ゲームの「触覚」デザイン、誰がやる? ハプティクスの歴史から学ぶ表現方法

ゲームの「触覚」デザイン、誰がやる? ハプティクスの歴史から学ぶ表現方法

2018.08.30

「VR」が盛り上がるなか、そこに触覚を付与する「ハプティクス(触覚技術)」が注目されている

現在のゲーム開発体制で「触覚」専門の役割は確立していないが、サウンドデザインに親和性あり

「ブルブル」するコントローラーの次に来る「触覚」体験とは?

「VR」が次世代の映像体験として盛り上がるなか、そこに触覚を付与する「ハプティクス(触覚技術)」が注目されている。映像と音で表現するゲームという領域においても、その現実感を高めるため、振動するコントローラーが用いられているのはその一例だ。

しかしながら、「触覚のデザイン」は、現在のゲームの開発体制のなかで、専門の役割としては確立していないという。

ゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC 2018」では、そんな「ハプティクス」の歴史と近年の動向、そしてゲーム開発においてハプティクスを設計するのに適した既存職種について語られる講演『ただのブルブルで終わらせないっ!ゲーム体験を拡張する触覚デザインのアプローチとサウンドデザインとの親和性』が行われた。

ゲーム機の「ハプティクス」

「ハプティクス」は耳慣れなくても、「ゲームのコントローラーが震える機能」と言えば、身近に感じる人も多いかもしれない。実際、ゲーム領域での触覚デザインという観点からすれば、ニンテンドー64の「振動パック」の発売から21年が経過しているなど、ハプティクスという名こそ無いものの、ながらく市場には存在していた。

ゲームと触覚体験の歴史

20年前からの変化として、ひとつは、VR体験のためのヘッドマウントディスプレイ(HMD)付属のコントローラーというゲーム機以外の機器が登場した。そして、振動の発生装置が偏心モータ型からリニア共振アクチュエーターに移り変わって振動表現の精度が向上し、より多様な振動を表現できるようになったことが挙げられた。

50年前に生まれたVRの元祖

慶應義塾大学 大学院メディアデザイン研究科 南澤孝太 准教授

講演の前半では、触覚メディア・身体性メディアの研究を行っている慶應義塾大学の南澤孝太 准教授が、ハプティクスの歩んできた歴史の概要や、直近の研究成果を語った。

冒頭で触覚デザインのコンセプトを語った南澤氏。ヒトは「感覚と運動によってセカイと相互作用する」と語る。VRでは視覚をはじめとした五感の入力をハッキングすることによって、人間の異なる行動を引きだし、世界との関わり方を変容させていくのだとコメントした。

五感をハックする上で、触覚デザインの研究とVRは非常に密接なものだ。そして、近年注目されているVRだが、元祖は50年前にさかのぼる。VRの先駆者として知られるコンピュータ科学者・Ivan Sutherland氏の実験(1968年)のエピソードがそれにあたる。これは、目の入力、感覚の入力をハックすれば違う世界にいるように感じられるだろう、というもくろみで行われた実験だ。

VR研究にいち早く着手したSutherland氏の「予言」は、現代において半分程度、現実のものになっている

Sutherland氏は当時「予言」といえるような未来予想を発言しており、「線画ではなくリアルな映像を表示可能に」「3次元空間の中に入り込む」「タイプライターではなく会話やものを動かす」といった内容は、現在のVRにほぼそのまま当てはまる。そこで、「予言」の中でまだ実現されていない部分の達成には、力覚や触覚が重要になると語った。

ゲームでもVRコンテンツでも、視覚と触覚は密接な関係にあるが、人間が目や触覚で知覚する仕組みには類似点がある

続けて、人が触覚を感じるしくみについて解説が行われた。光の3原色(RGB)で表現される映像と同様、触覚にも3つの主な要素があり、それらを知覚するセンサを模倣することで、さまざまな触覚をコンピューターで再現可能になると考えているという。

