なぜ自動車メーカーは旧車の取り扱いに力を入れるのか

森口将之のカーデザイン解体新書 第4回

なぜ自動車メーカーは旧車の取り扱いに力を入れるのか

2018.10.01

「日産ヘリテージコレクション」を取材

名車に歴史あり、日産のクルマに多種多様なルーツ

自動車メーカーのブランド発信には欠かせない過去の遺産

近年、自動車メーカーがヒストリックカーの取り扱いに積極的になりつつある。新車の開発、生産、販売を本業とするメーカーがなぜ、旧いクルマに力を入れ始めているのか。日産自動車が神奈川県座間市で公開している「日産ヘリテージコレクション」を取材したのを機に考えてみた。

神奈川県座間市にある「日産ヘリテージコレクション」では、常時約300台の車両を展示している(※編集部より:本稿では同施設で撮影したクルマの画像も合わせて紹介していきます)

ひっそりと引退していくクルマ達

この原稿を書いているのは、安室奈美恵さんが引退前の最後のステージを、生まれ故郷の沖縄県で終えた直後。全国各地から多くのファンが沖縄に向かい、別れを惜しむ様子がニュースで報じられていた。

モビリティの分野でも別れを惜しむシーンは見られる。代表的なのは鉄道で、長年走り続けてきた車両の引退や路線の廃止ともなれば、駅のホームは多くの人であふれ、沿線にはカメラを構えたファンが並ぶ。こうした状況を理解して、鉄道会社も「さよなら運転」などのセレモニーを催すのが一般的になった。

でも、自動車業界ではほとんど、このような催しを見ることがない。「ファイナルエディション」など、生産終了を記念(?)した限定車を出すぐらいで、ほとんどのクルマはひっそりと生涯を終えていく。

クルマの引退セレモニーというのはあまり聞かない(画像は1991年発売の「フィガロ」)

過去に目を向けることに意味はあるのか

自動車の中でもとりわけ乗用車は、移動のための道具というだけでなく、デザインや走りを楽しむ商品という側面も持つ。この点では、ファッションに近い部分があると思っている。

そのためメーカーは、ユーザーに買ってもらうために、デザインやテクノロジーで新しさをアピールする。そのためにモデルチェンジを行う。当然ながらメーカーは、最新が最良という考えで開発しているから、旧型にスポットを当ててこなかったのも無理はない。

しかし、モデルチェンジごとの進化ではなく、ひとつのブランドというスケールで見ると、過去に目を向けることにも重要な意味があると思えてくる。

最先端のクルマにも注目すべきだが、そのルーツに目を向けてみる必要もあるだろう(画像は1966年発売の「サニー 1000 4ドアデラックス」)

レースでの勝利がスカイラインを育てた

例えば日産自動車には、50年以上にわたり作り続けている「スカイライン」という車種があるが、ロングセラーの理由として、1960年代終わりから70年代はじめにかけての3代目「C10型 2000GT-R」、1990年代前半の8代目「R32型 GT-R」などがレースで発揮した圧倒的な強さがあったのは間違いない。

これは1970年発売の「スカイライン ハードトップ 2000GT-R」(KPGC10型)

自分たちの愛車と基本的には同じクルマがレースで連戦連勝する。その戦績は、オーナーにとって誇りになるはずだ。GT-Rはその後、独立した車種になったけれど、ルーツがスカイラインにあることは疑いのない事実。スカイラインというブランドの根強い人気は、過去の名車たちによって支えられている部分もある。

ちなみに、これが現在の「GT-R」だ(横浜の日産グローバル本社で編集部撮影)

これはスカイラインに限ったエピソードではなく、フェラーリやポルシェにも通じる話である。レースやラリーに出ていない実用車でも、多くのユーザーが日常的な使用によって導き出した高い評価が積み重なり、同様の伝説になっていった。確かに新型モデルは、旧型より性能面で優れているが、長い目で見れば、1台1台の蓄積が今日のブランドを作る上で大きな役割を果たしているのだ。以前も書いたように、文化として認識すべき存在なのである。

