長寿企業はなぜ日本に多いのか? 新潟で見た身の丈経営と三方よし

長寿企業はなぜ日本に多いのか? 新潟で見た身の丈経営と三方よし

2018.11.30

世界で最も古い企業がある日本の長寿企業天国ぶり

長寿企業の大半は一族経営ともいえるファミリービジネス

長寿だからこそ多くの災禍と事業継承問題に見舞われる

よく知られていることだが、創業100年以上の企業は日本に集中しており、30,000社以上にのぼる(東京商工リサーチ調べ)。全世界的に、創業100年以上続いている企業のうち約3割が日本企業だといわれており、200年以上続く企業となると、日本企業が5割以上を占め、さらに長寿企業世界10傑となると、ドイツの一企業をのぞき、ほかはすべて日本企業で占められている。

また、これもよく知られている話だが、世界最古の企業は大阪に本社を置く「金剛組」(現・高松建設グループ)。この企業は西暦578年に創業され、1440年の歴史を誇る。寺社仏閣や城郭の設計・施工を生業とし、有名なところでは聖徳太子による四天王寺や江戸城、大阪城の城門や櫓を手がけたともいわれている。

では、なぜ日本にはこれほど長寿企業が多いのか……。そのヒントになりそうなシンポジウム「THE EXPO ~百年の計~」が新潟県・新潟市で開催された。このシンポジウムでは、100年以上続く新潟の長寿企業を招き、パネルディスカッションを実施。それを県内の経営者に聞いていただき、次の100年企業育成の礎にしようというのが、おもな意図だ。なお、当日は100人以上の企業経営者が話を聞きに集まった。

新潟市で「THE EXPO ~百年の計~」が開催された

新潟市でTHE EXPO ~百年の計~が開催されたワケ

シンポジウムが新潟県で行われたということも、気にかかる。純粋に100年企業が多いのは首都圏や関西圏のはずだ。特に大阪は江戸時代より「天下の台所」と呼ばれ、当時から続く“食に関する企業”があまたある。

それが、新潟をTHE EXPO ~百年の計~の舞台にしたのはなぜか。まず、北陸地方は古くから“産業のベルト地帯”ともいえる地域だからというのが挙げられる。

西から列挙すると、日本産メガネフレームの95%以上が生産される福井県・鯖江市がある。鯖江でメガネフレームが作られ始めたのは明治38年(1905年)といわれ、100年以上続く企業が多いことが予測できる。石川県・金沢市は、前田家100万石の中心地で、金箔工芸品や九谷焼といった名産で有名。富山県・富山市は、「富山の薬売り」発祥の地で、現在でも家庭の置き薬として存在感を示す。

そして新潟県。新潟は屈指の米所で造り酒屋が数多い。さらに、直江津という北陸屈指の良港も古くからあり、貿易産業が盛んだった。そのうえ北東には酒田港があり、直江兼続が奨励した漆や紅花、上杉鷹山が心血を注いだ漆を原料にしたロウソクといった特産品の集積地で、廻船問屋の寄港地としても大いに利用された。

鯖江はメガネフレームで有名だが、福井県全般では陶磁器も盛ん。写真は鯖江のある施設で見かけた越前焼の壁掛けオブジェ(2018年4月撮影)
金沢で見かけたワイングラス。「ステム」(支柱)と「プレート」(フット)部分に美しい九谷焼が施されている(2018年9月撮影)

さらに新潟だけは、これらの産業ベルトとは様相が異なるという説がある。一般的に長寿企業は、城下町=県庁所在地(金沢・富山)、または県庁所在地ではない城下町(鯖江)、港町(酒田)の周囲に集まるが、新潟は全県に長寿企業が散らばっている傾向があるという。これはあくまで憶測だが、越後平野は広く、あちこちで米が作られ、その地の利を生かした場所に造り酒屋が生じたからと考えられる。その造り酒屋は“そのまま酒造業” “酒造業とほかの事業の兼業” “酒造業からまったく別の事業へ”といった経緯をたどり、県全体に長寿企業が散在しているのではないか。

長寿企業の大半を占める“ファミリービジネス”

