当事者の歩み寄りが、eスポーツのよりよいシーンを生む

当事者の歩み寄りが、eスポーツのよりよいシーンを生む

2018.09.03

eスポーツの関係者が歩み寄れば、よりよいシーンを生み出せる

松井氏は大会ガイドライン作成や視聴の拡大、選手の当事者意識を求める

長期的なビジネスパートナーとおもしろいタイトルがeスポーツ発展のカギ

8月22日、パシフィコ横浜 会議センターで開催された「CEDEC 2018」にて、ゲーム開発者に向けたeスポーツシーンについてのカンファレンス「e-sportsでなにかをしたい人たちへ」が行われた。

登壇したのは、数々のeスポーツイベントを開催するグルーブシンクの代表取締役 松井悠氏、プロゲームチームを運営するGamingDの代表取締役 江尻勝氏の両名だ。松井氏と同じグルーブシンクの川本直也氏も登壇予定だったが、運営するeスポーツイベントのトラブルにより、来場することがかなわなかった。

グルーブシンク代表取締役 松井悠氏

eスポーツは多様化するゲームの楽しみ方の1つ

まずは松井氏によるセッションから。

松井氏はゲームを作ること以外はなんでもすると言い、主にeスポーツ関連のサポートやデザインの仕事をしている。「Red Bull 5G」のイベント開催やUnityのサイト制作、ゲーミングスクウェアの運営など多岐にわたる。

冒頭、松井氏は来場したデベロッパーの方々への感謝の意を示した。やはり「ゲームあってこそのeスポーツ」ということだ。

eスポーツの現状に関しては、とりあえず「メシは食える」ところまではきているが、ガッツリ儲かっている人がいるとはまだ聞かないという。eスポーツ元年として、ゲーム業界を中心に各方面で話題となっているものの、まだそこまで市場規模も大きくなく、やれば儲かるものでもないらしい。

職業としてやっていけなくもないが、大儲けできるというところまでには至っていない

次にゲームの楽しみ方が多様化しているという話に。現在は遊ぶ、観る、着る、創る、聴く、競うという楽しみ方ができている。自分でゲームを遊ぶだけでなく、人のプレイを観たり、キャラクターの格好をして楽しんだり、ゲームを創ったり、ゲーム音楽を聴いたり、腕の立つプレイヤーと競い合ったりと、さまざまだ。

そんな多岐にわたっているゲームカルチャーにおいて、競技にフォーカスしたものがeスポーツだと松井氏は考えている。そこで「eスポーツとはどういうものか」を掘り下げていくにあたり、eスポーツへの理解を深めていく必要があるだろう。

遊びのツールとして存在していたゲームも、今やさまざまな楽しみ方があり、その中で競技に特化したものがeスポーツとして注目されている

立場の違う当事者が歩み寄り、eスポーツのよりよいシーンを

松井氏はeスポーツがリアルスポーツと異なる点として、開発者、販売者、競技者の3種類のポジションが存在することを示した。立場によってeスポーツの目的が変わり、パブリッシャーにとってはプロモーションの一貫として、デベロッパーは単純にコンテンツとして、プレイヤーはエンドコンテンツとして、オーディエンスはエンターテインメントとして捉えている。さまざまな立ち位置が存在するeスポーツにおいては、「eスポーツをどうするか」ではなく「eスポーツで何をするのか」を考える必要があるのだという。

eスポーツの特殊な点は、デベロッパー、パブリッシャー、プレイヤーそれぞれのポジションがあり、スタンスがあること。同じものを扱っていても立場によってその内容や目的がまったく違う
黙認と許諾、違法と合法など、まだ明確に線引きができないことが多くあり、それによって二の足を踏んでしまうこともある 
ゲームタイプによってもできることが違う。F2P(Free to Play)タイトル、いわゆる基本無料で、課金や広告で収益を上げるタイプのゲームに必要なこと、できること
パッケージタイトル、いわゆる買い切りタイプのゲームに必要なこと、できること

