日本のクルマ文化を見直すべき時期? 安東弘樹がマツダと考える

安東弘樹のクルマ向上委員会! 第7回

日本のクルマ文化を見直すべき時期? 安東弘樹がマツダと考える

2018.10.10

日本のクルマ文化と高度経済成長期の関係

大変革の自動車業界で重要性を増すブランド力

クルマ離れを止めるにはクルマを知ってもらうこと

初代「ロードスター」のレストア事業に関する話から始まった安東さんとマツダ・梅下隆一執行役員の対談。日本で古いクルマを楽しむためには何が必要かというテーマから、最終的にはクルマそのものの楽しみ方について、話題は移っていった。

※文はNewsInsight編集部・藤田が担当しました

クルマ文化の東西比較

編集部:日本で古いクルマを楽しむ文化が育たなかったのって、どうしてなんでしょうか。日本にも、古いモノを愛でる土壌はあると思うんですけど……

安東さん(以下、安):でも、家電とかになると……

梅下さん(以下、梅):そうなんですよ。工業製品における古いモノっていうのは、日本では難しいですね。十把一絡げにはいえませんけど。

安:例えば冷蔵庫ですら、アメリカでは古いモノを気に入って使ってる人が結構、いますからね。まあ日本人にはいない。流行を取り入れたものがどんどん出てくるし。

梅:高度経済成長期に、欧米に追いつけ追い越せで、庶民でも色んなものが買える状態にしなきゃいけないというのが、国民みんなの目標だったわけですよね。だから、家電もクルマも、少しでも安く、高機能なモノをたくさん作って、お届けするというのが多分、僕たちの使命だったし、それが国を豊かにしてきたはずなんですよ。少なくともバブルまでは、そうやってきたと。一部の裕福な人に向けて、趣味性の高いクルマをお届けするよりも、むしろ当時は、なるべく安くて高機能なクルマを競って作るという時代だったわけですよね。

バブル崩壊の後、もしかすると、どこへ向かうのかという明確な方向性がないままに今を迎えたのかもしれないですね。時計だってオーディオだって、クルマだって、高級で趣味性の高いものは結構、海外製になった。だけど、1980~90年代までは、おそらく時計だって、趣味性の高いものが死に絶えそうになっていたところに、日本の高機能で、まったく狂わない時計が、全てを席巻するがごとき勢いになった。オーディオだって、日本の高機能なメーカーはすごく元気がよくて、クルマもそうだった。だけど、いろんな業界が、次のステップをなかなか見出せない状態で、今に至っているのかもしれない。

マツダ執行役員 カスタマーサービス担当 ブランド推進・グローバルマーケティング担当補佐の梅下隆一さん(対談風景の撮影:安藤康之)

安:根本的に日本って、終戦で何もなくなって、財閥も解体になって、良くも悪くも、本当に豊かな人って一回、いなくなりましたもんね。豊かな文化がゼロになった。それで、物質に豊かさを感じるようになったのかも。

梅:ヨーロッパだと、一部の貴族がクルマであれ、食であれ、文化を作ってきた側面はありますものね。近代になって、別の文化が米国にも生まれていますけど、米国というのは何をするにも、極めて安上がりの国なので、庶民でもさまざまなゆとりを持っているし、欧州とは違う形で文化が芽生えた。庶民レベルでの文化的な趣味は非常に豊かなものがある。だけど、アメリカとヨーロッパでは、クルマの文化がだいぶ違いますけど。趣がね。

安:そういう意味では、「ロールスロイス」って日米では生まれようがないのかもしれませんね。そこは永遠に追いつけないところかもしれない。クルマ文化を大切にしていけば追いつけるのかもしれないですけど、残念ながら今は、反対の方向に向かっている感じがします。便利で、自動ブレーキが付いてて、みたいに、何が付いているかということが豊かさの象徴、というところから脱却できない。

「ロールスロイス」は英国で生まれた(画像は1934年に作られたロールスロイスの「ファントムⅡ」。「AUTOMOBILE COUNCIL 2018」にて編集部撮影)

梅:作る側は一生懸命にそれを作っているんですが、お客様は、もうそこに魅力を感じなくなっているのかもしれませんね。だから、買ってもらえない。そういうところで、作り手側も悩んじゃっている。

安:ジレンマあるでしょうねー。

大変革のクルマ業界、生き残りの鍵はブランド力?

