埋もれた観光資源! 工場見学の次に建築物ブームが来る現実感

埋もれた観光資源! 工場見学の次に建築物ブームが来る現実感

2016.07.27

国立西洋美術館が世界文化遺産に登録され、盛り上がる上野公園。博物館の展覧会目的の人が今まではほとんどだったが、公園付近の建物そのものも歴史的な価値の高いものが集まっていることに目が向き始めた。折りしもその流れは政府の政策の流れに合致する。それはどういうことだろうか。そして建築物ブームは来るだろうか。

観光先進国を目指す政府は、訪日外国人観光客の数を2020年には4000万人、2030年には6000万人を目指す。さらには、訪日外国人観光客による消費額を2020年に8兆円、2030年に15兆円にすることを掲げている。

東京・銀座

訪日外国人観光客についてのニュースでは、爆買いの勢いが特に印象に残るが、訪日外国人観光客の増加がここのところ鈍化しており、一人当たりの買い物にあてる消費額も減少している。これは、爆買いを主にしていた、中国人観光客の旅行動向の変化によるものだ。リピーターの増加に伴って、買い物は十分した人が増えたことや、越境ECの普及によって、日本に訪れてまでしなくてもよくなったことが1つ言える。さらには、ここのところ円高傾向、中国政府による規制強化などが影響している。政府は消費税の免税対象品目の拡大などを進めることによって、ショッピング需要のさらなる拡大を図っている。

買い物需要の促進を図る一方で、リピート客の目的は、レジャーや日本文化の体験などにシフトしていることは以前も述べたとおり。もちろん、政府が進めているのは買い物需要の拡大だけではない。日本にある観光資源の魅力をより知ってもらうための方策に力点が置かれている。その中には、今までの文化行政の流れを大きく転換するものが入っているのを知っているだろうか。

観光の力点は爆買いだけでなく文化資産の活用

宮内庁が管理する施設の公開はここのところよくニュースで目にするが、それだけでなく昨年から文化庁が始めた日本遺産などに顕著に現れている 。日本遺産の認定は、国宝や重要文化財などを中心とした歴史的なストーリー作りでその地方の魅力の発信を促進していくことなどに力点が置かれている。今まで、文化庁が相手にしてきたのは、国指定の文化財だけで、文化財指定されたものの保存などを主な任務としていた。そこから文化財だけでなく、それをとりまくストーリーを掘り起こし、その価値も認め、どうやって活用していくかというところまでみていくというのは学者気質の文化庁にあっては大きな転換と言っていいだろう。

迎賓館赤坂離宮。7月26日

政府が3月に発表した「明日の日本を支える観光ビジョン(案)」を見てみると、この点に主にかかってくる2施策は、最初に載せられている。「1魅力ある公的施設・インフラの大胆な公開・開放」では、赤坂や京都の迎賓館を一般向けに公開し、そのほかの公的施設についても積極的に公開していくとしている。「2文化財の観光資源としての開花」については、文化庁が「文化財活用・理解促進戦略プログラム2020」を策定している。その中で、2020年までの目標として、文化財単体だけでなく地域の文化財を一体とした面的整備や分かりやすい多言語解説の整備など1000事業程度実施。さらに日本遺産などの文化財を中核とする観光拠点を全国200カ所程度整備するなどとしている。全体としての政府のメッセージは、「埋もれていた観光資源を掘り起こし、保存から活用する」というものだ。

都心にある埋もれた観光資源

本来、博物館において建物は、所蔵品を管理するハコモノで、展示物という主役を引き立てる存在だった。しかし、施設そのものが文化的価値をもつものが、上野エリアを中心として都心に実は多い。「埋もれた観光資源」そのものという訳だ。それを観光資源として活用する機会に、世界遺産登録が追い風となる。

「東京国立博物館は近代からの建築物の博覧会と言える場所なんですよ。時代時代の代表的な建築物がある」23日(土)、東京造形大学で非常勤講師をつとめ、自身も一級建築士の資格を持つ鈴木実氏は、東京国立博物館に到着すると参加者に対し、こう説明し始めた。