さて、THE EXPO ~百年の計~の内容に移ろう。まずは主催者である百年の計実行委員会 委員長 赤池学氏の挨拶から始まった。赤池氏が特に強調していたのが、「地域の価値をしっかりと後生に伝えること」「CSVやCSRなどで、地域住民との密着を図ること」だった。そして、この2つを100年以上前から続けてきたからこそ(当時CSV・CSRという言葉はなかったが……)、長寿企業として存在感を示せているのではないかと結論づけた。

日本経済大学大学院 特任教授 後藤俊夫氏

続いて日本経済大学大学院 特任教授 後藤俊夫氏(一般社団法人100年経営研究機構 代表理事)が基調講演を務めた。後藤氏は「身の丈経営こそ長寿の秘訣。一族経営ともいえるファミリービジネスが長寿企業になりやすい」と話した。

ファミリービジネスは、経済的にも人的リソース的にも余裕がなく、事業拡大・多角化による利益追求を行いにくい。逆にいうと大がかりな投資をしないので、不況時に投資額が経営を圧迫することが少なく、ある意味“究極のディフェンシブルプレイヤー”だと後藤氏は話す。後藤氏がノーベル平和賞を受賞したアル・ゴア前米副大統領と会見した際、「なぜ日本には長寿企業が多いのか」とたずねられ、後藤氏は「利益追求にとらわれない身の丈経営の企業が多いからです」と答えたそうだ。欧米企業は、利益追求を第一に考える傾向が強い。前副大統領には、日本の長寿企業の姿勢に、新たな“気づき”を見つけたようだと、後藤氏は語る。

一方、長寿企業にはもうひとつの特徴があると後藤氏は指摘する。それは“社会の公器”としての役割を果たしていることが多い点。たとえば近江商人の「三方よし」。「売り手によし、買い手によし、世間によし」を表した言葉だが、特に“世間によし”という部分は、近江商人が津々浦々全国を回ることで、各地で不足している物品を補い、商品の価格を均衡させる役割を果たした。大手商社、伊藤忠商事もルーツは近江商人だった。

また、宿泊業も社会の公器として重要な存在。世界最古の企業は建設業、二番目は「池坊」という華道家元だが、そのほかは圧倒的に宿泊業が目立つ。宿泊業は、旅人や行商人に食事や安全な眠りを提供するうえ、宿場街に発展することで地域経済の活性に寄与してきた。ちなみに世界最古の宿泊業は、西暦705年創業の甲斐の国(山梨県)の山奥にある「慶雲館」。ギネスにも「最も古い歴史を持つ宿」として認定されている。

新潟に根を張る長寿企業によるパネルディスカッション

基調講演のあと、新潟の長寿企業3社によるパネルディスカッションが行われた。ファシリテーターは横田アソシエイツ代表取締役 慶應義塾大学大学院 メディア研究科特任教授 横田浩一氏、参加者は「きっかわ」代表取締役社長 吉川真嗣氏、「百花園」代表取締役社長 太田等氏、「マルソー」代表取締役社長 渡邉雅之氏の3名。

ファシリテーター役の慶應義塾大学大学院 メディア研究科特任教授 横田浩一氏
左から、きっかわ 吉川真嗣社長、百花園 太田等社長、マルソー 渡邉雅之社長

それぞれの企業概要についてだが、きっかわ(創業1626年)は村上市を流れる三面川で獲れた鮭を加工した「千年鮭きっかわ」が主力商品。もとは酒造業だったが、業種転換して鮭食品に注力している。まさに前述した“酒造業からまったく別の事業へ”が当てはまる企業だ。百花園(創業1882年)は、伝統的な和菓子造りを守りながらも、より時代にマッチしたデザインに挑戦している。明治天皇が北陸行幸した際、2度和菓子を献上したことで名が知れわたった。マルソー(創業1913年)は、養蚕業や林業、馬喰がルーツ。その馬喰がもととなり、総合物流業へと発展した。ロジスティクス事業を行うマルソーを中心にタクシー業や建設工業、人材派遣業など多角化により業績を拡大するが、新潟の発展が最も重要というスタンスを今でも取っている。