編集部:でも結局、自動運転の電気自動車ばかりが走る世の中になったら、そのクルマは、どこのメーカーが作ったものでも関係なくなってしまうという怖さはないですか?

梅:そうなったら、うちも大変だ(笑)

安:どうなっても、電気でも自動でも、ロールスロイスというブランドは磐石だと思いますよ。自動運転の電気自動車であっても、ロールスロイスを買うお客さんはいる。そこの部分って、逆にすごく大事になりますよね。そうなると、ブランドが逆に問われると思う。

梅:まさにそう。自動でもEV(電気自動車)でも、みんながクルマをシェアリングする時代になっても、「フェラーリ」を買う人は絶対に買う。

安:絶対に買う。運転しなくても買うと思います(笑)

梅:それはやっぱり、そこに文化的、あるいは資産として、あるいは商品の魅力として、際立ったものがフェラーリにあるからで。

安:日本メーカーは、そこを危機だと思って欲しいです。だから、マツダの方向性はすごく正しいと思うんですよ。ヘリテージを大事にすることとか。「アテンザ」の方向性も、ミニバンをやめたことも含めて。

※編集部注:安東さんがマツダ「アテンザ」に試乗した。その模様はこちら

マツダのフラッグシップモデル「アテンザ」のセダン

安:私は今、輸入車しか基本、興味なくて、日本メーカーには少し失望しているというか、なんでコストでしか戦わないのか、価値を高めようとしないのかって思ってるんですけど、ミニバンをやめると聞いたとき、マツダは本気で考えているのかもって感じました。例えば、ディーラーでCI(コーポレート・アイデンティティ)の刷新も進めてますよね。

※編集部注:マツダはブランド価値向上に向けて販売店の改装を進めている。詳しくはこちら!

安:やっぱり、クルマを買う時は私、個人的には、のぼりが立ってる所に行きたくないって気持ちがあるんで。もちろん、ハードルが高くなったという人もいると思いますよ、マツダが急に、高級路線で入りにくくなったと。だけど、僕はそれでいいと思ってるんですよ、そういう思い切りが今まで、日本メーカーにはなかったと感じてるんで。だからアテンザも、もう100万円、高くてもいいと思ってるくらい。

サーキットの敷居を低くしたい2人

梅:クルマは何より、楽しいですけどね。僕なんか、リフレッシュに使ってますよ、行き帰りの通勤で。

安:全く同じです。今、私は千葉市に住んでいるので、(東京都内に通勤すると)往復で100キロなんですけど、楽しくて仕方がないです。仕事に向かうときは集中力が高まるし、帰りはクールダウンになるし、100キロは何の苦にもならない。日本人には、もっとたくさんクルマに乗って欲しいですよ。長い時間を乗ることになれば、より運転が楽しいクルマの方がよくなるでしょうし。クルマに触れる時間が短すぎるんですよね、ショッピングセンターに行くとか、乗る距離も短い。

梅:僕は思うんですけど、クルマってやっぱり、通勤で往復していてもリフレッシュできて楽しいですし、そこから先、足として使う以外にも、色んな趣味性が広がっていくものですよ。レストアまでいかなくても、何かアクセサリーを買ってきて付けるだけでも“自分のクルマ”になる。あるいはモータースポーツも、もっとお客様に楽しんでもらえるようにしたいし。

安:そうそう! サーキットのハードルって、もうちょっと下がらないんですかね?

梅:下げたいんですよ!

安:「ボウリング場」のレベルになればいいんですけど。

梅:そうなんですよ!

安:ニュル(ニュルブルクリンク、ドイツにある有名なサーキット)の20キロのコースでさえ、向こうではチケットさえ買えば、コースインですから。日本だと面倒だからなー! もちろん、旗の色とか、最低限の知識は必要ですけど、なんでこんなにハードルが高いのかな。やったらはまりますよ、絶対。信号もないし、人も飛び出してこないから危なくないし。

梅:手間も時間もお金も掛かるんで大変なんですけど、なんとかできればね。

安:持論なんですけど、サーキット教習を、教習所でやったらいいと思うんですけどね。サーキットって、実は日本に沢山あるし、希望者だけでもいいので。サーキットで思い切り走ってみてくださいよと。初めて免許を取る時、最初に高速教習とセットでサーキット教習をやったら、ほとんどの人がはまると思うんですけど。だからサーキット教習は是非やって欲しいんですけど、誰に言ったらいいんだろう?