7月23日、東京国立博物館敷地内にて

上野周辺の商店街などが加盟する上野観光連盟は、国立西洋美術館が世界文化遺産に登録されたことを記念して7月28日から8月28日までの木、金、土、日(午前9時半~12時 料金3000円)に上野にある歴史的な建造物を巡るツアーを開始する。23日には、このツアーでガイド役を務める約20人のスタッフを相手に、実際のツアーでどのようにコースをまわり、どのような説明をするのかなどといったことの最終確認の意味をこめたツアー。ガイドは全員通訳案内士の資格を持ち、このツアーのために、説明する施設についての事前レクチャーを受けている。

(左)東京国立博物館表慶館。1908年竣工。片山東熊、高山幸次郎設計。大正天皇のご成婚を記念して建てられた明治宮廷風建築の名作。バロック様式の手法が随所に散りばめられている(右)東京国立博物館本館。1937年竣工。渡辺仁、宮内省設計
(左)東京国立博物館東洋館。1968年竣工。谷口吉郎設計(右)国立科学博物館。1931年竣工。糟谷謙三設計
(左)国立西洋美術館本館。1959年竣工。ル・コルビュジエ設計(右)東京文化会館。1961年竣工。前川国男設計

この日のツアーでは、東京国立博物館、国立科学博物館、そして世界遺産に登録された国立西洋美術館、ル・コルビュジエの弟子の前川国男による東京文化会館の4カ所をまわった。説明の途中では、都内にある他の歴史的建造物などの説明も交え、近現代の歴史的建造物の歴史を振り返ることができるようになっている。(東京国立博物館と、国立西洋美術館内はガイドなしで自由見学。科学博物館は外観のみの案内の予定)

上野観光連盟のツアーは当日申し込みもできる

西洋美術館でも、月に2度、20人限定で館内などをまわる建築ツアーを開催している(9月からは月に4度)。開催日の2週間前からネット上で申し込むことができるが、「開始5分程度で満員になっている」(広報担当)という人気。工場見学や、産業遺産もブームになったが、今度は近現代の歴史的建築物を見学するツアーの人気が高まるのではないだろうか。

バルミューダが“子どものデスクライト”を再定義した理由

モノのデザイン 第46回

バルミューダが“子どものデスクライト”を再定義した理由

2018.11.13

バルミューダ初の照明機器「BALMUDA The Light」

子供にターゲットを絞り、目の健康を追い求めた

デザイン家電ブームの火付け役が挑んだ新領域での苦労とは

バルミューダから10月26日に発売された「BALMUDA The Light」。これまで扇風機、スチームトースター、オーブンレンジなど、デザイン性と革新性を両立させた独自の製品を世に送り出してきた同社だが、照明器具の発売はこれが初めて。空調家電、調理家電に次ぐ“第三のカテゴリー”への市場参入を目論む第一弾のプロダクトだ。

“子どものため”と明確に謳ったこのLEDデスクライトは、これまでにはない思想で開発された。業界で異彩を放つ新製品の設計・機構から外観に至るまで、広義での"デザイン"について、開発チームのメンバーである同社マーケティング部プロダクトマネジメントチームの高荷隆文氏に聞いた。

バルミューダが新たに挑む製品カテゴリーである"照明"の第1弾として発売された「BALMUDA The Light」。"子どものため"のデスクライトとして、最新のテクノロジーのみならず、開発陣の思想や想いが想像以上に込められた商品だ

子どもウケデザインではない、子どものためのライト

冒頭で述べたとおり、本製品はデスクライトとして"子ども向け"を謳った商品。だが、その方向性は、見た目だけを子どもウケするようなデザインにしたものとは本質的に大きく異なる。

子ども向け="子どもの姿勢や視力への影響を配慮したもの"であり、製品の発表会では、「大人に比べて視界が狭い子どもは、机に向かっているうちにいつの間にか前のめりになってしまい、うつぶせのような姿勢になってしまう」と、寺尾玄社長自らがご子息と対峙して気づいたことが、開発の経緯になったことを明かしていた。

一般的なデスクライトの難点は、このように真上からの照明で、手元に影ができやすいことだ
光源が目に直接入ることも従来のデスクライトの問題点

高荷氏によると、初期の段階ではまったく異なるコンセプトで研究開発していたそうだ。しかし、「そのコンセプトでは商品化のめどが立たず、"集中"とか"目"が開発の方向性のキーワードになっていきました」と話す。

