実は土俵際だったパナソニック、フルサイズカメラ追撃の勝機と自信

実は土俵際だったパナソニック、フルサイズカメラ追撃の勝機と自信

2018.10.02

パナソニック初のフルサイズミラーレス「LUMIX Sシリーズ」

事業の撤退もありえた、土壇場で生まれた覚悟のカメラ

激戦の高級ミラーレス市場、後発参入も勝算は「動画」にあり

「どこを向いてもチャレンジ。我々に守るものはない」――。パナソニック アプライアンス社の本間哲朗社長は、フルサイズミラーレスカメラ市場への参入をこう表現した。

ドイツ・ケルンで開催された世界最大のカメラショーである「フォトキナ」において、パナソニックは、35mmフルサイズイメージセンサー搭載ミラーレスカメラ「LUMIX Sシリーズ」の開発発表を行った。本間社長は、「パナソニックには、テレビを中心とした画像処理技術が蓄積されている。カメラメーカーとは違う積み上げで勝負をする」と語る。

パナソニック初のフルサイズミラーレス「LUMIX Sシリーズ」

プロ向け前面、動画撮影とライカLマウントで強み

LUMIX Sシリーズは、パナソニックが新開発した35mmフルサイズイメージセンサーおよび画像処理エンジンを搭載。フルサイズミラーレス一眼カメラとしては、世界で初めて、4K60p動画撮影に対応する。さらに、世界初となる手ぶれ補正技術「Dual I.S.」の搭載で、暗所や望遠時といった三脚などが必要な場面でも手持ちでの撮影を可能にしている。

「プロフェッショナルな写真、映像撮影の道具を目指して開発した。基本となる操作性や堅牢性に加え、100年間の家電事業、10年間のミラーレス開発で蓄積してきた画像処理や信号処理などのデジタル技術、さらには光学技術や熱処理技術といった、すり合わせ技術などの総合力を結集させ、写真および動画撮影において新たな顧客価値を提供していく」(同社)

Sシリーズの名称は、「より高度な表現を求めるプロフェッショナルに向けて、特別な価値(=Specialized)を提供するという思いを込めて命名した」という。SpecializedのSが語源だ。

注目されるのは、ライカのLマウントを採用したことである。

これにより、発売直後から豊富なレンズ群の品揃えを実現した。パナソニックが発売する50mm/F1.4単焦点レンズ、24-105mm標準ズームレンズ、70-200mm望遠ズームレンズの3本のLマウント対応レンズだけでなく、ライカが発売する8本のレンズ、そして、今後、シグマが発売するLマウント規格の交換レンズも装着が可能だ。パナソニックは2020年末までにさらに10本以上のレンズを投入する予定で、今後も交換レンズの選択肢はひろがっていく。

パナソニックは、2008年に世界初のミラーレス一眼カメラ「LUMIX G1」を発売した。今年はちょうど10年の節目を迎える。

その節目に投入する「LUMIX S」シリーズは、「表現力の覚醒」をテーマに、写真、動画両面での表現力を徹底的に追求。ハイアマチュアの購入はあまり想定しておらず、むしろプロフェッショナルだけをターゲットにした製品だと言い切る。

「LUMIX S」シリーズ本体は、究極の表現力を求めるプロフェッショナル向けの「LUMIX S1R」と、ハイブリッドクリエイター向けとする「LUMIX S1」の2機種を用意。いずれも、来春の発売を予定している。

世界初のミラーレスから最後発のフルサイズへ

パナソニック アプライアンス社 本間哲朗社長

パナソニックが今回のフルサイズミラーレスを製品化できたのは、いくつもの高いハードルを乗り越えてきた結果だった。

パナソニックがデジカメを発売したのは2001年。デジカメメーカーとしては最後発だった。だが、薄型化や光学高倍率、手ぶれ補正といった独自の特徴を持った製品の投入により、デジカメ市場において一定のポジションを獲得。コンパクトデジカメ市場でも存在感を発揮していた。