ゆえに、欧米の自動車ブランドは昔から、過去の名車を展示するミュージアムを用意してきた。そして日本でも、1980年代後半あたりから「トヨタ博物館」や「ホンダコレクションホール」などの開館が続いた。こういった施設は館内を自由に見学できるだけでなく、以前の記事で紹介した「AUTOMOBILE COUNCIL」などのイベント時には、数台を出張展示し、走行を披露することもある。

「ダットサン」と「フェアレディ」に込められた意味

ただし日産は少し前まで、トヨタやホンダなどとは異なる姿勢を取っていた。

同社でも以前から、1933年の創業当初から現在に至る歴代の市販車やレーシングカー・ラリーカーなど約400台を「日産ヘリテージコレクション」として収蔵し、うち約300台を庫内に並べていたのだが、それをトヨタ自動車やホンダのように博物館として運営してはいなかった。収蔵車の一部をイベントなどで見られることはあったが、当初は一般公開していなかったのだ。

現在の日産ヘリテージコレクション

その場所は、1990年代まで座間工場として車両の生産を行い、現在は新型車の量産試作と生産技術の企画製作を担当するかたわら、電気自動車のモーターやインバータの開発、リチウムイオンバッテリーの開発・生産を行う座間事業所である。

その施設を日産は、2013年から一般公開している。事前の申し込みが必要になるが、入場無料というのはうれしい。

見学はインターネットで申し込むことができる

今回は、この日産ヘリテージコレクションを取材したのだが、改めて思ったのは、日産が多様なルーツを持ち、注目すべきポイントの多いメーカーであるということだ。ネーミングひとつを取っても、そう感じる。

日産は創業時から第2次世界大戦後の1950年代まで、「ダットサン」という乗用車を主力としていた。この名前、日産のルーツのひとつである快進社自働車工場が1914年に生み出した自動車に起源がある。そのクルマとは、3人の出資者の頭文字を取った「ダット」(DAT)だ。このダットには、「脱兎のごとく」速いという意味も含ませていた。

1935年発売の「ダットサン 14型ロードスター」

その後、快進社自働車工場が実用自動車製造や戸畑鋳物などと合併し、日産の母体を形成していく中で、ダットの息子ということで「ダットソン」(DATSON)というクルマを1931年に生み出す。しかし、「ソン」は「損」につながるということから、翌年には「ダットサン」とし、この名前を長きにわたり使っていくことになる。「ブルーバード」や「サニー」も、当初はダットサンブランドだった。

1956年発売の「ダットサン セダン」

ダットサンには1950年代からスポーツカーもあったのだが、時代を考えればかなり先進的で、台数は出なかった。そこで、イメージアップを図るべく日産は、当時の社長が観劇したミュージカル「マイ・フェア・レディ」にちなんで、「フェアレディ」という車名を与えたのだという。

1961年発売の「ダットサン フェアレディ」

これが「フェアレディZ」に発展することは説明するまでもないだろう。それまでオープンカーだったフェアレディがZでクーペになったのは、メインマーケットの北米で、安全かつ快適なスポーツカーが望まれていたからだった。デザインの変遷には当時の世相も反映されていることが分かる。

1969年発売の「フェアレディZ 432」(PS30型)

スカイラインを生んだもうひとつの会社

一方、さきほど例に出したスカイラインは、プリンス自動車工業という、もうひとつの自動車会社から生まれている。プリンスは第2次大戦中に軍用機を製作していた立川飛行機が母体で、戦後は自動車作りに転身。日産の電気自動車「リーフ」のルーツとも言える「たま電気自動車」を世の中に送り出したメーカーでもある。その後、やはり航空機会社がルーツでエンジン設計に長けた富士精密工業と合併し、1957年に作り出したのが初代「スカイライン」だった。

これは初代「スカイライン」の排気量を上げた「1900 デラックス」(BLSID-3型)というモデル

プリンス・スカイラインは2代目で高性能エンジンを積んだ「2000GT」を追加し、1963年のレースでポルシェと互角の戦いを演じるなど、日本を代表する高性能車として名を馳せた。これがGT-Rへとつながっていくのである。

プリンスは技術主導のブランドだったがゆえに経営面は厳しく、1966年に日産と合併した。しかし、旧プリンスの開発拠点はその後しばらく存続し、日産初の前輪駆動車「チェリー」やその流れを汲む「マーチ」、国産ミニバンのパイオニアといえる「プレーリー」などを生んだ。これらのデザインがブルーバードやサニーとはひと味違うことも、日産ヘリテージコレクションに行けば理解できる。