お話を伺った、バルミューダ マーケティング部プロダクトマネジメントチームの高荷隆文氏

BALMUDA The Lightは、同社が"フォワードビームテクノロジー"と呼ぶ、光をミラーで一度反射させてから手元に当てることで、光が瞳に直接入らない点が特長の1つである。反射板を使うことで机全体を照らすことができるという仕組みは、開発の初期段階から検討されており、デスクライトに応用することも考えていたそうだ。

バルミューダが考えた、デスクライトとしての理想的な光のイメージ。手元に影を作らず、光が直接目に入らない解決方法が検討された
BALMUDA The Lightの光源部分。ミラーによって光を反射させてから手元に当てることで、光が直接目に入らず、影もできない。光源には3灯の太陽光LEDが使われている

手術灯メーカーとの出会いで開発が加速

バルミューダがデスクライトの開発に着手したのは2014年ごろ。実は2015年に発売され大ヒットした「BALMUDA The Toaster」の発売前から構想自体はスタートしていたというが、商品化に向けて大きく動き出したのは2年ほど前とのこと。高荷氏は「でも、拍車がかかったのは、去年(2017年)の頭ぐらい。社長自らが山田医療照明の増田社長と出会ったところからなんです」と振り返る。

山田医療照明は、手術灯など医療用照明を手掛ける、業界では国内トップのメーカーだ。バルミューダが開発途中で考えていた照明の仕組みが手術灯に似ていることに気付いた寺尾社長が自らネットで検索し、探り当てたのが山田医療照明だった。これが、後の"フォワードビームテクノロジー"につながっていくことになる。

すぐさま寺尾社長はショールームへ乗り込んで行った。山田医療照明は手術灯でグッドデザイン賞を受賞するなど、デザインに対する意識も高く、製品開発の考え方にも近いものがあると感じたという。直接会いに行った同社の社長ともすぐさま意気投合したそうだ。

高荷氏は「実は山田医療照明の増田社長がバルミューダのファンで、弊社のほぼ全商品を持っていらっしゃったんです」と、共同開発にたどり着いたエピソードを笑いながら語った。

フォワードビームテクノロジーのヒントになった、山田医療照明の手術灯

2017年春からは、2社共同のプロジェクトとして再始動した、BALMUDA The Light。もう1つの技術的な特長として、光源に"太陽光LED"を採用していることも挙げられる。

太陽光LEDとは、太陽による自然光に近い波長(スペクトル)を持ったLED。一般的なLEDに比べてブルーの波長が低く、目にストレスを与えにくいといい、山田医療照明が手掛ける手術灯にも数年前から採用されている。

だが、目に優しい反面、太陽光LEDは価格が高いのが難点。一般的なLEDの10倍ほど高価なために、民生用の機器で採用されている例はほとんどないという。それをBALMUDA The Lightではなんと3個も搭載しているのだ。

BALMUDA The Light、一般的な白色LEDライト、太陽光の光の波長の違い。BALMUDA The Lightのブルーライトは、一般的な白色LEDライトに比べると太陽光に近い波長で、目が疲れにくい特性を持つ

太陽光LEDが民生用機器に採用されない理由は他にもある。「太陽光LEDは、光の質がよい代わりに発熱しやすく、放熱をいかに行うかがかなり大変なんです。放熱対策をせずに電流を流すと100℃を超えることもあり、そのままだとすぐに壊れてしまいます」と高荷氏。

そこで、BALMUDA The Lightではさまざまな放熱技術を検討していった。「フォワードビームの反射構造と放熱を両立させる設計を行い、1日中ライトをつけっぱなしにしていても、ほのかに温かいと感じる程度にまで抑え込みました。しかし、放熱のための解決策をやればやるほど本体が重くなっていき、倒れやすくなってしまったんです」と話す。

カサの部分に複数設けられた穴の部分は、放熱の機能も兼ねている

「形に合わせた開発」の苦労

以前、「BALMUDA The Range」の取材の際に、「バルミューダのデザインの神髄は、形はベーシックでありながら、オリジナリティーを追求することにある」と語られていたように、開発チームには、形を変えないままで中身を改良していくことが要求された。

