「ライフ」の中に「ワーク」がある オカムラ、働き方改革の現在地

「ライフ」の中に「ワーク」がある オカムラ、働き方改革の現在地

2018.09.20

時代に即したワークスタイルを提唱するオカムラ

自社の「働き方改革」はどのように行ったのだろうか?

ワークとライフを「同列」にとらえない働き方を推進

無機質で効率重視の「昭和型オフィス」から脱却することで、働き方は変わっていく――。インタビュー前編では、オカムラが働き方改革に関する情報を発信するプロジェクト「WORK MILL」エバンジェリストの遅野井宏氏から、既存のオフィス空間から脱却し、時代に即したワークスタイルを実践するために必要なマインドセットについて伺った。

では、オカムラ自身は、長時間労働をはじめとした働き方にひそむ問題を、どのように解決しようとしているのだろうか。後編では、同社マーケティング本部 フューチャーワークスタイル戦略部 戦略企画室 室長の薄良子氏に、同社が取り組んでいる社内向けの「働き方改革」についてお話しを伺った。

オカムラ マーケティング本部 フューチャーワークスタイル戦略部 戦略企画室 室長の薄良子氏

──御社内の働き方改革について、いつごろ開始されたのか教えて下さい。

2018年6月に、これまでに実施していた働き方改革の取り組みを整理し「WiL-BE(ウィル・ビー)」と総称し、代表取締役社長の中村雅行を推進リーダーとして、さらに積極的に活動を展開していくことを発表しました。「WiL-BE」は、オカムラが提唱する「ワークインライフ(Work in Life)」から名付けました。

ワークインライフは、「Life(人生)にはさまざまな要素があり、その中のひとつとしてWork(仕事)がある」という考え方です。働く環境を提案する企業として、従業員自らがワークインライフの観点から、従業員自らがそれぞれどう生きどうありたいかを自律的に計画し、働き方改革を推進することで、いきいきと働き、思い描く生活を実現し、それを各業務を通して社会へ還元していくことを目的としています。

「WiL-BE」には多様な働き方の選択を実現する人事制度改革や、業務プロセスを見直す業務改革など現在6活動が位置付けられています。中でも、現場から1つひとつを改革していく活動が「働き方カエル!プロジェクト」と「ソダテルプロジェクト」です。今回はこの2つを中心にお話しします。

スモールスタートで働き方を「カエル」

まずは「働き方カエル! プロジェクト」からお話しします。2016年にスタートした、元々はボトムアップによる取り組みです。会社の管理部門では、パソコンを18:30にシャットダウンしたり、出退勤を自動的に管理したりできるシステムを導入したりしていたのですが、重要なのは「従業員の意識」であって、いくらハード面を整備しても、ドラスティックに改革するのは難しいと気づきました。

そんな現場と会社の思いが一致したことに加え、働き方改革を推奨する行政や社会の後押しもあって、2017年に「働き方カエル! プロジェクト」として全社展開されるようになりました。

──「働き方カエル! プロジェクト」の全社展開というのは、2017年から全国の拠点で開始されたということですか?

いいえ、そうではありません。社内から18拠点を選んで、限定的にプロジェクトに着手しました。こうしたプロジェクトは、はじめから全社で展開してもうまくいきません。「小さな成功」を少しずつ広げていく方針でスタートしました。

まず各拠点の課題を洗い出し、それに優先順位を付けた「重要度」や「緊急度」を割り振って、それが高い順にひとつずつ進めていくということを地道に行いました。拠点ごとのやり方を明確にし、研修にも参加してもらってスキルを浸透させました。

初年度のスケジュールは、かなり密に組み込みました。なぜなら、「いつまでに何を」という期限を設定していないと、経験のないプロジェクトのために動くのは大変難しいからです。

スケジュールには、進捗シェアや中間発表の時期を決め、「自分たちの拠点だけで戦っている」と感じさせることなく、事務局側も本気になって一緒に頑張っているんだということが伝わるようにしました。また、やはりインセンティブも重要ですので、最終の発表会で「良い取り組みをし、結果が出た」という拠点は表彰するなどして、盛り上げていきました。

──18カ所という数はスモールスタートの取り組みとしてやや多いように感じるのですが、各拠点の進捗はどのように把握されていたのでしょうか?

