デザインも使い勝手も「シームレス」な血圧計を目指して - オムロン「上腕式血圧計 HEM-7600T」

モノのデザイン 第21回

デザインも使い勝手も「シームレス」な血圧計を目指して - オムロン「上腕式血圧計 HEM-7600T」

2017.04.19

血圧計と言えば、本体とカフ(腕帯)がチューブでつながった"チューブ式"と呼ばれる形態が一般的だ。しかし、オムロン ヘルスケアが3月1日に発売した新製品「オムロン 上腕式血圧計 HEM-7600T」(以下HEM-7600T)は、これまでの常識を打ち破り、本体とカフが一体化したチューブレスタイプの画期的な製品となっている。

「オムロン 上腕式血圧計 HEM-7600T」。上腕式血圧計で本体・カフの一体型化とチューブレス式を実現

装着から測定までをスムーズに行うことができ、ユーザーの使い勝手の大幅な向上に成功したHEM-7600Tのデザインを担当した同社デザインコミュニケーション部の荻原剛氏に話を伺った。

「シームレス」な血圧計を目指して

HEM-7600Tのデザインでコンセプトとして、最初に掲げられたのは"シームレス"だという。3つの要素を「シームレス」にすることを軸として開発が進められた。

オムロン ヘルスケア デザインコミュニケーション部の荻原剛氏

「血圧を"測る"という行為をユーザーが習慣として取り入れるためには、装着や操作がめんどうでなくなるということが不可欠です。これが開発における1つ目の軸になると考えました」(荻原氏)

そこで目指したのは前述のとおり、本体とカフが一体となった血圧計。これを実現するためには、ポンプやセンサーなどの各部品を小型化することがまず検討されたとのこと。

血圧計で心臓部となるのは、ポンプとモーターから空気を排出する弁の部品だが、この2つは一から新しく開発が進められたのだという。ただし、ただ単に小さくすればいいというわけではない、と荻原氏。

「小型化すると言っても、ある程度限界はあります。というのも、モーターを小さくすると、必然的に周波数の高い稼働音になり、うるさく感じてしまうんです。ゆえに、ただ単に部品を小型化すればいいというわけではないんです。初期のモデルはモーター音がかなり大きかったのですが、ソフトでモーターを制御し、同じ大きさでも極力音を抑えることに成功しました」(荻原氏)。

また、ユーザビリティとの兼ね合いも必要だ。「コンパクトさと使い勝手の両立をめざし、開発チームとともに、さまざまな構造を検討しました。小型化しすぎても逆に使いにくくなってしまいます。チーム内で意見が分かれるところもありましたが、薄く見せるための配置パターンを10通りぐらい作ってみたり、使い勝手と装着感とのバランスなどを見ながら、一つひとつ議論して決めていきました」

本体にカフを一体化させるためには、本体の小型・薄型化は不可欠。初期の段階では発泡スチロールで原寸大のモックアップを作成し、装着感と操作感とのバランスなどが検討された
本体内にはポンプやモーター、センサーなどさまざまな部品が収められている。装着性や操作感に直結する重量感や重心バランスなども検証された

従来のタイプの血圧計における装着の煩わしさを解消するため、開発されたのが同機だ。しかし、ディスプレーが独立しているために大きな画面で測定結果を見やすいという従来機のメリットは失われる。本体とカフを一体化させた場合のディスプレー部分には、多くの課題があったという。

そこで、表示部として採用されたのが有機ELディスプレーだ。従来の液晶に比べると高精細な表示が可能で、文字がつぶれることがなく視認性に優れているためだ。しかし、荻原氏によると、問題はそれだけではなかったとのこと。

「表示部がカフの一部として収まっているため、まずはどういう向きで取り付けるか、ということも考えなければなりません。そこで実際にユーザビリティーテストを行ってみたところ、操作する面が手前側にあるほうが使い勝手がいいと感じるユーザーが多いとわかりました」

ディスプレーも小型化されることにより損なわれてしまう視認性の問題は有機EL液晶の採用でクリア。高精細に表示できるため、細かな文字でもつぶれることなく表示でき、記号や絵文字による表現も多彩になる

ユーザーフレンドリーなエラー画面

モーター音の問題と同様、装着感をよくするために、何もかも小型化を図ればよいというわけではない。特に表示部に関しては"見やすさ"を損ねないレベルで位置や配置を検討する必要がある。さらに、視認性を高めるために採用された有機ELディスプレーも次なる課題を招いたのだという。

