008年、タイプバンクより漢字も含む「漢字タイポス」OpenTypeフォントが発売された。

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。