免許取得時のサーキット教習を検討して欲しいと安東さん

梅:僕も思い当たることがあって、マツダは主催じゃなくて協賛なんですけど、「ドライビングアカデミー」というのがあります。初めてクルマをお買い上げになったお客様から、そうじゃない人まで、多くの場合はサーキットでやるんですけど。でも、いきなり走るのではなく、クルマというのは、こういう状況になったら、こんなことが起こりますよというのを体験してもらうんですよ、わざと滑らせたりとか。

安:普通の人って、フルブレーキもフルアクセルも経験したことないですからね。

梅:そうそう。で、最後はサーキットも少し走っていただく。年間二百数十枠しかないんですけど、募集すると、瞬く間に一杯になる。

安:だから、興味はあるんですよね。

梅:今から僕らは、そういうことの枠も広げていくべきかもしれない。200万円で買ったクルマを、そこで使い切れると。

安:いいと思います。安全上もいいですよね。子供を乗せてミニバンでかっ飛ばしているお父さんもいるわけじゃないですか。「この人、ここでフルブレーキをかけたらどういう挙動になるのか、分かってるのかな」と思うと恐怖で。サーキットでも、飛行場でもいいと思うんですけど、一回でも、クローズドコースで、とりあえず思いっきり踏んでみて、急ブレーキをかけるとクルマがどう動くのか、経験するだけでも変わってくると思うんですけどね。そういう教習ってすごく必要だと思う。僕は山形の合宿免許だったんですけど……

梅:山形の合宿免許? ぼくもそうでした!

「山形の合宿免許」という共通点が発覚した両者

安:2月だったんですけど、夜に水を張って、氷路教習みたいのがあったんですよ。

梅:そんなのあったんですか?

安:スタッドレスが出たばっかりの頃で。40キロくらい出してツーって、ブレーキが全く効かないような状態を経験させてもらったんで、それはすごくよかった。そういう経験をしておいた方がいいじゃないですか。

梅:その方が絶対、安全ですよね。知っている方が。

安:たかだか40キロでも、フルブレーキ踏んでロックしちゃったら、どうにもなんないと体で感じることができた。それをクローズドコースとかサーキットでやるのが、必修くらいになれば……。クルマって“凶器”であり“棺おけ”でもあるわけじゃないですか。

梅:だけど、正しく使えばね。

サーキットで1度、クルマの能力を極限まで試してみることは、確かにためになる経験かもしれない。画像はマツダの美祢自動車試験場(山口)にあるサーキット(画像提供:マツダ)

安:クルマって「魔法の絨毯」じゃないですか。しかも、「どこでもドア」と違うのは、行程も楽しめるところ。その楽しさは、ぜひ知ってほしいですよね。

梅:駅もないところに、自分の意思で行ける。だけど一方で、普及させることに重きが置かれたのもあると思いますけど、危険性もある乗り物なのに、専門的な知識なしで乗れるようにしなきゃいけないものって、クルマしかないですよ、考えてみれば。

安:場合によっては、自分のクルマのことも本当に知らない。ガソリンかディーゼルかも知らないし、気筒の数も分からない。僕なんか運転しながら、ピストンが上下しているのを想像して悦に入っているタイプなので、そういうのを分かって運転しているから危険も、整備の具合も分かりますし。運転スキルには自信ないですけど、スキルを過信しない自信はあります。

エンジンが動いているさまを想像しながらクルマを運転しているという安東さん(「アテンザ」試乗時に編集部撮影)

安:ヨーロッパには、国自体がクルマ好きって感じのところもあるじゃないですか。でも日本は……

梅:それはでも、マツダでも少しやってますと申し上げましたけど、もっと僕らが努力して、数を増やしていって、たくさんのお客様が体験して、クルマとはこういうものだと理解して頂いて、中にはサーキットを走って見たいと思う人がいるかもしれないし、そういう(機会を増やす)努力を僕らはしうるわけで。そういう人が増えていくと、国に「やっぱりこっちだよね」と思ってもらえるかもしれない。国の仕組みと僕らの努力って、鶏と卵なので。僕らとしては、国がやってくれない、変わってくれないといって待っているよりも、自分達で、こうあればいいなということを少しずつ、実現できればいい。

