日本のクルマ文化を見直すべき時期? 安東弘樹がマツダと考える

安東弘樹のクルマ向上委員会! 第7回

日本のクルマ文化を見直すべき時期? 安東弘樹がマツダと考える

2018.10.10

日本のクルマ文化と高度経済成長期の関係

大変革の自動車業界で重要性を増すブランド力

クルマ離れを止めるにはクルマを知ってもらうこと

初代「ロードスター」のレストア事業に関する話から始まった安東さんとマツダ・梅下隆一執行役員の対談。日本で古いクルマを楽しむためには何が必要かというテーマから、最終的にはクルマそのものの楽しみ方について、話題は移っていった。

※文はNewsInsight編集部・藤田が担当しました

クルマ文化の東西比較

編集部:日本で古いクルマを楽しむ文化が育たなかったのって、どうしてなんでしょうか。日本にも、古いモノを愛でる土壌はあると思うんですけど……

安東さん(以下、安):でも、家電とかになると……

梅下さん(以下、梅):そうなんですよ。工業製品における古いモノっていうのは、日本では難しいですね。十把一絡げにはいえませんけど。

安:例えば冷蔵庫ですら、アメリカでは古いモノを気に入って使ってる人が結構、いますからね。まあ日本人にはいない。流行を取り入れたものがどんどん出てくるし。

梅:高度経済成長期に、欧米に追いつけ追い越せで、庶民でも色んなものが買える状態にしなきゃいけないというのが、国民みんなの目標だったわけですよね。だから、家電もクルマも、少しでも安く、高機能なモノをたくさん作って、お届けするというのが多分、僕たちの使命だったし、それが国を豊かにしてきたはずなんですよ。少なくともバブルまでは、そうやってきたと。一部の裕福な人に向けて、趣味性の高いクルマをお届けするよりも、むしろ当時は、なるべく安くて高機能なクルマを競って作るという時代だったわけですよね。

バブル崩壊の後、もしかすると、どこへ向かうのかという明確な方向性がないままに今を迎えたのかもしれないですね。時計だってオーディオだって、クルマだって、高級で趣味性の高いものは結構、海外製になった。だけど、1980~90年代までは、おそらく時計だって、趣味性の高いものが死に絶えそうになっていたところに、日本の高機能で、まったく狂わない時計が、全てを席巻するがごとき勢いになった。オーディオだって、日本の高機能なメーカーはすごく元気がよくて、クルマもそうだった。だけど、いろんな業界が、次のステップをなかなか見出せない状態で、今に至っているのかもしれない。

マツダ執行役員 カスタマーサービス担当 ブランド推進・グローバルマーケティング担当補佐の梅下隆一さん(対談風景の撮影:安藤康之)

安:根本的に日本って、終戦で何もなくなって、財閥も解体になって、良くも悪くも、本当に豊かな人って一回、いなくなりましたもんね。豊かな文化がゼロになった。それで、物質に豊かさを感じるようになったのかも。

梅:ヨーロッパだと、一部の貴族がクルマであれ、食であれ、文化を作ってきた側面はありますものね。近代になって、別の文化が米国にも生まれていますけど、米国というのは何をするにも、極めて安上がりの国なので、庶民でもさまざまなゆとりを持っているし、欧州とは違う形で文化が芽生えた。庶民レベルでの文化的な趣味は非常に豊かなものがある。だけど、アメリカとヨーロッパでは、クルマの文化がだいぶ違いますけど。趣がね。

安:そういう意味では、「ロールスロイス」って日米では生まれようがないのかもしれませんね。そこは永遠に追いつけないところかもしれない。クルマ文化を大切にしていけば追いつけるのかもしれないですけど、残念ながら今は、反対の方向に向かっている感じがします。便利で、自動ブレーキが付いてて、みたいに、何が付いているかということが豊かさの象徴、というところから脱却できない。

「ロールスロイス」は英国で生まれた(画像は1934年に作られたロールスロイスの「ファントムⅡ」。「AUTOMOBILE COUNCIL 2018」にて編集部撮影)

梅:作る側は一生懸命にそれを作っているんですが、お客様は、もうそこに魅力を感じなくなっているのかもしれませんね。だから、買ってもらえない。そういうところで、作り手側も悩んじゃっている。

安:ジレンマあるでしょうねー。

大変革のクルマ業界、生き残りの鍵はブランド力?

