大人をも虜にした「子供のための万年筆」- パイロット「カクノ」

モノのデザイン 第3回

大人をも虜にした「子供のための万年筆」- パイロット「カクノ」

2016.04.25

文具メーカーのパイロットが2013年10月に発売した万年筆「カクノ」。ジュニア世代、特に小学生向けに創意工夫が施されたその機能性やデザイン性の高さで発売直後から話題となり、発売からわずか3ヵ月で販売数100万本を超え、万年筆としては40数年ぶりのミリオンセラーを記録した。

子供のためにデザインされた国産万年筆「カクノ」。今回は企画・開発を指揮した斉藤真美子氏、そして同製品のデザインディレクター・池田明教氏にお話を伺った

万年筆と言えば、近年は3,000円程度から購入できるものもあるが、1万円を超えるものは多く、"高級文具"というのが一般的なイメージ。ところが、カクノの企画前の段階で経営陣から与えられた課題は「1,000円で買える万年筆をつくること」だったという。

「1,000円で買える万年筆」という課題は、同社が2012年9月に20~30代の若い層に向けて発売した「cocoon(コクーン)」という万年筆・ボールペン・シャープペンシルのラインナップのヒットを受けたものだ。万年筆としては非常にリーズナブルな3,000円という価格で、万年筆になじみのなかった若い世代にも受け入れられ、多くの愛用者を獲得した。

課題に対する"問い"から生まれた「カクノ」

「万年筆の値段を1,000円まで下げたとして、それを買うのは『誰』だろうか?」

課題に対するこの疑問からすべてが始まったと、製品の企画・開発を担当したパイロットコーポレーション 営業企画部高筆企画グループ主任・斉藤真美子氏は語る。そこから辿り着いた結論が、"子どもをターゲットとした万年筆"だった。しかし、1,000円という値段は子どもが自ら購入するには高いため、"大人が子どもに買い与えるファースト万年筆"というコンセプトが設定された。

子ども向けの万年筆というのは、欧州など万年筆の文化が根強い海外ではそれほど珍しくはないが、日本のメーカーが発売するのは非常に珍しい。そこで、パイロットが第一にこだわらなければならなかったのは何よりも"安全性"だ。

指にフィットする三角形のグリップ
キャップの上部に空けられた3つの穴は、誤飲による窒息を防ぐためのもの
営業企画部 高筆企画グループ 主任・斉藤真美子氏

「万年筆というのは、インクが乾かないようにするため、キャップが不可欠。万が一誤飲してしまった場合にも窒息しないよう、空気の通り道となる穴を設けました。他にもキャップを外しやすいよう指がひっかかるくぼみを設けたり、3本の指にフィットして持ちやすいように三角形のグリップを採用したり、子どもが持ちやすい太さや転がりにくい六角形の軸を採用したりと、玩具に求められるような安全仕様を意識して検討しました」と斉藤氏は明かす。

また、カクノのペン先は中央の穴と切り割り部分を鼻に見立てた「えがおのマーク」が施されているのも特長。製品のトレードマークと言ってもいいほどのインパクトで、子どもならずとも万年筆に親しみを覚えるデザインだ。しかも、実はこの部分がペン先の正しい向きを示すガイドの役割も果たしている。

ペン先に彫られた「えがおのマーク」は、アイコンとなると同時に、使い方を自然に指し示す機能も担っている

斉藤氏によると、製品化に至るまでは4人のデザイナーによるいくつもの案が用意されていたが、「子どもが使いやすい『機能性』からのアプローチが多かったのに対して、製品化されたこの案は"情緒"という面での訴求力がありました。そのインパクトは圧倒的で、満場一致で決まりました」とのこと。

若い世代の"あこがれ"にアプローチする”道具感”

創業以来100年近くにわたって万年筆づくりに携わってきた同社だが、カクノに込める思いはひと際強い。「弊社で調査を行ったところ、若い人ほど万年筆への憧れが強いんです。それなのになぜ使ってもらえないかというと、やはり値段が高いから。しかもお店では対面販売が基本で、敷居も高い。そこで、子どものうちから万年筆に親しんでほしい、そのよさや書くことの楽しさを知って、大人になっても万年筆を使い続けてもらえたらという思いを持っています。カクノはそのための初等教育の道具のようなものです」と斉藤氏。