パブリッシャーもデベロッパーもプレイヤーも、それぞれeスポーツのスタンスの違いから、自分たちに必要なものしか見えていないが、少しずつ歩み寄って行くことで、よりよいeスポーツのシーンを構築できるのではないかと松井氏は提言する。

まず、開発者には競技として観るときに、「誰が、何をしているのか」「どちらが優勢なのか」といった内容をデータとして可視化できる「視聴の拡張」を求めた。次に、パブリッシャーには、その大変さは理解しているが、「イベントや大会のガイドライン作成」を、そしてプレイヤーには、単なる参加者としてでなく、一緒にイベントを作っていくと言う意識を持ち、「お客様然としない」ことを求めた。

カーサッカーゲーム『Rocket League』の大会についてのガイドライン。黙認状態だと、いつ中止にさせられるかわからない状態なので、あらかじめやってはいけないことを示すことで、大会運営側もパブリッシャーも安心することができる

つまり、「ここまでが自分たちの領分」だと線引きをするのではなく、ちょっとした手間を惜しまないで協力し合うことが重要なのだ。

「ファイティングチューズデーというイベントは、元々『ドラゴンボールファイターズ』のコミュニティに、バンダイナムコエンターテインメントが協力し、一大イベントとなりました。今では『ドラゴンボールファイターズ』だけでなく、『鉄拳7』のイベントも行われています」(松井氏)

ガイドラインの件も、海外メーカーではすでに作成しているところが多く、大会を開きたいプレイヤーにとってはわかりやすく、ありがたい。現状日本では、ほとんどがメーカーに許諾申請を行った上で開催するか、許諾は出していないが黙認をしてもらうかのどちらかだ。黙認の状態だと、いつそれが覆るかわからないので、運営側は安心してイベントを開催できない。松井氏も、パブリッシャーにガイドライン作成の話はもちかけているものの、手間がかかる作業なだけに対応してもらえていないところが多いという。

ただ、ガイドラインを策定しているメーカーがある以上、大会運営の安全性や手間を考えると、今後はガイドラインのないタイトルを大会に扱わなくなる可能性もある。そうなると、ますます日本のタイトルがeスポーツシーンから取り残されてしまいかねないので、運営やプレイヤーの領分ではあるが、パブリッシャーの問題でもあるという意識を持った方がいいのかもしれない。

中野にあるeスポーツ施設「Red Bull Gaming Sphere Tokyo」で毎週火曜日に開催されているファイティングチューズデー。『ドラゴンボールファイターズ』のコミュニティ発祥で、後にバンダイナムコエンターテインメントが協力
参加者がそれぞれパソコンを持ち込み、ゲームを楽しむLANパーティ「DreamHack」。現在では、参加者が1万5000人を超える巨大イベントとなった。ゲームの対戦だけでなく、音楽ステージや新作ゲームの試遊、PC機器などのメーカーブースの出展もある

eスポーツの未来は、ビジネスパートナーとおもしろいタイトルにかかっている

ここでGamingDの江尻氏を交えて、質疑応答に移った。

まず、江尻氏に対して「ゲーミングハウスはどれくらいあるのか」という質問が投げかけられる。ゲーミングハウスとは、プロゲーマーがゲームをプレイするための環境を整えたシェアハウスのようなものだ。現状は両手で数えるくらいしかないという。

「ゲーミングハウスにいる選手は給料をもらっているのかという問題もありますし、そもそもゲーミングハウスとして機能するまでに至っていないところもあります。そういったことを踏まえて考えると、まだまだ少ないですね」(江尻氏)

ゲーミングハウスがeスポーツの合宿所のようになっているか、ただゲームができるたまり場のようになっているかなど、きちんと機能しているかでゲーミングハウスとして存在するかどうかといったところだ。

GamingD代表取締役の江尻勝氏

次に「海外のeスポーツは盛り上がっているという話や、巨額な賞金の話はよく聞きますが、大きな大会でも空席は目立ち、チケットでの収益が難しくなっているところもあります。今後はどうなっていくと思いますか」という質問が出た。