編集部:でも結局、自動運転の電気自動車ばかりが走る世の中になったら、そのクルマは、どこのメーカーが作ったものでも関係なくなってしまうという怖さはないですか?

梅:そうなったら、うちも大変だ(笑)

安:どうなっても、電気でも自動でも、ロールスロイスというブランドは磐石だと思いますよ。自動運転の電気自動車であっても、ロールスロイスを買うお客さんはいる。そこの部分って、逆にすごく大事になりますよね。そうなると、ブランドが逆に問われると思う。

梅:まさにそう。自動でもEV(電気自動車)でも、みんながクルマをシェアリングする時代になっても、「フェラーリ」を買う人は絶対に買う。

安:絶対に買う。運転しなくても買うと思います(笑)

梅:それはやっぱり、そこに文化的、あるいは資産として、あるいは商品の魅力として、際立ったものがフェラーリにあるからで。

安:日本メーカーは、そこを危機だと思って欲しいです。だから、マツダの方向性はすごく正しいと思うんですよ。ヘリテージを大事にすることとか。「アテンザ」の方向性も、ミニバンをやめたことも含めて。

※編集部注:安東さんがマツダ「アテンザ」に試乗した。その模様はこちら

マツダのフラッグシップモデル「アテンザ」のセダン

安:私は今、輸入車しか基本、興味なくて、日本メーカーには少し失望しているというか、なんでコストでしか戦わないのか、価値を高めようとしないのかって思ってるんですけど、ミニバンをやめると聞いたとき、マツダは本気で考えているのかもって感じました。例えば、ディーラーでCI(コーポレート・アイデンティティ)の刷新も進めてますよね。

※編集部注:マツダはブランド価値向上に向けて販売店の改装を進めている。詳しくはこちら!

安:やっぱり、クルマを買う時は私、個人的には、のぼりが立ってる所に行きたくないって気持ちがあるんで。もちろん、ハードルが高くなったという人もいると思いますよ、マツダが急に、高級路線で入りにくくなったと。だけど、僕はそれでいいと思ってるんですよ、そういう思い切りが今まで、日本メーカーにはなかったと感じてるんで。だからアテンザも、もう100万円、高くてもいいと思ってるくらい。

サーキットの敷居を低くしたい2人

梅:クルマは何より、楽しいですけどね。僕なんか、リフレッシュに使ってますよ、行き帰りの通勤で。

安:全く同じです。今、私は千葉市に住んでいるので、(東京都内に通勤すると)往復で100キロなんですけど、楽しくて仕方がないです。仕事に向かうときは集中力が高まるし、帰りはクールダウンになるし、100キロは何の苦にもならない。日本人には、もっとたくさんクルマに乗って欲しいですよ。長い時間を乗ることになれば、より運転が楽しいクルマの方がよくなるでしょうし。クルマに触れる時間が短すぎるんですよね、ショッピングセンターに行くとか、乗る距離も短い。

梅:僕は思うんですけど、クルマってやっぱり、通勤で往復していてもリフレッシュできて楽しいですし、そこから先、足として使う以外にも、色んな趣味性が広がっていくものですよ。レストアまでいかなくても、何かアクセサリーを買ってきて付けるだけでも“自分のクルマ”になる。あるいはモータースポーツも、もっとお客様に楽しんでもらえるようにしたいし。

安:そうそう! サーキットのハードルって、もうちょっと下がらないんですかね?

梅:下げたいんですよ!

安:「ボウリング場」のレベルになればいいんですけど。

梅:そうなんですよ!