基本的に、各拠点は2週間に1度のミーティングを実施するのですが、Microsoft Office365の「Teams」を使って、ミーティングの日程が決まったらシェアしてもらうようにしています。「Teams」を見れば、各拠点の取り組みが進んでいるかどうかがわかります。

また、実際にミーティングで何を話したかという内容を、アジェンダという形でTeams上でシェアするようにしています。これにより、その拠点の進捗度合いが一目瞭然になりますし、別の拠点が同様の施策をしていた場合に、横のコミュニケーションを取ることができるといった副次的なメリットもあります。

このように拠点の課題を洗い出し、それらを「各拠点でできること」と「各拠点ではできないこと」という2つにわけました。前者は各拠点で解決できますが、後者は会社の制度や仕組みに関連することが多いので、各拠点では解決できません。そこで、会社の制度に関する質問や相談を拠点から吸い上げる仕組みを作りました。

2017年度に大阪の拠点が取り組んだ「早帰り意識カード」

2017年度、大阪の拠点で行われた取り組み例が「早帰り意識カード」で、帰宅時間の目標を社員自身で設定し、「◯時に帰る」というカードを掲示するものです。全員がメンバーの帰宅時間を把握できるため、今日すべきタスクなのか、手伝える人はいるかなど、業務上の判断を促進するのが目的です。

このカードを使うことで、「帰宅時間を意識して仕事の調整をするようになった」「声がけによってコミュニケーションが増えた」といった成果がありました。この施策は非常に効果が高いため、2018年から全社展開となっています。

また、別の拠点では「Teams」を活用し、朝礼に参加できない人でもその内容を音声で共有する施策も行われました。そもそも、朝礼で連絡事項だけを話すような場合、直接話を聞かなくても、掲示板のようにTeamsに記載しておけば済む話ですよね。それ以外にも、さまざまな立場の人が時短を目指してやっている工夫を見える化するなど、このTeamsというツールを情報プラットフォームにして有効活用しているのが、この拠点の素晴らしいところです。

「ライフ」の中に「ワーク」がある

──続いて、WiL-BEのもうひとつのプロジェクトである「ソダテルプロジェクト」についてもお教え下さい。

2016年の8月に「ダイバーシティ推進プロジェクト」が設置されたのですが、当社は女性比率が他社と比べて低いため、女性従業員比率の向上などの目標に掲げて取り組みを進めているのが「ソダテルプロジェクト」です。このプロジェクトはドラスティックな変革を起こしました。たった3年でここまで変わるの?と、(プロジェクト運営の立場である)私も驚いたほどです。

象徴的な変化として、「在宅勤務」ができるようになったことが挙げられます。出産や介護といったライフイベントに行き当たった時、たとえ働く時間が少なくなったとしても、その人らしく働き続けられるように、2017年に作られました。

また、働く時間が多様化すればもっと働きやすくなることから、例えば育児などの理由で時短で働いている方向けのフレックスタイムが制度として適用されました。元々、ほかの従業員に対してもフレックス制度は用意されていたのですが、コアタイム(出勤義務のある時間帯)が長めに設定されていたため、使いづらかったのです。そこでコアタイムを撤廃し、育児中でも働きやすくなったことが大きな変化だと思います。

──コアタイムの撤廃はどのようなメリットを生んだのでしょうか?

当社では30年ほど前から取り入れているのですが、社員みんながフレックスタイムを活用すると、互いに顔を合わせづらくなりますよね。コアタイムは、社員同士がリアルに顔を合わせてコミュニケーションを取るために作られたのではないかと思うのですが、その存在が制度そのものを使わない理由になってしまえば、そもそもの意味がなくなってしまいます。

制度は、時代とともに変化していいと思います。コアタイムを撤廃したことで個々人が自分にあった働き方をするきっかけになりました。

──実際にこの3年で女性従業員の比率は高くなっているのでしょうか?

