メルセデスの大改良「Cクラス」に試乗、ワゴンの選択肢としても堅実な1台に

メルセデスの大改良「Cクラス」に試乗、ワゴンの選択肢としても堅実な1台に

2018.10.24

メルセデス・ベンツが主力「Cクラス」に6,500カ所の改良

ワゴン市場に根づよい需要、Cクラスの立ち位置は

世界はSUVブーム、超高齢化社会の日本ではワゴンが復権?

メルセデス・ベンツは販売の主力である「Cクラス」に改良を施した。手を加えたのは構成部品の半分程度に相当する6,500カ所。日本では2018年7月に発表となった。モデルチェンジではないが、伝統と革新を旨とするダイムラーの、Cクラスに掛ける意気込みや思いが伝わる改善である。

メルセデス・ベンツが大幅な改良を施した「Cクラス」。軽井沢の「ル・グラン 軽井沢ホテル&リゾート」を拠点とする試乗会に参加し、さまざまなボディタイプを乗り比べてきた(※編集部注:本稿の画像では、編集部が試乗・撮影できた車種を紹介していきます)

電動化技術を取り入れた新エンジンが改良の目玉

改良の目玉の1つは、先に「Sクラス」で採用した電動化技術を組み合わせた新ガソリンエンジンの採用だ。Sクラスでは排気量3.0リッターの直列6気筒ガソリンエンジンにモーターを組み合わせたISG(インテグレーテッド・スターター・ジェネレーター)を導入。その驚くべき性能と快適さの両立に、電気自動車(EV)に至るまでの次世代動力源の姿を見た思いがした。今回の改良でCクラスには、同じくエンジンにモーターを組み合わせた排気量1.5リッターの直列4気筒ガソリンエンジンを採用したのである。ISGの小型版ともいうべきエンジンだ。

CクラスとSクラスでは、構想は同じでも採用技術が異なる。Sクラスは専用のモーターをエンジンと変速機の間に組み込んでいたが、Cクラスではモーター機能を持つ交流発電機をベルト駆動で利用する方式となる。これは、スズキが軽自動車で採用し始めた「S-エネチャージ」(マイルドハイブリッド)と同じ手法だ。このシステムを、ダイムラーではBSG(ベルトドリブン・スターター・ジェネレーター)と呼ぶ。

セダンタイプの「C200 アバンギャルド」。1.5L直列4気筒ターボエンジンに「BSG」と「48V電気システム」を組み合わせた新しいパワートレインを搭載する。外装色はヒヤシンスレッドだ

試乗した印象としては、わずか1.5リッターの排気量しかないガソリンエンジンであるにも関わらず、Dセグメントに分類されるCクラスを走らせる上で、十分な動力性能を感じることができた。ただ、驚くべき出力特性や快適性を感じさせたSクラスの直列6気筒に比べると、やや肩透かし感を覚えたのも事実だ。モーター出力を向上させたり、モーター依存度を上げたりするなど、今後の改良を経ていけば、Cクラスのエンジンも熟成していくはずだ。

エンジン以外では、Sクラスと同じハンドルデザインによる運転支援機構の操作性がよくなり、前車への追従走行機能や、車線維持機能などを利用し、快適に高速道路を移動することができた。運転支援機能は他車でも広く普及し始めているが、メルセデス・ベンツの扱いやすさと信頼感は群を抜いている。その完成度はCクラスでも感じられた。

「Cクラス」のセダンは449万円~578万円からという価格設定。「C200 アバンギャルド」(画像)は552万円からだ

ステーションワゴンは調和に優れた仕上がり

今回、ステーションワゴンはディーゼルエンジン車での試乗となった。「Eクラス」にも搭載されている2.0リッターディーゼルターボエンジンは、出力を向上させ、振動騒音も改善して快適性を高めているとのことだった。しかし、やはりディーゼルならではの振動騒音は、上質さを増したCクラスのステーションワゴンには釣り合わない印象があった。

欧州市場では、比較的小型な乗用車でディーゼル比率が下がっている。そこまで逆風が吹いていない日本市場でも、例えばボルボは、「V60」以下の車種においてディーゼル車の販売を止めると宣言している。この先、例えば5年後には、ディーゼル車の残存価値が低下しているかもしれないというのが理由だ。実際、日本の自動車メーカーの中でも、欧州市場からディーゼルエンジン車を撤退させる決断が相次いでいる。