安:ニュル(ニュルブルクリンク、ドイツにある有名なサーキット)の20キロのコースでさえ、向こうではチケットさえ買えば、コースインですから。日本だと面倒だからなー! もちろん、旗の色とか、最低限の知識は必要ですけど、なんでこんなにハードルが高いのかな。やったらはまりますよ、絶対。信号もないし、人も飛び出してこないから危なくないし。

梅:手間も時間もお金も掛かるんで大変なんですけど、なんとかできればね。

安:持論なんですけど、サーキット教習を、教習所でやったらいいと思うんですけどね。サーキットって、実は日本に沢山あるし、希望者だけでもいいので。サーキットで思い切り走ってみてくださいよと。初めて免許を取る時、最初に高速教習とセットでサーキット教習をやったら、ほとんどの人がはまると思うんですけど。だからサーキット教習は是非やって欲しいんですけど、誰に言ったらいいんだろう?

免許取得時のサーキット教習を検討して欲しいと安東さん

梅:僕も思い当たることがあって、マツダは主催じゃなくて協賛なんですけど、「ドライビングアカデミー」というのがあります。初めてクルマをお買い上げになったお客様から、そうじゃない人まで、多くの場合はサーキットでやるんですけど。でも、いきなり走るのではなく、クルマというのは、こういう状況になったら、こんなことが起こりますよというのを体験してもらうんですよ、わざと滑らせたりとか。

安:普通の人って、フルブレーキもフルアクセルも経験したことないですからね。

梅:そうそう。で、最後はサーキットも少し走っていただく。年間二百数十枠しかないんですけど、募集すると、瞬く間に一杯になる。

安:だから、興味はあるんですよね。

梅:今から僕らは、そういうことの枠も広げていくべきかもしれない。200万円で買ったクルマを、そこで使い切れると。

安:いいと思います。安全上もいいですよね。子供を乗せてミニバンでかっ飛ばしているお父さんもいるわけじゃないですか。「この人、ここでフルブレーキをかけたらどういう挙動になるのか、分かってるのかな」と思うと恐怖で。サーキットでも、飛行場でもいいと思うんですけど、一回でも、クローズドコースで、とりあえず思いっきり踏んでみて、急ブレーキをかけるとクルマがどう動くのか、経験するだけでも変わってくると思うんですけどね。そういう教習ってすごく必要だと思う。僕は山形の合宿免許だったんですけど……

梅:山形の合宿免許? ぼくもそうでした!

「山形の合宿免許」という共通点が発覚した両者

安:2月だったんですけど、夜に水を張って、氷路教習みたいのがあったんですよ。

梅:そんなのあったんですか?

安:スタッドレスが出たばっかりの頃で。40キロくらい出してツーって、ブレーキが全く効かないような状態を経験させてもらったんで、それはすごくよかった。そういう経験をしておいた方がいいじゃないですか。

梅:その方が絶対、安全ですよね。知っている方が。

安:たかだか40キロでも、フルブレーキ踏んでロックしちゃったら、どうにもなんないと体で感じることができた。それをクローズドコースとかサーキットでやるのが、必修くらいになれば……。クルマって“凶器”であり“棺おけ”でもあるわけじゃないですか。

梅:だけど、正しく使えばね。

サーキットで1度、クルマの能力を極限まで試してみることは、確かにためになる経験かもしれない。画像はマツダの美祢自動車試験場(山口)にあるサーキット(画像提供:マツダ)

安:クルマって「魔法の絨毯」じゃないですか。しかも、「どこでもドア」と違うのは、行程も楽しめるところ。その楽しさは、ぜひ知ってほしいですよね。

梅:駅もないところに、自分の意思で行ける。だけど一方で、普及させることに重きが置かれたのもあると思いますけど、危険性もある乗り物なのに、専門的な知識なしで乗れるようにしなきゃいけないものって、クルマしかないですよ、考えてみれば。

安:場合によっては、自分のクルマのことも本当に知らない。ガソリンかディーゼルかも知らないし、気筒の数も分からない。僕なんか運転しながら、ピストンが上下しているのを想像して悦に入っているタイプなので、そういうのを分かって運転しているから危険も、整備の具合も分かりますし。運転スキルには自信ないですけど、スキルを過信しない自信はあります。