増えてきています。2020年までに社員の20%を女性に、という目標も掲げているのですが、まずは今いる従業員がこの先もずっと当社で働けるようにするため、どうすればいいかということを優先して考えています。そうすれば、結果的に今後入社する人のためにもなると考えています。

──その流れで「テレワーク・デイズ」(働き方改革の運動であるテレワーク国民運動プロジェクト)にも参加されたわけですね?

はい、そうです。

──確かに、在宅勤務とテレワークはニアリーイコールではありますよね。

そうですね。我々は「サテライトオフィス」の設置も推進しています。これも時間の効率化を目指しての施策ですが、色々な所に支店を置くことで、その近くの取引先などに行った場合は自分の本拠地ではない支店で働くことができるので、移動時間の短縮につながっています。

──なるほど。必ず自席のあるオフィスに行かなければいけないという縛りから解き放たれるわけですね。

はい。どこでもいつでもストレスなく働けるという環境を、全社で実現しようとしています。

──最後に、「WiL-BE」プロジェクト全体で働き方改革に取り組む中で、従業員から好評だった、あるいは効果が著しく上がった制度がありましたら教えてください。

先ほど述べた「在宅勤務」や「サテライトオフィス」は非常に効果があり、好評です。ただ、働き方改革というのは、生産性を向上させるための「手段」ですよね。単に「早帰りのため」と勘違いしている従業員もいますが、それはあくまでも副次的な効果です。やはり個々がスキルアップして効率よく働けば仕事以外にも時間を回すことができ、結果的に家族や趣味などに時間を費やせるというわけです。

さきに述べた、働き方改革を包括するプロジェクト名の「WiL-BE」のWiLは、「Work in Life(ワークインライフ)」の頭文字です。ワークとライフという2つの要素を同列に捉えるのではなくて、「さまざまな要素からなるライフ(人生)があって、その中のひとつとしてワーク(仕事)がある」という考え方です。

つまり、ライフを構成する要素はワークだけではなく、ファミリーであったりホビーであったり…。そういった環境に従業員がいられるためにフォローしていこうという思いから、WiL-BEという名前が付けられました。

Work in Lifeというのは、どのような人生を過ごしたいかを自分で描くのが重要ですので、自律的にキャリアをデザインしていく必要があります。生産性の向上というのは、各々が自身のキャリアを考慮して自律的に働き、その上で成し遂げられるものですよね。「WiL-BE」はそういったところを目指しています。

──ありがとうございました。

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

カレー沢薫の時流漂流 第15回

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

2018.11.12

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第15回は、「プリンセス駅伝の四つん這い走行」問題について

今年は「パワハラ」「黒い交際」「殺人タックル」など、スポーツ界が荒れに荒れた。

スポーツにつきまとう「感動」という尺度

というよりは、今までずっと「わかり哲也」の背景ぐらい荒れ続けていたが、関係者専用のプライベートビーチだったため、一般人の目につかなかっただけのような気もする。

その一方、ワールドカップでは予選を批判した奴は全員死んだのかというぐらい本戦の健闘が称えられたり、夏の甲子園では金足農が秋田県勢として103年ぶりに決勝に進出し大きな注目を集めたりと、感動的なこともあった。

しかし、結果だけを言えば、ワールドカップは1回戦敗退だ。金足農も決勝で敗れ準優勝。逆に優勝したのに金足農の陰に隠れた大阪桐蔭が可哀想なぐらいだ。

つまり、見る側はスポーツに対し、時に結果よりも「感動」を求めがちということだ。金足農が仮に優勝していたとしても、その勝利が「地獄甲子園」式で得た物なら讃えられなかっただろう。

スポーツに感動を求めるのは悪いことではない。私のような、床を這っているコードでこけるような先のない中年は、もはや他人の活躍に乗っかって泣いたり笑ったりするしかないのだ。

だが、「感動した! 痛みに耐えてよく頑張った! 」という言葉があるように、スポーツの感動には「選手が無理をする姿」も含まれていることは否定できない。その無理が「43度の風呂」レベルならまだ良いが、選手生命、さらには最悪命を脅かしかねない時もある。