だが、スマホのカメラ性能の向上の影響を受けて、コンパクトデジカメの市場は縮小。「ビジネスとしてのバランスを失った時期があった」と、本間社長は振り返る。

パナソニックのデジカメ事業が、失ったバランスをもう一度取り戻すことができたのは、同社が取り組んできた独自のミラーレス技術に負うところが大きかった。

ミラーレスカメラの発売からここまでに、手ぶれ補正の強化や、4K動画対応をはじめとする数々の世界初の機能を搭載し、特徴を持った新たな世界を形成することに成功した。HDR規格をデジカメに持ち込んだのもパナソニックが最初だった。

そうした取り組みの集大成が、2017年に発売したハイエンドミラーレスカメラの「LUMIX GH5」であった。

GH5は、約40人体制で立ち上げた社内プロジェクト、「ゴッホプロジェクト」によって開発された。

ゴッホとは、「GO」に、型番の「GH」を組み合わせて、「GOGH(ゴッホ)」としたところから命名された。このプロジェクトによって、パナソニックは、プロフェッショナルユースを強く意識したミラーレスカメラの開発に初めて挑むことになった。

LUMIX GH5は、主要デバイスを一新し、LUMIX史上最高となる写真画質をうたう一方、圧倒的な動画性能を実現した映像表現を革新する「ハイエンド・ハイブリッドミラーレスカメラ」と位置づけて投入。パナソニックが得意とする動画性能が評価され、GH5はハリウッドでも動画撮影のツールとして活用されるようになった。

「ノンリニア編集を行う企業などと話をすると、あのGH5を作っているメーカーなのかと、相手の態度ががらっと変わる。プロフェショナルの動画撮影を支えるカメラとして、ハリウッドでは高い認知度がある」と、パナソニック アプライアンス社イメージングネットワーク事業部総括担当の森勉氏は胸を張る。

さらに、世界初のCinema4K/60p動画記録を可能とし、動画性能をさらに進化させた「LUMIX GH5S」、20.3M画素 Live MOSセンサーを搭載し、高速・高性能AF、高速連写といった静止画撮影を進化させた「LUMIX G9」を相次ぎ投入した。LUMIXが持つ高い機動性とともに、動画画質や写真画質に対する評価が高まっていった。

実は、GH5では、約7割のユーザーが動画用途で導入しているという結果が出ている。

前出の森氏は、「動画性能の高さがプロフェッショナルに受け、使ってみると静止画でも性能が高い。静止画に『寄った』GH9を、画像に強いGH5、GH5sに続いて発売しても好評だったのは、GH5での静止画に対する高い評価が影響している」とする。

GH5が失敗すればデジカメ事業から撤退の土俵際

パナソニック アプライアンス社の本間社長は、「GH5が市場に受けなければ、フルサイズミラーレスのプロジェクトは中止すると決めていた」と明かす。

つまり、GH5の成功なしには、今回のLUMIX Sシリーズの製品化はなかったのだ。

そして、本間社長はこうも語る。

「カメラ業界の流れは、フルサイズミラーレスに一気に振れるということは想定していた。そして、伸びる領域はここしかないと見ていた。伸びるマーケットに投資をしないということは、そのままデジカメ事業をやめることにつながるのは明らかだ」

つまり、GH5が成功せず、フルサイズミラーレスの製品化につながらなければ、パナソニックはデジカメ事業の形を変えるか、あるいは撤退する……と、本気で検討する事態に陥っていたともいえる。まさに土俵際から生まれた製品だったといえるだろう。

裏を返せば、フルサイズミラーレスを投入したということは、パナソニックがデジカメ事業において、明確に生き残ることを宣言したともいえる。

パナの勝算は高い?「動画」は最大の武器に

フルサイズミラーレスカメラ「LUMIX Sシリーズ」に勝算はあるのだろうか。

本間社長は、「どこを向いてもチャレンジ。我々に守るものはない」と、この市場において攻めの姿勢をみせる。

だが、牙城を崩す切り口となるのは、やはり「動画」ということになろう。まずはこれが勝算につながるポイントだ。

激戦の高級ミラーレス市場は、「動画」が決め手に?

