クラウドファンディングは「1万人超の製作委員会」海外が求める日本アニメへの挑戦

クラウドファンディングは「1万人超の製作委員会」海外が求める日本アニメへの挑戦

2018.09.20

近年、海外で「日本のアニメ」の需要が高まっている

いち早く海外需要を意識して作られた「UNDER THE DOG」

「1万3000人の製作委員会」が生んだこの作品の「お金の話」を激白

日本独自の文化・産業として、「アニメ」の存在感が高まる昨今。産業面は好調な一方、従事するクリエイターの賃金や収益構造が問題視されており、消費者、つまりアニメファンが「お金の動き」に注目している度合いは高い。

クラウドファンディングで資金を集めて2015年に本編を公開、2018年に入って劇場版も展開した「UNDER THE DOG(アンダーザドッグ)」は、そうした「お金の動き」が既存のアニメとは異なる事例として象徴的だ。

国内のTVアニメの製作費用は、複数の企業が予算を持ち寄って企画を立ち上げる「製作委員会方式」によって捻出されている。消費者が直接作品に寄付をするクラウドファンディングは、こうした既存の資金構造とは真逆とも言える。

アニメファンの側からすれば一見すると理想的にみえる"民主的な製作フロー"は、実際のところ、クリエイティブの現場にどのような作用を与えたのだろうか?

今回は、ポップカルチャーとテクノロジーのイベント「YouGoEX」にて行われたアニメカンファレンス「世界から見た日本のアニメの潮流とKickstarterではじめて成功した日本アニメ『UNDER THE DOG』のレポートをお届けする。

世界に広がる「日本アニメ」

同カンファレンスは、CiP協議会が連続開催しているうちのひとつで、YouGoEXとコラボレーションして開催されたもの。冒頭は、モデレーターを務めたジャーナリストの数土直志氏が、海外でも広がりを見せる日本のアニメ産業の現状を解説した。「UNDER THE DOG」は、「アメリカの視聴者をターゲットにした日本アニメ」だからだ。

日本アニメの産業規模は、ここ7年ほど右肩上がりの成長を見せている。これは舞台、声優などアニメ周辺産業が広がっていること、海外での需要拡大が要因にあるという。アニメ産業市場のうち35%は海外市場における売り上げだ。

海外における日本アニメ市場の推移

2005~2006年ごろ、海外ではアニメの海賊版ソフトが横行するなどの逆風が吹いたが、現在はネット配信が普及。特にアメリカ、中国では正規配信が進み、国内同日配信により、日本との時差なく日本アニメを体験できるようになった。

かつて”巨大なニッチジャンル”と言われていた日本アニメだが、数土氏は「海外でアニメを消費する人々からみても、すでに日本アニメはメインカルチャーに入っている」とコメント。2000年代に急拡大したアニメコンベンションは全世界で開催されており、特に大規模なアニメエキスポ(米国)では延べ動員35万人という巨大イベントとなっている。 

また、サンライズとハリウッドの協業によるハリウッド版ガンダムの製作、「君の名は。」のコミックスウェーブフィルムが中国の企業と協業したアニメ映画「詩季織々」など、国内の制作会社が海外のオファーを受けた取り組みが目立つようになってきたことに触れた。

こうした拡大傾向は好ましい一方で、アメリカなど国外においても、日本アニメのスタイルが生み出せるようになってきていることを指摘。ここに日本企業がどう関わるかが重要になると語った。

さて、日本アニメのテイストが海外において求められている潮流を、「UNDER THE DOG」のプロジェクトではどう利用していったのだろうか。

アメリカで求められる「日本アニメ」を狙った

ここで、「UNDER THE DOG」の発起人のひとりであるゲームデザイナー/原作・脚本家のイシイジロウ氏と、同プロジェクトの運営に携わったプロデューサー・片岡義朗氏にバトンが渡った。

イシイジロウ氏(ゲームデザイナー/原作・脚本家/映画監督) チュンソフト、レベルファイブにおいて主にADVのシナリオ監督プロデュースを務めた後2014年に独立。2015年に起業(ストーリーテリング社)。「モンスターストライク」(3DS・アニメ)やTVアニメ「ブブキ・ブランキ」(2016)、実写映画「女流棋士の春」など。