カクノは現在、「ホワイトボディ」と呼ぶ白い軸とパステルカラーのキャップを採用したカラーバリエーションも展開しているが、発売当初はグレーの軸にビビッドカラーのキャップを配したカラー展開のみだった。斉藤氏は「”道具感”を出すために軸にグレーを採用しました。1,000円という低価格な万年筆ではありますが、本格的な道具のひとつと捉えてもらえるように、キャップもあえて子どもに媚びるような色は採用しませんでした」とその理由を説明する。

その結果、カクノは大人にも受け入れられ、2014年~2015年頃に盛り上がった「大人の万年筆"入門"ブーム」の火付け役にもなった。しかし、こうした反応はまったく予想外だったとのこと。「発売前は大人が買うとはそれほど思っていませんでした。とはいえ、子ども向けにつくられたものは大人にも使いやすいのは当然です。コンバーターに付け替え、インクの色を変えて複数本並行して使用する方もいらっしゃるようです」(斉藤氏)

「カクノ」発売当初はグレー軸のカラーバリエーションで展開し、その約半年後(2014年3月)にホワイトボディを発売した

カクノのデザインで秘かに目を惹くのはキャップに施されている"ロゴ"。手書き文字風の自然な風合いの書体が製品全体のイメージに絶妙にマッチしている。斉藤氏によると、これは製品のデザイナーによる手書き文字とのこと。「kakunoの"u"の字の上になんとなく点を2つ付けたらペン先の似顔絵と同じようにロゴにも表情が生まれました」(斉藤氏)

カクノに今後どのような遊び心を効かせた第2弾、3弾の製品が登場するのか楽しみである。

なぜ東横インは、宿泊料が一定なのか? 多様化するビジネスホテルの今

瀧澤信秋のいろはにホテル 第1回

なぜ東横インは、宿泊料が一定なのか? 多様化するビジネスホテルの今

2018.11.16

「ホテル評論家」瀧澤信秋氏による新連載!

第1回は、「多様化するビジネスホテルの今」について

料金変動「するホテル」と「しないホテル」 それぞれの狙いは?

「ホテル評論家」瀧澤信秋氏が、意外と知らないホテルビジネスを語る新連載。第1回は、瀧澤氏が“注目度の高いカテゴリー”と説明する「ビジネスホテル」について。ここ数年で急速に「多様化」が進んでいるビジネスホテルのこと、どれだけ知っていますか?

ビジネスホテルが大人気

ラグジュアリーホテルからビジネスホテル、カプセルホテルにラブホテルと横断的な評論が筆者の生業であるが、ことビジネスホテルは昨今勢いのある注目度の高いカテゴリーだ。

旅行や出張で、ビジネスホテルを利用した経験のある人は多いだろう

筆者は、TBSテレビの人気番組「マツコの知らない世界」へ過去3回出演の機会を得たが、第2回で紹介した「ビジネスホテルの世界」は特に反響が大きく、TBS瞬間最高視聴率ランキングで1位をいただいた。視聴者の方々にとってビジネスホテルは身近な存在なのだと改めて認識した。

ということで、連載の第1回となる本稿では、「多様化が進むビジネスホテルの今」をお伝えしよう。

「ビジネスホテル」と「ホテル」の違い

そもそもビジネスホテルとは何なのか。業界ではビジネスホテルは“宿泊特化型ホテル”ともいわれるが、その名の通り宿泊に特化したホテルと定義づけられる。

ホテルとはフルサービスであることが特徴で、宿泊の他に料理・飲食、バンケット(宴会、または婚礼や大規模な会議)など多彩なサービスを提供する。一方のビジネスホテルは、朝食スペースなどが設けられてはいるものの(法令上の要請)、フロントサービスを中心に宿泊機能を提供するというリミテッドサービスであることが特徴だ。“イン”とも称される。

前述の番組で、豪華なスイートルームまであるホテルとして“これ以上のビジネスホテルは見たことがない”と「ホテル ココ・グラン高崎」(群馬県高崎市)を紹介したところ、「スイートルームなんてあるのにビジネスホテルといえるの?」と疑問の声をいただいた。