1984年発売の「プレーリー」

海外から技術やデザインを積極的に取り入れたのも日産の特徴だ。第2次大戦直後、敗戦によって欧米と差が開いた技術水準を埋めるべく英国BMC社の「オースチンA40・A50」をノックダウン生産すると、1960年代はブルーバードや「セドリック」のデザインをイタリアの名門デザインスタジオ「ピニンファリーナ」に依頼した。しかし、1970年代になると一転して、スカイラインや「バイオレット」などに当時の米国車を思わせるフォルムを採用していった。

1973年発売の「バイオレット」

こうした経緯があり、現在はルノーや三菱自動車工業とアライアンスを組んでいる日産の歴史は、日本の自動車ブランドでは複雑な方かもしれない。しかし、日産ヘリテージコレクションに足を運べば、こうしたヒストリーを追いつつ、ブランドへの理解を深めることができるだろう。その意味でも、ヒストリックカーを見せることは、自動車メーカーにとって価値ある取り組みだと思っている。

「コミケ有料化」の経緯と“DB”の哲学

カレー沢薫の時流漂流 第20回

「コミケ有料化」の経緯と“DB”の哲学

2018.12.17

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第20回は、盆暮れにやってくるオタクの祭典「コミケ」の有料化について

来年の話になるが、2019年からコミケことコミックマーケットが有料化するそうだ。

このニュース、「ガタッ」と席を立った人と興味ゼロな人、真っ二つだと思う。私だって「渋谷ハロウィン有料化」と言われたら、「別にいいんじゃないすか、知らんけど」と答えるだろう。

コミケの「入場料」、参加者の反応は

まずコミケとは同人誌即売会の事である。よく知らない人からすれば、アニメや漫画のキャラクターを使った破廉恥極まる漫画、すなわちDB(ドスケベブック)が並んでいる場所というイメージがあるかもしれないが、その印象はまったく間違っていない。

しかしDJB(ドスケベじゃないブック)もあるし、手作りのグッズやアクセサリーを売っている人もいる。また企業の参加も多く、もはや、どんたくやねぶたに並ぶ大きな「祭」と言っていいだろう。

そのコミケだが、東京オリンピックの影響を受けて、長らく会場として使っていた東京ビッグサイトが使えなくなり、中止になるのではという噂があった。結局、中止されることはなかったが、東京ビッグサイトと青海展示場の2か所を会場とし、期間を4日にして開催される予定のようだ(従来は3日)。

しかし、従来のコミケより規模を縮小することには変わりなく、収益は例年より減るのに、警備費などの費用がいつもよりかかると予想されており、DBなどを売る側である「サークル」から徴収する「サークル参加料」だけでは採算がとれないので、買う側である一般入場者側からも金をとることにしたようだ。

これに関しては概ね「仕方ない」という反応が多いそうだ。虎穴に入らずんば虎児を得ずと同じように、入場料を払わなければDBを得られないと言われれば払うしかない。また、そうしないとコミケ自体が成り立たないと言うなら、参加者として協力せざるを得ないだろう。

だが、オタクが金を惜しまないのはあくまでDBもしくはDJB本体に対してだけだ。DBを買う時に「値札を見る」というのは「集中力に欠ける」としか言いようがない。表紙の破廉恥極まる推しの姿以外が視界に入るようではまだ青い。

また、同人誌即売会で売られる本というのは「数に限りがある」。よって目当ての本というのは「買えるか買えないか」でしかなく、「いくらか」は関係ない。

たとえページ数に対し割高な値段であろうとも、どうせ明日には転売野郎が同じ商品を法外な値段でオークションに出すのだ。それだったら相場の何倍だろうが、「目が眩むほど推しを破廉恥に描いてくださったご本人」の懐に入ってくれた方がありがたい。むしろその金を元手にもっと描いて欲しい。

別の例で言えば、ライブのチケットでも、まずチケットが取れたことが嬉しく、チケット代がいつもより安いとか高いとかはあまり考えないだろう。しかしイープラスなどに払う「手数料」までどうでも良いかというと、「てめえはダメだ」という人も多いのではないか。