安:例えば、全てのマツダオーナーに、そういうドライビングアカデミーみたいなものを勧めるとか、そういうところから始めるのがいいんじゃないですか? 新車を買う人に勧めてみる。もちろん任意で、興味ある人だけでいいんですけど、全てのお客さんに働きかけることって、メーカーさんができることなのでは。

梅:がんばろう! がんばります。

安:そういう提案もありかなと今、思いましたね。

梅:現時点でそういう状況にはなくて、もちろん、それなりのインストラクターも必要ですし、フルフルでやって年間、二百数十人という状況なんで、道は長いですけど、頑張らなきゃいけない。

もう少しキャパが増えるといいですよね。この間、鈴鹿でやったアカデミーを視察に行ったのですが、お客様とお昼を食べた時、これに参加するのに2回も有給休暇を取ったと。一回は今日で、もう一回は予約を取る時だと。それを聞いて嬉しい反面、ものすごく申し訳なくて。今はインストラクターも足りないし、サーキットが中々、空いてないってのもあるのですが、もう少し多くのお客様を受け入れられれば。せっかくクルマを買ったのだから。

転換点を迎えたマツダの今後、「FD」復活も視野?

編集部:マツダは先日、今後のクルマづくりに「ラージ」と「スモール」という考え方を導入すると発表されました(詳しくはこちら)。そういう意味で転換点にあると思うんですが、ロードスターに限らず、今後もマツダは、お客さんに長く乗ってもらいたいと考えてクルマを作っていくんですか?

梅:そういうことなんでしょうね。うちのクルマは、自分でいうのもなんですけど、哲学と情熱に満ちてると思いますよ。

安:「FC」とか「FD」(「RX-7」というクルマの型式で、「FC3S」と「FD3S」のこと)なんて、もう伝説になっているじゃないですか。「頭文字D」を読んでない人でも。

※編集部注:漫画「頭文字D」には、「FC」と「FD」を操る高橋兄弟というキャラクターが登場する。

「RX-7」。これは「FC」と呼ばれるモデル(画像提供:マツダ)
こちらは「FD」(画像提供:マツダ)

梅:ええ。ただ、本当に申し訳ないんですけど、そういうクルマってだんだん、車検が通らなくなってきていて。次は、ロータリーをお持ちのお客様をどうするかなんですよ。自動車会社として、これは次の非常に大きな責任なので、頑張んなきゃ。

安:FCとFDって、規制を通るように作り変えてでも、復活させて欲しいなと思いますよ。FDなんて、デザインは今だに本当に格好いい。欲しかったなー! でも、あのフォルムはロータリーエンジンじゃないとできないですよね。

梅:難しいですね。あのボンネットの高さ、できないですよ。

安:マツダって、漫画にクルマが登場したりする、数少ないメーカーであることは間違いないので。FDは乗りたいですけど、今は難しいんでしょうね、あのままロータリーでというのは。排ガスも燃費も。

梅:いや、でも、「やります」とお約束はできないですが、うちの会社はあきらめてないので(笑)

安:あのまんまで乗りたいですね!

ロータリーエンジン搭載スポーツカーの復活に期待をにじませた安東さんと含みを持たせた梅下さん

「日本で古いクルマを楽しむには?」というテーマを設定していた今回の対談。話題は初代「ロードスター」のレストアから、ロータリーエンジン搭載スポーツカー復活の可能性まで多岐にわたった。自動車メーカーにとって、これまでにどんなクルマを作ってきたかという歴史は、その会社のブランドイメージに直結する部分。マツダのように自社のヘリテージを大切にしようとする姿勢は、そのブランド力が生き残りの鍵になるかもしれない今の時代に、ますます重要になるのではないかと感じた。

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あらゆる面で様変わり!  新型「デリカ D:5」試乗で感じた格段の進歩

あらゆる面で様変わり! 新型「デリカ D:5」試乗で感じた格段の進歩

2019.03.26

三菱自動車の新型「デリカD:5」に試乗

顔つきの変化に目を奪われがちだが中身もすごかった

本質を追求する三菱自動車の着実な技術開発が奏功

三菱自動車工業が2019年2月に発売した新型「デリカD:5」は、印象をガラッと変えたフロントマスク(顔)に注目が集まりがちだが、注目すべきはその中身だ。三菱自動車らしく本質を追求した改良により、クルマの性能は先代に比べ格段に進歩している。その出来栄えを試乗で確かめてきた。

