「ロードスター」を“最もよく知る”マツダ社員とドライブして分かったこと

「ロードスター」を“最もよく知る”マツダ社員とドライブして分かったこと

2018.10.30

マツダ商品本部の山口プロジェクトマネージャーとドライブへ

“1トン”を切ると全く違う? 軽さを求める作り手たち

電動化で重量増は必至! 次の「ロードスター」はどう作る?

マツダ商品本部に所属するプロジェクトマネージャーの山口宗則さんは、同社のブランドアイコンともなっている軽量スポーツカー「ロードスター」に初代から一貫して携わっている方だ。おそらく、このクルマのことを最もよく知る人物の1人といえるだろう。

そんな山口さんにロードスターの初代と現行型(4代目)を運転してもらって、マツダR&Dセンター横浜の周辺をドライブする機会があったので、クルマに関する話やご自身の仕事のことなどを聞かせてもらった。

マツダの山口さん。「ファミリア」「プレッソ」「RX-7」(FD)のチームを経て、「ロードスター」には初代(型式番号からNAとも呼ぶ)誕生後しばらくしてから携わり始めた。その後は2代目NB、3代目NC、現行型NDと進化の歴史を見続けている。マツダには「スポーツカーが作りたい、ロータリーエンジンに携わりたい、『RX-7』に関わりたい」という動機で入社したとのこと

初代と現行型が共有する「ロードスター」の哲学

「チカチカするでしょ? この感じがいいんですよ」。初代ロードスターに乗り込み、NARDI製のウッドステアリングを握った山口さんが話し始めた。これは、木でできたハンドルが、ニスの具合で周囲の光を反射するさまが美しいでしょう、という問いかけだ。「NDでは、その(光を反射する)感じが欲しくて、インパネのアッパー部分なんかに、照り返しが入るように工夫してあるんですよ。チカチカっていうのがよくて」。初代からコンセプトを継承するロードスターというクルマには、こういう話がたくさんある。

初代ロードスターの「Vスペシャル」というグレードには、NARDI製のウッドリム・ステアリングが付いていた

写真を見ても分かる通り、ウッドステアリングは中央の部分も、クルマと接続する筒状の部分(コラムカバーという)も小さい。最近のクルマだと、この部分はエアバッグが入ったステアリングホイールに合わせてデザインするので大きくなってしまうが、この小ぶりな感じに「スポーツカーのフィーリング」があると山口さんは話す。NDでは、この部分を別のクルマと共用してもよかったところを、少しでも小ぶりに作るため、新たに設計して専用のものを取り付けている。

こちらは現行ロードスター(ND)のステアリング

また、マニュアルトランスミッション(MT)車のシフトレバーにも、初代と現行型で共通する部分がある。「(シフトレバーの動きの)前後をシフトストローク、左右をセレクトストロークっていうんですけど、NDとNAは同じにしてあるんですよ、意図的に」。山口さんによると、レバーが動く距離(前後左右の可動域)を同一にしたのは、ノスタルジーを狙った工夫というよりも、初代のシフトレバーの動きがよくできているので、それを踏襲するためだったそうだ。

マツダの自動車開発では、「主査」が責任者となり、クルマの企画を立てたり、コンセプトを考えたりする「プランナー」と、山口さんの言葉によれば「会社を動かす役割」の「プロモーター」が「主査スタッフ」として主査を支える。山口さんはプランナー出身で、ロードスターのチームに入るとプロモーターも兼務するようになった。兼務は大変そうだが、ご本人は一人二役だと「話が早い」と気にしていない様子

初代と現行型でいえば、前輪のフェンダー(タイヤを覆う部分)が盛り上がっているところも似ている。それは「格好いい」からでもあるが、この造形であれば、ドライバーは運転中、タイヤの位置を常に把握していられる。つまり、「見切り」のよさを大切にしたデザインなのだ。クルマの視界について山口さんには、こんな思い出があるという。