まず、「UNDER THE DOG」は、先に数土氏が解説したような海外との協業企画ではなく、国内発・国内制作の企画だった。近年、Netflixが出資した「日本アニメ」が製作されているが、こうした流れが起こる前に、インディーズで作られたものだ。

この企画が動き出した2014年ごろ、アメリカには「見たいと思える日本アニメがなかった」という人が多かった、とイシイ氏。当時の日本ではいわゆる「ハーレムもの」や「日常もの」など、若い女性が多く登場する作品が百花繚乱となっていた一方、アメリカで好まれるのは「AKIRA」「攻殻機動隊」など90年代に作られたコアな作品で、ニーズが満たされていなかったのだ。

彼らが見たい「90年代のアニメ」をぶつける。そうした狙いで、「UNDER THE DOG」は始まった。

折しも、Kickstarterをはじめ、クラウドファンディングがあらたな収益方法として話題になっていた2000年初頭。ゲーム業界では、インディーズゲームの開発プロジェクトなどが多く見られたが、イシイ氏はレベルファイブ在籍中だったためゲームを職務外で作ることは叶わず、90年代に作ったアニメの企画が成就せず残っていたことも状況と合致した。

ただ、発案当時は斬新だった「銃と少女」の組み合わせも、同ジャンルの作品が多く生まれたことで陳腐化しつつあった。そこで、無敵の女の子が活躍するストーリーではなく、彼女たちを「90年代のシビアな世界に置いてみたらどうなるか」と、ストーリーを現代にそって調整した。

高額寄付が一点赤字に、誤算と反省

片岡嘉朗氏(プロデューサー/コントラ代表)

ここからは、片岡氏による「お金の話」に移る。クラウドファンディングは、募集期間を1カ月、58万ドル(約6500万円)集まれば成功という目標設定でスタート。しかしフタを開けて見れば、追加販売分を含めて91万ドル(約1億円)もの金額が集まった。支援者の数は1万3000人程度、92%が外国人で、日本人はわずか8%だった。コンテンツの狙い通り、「海外の日本アニメファン」に支持された。

ここまで見れば大成功…だが、最終的な収支は「数千万円の赤字」。制作費は想定の10%程度の予算超過で、これは現場の頑張りとしてはありうる超過といえるとのこと。だが、ビジネスの部分で想定外の費用が膨らんで寄付収入を上回ってしまい、結果的に著作権を持つことになったアニメ制作のキネマシトラスが、それを引き受けることになってしまった。

イシイ氏は、安藤真裕監督、コザキユースケ氏など、これまで関わりのあった一線級のクリエイターに声をかけた一方で、「自らの名前を前面に出し、ファンディングをしたという枷もあり、そのプレッシャーからかクオリティ的に暴走してつくってしまったところもあるかも知れない」と振り返る。片岡氏も、「現場としては、クオリティが著しく高いものを作って初めて寄付した人に喜んでもらえるという意識があった」と付け加えた。

また、赤字の最大の原因は、クラウドファンディングという資金募集形態にあった。業界に前例がなく、さまざまな部分で対応が後手に回ってしまった。

日本のアニメでとられる資金調達方法として「製作委員会方式」があるが、参加企業は3~12社程度だという。一方、クラウドファンディングはファンによる少額寄付を集めるものだが、結果として「クライアントが1万3000人いる製作委員会」のような状況になってしまった。出資者一人ひとりから、プロジェクトの進捗やリワード(寄付の対価となる物品などのこと)に関する問い合わせが次々に届くため、その対応を行うための専用のシステムとそれを運用する人員を確保しなければならなかった。

2016年当時、公式アカウントのツイートは英語で行われていた。

寄付プラットフォームのKickstarterはアメリカ企業で、支援者の大半も英語話者であったことから、問い合わせから契約書類まで、語学スキルを持つスタッフによる対応システムの構築が急務となった。契約関連の業務では翻訳のみならずKickstarter側との交渉を行わなくてはならず、こうした部分込みで行える人材の雇用は当然費用がかかる。加えてKickstarterの利用にはアメリカに現地法人を置くことが必須で、こうした体制づくりすべてを行うのは非常に厳しかったという。