エンジンが動いているさまを想像しながらクルマを運転しているという安東さん(「アテンザ」試乗時に編集部撮影)

安:ヨーロッパには、国自体がクルマ好きって感じのところもあるじゃないですか。でも日本は……

梅:それはでも、マツダでも少しやってますと申し上げましたけど、もっと僕らが努力して、数を増やしていって、たくさんのお客様が体験して、クルマとはこういうものだと理解して頂いて、中にはサーキットを走って見たいと思う人がいるかもしれないし、そういう(機会を増やす)努力を僕らはしうるわけで。そういう人が増えていくと、国に「やっぱりこっちだよね」と思ってもらえるかもしれない。国の仕組みと僕らの努力って、鶏と卵なので。僕らとしては、国がやってくれない、変わってくれないといって待っているよりも、自分達で、こうあればいいなということを少しずつ、実現できればいい。

安:例えば、全てのマツダオーナーに、そういうドライビングアカデミーみたいなものを勧めるとか、そういうところから始めるのがいいんじゃないですか? 新車を買う人に勧めてみる。もちろん任意で、興味ある人だけでいいんですけど、全てのお客さんに働きかけることって、メーカーさんができることなのでは。

梅:がんばろう! がんばります。

安:そういう提案もありかなと今、思いましたね。

梅:現時点でそういう状況にはなくて、もちろん、それなりのインストラクターも必要ですし、フルフルでやって年間、二百数十人という状況なんで、道は長いですけど、頑張らなきゃいけない。

もう少しキャパが増えるといいですよね。この間、鈴鹿でやったアカデミーを視察に行ったのですが、お客様とお昼を食べた時、これに参加するのに2回も有給休暇を取ったと。一回は今日で、もう一回は予約を取る時だと。それを聞いて嬉しい反面、ものすごく申し訳なくて。今はインストラクターも足りないし、サーキットが中々、空いてないってのもあるのですが、もう少し多くのお客様を受け入れられれば。せっかくクルマを買ったのだから。

転換点を迎えたマツダの今後、「FD」復活も視野?

編集部:マツダは先日、今後のクルマづくりに「ラージ」と「スモール」という考え方を導入すると発表されました(詳しくはこちら)。そういう意味で転換点にあると思うんですが、ロードスターに限らず、今後もマツダは、お客さんに長く乗ってもらいたいと考えてクルマを作っていくんですか?

梅:そういうことなんでしょうね。うちのクルマは、自分でいうのもなんですけど、哲学と情熱に満ちてると思いますよ。

安:「FC」とか「FD」(「RX-7」というクルマの型式で、「FC3S」と「FD3S」のこと)なんて、もう伝説になっているじゃないですか。「頭文字D」を読んでない人でも。

※編集部注:漫画「頭文字D」には、「FC」と「FD」を操る高橋兄弟というキャラクターが登場する。

「RX-7」。これは「FC」と呼ばれるモデル(画像提供:マツダ)
こちらは「FD」(画像提供:マツダ)

梅:ええ。ただ、本当に申し訳ないんですけど、そういうクルマってだんだん、車検が通らなくなってきていて。次は、ロータリーをお持ちのお客様をどうするかなんですよ。自動車会社として、これは次の非常に大きな責任なので、頑張んなきゃ。

安:FCとFDって、規制を通るように作り変えてでも、復活させて欲しいなと思いますよ。FDなんて、デザインは今だに本当に格好いい。欲しかったなー! でも、あのフォルムはロータリーエンジンじゃないとできないですよね。

梅:難しいですね。あのボンネットの高さ、できないですよ。

安:マツダって、漫画にクルマが登場したりする、数少ないメーカーであることは間違いないので。FDは乗りたいですけど、今は難しいんでしょうね、あのままロータリーでというのは。排ガスも燃費も。

梅:いや、でも、「やります」とお約束はできないですが、うちの会社はあきらめてないので(笑)

安:あのまんまで乗りたいですね!