インターネット大相撲では済まない「プリンセス駅伝」問題

そんな、文字通り「選手が痛みに耐えて頑張った」事件が、先日行われた「プリンセス駅伝」で起こった。女子駅伝だからプリンセス駅伝なのだろうが、私が走者だったら相当居心地の悪いネーミングだ。

その駅伝の中で、10代の走者が中継所の直前で走行不能となったが、何と四つん這いの状態で流血しながらタスキをつないだという。四つん這いで移動した距離は約200メートル。私だったら小一時間かかる、結構な距離だ。その選手がリードの外れた柴犬ぐらいのスピードで四つん這い走行した、というなら制止する間もなくタスキは渡されていたかもしれないが、満身創痍の状態なら相当時間がかかっただろう。

当然、その姿には「誰か止めろよ」と批判が噴出した。しかし、批判がある一方で「感動した!」と、流血四つん這いで走る女子の姿にバッチリ感動した勢がいるのも事実だ。それに対し「怪我しながら走る選手を美談にする勢を許さない勢」が現れ、いつものインターネット大相撲に発展しているのはよくあることなのだが、これはかなり複雑な問題なのである。

監督が倒れた選手に「お前棄権したらわかっとるやろな? 」とアイコンタクトをしたり、観客が「俺たちを感動させるために走れや」と選手を後ろからジープで追い立てたりしたと言うなら論外だが、監督はテレビモニターで「二足歩行が厳しい」という致命的な状態の選手を見て、ちゃんと棄権を申し入れている。

だが、その棄権が現場の審判に伝わった時には、すでにタスキ受け渡し地点の20メートル手前に来ていたそうだ。つまり、満身創痍の選手が四つん這いで180メートル移動してしまうまで棄権の申し入れが審判に伝わらなかった、ということだ。ここでまず連絡体制の不備が指摘されている。

そして、審判は棄権の申し入れを知った後も、「あとちょっとだし」と最後まで走らせてしまったと言う。痛みに耐えて頑張る選手、という「感動」に流され、無理をさせてしまった感は否めない。

そもそも棄権の申し入れがあるなしに拘わらず、現場判断で中止させるべきはなかったのか、という声もある。今、試しに家の中を四つん這いで走ってみたが、これで200メートルはなかなかキツイ。何より見た目が痛々しい。

私の場合、無職の中年が昼間に家の中を四つん這いで走っているというただの「イタい」状態だが、走れなくなった若い選手が流血しながら四つん這いで走る姿は、十分制止すべき痛々しさだろう。実際、棄権申し入れがなくても、現場判断で走れなくなった選手を止める権限が審判にはある。

それでも懸命に走る意志を見せる選手に心打たれて止められなかったのかというと、必ずしも感動だけが理由ではないようだ。企業にとって駅伝というのは非常に重要なものであり、それをチームではなく審判の判断で止めるというのは、審判員側と企業側に大きな禍根を残すことになりかねないのだという。よって審判側は「よほど勇気がないと止められない」そうだ。

また、選手にとっても企業の名前を背負っている上、「自分がコケたら皆コケる」という駅伝のルール上、選手には大きなプレッシャーがかかっている。つまり選手も現場も「止まるに止まれないし、止めるに止められない」状況になっていたのかもしれない。

そして結果から言うと、この選手は「全治3~4か月の骨折」となった。あの四つん這いでの200メートルがなかったら、もう少し怪我が軽くなった可能性は大いにある。

このように、無理は早めに止めないと、逆に有望な選手を潰すことになりかねない。

「無茶しやがって…」という展開は漫画などに任せ、ダメな時は「俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ」と早々に打ち切り、次のチャンスに賭けるべきだろう。

タイヤ技術でオリパラを支えよ! ブリヂストン、義足の改良に挑む

タイヤ技術でオリパラを支えよ! ブリヂストン、義足の改良に挑む

2018.11.12

オリパラの裏側には、さまざまな最新技術が隠れている

パラアスリートを支える、ブリヂストンの「タイヤ技術」って?

