一から作り上げた

モノのデザイン 第29回

一から作り上げた"反転"する掃除機-東芝 コードレスクリーナー「VC-NXシリーズ」(後編)

2017.12.19

東芝ライフスタイルが今秋発売した、掃除機の新製品「VC-NXシリーズ」。キャニスタータイプの掃除機でありながら、駆動時間と吸引力の課題を克服したコードレス化を実現した製品だ。後編となる今回は、新製品における本体以外の部分についての開発裏話を、デザインを担当した、東芝 デザインセンター デザイン第二部 家庭電器システム担当参事の山内敏行氏に語っていただいた。

東芝ライフスタイルから今秋発売された「VC-NXシリーズ」。スタンダードモデルの「VC-NX1」は"ブラストシルバー"と"サテンゴールド"、プレミアムモデルの「VC-NXS1」は"グランレッド"と"グランブロンズ"のそれぞれ2色をラインナップする

ユーザーの不満点を解消する、使い勝手に優れたコードレス式のキャニスター掃除機を生みだすために、新型モーターとバッテリーの開発に始まり、本体の内部構造や設計に至るまですべて一から見直しが図られた同製品。だが、ヘッドと延長管部分も担当者たちを悩ませたパーツだったという。中でも延長管が収縮する構造が廃止されているのが特に目を惹く。山内氏はその理由を次のように語る。

「延長管が伸縮する構造にすると、使用するパーツが増えることになり、必然的に重くなってしまいます。しかし、今回は手元の軽さにこだわった製品でもあるため、長さが変えられる要素は思い切ってなくすことにしました。延長管の伸縮はキャニスター掃除機では当たり前の構造ですが、そもそもスティッククリーナーでは採用されていないので、そこは割り切ってもいいだろうと判断しました」

軽さにこだわって開発されたという延長管やブラシヘッドは、もちろん素材選びにも及ぶ。山内氏によると、基本的な構造設計は従来とは変わらないものの、素材はグラスファイバーと呼ばれる軽量性と堅牢性を兼ね備えたものが選ばれ、できる限り軽くするために、通常は2~2.5ミリ程度だという厚みを、最大で1.3ミリまで薄くしたという。

「今回、モーターが新規開発されたものなので、従来のキャニスター掃除機とは切り分け、ゼロからひとつひとつ最適化をする必要がありました。ホース部分や延長管はモーターのパワーとの相性も重要なので、より圧損が少なくて一番効率的な太さというのを検討しました」とのことだ。

開発初期段階では、スケッチやレンダリングだけでなく、使用時の操作感についてもデザイナー自らによる試作評価が行われたとのこと

バッテリータイプのキャニスター掃除機であることから、充電台の開発も必須だ。ダブルフェイススタイルと呼ばれる特異な機構を採用しているため、ここでも試行錯誤が続いたという。使い勝手のいい充電台を追求するために、次のような点が検討されたそうだ。

「充電台や充電ダストステーションは極力小さくしたいと思っていましたが、まずはどこに設置すべきかという点から議論しました。次に、本体をひっくり返して操作できるという特長をダストステーションにも活かせないだろうかということで考えられたのが、掃除機を掛けるという行為をする上で、自然な動作の流れでそのまま引っ張るだけでスムーズにダストステーションから引き出すことができるという仕組みでした。しかし、いざやってみると、バネの強さなど作ってみないとわからないということだらけで、ここでも何度も試作機を作ってはチェックしての繰り返しでした」

スタンダードモデル「VC-NX1」の充電台設置イメージ。壁際に置いてもスッキリ収まるスタイルが検討された
プレミアムモデルの「VC-NXS1」では"ダストステーション"と呼ばれる本体内のゴミを充電台に移動させる機構も備えている。本体をそのまま引っ張るだけで転がるようにスムーズに引き出せる仕組みも採用されている

外観上のデザインでは、特に本体のハンドル部分に強いこだわりがあるという。そう言われてこの部分をよくみると、タイヤから一直線になだらかにつながっているかのような自然なデザインになっていることに気付く。しかし、この見た目の美しさと機能性を両立させるのも一筋縄ではいかなかったそうだ。

「外観上の美しさを保つために、ちょうどタイヤからつながっているようなデザインになっているのですが、この部分の太さを調節するのが大変でした。ハンドルとしての強度や持った際の重心バランスや持ちやすさを考えるとあまり細くすることもできません。太過ぎてしまうとハンドル自体が持ちにくくなってしまいますし、調整が難しかったです。それから本体を床に置いた状態で使用する際にハンドルが飛び出ないようにするためにもかなり試行錯誤しました」