「開発部門としては、あと5ミリ厚くできれば放熱と倒れにくさを両立できるのに……というせめぎ合いが何度かあったのですが、弊社の商品はデザイン性もブランドアイデンティティーの1つ。デザイン性は優先課題とされるため、"形ありきで、そこに技術をどうやってはめていくか?"という考え方で、光源部分の試作を毎週繰り返して、最終的にはコンマミリサイズで調整を続けました」と苦悩を明かす。

そのほかにも、暗くする際にチラつきが出やすく、それが目にストレスを与えてしまうという問題を電流の量で微調整する制御を行い、最小限に抑えたという。

一方、外観上のデザインに関しては、"パッと見はシンプル"というバルミューダ共通のデザイン意匠を踏襲しつつも、意識されたのは"テック感"だ。

「光源が見えない時、表側はシンプルでやさしい印象ですが、カサの内側の光源がある部分は複雑な造形にし、一部をクローム調にすることでシャープな印象に仕上げました。ポリゴン状の反射板も、光学的に有利かつテクノロジーを感じるデザインを意識したものです」と高荷氏。

それ以外にも、"子ども用"を謳う商品として、耐久性はもちろん、転倒しないように重さを調整した。"長くずっと机にいる相棒"として長年愛用できるように、デコレーション用に付属するシールが貼りやすい一方で傷や指紋が付きにくく、手入れをしやすいマット塗装やコーティングが施されている。

本製品のもう1つユニークな点は、"音"の仕掛けだ。BALMUDA The Rangeと同様に、デスクライトにもスイッチのダイヤルを回すと音を奏でるギミックが採用されている。前回のレンジはギターやドラムだったが、今回はアナログピアノの音が選ばれている。しかも、スタインウェイのグランドピアノを使って、スタジオでプロのミュージシャンが演奏した生音を音源にするというこだわりだ。

「いろいろ試した中で、光の明るさと諧調に親和性があったのがピアノの音でした。クラシカルなピアノの旋律はノスタルジックで、子どものイメージに合致しながらも、子どもっぽすぎるということもなく、長く愛用するのにふさわしい。ピッタリとハマりましたね。鍵盤の押し方とか、音の余韻までちゃんと表現されているんですよ」

製品に同梱されている取説。「子どものクリエイティビティや好奇心が掻き立てられるように」と、あえて設計図のようなデザインに仕立てたとのこと

コーポレイトアイデンティティーの1つとして"クリエイティビティ"を掲げるバルミューダ。今回の製品にも「クリエイティブであれ!」という子どもたちへのメッセージが込められている。そのために、デザインはあえて90%の完成度にし、残りの10%は使用する子ども自身の手で作り上げて欲しいという思いから、自由に組み合わせて貼れるステッカーが4シートも付属しており、本体の根本部分はペンスタンドにもなっている。

ダイヤル部分を回すと、ピアノの音階を奏でる。バルミューダらしい"遊び心"ある仕掛けに、子どもも大人も心が躍る

単に子どもたちの"目を守る"という使命だけでなく、自らの手で自分のものにした喜びや体験がモノへの愛着を生み、新たなクリエイティビティにつながっていく。いや、つなげてほしいという、同社の"意志"が大いに込められた商品だ。「デスクライトでどうやって体験を伝えるかはチャレンジングでした」と最後に語った高荷氏の言葉からも、その思いが伝わってきた。

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

カレー沢薫の時流漂流 第15回

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

2018.11.12

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第15回は、「プリンセス駅伝の四つん這い走行」問題について

今年は「パワハラ」「黒い交際」「殺人タックル」など、スポーツ界が荒れに荒れた。

スポーツにつきまとう「感動」という尺度

というよりは、今までずっと「わかり哲也」の背景ぐらい荒れ続けていたが、関係者専用のプライベートビーチだったため、一般人の目につかなかっただけのような気もする。

その一方、ワールドカップでは予選を批判した奴は全員死んだのかというぐらい本戦の健闘が称えられたり、夏の甲子園では金足農が秋田県勢として103年ぶりに決勝に進出し大きな注目を集めたりと、感動的なこともあった。

しかし、結果だけを言えば、ワールドカップは1回戦敗退だ。金足農も決勝で敗れ準優勝。逆に優勝したのに金足農の陰に隠れた大阪桐蔭が可哀想なぐらいだ。

つまり、見る側はスポーツに対し、時に結果よりも「感動」を求めがちということだ。金足農が仮に優勝していたとしても、その勝利が「地獄甲子園」式で得た物なら讃えられなかっただろう。