「NB型とNC型を作った貴島(きじま)さん(現在は山口東京理科大学教授の貴島孝雄さん)という主査がいらっしゃって、最初に仕事でご一緒したのはRX-7のFDだったんですけど、その時の合宿で、FDをどんなクルマにしたいかという話になりまして。貴島さんが、FDに乗って、部屋のコーナーにネズミを追い込んでいる絵を描いたんですよ。ネズミがフロントガラスから見えている絵だったんですけど、『ソウアンセイ(操縦安定性のこと)は視界からだ』とおっしゃって。で、クルマの運動特性は、すばしこいネズミを部屋の隅に追い込めるくらいの、そんなスポーツカーを作りたいという話で、『なんてスゴイ人だ!』と思いましたよ。こないだご本人に話したら、覚えてなかったんですけど(笑)」

運転席から見たとき、フェンダーが盛り上がっていると、タイヤの位置が分かるので運転しやすい。ちなみに、NAはボンネットの中央にも盛り上がっている部分があるが、それは「エンジンを縦に置いている」ことの視覚的な表現だ

“1トン”をめぐる車両重量との戦い

ロードスターの作り手たちが、初代を開発した時から一貫して意識し続けているのが「軽くすること」だ。とりわけ、クルマの重量で「1トンを切る」ことにかけては、かなりの執念を燃やしている。

「1トンを切ると俄然、楽しさが増すんですよ。このクルマ(その時はNAに試乗していた)を作った僕らは、それを知ってるんです。だから、そこを目指す。単に軽くするだけではなくて、1トンを切るところにもっていくんです」

「1トンを切ろうとして、まず一生懸命に取り組んだのはクルマを小さくすること。そして、排気量も小さくすること。2番目の取り組みとしては、構造を変えていくこと。次が材料(アルミを多用するなど)。そして、最も大事なのは、1グラムでも軽くしようという考え方そのものなんですよ。『グラム作戦』といって、これが最も志として高いんですけど、最も削減量が少ない部分でもあるんです(ちょっとずつ削っていって、全部で何百グラムというような話なので)。ただ、この意識がないと、できないんです」

「1,300キロを1,200キロにするというんじゃなくて、1トン。なぜかっていうと、初代が1トンを切ってて、このクルマを僕らは最も面白いと思っているんで、初代の面白さを出すためには、1トンを切らなければと、それは皆が思っている。NDでもそうです」

実際に、NDの最も軽いグレードは総重量990キロだ。また、NDの1.5Lガソリンエンジンは、初代が積んでいた1.6Lよりも排気量が少ないが、とかくパワーアップが求められがちなスポーツカーの進化で、排気量を下げる方向を選択するというのは、作り手に相当な意図がないとできないことだという。

このクルマが積むエンジンの進化について説明してくれたマツダ パワートレイン開発本部の藤冨哲夫さんは、ピストン(画像手前)やコンロッド(奥)といった部品でグラム単位の軽量化を行ってきた歴史を「1円玉~枚分、軽くした」と表現していた。これほど軽さにこだわる人たちが作ったロードスターなので、車内に“ぬいぐるみ”を置いたり、ましてや積み重ねたりするのは、よしたほうがいいのかもしれない(もっとも、ロードスターにそのようなスペースはほとんど存在しないが)

電動化で避けられない重量増、どうする「ロードスター」

軽さを求めるロードスターの作り手たちにとって、クルマの電動化は頭を悩ます問題であるに違いない。なにせ、バッテリーというのは重いものだからだ。マツダは先日、2030年には全てのクルマを電動化すると発表したばかりだが、こういう状況も含め、次のロードスター“NE型”を作るとしたら、山口さんは何を考え、どんなクルマを企画するのだろうか。山口さんの個人的な意見として、想像をめぐらせてもらった。

「どうしますかねー。まず、電動化を視野に入れなければならなりませんよね。そうすると、どんな電動化にするのかという話になる。パワートレインが最も重要になります。色んなやり方があると思いますけど、守らなければならないものもいろいろあるし」

「ハード的には、FR(エンジンを前に置き、後輪で駆動する)にはこだわらなくてはならない。FRというと、エンジンが載っていることになりますよね。そうすると、電動化はハイブリッドということになります。ただ、ハイブリッドにすると、いきなり重量が上がる。エンジンにモーター、バッテリーが付くので、これは困ったな、となる」