皮膚にはさまざまな”センサ”がある
触覚の三原色(力、振動、温度)を使って「フルカラー触覚」を伝送

複雑だった触覚再現をシンプルに

1990年代に起こったVRブームの際、触覚ディスプレイはいくつか登場していたが、普及には届かなかった。それは機器の価格が高いという障壁を筆頭に、複雑な操作機構を持つものが多かったからだ、と南澤氏は振り返る。

コントローラー型、グローブ型といった小型のものから、研究で用いられたロボットのような大型機器まで、さまざまな触覚伝送ディスプレイが開発された

なぜ複雑で高い機器が生まれたかといえば、90年代当時の触覚ディスプレイは「かなり厳密だった」ため。触覚を細部にわたって再現しようと追求するあまり、実用の難しい仕様になってしまっていたのだ。

そのため、南澤氏はよりシンプルな触覚表現が必要であると考え、「ヒトの知覚を的確、最小限にハックすれば、目的は達成可能」と語り、そうしたコンセプトから手がけたシンプルな触覚伝送装置「TECHTILE toolkit」などを紹介した。

南澤氏は、現実の厳密な再現を目的に複雑化していた機器を反面教師として、シンプルで装着感のないインタフェースである必要があると考えた

「感覚と運動の相互連携」とは、単に指を置くだけでなく、なぞる行為をすることではじめて触覚が生まれることを指す。「知覚的に透明なインタフェース」という表現は、機器それ自体の締め付けや重さはノイズとなるため、装着感が薄いものであることが望ましいことを示している。さらに、さまざまな人が使えるアクセシビリティも担保すべきとした。

触覚を取り入れたゲームとしては、著名ゲームデザイナー・水口哲也氏が手がけた「Rez Infinit」が記憶に新しいが、南澤氏はこの作品の触覚開発に関わった。

Rez Infiniteのために開発された全身触覚スーツ「Synesthesia Suits」

「(「Rez」というタイトルをリリースした2001年)当時には作れなかった全身経験をつくりたい」という水口氏の思いをもとに開発を進めたが、難しかったのは「触覚の言語表現」。ゲームデザイナーと研究者がそれぞれ思い浮かべる状況の相違に苦労したという。

クリエイターの脳内にある体験イメージと、テクノロジーが出力可能な触感の結び合わせを試みる中で、互いに相手の考えていることを推測できるようになり、研究者が擬音で表現したり、ゲームデザイナーが「もっとアタックを強く…」など相手の言葉で伝える術を獲得し、歩み寄れたと経験を語った。

こうした経験を語ったのち、ゲーム業界に触覚の設計を専門とする「Haptic Designer」という役割が登場すれば、もっとゲームにリアリティを付与できるのでは?と展望を述べ、「触覚によるヒトの共感や実感を作りだし、ゲームの体験を高めていきたいと語って、講演を締めくくった。

単なる「ブルブル」ではない触覚設計

後半では、CRI・ミドルウェア ゲーム事業推進本部 Sound / Haptic / UX デザイナーの川口貴志氏が、ゲーム開発者の視点から、ハプティクスデザインについて語った。

CRI・ミドルウェア ゲーム事業推進本部 Sound / Haptic / UX デザイナー 川口貴志氏

現状、振動機能を持つゲームのコントローラーでは触覚の完全な再現は行えないことを念頭に、デフォルメした振動で脳をだますことが必要だと語る川口氏。「マルチモーダル」という言葉を、設計方針のキーワードとして挙げた。人は、果汁0%の清涼飲料水の味の違いを、色や味覚、嗅覚など複数の知覚を総合して判断していることがそれにあたる。

人が果汁0%の飲料の違いを判断するのは、視覚、嗅覚など複合的な感覚によって行っていること

コントローラーがいきなり震えたのでは「ただのブルブル」でしかなく、たとえばゲーム内で銃で撃たれる状況など、理由がないと演出にはもちろんならない。また、突然撃たれたのでは、プレイヤーは状況を理解できない。目の前に人が現れて敵が銃を構えて…という流れをつくることで、チープな触覚刺激にも実感がともなっていくと語った。