また、Kickstarterの仕組みとして、寄付の対価(リワード)を渡す約束をしていた。「リワードの種類が多い方が多くの寄付が集まる」というTipsを参考に、作品のBlu-rayソフトやグッズなどさまざまな物品を用意したが、それぞれの製作手配や配送などが必要で、募集開始時点では想定していなかった事務コストがかさんでしまった。

その上、アメリカの郵便と物流の事情は日本のそれとは大きく異なり、配送だけで全く想定していなかった事態が勃発。そのあらゆる事柄に、別途の費用がかかってしまった。たとえば、中止にしたリワードの寄付者に、返金か別リワードへ移行かの選択を依頼する連絡などのため、問い合わせ対応を全件完了させるまで公式サイトの公開時期を延長したことで、サーバ費用などの維持費も膨らんだ。

ちなみに、作品に寄付するほどのファンなら大丈夫だろうと作品データの配布をリワードに含めたところ、違法アップロードが世界的規模で大量に見つかったという。作り手からすれば、この作品の収益は二次利用で上げることを考えていたにも関わらず、その最終的な目標に対して致命的な打撃となる、ガックリしてしまうようなトラブルも明かされた。

赤裸々に失敗談が語られたが、片岡氏は「当然、次からはこうしたノウハウがあるので、赤字にはならないし、Kickstarterが無ければこの映像著作物が生まれなかったのは事実で、この仕組みには感謝している」とコメント。

そしてイシイ氏は、「PVの制作費だけを集めるのなら、こうした顛末にはなっていなかった。全制作費を集めようとするとトラブルが起きがち。中国資本のクラウドファンディングも注目されているのでまだまだ活用の余地はある」と語った。ただし、お金の回収に着目しすぎず、現場の事務作業や実際に使える金額を確認した上で進行しないといけない、とつけたした。

表現のローカライズにひそむ危険

最後に、数土氏から日本と海外の比較をベースとした質問が投げかけられた。

「日本と世界で好まれる表現の違いは?」という問いに対し、イシイ氏は、「日本のほうが規制について言われる部分は多い」とコメント。戦闘シーンなどの暴力表現、政治的な内容などについては海外のほうが自由度は高いという。

一方、片岡氏は、プロデューサーの視点から、日本アニメが海外に「合わせすぎる」ことに警笛を鳴らす。白黒つけない決着のような日本らしさが支持を受けている大きな要素のため、過度なローカライズは必要ないと断言。かつて「遊☆戯☆王」の米国展開を手がけた際、現地の関係者から「(気弱な表遊戯はヒーローらしくないため)主人公は裏遊戯だけにしてほしい」とリクエストされたエピソードを例に挙げ、「ヒーローは強くあるべきというアメリカの観念に屈したら原作の持ち味は崩れてしまう」とコメント。日本の漫画・アニメの持つ「らしさ」を守るべきと強く訴えた。

講演の主題となった『UNDER THE DOG』だが、直近では2018年6月23日~7月6日にかけて、国内の3劇場で劇場版『UNDER THE DOG Jumbled [アンダー・ザ・ドッグ/ジャンブル]』を公開した。映画館での上映は終了しているが、オンラインストアでのBlu-ray通販は行われている。作品が気になった人はこちらでチェックしてみてほしい。

「eBASEBALL」の初代覇者が決定! 定番プロリーグとして定着なるか

「eBASEBALL」の初代覇者が決定! 定番プロリーグとして定着なるか

2019.01.17

「eBASEBALL」で初代王者を決めるe日本シリーズが開催された

頂点を争ったのは、埼玉西武ライオンズと横浜DeNAベイスターズ

はたして“もう1つのプロ野球”で頂点に輝いたのは?