「FRにこだわらず、後輪駆動だけにこだわるなら、バッテリーEV(電池とモーターだけで動く純粋な電気自動車)の可能性が出てきます。あるいは、レンジエクステンダー(EVの航続距離を伸ばすため、発電用エンジンを積む方法)を付けたり。そうするとトンネル(クルマの中央を縦に通っている部分)、ここにプロペラシャフトが通ってるんですけど、この距離感(トンネルが真ん中にあることで、ドライバーと助手席の間に絶妙な距離ができる)がね。今は(運転する山口さんと助手席の筆者が)ちょっと離れてるんですけど、ミッドシップにする(モーターを乗員の背中あたりに積んでEVにする)と、もっと人が寄っちゃう。それはそれで、ロードスターじゃない気もするし」

「今となっては、トンネルがあるプロポーションは、ロードスターだったり、FRのクルマにとって、1つの雰囲気になってるんですよ。これをなくすと、スポーツカーとしては成り立つかもしれないけど、ロードスターとしてはどうなんだろう、という思いもあって」

中央の背骨のようなものがトンネル内に収まっている(画像提供:マツダ)

軽いまま電動化するにはどうすべきか。将来的に、ロードスターが解決すべき課題は山積みのようだが、とりあえずは「完成度の高い現行型ロードスターを少しでも長くお客様にお届けしたい」というのが、山口さんの強い思いだ。

「例えば通勤に使っていただくとしますよね。そうすると、会社で疲れたけど、帰りに運転してリフレッシュする、『走る露天風呂』っていうんですけど、そんな感じなんですよ。冬なんかオープンにして帰ると、夜でしょうから、なんか露天風呂に浸かったような、そういうリフレッシュ感を味わえますよ」

寒い日にロードスターに乗る場合、屋根を開け、暖房の吹き出し口を腿のあたりに向けて、必要であればシートヒーターも付けた上で運転すると、体はあたたかくて、頭と顔では冷たい外気を感じられる。それを山口さんは露天風呂に例える。移動時間をバスタイムさながらに、心と体をリラックスさせる時間にしてしまうのが、ロードスターというクルマの魅力なのだそうだ。

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

カレー沢薫の時流漂流 第15回

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

2018.11.12

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第15回は、「プリンセス駅伝の四つん這い走行」問題について

今年は「パワハラ」「黒い交際」「殺人タックル」など、スポーツ界が荒れに荒れた。

スポーツにつきまとう「感動」という尺度

というよりは、今までずっと「わかり哲也」の背景ぐらい荒れ続けていたが、関係者専用のプライベートビーチだったため、一般人の目につかなかっただけのような気もする。

その一方、ワールドカップでは予選を批判した奴は全員死んだのかというぐらい本戦の健闘が称えられたり、夏の甲子園では金足農が秋田県勢として103年ぶりに決勝に進出し大きな注目を集めたりと、感動的なこともあった。

しかし、結果だけを言えば、ワールドカップは1回戦敗退だ。金足農も決勝で敗れ準優勝。逆に優勝したのに金足農の陰に隠れた大阪桐蔭が可哀想なぐらいだ。

つまり、見る側はスポーツに対し、時に結果よりも「感動」を求めがちということだ。金足農が仮に優勝していたとしても、その勝利が「地獄甲子園」式で得た物なら讃えられなかっただろう。

スポーツに感動を求めるのは悪いことではない。私のような、床を這っているコードでこけるような先のない中年は、もはや他人の活躍に乗っかって泣いたり笑ったりするしかないのだ。

だが、「感動した! 痛みに耐えてよく頑張った! 」という言葉があるように、スポーツの感動には「選手が無理をする姿」も含まれていることは否定できない。その無理が「43度の風呂」レベルならまだ良いが、選手生命、さらには最悪命を脅かしかねない時もある。