「ホテル ココ・グラン高崎」プレミアムココスイート

スイートルームがあろうが、基本的に宿泊に特化していればそれはビジネスホテルといえる。ただし、宿泊特化型のコンセプトは多様化しており、単にビジネスホテルとカテゴライズされることを良しとしないホテルもある。

話は逸れたが、ビジネスホテルといえば、伝統的には出張族御用達として人気を博してきた。今では旅のスタイルが多様化したことで、観光にも重宝されており、リーズナブルな旅を求める訪日外国人旅行者にも人気が高い。

「料金変動させるホテル」と「あえてさせないホテル」

しかし、「ビジネスホテル=リーズナブル」というイメージは徐々に崩れつつある。確かに高級ホテルよりは安いといえそうだが、繁忙日と閑散日の料金変動幅がかなり大きなホテルもみられる。

筆者は職業柄日々のホテル料金レートをチェックしている。「ビジネスホテルは高級ホテルより安いといえそう」と書いたが、とある繁忙日の新宿エリアを見たところ、ハイアットよりもアパホテルが高かったことがあり驚いた。料金を客室面積の㎡単位で換算したところ、ハイアットが約1,200円、アパホテルが約2,800円だった。

料金変動の大きさもクローズアップされたアパホテル

極端な例を挙げたが、ビジネスホテルに限らずホテルの料金は変動するのが一般的だ。これは業界では「レベニューマネジメント」などといわれる。ホテルの客室に限らず在庫の繰り越しができない商品を、売れ残りを少なくするためさまざまな価格設定をして販売を管理することは、需要予測のもとに収益を最大化する手法といえる。

需要が高くなると料金が上がるのはホテルに限ったことではないが、とはいえホテル料金変動幅のあまりの大きさに面食らった経験のある人もいるのではないだろうか。季節変動(季節や時期によって需要に増減が起きる変化)の大きなリゾートホテルなどではその傾向はさらに強いし、料金が高額なラグジュアリーホテルでも変動はする。しかし、より日常感のあるリーズナブルなイメージのビジネスホテルほど、ゲストは料金変動にシビアだといえそうだ。

他方、基本的に料金変動させないことをポリシーとするホテルもある。たとえば「東横イン」だ。全国最大規模のビジネスホテルチェーンであるが、宿泊需要の急増する時期でも大きく料金を変動させないことを公式サイトでうたっている

プライスポリシーとして「市場動向にいわば便乗するかのような料金設定は(中略)ビジネスパーソンをはじめとするお客様の信頼を裏切ることになる」と明記。料金の変動が少ないことはゲストの安心感につながるというのが同社の考えだ。

「東横イン」客室イメージ

前述のホテル ココ・グラン高崎も、基本的に料金変動させないことをポリシーにしているが、かようなポリシーのホテルを時々見かけることがある。このように、「料金変動をさせるホテル」と「あえてさせないホテル」があるのだ。

「本当はいくら? 」で部屋の価値を聞いてみた

料金変動でよく見られるのは、最初は高い設定なのに日が迫ると安くなり、当日の夜などに投げ売りされるパターン。レベニューマネジメントで適切な在庫管理ができれば緩和される側面はあるのかもしれないが、早く予約してキチンと泊まってくれる「ホテルにとって有り難いゲスト」が割を食うケースともいえる。そもそも定価で料金変動させないのであれば起こらない問題かもしれない。

ところで筆者は、ホテルの支配人や経営者への取材に際し「こちらの客室はいくらですか?」と質問することがある。「え~と今日は6,000円ですが明日は1万円で……」といった回答を得ることは多い。そこで「いえ、本当はいくらなんですか? 」と聞き返す。すると回答に窮する様子のケースが多く見られる。

ところが、過去の取材(4年ほど前の取材と記憶している)で「うちは5千円です」と即答したホテル経営者がいた。中国地方や福岡で大人気ビジネスホテルチェーン「ホテルアクティブ! 」を運営する、株式会社石田屋ホテルズ代表取締役社長の石田光一郎氏である。

「ホテルアクティブ!広島」外観

石田氏は「確かに今日は7,000円ですし明日は9,000円ですが、この部屋本当は5,000円なんです」と断言した。商売なので繁忙日は料金を上げることもするが、多くいただいた分は新しいホテル建設や事業拡大などには回さず、あくまでもそのホテル・客室の快適性向上に投資するという。確かに、前に一度宿泊した際に「もう充分快適」と記憶していたが、その後何度か再訪した際にも、さらに工夫が施されたリニューアルがなされていた経験があり、納得した。