「血圧計というのは、測定前に毎回必ずキャリブレーション(目盛調整)を行います。従来の液晶の場合だと4~5秒程度かかっていても、画面の立ち上がりと連動していたため気になりにくかったのですが、全点灯するというワンアクションがない有機ELだと、とても長く感じるんです。そこで、ソフトを使ってキャリブレーション時間を1.5秒ほど短縮しました。早すぎず遅すぎもしない、ちょうどいい時間というのが意外と難しいんですよ」

もちろん、高精細な表示が可能になった有機ELディスプレーに表示される内容についてもわかりやすさに配慮され、改良が施された。

高精細に文字を表示できるようになったため、エラーの案内も番号や記号ではなく日本語で直接全文表示ができるようになり、ユーザービリティーが大幅に向上。表示するフォントも荻原氏自ら作成したとのことだ

大きな点では、エラー内容を日本語で具体的に表示できるという点だ。電化製品にありがちだが、従来の血圧計ではエラーとなった場合は英数字を組み合わせたエラーコードが表示されるのみで、詳細は取り扱い説明書を参照する必要があった。それを、ディスプレー上で確認できるようにしたのだ。例えば測定中に体が動いたり、カフの巻き方がゆるかったりした場合には、「再測定をおすすめします」というメッセージやその理由がマークや文字で表示されるので、ユーザーが惑わされないで済む。

性能と快適さのはざまで

カフの向きや位置を気にせずに装着しても正確に測定できるというのも、測定に関わる"シームレス"化においてのもう1つの大きなポイントだ。荻原氏によると、技術以上に大きく立ちはだかったのは、各種機関による認可や法律上の壁だったという。

「"医療機器"として販売する血圧計は厚労省など発売する国の機関の基準をパスし、認可を受けなければなりません。カフをどちら向きに装着しても問題なく測定できるかどうかという検証には力を入れました。実は、今回製品化にこぎつけましたが、この機器の構想自体は10年ほど前からあって、プロジェクトとしては3年ぐらいかかりましたね」

内部の空気袋の長さが従来よりも1.5倍ほどになったカフ。気密性と装着感の快適さを両立させるため、内側にもう1枚布を貼り合わせた。素材の選定にあたっては荻原氏も関わった

その他、肌に直接装着するカフの快適さも重要だ。カフの内部には血圧を検知するためのセンサーがあり、全周が空気袋となっているのが基本構造。ただし、位置や向きを気にせずカフを装着可能にした構造により、HEM-7600Tの空気袋はこれまでの1.5倍ほどの長さになっている。

さらに、空気袋は気密性を保つことが重要なため、周囲を布で包むと性能を担保しやすいが、布は空気を通してしまうのでコーティングを施す必要があり、その結果触感がゴワゴワとしてしまい、ユーザーが装着した時の快適さを阻害してしまうというジレンマもある。

そこで、「素材の選定にあたっては開発担当者と一緒に探すところからやりました。最終的には肌に直接触れる部分の上にもう1枚布を施すことにしました」と荻原氏。

"自立する"血圧計を実現

同製品が目指したコンセプトの2点目は"日常生活"のシームレス化だ。荻原氏によると、オムロン ヘルスケアでは従来のチューブ式の血圧計の最大のデメリットは"佇まい"にあると考えていたという。

「チューブをなくすという課題に挑んだ新しい商品で、そのコンセプトを形に閉じ込めるためには、"立たせる"ことが必須と考えました。チューブレスなので、テーブルなどに置いていても邪魔にならず、血圧が気になった時にすぐに測定することを可能にしたかったんです。開発チームにも、この"自立する"という機能はマストでお願いしました。"めんどう"と思う部分を少しでもなくしたかったんです」と荻原氏。

毎日の使い勝手をよくするために「本体の"自立"はマストだった」と語る荻原氏
装着時に最適なカフの幅を維持しながら本体に部品を収めた上で自立させるために、いくつもの試作品が3Dプリンターで作成された。合わせて表示部や操作ボタンの位置なども検討された

ところが立たせると言っても現実的にはそれほど単純ではない。立たせるためにはカフの幅を広くするというのがもっとも簡単な方法だが、広く海外にも展開している製品である以上、ある程度レンジの広い層に適合する幅でなければならない。空気袋を制御するための機構を収めることも必要。ゆえに3Dプリンターで本体のモックアップ模型をいくつも作成し、検討が続けられたとのことだ。

荻原氏は「本体は腕に装着することを想定して内側にわずかに湾曲しています。切り出した面は一見平面のように見えますが、実は少しねじれています。ここが真っ直ぐだと、湾曲しているので成形した際に金型から抜けなくなってしまうんですよ」と打ち明ける。

