モノのデザイン 第20回

"鍋屋が作るべき炊飯器"を実現するために - 愛知ドビー「バーミキュラ ライスポット」

2017.04.11

2010年に発売され、一時は納品まで15カ月待ちと言われるほどの大ヒット商品となった、愛知ドビーの鋳物ホーロー製無水調理鍋「バーミキュラ」。2016年12月には、IHクッキングヒーターとセットにした炊飯用の新製品「バーミキュラ ライスポット」が発売された。

「バーミキュラ ライスポット」

直火でも使用可能な鍋を直接IHヒーターにセットして炊飯するという、従来の電気式炊飯器にはない画期的なスタイルと、鍋としても単独で直火で使えるという汎用性の高さ、そして洗練されたデザインにより、7万9800円という高価な商品にもかかわらず、現在も入荷待ち2カ月という人気商品となっている。

今回はこのヒット商品の開発秘話やこだわりなどプロダクトデザインにまつわる話を中心に、愛知ドビー取締役 ブランド統括室 室長の折橋みな氏に訊ねた。

鍋メーカーがつくる”炊飯器”

愛知ドビー取締役 ブランド統括室 室長 折橋みな氏

「弊社は家電メーカーではありません。あくまで"鍋"という調理器具を作っている会社なんです」と話す、折橋氏。今回の商品を開発するにあたっては、常に同社の代表的製品である鍋「バーミキュラ」を中心に進められていったのだという。そして商品を企画するに至った経緯を次のように説明する。

「バーミキュラというのは、もともと無水調理で野菜をおいしく料理するために作った商品だったのですが、ユーザーの方からご飯を炊くととてもおいしいという声が多く聞かれました。しかしその一方で、無水調理鍋というのは火加減が難しいという声もあり、簡単に調理ができておいしいご飯を炊くためにはどうしたらよいか?ということから、バーミキュラにとって最適な熱源を開発しようということになったんです。そしてそれを突き詰めていった結果が、"ポットヒーター"と呼んでいるIHヒーターになります」

バーミキュラにとっての理想的な熱源として生まれたポットヒーターは、底面のハイパワーIHコイルと側面から鍋を加熱できるアルミヒーター、外気からの冷たい空気を遮断できる断熱カバーから主に構成される。この仕組みで接した部分にしか熱を与えられない通常のIHヒーターの弱点を補い、かまど炊きに近い鍋を包み込むような加熱が再現できるという。一般においしいご飯を炊くには、素早く沸点に到達させることが不可欠とされているが、電源によらない別の工夫との合わせ技で最大消費電力に制限のある一般家庭用電化製品において、直火に迫る高火力を実現したのだという。

「バーミキュラ ライスポット」のポットヒーター

鍋を炊飯に特化したデザインに

一方、鍋に関しても従来のバーミキュラとは若干の変更が施されている。元来のバーミキュラは"トリプルサーモテクノロジー"と呼ばれる三層のホーロー構造と精度0.01ミリという密閉性、"リブ"と称される鍋底の波模様が特徴。ライスポットではこれら3つの要素は継承しながらも、リブの模様が異なることに気が付く。折橋氏によると、これは炊飯用に特化して変更されたとのことだ。

「バーミキュラ ライスポット」は、鍋が従来のものとは異なる設計がされていて、その変更点のひとつとして、鍋底のリブが水紋状になっている(画像右)

「通常のバーミキュラのリブは縦にストライプ状に設けられているのですが、ライスポットは水紋状にしました。理由は、炊けたご飯をほぐす"飯返し"がしやすいことと、洗いやすくするためです」

また、よりお米をスムーズに対流させるために、ライスポットの鍋は形状も下側がより丸くなっているのも特徴だ。しかし、通常のライスポットと最も違うのは"フタ"の部分。実はこの部分にこそ、お米をおいしく炊くために炊飯に特化した仕掛けが多数施されているのだ。