そして、現状「ハプティクス・デザイナー」が存在しない中で、振動デザインと親和性が高いのはサウンドデザイナーだ、と川口氏。音も振動も時間軸をもつ演出であり、メリハリのつけかたは似ていること、「宇宙での爆発音」など存在しない体験に対する演出に慣れていること、音と振動を同時にイメージできること、そしてタイミング調整にシビアである点を挙げた。

「箱からモノを取り出す」動作に触覚をつけるとき、現実で行った場合の力のかかり方よりもやや大げさにメリハリをつけると、より伝わりやすい表現になると語った

触覚デザインの例として、「箱の中のモノをつかんで取りだす」行為を解説。先述の通り、完璧な触覚再現は技術上できないこともあり、少し大げさにメリハリをつけ、一瞬無のところをつくってから大きな振動を起こすようにした。これは偏心モーターではできない芸当で、アクチュエーターの進化によって可能になった演出であるという。

ハプティクスで「痛み」を表現可能に?

講演の最後には質疑応答が設けられ、南澤氏から聴講しているゲーム開発者たちに「ゲームの触覚デザインを実際にやったことがある?」など質問を投げかける一幕も。会場で挙手した経験者はプランナーで、サウンドデザイナーと協業したと語っており、川口氏の聞いた状況とも合致していた。

また、聴講者からの「サウンドライブラリのような素材集的なものはハプティクスでもある?」という質問に、「触覚プラットフォームができはじめている」と南澤氏が回答。そして、「振動の次に来る触覚要素は?」という質問に、南澤氏は「温度」とコメント。人は素早く切り替わる温感と冷感を交互に与えられるとそれを「痛み」と錯覚するため、「人を傷つけることなく痛みを表現できる」と発言し、聴講者たちは驚きの表情を浮かべていた。

こうして異なる領域間での情報交換を行い、講演は幕を閉じた。文脈を示した上での「ブルブル」はリアルに感じるというのは、ニンテンドースイッチのようなゲーム機に触った体験からも納得感のあるものだった。講演の最後に語られた温度による「痛み」の表現も、議論は必要とは思うが、FPSなどに実装されることで、より没入感が深まりそうだ。

技術の進化で触覚表現に広がりが出ることで、VRおよびゲームの表現に触覚が当然のものとして搭載され、「ハプティクス・デザイナー」が生まれる日も近いかもしれない。

そのセグメント、ちょっと待った! 本当は怖いターゲティングと恋の落とし穴

恋するSNSマーケティング講座 第2回

そのセグメント、ちょっと待った! 本当は怖いターゲティングと恋の落とし穴

2018.11.21

Facebook社員に「マーケティングのイロハ」を聞く新連載!

第2回は、効率を上げるために必要な「ターゲティング」について

恋愛もマーケティングも、まずは「ブロードリーチ」が必要?

フェイスブック ジャパンのSNS運用コンサルタントに「SNSマーケティング」について聞く短期連載。初心者~中級者に知ってほしい「マーケティングの考え方」について、全5回にわたって説明します。

キーワードは「恋愛」。とっつきづらいマーケティングも、恋愛に喩えて考えてみると、意外とわかりやすいようです。

前回に引き続き、フェイスブック ジャパンのクライアントソリューションズマネージャ リード 丸山祐子さんに話を聞きます。今回もよろしくお願いします!