静止画だけで戦うのは、先行するニコン、キヤノンに比べても歩が悪い。多くのレンズ資産や顧客資産、運用資産をひっくり返すには、ハードルが高い。

しかし、動画となると話は別だ。ここは、まだまだ手つかずともいえる領域であり、ソニーもこの領域からデジカメ事業の拡大を図ろうとしている。

プロフェショナルの市場において、動画のニーズは拡大している。ハリウッドでGH5が受け入れられているのはその最たる例だ。また、静止画でビジネスをしているフォトグラファーが、動画撮影を行うビデオグラファーとして新たなビジネスに乗り出すといったケースが世界的に増えている。パナソニックのビジネス領域は、着実に生まれてくるはずだ。

また、オリンピックの公式放送機器として、最新技術を活用した映像システムを提供してきた実績は、パナソニックの動画の強みを裏づけるには十分すぎるものになる。

冒頭に触れたように、本間社長が、「パナソニックには、テレビを中心とした画像処理技術が蓄積されている。カメラメーカーとは違う積み上げで勝負をする」と語る理由もそこにある。

次いでポイントとなるのが、欧米市場でどれだけ認知を得られるかだ。

パナソニックも日本の企業であるが、それでも日本のカメラ市場という点でみれば、ニコン、キヤノンとのブランド力の差は歴然だ。だが、件のGH5の評価もあり、欧米では動画が得意なデジカメとして認知をすでに得ている。

本間社長も、「主戦場は米国、欧州になる。だからこそ、開発発表の場も、ドイツのフォトキナを選んだ」とする。

実はGH5も、ドイツのフォトキナで開発発表を行い、米国のCESで製品発表を行い、欧米でヒットしたという経緯がある。今回のSシリーズも、同じ流れを踏襲しているといえそうだ。

そうした意味では、欧米での評価が、その後の日本での展開に大きく影響することになるだろう。

そして、最後のポイントはサポート体制だ。プロフェッショナル向けにしっかりしたサポートを構築できるかどうかは重要なポイントになる。

ニコンやキヤノンは、全世界でプロフェッショナルをサポートする拠点を開設しており、オリンピックなどの大規模イベントでは、必ずといっていいほどプロフェッショナルカメラマンをサポートするエリアを設置している。そうした長年の取り組みが、プロフェッショナルカメラマンからの信頼につながっている。

本間社長は、「パナソニックは、40年以上、動画の世界で、世界中のプロフェッショナルをサポートしている。そうした実績をもとにしたサポートが可能になる」と自信をみせる。

だが、ビデオカメラのビジネスは、現在、コネクティッドソリューションズ社が行っており、デジカメのアプライアンス社とは別のカンパニーだ。これに対して、本間社長は、「すでに、国によっては、業務用映像装置と民生向けイメージング機器の部門が一緒になっているケースもある。また、アプライアンス社が放送機器もサポートしている国もある。連携体制によって、プロフェッショナルをサポートできる」と説明する。

技術、製品、サポートという点でも、映像分野での蓄積を活用することで、パナソニックは、新たなプロフェッショナル向けのデジカメを創出しようとしている。

これらがパナソニックのデジカメ戦略の軸になってくるといえそうだ。

パナソニックが、フルサイズミラーレスカメラ市場において、明確に強みを発揮できる領域は「動画」である。そして、それを切り口に静止画技術の高さも訴求していくという一手を打つことになる。

むしろ、これからは業界全体で「動画」が注目を集めることになるだろう。「動画」という強い武器を持つパナソニックのフルサイズミラーレスカメラは、我々が想像する以上に勝算が高いかもしれない。

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

2019.01.22

ラクマ売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が累計5億円に

同様のサービスを構想しているメルカリを先行する形に

楽天は1月21日、フリマアプリ「ラクマ」において、取引で発生した売上金のうちオンライン電子マネー「楽天キャッシュ」へチャージした累計額が2018年12月末に5億円を突破したと発表した。

ラクマでの売上金を楽天キャッシュへチャージする機能は、2018年7月より提供開始されている。チャージした電子マネーは、楽天会員向けのグループ各種サービスで利用できるほか、ローソンやファミリーマートなど「楽天ペイ」対応店舗での決済でも利用可能だ。