ロータリーエンジン搭載スポーツカーの復活に期待をにじませた安東さんと含みを持たせた梅下さん

「日本で古いクルマを楽しむには?」というテーマを設定していた今回の対談。話題は初代「ロードスター」のレストアから、ロータリーエンジン搭載スポーツカー復活の可能性まで多岐にわたった。自動車メーカーにとって、これまでにどんなクルマを作ってきたかという歴史は、その会社のブランドイメージに直結する部分。マツダのように自社のヘリテージを大切にしようとする姿勢は、そのブランド力が生き残りの鍵になるかもしれない今の時代に、ますます重要になるのではないかと感じた。

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なぜ東横インは、宿泊料が一定なのか? 多様化するビジネスホテルの今

瀧澤信秋のいろはにホテル 第1回

なぜ東横インは、宿泊料が一定なのか? 多様化するビジネスホテルの今

2018.11.16

「ホテル評論家」瀧澤信秋氏による新連載!

第1回は、「多様化するビジネスホテルの今」について

料金変動「するホテル」と「しないホテル」 それぞれの狙いは?

「ホテル評論家」瀧澤信秋氏が、意外と知らないホテルビジネスを語る新連載。第1回は、瀧澤氏が“注目度の高いカテゴリー”と説明する「ビジネスホテル」について。ここ数年で急速に「多様化」が進んでいるビジネスホテルのこと、どれだけ知っていますか?

ビジネスホテルが大人気

ラグジュアリーホテルからビジネスホテル、カプセルホテルにラブホテルと横断的な評論が筆者の生業であるが、ことビジネスホテルは昨今勢いのある注目度の高いカテゴリーだ。

旅行や出張で、ビジネスホテルを利用した経験のある人は多いだろう

筆者は、TBSテレビの人気番組「マツコの知らない世界」へ過去3回出演の機会を得たが、第2回で紹介した「ビジネスホテルの世界」は特に反響が大きく、TBS瞬間最高視聴率ランキングで1位をいただいた。視聴者の方々にとってビジネスホテルは身近な存在なのだと改めて認識した。

ということで、連載の第1回となる本稿では、「多様化が進むビジネスホテルの今」をお伝えしよう。

「ビジネスホテル」と「ホテル」の違い

そもそもビジネスホテルとは何なのか。業界ではビジネスホテルは“宿泊特化型ホテル”ともいわれるが、その名の通り宿泊に特化したホテルと定義づけられる。

ホテルとはフルサービスであることが特徴で、宿泊の他に料理・飲食、バンケット(宴会、または婚礼や大規模な会議)など多彩なサービスを提供する。一方のビジネスホテルは、朝食スペースなどが設けられてはいるものの(法令上の要請)、フロントサービスを中心に宿泊機能を提供するというリミテッドサービスであることが特徴だ。“イン”とも称される。

前述の番組で、豪華なスイートルームまであるホテルとして“これ以上のビジネスホテルは見たことがない”と「ホテル ココ・グラン高崎」(群馬県高崎市)を紹介したところ、「スイートルームなんてあるのにビジネスホテルといえるの?」と疑問の声をいただいた。

「ホテル ココ・グラン高崎」プレミアムココスイート

スイートルームがあろうが、基本的に宿泊に特化していればそれはビジネスホテルといえる。ただし、宿泊特化型のコンセプトは多様化しており、単にビジネスホテルとカテゴライズされることを良しとしないホテルもある。

話は逸れたが、ビジネスホテルといえば、伝統的には出張族御用達として人気を博してきた。今では旅のスタイルが多様化したことで、観光にも重宝されており、リーズナブルな旅を求める訪日外国人旅行者にも人気が高い。

「料金変動させるホテル」と「あえてさせないホテル」

しかし、「ビジネスホテル=リーズナブル」というイメージは徐々に崩れつつある。確かに高級ホテルよりは安いといえそうだが、繁忙日と閑散日の料金変動幅がかなり大きなホテルもみられる。

