もうすぐ新型が登場! トヨタの「スープラ」とはどんなクルマなのか

もうすぐ新型が登場! トヨタの「スープラ」とはどんなクルマなのか

2018.12.12

トヨタが新型「スープラ」プロトタイプの試乗会を開催

「セリカXX」が原点、新型「スープラ」は5世代目

伝統の直列6気筒・後輪駆動を継承

トヨタ自動車の高性能スポーツカー「スープラ」が、実に16年ぶりに復活する。来年1月の北米でのデビューを前に、トヨタがプロトタイプの報道向け試乗会を開催したので参加してきた。気になるデザイン、スペック、走りを紹介する前に、スープラとはどんなクルマなのかについて、歴代の系譜を紹介しながらつづっていこう。

トヨタの新型「スープラ」プロトタイプ試乗会に参加した

日米で車名が違っていた理由

来年デビューする新型スープラは、グローバルでは通算5代目、日本では3代目になる。ここではグローバル基準で書いていくことにするが、なぜ日米で世代が異なるかというと、日本では初代と2代目が別の名前で呼ばれていたからだ。

もともとスープラは、トヨタのコンパクトなスポーツクーペ「セリカ」の上級車種として1978年に生まれた。そのためもあり、日本では「セリカXX」という名前だったのだ。

セリカにはトランク付きのクーペとリアゲートを持つリフトバックの2種類のボディがあったが、XXのベースとなったのはリフトバックだ。1.6~2Lの直列4気筒エンジンを積んでいたセリカに対し、XXは2~2.6Lの直列6気筒を搭載。5ナンバー枠内でホイールベースと全長を伸ばし、顔つきも変えていた。

当時、北米では日産自動車のスポーツカー「フェアレディZ」が人気で、Zの対抗馬として、同じ直列6気筒エンジンを積むクーペをトヨタが開発したのだった。ボディサイズは全長4,600mm、全幅1,650mm、全高1,310mmで、ホイールベースは2,630mmだった。

初代「セリカXX」から数えてグローバルでは5代目となる新型「スープラ」(画像)

もともと4気筒を積んでいたクルマのノーズを伸ばし、6気筒を積むことで高性能車に仕立てるという手法は、当時はプリンスというメーカーが販売していた「スカイライン」が1964年に実践するなど、いくつかの車種が行なっていた。

では、これがなぜ北米ではスープラという車名になったのかというと、当時のアメリカでは「X」の列記が映画の成人指定度合いを示していたため。トヨタはラテン語で「超えて」を意味する「スープラ」という車名をセリカXXに与えた。ちなみに、トヨタはラテン語を車名に起用することが多く、現行車種では「プリウス」「アクア」などが該当する。

2年後にはマイナーチェンジを行い、形式名が「A40型」から「A50型」に切り替わる。この形式名は4気筒のセリカと共通だ。最大の特徴は2.6Lエンジンから2.8Lへと排気量が増えたことと、リアサスペンションがリジッドアクスルから独立懸架になって、乗り心地とハンドリングがレベルアップしたことだった。

新型「スープラ」プロトタイプに書かれた「A90」の文字は、このクルマの型式名を表している

あの「ロータス」が開発に絡んだことも

このA50型をトヨタが販売していたのはわずか1年間で、続く1981年には4気筒セリカともどもモデルチェンジし、「A60型」となる。

セリカ・リフトバックをベースにノーズを伸ばし、直列6気筒エンジンを積むという成り立ちは初代と同一だったが、直線基調のスタイリングにリトラクタブル式ヘッドランプを組み合わせたこともあって、A60型はかなりスポーティな雰囲気になっていた。ボディサイズはやや大型化したが、まだ5ナンバー枠内だった。

2代目のニュースとしては、英国のスポーツカーブランド「ロータス」にサスペンションのチューニングを依頼したことが挙げられるだろう。そのことをアピールすべく、CMにはロータスの創始者コーリン・チャップマン氏を起用していた。

このコラボが契機となり、トヨタとロータスは翌年に資本提携を締結。ロータスが得意とするFRP(繊維強化プラスティック)技術をトヨタがSUVの車体に投入したり、トヨタのパーツを当時のロータスが使用したりという関係が生まれた。