「ゲームに関係ない企業と一緒にやっていくことで盛り上げていることも考えられますが、そういった企業はブームが去ると同時に、一緒に去ってしまうので、リスクはあります。長くビジネスパートナーとして一緒にやっていけるかを考えています」(江尻氏)

「おもしろいゲームが出れば盛り上がります。ただ、100年人気が続くゲームはないので、数年ごとにタイトルのローテーションをしていくしかありません。定期的ににおもしろいタイトルが出れば継続していくと思います」(松井氏)

最近では、ゲームに無関係の企業がeスポーツ大会のスポンサーを務めるケースも増えてきた。さまざまな業界を巻き込んで、盛り上がっていくことを願う。

なぜ国内版「Xpeira 1」のストレージは半分になってしまったのか

知って納得、ケータイ業界の"なぜ" 第39回

なぜ国内版「Xpeira 1」のストレージは半分になってしまったのか

2019.05.27

待望のXperia 1国内投入に、なぜか落胆の声?

原因はストレージのスペックダウン、その背景

価格とスペックの狭間でゆれる国内市場の現状

携帯電話大手3社から夏のスマートフォン新モデルが次々と発表されたが、ソニーモバイルコミュニケーションズの「Xperia 1」に、ファンから落胆の声が上がっているようだ。それはストレージ容量が海外版の最大128GBではなく、64GBに抑えられてしまったため。そこには販売価格を巡る、メーカーや携帯電話会社の苦悩があるといえそうだ。

値引きが難しい状況下で価格を下げる苦肉の策

大型連休が終わると、携帯電話業界は夏商戦に向けたスマートフォン新製品が次々と発表されるシーズンに入る。今年もその例にもれず、大手メーカーを中心として各社からスマートフォン新製品が次々と発表されている。

だが各社の新製品発表直後、ちょっとした話題となったのが、ソニーモバイルコミュニケーションズの「Xperia 1」に関してである。Xperia 1は映画が見やすい21:9比率の4K有機ELディスプレイを搭載した同社のフラッグシップモデルで、携帯キャリア大手3社から発売される予定だが、話題となった理由はストレージ容量にある。

Xperia 1のストレージ容量は、グローバルで見ると最上位モデルで128GBだ。だが国内に投入されたXperia 1は、ストレージ容量がその半分となる64GBのモデルのみであった。それゆえ最上位モデルの登場を期待していたファンから、落胆の声が多く上がったのである。

大幅なリニューアルをはかったことで注目されていた「Xperia 1」だが、海外版と比べストレージ容量が減らされていたことに落胆の声を上げるファンが多かったようだ

ではなぜ、Xperia 1のストレージ容量は減ってしまったのだろうか。その理由は国内市場向けの販売価格にあると考えられる。例としてNTTドコモ版のXperia 1の価格を見ると、ドコモオンラインショップで10万3,032円となっている。かなりの高額であるというだけでなく、それより高い機種は、東京五輪限定機種モデルの「Galaxy S10+ Olympic Games Edition SC-05L」(11万4,696円)しかない状況のようだ。もしXpeira 1をグローバル版そのままのスペックで投入した場合、もっと高額な販売価格になってしまったはずだ。

しかもこの夏は、NTTドコモが通信料金と端末代を分離した新料金プラン「ギガホ」「ギガライト」の投入を発表するなど、携帯電話会社が従来のように、通信料金を原資としてスマートフォンの価格を大幅に値引くことが困難になっている。そうした状況下で端末価格が高騰し過ぎると、販売が大きく落ち込んでしまうことから、スペックを下げたモデルを投入して価格を下げるという判断に至ったのだろう。

なぜストレージ容量の少ないモデルを選んだのかというと、ユーザーに与える影響が最も少ないためと考えられる。チップセットやRAMのスペックを下げるとパフォーマンスに大きな影響が出てしまうが、Xperia 1はmicroSDスロットを備えており、最大で512GBのストレージを追加できることから、そちらでカバーできると判断したのだろう。