筆者は職業柄日々のホテル料金レートをチェックしている。「ビジネスホテルは高級ホテルより安いといえそう」と書いたが、とある繁忙日の新宿エリアを見たところ、ハイアットよりもアパホテルが高かったことがあり驚いた。料金を客室面積の㎡単位で換算したところ、ハイアットが約1,200円、アパホテルが約2,800円だった。

料金変動の大きさもクローズアップされたアパホテル

極端な例を挙げたが、ビジネスホテルに限らずホテルの料金は変動するのが一般的だ。これは業界では「レベニューマネジメント」などといわれる。ホテルの客室に限らず在庫の繰り越しができない商品を、売れ残りを少なくするためさまざまな価格設定をして販売を管理することは、需要予測のもとに収益を最大化する手法といえる。

需要が高くなると料金が上がるのはホテルに限ったことではないが、とはいえホテル料金変動幅のあまりの大きさに面食らった経験のある人もいるのではないだろうか。季節変動(季節や時期によって需要に増減が起きる変化)の大きなリゾートホテルなどではその傾向はさらに強いし、料金が高額なラグジュアリーホテルでも変動はする。しかし、より日常感のあるリーズナブルなイメージのビジネスホテルほど、ゲストは料金変動にシビアだといえそうだ。

他方、基本的に料金変動させないことをポリシーとするホテルもある。たとえば「東横イン」だ。全国最大規模のビジネスホテルチェーンであるが、宿泊需要の急増する時期でも大きく料金を変動させないことを公式サイトでうたっている

プライスポリシーとして「市場動向にいわば便乗するかのような料金設定は(中略)ビジネスパーソンをはじめとするお客様の信頼を裏切ることになる」と明記。料金の変動が少ないことはゲストの安心感につながるというのが同社の考えだ。

「東横イン」客室イメージ

前述のホテル ココ・グラン高崎も、基本的に料金変動させないことをポリシーにしているが、かようなポリシーのホテルを時々見かけることがある。このように、「料金変動をさせるホテル」と「あえてさせないホテル」があるのだ。

「本当はいくら? 」で部屋の価値を聞いてみた

料金変動でよく見られるのは、最初は高い設定なのに日が迫ると安くなり、当日の夜などに投げ売りされるパターン。レベニューマネジメントで適切な在庫管理ができれば緩和される側面はあるのかもしれないが、早く予約してキチンと泊まってくれる「ホテルにとって有り難いゲスト」が割を食うケースともいえる。そもそも定価で料金変動させないのであれば起こらない問題かもしれない。

ところで筆者は、ホテルの支配人や経営者への取材に際し「こちらの客室はいくらですか?」と質問することがある。「え~と今日は6,000円ですが明日は1万円で……」といった回答を得ることは多い。そこで「いえ、本当はいくらなんですか? 」と聞き返す。すると回答に窮する様子のケースが多く見られる。

ところが、過去の取材(4年ほど前の取材と記憶している)で「うちは5千円です」と即答したホテル経営者がいた。中国地方や福岡で大人気ビジネスホテルチェーン「ホテルアクティブ! 」を運営する、株式会社石田屋ホテルズ代表取締役社長の石田光一郎氏である。

「ホテルアクティブ!広島」外観

石田氏は「確かに今日は7,000円ですし明日は9,000円ですが、この部屋本当は5,000円なんです」と断言した。商売なので繁忙日は料金を上げることもするが、多くいただいた分は新しいホテル建設や事業拡大などには回さず、あくまでもそのホテル・客室の快適性向上に投資するという。確かに、前に一度宿泊した際に「もう充分快適」と記憶していたが、その後何度か再訪した際にも、さらに工夫が施されたリニューアルがなされていた経験があり、納得した。

***

今回は、ビジネスホテルについて「料金変動」の面からみてきた。料金変動の有無については、ホテルの特性やさまざまな条件などを鑑みれば決して一面からでは結論づけられない問題であるといえよう。昨今、インバウンド需要も後押しとなり、ビジネスホテルが多く誕生し、さまざまな経営・運営会社の手により多彩な施設が林立。同時にその「スタンス」も多様化している。

客室の快適性や利便性などと共に、そうしたホテルのスタンスを知ることも、賢い消費者として気に留めておくべき「ホテル利用術」のひとつだといえそうだ。

次回も引き続き「多様化が進むビジネスホテル」について取り上げます。ビジネスホテル市場に押し寄せる“差別化”と“コモディティ化”の流れ、そこから見えてくるものとは?