「恋愛とマーケティングは似ている」という前回の話に引き続き、今回もフェイスブック ジャパンのクライアントソリューションズマネージャ リードを務める丸山祐子さんに、マーケティングを考える上で重要なことを聞いてきました。今回のテーマは、「ターゲティング」です。

闇雲にリーチを増やしても意味がない

「広告において重要なのは、できるだけ多くの人にこちらの情報を届けること。もちろん『数』だけではなく、誰に届けるかという『質』の部分も重要です」(丸山さん:以下、丸山)

広告の目的は、顧客となりうる層に商品やキャンペーンなどの情報を届けることであり、さらにいうと、最終的なゴールは“購入”などのアクションにつなげることである。

これを“恋愛”に置き換えると、「パートナーとなりうる層に自分の情報を届けて、最終的に“好きになってもらう、付き合う”などのアクションにつなげる」ことと言えるだろう。恋愛も広告も、まずは存在を認知してもらわなければ「コンバージョン」につながる確率はゼロのままだ。知ってもらわないことには、一向に話が始まらない。

とはいえ、絶対譲れない条件があるのに闇雲に合コンを重ねてもムダなように、広告でリーチする相手も「質」が重要だ。ターゲティング次第で広告の成果は大きく変わる。

「その点、FacebookやInstagramはユーザーデータに基づいて細かく広告を出す先を変えることができます。例えば30代を対象とした化粧品の場合、『都内に住む30代の女性で化粧品に興味を持っている層』にのみ広告を出すことも可能です」(丸山)

細かすぎるセグメントは時に機会損失につながるかも?

では、「量と質、どちらにウェイトを置くべきか?」というと、それはケース・バイ・ケースだと丸山さんは言う。大切なのはバランスなのだとか。

「商品のターゲットがF1層だったとして、最初からそこでバシッとセグメントしてしまうと、34歳から35歳になった途端、広告は届かなくなります。だけど34と35で人はそんなに変わりませんよね。セグメントすることで、実は機会損失になってしまっている、というケースも少なくありません」(丸山)

そこでオススメする方法の1つが、まずはターゲットを詳細に定めず広範囲で広告を出して、そこから反応のある層に絞ってアプローチをしていく方法だという。この方法で広告を出すことによって、機会損失の減少につなげられるとのこと。

Facebook、Instagramでは、広告に対する反応率をユーザー属性ごとに細かくチェックすることができるため、広範囲で広告を打った結果「30代に刺さると思っていたら、実際には20代の方が反響が大きかった」といったことがわかることも多いのだという。細かくセグメンテーションするのは、反響が大きい層の目星を付けてからでも遅くないというわけだ。

ちなみに丸山さん自身も、婚活においてこの「量」と「質」の罠にハマってしまった経験があるそう。

「昔は、国際感覚があって、ロジカルシンキングができて……など、色々と相手に求める条件を考えていました。でも、『自分が思うすべての条件を満たす人なんてこの世にいないんじゃないか』『そもそも本当にこの条件って必要なのか』といったことを考えはじめ、最近はあまり固く考えすぎない方がいいのかな、と思うようになりましたね」(丸山)

「マーケティングは得意なのですが、恋愛はまだまだ勉強中です……」

その後丸山さんは、まずは条件を細かく定めずに「月に10人と会う」ことを目指しているのだとか。好きな人探しの“ブロードリーチ期”というわけだ。

恋愛も広告も、タイミングが重要

ターゲティングに加えて意識しておくべきは、タイミングであるという。

恋愛においてもタイミングは重要で、相手が今どんな関係を求めているのかを意識して行動、関係性を築くことが求められる。

それは広告においても同じことが言える。セグメンテーションが適切でも、たまたまそのとき関心がないことは十分に考えられる。例えば、「若い女性に人気の旅行スポット」の情報を、ただ若い女性向けに配信しても、その人が旅行を計画しているタイミングでないと、思ったように刺さらない。ユーザーの質は良かったのに、タイミングを間違えたケースである。

「量」と「質」と「タイミング」を考えてターゲティングする――。なかなか難しそうに思えるが、これこそがFacebook・Instagram広告の得意分野だと丸山さんは言う。

「FacebookやInstagramには人ベースのターゲティングができ、リーチの数も質も親和性が高い形で届けることができるのです。ニーズが顕在化している層だけでなく潜在層にもリーチできるのが、Facebook・Instagram広告ならではのメリットです」(丸山)