百花園の和菓子。製法は和菓子の伝統に沿ったものだが、カタチがモダンな印象。ファシリテーターが「百花園の和菓子を食べたことがある人は?」と問いかけたところ、会場の多くの人が手を挙げた
きっかわの「千年鮭きっかわ」ブランドの商品。新潟は日本屈指の酒所だけあって、日本酒のおつまみに合いそうな商品を提供している。ディスプレイには干された鮭がまるまる一匹展示されていた
マルソーのブース。さすがに物流用車両は持ち込めないので、パンフレットやパネルの展示となった。だが、働きやすさの追求や新潟県に根ざした事業を行っていることが伝わってくる
特別協賛しているボルテックスのブース。オフィスビルの各フロアを「区分所有」してもらうことで企業価値向上を促す。企業の永続性にも着目しており、今回、協賛というカタチで参加した

このディスカッションのなかで3者は、「長く事業を続けていると、多くの危機に直面する」と口をそろえる。「日本は単一民族で、海に囲まれており陸続きの国境がなく、紛争がないから長寿企業が多い」と、海外メディアの一部に認識されているが、それは大きな間違いだという。明治維新以降、日清戦争や日露戦争、第一次世界大戦参戦、満州事変、日中戦争、そして壊滅的な打撃を受けた第二次世界大戦と、多くの戦禍があった。事実、きっかわが酒造業から鮭食品に転換したのは、第二次大戦中にお酒という嗜好品を手がけにくいというのが直接の理由だし、百花園は三代目店主が中国戦線に5年間徴集された。さらに関東大震災、兵庫県南部地震、東日本大震災のほか、毎年のように台風が国土を直撃する。加えて新潟は、新潟地震、新潟県中越地震、新潟県中越沖地震と地震の頻発地。いつ大地震が起こるかわからない難点もある。

こうした、戦禍や自然災害による難局以外にも、長寿企業を悩ます問題がある。それは事業継承問題。各地の中小企業や職人業は後継者がおらず、泣く泣く事業停止を迫られることが問題となっている。なかには黒字にも関わらず、後継者問題で事業を閉鎖する企業もある。その点、マルソーは若干ユニークで、後継者が若いうちに問答無用(?)で事業を譲り、早々に企業における責任感を育てているようだ。4代目の渡邉雅之氏が社長に就任したのは34歳の頃。3代目は会長となり、4代目の経営を見守っている。

奇しくもTHE EXPO ~百年の計~取材の前日夜、筆者は東京急行電鉄の懇親会に参加していた。その席で、経営陣からの挨拶があったが、代表取締役社長兼社長執行役員 髙橋和夫氏も代表取締役会長 野本弘文氏も、東急電鉄が100周年を迎えたことをことさらに強調していた。また別の取材でパナソニックの話を聞く機会があったが、こちらも100周年であることを喜んでいた。事業の多角化や全国展開を行う大企業にとっても、創業100年というのはまず目指すべき大きな“金字塔”なのだなと思った。

だが、地域に根ざした齢数百年の長寿企業からみれば、これらの大企業はまだまだ“ヒヨッコ”といえるかもしれない。その対比が何となく「面白い」と感じた。

LINEと比較されがちな「+メッセージ」は独自の価値を打ち出せる?

LINEと比較されがちな「+メッセージ」は独自の価値を打ち出せる?

2019.04.25

携帯3社が「+メッセージ」の機能拡充を発表

LINEと比較した強みは「信頼性」

金融サービスと連携し、住所変更手続きが容易に

NTTドコモ・KDDI・ソフトバンクの携帯大手3キャリアが「+メッセージ」(プラスメッセージ)の機能拡充を発表した。

国内大手3キャリアが「+メッセージ」の機能拡充を発表

サービス開始から1年が経過した「+メッセージ」だが、広く普及した印象はない。「メッセージならLINEで十分」との声も多い中で、普及する可能性はあるのだろうか。

「LINE」とは異なる可能性を秘めた「+メッセージ」

2018年5月に大手3キャリアがサービスを開始した「+メッセージ」は、2019年4月までに利用者が800万人を突破したという。だが「使ったことがない」とか、そもそも「名前を知らなかった」という人もいるのではないだろうか。

+メッセージの利用者は800万人に

「+メッセージ」とは、国際規格のRCSに準拠したメッセージサービスだ。従来のSMSを置き換えるサービスとして、短いテキストだけでなく長文や画像、スタンプを送れるのが特徴だ。