コミケも、その入場料でDBが1、2冊多く買えたと思えば、惜しいと感じなくもない。そのため、コミケ有料化自体は容認しても、それを引き起こした東京五輪に対して怨嗟の声をあげている者はいるようだ。

門外漢からすれば「どう考えても東京五輪の方が重要じゃないか」と思うかもしれないが、これは「野球中継でDB(ドラゴンボール)が見られない」のと同じことなのだ。野球という名の東京五輪に興味がない者にとっては、そのせいでDB(ドラゴンボール)という名のDB(ドスケベブック)が買えないとなると、東京五輪を苦々しく思わずにはいられない。

DBとDJBの境界線

だが有料化によるメリットもあるようで、特に「年齢確認が楽になる」といわれている。

当然だが、DBは18歳未満には売ってはいけない。よって、販売時には身分証明書を提示するというのが一応の決まりになっているが、混雑時に一人ひとり確認するのは手間だし、だからと言って確認せず18歳未満に売ってしまったら、売った方が怒られる。

2019年開催のコミケでは、入場料を払った時点で入場者にはリストバンドが渡され、それが2会場の入場券の代わりになる。入場料支払い時点で年齢確認を行い、リストバンドの色などで18歳以上か未満かわかるようにすれば、いちいち売り場で確認しなくても済む。

この18歳以上を示すリストバンドは、私もコミケじゃない同人誌即売会で利用したことがある。入場料を払う時ではなく、入場待機しているところに係の人が回ってきて、「18禁本を買う予定の18歳以上の方は挙手してください」というシステムだった。

「我々はスポーツマンシップに則りエロ本を買います」と選手宣誓をしろということになるが、同人誌即売会に来ておいてDBを買うことを隠したいというのは、ヌーディストビーチに来ておいて「脱がなきゃダメ? 」と言っているようなものだ。

続々と手があがり、その場で免許証などによる年齢確認が行われ、確認が済んだ者には「エロ本買えますリストバンド」が渡された。これは売り場での年齢確認制より格段にスムーズであり、1分1秒を争う会場内では実に便利であった。

コミケでなくても、「ゾーニング」は大きな問題となっている。有料化と2会場化を機に、DBとDJBの線引きがさらに厳格化していくのかもしれない。

なぜTBSラジオは「スペシャルウィーク」をやめるのか

なぜTBSラジオは「スペシャルウィーク」をやめるのか

2018.12.17

聴取率争いに自ら終止符? TBSラジオの決断

ラジコの普及で重要性を増すリアルタイムの聴取者数

「ノンリスナーのリスナー化」がラジオ業界の至上命題

TBSラジオが「スペシャルウィーク」をやめる――。11月29日(木)深夜の「木曜JUNK おぎやはぎのメガネびいき」(毎週木曜深夜25時からTBSラジオで生放送)でこの件が話題になった時は、初耳だったので驚いた。なぜ、こういう決断に至ったのか。TBSラジオのスペシャルウィークは今後、どうなるのか。TBSラジオの三村孝成社長に聞いた話も交えてお伝えしたい。

TBSラジオは12月8日(土)、AM波を送信している戸田送信所(埼玉県戸田市)の使用電力を再生可能エネルギーに切り替え、「ナイツのちゃきちゃき大放送」(毎週土曜日、朝9時から午後1時までの生ワイド番組)内でセレモニーを実施。この機会を捉え、TBSラジオの三村社長(左端)に話を聞いた

ラジオの「スペシャルウィーク」とは何か

本題に入る前に、まず、ラジオのスペシャルウィークとは何かをおさらいしておきたい。

スペシャルウィークと密接に関係するのがラジオの「聴取率」だ。これはビデオリサーチという会社が調べているもので、調査は首都圏、関西圏、中京圏の3カ所でアンケートを実施して行う。

そのうち、首都圏の調査を取り上げて中身を詳しく見ていきたい。まず、調査の対象エリアは東京駅を中心とする半径35キロ圏内となっている。対象者は12歳~69歳の男女個人、標本数はおよそ3,000人。調査回数は1年に6回(偶数月)で、その調査月のうち1週間を「聴取率調査週間」に設定し、「その期間中にラジオを聴いたか」「どんな番組を聴いたか」といったことをアンケートで調べて聴取率を算出する。