海外より安い「P30 Pro」の狙い

もっとも、市場動向や企業戦略などによって端末価格を下げたり、スペックを落とした割安なモデルを投入したりするケースはこれまでにもよく見られたものだ。今回の夏モデルでいうと、ある意味NTTドコモが販売予定のファーウェイ製フラッグシップモデル「P30 Pro」も、そうした戦略を感じさせる内容となっている。

NTTドコモから販売予定の「P30 Pro」。海外版にはないFeliCaにも対応させながら、9万円以下というコストパフォーマンスの高さで話題となった

P30 ProはRAMとストレージの容量によって価格が異なり、最上位モデルはRAMが8GB、ストレージが512GBで、海外での価格は1249ユーロ(約15.3万円)とかなりの高額だ。だが日本に投入されたのは、RAMが6GB、ストレージが128GBの最も安価なモデルであり、価格もドコモオンラインショップで8万9,424円。SIMフリー版として発表された下位モデルの「P30」が7万7,880円であることを考えると、日本でのP30 Proがいかにお得な価格設定となっているかが分かる。

2019年3月にパリで実施されたP30シリーズの発表会より。P30 Proは国内向けよりスペックが高いRAMが8GBのモデルを中心にアピールしており、その価格も999ユーロ(約12.2万円)からと高額だ

ファーウェイがP30 Proをスペック重視ではなく、安価重視で投入してきたのには、やはりP30 Proの販売数を拡大したい狙いが強いといえる。ファーウェイはSIMフリー市場ではトップシェアを誇るが、それより規模が大きいキャリア大手3社向けの市場に関しては、2018年に再進出を果たしたばかりのため、認知度が低く存在感がまだ薄い。そこで新機種を割安に設定することで、携帯大手からの販売を一気に拡大し、市場での存在感を高めたかったのだろう。

もっともファーウェイは今、日本でのP30 Proの発表直後に米国からの制裁を受けたことで、P30 Proの予約が中止されるなど今後の販売が不透明になるという、別の問題を抱えてしまっている。だがそうした制裁の影響がなければ、コストパフォーマンスの高さによって、NTTドコモでの販売を大きく伸ばしていた可能性も十分考えられただろう。

国内では、スペックよりも価格を重視する消費者が多いという現状があるだけに、今後も各社の戦略によって、スペック重視のユーザーが不満を抱くケースが出てくる可能性は高い。だがあまりにも価格重視でスペックを下げ過ぎてしまうと、今度はスペック重視の消費者から多くの批判を集めて、製品そのものの評判が落ち、それが売り上げに響いてしまう可能性も出てきてしまう。メーカーやキャリア会社にとって今は、そのさじ加減が非常に悩ましい所なのかもしれない。

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カレー沢薫の時流漂流 第44回

給食「完食指導」は適者生存の虐待か? 子どもへの悪影響に賛否

2019.05.27

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第44回は、子供のトラウマ「完食指導」問題について

給食の完食指導が問題になっている。

「お残しは許しまへんで!」

アニメ『忍たま乱太郎』に出てくる食堂のおばちゃんの有名な決めセリフである。

彼女はそのセリフの通り、それを破る者には烈火の如く怒り、時には一週間食事抜き、掃除をさせる等の罰も辞さないという、「食事を残す者を地獄の業火で焼く人物」として描かれている。

あくまでフィクションであるし、何せ彼女が飯を与えているのは忍者の卵である、今後おそらく山田風太郎の世界で活躍しなければいけない面々だ。適切に調理された食堂の飯が食えないようではやっていけるはずがない。

しかし、忍たま乱太郎の世界ではあれが適切としても、将来、忍にならない子ども相手にそれをやるのは問題なのではという声が挙がっている。

令和になっても残ってしまったトラウマ給食

石でも甘辛くしてもらえれば食える、という偏食のない人間には無縁な話だろうが、そうでない者には「給食のトラウマ」の一つや二つあるのではないだろうか。

一番多いのは「完食するまで帰れま10」だ。これが表題にもなっている「完食指導」である。食べきるまで昼休みに入らせなかったり、居残りをさせたりというものだが、中には「食べ物を無理やり口に詰め込まれて嘔吐」というストロングスタイルの指導を受けた者もいる。