1月12日、東京ビッグサイトTFT HALL 500にて、「eBASEBALL パワプロ・プロリーグ2018」のe日本シリーズが開催された。頂点を争ったのは、埼玉西武ライオンズと横浜DeNAベイスターズ。はたして初代王者に輝いたのは、どちらのチームか。

3カ月間の戦いの末、頂点を争う切符を勝ち取った2チーム

「eBASEBALL」とは、野球ゲーム『実況パワフルプロ野球 2018(パワプロ)』を使用した、日本野球機構(NPB)とコナミデジタルエンタテインメント(KONAMI)が共同で開催するプロリーグだ。

2018年7月より行われたオンライン予選、西日本、東日本選考会を経て、9月末に実際のプロ野球球団による「eドラフト会議」を実施。ドラフトで指名された選手は、プロゲーマーとして各球団に所属する形になった。

11月からは実際のプロ野球のペナントレースのように、セ・リーグ、パ・リーグに分かれて「eペナントレース」がスタート。そして12月に行われた、eペナントレース上位チームによる「eリーグ代表決定戦」によって、パ・リーグの埼玉西武ライオンズと、セ・リーグの横浜DeNAベイスターズが、e日本シリーズへの切符を手にした。

パ・リーグ代表の埼玉西武ライオンズは、eペナントレースを13勝2敗の圧倒的な強さで勝ち抜き、eリーグ代表決定戦でも危なげなく、代表権を獲得。対するセ・リーグ代表の横浜DeNAベイスターズは、キャプテンであるじゃむ~選手のデータを活かした戦術と強力打線、そして巧みな投球術でeリーグ代表権をもぎ取った。

埼玉西武ライオンズのなたでここ選手(写真左)、BOW川選手(写真中)、ミリオン選手(写真右)
横浜DeNAベイスターズのヒデナガトモ選手(写真左)、じゃむ~選手(写真中)、AO選手(写真右)
会場は超満員。立ち見席も出るほどの人気ぶりで、まさに日本一を決定するのに相応しい舞台となった

一発勝負の決勝戦! 最後に笑うのは……?

e日本シリーズでは、各チーム3名による3イニング交代制の試合を1戦だけ行う。そこで勝利したチームがeBASEBALL パワプロ・プロリーグの初代チャンピオンになるわけだ。

『パワプロ』でお馴染みの選手の調子発表

選手の調子を見ると、埼玉西武ライオンズは、主力に不調の選手がおらず実力を存分に発揮できそうなラインアップ。横浜DeNAベイスターズは主砲筒香の好調が嬉しいものの、桑原、ソトの不調が厳しい。どちらかというと調子具合は埼玉西武ライオンズが優位に見られた。

さぁ、いよいよプレイボール。まず1人目、埼玉西武ライオンズはミリオン選手、横浜DeNAベイスターズはヒデナガトモ選手がコントローラーを握る。奇しくも、ペナントレースで最多奪三振のタイトルを獲得した2人の対戦となった。

そのため、激しい投手戦が繰り広げられたが、3回裏に均衡が破られる。豪打を誇る埼玉西武ライオンズとしては珍しいスクイズで1点を先制すると、そこから怒濤の連打で計5点をもぎ取り、序盤にして埼玉西武ライオンズが大量リードを得た。

スクイズ、スチールと小技も冴え、一気に5点を奪うミリオン選手
センターフライの捕球ミスやスクイズの打者をアウトにできなかったなど、ミスが出てしまったヒデナガトモ選手

2人目は埼玉西武ライオンズがBOW川選手、横浜DeNAベイスターズがじゃむ~選手と、キャプテン対決。じゃむ~選手が2点を返すも、BOW川選手が1点を追加し、スコア「西武 6-2 DeNA」で最終プレイヤーにバトンが渡された。

埼玉西武ライオンズのキャプテンを務めるBOW川選手
横浜DeNAベイスターズの軍師ことじゃむ~選手

最後は、ペナントレースで急成長した埼玉西武ライオンズのなたでここ選手と、横浜DeNAベイスターズ無敗のエースAO選手の対戦となった。

最優秀防御率のタイトルを獲得し、eペナントレースでの失点はわずか3点と脅威の安定感を持つAO選手は、e日本シリーズでもその実力を発揮。打撃3冠を獲得したなたでここ選手をみごとに完封した。しかしながら、3イニングでは1点を返すのがやっとで、最終スコアは「6対3」。埼玉西武ライオンズが優勝し、e日本シリーズを制した。