屋根が開閉可能な「C180 カブリオレ スポーツ」。モハーベシルバーの外装色にダークレッドのトップを組み合わせてある。価格は615万円から

Sクラスに比べれば上質さに欠ける印象のあった1.5リッターのBSGエンジンだが、今後の熟成を経ていけば、将来的にはディーゼルの代替となっていくのではないだろうか。

もちろん、年間の走行距離が2~3万kmに及ぶ人であれば、ディーゼル車を選ぶ理由はある。輸入車はプレミアムガソリン指定となるため、軽油の方が燃料代は安くあがる。また、高速道路などでの追い越し加速において、ディーゼルエンジンはわずかなアクセル操作で十分な加速をもたらし、運転を楽に感じさせてくれる。とはいえ、運転支援機能を使えば、ガソリンもディーゼルも大して違わないということになっていくはずだ。

原動機の話は別として、Cクラスのステーションワゴンは、運転しやすくて長距離移動でも疲れにくく、荷物の積み込みのしやすい荷室を備え、後席でも背もたれが調整できる自由度を持つなど、性能や使い勝手などの全てにおいて過不足ない仕上がりを見せている。全体の調和に優れるのが特徴といえるだろう。

3.0LのV6直噴ツインターボエンジンを搭載する「AMG C43 4MATIC」。外装色はブリリアントブルーだ。価格は940万円から

日本のワゴン市場に根強い需要

ところで、このステーションワゴンという車種だが、日本車では選択肢が限られる。選べるのはトヨタ自動車「カローラフィールダー」、スバル「レヴォーグ」、マツダ「アテンザ」くらいだろうか。一方で、ドイツ車ではメルセデス・ベンツのほか、BMW、アウディ、フォルクスワーゲンにそれぞれステーションワゴンがそろっている。Cクラスにおいても、国内販売の3割ほどはワゴンだというから、人気は根強いようだ。先ごろ、ボルボが新型「V60」を日本に導入したが、このクルマは前型のスポーツワゴン的な位置づけから、伝統的なステーションワゴンの姿へと戻っている。

Cクラスのステーションワゴンについてはすでに述べたが、それに対し、BMWはステーションワゴンにおいても前後重量配分で50:50にこだわる姿勢を崩さず、あくまで運転の歓びを追求している。アウディは全輪駆動の「クワトロ」で顕著なように、技術による先進を走りの安心につなげるという考え方を、ステーションワゴンにおいても貫いている。ゴルフはCクラスに通じるところがあり、実用性を重要な指標とする人には間違いのない選択肢となる1台だ。

「C220d ステーションワゴン アバンギャルド」のセレナイトグレー。2.0L直列4気筒直噴ディーゼルターボエンジンを搭載する

ボルボの新型V60は、それらの車種に比べて最も新しい作りであるため、Cクラス同様、全方位で性能が優れている。日本市場において、ボルボV60がCクラスの競合になるかもしれない。BMW「3シリーズ」にも来年あたりに新型が登場しそうなので、ステーションワゴンの競合も激しくなりそうだ。

そうした中で、日本の自動車メーカーがステーションワゴンに力を注がない状況は気がかりでもある。SUVのラインアップ充実を急ぐ日本の自動車メーカーは、あまりにも米国の市場動向に影響を受けすぎているのではないか。

Cクラスのステーションワゴンは473万円~602万円からの価格設定だ。ちなみに、セダン、クーペ、カブリオレ、ワゴンの全てのボディタイプでパフォーマンス志向のAMGが選択できる

SUVブームはステーションワゴンに回帰する?