***

今回は、ビジネスホテルについて「料金変動」の面からみてきた。料金変動の有無については、ホテルの特性やさまざまな条件などを鑑みれば決して一面からでは結論づけられない問題であるといえよう。昨今、インバウンド需要も後押しとなり、ビジネスホテルが多く誕生し、さまざまな経営・運営会社の手により多彩な施設が林立。同時にその「スタンス」も多様化している。

客室の快適性や利便性などと共に、そうしたホテルのスタンスを知ることも、賢い消費者として気に留めておくべき「ホテル利用術」のひとつだといえそうだ。

次回も引き続き「多様化が進むビジネスホテル」について取り上げます。ビジネスホテル市場に押し寄せる“差別化”と“コモディティ化”の流れ、そこから見えてくるものとは?

「選択と集中」が進みすぎた、日本の科学技術への投資

藤田朋宏の必殺仕分け人 第1回

「選択と集中」が進みすぎた、日本の科学技術への投資

2018.11.15

ちとせグループCEOの藤田朋宏氏による新連載

巷を賑わす”ヘンな出来事”の問題点を、独自の解釈で洗い出す!

第1回は、「日本の科学技術投資」について

バイオベンチャー企業群「ちとせグループ」のCEOを務める藤田朋宏氏による新連載。“手段と目的の違い”によって生じた「ヘンな出来事」の問題点を、独自の視点で語ります。第1回は、「日本の科学技術投資」について。日本の科学技術への投資の問題点とはいったい何なのでしょう?

才能と“伸びしろ”に投資する、日本サッカー協会

先日、クアラルンプールに出張したときのこと。宿泊先のホテルが偶然にもサッカーの日本代表と同じだった。「日本代表」と言っても、同じホテルに泊まっていたのは本田や長友ではなく、U-16アジア選手権に参加している若い選手たち。

そこで彼らを見ていて、ふと考えた。日本サッカー協会の「選手への投資」は、実は凄く効率がいいのではないか。どうしてそう思ったのか、順を追って説明したい。

ホテルに置いてあったU-16アジア選手権のバナー

チェックインを済ませ、「部屋の準備があるから、ちょっとだけそこで待っていて」と指示するホテルマンに従い、ひとりロビーに放置されている間、何となしに選手の情報を調べてみた。それから一時間半。23名の選手一人ひとりの顔だけでなく、利き足まで覚えるくらいの時間が経っても、僕はまだロビーで放っておかれたままだった。まぁ、東南アジアではよくあることなので、腹は立たなかった。

ところで、「過去のU-16日本代表がその後、何度も日本代表に選ばれる割合はどれほどだろうか」と疑問に感じ、調べてみたところ、各年20数名の代表選手のうち、現役で活躍している選手は約1人であることが分かった。確かに16歳の段階では身体の発達に差があるし、試合で活躍できるかは運の要素も絡む。コーチとの相性やケガの問題もあるだろう。

そうは言っても、16歳の時点で日本代表に選ばれるだけのポテンシャルを持つ選手のうち、その数%しか将来も活躍できる選手がいない、という事実には驚いた。実際、長谷部、本田、岡崎、長友……など、この10年で活躍している選手たちの多くは、16歳時点ではそこまで期待されていなかった選手ばかりだ。

ではなぜ、そういった選手が後に日の目を浴びられたかというと、それは彼らにも「チャンス」を与えられていたからだろう。日本サッカー協会は、16歳時点で選抜したトップ選手だけに集中投資するだけではなく、同年代の他の有望選手にもしっかりとチャンスを与え続けられるような仕組みをつくれたのだと思う。

際立って目立つ選手だけではなく、将来の伸びしろがありえる選手にも、最低限のチャンスは回ってくることで、未来のトップ選手の育成が図れる。そうやって日本サッカー協会はこれまで、世界に通用するような選手を輩出してきた。

「科学技術に投資せよ」ではなく、予算配分の再考を

前置きが長くなってしまったが、ここから本題に入りたい。

先日、京都大学特別教授の本庶佑先生がノーベル賞を受賞したというニュースが流れた。「自分がバイオテクノロジー業界で働く人間だから」というのは関係なく、本庶先生と周りのチームの方々の長年にわたる科学に対する貢献が認められたこと、その事実に接した関係者の気持ちを想像すると、とても嬉しい気持ちになった。