ここまでなら、まだ個の問題だが「みんなが食べきるまで全員昼休みに入らせない」という、齢10にもいかない内から連座制の厳しさを叩きこむ学校もあるようだ。

これらは全て、トラウマとして残る。私でさえ、保育園の時、とりあえず口には入れたが長考したのち「やはり無理」と吐いたほうれん草の白和えのポップなビジュアルを未だ覚えているぐらいなので、無理やり口に入れられた人が忘れるわけがない。

漫画家の清野とおる先生も保育園の時、カワイイ女の子が無理やり嫌いなものを食べさせられ嘔吐したのがトラウマになっていると書いていたので、当事者でなくても同胞が目の前で嘔吐するというのは恐怖なのである。

その結果、傷を負い、登校拒否になったり体調不良を起こしたりする児童がおり、またこの経験から大人になっても「人と食事をするのが怖い」と感じる人もいるという。

そういった強制的完食指導に意味があるかというと、私はないと思う。なぜなら、未だにほうれん草の白和えが嫌いだし、義実家での食卓で姑が「今日の推し」と言わない限りは食わない気がするからだ。無理やり食わされても、大人なのでさすがに嘔吐はしないと思うが、代わりに耳あたりから出てくると思う。

このようにアレルギーでなくても「生理的に無理」な食べ物は存在する。生理的に無理な人の指が口の中に入ってくるところを想像して欲しい。「無理」としか言いようがないだろう。そのレベルでダメなものを飲みこませることが、人間にとってプラスになるとは思えない。

しかし、そこを慮りすぎて「好きな物しか食べない人間」になるのも問題である。「大して好きじゃない物」や「苦手な物」程度なら「感情を無にして食える」練習をしておいた方が、社会に出た時や義実家などでトラブルが起こりづらいのも確かである。

食育に力を入れている小学校では、生徒個人に合わせて最初から食べる量を増減させたり、または無理やり食べさせるのではなく、生徒自身が「今日俺ニンジン食っちゃうよ?」という気になるような給食環境づくりに取り組んだりしているという。

食事は「楽しい」ことが一番

昭和のトラウマランチタイムをサバイヴしてきた人間からすると、これらのやり方は「スイート」に感じられるかもしれない。

しかし、上記の食育に力を入れている学校の校長曰く「食事が楽しくなくなるのが一番ダメ」だそうだ。確かに、食事以外に楽しいことが一つもない、という人間は私含め大勢いるし、今の子どもの65%ぐらいはそういう大人になるはずである。(当社調べ)

そんな65%の唯一の楽しみを子どものころから奪うというのは、虐待と言っても過言ではないし、何のために生まれて来たのかさえわからなくなってしまう。

ちなみに私には90歳になる祖母がいるのだが、そのババア殿は一時期、シュークリームのクリームとジュースしか飲まないという、妖精みたいな生活を送っていたが、普通に生きている。何故なら、そのジュースが妖精になった老人用に作られたメチャクチャ栄養があるジュースだからである。このように、昔だと食事=適切な栄養を取る行為であったが、最近では食事からじゃなくても栄養はとれるようになってしまった。

ならば、食事をただの生命維持活動ではなく、「楽しみ」として重視していくのも自然の流れなのかもしれない。

もちろん、作ってくれた人への感謝など、倫理的なことを言えばやはり、偏食なく、出された物は何でも食えた方が良い。

よって、偏食が多い人も「これだけ嫌いなものがあるから出すな」「嫌いなものを食べさせようとするのはハラスメント」と己の権利を主張するだけでは、協調性がないと取られてしまう。

自分で作る、1人で食う、食事会でも自分が幹事をやって店を選ぶ、など嫌いな物を食べず、なおかつ周りにも不快感を与えない方法を考えていくべきだろう。この方法で、私は1年中300日ペペロソチーノだけを食い続けたが、特にトラブルはなかった。

と言いたいが夫に「くさい」と言われたので、自分の食を楽しみつつ、周りに迷惑をかけないのは、なかなか大変ことなのである。

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