SUVは「スポーツ多目的車」(Sport Utility Vehicle)というだけあって、多用途に使える魅力があるのは事実だ。そして、米国だけでなく欧州も含め、近年の人気車種となっている。ただ、今後の日本市場を考えると、SUVに全ての消費者の需要が向いていくとは考えにくいのである。

未舗装路を走ることも視野に入れるSUVは、最低地上高(床下と路面の隙間)がステーションワゴンやセダンに比べ高く、着座位置も高くなることから前方視界を見通しやすいという利点がある。だが、最低地上高や着座位置が高いことによって、高齢者には乗り降りしにくいクルマでもある。そして日本は今、高齢化社会へ向かっている。

ステーションワゴンはセダンのように乗り降りしやすい車種だ

その高齢者の中には、比較的所得の高い人がいて、なおかつ健康で元気な人も多い。60~70歳代になっても働こう、あるいは社会に貢献しようと意欲的な人がいる。そういう高齢者には孫もいて、孫と一緒に出掛ける機会もあるわけだが、そういう時、SUVでは乗り降りしにくいのである。その点、ステーションワゴンであれば着座位置が低いので、腰を落とすようにしてクルマに乗り込める。SUVから降りるとき、座席からのばした足が地面になかなかつかないというのは怖いものだ。しかし、ステーションワゴンなら足をのばせば地面に爪先がつく。

ワゴンであれば、最低地上高がセダンと同様だから、荷室への荷物の積み下ろしも楽になる。荷室の床が高いSUVに比べ、荷物を高く持ち上げずに済むからだ。

確かにSUVはブームだが、ステーションワゴンの使いやすさに市場のニーズが回帰する可能性もある

今は元気で若々しく活動的な世代の人も、やがて歳を取る。乗り降りしやすいユニバーサルデザインの多目的車という考え方を突き詰めると、人々の目は、改めてステーションワゴンに集まる可能性がある。ワゴンを作り続ける欧州の自動車メーカーは、そんな考えを持っているのではないだろうか。

今の売れ筋を追うのではなく、社会の変化や行く末を視野に車種構成を考え、そこにメーカーとしての存在感を持たせる商品企画が、日本の自動車メーカーからは抜け落ちているのではないだろうか。少なくとも、日本市場においてステーションワゴン需要が存続していることは、輸入車の販売状況を見れば分かる。

なぜ東横インは、宿泊料が一定なのか? 多様化するビジネスホテルの今

瀧澤信秋のいろはにホテル 第1回

なぜ東横インは、宿泊料が一定なのか? 多様化するビジネスホテルの今

2018.11.16

「ホテル評論家」瀧澤信秋氏による新連載!

第1回は、「多様化するビジネスホテルの今」について

料金変動「するホテル」と「しないホテル」 それぞれの狙いは?

「ホテル評論家」瀧澤信秋氏が、意外と知らないホテルビジネスを語る新連載。第1回は、瀧澤氏が“注目度の高いカテゴリー”と説明する「ビジネスホテル」について。ここ数年で急速に「多様化」が進んでいるビジネスホテルのこと、どれだけ知っていますか?

ビジネスホテルが大人気

ラグジュアリーホテルからビジネスホテル、カプセルホテルにラブホテルと横断的な評論が筆者の生業であるが、ことビジネスホテルは昨今勢いのある注目度の高いカテゴリーだ。

旅行や出張で、ビジネスホテルを利用した経験のある人は多いだろう

筆者は、TBSテレビの人気番組「マツコの知らない世界」へ過去3回出演の機会を得たが、第2回で紹介した「ビジネスホテルの世界」は特に反響が大きく、TBS瞬間最高視聴率ランキングで1位をいただいた。視聴者の方々にとってビジネスホテルは身近な存在なのだと改めて認識した。

ということで、連載の第1回となる本稿では、「多様化が進むビジネスホテルの今」をお伝えしよう。

「ビジネスホテル」と「ホテル」の違い

そもそもビジネスホテルとは何なのか。業界ではビジネスホテルは“宿泊特化型ホテル”ともいわれるが、その名の通り宿泊に特化したホテルと定義づけられる。

ホテルとはフルサービスであることが特徴で、宿泊の他に料理・飲食、バンケット(宴会、または婚礼や大規模な会議)など多彩なサービスを提供する。一方のビジネスホテルは、朝食スペースなどが設けられてはいるものの(法令上の要請)、フロントサービスを中心に宿泊機能を提供するというリミテッドサービスであることが特徴だ。“イン”とも称される。

前述の番組で、豪華なスイートルームまであるホテルとして“これ以上のビジネスホテルは見たことがない”と「ホテル ココ・グラン高崎」(群馬県高崎市)を紹介したところ、「スイートルームなんてあるのにビジネスホテルといえるの?」と疑問の声をいただいた。

