デザイン家電を“値ごろ価格”で実現 - アイリスオーヤマ「ricopa」シリーズ

モノのデザイン 第37回

デザイン家電を“値ごろ価格”で実現 - アイリスオーヤマ「ricopa」シリーズ

2018.05.31

アイリスオーヤマが2016年12月から展開している「ricopa(リコパ)」シリーズ。スペイン語で「おいしい・楽しい」を意味する"rico(リコ)"と、"party"の"パ"を組み合わせた名称で、女性向けにデザインした調理家電だ。

アイリスオーヤマが女性向けのデザイン家電として展開する「ricopa シリーズ」の第一弾として発売されたIHクッキングヒーター

近年、生活用品のみならず、家電メーカーとして近年転身を遂げ、業界内でも躍進を続けるアイリスオーヤマ。デザイン性を全面に打ち出した製品群として注目を集めるこのシリーズについて、同社デザインセンターでマネージャーを務める宮脇将志氏に製品化に至った背景や、同シリーズの戦略について話を聞いた。

3色のカラバリを展開した理由

アイリスオーヤマ デザインセンター マネージャー 宮脇将志氏

「リコパ」の第一弾として登場したのは、「IHクッキングヒーター」。宮脇氏は、第一弾として発売する製品の選定理由を、次のように明かす。

「弊社の家電製品の中でも、IHクッキングヒーターはもともと強い商品です。これまで以上により購買層の裾野を広げたいということで、新しい取り組みをやってみようということになりました」

リコパシリーズの世界観を示すために、商品はいずれもベージュ系、ピンク系、水色系の3色が揃えられている

宮脇氏によると、新しい取り組みとして意識されたのが、昨今の流行である"インスタ映え"。「時代は今、"モノ"というよりも"コト"が求められる傾向にあります。そこでパーティーなど人が集うシーンをイメージした、ライフスタイルを彩るような製品として、リコパはスタートしました。従来の製品群というスタンダードなラインを保ちつつ、それとは違うラインも提案していこうという位置づけです」と話す。

実際に製品を企画するにあたっては、女性をターゲットにしたレトロでかいらしいイメージを設定。そこでこだわったのは3色のカラバリ展開だという。リコパシリーズでは、第一弾以降の後続製品でも、ベージュ系、ピンク系、水色系の3色が必ずラインナップしている。カラバリを必須にすると、売れ筋以外の在庫を抱える恐れなど、メーカーとしてはリスクが伴うもの。宮脇氏は、それでもあえてカラバリを展開した理由を次のように説明した。

「3色カラバリを用意するというのは確かに躊躇するところですが、リコパシリーズでは、3色ワンセットで"世界観"をを表現しているため、絶対に外せない要素なのです」

しかしながら、カラバリの実現は想像以上に苦心したという。例えばIHクッキングヒーターとセットで販売している鍋の素材は金属を採用している。家具やペット用品などの日用雑貨などの生活用品も多数手がけるアイリスオーヤマでは鮮やかな色の塗装は得意としていたものの、樹脂素材のIHヒーターと金属の鍋の色味をそろえることには難儀したと語る。

宮脇氏は、「ディティール、特に仕上げの部分は特に課題ですね。製品がたくさん売れれば  低コストで質の良い塗装ができるので、今後も少しずつ改良していきたいと思っています」と語る。

デザイン家電を“値ごろ価格”で実現

同氏がこのように課題を語るのも、実はアイリスオーヤマならではの特異なこだわりがあるため。というのも、アイリスオーヤマの家電製品全体の軸として貫かれているのは"値ごろ感"だ。「製品がどれだけよくても、消費者の手の届かない価格であってはならない」という、同社の企業価値とも言える要素がブレてはならない。

「弊社では、値段を決めてから開発を進めていきます。だからこそ、絶対に赤字にならないという企業としての強みにもなっているんです」と宮脇氏が語るように、製品は“なるほど”“オンリーワン”“便利機能”など、まずはコンセプトが最優先。次に“値ごろ価格”で企画され、設定した価格の中でいかにそのコンセプトを実現できるのかを重視して開発されるのだという。それゆえ、リコパシリーズでラインナップされる製品は必然的に単機能のものが選ばれているとのことだ。