つまり、ラジオの聴取率というのは、首都圏でいえば、年に6回の「聴取率調査週間」の間に、アンケート調査を受けた人が、ラジオを聴いていたかどうかによって決まる。1分ごとの数字をはじき出すテレビの「視聴率」とは、かなり性格の違う指標だということが分かる。

こういう調査方法であることから、ラジオ局は聴取率調査週間に合わせて、通常放送とは違う企画、通常放送とは違うパーソナリティーの起用、リスナーへのプレゼント企画、豪華ゲストの起用といった特別な施策を実施する。これがスペシャルウィークだ。

約150mのアンテナがそびえ立つTBSラジオ戸田送信所。1,900万戸にAM波を届けるTBSラジオの基幹送信所で、使用電力は月間11万キロワットだ。再生可能エネルギーは「みんな電力株式会社」が供給する。電力は新潟県上越市の小規模水力発電施設などから調達する

ラジオ局によって呼称は異なるかもしれないが、聴取率調査週間をスペシャルウィークと位置づけ、特別なキャンペーンを展開したり、番組の内容を変えたりする手法は業界では一般的だ。

そんな中、TBSラジオは、この調査期間をスペシャルウィークと呼称することをやめると宣言した。その期間中に、局を挙げて特別なキャンペーンを打つことも、今後はしないという。つまり、聴取率を上げるために調査週間を狙って特別企画を展開するのはやめて、今後は時期を自ら考えて特別な取り組みを行うという態度を鮮明にしたのだ。

なぜ、こういう決断をしたのか。TBSラジオは17年4カ月の間、聴取率で業界トップを走り続けているにも関わらずだ。

聴取率トップでも放送収入が上がらない現状

決断の背景として、まず注目したいのは、聴取率で業界トップのTBSラジオでさえ放送収入が上がっていないというラジオ業界の現状だ。業界全体で見ても、広告収入は25年間、ずっと下がり続けている。

それに、ラジオの聴取率も過去に比べれば低迷している。前述したビデオリサーチの調査によれば、2018年10月の首都圏の「全局個人聴取率」(12~69歳、男女、週平均)は5.2%。この数字、1990年代には9%くらいあったそうだ。

スペシャルウィークに注力した結果、聴取率で業界トップに輝いたとしても、収入は上がらないし、ラジオを聞く人も増えない。それならば、慣習に固執する必要もない。これがTBSラジオの判断なのだろう。

確かに、普段はラジオを聴かない人(ノンリスナー)が、スペシャルウィークをきっかけに聴くように(リスナーに)なるかどうかは疑問だ。

もとからのラジオリスナーであれば、何らかの特別企画やキャンペーンに興味を持った時、ラジオをつけるなり「ラジコ」(radiko、スマホアプリやPCでラジオが聴ける)を使うなりして、番組を聴くかもしれない。しかし、ノンリスナーであり、ラジオの受信デバイスすら持っていないような人たちが、これを機にラジオをわざわざ買うかどうかは微妙だ。ラジコならハードルは低そうだが、三村社長は「今の時代って、アプリをダウンロードしてもらうのもすごく大変じゃないですか」と話す。

キャンペーンは時期が大事! 今後のTBSラジオは独自展開

スペシャルウィークに他局と足並みをそろえ、聴取率争いのために力を使うのではなく、ノンリスナーをリスナー化するために知恵を絞りたい。それがTBSラジオの考えらしい。

ラジオ業界の至上命題は「ノンリスナーのリスナー化」と語ったTBSラジオの三村社長

特別なキャンペーンを展開するにしても、聴取率調査週間より効果的なタイミングは確かにあるかもしれない。三村社長の考えはこうだ。

「ラジオを聴かなくなる理由には、例えば引越しや転勤などがあります。住む場所が変わって好きな番組が聴けなくなったり、ライフスタイルが変わってしまったりして、聴かなくなるパターンです。例えば、大学生で時間に余裕のあった人が、社会人になるとか。引越しとかライフスタイルの変化が多い時期というのは、ある程度は決まっていますから、そういう時にこそ、キャンペーンを張るという方法はあるのかなと思っています」