その最も大きな秘密が"フローティングリッド"と呼ばれる機構。ライスポットのフタには一部小さな"溝"があえて設けられている。鍋の高い密閉性を保ちながら、中の蒸気をスムーズに外へ逃すための機構として考え出されたものだが、折橋氏はこの方式を採用した理由を次のように明かす。

「非常に密閉性が高いバーミキュラは高火力で炊飯させると吹きこぼれてしまうんです。それを解決させるためには、例えば圧力鍋のように穴を開けて圧力が溜まるのを防ぐとか何か付属品を付けるという方法もあるのですが、バーミキュラが持つシンプルで無駄のないデザイン性を大事にしたかったので、何か余計なものを付けるという以外の方法ということでこの機構に辿り着きました。通常の炊飯器だと蒸気を出す場所は一定ですが、この仕組みだとフタの位置次第で、蒸気口の場所も自由に変えることもできるので、壁紙を濡らしてしまうといった問題も同時に解消することができました」

炊飯はもちろん、料理をする「鍋」としても利用できる

ライスポットのフタは、上部に"つまみ"がないことも従来のバーミキュラと大きく異なるもう1つのポイントだ。つまみが裏側からネジ留めされている通常のバーミキュラとは違い、継ぎ目がない一体構造になっている。さらに、内側には"ダブルリッドリング"という2つのリング状の突起が設けられている。これには、炊飯用に特化して生まれたライスポットならではの理由があるのだ。というのも、ライスポットは一般的な炊飯器のような"ごはんの保温"の機能を持たない。折橋氏はその理由を次のように説明した。

「実は弊社がウェブで独自の調査をしたところ、2/3の方が"保温はなくてもいい"と回答しました。通常の炊飯器には上蓋が必ず付いていますが、これは保温のためには必須のものなのです。しかし、ご飯がおいしくなる理由の1つには"温度差"もあります。鍋の上下の温度差により激しい対流が起きることで全体をムラなく加熱することができ、蒸らしの行程の際には冷却することで旨みが凝縮されるんですが、上蓋があることがそれをどうしても阻害してしまうんです。弊社ではご飯がおいしくなくなる原因がフタにあると考えて、思い切って保温機能を止めることにしました。その代わりに、"お櫃"としての鍋の機能性を高めようと考えられたのがダブルリッドリングなんです」

「炊き上がった後に発生した蒸気が鍋肌を伝ってそのまま下に落ちるとご飯がベチャベチャになってしまいますが、これを防ぐために設けました。このリングがあることにより、蒸気がそのまま真下に落ちていき、ご飯の表面の乾燥を防ぎツヤツヤの状態を保つことができるんです。ユーザーの方からはフタにパッキン等がないためメンテナンスもしやすいと好評です」

シックなカラーの理由は「本物感」

一方、意匠デザインとして見た場合のライスポットは、従来のバーミキュラに比べると男性的な印象を受ける。ピンクなど淡色系の複数のカラーバリエーションを展開するバーミキュラに対して、ブラック&シルバーを基調としたシックなカラーの1点のみだ。「最初から家電を作るという意識ではなく、新たな調理道具を作るつもりで開発を進めましたので、調理道具としての"本物感"が出したかったんです。例えばステンレスのボウルとかそんなイメージですね。お櫃の代わりにもなるので、和をイメージさせることも意識しました」と折橋氏。

従来のバーミキュラ。カラーリングはシックながらやわらかなもので、ライスポット用のそれとは印象がかなり異なる

前述のとおり、ライスポットは鍋とヒーター部分に大きく分かれている。意匠として見た場合には、この2つが一体化した場合と、それぞれ独立した場合のデザイン性を意識する必要もある。意匠デザインする際にはどのようなことを意識して進められたのだろうか。

「ライスポットはまずは鋳物ホーロー鍋としてのバーミキュラの機能をそのまま受け継ぐ必要があります。かつご飯をおいしく炊くことができるという機能を形状に詰め込んだ結果がこの形です。お鍋が第一という考え方ではありますが、ヒーターにセットにした時の一体感は絶対になければなりません。さらに、お鍋を抜き取った時にはヒーターだけが残りますが、いずれの場合にも隠したくなるようなデザインではあってはならないと思いました。ヒーターだけが独立してあっても美しく、最近ではアイランドキッチンも増えましたし、キッチンに置かれた時にどこから見ても美しい"360°デザイン"を目指しました」