「ホテル ココ・グラン高崎」プレミアムココスイート

スイートルームがあろうが、基本的に宿泊に特化していればそれはビジネスホテルといえる。ただし、宿泊特化型のコンセプトは多様化しており、単にビジネスホテルとカテゴライズされることを良しとしないホテルもある。

話は逸れたが、ビジネスホテルといえば、伝統的には出張族御用達として人気を博してきた。今では旅のスタイルが多様化したことで、観光にも重宝されており、リーズナブルな旅を求める訪日外国人旅行者にも人気が高い。

「料金変動させるホテル」と「あえてさせないホテル」

しかし、「ビジネスホテル=リーズナブル」というイメージは徐々に崩れつつある。確かに高級ホテルよりは安いといえそうだが、繁忙日と閑散日の料金変動幅がかなり大きなホテルもみられる。

筆者は職業柄日々のホテル料金レートをチェックしている。「ビジネスホテルは高級ホテルより安いといえそう」と書いたが、とある繁忙日の新宿エリアを見たところ、ハイアットよりもアパホテルが高かったことがあり驚いた。料金を客室面積の㎡単位で換算したところ、ハイアットが約1,200円、アパホテルが約2,800円だった。

料金変動の大きさもクローズアップされたアパホテル

極端な例を挙げたが、ビジネスホテルに限らずホテルの料金は変動するのが一般的だ。これは業界では「レベニューマネジメント」などといわれる。ホテルの客室に限らず在庫の繰り越しができない商品を、売れ残りを少なくするためさまざまな価格設定をして販売を管理することは、需要予測のもとに収益を最大化する手法といえる。

需要が高くなると料金が上がるのはホテルに限ったことではないが、とはいえホテル料金変動幅のあまりの大きさに面食らった経験のある人もいるのではないだろうか。季節変動(季節や時期によって需要に増減が起きる変化)の大きなリゾートホテルなどではその傾向はさらに強いし、料金が高額なラグジュアリーホテルでも変動はする。しかし、より日常感のあるリーズナブルなイメージのビジネスホテルほど、ゲストは料金変動にシビアだといえそうだ。

他方、基本的に料金変動させないことをポリシーとするホテルもある。たとえば「東横イン」だ。全国最大規模のビジネスホテルチェーンであるが、宿泊需要の急増する時期でも大きく料金を変動させないことを公式サイトでうたっている

プライスポリシーとして「市場動向にいわば便乗するかのような料金設定は(中略)ビジネスパーソンをはじめとするお客様の信頼を裏切ることになる」と明記。料金の変動が少ないことはゲストの安心感につながるというのが同社の考えだ。

「東横イン」客室イメージ

前述のホテル ココ・グラン高崎も、基本的に料金変動させないことをポリシーにしているが、かようなポリシーのホテルを時々見かけることがある。このように、「料金変動をさせるホテル」と「あえてさせないホテル」があるのだ。

「本当はいくら? 」で部屋の価値を聞いてみた

料金変動でよく見られるのは、最初は高い設定なのに日が迫ると安くなり、当日の夜などに投げ売りされるパターン。レベニューマネジメントで適切な在庫管理ができれば緩和される側面はあるのかもしれないが、早く予約してキチンと泊まってくれる「ホテルにとって有り難いゲスト」が割を食うケースともいえる。そもそも定価で料金変動させないのであれば起こらない問題かもしれない。

ところで筆者は、ホテルの支配人や経営者への取材に際し「こちらの客室はいくらですか?」と質問することがある。「え~と今日は6,000円ですが明日は1万円で……」といった回答を得ることは多い。そこで「いえ、本当はいくらなんですか? 」と聞き返す。すると回答に窮する様子のケースが多く見られる。

ところが、過去の取材(4年ほど前の取材と記憶している)で「うちは5千円です」と即答したホテル経営者がいた。中国地方や福岡で大人気ビジネスホテルチェーン「ホテルアクティブ! 」を運営する、株式会社石田屋ホテルズ代表取締役社長の石田光一郎氏である。

「ホテルアクティブ!広島」外観

石田氏は「確かに今日は7,000円ですし明日は9,000円ですが、この部屋本当は5,000円なんです」と断言した。商売なので繁忙日は料金を上げることもするが、多くいただいた分は新しいホテル建設や事業拡大などには回さず、あくまでもそのホテル・客室の快適性向上に投資するという。確かに、前に一度宿泊した際に「もう充分快適」と記憶していたが、その後何度か再訪した際にも、さらに工夫が施されたリニューアルがなされていた経験があり、納得した。