今回の大会で急成長したなたでここ選手
横浜DeNAベイスターズのエースとしてチームを牽引したAO選手
ペナントレースから実況を担当した清水久嗣アナはe日本シリーズの実況も担当
解説を務めた元ヤクルトスワローズ監督の真中満氏
同じく解説を務めた元中日ドラゴンズ監督の谷繁元信氏
ゲーム解説を務めるぶんた氏
パワプロ・プロリーグ初代チャンピオンの埼玉西武ライオンズ

埼玉西武ライオンズも横浜DeNAベイスターズも、打撃、特に本塁打に期待できる選手が揃っており、その打撃力で勝ち進んでいたなかで、e日本シリーズではホームランが「ゼロ」という、頂上決戦に相応しい緊迫感のある試合だったといえよう。

e日本シリーズでは博多激獅会も応援に駆けつけ、プロ野球さながらの応援が飛び交った

試合終了後は、優勝の表彰とともに、各個人タイトルの表彰も行われたので、その様子も紹介しよう。パ・リーグでは、首位打者、本塁打王、打点王、最優秀防御率の4冠を埼玉西武ライオンズのなたでここ選手が獲得。最多奪三振は埼玉西武ライオンズのミリオン選手が獲得した。

また、セ・リーグでは、首位打者と本塁打王の2冠を広島東洋カープのカイ選手、打点王と最優秀防御率の2冠を横浜DeNAベイスターズのAO選手、最多奪三振を横浜DeNAベイスターズのヒデナガトモ選手が獲得。そして、MVPには、4冠獲得のなたでここ選手が選出された。

パ・リーグの最多奪三振を獲得したミリオン選手
セ・リーグの首位打者と本塁打王を獲得したカイ選手
セ・リーグの打点王と最優秀防御率の2冠を獲得したAO選手
セ・リーグの最多奪三振を獲得したヒデナガトモ選手
パ・リーグの首位打者、打点王、本塁打王、最優秀防御率の4冠、そしてMVPを獲得したなたでここ選手
e日本シリーズでは12球団のマスコットがそろい踏み。スポンサーであるSMBCのキャラクター「ミドすけ」も登場した

eBASEBALLは試合を重ねるごとに盛り上がりを見せ、決勝の舞台でもあるe日本シリーズでは立ち見が出るほど多くのファンが駆けつけた。プロ野球ファンにとって、オフシーズン時期の楽しみの1つとして、eBASEBALLが定着しそうな気配も感じる。

最後にNPB(日本プロ野球機構)コミッショナーの斎藤惇氏による締めの挨拶にて、「eBASEBALL パワプロ・プロリーグ 2019」の開催も発表された。来シーズン、さらなる飛躍と盛り上がりに期待したい。

SUVでは満足できない人へ…「パサート」試乗で再考したクロスオーバーワゴンという選択肢

SUVでは満足できない人へ…「パサート」試乗で再考したクロスオーバーワゴンという選択肢

2019.01.17

フォルクスワーゲンの「パサート オールトラック」に試乗

これは意外? クルマ好きも納得のスポーティーなクルマ

ステーションワゴンとSUVの“いいとこ取り”

昨今のSUVブームはとどまることを知らない。コンパクトからラグジュアリーまで多様性もみられ、さらに「RAV4」の日本復活など、いくつかの新型車投入のニュースも届いている。しかし、SUVが必ずしも全てのユーザーにとってベストな選択肢とはいえないはずだ。

日常の使い勝手などを考慮すると、セダンとSUVの架け橋である「クロスオーバーワゴン」こそ、真の“いいとこ取り”なのではないかと思うところもある。今回は、フォルクスワーゲンから登場した「パサート オールトラック」に試乗し、この車種の魅力について再考してみた。