「選択と集中」が進みすぎた、日本の科学技術への投資

藤田朋宏の必殺仕分け人 第1回

「選択と集中」が進みすぎた、日本の科学技術への投資

2018.11.15

ちとせグループCEOの藤田朋宏氏による新連載

巷を賑わす”ヘンな出来事”の問題点を、独自の解釈で洗い出す!

第1回は、「日本の科学技術投資」について

バイオベンチャー企業群「ちとせグループ」のCEOを務める藤田朋宏氏による新連載。“手段と目的の違い”によって生じた「ヘンな出来事」の問題点を、独自の視点で語ります。第1回は、「日本の科学技術投資」について。日本の科学技術への投資の問題点とはいったい何なのでしょう?

才能と“伸びしろ”に投資する、日本サッカー協会

先日、クアラルンプールに出張したときのこと。宿泊先のホテルが偶然にもサッカーの日本代表と同じだった。「日本代表」と言っても、同じホテルに泊まっていたのは本田や長友ではなく、U-16アジア選手権に参加している若い選手たち。

そこで彼らを見ていて、ふと考えた。日本サッカー協会の「選手への投資」は、実は凄く効率がいいのではないか。どうしてそう思ったのか、順を追って説明したい。

ホテルに置いてあったU-16アジア選手権のバナー

チェックインを済ませ、「部屋の準備があるから、ちょっとだけそこで待っていて」と指示するホテルマンに従い、ひとりロビーに放置されている間、何となしに選手の情報を調べてみた。それから一時間半。23名の選手一人ひとりの顔だけでなく、利き足まで覚えるくらいの時間が経っても、僕はまだロビーで放っておかれたままだった。まぁ、東南アジアではよくあることなので、腹は立たなかった。

ところで、「過去のU-16日本代表がその後、何度も日本代表に選ばれる割合はどれほどだろうか」と疑問に感じ、調べてみたところ、各年20数名の代表選手のうち、現役で活躍している選手は約1人であることが分かった。確かに16歳の段階では身体の発達に差があるし、試合で活躍できるかは運の要素も絡む。コーチとの相性やケガの問題もあるだろう。

そうは言っても、16歳の時点で日本代表に選ばれるだけのポテンシャルを持つ選手のうち、その数%しか将来も活躍できる選手がいない、という事実には驚いた。実際、長谷部、本田、岡崎、長友……など、この10年で活躍している選手たちの多くは、16歳時点ではそこまで期待されていなかった選手ばかりだ。

ではなぜ、そういった選手が後に日の目を浴びられたかというと、それは彼らにも「チャンス」を与えられていたからだろう。日本サッカー協会は、16歳時点で選抜したトップ選手だけに集中投資するだけではなく、同年代の他の有望選手にもしっかりとチャンスを与え続けられるような仕組みをつくれたのだと思う。

際立って目立つ選手だけではなく、将来の伸びしろがありえる選手にも、最低限のチャンスは回ってくることで、未来のトップ選手の育成が図れる。そうやって日本サッカー協会はこれまで、世界に通用するような選手を輩出してきた。

「科学技術に投資せよ」ではなく、予算配分の再考を

前置きが長くなってしまったが、ここから本題に入りたい。

先日、京都大学特別教授の本庶佑先生がノーベル賞を受賞したというニュースが流れた。「自分がバイオテクノロジー業界で働く人間だから」というのは関係なく、本庶先生と周りのチームの方々の長年にわたる科学に対する貢献が認められたこと、その事実に接した関係者の気持ちを想像すると、とても嬉しい気持ちになった。