そしてその哲学は、デザインのあり方についても変わらない。ただし、デザイン家電と言うと一般的には高級感も重要な要素。値ごろ感で製品企画を考える場合には相反する要素でもある。だが、レトロ感が醸し出す"チープさ"を逆手にとってかわいらしさを表現しているのもリコパシリーズの特長と言える。

リコパシリーズのオーブントースター(左)と電子レンジ(右)。シンプルに機能を絞りながらも、操作方法が極力わかりやすくデザインされている

しかし、リコパシリーズは雑貨ではなく、通電して使用する家電製品。そこで安全性や品質管理といった要素も求められる。デザインの企画開発を進める上で予想以上に難儀したのはこの点だったそうだ。

宮脇氏は、IHクッキングヒーターの天板ガラス部分を例にとり、通常は白か黒がスタンダードな天板にカラーを施した際の苦労を語った。

「温かみを表現するため、天板はどうしてもクリーム色を採用したかったんです。そこで表面にプリントを施すという方法で実現しました」

IHクッキングヒーターとしてはあまり例のないクリーム色の天板。リコパの世界観を表すためにはどうしても外せないこだわりだったとのこと

他にも、デザインの観点から持ち手を付けたものの、「持ったときに、万が一、折れたりグラついたりすると危ないので止めて欲しい」と品質管理から待ったがかかったというエピソードも。その後、開発と協力し、固定方法の再検討や裏面にリブを施すなどして、デザインと安全性を両立させたという。

品質管理部門から待ったがかったという持ち手の部分。裏面にリブを施すなどして安全性の懸念点を回避した
異なる素材が用いられている鍋とIHヒーターとでは、同じ色にしても発色の仕方が異なってしまう。質感を違和感なくするため、色合いの調整にはかなり難儀したそうだ。

デザインも企画も、担当者が「伴走」して製品開発

リコパシリーズは、第二弾として翌2017年11月に発売された「ミニホットプレート」「オーブントースター」「電子レンジ」の他に「電気ケトル」が現時点でラインナップされている。前述のとおり、いずれも3色のカラバリが用意されているが、色の系統は統一されていても、実は質感や色のニュアンスなど、同一で揃えられていない部分もある。

宮脇氏によるとその理由はもちろんコスト面の問題でもあるが、「製品としての完成度を大事にしている」とのこと。シリーズ製品に共通したデザインの特徴として、ボタンとダイヤル、取っ手部分に関してはゴールドの塗装が施されているが、ホットプレートに関してはメッキが採用されている。「ホットプレートに関しては本体が全面的にホーロー素材なので、質感として相性がいいのはメッキ。シリーズとはいえ、単品で購入される方もいるので、単品で評価して製品そのものがベストと評価されるデザインを採用しています」と話す。

ホットプレートの持ち手部分はあえてメッキを採用。他の製品とは異なるが、シリーズとしての統一感以上に単体の商品としての仕上がりが大事にされている

アイリスオーヤマでは、現在、R&D部門は東京、大阪、宮城県角田市に置かれている。各拠点ごとにデザイン部門が設けられており、週一で開かれるプレゼン会議で、企画から製品デザインまで決定されるのだという。

さらに、同社では"伴走方式"と呼ばれる開発体制が取られており、他社との特異性を宮脇氏は次のように話した。

「すべての商品開発部門で、企画を担当する事業部、 開発担当、デザイン担当、品質管理まで、関係部門の担当者が集まって週次会議を行っています。一般的には、デザイナーはある程度製品が固まった段階で加わります。一方、弊社では企画段階から製品化の詰めの部分、コストの積み上げの部分まで、デザイナーがすべて関わりますので、他社にはあまりないやり方だと思います。というのも、今は家電が事業の軸となっていますが、アイリスオーヤマは元々生活用品だけを手掛けていたメーカー。生活用品はデザイン=設計という要素が強いため、基本としてそうしたやり方が続いていているのだと思います」