義足用ソールの開発に挑む研究者らに話を聞いた

東京2020年オリンピック・パラリンピック競技大会の開催まで2年を切った。自国開催ということもあり、現地で観戦しようと考えている人も多いだろう。そこで1つ提案したいのが、オリンピック・パラリンピックを「技術」の視点で見ることだ。

2018年の平昌オリンピック・パラリンピックでは世界初の5Gの実証実験サービスが行われ、開会式ではインテルがドローンによる光のパフォーマンスが行われた。このような派手なものに限らず、大会の裏にはいくつもの技術が隠れている。パラアスリートが用いる器具などがその典型的な例と言える。

そこで本稿では、「ワールドワイドパラリンピックパートナー」であるブリヂストンによる、自社技術の活用によってパラアスリートを支援する取り組み「パラアスリート技術支援プロジェクト」に注目。東京2020を支える技術の裏側に迫る。

タイヤ技術でパラアスリートを支えよ! 

パラアスリート技術支援プロジェクトは、同社のオリンピック・パラリンピックのパートナー契約締結を機に『タイヤやゴムの技術をアスリートのために活かせないか』という想いから発足したという。ではその技術で何を作っているのかというと、1つの例が義足用の「ソール」(地面に接する部分、靴底)だ。

今回話を聞いた、ブリヂストン 先端企画本部 先端技術推進部 先端技術企画推進第1ユニット 主任部員の小平美帆さん(左)とオリンピック・パラリンピックマーケティング推進部 アクティベーション推進ユニット 課長 鳥山聡子さん(右)

「当社では、パラトライアスロン選手の秦由加子さんの義足用ソールを開発しました。現在も定期的に本人と話し合いの場を設けながら、当社の技術でサポートできる部分はないか、ということを模索しています」(鳥山さん※以下、鳥山)

秦由加子 選手。1981年生まれ。千葉県出身。3歳から10歳まで水泳を習う。13歳で骨肉腫を発症し、右足の大腿部切断を余儀なくされたが、2007年に障がい者水泳チームで水泳を再開。2013年にパラトライアスロンに転向した。大腿部切断でパラトライアスロンを行っている唯一の日本人選手だ

なぜ同社がソール部分に注目するようになったかというと、「タイヤ技術との親和性の高さ」が理由だと小平さんは語る。

「もともと当社では、タイヤはもちろん、ゴルフシューズや農業機械用のゴムクローラなど、『地面と接する部分』の製品開発に強みを持っております。ソールも同じく、地面と接するモノ。そこで当社の持つ技術との親和性が高いと感じ、注目するようになりました」(小平さん※以下、小平)

さらに、ソールの素材はゴムと高分子の複合体であり、これは同社の製品でもよく使われる素材であった。タイヤ製品で培った技術を活用することで、選手をサポートできるのではないか? と考え、新ソールの開発を始めたというわけだ。

義足イメージ。ランニングシューズの底のように、特有なパターン(模様)の入っている部分が、ブリヂストンの開発したソール

「ランニングシューズを切って、義足に貼る」が当たり前?

そもそも、義足用のソール開発に力を入れている企業というのはグローバルで見ても少ない。義足を必要とする人は多くいる一方で、切断箇所や筋肉量の違いなど、個人個人によってのニーズが異なるために、高ロットでの生産ができず、なかなかビジネスとして成り立たないことが原因だという。では、秦選手の使用していたソールには具体的にどのような課題があったのか。

「これは秦さんに限らず、ほとんどのパラアスリートに当てはまることなのですが、それぞれが個人に最適化されたツールを使えていないという課題がありました。もともと、多くの種類が市場に出回っているわけではないので、パラアスリート向けの『高品質な製品』自体が少なく、モノによっては、開発されて数十年経っている”最新モデル”もあります」(鳥山)

驚くべきことに、世界大会で活躍する秦選手のような人であっても、ランニングシューズを買って、ソール部分を切り取り、義足に貼り付けて使っていたのだとか。そのように「売られているものを転用して使う」というパラアスリートは少なくないそうだ。