ノーベル賞メダル(レプリカ)

 

近年、日本人のノーベル賞受賞が続いている。彼らのような日本の科学業界の仕組みをよくわかった方々は、これまで数多くのご苦労をされてきたことだろう。しかし、1つ残念なこともある。能力はもちろん、人格的にも優れたそういった先生方が、ノーベル賞受賞のタイミングでマスコミに発表する一世一代のコメントが「日本国の科学技術投資、科学技術教育のあり方についての憂い」であることだ。

僭越ながら、先生たちのコメントを解釈すると、よくニュースで取り上げられるような「科学技術にもっとお金を使え」ということではなく、その先にある「国家予算の配分」についての指摘をしていると認識している。

誰がなんと言おうと、日本の科学技術投資の選択と集中は年々進んでしまっているのが現状だ。しかし、先生方のいうような「選択と集中が進みすぎている」という指摘に対して、「日本にはもうお金がないのだから科学技術にばかり投資できない」と答えがずれてしまっている。

これこそが、日本の科学技術投資における問題ではないだろうか。

日本にはびこる「選択と集中こそが正解だよ病」

随分前からずっと不思議なのだが、そもそも「選択と集中こそが正解である」なんて、誰がいい出したのだろう。「選択と集中」の戦略で物事をうまく切り抜けられるようなことは、本当に生きるか死ぬか、背水の陣を敷いている時くらいだと思うのだ。

今の日本の「選択と集中こそが正解だよ病」はなかなか根深く、そもそもの目的を実現することよりも「選択と集中」を行うことそのものが目的になっているんじゃないかと感じることが多い。

今の日本で行われている多くの意思決定の場面で、サッカーの例で例えると、U-16日本代表を選んだ人のメンツを潰さないということが、強い日本代表をつくることよりも優先されてしまっているように思う。

そのため、16歳の時点で選んだ選手だけに集中投資し、16歳の段階で選ばれなかった他の選手のポテンシャルに賭けることもしないというような「選択と集中が正解である」という間違えた進め方で意思決定が行われているようなことが多いように感じる。

サッカー選手の育成でも、科学技術の投資でも初期の段階で選抜してそこだけに集中投資するという戦略を繰り返せば繰り返すほど、全体としての力は落ちる一方になるのではないか。歴代のノーベル賞受賞者の先生方も、そういうことを言いたかったのではないかと思う。

手段であるはずの「選択と集中」が、目的となっている?

私は、「16歳の段階で、将来素晴らしいサッカー選手になる人物を見分けられる」なんて言葉は、伸びしろのある選手に対しておこがましいと感じる。これは科学技術の研究にも同じことが言える。「その研究が将来素晴らしい成果を残すかどうか見分けられる」なんて言葉は、科学者に対しておこがましい。

もっと言ってしまえば、どの研究が将来化けるかの判断は、16歳のサッカー選手の成長を言い当てることより遥かに難しいだろう。なぜならば、サッカーという競技のルール自体は変わらないが、科学と言う競技はルール自体を決めているので、科学研究の将来性をあらかじめ予測するのは16歳のサッカー選手の将来性を予測するより難しいためだ。

そんな中、日本サッカー協会が幅広い底上げに力を入れ、紆余曲折も有りながらも右肩上がりの成長を維持できているにも関わらず、日本の科学技術投資は過剰な「選択と集中」を強めるが故に、科学技術力の相対的な低下を招いているように感じる。

その差はいったい何か? これは1つの仮説でしかないが、日本サッカー協会の強さの秘訣は、会長の独断で物事を決められる側面が強い組織であるために「目的」がハッキリしている点にあるのではないだろうか。

その一方で、日本の科学技術投資のような“数多くの人の善意の組み合わせの上になり立っている意思決定機構”では「選択と集中を進めることが正解である」という、本来手段の一つである価値観が「目的」となってしまっているように感じる。

本来考えるべきは、「日本の科学技術をどうするべきか」ということであるにも関わらず、その手段と目的が逆転しまっているのではないだろうか、と思うのだ。