三菱自動車の新型「デリカD:5」

12回目の改良で大幅に進化した「デリカD:5」

三菱自動車工業の「デリカ」が誕生したのは1968年のこと。その車名は「デリバリーカー」に由来しており、目的地まで人や物を運ぶクルマとして当初は商用を主体としていたが、翌1969年には9人乗りの「デリカコーチ」という乗用の車種が登場した。そして一昨年、デリカは誕生から50周年を迎えた。

左が初代「デリカ」、右は改良前の「デリカD:5」

現在の「デリカD:5」はデリカの5代目ということで、この名が付いた。50年を超える歴史の中では、1982年の2代目で早くも4輪駆動車を設定し、ディーゼルエンジンを搭載した。この2つは、今日もD:5を特徴づける要素となっている。

3代目までは「キャブオーバー」といって、エンジンを運転席下に搭載するワンボックス車の形態だったが、4代目からは客室の前にエンジンを搭載するミニバンとなった。そしてデリカD:5は、2007年のモデルチェンジによって登場し、すでに12年の歳月を経ようとしている。この間、三菱自動車は11回も一部改良を実施していて、今回が12回目となる。歴代デリカは1つの車型を長く継承する傾向にあったが、ことに今回の改良では、大きな進化を遂げたと感じる。

2019年2月に発売となった最新のデリカD:5は、外観の輪郭は従来のままだが、ことに顔つきが大きく変わり、押し出しの強い造形となった。その効果は、例えば今回の試乗で、大型トラックがやや無理な車線変更をしようとした際、ミラーに映るデリカD:5の顔を認識し、一瞬、動きを躊躇した様子にも見てとれた。この造形は、三菱が2015年の「アウトランダー」以降、フロントの共通性として各車で採用している「ダイナミックシールド」の概念に基づいた変更である。

改良を経て大幅に変わった「デリカD:5」の顔つき

またフロントの造形は、主に市街地などでの利用が多い顧客向けに新しく車種設定した「アーバンギア」と、標準仕様といえる「D:5」とで異なる意匠を採用している。

こちらが「デリカD:5 URBAN GEAR(アーバンギア)」。「D:5」には4つ、「アーバンギア」には2つのグレードがあり、価格は384万2,640円~421万6,320円となっている

いずれにしても、この大胆な顔つきの変更が注目されがちだが、それ以上に今回の改良は、走行性能や上質さといった面での進化が大きく、格段の進歩と驚かされるほどであった。なかでも、ディーゼルターボエンジンの改良と、変速段数を6速から8速へと増やしたオートマチックトランスミッション(8速AT)の効果は絶大だ。

SUV顔負けの悪路走破性に上質な乗り心地をプラス

エンジンの基本は変わらないが、新たに「尿素SCR」と呼ばれる排ガス浄化装置が取り付けられ、その精度が高まった。走行のための燃料である軽油のほかに、排ガス浄化用の尿素水溶液を補給する手間は増えるが、いまやディーゼルの排ガス浄化は尿素SCRなしでは語れない時代となっている。

その上で、エンジン内部の摩擦損失を減らしたり、燃焼室の改良や新型燃料噴射装置を採用したりするなどの改良により、最大トルクを増大し、アイドリングストップ後の再始動性を改善している。

2.2Lコモンレール式DI-D(ダイレクト・インジェクション・ディーゼル)クリーンディーゼルターボエンジンを搭載

8速ATは発進で使う1速のギア比を大きくして力強さを上げ、それ以後のギア比は従来の6速に比べ小さくすることで、滑らかかつ燃費に効果的な変速を可能にしている。

車体は、もともとデリカD:5の特徴であった「リブボーンフレーム」と呼ばれる骨格構造に加え、車体前部の剛性を上げる改良が施された。4輪駆動による悪路走破で、SUVの「アウトランダー」や「パジェロ」などに引けを取らない性能を発揮するデリカD:5は、強靭な骨格構造により、大きな凹凸のこぶ路面で、前後のタイヤが対角線上で持ち上げられ、車体にねじれが加わった状態でも、後ろのスライドドアを開閉できる車体剛性を持つ。それが他では真似できない特徴の1つだった。そこに車体前部の剛性の強化が加わり、舗装路での走りの上質さが改善されたのである。