「+メッセージ」はSMSを置き換える上位サービス

一方、日本国内ではLINEが普及しており、月間利用者数は7900万人、そのうち毎日使うユーザーは6600万人もいるという。日本のほとんどのスマホにLINEは入っており、日常的なメッセージ需要はLINEが十分に満たしている状態だ。

だが、どんなにLINEが普及してもSMSがなくなることはない。サービスのID登録やログイン時など、本人確認を必要とする多くの場面でSMSは使われている。SMSは契約時に身分証明書で本人確認を済ませており、信頼性が高いのが特徴だ。

一般に「+メッセージ」は大手キャリアのLINE対抗策と認識される傾向にあるものの、その性質はやや異なる。「+メッセージ」がSMSの延長にあるという特性を活かせば、SMS認証のような本人確認はもちろん、企業と個人の間でのさまざまな手続きに活用できるはずだ。

こうした背景を踏まえて3キャリアが発表したのが、新サービスの「公式アカウント」や、金融各社と連携する「共通手続きプラットフォーム」だ。

仕組みの共通化やMVNO対応など、課題は山積

2019年5月以降に始まる「+メッセージ」の公式アカウントは、企業向けのアカウント機能だ。利用例としては銀行やレストラン、携帯会社を挙げ、登録住所の変更やレストランの予約、問い合わせといったサービスを実現できることを示した。

「+メッセージ」の「公式アカウント」機能

こうした機能はアプリでも提供されているが、スマホにアプリを入れていないユーザーも多く、パスワードを入れてログインするのは煩雑だ。だが「+メッセージ」なら電話番号だけでユーザー本人とつながり、チャットで手続きができるので便利というわけだ。

銀行やレストラン、携帯会社による利用例

だが、サービス提供に向けた課題は多い。公式アカウントの開設は、大手3キャリアが個別に営業をかけ、各社の基準で審査する方式となっている。一見すると無駄な仕組みだが、独占禁止法への抵触を避けるため、3社が競争している建前になっているという。

3キャリア以外への対応として、ワイモバイルなどのサブブランドやMVNOでは利用できない状況が続いている。サービス開始時から指摘されていた問題だが、1年が経過して何の進展もないのは理解に苦しむところだ。

iPhone対応にも課題がある。アプリを入れることで「+メッセージ」は使えるものの、SMSを送受信する標準のメッセージアプリを置き換えるものではない。ここに手を加えるのはiPhoneの基本的なユーザー体験に影響するため、アップルの判断次第になりそうだ。

また、今後の構想として、金融5社を横断した「共通手続きプラットフォーム」も打ち出された。住所変更手続きなど、各社の競争に直接関係しない事務手続きを共通化し、顧客の利便性向上を図るのが狙いだ。

金融5社と「共通手続きプラットフォーム」に向けた検討を開始

最近、フィンテックやキャッシュレスの新サービスが増え、新たに住所や電話番号を登録して口座を作る機会は多くなった。しかし、それに伴い変更の手間も増している。そこで+メッセージを利用したオープンな事務手続きプラットフォームが実現すれば、1回の手続きで全社に情報が伝播するというわけだ。

「+メッセージ」は、携帯市場で競合する大手3キャリアが共通サービスの整備を進めなければならない。その中で「電話番号でつながる」強みを活かした独自の活用法が、ようやく見えてきたといえそうだ。

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日本の掃除機市場を変革した元外交官、日本市場への本格参入を語る

2019.04.25

シャークニンジャ日本法人の社長 ゴードン・トム氏に直撃

「コードレススティッククリーナー」人気の立役者が語る参入秘話

日本向けの製品カスタム、消費者ニーズの取り入れ図る

全米ナンバーワンの掃除機ブランド「シャーク」。日本では、長年スチームクリーナーのメーカーとして知られていたが、2017年6月に日本法人が設立され、翌2018年夏に日本市場に本格参入した。

第1弾として、同年8月にコードレススティッククリーナーの「EVOFLEX」を発売。翌9月にはハンディクリーナー「EVOPOWER」、10月にはスチームモップ3製品、ロボット掃除機「EVOROBOT」と精力的に新製品を日本市場に投入している。