2017年8月1日から開始されたローソンでの支払いに続いて、2018年12月4日からはファミリーマートでも楽天ペイが使用できるようになった

同じくフリマアプリを展開するメルカリは、100%子会社「メルペイ」で同様のサービスを構想している段階であり、この分野においてはラクマが1歩先行する形になった。

現状、メルカリで得た売上金をメルカリ以外で使う場合は、一度口座に振り込む必要がある。また、売上金には180日という「振込申請期間」が設定されており、その期間中に「口座に振り込む」か、メルカリ内で使える「ポイントを購入」するか、選ばなければならない。ただし振込の場合、1万円未満だと210円の手数料が発生する(2018年1月21日時点)。ラクマの売上金チャージ機能と比較すると、どうしても見劣りしてしまうだろう。

ちなみに筆者もメルカリユーザー。現状、売上金が合計1万円に満たないため、振込手数料を発生させずに現金に換えるためには、あと1540円分の売り上げが必要になる (画像はメルカリアプリより)

しかし、少し古いデータではあるが、2018年5月31日のニールセン デジタルの発表によると、スマートフォンからの利用率の高いオークション/フリマサービスは、1位がYahoo! オークションで25%、2位がメルカリで23%、3位がラクマで11%であることがわかっており、同じフリマサービスであっても、ラクマの利用率はメルカリの半分であるのが現状だ。

メルカリのダウンロード数は2018年11月14日時点で7500万、ラクマが同年10月時点で1500万と、両サービスの普及率にも差があることからも、日本におけるフリマ市場のバランスがすぐにひっくり返ることはないだろう。

だが、ラクマが売上金をさまざまなサービスに使えるという実用性で、メルカリとの新たな差別化ポイントを生み出したことは、新規ユーザーの獲得に少なからず貢献しそうだ。

ラクマ売上金のチャージ額が5億円突破したことは、ユーザーの「アプリ内の売上金を別の場所で使いたい」というニーズの強さの証明ともいえよう。こうしたユーザー視点に立った機能の追加による消費体験の向上が、フリマ市場にどのような影響をもたらすのか、キャッシュレス決済市場への参入が期待される、メルカリの動向と合わせて注目したい。

1000字の描き直しを越えて ―ナール制作の舞台裏

最初の書体感覚をもち続けることのむずかしさ

写研で書体デザインの責任者を務めていた橋本和夫さんに衝撃を与えた書体、ナール。作者の中村征宏氏が第1回石井賞創作タイプフェイスコンテスト応募時に書いた設計意図は、次の通りだ。

〈縦組みの場合にも、横組みにも字間のバランスがムリなく一つの流れを持つことを念頭におき、ボディータイプとして、従来使用されなかった丸ゴシック系のタイプフェイスを試みた。字面をいっぱいに使い、文字のエレメントを強調し、細い線で構成することによりシンプルさを求めた。字面を大きく使うことが字間の問題に関連し、字間のバランス調整のための切り貼り、字詰めの工程を少しでも短縮することができるのではないかと思う。その結果、組み上がりにおいて、集合の調和が生まれるのではないかと思う。広告制作物などにおいて、コピーやサブ・タイトルなどに適するのではないかと考える。〉(*1)

中村征宏氏の著書『文字をつくる』(美術出版社、1977年)

1970年(昭和45)5月18日にコンテスト授賞式が開催されたのち、写研からの文字盤発売に向けて、同年8月ごろから本格的な書体制作が始まった。必要な文字数は漢字が約5400字、ひらがなとカタカナで約150字、アルファベット約100字、その他(約物、記号など)約200字で、合計約5800字だ。写研の監修を受けながら、原字はすべて中村氏が描いた。監修を担当したのは橋本さんである。

約5800字の原字を描くのは、想像以上に大変な作業だ。橋本さんは語る。

「コンテストに応募するときに描いていただくのは、漢字50字とひらがなカタカナ、そして記号の一部だけです。それを1枚のパネルに構成するので、文字構成としては、まとめやすい。ところが、文字盤化する際には約5800字を1文字1文字描くことになり、完成するまでの年月は2年はかかります。外部デザイナーの方と書体をつくるようになって、われわれが一番苦労したのは、“今月と来月では、仕上がってくる書体の雰囲気が変わってしまうことがある”ということでした」