インターネット大相撲では済まない「プリンセス駅伝」問題

そんな、文字通り「選手が痛みに耐えて頑張った」事件が、先日行われた「プリンセス駅伝」で起こった。女子駅伝だからプリンセス駅伝なのだろうが、私が走者だったら相当居心地の悪いネーミングだ。

その駅伝の中で、10代の走者が中継所の直前で走行不能となったが、何と四つん這いの状態で流血しながらタスキをつないだという。四つん這いで移動した距離は約200メートル。私だったら小一時間かかる、結構な距離だ。その選手がリードの外れた柴犬ぐらいのスピードで四つん這い走行した、というなら制止する間もなくタスキは渡されていたかもしれないが、満身創痍の状態なら相当時間がかかっただろう。

当然、その姿には「誰か止めろよ」と批判が噴出した。しかし、批判がある一方で「感動した!」と、流血四つん這いで走る女子の姿にバッチリ感動した勢がいるのも事実だ。それに対し「怪我しながら走る選手を美談にする勢を許さない勢」が現れ、いつものインターネット大相撲に発展しているのはよくあることなのだが、これはかなり複雑な問題なのである。

監督が倒れた選手に「お前棄権したらわかっとるやろな? 」とアイコンタクトをしたり、観客が「俺たちを感動させるために走れや」と選手を後ろからジープで追い立てたりしたと言うなら論外だが、監督はテレビモニターで「二足歩行が厳しい」という致命的な状態の選手を見て、ちゃんと棄権を申し入れている。

だが、その棄権が現場の審判に伝わった時には、すでにタスキ受け渡し地点の20メートル手前に来ていたそうだ。つまり、満身創痍の選手が四つん這いで180メートル移動してしまうまで棄権の申し入れが審判に伝わらなかった、ということだ。ここでまず連絡体制の不備が指摘されている。

そして、審判は棄権の申し入れを知った後も、「あとちょっとだし」と最後まで走らせてしまったと言う。痛みに耐えて頑張る選手、という「感動」に流され、無理をさせてしまった感は否めない。

そもそも棄権の申し入れがあるなしに拘わらず、現場判断で中止させるべきはなかったのか、という声もある。今、試しに家の中を四つん這いで走ってみたが、これで200メートルはなかなかキツイ。何より見た目が痛々しい。

私の場合、無職の中年が昼間に家の中を四つん這いで走っているというただの「イタい」状態だが、走れなくなった若い選手が流血しながら四つん這いで走る姿は、十分制止すべき痛々しさだろう。実際、棄権申し入れがなくても、現場判断で走れなくなった選手を止める権限が審判にはある。

それでも懸命に走る意志を見せる選手に心打たれて止められなかったのかというと、必ずしも感動だけが理由ではないようだ。企業にとって駅伝というのは非常に重要なものであり、それをチームではなく審判の判断で止めるというのは、審判員側と企業側に大きな禍根を残すことになりかねないのだという。よって審判側は「よほど勇気がないと止められない」そうだ。

また、選手にとっても企業の名前を背負っている上、「自分がコケたら皆コケる」という駅伝のルール上、選手には大きなプレッシャーがかかっている。つまり選手も現場も「止まるに止まれないし、止めるに止められない」状況になっていたのかもしれない。

そして結果から言うと、この選手は「全治3~4か月の骨折」となった。あの四つん這いでの200メートルがなかったら、もう少し怪我が軽くなった可能性は大いにある。

このように、無理は早めに止めないと、逆に有望な選手を潰すことになりかねない。

「無茶しやがって…」という展開は漫画などに任せ、ダメな時は「俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ」と早々に打ち切り、次のチャンスに賭けるべきだろう。

タイヤ技術でオリパラを支えよ! ブリヂストン、義足の改良に挑む

タイヤ技術でオリパラを支えよ! ブリヂストン、義足の改良に挑む

2018.11.12

オリパラの裏側には、さまざまな最新技術が隠れている

パラアスリートを支える、ブリヂストンの「タイヤ技術」って?