少々失礼な言い方ではあるが、"質実剛健""コスパ優先"という印象を持っていたアイリスオーヤマの電化製品。そのため、デザイン性を打ち出したシリーズが登場した当初は驚いたものだ。

そしてリコパシリーズのみならず、同社の家電製品は年々、全般的にデザインが洗練されてきていると感じている。宮脇氏曰く、「デザインは機能の一つと考えている」とのこと。しかし、"便利で優れたものをユーザーの手の届く価格で提供していく"という基本方針は今後も決してブレることはないと強調する。

巷のデザイン家電のように、デザイン料とも言える付加価値を価格に上乗せていく方向性ではなく、設定された販売価格に対して、利益を鑑みた上で、品質やデザイン性も極力優れた商品を提供していくアイリスオーヤマの企業哲学。ユーザー本位とも言えるその企業姿勢と努力が、"我が道を行く風雲児"として家電業界に今後もインパクトを与え続けることを期待したい。

なぜ東横インは、宿泊料が一定なのか? 多様化するビジネスホテルの今

瀧澤信秋のいろはにホテル 第1回

なぜ東横インは、宿泊料が一定なのか? 多様化するビジネスホテルの今

2018.11.16

「ホテル評論家」瀧澤信秋氏による新連載!

第1回は、「多様化するビジネスホテルの今」について

料金変動「するホテル」と「しないホテル」 それぞれの狙いは?

「ホテル評論家」瀧澤信秋氏が、意外と知らないホテルビジネスを語る新連載。第1回は、瀧澤氏が“注目度の高いカテゴリー”と説明する「ビジネスホテル」について。ここ数年で急速に「多様化」が進んでいるビジネスホテルのこと、どれだけ知っていますか?

ビジネスホテルが大人気

ラグジュアリーホテルからビジネスホテル、カプセルホテルにラブホテルと横断的な評論が筆者の生業であるが、ことビジネスホテルは昨今勢いのある注目度の高いカテゴリーだ。

旅行や出張で、ビジネスホテルを利用した経験のある人は多いだろう

筆者は、TBSテレビの人気番組「マツコの知らない世界」へ過去3回出演の機会を得たが、第2回で紹介した「ビジネスホテルの世界」は特に反響が大きく、TBS瞬間最高視聴率ランキングで1位をいただいた。視聴者の方々にとってビジネスホテルは身近な存在なのだと改めて認識した。

ということで、連載の第1回となる本稿では、「多様化が進むビジネスホテルの今」をお伝えしよう。

「ビジネスホテル」と「ホテル」の違い

そもそもビジネスホテルとは何なのか。業界ではビジネスホテルは“宿泊特化型ホテル”ともいわれるが、その名の通り宿泊に特化したホテルと定義づけられる。

ホテルとはフルサービスであることが特徴で、宿泊の他に料理・飲食、バンケット(宴会、または婚礼や大規模な会議)など多彩なサービスを提供する。一方のビジネスホテルは、朝食スペースなどが設けられてはいるものの(法令上の要請)、フロントサービスを中心に宿泊機能を提供するというリミテッドサービスであることが特徴だ。“イン”とも称される。

前述の番組で、豪華なスイートルームまであるホテルとして“これ以上のビジネスホテルは見たことがない”と「ホテル ココ・グラン高崎」(群馬県高崎市)を紹介したところ、「スイートルームなんてあるのにビジネスホテルといえるの?」と疑問の声をいただいた。

「ホテル ココ・グラン高崎」プレミアムココスイート

スイートルームがあろうが、基本的に宿泊に特化していればそれはビジネスホテルといえる。ただし、宿泊特化型のコンセプトは多様化しており、単にビジネスホテルとカテゴライズされることを良しとしないホテルもある。

話は逸れたが、ビジネスホテルといえば、伝統的には出張族御用達として人気を博してきた。今では旅のスタイルが多様化したことで、観光にも重宝されており、リーズナブルな旅を求める訪日外国人旅行者にも人気が高い。