エンジンが2Lと2.8Lであることは初代と同じだったものの、2.8LはDOHC(ダブル・オーバーヘッド・カムシャフト)となり、「GT」を名乗ることになる。2Lには途中でターボとDOHCが追加されている。5ナンバー枠が存在しない海外向けには、オーバーフェンダーを備えたグレードも存在していた。

3代目「スープラ」は高性能スポーツカーを志向

日本でもスープラと名乗るようになったのは、1986年に発表された3代目からだ。その理由としては、セリカが前年のモデルチェンジで、後輪駆動から前輪駆動に切り替わっていたことが大きかった。セリカの形式名は当時の前輪駆動セダン「コロナ」「カリーナ」(現在の「プレミオ」「アリオン」の前身)と同じ「T160型」となり、「A70型」はスープラが受け継ぐことになった。

3代目「スープラ」。この名前を日本でも名乗り始めたクルマだ

3代目スープラのプラットフォームは、同じ年にモデルチェンジしたラグジュアリークーペ「ソアラ」と共通になっていた。サスペンションはスポーツカーやレーシングカーの定番と言える「四輪ダブルウィッシュボーン」に変わった。初代は“セリカの6気筒版”という位置づけだったスープラだが、3代目からは高性能スポーツカーへスイッチしようとする意気込みがうかがえた。

エンジンは2L、2Lツインターボ、3Lターボというラインアップ。キャッチコピーの「トヨタ3000GT」は、1960年代の名車「2000GT」を思わせるものだった。レースやラリーへの参戦も始め、アフリカで開催された世界ラリー選手権のひとつ「サファリラリー」では総合3位に入ったこともある。

しかし、3Lターボエンジンの基本設計は1960年代に行われたものであり、旧態化が目立ち始めていたこともあって、1990年には新世代の2.5Lツインターボに切り替わった。排気量が500cc小さくなったにもかかわらず、最高出力は当時の日本車の自主規制値だった280psに達した。

リトラクタブル式ヘッドランプを受け継いだスタイリングは、2代目より落ち着いたものとなった。サイズは全長とホイールベースがやや短く、全幅はやや広くなった上に、3Lは日本仕様もフェンダーがワイドになり、3ナンバー幅になった。このワイドフェンダー仕様は後に、2Lツインターボでも選べるようになる。

スポーツ性を高めるべくダウンサイジング

4代目「A80型」は1993年に発表となった。ボディは全幅1,810mmという北米市場を重視したサイズになり、それに合わせてエンジンは自然吸気、ターボともに新世代の3Lのみになった。マニュアルトランスミッション(MT)がこれまでの5速から6速にバージョンアップしていたことも特徴だ。

さらに特筆すべきは、ホイールベースが2,550mm、全長が4,520mmと短くなっていたこと。どちらも歴代で最短だった。リトラクタブル式ヘッドランプを廃し、前後のフェンダーを豊かに盛り上げたグラマラスなスタイリングは、ほぼルーフの高さまでそびえるリアウイングがアイキャッチになっていた。

4代目「スープラ」はグラマラスなスタイリングに

そのキャラクターを証明するように、4代目スープラはレースへの参戦も多かった。国内の「スーパーGT」ではGT500クラスにエントリーして何度もチャンピオンに輝き、「ル・マン24時間」や「ニュルブルクリンク24時間」にも挑戦。北海道で開催された「十勝24時間レース」では、ハイブリッド仕様に改造されたマシンが総合優勝した。トヨタのハイブリッドカーとして、初めてレースに勝ったのが4代目スープラだったのだ。

こうした系譜を受け継ぐ5代目(新型)スープラについては、現時点ではまだ多くの情報が不明だが、直列6気筒の後輪駆動車という伝統を継承するため、トヨタはBMWとの共同開発という道を選んだ。ホイールベースはさらに短くなり、リアシートのない2人乗りになる。