義足用ソールの開発に挑む研究者らに話を聞いた

東京2020年オリンピック・パラリンピック競技大会の開催まで2年を切った。自国開催ということもあり、現地で観戦しようと考えている人も多いだろう。そこで1つ提案したいのが、オリンピック・パラリンピックを「技術」の視点で見ることだ。

2018年の平昌オリンピック・パラリンピックでは世界初の5Gの実証実験サービスが行われ、開会式ではインテルがドローンによる光のパフォーマンスが行われた。このような派手なものに限らず、大会の裏にはいくつもの技術が隠れている。パラアスリートが用いる器具などがその典型的な例と言える。

そこで本稿では、「ワールドワイドパラリンピックパートナー」であるブリヂストンによる、自社技術の活用によってパラアスリートを支援する取り組み「パラアスリート技術支援プロジェクト」に注目。東京2020を支える技術の裏側に迫る。

タイヤ技術でパラアスリートを支えよ! 

パラアスリート技術支援プロジェクトは、同社のオリンピック・パラリンピックのパートナー契約締結を機に『タイヤやゴムの技術をアスリートのために活かせないか』という想いから発足したという。ではその技術で何を作っているのかというと、1つの例が義足用の「ソール」(地面に接する部分、靴底)だ。

今回話を聞いた、ブリヂストン 先端企画本部 先端技術推進部 先端技術企画推進第1ユニット 主任部員の小平美帆さん(左)とオリンピック・パラリンピックマーケティング推進部 アクティベーション推進ユニット 課長 鳥山聡子さん(右)

「当社では、パラトライアスロン選手の秦由加子さんの義足用ソールを開発しました。現在も定期的に本人と話し合いの場を設けながら、当社の技術でサポートできる部分はないか、ということを模索しています」(鳥山さん※以下、鳥山)

秦由加子 選手。1981年生まれ。千葉県出身。3歳から10歳まで水泳を習う。13歳で骨肉腫を発症し、右足の大腿部切断を余儀なくされたが、2007年に障がい者水泳チームで水泳を再開。2013年にパラトライアスロンに転向した。大腿部切断でパラトライアスロンを行っている唯一の日本人選手だ

なぜ同社がソール部分に注目するようになったかというと、「タイヤ技術との親和性の高さ」が理由だと小平さんは語る。

「もともと当社では、タイヤはもちろん、ゴルフシューズや農業機械用のゴムクローラなど、『地面と接する部分』の製品開発に強みを持っております。ソールも同じく、地面と接するモノ。そこで当社の持つ技術との親和性が高いと感じ、注目するようになりました」(小平さん※以下、小平)

さらに、ソールの素材はゴムと高分子の複合体であり、これは同社の製品でもよく使われる素材であった。タイヤ製品で培った技術を活用することで、選手をサポートできるのではないか? と考え、新ソールの開発を始めたというわけだ。

義足イメージ。ランニングシューズの底のように、特有なパターン(模様)の入っている部分が、ブリヂストンの開発したソール

「ランニングシューズを切って、義足に貼る」が当たり前?

そもそも、義足用のソール開発に力を入れている企業というのはグローバルで見ても少ない。義足を必要とする人は多くいる一方で、切断箇所や筋肉量の違いなど、個人個人によってのニーズが異なるために、高ロットでの生産ができず、なかなかビジネスとして成り立たないことが原因だという。では、秦選手の使用していたソールには具体的にどのような課題があったのか。

「これは秦さんに限らず、ほとんどのパラアスリートに当てはまることなのですが、それぞれが個人に最適化されたツールを使えていないという課題がありました。もともと、多くの種類が市場に出回っているわけではないので、パラアスリート向けの『高品質な製品』自体が少なく、モノによっては、開発されて数十年経っている”最新モデル”もあります」(鳥山)

驚くべきことに、世界大会で活躍する秦選手のような人であっても、ランニングシューズを買って、ソール部分を切り取り、義足に貼り付けて使っていたのだとか。そのように「売られているものを転用して使う」というパラアスリートは少なくないそうだ。

「当たり前ですが、ランニングシューズのソールは、義足を必要とする人向けに開発されたものではありません。地面と接触した際にかかる力は違うし、耐摩耗性が求められる箇所も異なります。秦さんは以前、雨の中でのレースで、『滑るのが怖くて、思い切って走ることができなかった』という経験をしたそうです。そうした意見を聞き、どんな状況であっても安心して走れるようなソールを開発したい、と考えるようになりました」(小平)