試乗をしてみると、それらの改善が、D:5の走りを格段に進歩させていた。

新型「デリカD:5」および「アーバンギア」のボディサイズは、全長4,800mm、全幅1,795mm、全高1,875mm、ホイールベース2,850mm、最低地上高185mm。車両重量はグレードによって違うが1,930キロ~1,960キロだ

試乗で実感、性能は「様変わり」

ディーゼルターボエンジンは、始動後にディーゼルらしい音を発生させるが、軽やかに聞こえるので嫌な気分にならない。1,900キロを超える重い車体であるにもかかわらず、4輪駆動車であることから、発進時の動き出しは軽やかだ。その際もエンジンはうなることなく、ほぼアイドリング回転に近いところで走り出した。

エンジン内部の摩擦損失が軽減されたこと、同時にトルクが増大されたこと、さらには8速ATの1速ギア比が大きくなり、ギア比の力でエンジンを助ける効果などにより、このスムーズな発進が実現できたのであろう。

また今回、パワーステアリングが電動化されたので、発進してすぐに曲がる場面でも、クルマは軽やかに進路を変えた。

パワーステアリングは油圧式から電動に変わった

この走り出しの時点で、すでにデリカD:5の大きな進化を実感した。さらに、アクセルペダルを踏み込んで加速させていくと、わずかなペダルの踏み込みで速度を増していく。しかも、速度が上がるに従って、ディーゼル音は気にならなくなるほど静かになり、快適だった。8速ATの効果でエンジン回転を上げ過ぎないこともあるし、防音や吸音を増した車体の効果も静粛性に効いている。

高速道路に入っても、エンジンやトランスミッションの効果、また快適な室内の様子は変わらない。時速100キロで走行中のエンジン回転数は、アイドリングから少し上の毎分1,500回転ほどでしかない。従来のディーゼルエンジン車では、この速度で巡行するには騒音が大きく、音に疲れる印象があったが、様変わりである。

走り出しでも高速道路でも改良の効果が感じられた新型「デリカD:5」

乗り心地も、車体前部が強化されたことにより、路面の凹凸を乗り越えた際の衝撃が緩和され、改善されたことを実感した。走行感覚も乗り心地も、明らかに上質なミニバンとなった。この快適性であれば、D:5でもっと遠出をしたい気持ちにさせられるはずだ。

「様変わりした」というのが、まさしく適切な評価だろう。そこには、モデルチェンジによらず、実績を踏まえて一歩ずつ改良を加えていく三菱自動車のよさが現れている。

先進的だが着実、三菱自動車の技術開発

三菱自動車は2000年のリコール問題や2016年の燃費不正などを経験し、今日に至る。社内の隠蔽や規律違反などを抱えながら、一方で、技術開発においては先進的な取り組みを続けてきた側面がある。

1996年の直噴ガソリンエンジンの量産化や、同年の電子制御を活用した4輪駆動力制御などで、三菱自動車は先駆的な技術開発力を発揮してきた。同時に、1970年代からのラリー競技への出場や、1980年代からの「ダカールラリー」(パリダカ)出場などにより、悪路走破性のみならず、舗装路での俊足の走りを追求してきた歴史がある。

今日、三菱自動車は電動化とSUVに的を絞った商品展開で、存在感を発揮しようとしている。その両方の技術を合わせた象徴的な商品が「アウトランダーPHEV」だ。同車は世界で最も売れているプラグインハイブリッド車である。

電動化とSUVにフォーカスする三菱自動車の象徴的な商品が「アウトランダーPHEV」だ

三菱自動車が力を注いできた4輪駆動についてはデリカの歴史の中で触れたが、電動化に関しても同社は、1966年に電気自動車(EV)の開発を開始し、2009年には世界初の量産EV「i-MiEV」の市販にこぎつけるなど、先駆的な歩みを進めてきた。

いずれの技術も世界の主要自動車メーカーが開発に取り組んでいるものだが、それを量産化し、一般へ市販して世に問うことを、三菱自動車は長年にわたり粘り強く続けている。さらに、その技術を一時的な流行で終わらせることなく、磨き続けるのが同社の特徴にもなっている。それを可能としているのは、そもそも同社が、本質的な原理原則を追求した技術開発にこだわってきたからなのであろう。