広告は「一方通行」ではない

もっとも、自分のデータを勝手に参照されて広告が出ることを良しとしない人もいるだろう。興味のある記事を読んだり、シェアしたりしていると、その内容に似た広告が表示された、という経験がある人も多いと思う。ただ、Facebookではプライバシーセンター機能により、「見たい広告」「見たくない広告」を利用者側で設定することもできる。

これは、「広告は決して一方通行ではなく、広告主と利用者の『見たいもの』と『見せたいもの』がお互いにマッチすることによって、質の高い利用体験につながる」というのがFacebookの考えであるため。プライバシーセンターは、その世界を実現するための機能の1つだ。

***

今回は、マーケティングについて重要な「ターゲティング」の話を聞いてきた。しかし、「これで広告を届けるべき“質の高いユーザー”にリーチができるようになったから万々歳」……というわけにもいかないようで、次は「引きのある広告内容」について考える必要があるとのこと。

ということで、第3回では「効果的なクリエイティブのつくりかた」について聞いていこうと思う。

第3回「恋するSNSマーケティング講座」は11月28日(水)に掲載予定です

クレジットテックで“新しい”信用情報が果たす役割

まるわかり! Credit Tech 最前線 第2回

クレジットテックで“新しい”信用情報が果たす役割

2018.11.21

テクノロジーの進化によって誕生した新しい信用情報

サービス提供者と利用者、双方にメリットが生まれる可能性がある

金融サービスだけでなく、シェアリングエコノミーでの活用も

連載の第1回では、Credit Tech(クレジットテック)が盛り上がりを見せる背景について紹介した。第2回では、テクノロジーによって可視化されてきた“新しい”信用情報について、具体的な内容を紹介するとともに、クレジットテックが果たす役割について俯瞰してみたい。

クレジットテックにおける“新しい”信用情報とは

新しい信用情報を紹介するにあたり、まずは、社会信用システムが発展している中国において、信用スコア算出の事例としてよく登場する「芝麻(ジーマ)信用」を見てみよう。

芝麻信用とは、中国アリババグループのアント・フィナンシャルサービスグループが開発した個人信用評価システム。「身分特質」「履約能力」「信用歴史」「人脈関係」「行為偏好」という5つのパラメーターを用いて、個人に350~950点の信用スコアを付与する。

芝麻(ジーマ)信用のイメージ。アント・フィナンシャルサービスのHPより

この5つのうち、「身分特質」「履約能力」「信用歴史」は“従来の”信用情報に該当する項目、「人脈関係」「行為偏好」は新しい信用情報に該当する項目だと私は考えている。

従来の信用情報とは、行政・銀行・信用情報機関といった信用の担い手が、以前から保有/利活用してきた信用情報のこと。例えば、預金や借り入れの状況、クレジットカードの利用履歴、居住地、職業、学歴などが該当する。

そして、新しい信用情報とは、テクノロジーの発展した現在において民間企業が担い手となって、生まれた信用情報である。例えば、どんな人とコミュニケーションをとっているのかといった「SNS上のつながり」だ。日本ではLINE、中国ではWeChat、世界的に見ればフェイスブックなどが、この情報を保有している。

また、一般消費における現金の動きも新しい信用情報にあたる。これまで、匿名性が高く、移動の履歴が残りにくいため、現金は精緻な利用状況が取得できなかった。しかし、キャッシュレス決済の登場によって、個人に紐付いた現金の移動を記録して追うことができるようになったのだ。2017年の中国の実績では、約1,362兆元(約22,901兆円)ものモバイル決済取引が行われている。

信用情報が多面化するイメージ

新しい信用情報がもたらす3つの価値

では、こうした新しい信用情報の出現により、どんなことが起きるのか。1つは、機会損失の解消だ。従来の信用情報のみに依拠していると、そうした情報を持たない、もしくは開示していない個人は、サービスを享受しにくい状況が発生していた。例えば、本当は支払能力があるにも関わらず、クレジットカード支払いの遅延歴があったために、住宅ローンを組めないというケースなどだ。ここに新しい信用情報が加わるとどうなるか。