デザインコンセプトとして、"シームレス"と掲げられた3つ目の項目は管理だ。HEM-7600Tは、計測結果を本体のディスプレーに表示する他に、Bluetooth経由でスマートフォンと接続し、専用アプリでデータの確認と管理が行うこともできる。スマホとの通信に関しても難しさを排除し、アプリ上でわかりやすくガイドできる接続フローを意識したとのことだ。

専用アプリ画面。スマホと本体と接続する際のナビゲーションをはじめ、管理画面もシンプルさとわかりやすさに留意した構成やインタフェースが採用された

シルバーをカラバリから外した理由

HEM-7600Tの本体カラーはブラックとホワイトの2色を展開する。もともとはホワイトのみだったが、ブラックが追加されたのだという。アメリカではブラックのみを販売する。カラーバリエーションの考え方について訊ねると、荻原氏は次のように説明した。

「血圧計は家庭用の電子機器であり、デザイン上も家電的なイメージを持つ人が多いかもしれませんが、そもそもは医療機器でもあります。サイバーな印象のシルバーも見た目としてはかっこいいと思いますし、候補には挙がりましたがが、実際には筐体は非金属のため塗装で金属っぽく演出する必要があります。いくら見栄えが良くても、それはフェイクですよね。医療機器としての本物感を出したかったこともあり、あえて却下しました」

ユーザビリティを改善することで、めんどうがらずに習慣的に血圧測定を行ってほしいという思いから誕生したHEM-7600T。担当者に話を伺ってみると、単に本体とカフを一体化したというだけには留まらない開発秘話や、表向きにはわかりにくい、ユーザー本位の視点に立った細かな配慮や工夫が随所に散りばめられていることがわかった。

血圧を測るという行為を気軽で簡単にすることで、高血圧に起因する心疾患や脳疾患を減らしたいという同社の思いが、プロダクトデザインとしてまさに昇華された商品とも言えるだろう。

CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

CESで大注目の「折り曲げられるスマホ」、普及の見込みは?

2019.01.18

中国メーカーが自在に折り曲げられるスマホを実現

「大画面×コンパクト」を両立する夢のデバイス、実用性は?

端末の魅力を引き出すアプリ登場が普及のカギか

米ラスベガスで開催された世界最大級の家電見本市「CES 2019」では、2019年のトレンドを先取りする新ガジェットが一堂に会した。その中でも一際大きな注目を浴びたのが「折り曲げられるスマホ」だ。商品化にこぎ着けたのは世界初という。

折り曲げられるスマホ「FlexPai」

スマホの画面サイズが大型化を続ける中、iPhone SEのような小型スマホを求める声は依然として多い。そこで登場した折り曲げられるスマホは、「大画面」と「コンパクト」を両立する夢のデバイスに見える。果たして普及の可能性はあるだろうか。

自在に折り曲げられるスマホ、中国メーカーが実現

折りたためる2画面のスマホというアイデア自体は、実はそれほど目新しいものではない。NTTドコモとZTEが共同開発した「M Z-01K」などは、現行モデルとして国内で販売中だ。

だが、従来の2画面スマホはヒンジを用いて2つの画面をつなげたものに過ぎなかった。その後、液晶とは異なる特性を持つ有機ELが登場したことで、ディスプレイを紙のように自在に折り曲げられることも夢ではなくなった。

有機ELの「曲げに強い」という特性は、多くのスマホに活用されている。サムスン電子のGalaxyシリーズが画面端を曲面にしたスマホを発売後、ソニーモバイルシャープもこの形状を採用している。

これを推し進め、開くとタブレットのような大画面、2つに折り曲げるとスマホサイズという端末の可能性が見えてきた。そして2018年10月、中国のRoyoleが、世界で初めての折り曲げられるスマホ「FlexPai」を商品化したのだ。

中国Royoleのブース。フレキシブルディスプレイを使った様々な製品が並んだ

CES 2019では韓国のLG電子が巻き取り式のテレビを発表するなど、「曲がるディスプレイ」が会場全体で話題になっていた。そうした下地もあって、Royoleの出展ブースには来場者の行列が絶えず、展示機がバッテリー切れを起こすほどの盛況となっていた。

実用性はさておき、スマホの進化の可能性を示した

FlexPaiの特徴は、開いた状態ではタブレットに近い形状になり、そこから自由に折り曲げできる点にある。従来の2画面スマホとは異なり、広げた状態でも画面の境目がないため、タブレットと同じ感覚で利用できる。

広げた状態ではタブレットのように使える

メーカーが挙げるメリットは、複数のニーズごとの端末を1台に集約できることだ。大画面が欲しい人の中には、スマホとタブレットを両方持ち歩いている人もいるだろう。だがFlexPaiなら持ち歩くのは1台で済むというわけだ。