そこで今回は、シャークニンジャ日本法人の社長を務めるゴードン・トム氏を直撃。同社の日本市場への本格参入の意図と、今後の戦略や日本の掃除機市場や消費者について伺った。

シャークニンジャ日本法人の社長のゴードン・トム氏。英国の元外交官で、20年前にダイソンの掃除機を日本に広め、現在の業界の発展につながる市場の開拓の礎を築いた人物だ

「コードレススティッククリーナー」人気の立役者

ゴードン・トム氏と言えば、日本の掃除機市場の変革者と呼んでも過言ではない人物。もとはイギリスの外交官として来日。赴任中の1990年代にダイソンの日本法人の初代社長に抜擢された(編集注:イギリスの外交官には副業を認める制度がある)。

当時国内メーカーの寡占状態であった日本の掃除機市場に“吸引力が落ちない”の謳い文句で同社のサイクロン掃除機を展開し、「ダイソン」ブランドの地位確立の礎を築いた。

ダイソンを退いた後は、エレクトロラックス日本法人の社長に就任し、キャニスター型に代わり、現在日本の掃除機市場において主流となった“コードレススティッククリーナー”の人気を定着させた。

外国人でありながら、日本の掃除機市場を知り尽くした“業界のマシュー・ペリー”的存在のトム氏だが、今度は全米ナンバーワンの掃除機メーカーの日本法人の社長として日本に再上陸したのは、どういった経緯なのだろうか。

「2014年にエレクトロラックス社を退職して、以降はマーケティングのコンサルタントの仕事をしていましたが、2016年の9月ごろにシャークから連絡がありました。当時のシャークの売上は北米が95%、イギリスが5%ほど。中国法人を立ち上げ、代理店経由でメキシコにも進出するなど本格的な国際化戦略を進めており、日本も大事な市場の1つと考えていました。そんな中、私のところに相談があり、翌2017年の1月くらいにボストンの本社へ出向き、エンジニアやデザイナーに会って話をし、3~4月ぐらいに日本に展開する商材や現地法人の設立、取引・流通事情、マーケティング戦略の提案をしました」

日本法人の設立にあたっては、最終的にはトム氏自らが初代社長に就任することになり、これまでの経験をもとに、オフィスの設置場所や人材集めなども自ら担ったとのことだ。

参入にあたり日本向けにカスタム

次に着手したのは、日本市場に投入する商材の選定。氏曰く「これまでで最高の掃除機に出会えた」と評する同社の製品で、日本市場参入第1弾に選ばれたのは、「EVOFLEX」。本国では2017年秋に発売され、ボタン1つでパイプを90°曲げて掃除ができるという独特のギミックで注目を集めた製品だが、日本で発売するにあたっては多くが日本向けにカスタマイズされたという。

日本市場への本格参入の第1弾として2018年8月に発売されたコードレススティッククリーナー「EVOFLEX」。本国でおよそ1年前に発売された製品(左)を、サイズからモーター、操作性に至るまで、日本向けに大幅にカスタマイズした上で登場し

「本国で開発された最初の試作機は、私の目から見たら全然ダメでした。まず、大きすぎて日本人の身体にも家にもマッチしていませんでした」

パイプ部分が90°曲がって家具の下にも潜り込みやすいという、製品のアイデンティティーとも言える独自性はそのまま継承しつつも、パーツの着脱をしやすくするためにボタンの改良が施されるなど、日本のユーザーに受け容れられるよう細かい部分にまで配慮がなされた

そこで実際に、試作機を用いて日本の家庭50世帯で6週間のテストを3回行い、その結果、日本向けの「EVOFLEX」は、原型は同じでありながらも本国の製品とは見た目も中身もかなり異なる製品に仕上がった。「例えば、ヘッドブラシは、畳や木材などが多い日本家屋の床に合わせて柔らかいローラーにしました。ダストカップも中身が見える透明な素材で、中のメンテナンスがしやすいように角を丸くしています」とトム氏。

それ以外にも、高音域のモーター音を好まない日本のユーザーのために音を低減したり、高性能なHEPAフィルターの採用や、取り外しやすいメッシュフィルターを採用してサイクロン部の手入れをしやするなど、掃除機の本質性能だけでなく、操作性やメンテナンス性にこだわった改良が多数施された。