スポーツに感動を求めるのは悪いことではない。私のような、床を這っているコードでこけるような先のない中年は、もはや他人の活躍に乗っかって泣いたり笑ったりするしかないのだ。

だが、「感動した! 痛みに耐えてよく頑張った! 」という言葉があるように、スポーツの感動には「選手が無理をする姿」も含まれていることは否定できない。その無理が「43度の風呂」レベルならまだ良いが、選手生命、さらには最悪命を脅かしかねない時もある。

インターネット大相撲では済まない「プリンセス駅伝」問題

そんな、文字通り「選手が痛みに耐えて頑張った」事件が、先日行われた「プリンセス駅伝」で起こった。女子駅伝だからプリンセス駅伝なのだろうが、私が走者だったら相当居心地の悪いネーミングだ。

その駅伝の中で、10代の走者が中継所の直前で走行不能となったが、何と四つん這いの状態で流血しながらタスキをつないだという。四つん這いで移動した距離は約200メートル。私だったら小一時間かかる、結構な距離だ。その選手がリードの外れた柴犬ぐらいのスピードで四つん這い走行した、というなら制止する間もなくタスキは渡されていたかもしれないが、満身創痍の状態なら相当時間がかかっただろう。

当然、その姿には「誰か止めろよ」と批判が噴出した。しかし、批判がある一方で「感動した!」と、流血四つん這いで走る女子の姿にバッチリ感動した勢がいるのも事実だ。それに対し「怪我しながら走る選手を美談にする勢を許さない勢」が現れ、いつものインターネット大相撲に発展しているのはよくあることなのだが、これはかなり複雑な問題なのである。

監督が倒れた選手に「お前棄権したらわかっとるやろな? 」とアイコンタクトをしたり、観客が「俺たちを感動させるために走れや」と選手を後ろからジープで追い立てたりしたと言うなら論外だが、監督はテレビモニターで「二足歩行が厳しい」という致命的な状態の選手を見て、ちゃんと棄権を申し入れている。

だが、その棄権が現場の審判に伝わった時には、すでにタスキ受け渡し地点の20メートル手前に来ていたそうだ。つまり、満身創痍の選手が四つん這いで180メートル移動してしまうまで棄権の申し入れが審判に伝わらなかった、ということだ。ここでまず連絡体制の不備が指摘されている。

そして、審判は棄権の申し入れを知った後も、「あとちょっとだし」と最後まで走らせてしまったと言う。痛みに耐えて頑張る選手、という「感動」に流され、無理をさせてしまった感は否めない。

そもそも棄権の申し入れがあるなしに拘わらず、現場判断で中止させるべきはなかったのか、という声もある。今、試しに家の中を四つん這いで走ってみたが、これで200メートルはなかなかキツイ。何より見た目が痛々しい。

私の場合、無職の中年が昼間に家の中を四つん這いで走っているというただの「イタい」状態だが、走れなくなった若い選手が流血しながら四つん這いで走る姿は、十分制止すべき痛々しさだろう。実際、棄権申し入れがなくても、現場判断で走れなくなった選手を止める権限が審判にはある。

それでも懸命に走る意志を見せる選手に心打たれて止められなかったのかというと、必ずしも感動だけが理由ではないようだ。企業にとって駅伝というのは非常に重要なものであり、それをチームではなく審判の判断で止めるというのは、審判員側と企業側に大きな禍根を残すことになりかねないのだという。よって審判側は「よほど勇気がないと止められない」そうだ。

また、選手にとっても企業の名前を背負っている上、「自分がコケたら皆コケる」という駅伝のルール上、選手には大きなプレッシャーがかかっている。つまり選手も現場も「止まるに止まれないし、止めるに止められない」状況になっていたのかもしれない。

そして結果から言うと、この選手は「全治3~4か月の骨折」となった。あの四つん這いでの200メートルがなかったら、もう少し怪我が軽くなった可能性は大いにある。

このように、無理は早めに止めないと、逆に有望な選手を潰すことになりかねない。

「無茶しやがって…」という展開は漫画などに任せ、ダメな時は「俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ」と早々に打ち切り、次のチャンスに賭けるべきだろう。