ソフトバンクがみずほ銀行と合弁で立ち上げた、デジタルレンディング企業「j.score」を例に説明しよう。同社のサービスではまず、ユーザーは従来の信用情報に該当する項目に加え、普段の生活習慣など、複数の新しい信用情報を回答する。その結果、導き出された信用スコアに応じた条件で、融資を受けることができるようになるのだ。

これにより、従来であれば金融サービスを享受できなかった個人でも、サービスを受けられる可能性が出てくる。よりマクロな視点でみれば、金融包摂の文脈に該当する利点と言えよう。

J.Scoreの「AIスコア・レンディング」紹介動画

もう1つは、これまで以上に高付加価値のサービス提供が可能になることだ。従来の信用情報のみでは、年収の低い個人や、過去の売上データが芳しくない法人は、融資を受けられたとしても高金利にならざるをえなかった。しかし、住信SBIが提供する「レンディングワン」などのトランザクションレンディングサービスでは、企業の売上状況を新しい信用情報として参照することで、即日で最大1億円までの融資を低金利で可能にしている。

ほかにもメルカリでは、サービスの利用状況や評価の高さといった新しい信用情報を取得できるユーザーに対して、「メルカリ月イチ払い」という後払い決済サービスを提供している。

お金の貸し手が新しい信用情報を活用することで、借り手の信用をより精緻に推し量ることができるようになったからこそ、双方にとって、低コスト低リスクかつスムーズな取引ができるようになったのだ。

そして最後に、新しい信用情報は、その可能性を金融以外の領域に派生していけることにも価値がある。個人の嗜好性や行動の結果や人脈といったよりパーソナルな情報を精緻に可視化することから、金融に限らずとも、いわゆる信用によって成立するさまざまな領域で、商取引を活性化することができるのだ。

最たる例は、シェアリングエコノミーに代表されるCtoCサービス。貸し手、借り手ともに信用が重要なこの領域では、双方が安心して利用できるサービスを目指し、早期からSNSなどの情報が活用されていた。人材のマッチングにおいても、求職者のパーソナリティを推し量る多面的な指標として、キャリア以外の観点で新しい信用情報が活用されるようになるかもしれない。そのほか、当然マーケティングデータとしての活用も可能。電通やUFJ信託銀行の「DPRIME(ディープライム)」といった情報データ銀行の登場は、個人のパーソナルな信用情報をマーケティングに活用する動きを加速するものだと思われる。

信用情報の利活用に向けた各国の状況

個人の信用情報をどの主体がどう蓄積するかは、国や地域によっても扱いが異なる。中国では、行政や一部の企業が「社会信用システムの構築のため」として、個人の信用情報を中央集権的に掌握、管理している。これにより、急速なスピードで信用情報や信用スコアの活用が進んだが、スコアが低いために社会の利便性が極度に低下し、不利益を被る個人も一部出てきており、ディストピアと称されることもあるのだ。

一方、欧州ではGDPR(EU一般データ保護規則)が施行され、個人が自分の情報を「どの企業にどこまで渡すか」を意思決定できる状態になっていることから、中央集権的な管理ではなく個人に強く帰着される傾向にある。

個人データの蓄積方法や主体に違いはあれど、中国、欧州どちらも、個人データを利活用する土台が整備されてきていると言える。

今後、日本でも、個人の信用情報は、信用スコアの算定とそれに基づくサービスとして利活用されていくだろう。信用スコアに関する事業としては、ソフトバンクとみずほ銀行の合弁会社であるJ.scoreを端緒とし、すでにドコモも参入を公表している。

しかし現状の日本では、行政や企業が個人の信用情報を個別に保有しており、今年5月に改定された個人情報保護法の範疇では、匿名データにマスキングした形でしか、個人データの受け渡しや企業間の利活用はできない状況だ。今後、信用情報の利活用領域に対して、日本でもさらなる法整備を実施していくことが想定されるが、中国型、欧州型のどちらの発想になるかにより、サービスや受け入れられ方に大きな差異が生じることは間違いない。