「当たり前ですが、ランニングシューズのソールは、義足を必要とする人向けに開発されたものではありません。地面と接触した際にかかる力は違うし、耐摩耗性が求められる箇所も異なります。秦さんは以前、雨の中でのレースで、『滑るのが怖くて、思い切って走ることができなかった』という経験をしたそうです。そうした意見を聞き、どんな状況であっても安心して走れるようなソールを開発したい、と考えるようになりました」(小平)

タイヤ開発のノウハウを詰め込んだソール開発

しかし、いくら「地面と接するモノ」だからといって、タイヤとソールで求められる技術が一緒だとは思えない。どのようにブリヂストンの持つノウハウをソール開発に適応させたのか。

「はじめはゼロからの挑戦でした。そもそも、『義足のソールに求められることって何? 』という疑問からのスタートなんです。勉強の日々でしたね。どうにか当社の技術を活用できないか、と考え、まずは走る際にかかる力を測るために、タイヤ開発に使用する測定器を使って圧力測定を行いました」(小平)

圧力測定時の様子。ランニング時、ソールへの力のかかり方がどう変化するかを調査した

ほかにも、使用した後の摩耗部分の分析などを行い、グリップ力を上げつつ摩耗を抑えられるソールはどのようなゴム材料・溝形状にすればよいかをひたすら考えたそう。

さまざまなデータから見えた課題に対して「どうブリヂストンの技術を適応させれば良いか」と考え、試行錯誤を重ねた後に、ようやくソールを開発。2017年4月、初めて秦選手に新ソールをつけた義足で走ってもらうことになった。

「私たちのソールで走ってみた秦さんには『全然違う! 』と、すぐに気に入っていただきました。その1カ月後には早速、新ソールで大会にも出場していただきました。その大会もあいにくの雨だったのですが、確実に滑りにくくなっているとのフィードバックをいただき、手応えを感じました」(小平)

小平さんや鳥山さんは、秦選手と密にコミュニケーションを取りながら、フィードバックを元にソールの改良を続けた

さまざまな領域での技術活用も視野

そのレース以来、秦選手は変わらずブリヂストンが開発したソールを使い続けている。現在のソールは2代目で、2017年に開発したモデルから、パターンと材質を変更しているそう。

しかし、いくら製品の改良を実現したと言っても、事業化につなげられなければ、同社の「パラアスリート支援」は一過性のものになってしまう。同社は今後、この取り組みをどのように続けていく予定なのか。

「秦さんとの協力によって生まれた技術が将来、当社製品のブレイクスルーにつながる可能性はあると考えています。将来的には、さまざまな領域での技術の活用も視野に入れております。ですが、何よりこの取り組みは、当社がグローバルメッセージとして掲げる『CHASE YOUR DREAM』を体現するもの。

CHASE YOUR DREAMとは、ブリヂストンが、さまざまな困難を乗り越えながら「夢に向かって挑戦し続けるすべての人を支えていく」という想いを表現したメッセージ

そのため、必ずしも『将来的なリターン』を求めてこの活動をやっている訳ではありません。私たちの取り組みが社内外に広がり、当社の『夢に向かって挑戦し続けるすべての人を支えたい』という想いに触れていただき、一緒にオリンピック・パラリンピックを応援してくれる仲間を広げていくことを目指しています」(鳥山)

「2020東京」まで1歩ずつ、2人3脚で

現在、すでに秦選手用の最新ソールは完成しているそうだが、まだまだブリヂストンの挑戦は続く。

「最新モデルは、秦さんの要望を満たし、かつさまざまなデータから考えられる問題点を解決した自信作。しかし、パラリンピックまではまだ時間があります。今後も本人のフィードバックをもとに、より改良を続けていきたいです」(小平)

パラアスリートと一緒に夢を追い続けるブリヂストン。今回紹介したのは、同社の秦選手との取り組みだけだが、それに限らず、ほかにも多くのアスリートを支援しているそうだ。

オリンピック・パラリンピックでもっとも日の目を浴びるのは選手。しかし、その周りには、選手たちを支えている多くの人たちがいる。来る2020年、パラリンピックでは、選手の義足や車椅子などにも注目し、そこに隠れた技術の背景を想像してみるのも楽しみ方の1つだ。

ブリヂストンと秦選手の挑戦をこれからも応援したい