山内氏は、他にも"メカメカしさを感じさせない"ことが外観上のデザインのこだわりだと話す。そのため、タイヤ自体のデザインがスッキリしていることが強く意識されたとのことだが、本製品にはもう1つの大きな課題を抱えていた。

「排気の部分ですね。この部分は通常の掃除機ならば、後方の部分に設ければいいだけですが、"ダブルフェイススタイル"の本製品は前後がない構造。かと言って、排気口を下に設けてしまうと、床面に風を吹きつけてしまってゴミを舞い上がらせてしまうことになります。そこでシロッコファンの逆バージョンのような形にして側面に排気口を設けることになったのですが、横に穴がある設計を野暮ったく見せないようにそのままデザインに活かしました。この部分は特に機能美と言えるところですね」

可動式のハンドルは、重心バランスやグリップ感などの操作性を考慮した上で見た目も美しくなるようデザインに最も苦慮した部分の1つだという
"ダブルフェイススタイル"のために、大きな課題となった排気部。本体側面に設けることで解決を図ったと同時に機能美としてそのままタイヤ部分のデザインにも活かされている

同シリーズのカラーバリエーションは、スタンダードモデルのVC-NX1がブラストシルバーとサテンゴールド、プレミアムモデルのVC-NXS1はグランレッドとグランブロンズを展開している。これまで東芝の掃除機と言うと、消費者の間ではキャッチーなレッドのイメージが強かったと思うが、今回カラバリを思い切って変えたことや、選定の理由について山内氏は次のように語った。

「今回はすべて一から作ったブランニューの製品ですので、今までのイメージとは違ったものにしたいという思いが担当者の間ではありました。今までの流れで行くとレッドになるのですが、軽さやより先進的なイメージを与えたいということで、スタンダードモデルにはシルバーとゴールドを選びました。また、キャニスター型とはいえコードレス式なのでスティックタイプのように生活空間に出したままという使い方も想定されますので、室内の環境に対してインテリアとしてなじみやすい色というのもあります。一方のプレミアムモデルに関しては、高級感が出せるよう重厚感のあるカラーとして2色が選ばれたのですが、グロッシーな色とマット調の質感を組み合わせることで同じレッドであっても、これまでとは違った新しい感じを出すようにしました」

「今回は一から十までとにかくチャレンジングの要素が多かった」と振り返る、東芝 デザインセンター デザイン第二部 家庭電器システム担当参事の山内敏行氏

"コードレスで使い勝手のいい掃除機を開発する"という命題のもと誕生した、東芝ライフスタイルの「VC-NXシリーズ」。従来の掃除機の問題解決を図ることを起点に、新型モーターの開発に始まり、"ダブルフェイススタイル"と呼ばれる新たなスタイルの採用まで、掃除機史上においてはさまざまな試みが詰め込まれた画期的かつチャレンジングな製品と言える。

最後に山内氏は「今回やり切った感はありますが、ブランニューの初代モデルなので改善すべきところはあるかもしれません。我々としても、掃除機の開発は毎回生みの苦しみと格闘しながら、まだまだ何かあるんじゃないかと問題点を洗い出し、次のステージへと進化させていきたいです」と次の世代への意欲を語ってくれた。

バルミューダが“子どものデスクライト”を再定義した理由

モノのデザイン 第46回

バルミューダが“子どものデスクライト”を再定義した理由

2018.11.13

バルミューダ初の照明機器「BALMUDA The Light」

子供にターゲットを絞り、目の健康を追い求めた

デザイン家電ブームの火付け役が挑んだ新領域での苦労とは

バルミューダから10月26日に発売された「BALMUDA The Light」。これまで扇風機、スチームトースター、オーブンレンジなど、デザイン性と革新性を両立させた独自の製品を世に送り出してきた同社だが、照明器具の発売はこれが初めて。空調家電、調理家電に次ぐ“第三のカテゴリー”への市場参入を目論む第一弾のプロダクトだ。

“子どものため”と明確に謳ったこのLEDデスクライトは、これまでにはない思想で開発された。業界で異彩を放つ新製品の設計・機構から外観に至るまで、広義での"デザイン"について、開発チームのメンバーである同社マーケティング部プロダクトマネジメントチームの高荷隆文氏に聞いた。

バルミューダが新たに挑む製品カテゴリーである"照明"の第1弾として発売された「BALMUDA The Light」。"子どものため"のデスクライトとして、最新のテクノロジーのみならず、開発陣の思想や想いが想像以上に込められた商品だ

子どもウケデザインではない、子どものためのライト

冒頭で述べたとおり、本製品はデスクライトとして"子ども向け"を謳った商品。だが、その方向性は、見た目だけを子どもウケするようなデザインにしたものとは本質的に大きく異なる。