ノーベル賞メダル(レプリカ)

 

近年、日本人のノーベル賞受賞が続いている。彼らのような日本の科学業界の仕組みをよくわかった方々は、これまで数多くのご苦労をされてきたことだろう。しかし、1つ残念なこともある。能力はもちろん、人格的にも優れたそういった先生方が、ノーベル賞受賞のタイミングでマスコミに発表する一世一代のコメントが「日本国の科学技術投資、科学技術教育のあり方についての憂い」であることだ。

僭越ながら、先生たちのコメントを解釈すると、よくニュースで取り上げられるような「科学技術にもっとお金を使え」ということではなく、その先にある「国家予算の配分」についての指摘をしていると認識している。

誰がなんと言おうと、日本の科学技術投資の選択と集中は年々進んでしまっているのが現状だ。しかし、先生方のいうような「選択と集中が進みすぎている」という指摘に対して、「日本にはもうお金がないのだから科学技術にばかり投資できない」と答えがずれてしまっている。

これこそが、日本の科学技術投資における問題ではないだろうか。

日本にはびこる「選択と集中こそが正解だよ病」

随分前からずっと不思議なのだが、そもそも「選択と集中こそが正解である」なんて、誰がいい出したのだろう。「選択と集中」の戦略で物事をうまく切り抜けられるようなことは、本当に生きるか死ぬか、背水の陣を敷いている時くらいだと思うのだ。

今の日本の「選択と集中こそが正解だよ病」はなかなか根深く、そもそもの目的を実現することよりも「選択と集中」を行うことそのものが目的になっているんじゃないかと感じることが多い。

今の日本で行われている多くの意思決定の場面で、サッカーの例で例えると、U-16日本代表を選んだ人のメンツを潰さないということが、強い日本代表をつくることよりも優先されてしまっているように思う。

そのため、16歳の時点で選んだ選手だけに集中投資し、16歳の段階で選ばれなかった他の選手のポテンシャルに賭けることもしないというような「選択と集中が正解である」という間違えた進め方で意思決定が行われているようなことが多いように感じる。

サッカー選手の育成でも、科学技術の投資でも初期の段階で選抜してそこだけに集中投資するという戦略を繰り返せば繰り返すほど、全体としての力は落ちる一方になるのではないか。歴代のノーベル賞受賞者の先生方も、そういうことを言いたかったのではないかと思う。

手段であるはずの「選択と集中」が、目的となっている?

私は、「16歳の段階で、将来素晴らしいサッカー選手になる人物を見分けられる」なんて言葉は、伸びしろのある選手に対しておこがましいと感じる。これは科学技術の研究にも同じことが言える。「その研究が将来素晴らしい成果を残すかどうか見分けられる」なんて言葉は、科学者に対しておこがましい。

もっと言ってしまえば、どの研究が将来化けるかの判断は、16歳のサッカー選手の成長を言い当てることより遥かに難しいだろう。なぜならば、サッカーという競技のルール自体は変わらないが、科学と言う競技はルール自体を決めているので、科学研究の将来性をあらかじめ予測するのは16歳のサッカー選手の将来性を予測するより難しいためだ。

そんな中、日本サッカー協会が幅広い底上げに力を入れ、紆余曲折も有りながらも右肩上がりの成長を維持できているにも関わらず、日本の科学技術投資は過剰な「選択と集中」を強めるが故に、科学技術力の相対的な低下を招いているように感じる。

その差はいったい何か? これは1つの仮説でしかないが、日本サッカー協会の強さの秘訣は、会長の独断で物事を決められる側面が強い組織であるために「目的」がハッキリしている点にあるのではないだろうか。

その一方で、日本の科学技術投資のような“数多くの人の善意の組み合わせの上になり立っている意思決定機構”では「選択と集中を進めることが正解である」という、本来手段の一つである価値観が「目的」となってしまっているように感じる。

本来考えるべきは、「日本の科学技術をどうするべきか」ということであるにも関わらず、その手段と目的が逆転しまっているのではないだろうか、と思うのだ。