つまり、聴取率調査週間を気にしなければ、キャンペーンや特別企画が流動的に実施できるということだ。例えば、3月は奇数月で聴取率調査はないが、ノンリスナーに訴求するには適した時期かもしれない。

また、特別企画や豪華ゲスト起用のタイミングは個別の番組で決めてもいい。「私も、企画をやっちゃいけないといっているわけではないんですよ(笑)。効果が出そうな時に、どんどん企画をやってもらいたい。それが、たまたま聴取率調査週間なのであれば、その時にやってもいいわけだし」というのが三村社長の考えだ。

TBSラジオは機を見て特別企画を仕掛ける流動性を手に入れた

TBSラジオはスペシャルウィークだけを特別視するのではなく、「毎日がスペシャル」の気持ちで通常放送に取り組みつつ、ノンリスナーをリスナー化するための施策を打ち出していく。そういう方針を明確にしたわけだ。

重視するのは「ラジコ」のリアルタイム情報

とはいえ、聴取率はラジオ局にとって、ほぼ唯一の指標だったはずだ。これからTBSラジオは、何を参考にして番組づくりに取り組むのか。三村社長はラジコのデータを重要視する。

「聴取率を調査する目的は2つあって、1つは番組編成を考えるのに使うマーケティングデータを得るためです。番組の編成が、ちゃんと効果を出しているかどうか、リスナーに受け入れられているかどうか、それぞれの番組の企画や演出が、リスナーに評価されているかどうか。それらを測る指標が聴取率でした」

「ただ、その点に関しては、マーケティングデータといいながら、52週(1年間)のうち6週間しか調査していない数字ですし、調査週から約1カ月遅れて結果が分かるというのが実情でした。一方、ラジコのデータは毎日、リアルタイムで確認することができます」

おそらく、世の中でラジオを聴いている人の割合でいえば、ラジコよりもラジオ受信機を使っている人の方がまだまだ多い。しかし、ラジコであればラジオ局側は、リアルタイムでリスナーの実数が把握できる。このデータの方が、マーケティングデータとしては有用だと判断したようだ。

「もう、ラジコも始まって9年目です。ラジコの数字が動けば、聴取率も動くというのは体感しています。ラジコの聴取人数が増えれば、基本的には聴取率も上がるんです」

ラジコで毎日、リアルタイムで聴取人数が把握できて、そのデータを重視するというのであれば、スペシャルウィークに的を絞った番組づくりをしていていいはずがない。通常放送がいかに面白く、リスナーをひきつけているかの方がはるかに重要になる。実際のところ、TBSラジオの番組製作陣も、すでにラジコの数字を参考にしているらしい。

ラジコの聴取人数と聴取率はほぼ連動しているというのがTBSラジオの読みだ

聴取率を測るもう1つの目的は、営業データとして利用するためだという。

「分かりやすくいうと、広告主が宣伝費を出しますよね、その費用対効果を測るために聴取率を使うんです。これはテレビの視聴率と似ています。この点については今後、今のままでいいのかどうか、業界で議論していこうと思ってます」

リスナーの奪い合いはもはや無意味?

スペシャルウィークをやめるというTBSラジオの決断には、賛否両論があるかもしれない。しかし、スペシャルウィークで各局がゲストの豪華さや企画の面白さを競い合い、ライバル局のリスナーを奪い合うという従来の構図だと、既存のラジオリスナーが各局の間を移動するだけで、新規リスナーの数は増えないのだとすれば、納得できる部分は大いにある。

また、ラジオ局同士が聴取率争いをする必然性は、ラジコで「タイムフリー」というサービスが始まった今、かなり薄れているような気もする。この機能を使うと、全てのラジオ番組を、放送後1週間以内であれば、後からさかのぼって聴くことができるからだ。

例えば、放送時間が重なっているTBSラジオの「JUNK」とニッポン放送の「オールナイトニッポン」を両方とも聴くことは、今となってはとても簡単なことだ。録音機材を用意する必要すらない。どちらかをリアルタイムで聴いて、もう一方を後からタイムフリーで聴いてもいいし、どちらもタイムフリーで後から聴いたって問題ないわけだ。この点を踏まえると、もはやラジオ業界には、「裏番組」という概念すらなくなっているようにも思えてくる。