世界初の量産EVとなった「i-MiEV」の現行モデル

デリカD:5においても、例えば「車体剛性」のような、一見しただけでは消費者には分かりづらい部分において、「リブボーンフレーム」という本質的な剛性構造を採用することで、ミニバンとしては悪路走破性で抜きん出た性能に仕上げている。そこが土台となり、乗り心地が格段に改善しているのだ。

技術革新といっても、目新しさをやみくもに追うのではなく、本質的な課題解決の道を探ることが、長年にわたり技術を進化させ、磨き続けることを可能にする。今度のデリカD:5においても、まさにそうした三菱自動車の開発姿勢が発揮されたと実感した。すでにD:5を所有している人でも、今回の改善には驚き、食指が動くことだろう。

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iPadのビジネス利用が広がる? アップルの地味な新製品への期待

iPadのビジネス利用が広がる? アップルの地味な新製品への期待

2019.03.25

iPad、iMac、AirPods…アップルが3日連続で新製品

一見地味な製品アップデートだが、その狙いは?

メインストリーム需要の受け皿としては充実

3月18日からの3日間は、アップルの新製品ラッシュとなった。「iPad Air」と「iPad mini」の新型を皮切りに、19日には「iMac」、20日には「AirPods」を立て続けに発表し、世界的に話題を巻き起こした。

iPad製品群に「iPad Air」と「iPad mini」の新モデルを追加

個々の製品はいずれも既存モデルのアップデートにとどまっており、見た目の変化も少なく地味な印象だ。果たしてアップルの狙いはどこにあるのだろうか。

目立ったわりにアップデートは地味

今回アップルが発表した製品に共通しているのが、見た目に大きな変化はなく、中身のアップデートにとどまっている点だ。

新しいiPad AirとiPad miniは、いずれも既存モデルとサイズや画面の大きさがほとんど同じだ。最新世代のiPad Proはデザインを一新したのに対し、2つの新製品は既存モデルの金型や部品を流用しやすい構造となっている。

新型「iPad Air」の見た目はiPad Pro 10.5とほとんど同じだ

専用ペンの「Apple Pencil」も第1世代の対応にとどまっている。第2世代のペンは無線充電方式になっており、これに対応させるとなればiPadのフルモデルチェンジは避けられなかっただろう。

プロセッサーはiPhone XSやXR世代の「A12 Bionic」を搭載した。この点についても、スマホ需要が伸び悩む中、販売不振が指摘されるiPhone XRのプロセッサーを流用したのではないかと邪推したくなるところだ。

新しいiMacは最新の第9世代Coreプロセッサーを搭載したものの、基本デザインは従来モデルから変わっていない。AirPodsの再生時間は最大5時間のままだが、新チップの搭載で接続性が高まり、ワイヤレス充電のケースが加わった。

ディスプレイ一体型「iMac」の新モデル

 

新しい「AirPods」はワイヤレス充電対応モデルも

いずれも既存モデルの順当なアップデートだが、3日連続という異例の発表スタイルを採ることで、発表会の中に埋もれることなく注目を浴びることに成功したと言えるだろう。

新生活には朗報、ビジネス利用もお手軽に

新しいiPad AirとiPad miniに期待されるのが、ペン入力への対応や低価格化によるビジネス利用の拡大だ。

小型タブレットのiPad miniは、主にコンテンツの再生用途に使われてきた。だがスマホが大画面化する中で、再生用途だけでは買い換え需要が伸び悩んでおり、2015年のiPad mini 4を最後に製品投入が途絶えていた。

これに対して、第5世代となる新モデルは専用ペンの「Apple Pencil」に対応したことで、ビジネス利用の可能性が広がっている。メモ用途に最適なサイズとして、iPad miniの対応を待っていた人も多いのではないだろうか。

 

第5世代のiPad miniはペン入力に対応した

新iPad Airは、専用キーボードの「Smart Keyboard」に対応した最も安価なモデルになる。ペンとキーボードを合わせて購入しても10万円に収まるようになり、ビジネスパーソンや学生に訴求する価格帯に降りてきたといえる。

iPadのビジネス利用にあたっては、iOSの機能やアプリ対応の面で課題が多い。だが、低価格帯のiPadが登場したことは、春からの新生活に合わせてiPadの購入を検討していた人には朗報だろう。

2018年に登場した最新のiPad Proは、プロのクリエイター用途などハイエンド寄りになっていた。その中で登場した新しいiPad AirとiPad miniは、ビジネス用途をカバーするメインストリームの製品として売れ行きに注目したい。

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