トヨタとBMWが共同開発した5代目「スープラ」のプロトタイプ。2019年1月のデトロイトモーターショーで世界初公開となる

新型がどんなデザインでどんな乗り味だったかは次回、あらためて報告するけれど、歴代でもっとも走りに振ったモデルであることは間違いない。

その面倒な組織カルチャー、印鑑が原因ですよ

藤田朋宏の必殺仕分け人 第4回

その面倒な組織カルチャー、印鑑が原因ですよ

2019.03.18

印鑑業界による印鑑文化の優位性アピールが話題

会社経営者として感じる、捺印作業の面倒さ

「サイン文化」と「印鑑文化」で変わる組織カルチャー

行政手続きのオンライン化を目指す「デジタル手続き法案」をめぐり、全日本印章業協会がアピールした「印鑑のメリット」が話題になっている

「代理決済できるという印章の特長が、迅速な意思決定や決済に繋がり、戦後の日本経済の急速な発展にも寄与してきた」(原文ママ)というものだ。

「ハンコならこっそり代理決済ができる」などと、身も蓋もなく自ら印鑑廃止を後押ししてしまいかねない意見が出てしまったことは興味深い。
でも僕は、ただのバイオテクノロジー屋なので、ITを活用した効率化しますよ業界の回し者でもなければ、印鑑業界の人を敵に回すメリットだってないので、特にこの点について深く言及しないし、「日本における今後のハンコをどうするべきか」なんてことを掘り下げて云々するつもりもない。

ただ、日本を含む4カ国でスタートアップを立ち上げた経験から、企業の組織カルチャー形成に、承認方法としての「印鑑」と「サイン」の違いが、とても大きな影響を与えているのではと実感した話を書いておきたい。

日々、何かと多すぎるハンコ作業

まず共有しておきたい事実は、日本で会社を経営すると、毎日ものすごい数の代表印や銀行印や社印を押さなければいけないということだ。(会社の印鑑って3種類あるの知ってました?)

お客さんと契約してお金をいただくときに契約書に捺印するのはイメージできると思うが、その後もお金が銀行口座に無事入るまで、受領やらなにやら契約書だけでなく、さまざまな書類にとにかく捺印をしまくる必要がある。

また、家賃を払う、プリンターのトナーが切れる、実験試薬を買うなどなど、とにかく会社を運営する活動の一つ一つに対して、それぞれ細かくおびただしい数の印鑑を押す。法人が国や地方自治体に税金を払う時はもちろん、社員のあれこれも、例えば社員の誰かが結婚したり引っ越したりするだけでも印鑑を押しまくる。自分で会社をやってみてつくづくわかったが、とにかく捺印の数が膨大だ。

しかも、びっくりすることに、民間企業も市町村も、同じことをするために、それぞれがまったく違うフォーマットの書類に捺印を求めてくる。

こうして、大量な上にフォーマットがまったく違う書類を毎日渡されて、決められた位置に決められた種類の捺印をすることは、仮に契約書や書類の中身をまったくチェックしないで無責任に捺印したとしても、結構な時間を必要とする作業だ。

捺印にかける時間が惜しい

しかもうわの空で押していると、銀行印を押すべきところに代表印を押し間違えてしまったり、インクが簡単にかすれてしまったりするのが印鑑だ。人生において、こんな捺印ミスなどという程度のことで書類を作り直してもらう羽目になった回数を考えただけで、こんな単純な作業に失敗する情けなさとと、書類を作ってくれる従業員への申し訳なさで、どこかに隠れてしまいたい気持ちになる。

そう、僕は毎日、隠れてしまいたい気持ちになっているのだ。

なぜ、日本から印鑑はなくならないのか

我々の会社のように、たとえ社長だろうがあっちこっちに、営業に謝罪にと、せわしなく飛び回わることで、なんとか会社の体を保っているような規模の企業の方が世の中には多いと思う。そんな"貧乏暇なし社長”がこの捺印という物理的作業に忙殺される時間というのは、正直いって無駄以外の何物でもない。

にもかかわらず印鑑を押すという文化が日本に残っているのは「捺印するという作業」は、誰かに頼めてしまうからなのだと思う。多くの会社において「捺印をし続けるという作業」を自分でやっている社長はあまり居ないのかもしれず、ここが、すべて自ら書かなければいけないサインとの最大の違いなのだろう。

ちなみに、僕の場合は「捺印をし続けるという作業」だけを人に頼むような仕事の依頼の仕方は好みではないので、あちこちに会社を立ち上げては、担当者に「代表取締役」の役職ごと譲るようにしている。

海外の「サイン文化」は印鑑以上に面倒?