折り曲げた状態では一般的なスマホと同じように使える

折り曲げというギミックから、耐久性に不安を覚えるものの、20万回程度の折り曲げに耐えられるという。ただ、折り曲げると厚みが出るため、スマホのようにコンパクトに持ち歩くことはまだ難しい。

アプリの対応も課題だ。FlexPaiを折り曲げた状態では「表面」と「裏面」に加え、折れ曲がった「エッジ」の3画面を利用できる。FlexPaiの魅力を引き出すには、これら3画面を活用するようなアプリの登場が待ち望まれる。

そこでRoyoleは、FlexPaiをアプリ開発者向けに1,318ドルの価格で先行販売している。まずは開発者にデバイスを手に取ってもらい、どのような活用方法が考えられるか、アイデアを募っていく段階といえる。

会場で実機を試した印象だが、現段階での折り曲げスマホは実用的とまではいえないと思えた。しかしRoyoleという会社の名前を世界に知らしめ、フレキシブルディスプレイの技術を示したという意味では、この発表は大成功を収めたといえるのだろう。

また、サムスン電子など大手スマホメーカーも折りたたみや折り曲げ端末の開発を進めており、グーグルはAndroid OSとして公式サポートを表明している。スマホの次なる進化の可能性を真っ先に示したFlexPaiを、この場の実用性で語るのはお門違いなのかもしれない。

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

森口将之のカーデザイン解体新書 第12回

日本車のインテリアには独創的な未来がある? 「1kg展」で感じた可能性

2019.01.18

国内主要メーカーの内装デザイナーが集まり展示会を開催

テーマは“1kgの価値”をどこまで高められるか

実車に応用できる? 独創的な作品の数々

国内主要自動車メーカー8社のインテリア・カラーデザイナーが参加する団体「JAID」が初の作品展を開催中だ。“1kg”という重さにこだわり、最新の3Dプリンターを駆使して各社のデザイナーが生み出した作品は独創的で、会場の「GOOD DESIGN Marunouchi」(東京・丸の内)は小さな現代美術館のような雰囲気になっている。

ダイハツ工業のデザイナーが出品した「受け継がれる樹脂」という作品

雑誌の対談が契機となり生まれた「JAID」

「JAID」という名前を初めて目にした人も多いだろう。「ジャパン・オートモーティブ・インテリア・デザイナーズ」の略で、「ジャイド」と読むそうだ。

創立のきっかけとなったのが、自動車雑誌「NAVI CARS」(ナビカーズ)での対談だったと聞いて、「あの号だ!」と即座に思い浮かんだ。クルマのインテリアを特集したナビカーズの2015年7月号で、筆者も別の対談に参加させていただいていたのだ。その号に国内メーカーのインテリアデザイナーが語り合うページがあったことは記憶の片隅に残っていた。

雑誌の売れ行きが落ちているといわれて久しい。それだけに、1つの雑誌の企画からJAIDのようなコミュニティが生まれたことは、モータージャーナリズムに身を置く者として嬉しい気持ちになる。

日産自動車のデザイナーが出品した「∞ Fluff」

価値ある1kgの創造に挑んだデザイナーたち

そのJAIDが企画したのが「1kg展」だ。なぜ“1kg”にこだわるかといえば、クルマの開発に携わる人たちにとって切実な「kg単価」という指標に理由がある。

「kg単価」とは、クルマの開発で使われる値段の単位だ。インテリアデザイナーとしてはkg単価が高い、いわゆる良い素材を使いたいという気持ちは大きいだろう。快適性や安全性の追求、さらには電動化への対応、重量の削減といった視点も持ちながら素材を選んでいるはずだ。

しかし、贅を尽くしてばかりでは車両価格の上昇を招くので、妥協が必要になる。おそらくインテリアデザイナーは、このような状況で悩みながら、新しい素材や仕立て、色などを取り入れるべく、奮闘の毎日を過ごしているのだろうと想像している。

では、そういった制約がなくなったとき、デザイナーたちはこのkg単価をどこまで価値あるものに仕上げられるのだろうか。これが、今回の展示会のテーマだ。最新の3Dプリンターを駆使し、時間や空間、物質としての限界などを飛び越えた作品を独自の着眼点で製作すると同時に、広くカーインテリアデザインの魅力を伝えたい。そんなメッセージのこもった展示会なのである。