子ども向け="子どもの姿勢や視力への影響を配慮したもの"であり、製品の発表会では、「大人に比べて視界が狭い子どもは、机に向かっているうちにいつの間にか前のめりになってしまい、うつぶせのような姿勢になってしまう」と、寺尾玄社長自らがご子息と対峙して気づいたことが、開発の経緯になったことを明かしていた。

一般的なデスクライトの難点は、このように真上からの照明で、手元に影ができやすいことだ
光源が目に直接入ることも従来のデスクライトの問題点

高荷氏によると、初期の段階ではまったく異なるコンセプトで研究開発していたそうだ。しかし、「そのコンセプトでは商品化のめどが立たず、"集中"とか"目"が開発の方向性のキーワードになっていきました」と話す。

お話を伺った、バルミューダ マーケティング部プロダクトマネジメントチームの高荷隆文氏

BALMUDA The Lightは、同社が"フォワードビームテクノロジー"と呼ぶ、光をミラーで一度反射させてから手元に当てることで、光が瞳に直接入らない点が特長の1つである。反射板を使うことで机全体を照らすことができるという仕組みは、開発の初期段階から検討されており、デスクライトに応用することも考えていたそうだ。

バルミューダが考えた、デスクライトとしての理想的な光のイメージ。手元に影を作らず、光が直接目に入らない解決方法が検討された
BALMUDA The Lightの光源部分。ミラーによって光を反射させてから手元に当てることで、光が直接目に入らず、影もできない。光源には3灯の太陽光LEDが使われている

手術灯メーカーとの出会いで開発が加速

バルミューダがデスクライトの開発に着手したのは2014年ごろ。実は2015年に発売され大ヒットした「BALMUDA The Toaster」の発売前から構想自体はスタートしていたというが、商品化に向けて大きく動き出したのは2年ほど前とのこと。高荷氏は「でも、拍車がかかったのは、去年(2017年)の頭ぐらい。社長自らが山田医療照明の増田社長と出会ったところからなんです」と振り返る。

山田医療照明は、手術灯など医療用照明を手掛ける、業界では国内トップのメーカーだ。バルミューダが開発途中で考えていた照明の仕組みが手術灯に似ていることに気付いた寺尾社長が自らネットで検索し、探り当てたのが山田医療照明だった。これが、後の"フォワードビームテクノロジー"につながっていくことになる。

すぐさま寺尾社長はショールームへ乗り込んで行った。山田医療照明は手術灯でグッドデザイン賞を受賞するなど、デザインに対する意識も高く、製品開発の考え方にも近いものがあると感じたという。直接会いに行った同社の社長ともすぐさま意気投合したそうだ。

高荷氏は「実は山田医療照明の増田社長がバルミューダのファンで、弊社のほぼ全商品を持っていらっしゃったんです」と、共同開発にたどり着いたエピソードを笑いながら語った。

フォワードビームテクノロジーのヒントになった、山田医療照明の手術灯

2017年春からは、2社共同のプロジェクトとして再始動した、BALMUDA The Light。もう1つの技術的な特長として、光源に"太陽光LED"を採用していることも挙げられる。

太陽光LEDとは、太陽による自然光に近い波長(スペクトル)を持ったLED。一般的なLEDに比べてブルーの波長が低く、目にストレスを与えにくいといい、山田医療照明が手掛ける手術灯にも数年前から採用されている。

だが、目に優しい反面、太陽光LEDは価格が高いのが難点。一般的なLEDの10倍ほど高価なために、民生用の機器で採用されている例はほとんどないという。それをBALMUDA The Lightではなんと3個も搭載しているのだ。

BALMUDA The Light、一般的な白色LEDライト、太陽光の光の波長の違い。BALMUDA The Lightのブルーライトは、一般的な白色LEDライトに比べると太陽光に近い波長で、目が疲れにくい特性を持つ

太陽光LEDが民生用機器に採用されない理由は他にもある。「太陽光LEDは、光の質がよい代わりに発熱しやすく、放熱をいかに行うかがかなり大変なんです。放熱対策をせずに電流を流すと100℃を超えることもあり、そのままだとすぐに壊れてしまいます」と高荷氏。

そこで、BALMUDA The Lightではさまざまな放熱技術を検討していった。「フォワードビームの反射構造と放熱を両立させる設計を行い、1日中ライトをつけっぱなしにしていても、ほのかに温かいと感じる程度にまで抑え込みました。しかし、放熱のための解決策をやればやるほど本体が重くなっていき、倒れやすくなってしまったんです」と話す。