冒頭にも書いたが、僕は日本以外の3カ国でも会社を経営している。言うまでもなく日本以外の国は、承認の証としては「サイン」が一般的だ。

日本の会社同士の契約書の場合は、代表者の名前の脇に代表印と社印を、契約書を閉じた裏面に割印を一カ所押す形式であることが多い。つまり、二者間の契約であれば、先方用の契約書と当方用の契約書をあわせて、計4カ所の代表印と計2カ所の社印を押せばよい。

ところが、海外の契約書は、すべてのページにサインをしなければならない。海外の契約書は「実際にそんなことは起きないって」ってくらい、ありとあらゆる場面を想定した契約書になっていることが多く、とにかく契約書が長い。

感覚として、同じような内容の契約をするのに、日本の会社同士の契約の5倍~10倍のページ数になっても驚かない。

つまり、ちょっとした契約書でも軽く100ページを超えてくるわけだが、このすべてのページに手書きでサインをすることを想像して欲しい。契約書の中身を読んでただただサインを書き続けていると、「こんな作業に時間を使い続けてていいのだろうか」という自問の気持ちが芽生えてくる。

その組織カルチャーの差、ハンコとサインの差が原因ですよ

言うまでもなく、サインは誰かに代わりに書いてもらうことはできない。では、サインを書く物理的な時間を減らすために、何が起こるのかというと、「権限委譲」が進むのである。

日本の会社だと当たり前のように社長の名前で締結する規模の契約でも、海外の会社だと担当部長あたりの名前で契約を締結してくる。

もしかしたら、日本の会社のカルチャーだとそれは失礼なことに当たるのかもしれないが、サインを前提とした会社において、会社のすべての契約を社長名義で契約していたら、社長の一日は「サインを書く」という作業だけで終わってしまう。だから、どんどん権限委譲をしていくしかない。

日本の大企業の合意形成や意思決定のあり方を分析する文脈において、「日本の会社は権限委譲が進んでいない」とか、「プロジェクトごとの意思決定者の所在がよくわからないから、スピード感が遅くなってグローバル競争に負けてしまう」などという指摘を頻繁に見る。

特に近年流行りの「日本企業のホワイトカラーの生産性を高めましょう」という議論の多くでは、日本企業のこういった特殊性の原因を、日本人の歴史的・文化的背景や、国民性が理由であると結論づけている。

だからもっぱら、風通しがよく責任範囲が明確で、意思決定の早い会社にするために、せっせと組織構造をいじったり、管理職に研修をしたりと、コンサル屋さんが儲かるだけの努力に大きなお金を払うことになっているのだが、大きな効果が得られているようにみえない。

僕の考えは、特殊性の理由がちょっと違っていて、「その組織カルチャーの差って、捺印とサインの差が本質的な原因ですよ」と、わりと確信に近い自信を持っている。

捺印の作業だけを誰かに頼むのではなく、捺印をする権限ごとどんどん頼んでしまえばいい。ハンコにウンザリしている世の中の社長さん、そう思いません?

(藤田朋宏:ちとせグループ 創業者 兼 最高経営責任者)

連載バックナンバーはコチラ

関連記事
鋭すぎる言葉で物議を醸す「子供部屋おじさん」論議

カレー沢薫の時流漂流 第32回

鋭すぎる言葉で物議を醸す「子供部屋おじさん」論議

2019.03.18

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第32回は、実家暮らしの男性に降りかかる「子供部屋おじさん」論議について

「子供部屋おじさん」という言葉が注目されている。言葉自体は2014年あたりからあったそうだが、今また脚光を浴びているそうだ。

「○○おじさん」「○○おばさん」という呼称には、「アイカツおじさん」のように秀逸かつもはや「Sir」級の「称号」と言って良いものもあるが、大体が蔑称である。

その中でもこの「子供部屋おじさん」の蔑視ぶりたるや、である。意味はわからなくても本能で「馬鹿にされている」と察することができる。

「子供部屋おじさん」とはどんなおじさんを指すかというと、成人しても親元を離れず実家の「子供部屋」で暮らし続けるおじさんのことである。「パラサイトシングル」を、言われた相手の血管が切れるように魔改造した言葉だ。言葉としては「上手いこと言うな」と感嘆するしかない。

単に「実家住みのおじさん」という意味ではなく、「いい年をして親から自立せず、自分では何も出来ない、中身は子どものままのおじさん」という痛烈な批判が込められている。