ホンダのデザイナーが出品した「風速1kg」

素材と色のコーディネートが味わえる「ハンバーガー」

会場のGOOD DESIGN Marunouchiは、2013年度から通算5回、今年度も含めてグッドデザイン賞の審査員を担当している筆者にとってはなじみ深い場所だ。ところが、「1kg展」の内覧会を訪問した時には、状況がまるで違っていた。いつもは展示物をゆったりと眺めることができる空間なのに、この日はラッシュ時の駅のようにごった返していたのだ。それだけ、インテリアデザイナーの斬新な発想に期待する人が多かったということだろう。

日産のデザイナーが出品した「4D flower」。「1kg展」に作品を持ち寄ったのは、国内大手自動車メーカー7社(ダイハツ工業、ホンダ、三菱自動車、日産自動車、スバル、スズキ、トヨタ自動車)だ

作品の中には、クルマのインテリアデザインとは関係なく、最新の3Dプリンターならではの表現能力の高さをアピールするような作品も見られた。それらを業界の枠を飛び越えた独創的な作品と捉える人もいたようだが、クルマが好きで今の仕事に携わっている(はず)の方々だからこそ、もっとインテリアにこだわって欲しかった。

ただ、クルマのインテリアとの関連性が高い作品が大半を占めていることは確かで、中には独創的な発想や興味深いアイデアも見られた。本稿では独断と偏見で、そのうちの3つを紹介していこう。

まずは、会場の入り口近くに置かれていた「CMFバーガー」だ。「CMF」とはカラー、マテリアル、フィニッシュの頭文字で、ナビカーズでの対談が行われた頃から、自動車に限らずデザイン分野でひんぱんに使われるようになってきた言葉だ。造形だけでなく色や素材、仕立てにも気を配ることで、より完成度の高いデザインが生まれるというような意味が含まれている。

「CMFバーガー」はトヨタのデザイナーが出品

この作品は、CMFのコーディネートを1kgのハンバーガーに見立てて表現したもの。レザーのバンズ、クリアレンズのトマト、加飾素材のチーズやパティ、シート素材のレタスがさまざまな色で用意してあり、好みのバーガーを作り出せる。

3つの作例では、CMFの違いでかなり雰囲気の異なるバーガーを作れることが分かった。バンズを肉抜きタイプにすると総重量が1kgを切るなど、計量化を実感できる仕掛けも盛り込んである。ディーラーが車種別にCMFハンバーガーを用意すれば、顧客は楽しみながらカラーコーディネートを試すことができるかもしれない。

ディーラーに「CMFバーガー」が置いてあったら面白いかも

インテリアをボールにした斬新な作品も

続いて紹介するのは「トランスフォームステアリング」。自動運転が実用化された未来を想定した変形機構を持つステアリングで、手動モードでは伸びて操舵できる状態となり、自動モードでは縮めて格納しておける。全てがマットブラック仕上げだが、グリップ部分、変形部分、外枠部分を別のメーカーのプリンターで製作することで、素材の違いを表現している。

トヨタのデザイナーが出品した「トランスフォームステアリング」

製作したデザイナーはステアリング機能だけを想定していたようだが、左右のグリップをねじることでアクセルやブレーキの操作ができれば、この部分だけで基本的な運転操作ができる合理性の高いインターフェイスになると思った。ペダルがなくなれば、室内レイアウトの自由度も高まりそうだ。

伸ばせば手動運転に使えるし、自動運転中は縮んだ状態で格納しておける

最後は「インテリアボール」だ。写真を見てお分かりのとおり、クルマのインテリアを構成するパーツをボール状のアートとして表現したもので、多くのパーツをまとめ上げ、世の中というフィールドにデザインを“投げ”かけているインテリアデザイナーの仕事をボールの形に込めたのだという。

「インテリアボール」はホンダのデザイナーが手掛けた

展示してあるのは1個だけだが、スポーツの世界では競技によってサイズの違うボールを使うことにも製作者は着目している。使用する材料や加工方法を変えることで、同じ1kgでもサイズや見え方の違った表現ができるそうだ。

しかしながら筆者には、これがボールではなく卵に見えた。卵から生まれる前のクルマ、そのインテリアデザインは、こうなっているのではないかと想像したのだ。同じクルマのエクステリアデザインを卵の殻で表現することで、多くの車種を球形にできれば、一風変わったミニチュアになるのではないだろうか。

JAIDが企画した1kg展の作品群は、それ自体が柔軟かつ斬新な発想から生まれているだけでなく、見ているこちらも創造力が掻き立てられるものだった。この展示会を訪れて、日本の自動車メーカーにインテリアデザインの実力者が多いことに感心するとともに、メーカーには、この実力を引き出して製品に結び付ける能力が求められていることを教えられた。

1kg展の会期は1月25日まで。入場は無料だ。時間に余裕のある方は、一度訪れてみてはいかがだろうか。