カサの部分に複数設けられた穴の部分は、放熱の機能も兼ねている

「形に合わせた開発」の苦労

以前、「BALMUDA The Range」の取材の際に、「バルミューダのデザインの神髄は、形はベーシックでありながら、オリジナリティーを追求することにある」と語られていたように、開発チームには、形を変えないままで中身を改良していくことが要求された。

「開発部門としては、あと5ミリ厚くできれば放熱と倒れにくさを両立できるのに……というせめぎ合いが何度かあったのですが、弊社の商品はデザイン性もブランドアイデンティティーの1つ。デザイン性は優先課題とされるため、"形ありきで、そこに技術をどうやってはめていくか?"という考え方で、光源部分の試作を毎週繰り返して、最終的にはコンマミリサイズで調整を続けました」と苦悩を明かす。

そのほかにも、暗くする際にチラつきが出やすく、それが目にストレスを与えてしまうという問題を電流の量で微調整する制御を行い、最小限に抑えたという。

一方、外観上のデザインに関しては、"パッと見はシンプル"というバルミューダ共通のデザイン意匠を踏襲しつつも、意識されたのは"テック感"だ。

「光源が見えない時、表側はシンプルでやさしい印象ですが、カサの内側の光源がある部分は複雑な造形にし、一部をクローム調にすることでシャープな印象に仕上げました。ポリゴン状の反射板も、光学的に有利かつテクノロジーを感じるデザインを意識したものです」と高荷氏。

それ以外にも、"子ども用"を謳う商品として、耐久性はもちろん、転倒しないように重さを調整した。"長くずっと机にいる相棒"として長年愛用できるように、デコレーション用に付属するシールが貼りやすい一方で傷や指紋が付きにくく、手入れをしやすいマット塗装やコーティングが施されている。

本製品のもう1つユニークな点は、"音"の仕掛けだ。BALMUDA The Rangeと同様に、デスクライトにもスイッチのダイヤルを回すと音を奏でるギミックが採用されている。前回のレンジはギターやドラムだったが、今回はアナログピアノの音が選ばれている。しかも、スタインウェイのグランドピアノを使って、スタジオでプロのミュージシャンが演奏した生音を音源にするというこだわりだ。

「いろいろ試した中で、光の明るさと諧調に親和性があったのがピアノの音でした。クラシカルなピアノの旋律はノスタルジックで、子どものイメージに合致しながらも、子どもっぽすぎるということもなく、長く愛用するのにふさわしい。ピッタリとハマりましたね。鍵盤の押し方とか、音の余韻までちゃんと表現されているんですよ」

製品に同梱されている取説。「子どものクリエイティビティや好奇心が掻き立てられるように」と、あえて設計図のようなデザインに仕立てたとのこと

コーポレイトアイデンティティーの1つとして"クリエイティビティ"を掲げるバルミューダ。今回の製品にも「クリエイティブであれ!」という子どもたちへのメッセージが込められている。そのために、デザインはあえて90%の完成度にし、残りの10%は使用する子ども自身の手で作り上げて欲しいという思いから、自由に組み合わせて貼れるステッカーが4シートも付属しており、本体の根本部分はペンスタンドにもなっている。

ダイヤル部分を回すと、ピアノの音階を奏でる。バルミューダらしい"遊び心"ある仕掛けに、子どもも大人も心が躍る

単に子どもたちの"目を守る"という使命だけでなく、自らの手で自分のものにした喜びや体験がモノへの愛着を生み、新たなクリエイティビティにつながっていく。いや、つなげてほしいという、同社の"意志"が大いに込められた商品だ。「デスクライトでどうやって体験を伝えるかはチャレンジングでした」と最後に語った高荷氏の言葉からも、その思いが伝わってきた。

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

カレー沢薫の時流漂流 第15回

感動に流されがちなスポーツと「プリンセス駅伝、四つん這い走行」

2018.11.12

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派連載!