***

今回は、ビジネスホテルについて「料金変動」の面からみてきた。料金変動の有無については、ホテルの特性やさまざまな条件などを鑑みれば決して一面からでは結論づけられない問題であるといえよう。昨今、インバウンド需要も後押しとなり、ビジネスホテルが多く誕生し、さまざまな経営・運営会社の手により多彩な施設が林立。同時にその「スタンス」も多様化している。

客室の快適性や利便性などと共に、そうしたホテルのスタンスを知ることも、賢い消費者として気に留めておくべき「ホテル利用術」のひとつだといえそうだ。

次回も引き続き「多様化が進むビジネスホテル」について取り上げます。ビジネスホテル市場に押し寄せる“差別化”と“コモディティ化”の流れ、そこから見えてくるものとは?

「選択と集中」が進みすぎた、日本の科学技術への投資

藤田朋宏の必殺仕分け人 第1回

「選択と集中」が進みすぎた、日本の科学技術への投資

2018.11.15

ちとせグループCEOの藤田朋宏氏による新連載

巷を賑わす”ヘンな出来事”の問題点を、独自の解釈で洗い出す!

第1回は、「日本の科学技術投資」について

バイオベンチャー企業群「ちとせグループ」のCEOを務める藤田朋宏氏による新連載。“手段と目的の違い”によって生じた「ヘンな出来事」の問題点を、独自の視点で語ります。第1回は、「日本の科学技術投資」について。日本の科学技術への投資の問題点とはいったい何なのでしょう?

才能と“伸びしろ”に投資する、日本サッカー協会

先日、クアラルンプールに出張したときのこと。宿泊先のホテルが偶然にもサッカーの日本代表と同じだった。「日本代表」と言っても、同じホテルに泊まっていたのは本田や長友ではなく、U-16アジア選手権に参加している若い選手たち。

そこで彼らを見ていて、ふと考えた。日本サッカー協会の「選手への投資」は、実は凄く効率がいいのではないか。どうしてそう思ったのか、順を追って説明したい。

ホテルに置いてあったU-16アジア選手権のバナー

チェックインを済ませ、「部屋の準備があるから、ちょっとだけそこで待っていて」と指示するホテルマンに従い、ひとりロビーに放置されている間、何となしに選手の情報を調べてみた。それから一時間半。23名の選手一人ひとりの顔だけでなく、利き足まで覚えるくらいの時間が経っても、僕はまだロビーで放っておかれたままだった。まぁ、東南アジアではよくあることなので、腹は立たなかった。

ところで、「過去のU-16日本代表がその後、何度も日本代表に選ばれる割合はどれほどだろうか」と疑問に感じ、調べてみたところ、各年20数名の代表選手のうち、現役で活躍している選手は約1人であることが分かった。確かに16歳の段階では身体の発達に差があるし、試合で活躍できるかは運の要素も絡む。コーチとの相性やケガの問題もあるだろう。

そうは言っても、16歳の時点で日本代表に選ばれるだけのポテンシャルを持つ選手のうち、その数%しか将来も活躍できる選手がいない、という事実には驚いた。実際、長谷部、本田、岡崎、長友……など、この10年で活躍している選手たちの多くは、16歳時点ではそこまで期待されていなかった選手ばかりだ。

ではなぜ、そういった選手が後に日の目を浴びられたかというと、それは彼らにも「チャンス」を与えられていたからだろう。日本サッカー協会は、16歳時点で選抜したトップ選手だけに集中投資するだけではなく、同年代の他の有望選手にもしっかりとチャンスを与え続けられるような仕組みをつくれたのだと思う。

際立って目立つ選手だけではなく、将来の伸びしろがありえる選手にも、最低限のチャンスは回ってくることで、未来のトップ選手の育成が図れる。そうやって日本サッカー協会はこれまで、世界に通用するような選手を輩出してきた。