「料金変動させるホテル」と「あえてさせないホテル」

しかし、「ビジネスホテル=リーズナブル」というイメージは徐々に崩れつつある。確かに高級ホテルよりは安いといえそうだが、繁忙日と閑散日の料金変動幅がかなり大きなホテルもみられる。

筆者は職業柄日々のホテル料金レートをチェックしている。「ビジネスホテルは高級ホテルより安いといえそう」と書いたが、とある繁忙日の新宿エリアを見たところ、ハイアットよりもアパホテルが高かったことがあり驚いた。料金を客室面積の㎡単位で換算したところ、ハイアットが約1,200円、アパホテルが約2,800円だった。

料金変動の大きさもクローズアップされたアパホテル

極端な例を挙げたが、ビジネスホテルに限らずホテルの料金は変動するのが一般的だ。これは業界では「レベニューマネジメント」などといわれる。ホテルの客室に限らず在庫の繰り越しができない商品を、売れ残りを少なくするためさまざまな価格設定をして販売を管理することは、需要予測のもとに収益を最大化する手法といえる。

需要が高くなると料金が上がるのはホテルに限ったことではないが、とはいえホテル料金変動幅のあまりの大きさに面食らった経験のある人もいるのではないだろうか。季節変動(季節や時期によって需要に増減が起きる変化)の大きなリゾートホテルなどではその傾向はさらに強いし、料金が高額なラグジュアリーホテルでも変動はする。しかし、より日常感のあるリーズナブルなイメージのビジネスホテルほど、ゲストは料金変動にシビアだといえそうだ。

他方、基本的に料金変動させないことをポリシーとするホテルもある。たとえば「東横イン」だ。全国最大規模のビジネスホテルチェーンであるが、宿泊需要の急増する時期でも大きく料金を変動させないことを公式サイトでうたっている

プライスポリシーとして「市場動向にいわば便乗するかのような料金設定は(中略)ビジネスパーソンをはじめとするお客様の信頼を裏切ることになる」と明記。料金の変動が少ないことはゲストの安心感につながるというのが同社の考えだ。

「東横イン」客室イメージ

前述のホテル ココ・グラン高崎も、基本的に料金変動させないことをポリシーにしているが、かようなポリシーのホテルを時々見かけることがある。このように、「料金変動をさせるホテル」と「あえてさせないホテル」があるのだ。

「本当はいくら? 」で部屋の価値を聞いてみた

料金変動でよく見られるのは、最初は高い設定なのに日が迫ると安くなり、当日の夜などに投げ売りされるパターン。レベニューマネジメントで適切な在庫管理ができれば緩和される側面はあるのかもしれないが、早く予約してキチンと泊まってくれる「ホテルにとって有り難いゲスト」が割を食うケースともいえる。そもそも定価で料金変動させないのであれば起こらない問題かもしれない。

ところで筆者は、ホテルの支配人や経営者への取材に際し「こちらの客室はいくらですか?」と質問することがある。「え~と今日は6,000円ですが明日は1万円で……」といった回答を得ることは多い。そこで「いえ、本当はいくらなんですか? 」と聞き返す。すると回答に窮する様子のケースが多く見られる。

ところが、過去の取材(4年ほど前の取材と記憶している)で「うちは5千円です」と即答したホテル経営者がいた。中国地方や福岡で大人気ビジネスホテルチェーン「ホテルアクティブ! 」を運営する、株式会社石田屋ホテルズ代表取締役社長の石田光一郎氏である。

「ホテルアクティブ!広島」外観

石田氏は「確かに今日は7,000円ですし明日は9,000円ですが、この部屋本当は5,000円なんです」と断言した。商売なので繁忙日は料金を上げることもするが、多くいただいた分は新しいホテル建設や事業拡大などには回さず、あくまでもそのホテル・客室の快適性向上に投資するという。確かに、前に一度宿泊した際に「もう充分快適」と記憶していたが、その後何度か再訪した際にも、さらに工夫が施されたリニューアルがなされていた経験があり、納得した。

***

今回は、ビジネスホテルについて「料金変動」の面からみてきた。料金変動の有無については、ホテルの特性やさまざまな条件などを鑑みれば決して一面からでは結論づけられない問題であるといえよう。昨今、インバウンド需要も後押しとなり、ビジネスホテルが多く誕生し、さまざまな経営・運営会社の手により多彩な施設が林立。同時にその「スタンス」も多様化している。

客室の快適性や利便性などと共に、そうしたホテルのスタンスを知ることも、賢い消費者として気に留めておくべき「ホテル利用術」のひとつだといえそうだ。

次回も引き続き「多様化が進むビジネスホテル」について取り上げます。ビジネスホテル市場に押し寄せる“差別化”と“コモディティ化”の流れ、そこから見えてくるものとは?