タイヤ開発のノウハウを詰め込んだソール開発

しかし、いくら「地面と接するモノ」だからといって、タイヤとソールで求められる技術が一緒だとは思えない。どのようにブリヂストンの持つノウハウをソール開発に適応させたのか。

「はじめはゼロからの挑戦でした。そもそも、『義足のソールに求められることって何? 』という疑問からのスタートなんです。勉強の日々でしたね。どうにか当社の技術を活用できないか、と考え、まずは走る際にかかる力を測るために、タイヤ開発に使用する測定器を使って圧力測定を行いました」(小平)

圧力測定時の様子。ランニング時、ソールへの力のかかり方がどう変化するかを調査した

ほかにも、使用した後の摩耗部分の分析などを行い、グリップ力を上げつつ摩耗を抑えられるソールはどのようなゴム材料・溝形状にすればよいかをひたすら考えたそう。

さまざまなデータから見えた課題に対して「どうブリヂストンの技術を適応させれば良いか」と考え、試行錯誤を重ねた後に、ようやくソールを開発。2017年4月、初めて秦選手に新ソールをつけた義足で走ってもらうことになった。

「私たちのソールで走ってみた秦さんには『全然違う! 』と、すぐに気に入っていただきました。その1カ月後には早速、新ソールで大会にも出場していただきました。その大会もあいにくの雨だったのですが、確実に滑りにくくなっているとのフィードバックをいただき、手応えを感じました」(小平)

小平さんや鳥山さんは、秦選手と密にコミュニケーションを取りながら、フィードバックを元にソールの改良を続けた

さまざまな領域での技術活用も視野

そのレース以来、秦選手は変わらずブリヂストンが開発したソールを使い続けている。現在のソールは2代目で、2017年に開発したモデルから、パターンと材質を変更しているそう。

しかし、いくら製品の改良を実現したと言っても、事業化につなげられなければ、同社の「パラアスリート支援」は一過性のものになってしまう。同社は今後、この取り組みをどのように続けていく予定なのか。

「秦さんとの協力によって生まれた技術が将来、当社製品のブレイクスルーにつながる可能性はあると考えています。将来的には、さまざまな領域での技術の活用も視野に入れております。ですが、何よりこの取り組みは、当社がグローバルメッセージとして掲げる『CHASE YOUR DREAM』を体現するもの。

CHASE YOUR DREAMとは、ブリヂストンが、さまざまな困難を乗り越えながら「夢に向かって挑戦し続けるすべての人を支えていく」という想いを表現したメッセージ

そのため、必ずしも『将来的なリターン』を求めてこの活動をやっている訳ではありません。私たちの取り組みが社内外に広がり、当社の『夢に向かって挑戦し続けるすべての人を支えたい』という想いに触れていただき、一緒にオリンピック・パラリンピックを応援してくれる仲間を広げていくことを目指しています」(鳥山)

「2020東京」まで1歩ずつ、2人3脚で

現在、すでに秦選手用の最新ソールは完成しているそうだが、まだまだブリヂストンの挑戦は続く。

「最新モデルは、秦さんの要望を満たし、かつさまざまなデータから考えられる問題点を解決した自信作。しかし、パラリンピックまではまだ時間があります。今後も本人のフィードバックをもとに、より改良を続けていきたいです」(小平)

パラアスリートと一緒に夢を追い続けるブリヂストン。今回紹介したのは、同社の秦選手との取り組みだけだが、それに限らず、ほかにも多くのアスリートを支援しているそうだ。

オリンピック・パラリンピックでもっとも日の目を浴びるのは選手。しかし、その周りには、選手たちを支えている多くの人たちがいる。来る2020年、パラリンピックでは、選手の義足や車椅子などにも注目し、そこに隠れた技術の背景を想像してみるのも楽しみ方の1つだ。

ブリヂストンと秦選手の挑戦をこれからも応援したい