フォルクスワーゲンのクロスオーバーワゴン「パサート オールトラック」に試乗した

スバルが普及させたクロスオーバーワゴンという車種

フォルクスワーゲンがミッドサイズモデル「パサート」に新グレード「パサート オールトラック」を追加した。このモデルは、パサートのステーションワゴン「パサート ヴァリアント」をベースとし、SUVのエッセンスを取り入れた「クロスオーバーワゴン」と呼ばれるジャンルのクルマだ。つまり、ステーションワゴンとSUVの中間的な存在である。特徴としては4WD、専用サスペンションで高めた最低地上高、SUVを彷彿させるラギッドなスタイルなどが挙げられる。これらにより、ステーションワゴンよりも走破性が高まっている。

「パサート オールトラック」は最低地上高の高さやSUVを髣髴させるスタイルなどを特徴とする。価格はグレード別に「Passat Alltrack TDI 4MOTION」が509万9,000円から、「Passat Alltrack TDI 4MOTION Advance」が569万9,000円からだ

少しだけクロスオーバーワゴンの歴史を振り返りたい。意外かもしれないが、こういったクルマを普及させたのは日本メーカーなのだ。

SUVのニーズが高まっていた1990年代の北米で、SUVを持たないスバルは大苦戦していた。その打開策として、2代目「レガシィ」をベースとするクロスオーバーモデル「アウトバック」(日本名:レガシィ グランドワゴン)を開発。これが大ヒットとなり、北米市場での巻き返しに成功する。

スバルが2代目レガシィをベースに開発した「アウトバック」。意外にも、歴代モデルの中にはセダン仕様が用意されていたこともある。日本では「レガシィ グランドワゴン」の名で登場。その後、「レガシィ ランカスター」と名称を変更した。先々代モデルからは日本でも輸出名を取り入れ、現在同様の「レガシィ アウトバック」となった

アウトバックがヒットした背景には、ステーションワゴンの高性能化が進み、実用車というイメージが変化して、アクティブなカーライフやスポーティな走りが楽しめる多用途なクルマとして認知されだしたことがあった。セダン譲りの使い勝手と走行性能、そこにラフロードにも対応できる走破性を組み合わせた欲張りな存在として人気を集めたのだ。事実、アウトバックの後にはボルボ「XC70」(後のV70 クロスカントリー)や「アウディ オールロード」といったクロスオーバーワゴンの名車が続々と誕生している。

今やクロスオーバーワゴンは、ステーションワゴンの定番となった。そのパサート版が「パサート オールトラック」だ。

パサート版クロスオーバーワゴンはどんなクルマなのか。試乗で確かめた

「パサート オールトラック」は日本でも使いやすい?

ラギッドなイメージを高めたエクステリアは、パサート本来の上品なデザインの中に、アグレッシブさを感じさせる。主な変更点としては、アンダーガード付きの前後バンパー、ホイールアーチのブラックモール、シルバー仕上げのサイドシルモールなどが挙げられる。サスペンションは標準車+30mmアップとし、最低地上高は160mmを確保した。

ボディサイズは全長4,780mm、全幅1,855mm、全高1,535mm。コンパクトとはいえないが、日本の道路や駐車場には適応しやすいサイズといえる。最大のポイントは、ルーフレールを装備しながらも薄型とすることで、全高を1,550mm以下としているところ。これなら、多くの立体駐車場に入れられるはずだ。

「パサート オールトラック」は日本でも使いやすいサイズ感だ

基本的にインテリアはパサートと共通だが、グレーのパネル加飾を取り入れるなど、スポーティーな装いにしてある。装備は上級モデルらしく充実していて、全車速追従機能付きのACCや車線内中央維持支援機能「レーンアシスト」、渋滞時追従支援機能「トラフィックアシスト」などの先進安全運転支援機能をはじめとし、スマートキー機能の「キーレスアクセス」やSSDナビ付きインフォテインメントシステム「ディスカバープロ」、シート&ステアリングヒーター、パワーテールゲートなど快適装備も満載だ。