「選択と集中」が進みすぎた、日本の科学技術への投資

藤田朋宏の必殺仕分け人 第1回

「選択と集中」が進みすぎた、日本の科学技術への投資

2018.11.15

ちとせグループCEOの藤田朋宏氏による新連載

巷を賑わす”ヘンな出来事”の問題点を、独自の解釈で洗い出す!

第1回は、「日本の科学技術投資」について

バイオベンチャー企業群「ちとせグループ」のCEOを務める藤田朋宏氏による新連載。“手段と目的の違い”によって生じた「ヘンな出来事」の問題点を、独自の視点で語ります。第1回は、「日本の科学技術投資」について。日本の科学技術への投資の問題点とはいったい何なのでしょう?

才能と“伸びしろ”に投資する、日本サッカー協会

先日、クアラルンプールに出張したときのこと。宿泊先のホテルが偶然にもサッカーの日本代表と同じだった。「日本代表」と言っても、同じホテルに泊まっていたのは本田や長友ではなく、U-16アジア選手権に参加している若い選手たち。

そこで彼らを見ていて、ふと考えた。日本サッカー協会の「選手への投資」は、実は凄く効率がいいのではないか。どうしてそう思ったのか、順を追って説明したい。

ホテルに置いてあったU-16アジア選手権のバナー

チェックインを済ませ、「部屋の準備があるから、ちょっとだけそこで待っていて」と指示するホテルマンに従い、ひとりロビーに放置されている間、何となしに選手の情報を調べてみた。それから一時間半。23名の選手一人ひとりの顔だけでなく、利き足まで覚えるくらいの時間が経っても、僕はまだロビーで放っておかれたままだった。まぁ、東南アジアではよくあることなので、腹は立たなかった。

ところで、「過去のU-16日本代表がその後、何度も日本代表に選ばれる割合はどれほどだろうか」と疑問に感じ、調べてみたところ、各年20数名の代表選手のうち、現役で活躍している選手は約1人であることが分かった。確かに16歳の段階では身体の発達に差があるし、試合で活躍できるかは運の要素も絡む。コーチとの相性やケガの問題もあるだろう。

そうは言っても、16歳の時点で日本代表に選ばれるだけのポテンシャルを持つ選手のうち、その数%しか将来も活躍できる選手がいない、という事実には驚いた。実際、長谷部、本田、岡崎、長友……など、この10年で活躍している選手たちの多くは、16歳時点ではそこまで期待されていなかった選手ばかりだ。

ではなぜ、そういった選手が後に日の目を浴びられたかというと、それは彼らにも「チャンス」を与えられていたからだろう。日本サッカー協会は、16歳時点で選抜したトップ選手だけに集中投資するだけではなく、同年代の他の有望選手にもしっかりとチャンスを与え続けられるような仕組みをつくれたのだと思う。

際立って目立つ選手だけではなく、将来の伸びしろがありえる選手にも、最低限のチャンスは回ってくることで、未来のトップ選手の育成が図れる。そうやって日本サッカー協会はこれまで、世界に通用するような選手を輩出してきた。

「科学技術に投資せよ」ではなく、予算配分の再考を

前置きが長くなってしまったが、ここから本題に入りたい。

先日、京都大学特別教授の本庶佑先生がノーベル賞を受賞したというニュースが流れた。「自分がバイオテクノロジー業界で働く人間だから」というのは関係なく、本庶先生と周りのチームの方々の長年にわたる科学に対する貢献が認められたこと、その事実に接した関係者の気持ちを想像すると、とても嬉しい気持ちになった。