第15回は、「プリンセス駅伝の四つん這い走行」問題について

今年は「パワハラ」「黒い交際」「殺人タックル」など、スポーツ界が荒れに荒れた。

スポーツにつきまとう「感動」という尺度

というよりは、今までずっと「わかり哲也」の背景ぐらい荒れ続けていたが、関係者専用のプライベートビーチだったため、一般人の目につかなかっただけのような気もする。

その一方、ワールドカップでは予選を批判した奴は全員死んだのかというぐらい本戦の健闘が称えられたり、夏の甲子園では金足農が秋田県勢として103年ぶりに決勝に進出し大きな注目を集めたりと、感動的なこともあった。

しかし、結果だけを言えば、ワールドカップは1回戦敗退だ。金足農も決勝で敗れ準優勝。逆に優勝したのに金足農の陰に隠れた大阪桐蔭が可哀想なぐらいだ。

つまり、見る側はスポーツに対し、時に結果よりも「感動」を求めがちということだ。金足農が仮に優勝していたとしても、その勝利が「地獄甲子園」式で得た物なら讃えられなかっただろう。

スポーツに感動を求めるのは悪いことではない。私のような、床を這っているコードでこけるような先のない中年は、もはや他人の活躍に乗っかって泣いたり笑ったりするしかないのだ。

だが、「感動した! 痛みに耐えてよく頑張った! 」という言葉があるように、スポーツの感動には「選手が無理をする姿」も含まれていることは否定できない。その無理が「43度の風呂」レベルならまだ良いが、選手生命、さらには最悪命を脅かしかねない時もある。

インターネット大相撲では済まない「プリンセス駅伝」問題

そんな、文字通り「選手が痛みに耐えて頑張った」事件が、先日行われた「プリンセス駅伝」で起こった。女子駅伝だからプリンセス駅伝なのだろうが、私が走者だったら相当居心地の悪いネーミングだ。

その駅伝の中で、10代の走者が中継所の直前で走行不能となったが、何と四つん這いの状態で流血しながらタスキをつないだという。四つん這いで移動した距離は約200メートル。私だったら小一時間かかる、結構な距離だ。その選手がリードの外れた柴犬ぐらいのスピードで四つん這い走行した、というなら制止する間もなくタスキは渡されていたかもしれないが、満身創痍の状態なら相当時間がかかっただろう。

当然、その姿には「誰か止めろよ」と批判が噴出した。しかし、批判がある一方で「感動した!」と、流血四つん這いで走る女子の姿にバッチリ感動した勢がいるのも事実だ。それに対し「怪我しながら走る選手を美談にする勢を許さない勢」が現れ、いつものインターネット大相撲に発展しているのはよくあることなのだが、これはかなり複雑な問題なのである。

監督が倒れた選手に「お前棄権したらわかっとるやろな? 」とアイコンタクトをしたり、観客が「俺たちを感動させるために走れや」と選手を後ろからジープで追い立てたりしたと言うなら論外だが、監督はテレビモニターで「二足歩行が厳しい」という致命的な状態の選手を見て、ちゃんと棄権を申し入れている。

だが、その棄権が現場の審判に伝わった時には、すでにタスキ受け渡し地点の20メートル手前に来ていたそうだ。つまり、満身創痍の選手が四つん這いで180メートル移動してしまうまで棄権の申し入れが審判に伝わらなかった、ということだ。ここでまず連絡体制の不備が指摘されている。

そして、審判は棄権の申し入れを知った後も、「あとちょっとだし」と最後まで走らせてしまったと言う。痛みに耐えて頑張る選手、という「感動」に流され、無理をさせてしまった感は否めない。

そもそも棄権の申し入れがあるなしに拘わらず、現場判断で中止させるべきはなかったのか、という声もある。今、試しに家の中を四つん這いで走ってみたが、これで200メートルはなかなかキツイ。何より見た目が痛々しい。

私の場合、無職の中年が昼間に家の中を四つん這いで走っているというただの「イタい」状態だが、走れなくなった若い選手が流血しながら四つん這いで走る姿は、十分制止すべき痛々しさだろう。実際、棄権申し入れがなくても、現場判断で走れなくなった選手を止める権限が審判にはある。

それでも懸命に走る意志を見せる選手に心打たれて止められなかったのかというと、必ずしも感動だけが理由ではないようだ。企業にとって駅伝というのは非常に重要なものであり、それをチームではなく審判の判断で止めるというのは、審判員側と企業側に大きな禍根を残すことになりかねないのだという。よって審判側は「よほど勇気がないと止められない」そうだ。

また、選手にとっても企業の名前を背負っている上、「自分がコケたら皆コケる」という駅伝のルール上、選手には大きなプレッシャーがかかっている。つまり選手も現場も「止まるに止まれないし、止めるに止められない」状況になっていたのかもしれない。

そして結果から言うと、この選手は「全治3~4か月の骨折」となった。あの四つん這いでの200メートルがなかったら、もう少し怪我が軽くなった可能性は大いにある。

このように、無理は早めに止めないと、逆に有望な選手を潰すことになりかねない。

「無茶しやがって…」という展開は漫画などに任せ、ダメな時は「俺たちの戦いはまだ始まったばかりだ」と早々に打ち切り、次のチャンスに賭けるべきだろう。