この「子供部屋おじさん」は、ひきこもりやニートとは違い、仕事はちゃんとしている場合が多い。だが逆に「実家を出ようと思えば出られるのに出ない」という点が余計「甘え」と見なされ、ここまでの鬼煽りを食らう羽目になったとも言える。

このように世間からみっともないと思われがちな「実家住みの成人」だが、本当に彼らは社会の病巣であり、親から見れば寄生虫なのだろうか。

一人暮らしは今や「修行」かもしれない

子供部屋おじさん含むパラサイトシングルにも言い分はある。まず「実家から出るメリットが見いだせない」という理由だ。

実家が持ち家の場合、一人暮らしをするよりも実家住みの方が経済的には圧倒的有利だ。親側からしても、純粋に寄生されるのは厳しいが、生活費などを入れてもらえるなら、逆に助かるという場合もある。

また職場からの距離も実家から通った方が近いと言うなら、わざわざ経済的負担を負いながら、場合によっては遠距離通勤をする「一人暮らし」というのは「修行」という意味しかなく、昨今盛んに言われる「コスパ」「合理化」という観点から見ると「正気か」というような無駄でしかない。そのため、インフルエンサー的な人が一発「まだ一人暮らしで消耗してんの?」と言えば、容易に世論が傾いてしまいそうな気がする。

しかし「修行という意味しかない」と言っても、その「修行」に意味がないわけではない。一人暮らしが人間に自立と成長を促すのは確かである、自分のことは全て自分でやらなければいけないのだから当然だ。

逆に、衣食住が保証された実家で、お母さんにご飯と身の周りの世話を全部やってもらっていたら確かに子供となんら変わりないし、もし仮に結婚して家を出たとしても、今度は嫁に母親と同じことを求めるだろう。

結果として、「見た目は中年、中身は子供、価値観は団塊」というバランス感覚皆無の生物が爆誕することになりかねない。そういった意味では、いかに合理的でなかろうが、一人暮らしをする意味はあると言える。

だが、親の方が子どもに「実家にいてほしい」と望むケースもある。

前に「増加する共倒れ家庭」という、タイトルからして明るい要素皆無のテレビ番組を見たことがある。老齢一人暮らしの父親の元に、非正規雇用で自活できない息子が帰ってきて、そのせいで生活保護が打ち切られ、ますます困窮するというマジで暗い所しかない話だった。

しかし、父親の方が息子に対し「迷惑だから出て行ってほしい」と思っていたかというと、そうではなく「自分が老齢で何があるかわからないので居てほしい」と言っていたのだ。

このように、高齢の親からすれば、子供がいてくれるのは「安心」という面もある。ほかにも、介護のために実家に戻って来た者もいるのだから、一概に「子供部屋おじさん」とバカにすることはできない。

「子供部屋おじさん」がここまで燃える理由

そして、この「子供部屋おじさん」に今更激烈な反応が起こっているのは、「おじさん」と性別が限定されているからだろう。

当然「子供部屋おばさん」だって存在する。私も結婚して家を出るまで実家にいたし、成人すぎても小学校入学の時買ってもらった学習机を使っており、もちろん身の周りのことは母親を越えてババア殿にやってもらっていたという、どこに出しても恥ずかしくない「子供部屋おばさん」だった。親は私を家から出すのに相当勇気がいったと思う。

しかし、バカにされているのは専ら「子供部屋おじさん」の方で、言葉自体も「ブサイク」には「ブス」ほどの破壊力がないように、「おばさん」より「おじさん」の方がどう考えても「強く」感じる。

「子供部屋おばさん」にパンチが足りないのは言外に「女はまあ実家住みでもいいんじゃね?」という見逃しがあり、逆に男には「男のくせにいつまでも親の世話になってみっともない」という、男女差別があるせいではないだろうか。

ネットを開けば、ジェンダー問題で毎日ひとつは村が燃えている昨今である。「子供部屋おじさん」が、そっちの観点でアンコール炎上しても不思議ではない。

当然だが、一家の家計を支え、親の介護をしながら家事までやっている「子供部屋おじさん」もいれば、ろくに家に金もいれず、親に三食用意してもらっている「子供部屋おばさん」もいる。もちろんこれはおじさん・おばさんを入れ替えたって言えることだ。

男だから、女だから、で言い切りが出来ないように「実家暮らし」という属性一つでは何も断言することは出来ないのである。

関連記事