「文字を増やす際に字種リストを渡すのですが、『何の文字をつくるか』を見るためのリストのはずが、長い間ながめているうちに、つくっている文字がリストの文字に似てきて、当初のデザインと雰囲気が異なってきてしまった。ナールは既成概念をくつがえす、突き抜けたデザインの丸ゴシック体だったはずなのに、描き進むうちに最初のデザイン思想から離れ、持ち味が失われるということが起きたのです」

原字を描き進めるうち、コンテストのオリジナルデザインから、いつのまにか特徴が変わってしまっていたのだ。そのままでは、まるで違う書体になってしまう。結局、途中で1000字分を描き直すことになった。

中村氏もこのことを振り返り、著書に〈人の感覚は徐々に変化するものには気づきにくいものですから、いつも最初の見本と照らし合わせながら書き進めることが大切です。このようなことは、太さだけのことではなく字形とか感覚面でも同じようなことがいえます。感覚もときがたつことによってどんどん変化するものですが、とくに最初の感覚は大切にしていきたいものです〉と書いている。(*2)

悩ましい文字

「もうひとつ、ナールを監修したなかで、ひどく悩んだことがありました。ナールは、字面いっぱいに真四角に描かれた書体です。たとえばひらがなの『り』は通常は縦長、『へ』は横長の形をしていますが、これらの文字すら、できる限り正方形に近づけて描かれている。ぼくが悩んだのは、『々』という漢字でした」

ナールでは、縦長の「り」、横長の「へ」も正方形にかなり近い

「時々」「常々」「佐々木」など、同じ漢字を繰り返すことを表すときに用いられる「々」の字だ。

「常識的にいえば、この字は他の漢字よりも小さく描きます。では、通常は縦長、横長など固有の形をもつひらがなですら正方形に近づけているナールでは、どういう大きさにすればよいのか? 最初は『々』も他の漢字と同じ大きさで、真四角にするのがよいと思ったのですが、いざつくってみると、やはり少しは他の漢字より小さくしなければ『々』に見えないとわかりました」

「他の書体をつくるときにも『々』をどういう大きさにするか、いつも考えるのですが、ナールのときにはとりわけ悩んだものでした」

また、こうした試行錯誤を経て、「文字を図形化する際も、かなと漢字の使い方に意味のあることをあらためて認識しました」という。

新聞雑誌、広告から、道路標識まで

途中で1000字の描き直しなどがあったものの、コンテストから2年後の1972年(昭和47)、ナールは写研写植機用の文字盤として発売された。書体名は、「中村」の “ナ” と、丸みを表す言葉である「ラウンド」の頭文字 “R” をとって「ナール」とつけられた。(*3)さらに、ナールと組み合わせて使うことを想定した中太の「ナールD」の文字盤も1973年(昭和48)に発売された。

ナールD(上)とナール(下)

中村氏はコンテスト応募当時、ナールを本文書体と考えていたが、いざ発売されてみると、広告や雑誌、新聞などの見出しなどに使うディスプレイ書体として大人気となった。ポスターや広告のキャッチフレーズ、テレビの字幕、道路標識などに幅広く使われ、一世を風靡した。

「タイポスによってデザイナーのつくる書体が注目され、少女たちが丸文字を書くようになっていく流れのなかで登場したナールは、『時代に乗った』ともいえますが、むしろ『時代をつくった』書体といえるでしょう。写植の文字はナールの登場によって、それまで職人が手描きしていたレタリング文字の分野に浸透していった。“新書体ブーム”の幕開けでした。そうして写植の機械は、単に文字を印字するだけでなく、多彩なディスプレイ書体によって雑誌や広告にファッション性を生み出す手段のひとつとして、とらえられるようになっていったのです」

(つづく)

(注)
*1:中村征宏『文字をつくる』(美術出版社、1977年)P.80
*2:同書 P.21
*3:『文字に生きる〈写研五〇年の歩み〉』(写研、1975年)P.127

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

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