「科学技術に投資せよ」ではなく、予算配分の再考を

前置きが長くなってしまったが、ここから本題に入りたい。

先日、京都大学特別教授の本庶佑先生がノーベル賞を受賞したというニュースが流れた。「自分がバイオテクノロジー業界で働く人間だから」というのは関係なく、本庶先生と周りのチームの方々の長年にわたる科学に対する貢献が認められたこと、その事実に接した関係者の気持ちを想像すると、とても嬉しい気持ちになった。

ノーベル賞メダル(レプリカ)

 

近年、日本人のノーベル賞受賞が続いている。彼らのような日本の科学業界の仕組みをよくわかった方々は、これまで数多くのご苦労をされてきたことだろう。しかし、1つ残念なこともある。能力はもちろん、人格的にも優れたそういった先生方が、ノーベル賞受賞のタイミングでマスコミに発表する一世一代のコメントが「日本国の科学技術投資、科学技術教育のあり方についての憂い」であることだ。

僭越ながら、先生たちのコメントを解釈すると、よくニュースで取り上げられるような「科学技術にもっとお金を使え」ということではなく、その先にある「国家予算の配分」についての指摘をしていると認識している。

誰がなんと言おうと、日本の科学技術投資の選択と集中は年々進んでしまっているのが現状だ。しかし、先生方のいうような「選択と集中が進みすぎている」という指摘に対して、「日本にはもうお金がないのだから科学技術にばかり投資できない」と答えがずれてしまっている。

これこそが、日本の科学技術投資における問題ではないだろうか。

日本にはびこる「選択と集中こそが正解だよ病」

随分前からずっと不思議なのだが、そもそも「選択と集中こそが正解である」なんて、誰がいい出したのだろう。「選択と集中」の戦略で物事をうまく切り抜けられるようなことは、本当に生きるか死ぬか、背水の陣を敷いている時くらいだと思うのだ。

今の日本の「選択と集中こそが正解だよ病」はなかなか根深く、そもそもの目的を実現することよりも「選択と集中」を行うことそのものが目的になっているんじゃないかと感じることが多い。

今の日本で行われている多くの意思決定の場面で、サッカーの例で例えると、U-16日本代表を選んだ人のメンツを潰さないということが、強い日本代表をつくることよりも優先されてしまっているように思う。

そのため、16歳の時点で選んだ選手だけに集中投資し、16歳の段階で選ばれなかった他の選手のポテンシャルに賭けることもしないというような「選択と集中が正解である」という間違えた進め方で意思決定が行われているようなことが多いように感じる。

サッカー選手の育成でも、科学技術の投資でも初期の段階で選抜してそこだけに集中投資するという戦略を繰り返せば繰り返すほど、全体としての力は落ちる一方になるのではないか。歴代のノーベル賞受賞者の先生方も、そういうことを言いたかったのではないかと思う。

手段であるはずの「選択と集中」が、目的となっている?

私は、「16歳の段階で、将来素晴らしいサッカー選手になる人物を見分けられる」なんて言葉は、伸びしろのある選手に対しておこがましいと感じる。これは科学技術の研究にも同じことが言える。「その研究が将来素晴らしい成果を残すかどうか見分けられる」なんて言葉は、科学者に対しておこがましい。

もっと言ってしまえば、どの研究が将来化けるかの判断は、16歳のサッカー選手の成長を言い当てることより遥かに難しいだろう。なぜならば、サッカーという競技のルール自体は変わらないが、科学と言う競技はルール自体を決めているので、科学研究の将来性をあらかじめ予測するのは16歳のサッカー選手の将来性を予測するより難しいためだ。

そんな中、日本サッカー協会が幅広い底上げに力を入れ、紆余曲折も有りながらも右肩上がりの成長を維持できているにも関わらず、日本の科学技術投資は過剰な「選択と集中」を強めるが故に、科学技術力の相対的な低下を招いているように感じる。

その差はいったい何か? これは1つの仮説でしかないが、日本サッカー協会の強さの秘訣は、会長の独断で物事を決められる側面が強い組織であるために「目的」がハッキリしている点にあるのではないだろうか。

その一方で、日本の科学技術投資のような“数多くの人の善意の組み合わせの上になり立っている意思決定機構”では「選択と集中を進めることが正解である」という、本来手段の一つである価値観が「目的」となってしまっているように感じる。

本来考えるべきは、「日本の科学技術をどうするべきか」ということであるにも関わらず、その手段と目的が逆転しまっているのではないだろうか、と思うのだ。