車内は広々としており、前後席共に快適なスペースが確保してある。ラゲッジスペースは標準で639Lと大容量。後席を折りたためば最大1,769Lまで拡大可能だ。

インテリアはスポーティーな装い。機能はパサート ヴァリアントの上級グレードに近いもので、充実している
後席は3分割の可倒式。折りたためば最大で1,769Lまで積める

これがベストパサート? スポーティーな乗り味を体感

次にメカニズムを見ていく。エンジンは「AdBlue」(アドブルー、尿素SCRシステムの触媒として用いる尿素水のこと)を使用したクリーンディーゼルの2.0TDIエンジンを搭載。最高出力は190ps/3,500~4,000rpmで、最大トルクは400Nm/1,900~3,300rpmを発揮する。トランスミッションにはDCTタイプの6速DSGを組み合わせる。

最大のポイントは、現行型パサートで初めて4WDを採用していること。さらに、アクセルやパワステ制御などを変更できる走行モードには「オフロードモード」が追加となっている。オフロードモードでは、急な下り坂で車速を一定に保つブレーキ制御「ヒルディセントアシスト」などが作動する。

クリーンディーゼルの2.0TDIエンジンを搭載する「パサート オールトラック」

試乗したのはパサート オールトラックの最上級グレードである「アドバンス」だ。一言でいえば、かなりスポーティーなキャラクターに仕立てられている。低回転で最大トルクを発揮するディーゼルエンジンの魅力が存分に味わえて、峠道の上り坂も力強く駆け上っていく。元気さはパサートTDIを上回っている印象だ。出力は同等だが、アクセルなどのセッティングが異なるのだろう。

そこに前後のトルク配分が可変となる4WDの「4MOTION」と電子制御ディファレンシャルロック「XDS」が加わることで、コーナリングもグイグイ曲がっていく。それでいて乗り心地も良いのだ。ラフロードに適応すべく、足回りのしなやかさを重視していることが良好な乗り心地につながっているのだろう。

「パサート オールトラック」の上級グレード「アドバンス」で御殿場周辺の峠道を走った

同じパサートのスポーティグレード「2.0Rライン」は、もっとハードなセッティングで乗り心地もやや硬めとなる。一方で、パサート オールトラックのアドバンスはバランス重視のセッティングなのだが、クルマ好きをも納得させるスポーティーさを持ち合わせている。これがベストパサートだとさえ思ったほどだ。

ただ、アドバンスはオールトラックの標準車が装着する225/55R17タイヤに対し、245/45R18タイヤにサイズアップしている。さらにはXDSやアダクティブシャシーコントロール「DCC」なども追加となっているので、標準車のオールトラックと異なる部分があることは加味しなければならない。

ただ、オールトラックがスポーティなワゴンに仕立ててあることは間違いない。ファミリーカーだけどドライブを楽しみたいというユーザーには、パサートの中で最もオススメできるクルマだ。

ファミリーカーでも走りを楽しみたいという人には「パサート オールトラック」をオススメしたい。確かに509万円からという価格は安くないが、「パサート ヴァリアント TDI」のエントリーモデルのナビ付きが約470万円であることを考慮すれば、納得のプライスといえよう

走りの良さを持ち合わせたSUVも増えてはいるが…

ステーションワゴンがブームとなったきっかけは、実用性の高さに加え、ワンボックスカーやSUVなどでは得られない走りの良さを獲得できたところにあった。しかし、走りの良さを身につけた昨今のSUVは、そのニーズを奪い、ステーションワゴンの領域を食ってしまったといえる。あれほど盛況であった日本のステーションワゴンも激減し、今やスバルの一強となっている。

ただ、輸入車を見ると、ステーションワゴンの顔ぶれはなかなか充実しており、一定の販売台数を確保している。その中には、いくつかのクロスオーバーワゴンが存在する。

クロスオーバーワゴンはステーションワゴンに価値が加わったクルマなので、ベース車と比べれば、やはり値段は少々高くなる。それでも、中身に見どころはあるし、コスパで考えても納得できるものが多いと思う。日常での使い勝手を重視したい人、ワイルドさやスポーティーさを強調するSUVに子供っぽさを感じてしまう人などは、改めてクロスオーバーワゴンに注目してみてはいかがだろうか。