なぜ業界トップのTBSラジオが率先して変わるのか

TBSラジオは長年の間、聴取率で業界トップを走ってきたリーディングカンパニーだ。そのTBSラジオが、「スペシャルウィークをやめる」「ナイター中継をやめ、同時間帯を通常の番組(新番組を含む)に充てる」「ポッドキャスト配信TBSラジオクラウドでの配信に切り替える」など、率先して新しいことに挑戦するのはなぜなのか。賛否両論があるのは分かりきっているにも関わらず、こういった決断をできる理由が知りたかったので、三村社長に聞いてみた。

「前任の入江(TBSラジオの前の社長で、現在は会長の入江清彦さん)の時から、数々の改革をスタートさせていました。改革といっても、単に変えればいいという話ではなくて、一番の目的は新規リスナーを獲得することであり、パイ(ラジオリスナー自体の数)を大きくすることです。そのためには、リーディングカンパニーが率先して変わらなければ、業界も変わらないと思うんです」

「(パイが大きくなった時に)TBSラジオだけを聞く人が増えるということはありません。ラジオ受信機もラジコも、コミュニティFMをのぞけば、NHKを含め全ての局が聴けるわけですから。ラジオメディアそのものとして、ノンリスナーをリスナー化するのが最も大事なことですし、メディアビジネスとしては、自分達だけ得をしようというのはありえません。ただ、パイが大きくなれば、シェアが変わらなかったとしても、結果としてTBSラジオリスナーは増えますよね」

ノンリスナーのリスナー化は難題だが、これを成し遂げられなければラジオ業界に明るい未来はない。これを成し遂げるため、TBSラジオは挑戦するし、変わってもいくということなのだろう。

賛否両論が予想される決断を率先して下すのは、TBSラジオにリーティングカンパニーとしての自負があるからだ

最後に、リスナーとして気になるのは、TBSラジオのスペシャルウィークで楽しみにしていた各番組の特別企画が、今後、聴けなくなる(あるいは、頻度が少なくなる)のではないか、という点だ。この懸念をぶつけてみると、TBSラジオ編成局の野上知弘さんからは「これまでもそうだったんですけど、いいゲストはいつでも入れればいいということなんです」との答えが返ってきた。年に6回かどうかは別にしても、特別な企画やゲストの起用は今後も続くとみて間違いなさそうだ。

ちなみに、2018年12月10日~16日までの聴取率調査週間で、他局がスペシャルウィークを展開する中、TBSラジオの各番組はどんな放送を行っていたのだろうか。自分が聴いた番組のごく一部を振り返ってみると、例えば「火曜JUNK 爆笑問題カーボーイ」(毎週火曜日、深夜25時~27時)には漫才コンビのミキが、「水曜JUNK 山里亮太の不毛な議論」(毎週水曜日、深夜25時~27時)には相方のしずちゃんがそれぞれ出演していた。これらの番組は、「スペシャルウィーク」という言葉こそ使っていなかったものの、普段とは一味違う内容になっていた。

「月曜JUNK 伊集院光 深夜の馬鹿力」(毎週月曜日、深夜25時~27時)は従来(少なくともここ10年くらいは)、スペシャルウィークでも通常放送(フリートークとレギュラーコーナー)を行うスタンスを貫いてきたが、今回の発表を受け、12月10日の放送では冒頭にラジオコントを放送。その後は2018年のフリートークを振り返る「特別企画」を実施した。なんとも伊集院さんらしい対応だ。番組の最後に伊集院さんは、スペシャルウィークをやめるというTBSラジオの決定について「基本的には賛成」との考えを示していた。

「メガネびいき」では従来、12月のスペシャルウィークに実施していた毎年恒例の企画「ダイナマイトエクスタシー」を12月20日(木)に放送すると発表している。こちらは、聴取率調査週間とは時期をずらして特別な企画を打つという点で、新しい取り組みだといえるだろう。

もちろん、これらのTBSラジオの番組は、放送後1週間以内であればラジコのタイムフリーで後からさかのぼって聴ける。世界の主要メディアも注目しているとか、していないとかいう噂のダイナマイトエクスタシーは、今週木曜日の深夜に開催の運びとなる。