ノーベル賞メダル(レプリカ)

 

近年、日本人のノーベル賞受賞が続いている。彼らのような日本の科学業界の仕組みをよくわかった方々は、これまで数多くのご苦労をされてきたことだろう。しかし、1つ残念なこともある。能力はもちろん、人格的にも優れたそういった先生方が、ノーベル賞受賞のタイミングでマスコミに発表する一世一代のコメントが「日本国の科学技術投資、科学技術教育のあり方についての憂い」であることだ。

僭越ながら、先生たちのコメントを解釈すると、よくニュースで取り上げられるような「科学技術にもっとお金を使え」ということではなく、その先にある「国家予算の配分」についての指摘をしていると認識している。

誰がなんと言おうと、日本の科学技術投資の選択と集中は年々進んでしまっているのが現状だ。しかし、先生方のいうような「選択と集中が進みすぎている」という指摘に対して、「日本にはもうお金がないのだから科学技術にばかり投資できない」と答えがずれてしまっている。

これこそが、日本の科学技術投資における問題ではないだろうか。

日本にはびこる「選択と集中こそが正解だよ病」

随分前からずっと不思議なのだが、そもそも「選択と集中こそが正解である」なんて、誰がいい出したのだろう。「選択と集中」の戦略で物事をうまく切り抜けられるようなことは、本当に生きるか死ぬか、背水の陣を敷いている時くらいだと思うのだ。

今の日本の「選択と集中こそが正解だよ病」はなかなか根深く、そもそもの目的を実現することよりも「選択と集中」を行うことそのものが目的になっているんじゃないかと感じることが多い。

今の日本で行われている多くの意思決定の場面で、サッカーの例で例えると、U-16日本代表を選んだ人のメンツを潰さないということが、強い日本代表をつくることよりも優先されてしまっているように思う。

そのため、16歳の時点で選んだ選手だけに集中投資し、16歳の段階で選ばれなかった他の選手のポテンシャルに賭けることもしないというような「選択と集中が正解である」という間違えた進め方で意思決定が行われているようなことが多いように感じる。

サッカー選手の育成でも、科学技術の投資でも初期の段階で選抜してそこだけに集中投資するという戦略を繰り返せば繰り返すほど、全体としての力は落ちる一方になるのではないか。歴代のノーベル賞受賞者の先生方も、そういうことを言いたかったのではないかと思う。

手段であるはずの「選択と集中」が、目的となっている?

私は、「16歳の段階で、将来素晴らしいサッカー選手になる人物を見分けられる」なんて言葉は、伸びしろのある選手に対しておこがましいと感じる。これは科学技術の研究にも同じことが言える。「その研究が将来素晴らしい成果を残すかどうか見分けられる」なんて言葉は、科学者に対しておこがましい。

もっと言ってしまえば、どの研究が将来化けるかの判断は、16歳のサッカー選手の成長を言い当てることより遥かに難しいだろう。なぜならば、サッカーという競技のルール自体は変わらないが、科学と言う競技はルール自体を決めているので、科学研究の将来性をあらかじめ予測するのは16歳のサッカー選手の将来性を予測するより難しいためだ。

そんな中、日本サッカー協会が幅広い底上げに力を入れ、紆余曲折も有りながらも右肩上がりの成長を維持できているにも関わらず、日本の科学技術投資は過剰な「選択と集中」を強めるが故に、科学技術力の相対的な低下を招いているように感じる。

その差はいったい何か? これは1つの仮説でしかないが、日本サッカー協会の強さの秘訣は、会長の独断で物事を決められる側面が強い組織であるために「目的」がハッキリしている点にあるのではないだろうか。

その一方で、日本の科学技術投資のような“数多くの人の善意の組み合わせの上になり立っている意思決定機構”では「選択と集中を進めることが正解である」という、本来手段の一つである価値観が「目的」となってしまっているように感じる。

本来考えるべきは、「日本の科学技術をどうするべきか」ということであるにも関わらず、その手段と目的が逆転しまっているのではないだろうか、と思うのだ。