こうした改良点について、トム氏は日本とアメリカの掃除機に対する消費者の根本的な考え方や流通ルートの違いを明かす。

「日本の場合には、掃除機や家電製品の購入は、家電量販店が主流ですが、米国の場合にはウォルマートなどの巨大スーパーで購入するケースが一般的です。そこでは日本のように実際に製品に手で触れて試してみるという機会がありません。そのため、製品への信頼度が重要で、ブランド力というのはとても大事なのです」

日本でも昨秋発売された同社のロボット掃除機。本国ではそのおよそ1年前に発売されているが、ほぼアイロボット社の独占市場であったアメリカのロボット掃除機市場において、初めてアイロボット以外で2桁のシェアに躍り出ている。

2018年10月発売のロボット掃除機「EVOROBOT」。掃除機メーカーとしてのブランドへの信頼性と、十分な機能・性能と消費者が受け入れやすい価格帯で、アイロボットの「ルンバ」以外で初めて10%を超えるシェアを獲得したという

さらに、米国の消費者は「掃除機が必要」という需要があった上で、その用途を満たすための機能と予算を照らし合わせて製品を選ぶというのが購入の意思決定。ゆえに、デザインやメンテナンスといった要素は日本人ほど重視されず、むしろ「さまざまなユーザー層の需要に応えるために、価格によって付属品を選べることが重要なのです」と話す。

20年前の日本市場は「つまらなかった」

一方、約20年前に日本の掃除機市場に乗り込み、「日本の掃除機は紙パックのキャニスター式ばかりで個性がなく、つまらなかった」と当時を振り返るトム氏。業界の“エバンジェリスト”として、日本市場においてシャークブランドのプレゼンスをどのように高めていくのかに注目される。

そこで目を向けたのが、昨年9月に発売された「EVOPOWER」だ。本国での発売後、日本向けにカスタマイズして上陸した「EVOFLEX」とは異なり、日本をメインマーケットとして、日本の消費者のニーズを多く取り入れて開発されたハンディクリーナーで、その後に英国でも発売されているとのこと。

さらに、今年1月には長崎県の無形文化財である「臥牛窯」とコラボレーションし、「EVOPOWER」に絵付けを施した限定商品を発売するなど、"日本発"の掃除機を送り出している。今後もこうした商品展開や戦略を積極的に進めていく方針なのだろか。最後に、シャークニンジャの展望について訊ねてみたところ、次のように語ってくれた。

2018年9月発売の「EVOPOWER」。コンパクトで部屋に設置しやすくサッと使える機動力のよさと、生活感を感じさせない外観でインテリアにもなじみ、部屋に常設しやすいと好評だ
「臥牛窯」とのコラボレーションで生まれた限定の「EVOPOWER」。プロモーションというよりも、どちらかと言うと日本の伝統工芸贔屓のゴードン社長の“趣味”で作られたようだが、今後も相性がよいものがあれば実現していきたいとのこと

「シャークの掃除機は、あくまでユーザーの使い勝手が最優先です。ゆえに、EVOPOWERも持ちやすく、どこにでも置いて使いやすいサイズ・形状を追求したハンディクリーナーですが、空間に置かれた時のこともイメージし、見た目のデザインにもこだわって開発された、これまでになかった商品だと思います。そういう意味ではEVOPOWERのデザインはまさに"機能美"と言えます。臥牛窯は、単に私が好きだと言う理由でやりました(笑)。積極的にとまでは言えませんが、伝統工芸が好きなので、実現できれば個人的には今後もコラボ商品を展開してみたいですね」

ダイソンで日本の掃除機市場に風穴を開け、エレクトロラックスで新たな掃除スタイルを日本に定着させたゴードン・トム氏。掃除機メーカーとして全米で絶対的なブランド力を誇るシャークニンジャを率い、今度はどのような手腕を奮うのか楽しみである。

長年の経験・知見を武器にした"掃除機"を通じた外交で、日本と諸外国をつないで、今後も世の中の掃除・家事スタイルやあり方を変えていってくれることへの期待が寄せられる、ゴードン・トム氏
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