操作部に物理ボタンはなく、電源OFF時に文字はすべて消える
ポットヒーター裏面のパンチング加工や電源プラグの接続、そしてコンセントまで、隠したくならない"360°デザイン"を徹底

折橋氏の説明のとおり、ライスポットは前からはもちろんだが、確かに背面の美しさにも目が奪われる。例えば鍋を冷却する際に稼動するファンの排気口がパンチング状であったり、コードの出る位置のバランスのよさや丸い独特の形状のプラグなど随所に細やかなこだわりが感じられる。

「炊飯器の後ろ側って隠したくなるデザインが多いですよね。だからそういうものをなくしたいと思って、背面のデザインにもこだわりました。ただ、コードに関しては巻き取り式が一番ですが、構造上の制約でどうしても難しい面があります。出しっ放しになるならば妥協せずにやろうということで、色から何から、すべて特注で作りました」と折橋氏。

「鍋屋がやるべき炊飯器」を実現するために

"鍋屋が作る炊飯器"として、ライスポットの開発は最初から最後まで鍋を中心に進められたとはいうが、それぞれが共働して機能する2つの機器を、機能とデザインを両立させながら調節を図っていくのは決して容易ではないことは想像に難くない。折橋氏は中でも特に苦労した点を次のように話した。

「機能だけで進めてしまうと、機能をこうやるにはこのぐらいのスペースが必要というふうになってどんどん大きくなってしまったと思います。それは絶対に避けたかったので、今回は外側のデザインを初期の段階で割と固めてから進めていきました。ここに納まる構造を考えようということで、一番の肝であるIHのコイルもスペースが限られているのでちょっと折り曲げて二段にしたり。デザインの制約がある中で、いかにおいしくできるかっていうところを考えていきました」

最後に、今回のバーミキュラライスポットの製品化について、折橋氏は「鍋屋がやるべき炊飯器」と振り返った。「これまでにないことをしようとしているので、法律的な部分の確認作業もすごく大変でした。調理器具の新たな形として開発をしたものの、家電製品として安全面でクリアにしなければならない壁も多くありました。そういう意味では、大手の家電メーカーではなかなかできないデザインだったかもしれないので、弊社がやる意味があったと思っています」。

折橋氏によると、ライスポットが発売されて以降、ユーザーからは小型版を求める声も多いとのこと。今後もそうしたニーズにも耳を傾けつつも、「お鍋の会社として、あくまで鍋を中心に据えた製品開発をしていきたい。家電ではないかもしれないし、他にもいい熱源があればまったく別の新しいものを発売するかもしれません」と展望を語ってくれた。

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

2019.01.22

ラクマ売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が累計5億円に

同様のサービスを構想しているメルカリを先行する形に

楽天は1月21日、フリマアプリ「ラクマ」において、取引で発生した売上金のうちオンライン電子マネー「楽天キャッシュ」へチャージした累計額が2018年12月末に5億円を突破したと発表した。

ラクマでの売上金を楽天キャッシュへチャージする機能は、2018年7月より提供開始されている。チャージした電子マネーは、楽天会員向けのグループ各種サービスで利用できるほか、ローソンやファミリーマートなど「楽天ペイ」対応店舗での決済でも利用可能だ。

2017年8月1日から開始されたローソンでの支払いに続いて、2018年12月4日からはファミリーマートでも楽天ペイが使用できるようになった

同じくフリマアプリを展開するメルカリは、100%子会社「メルペイ」で同様のサービスを構想している段階であり、この分野においてはラクマが1歩先行する形になった。

現状、メルカリで得た売上金をメルカリ以外で使う場合は、一度口座に振り込む必要がある。また、売上金には180日という「振込申請期間」が設定されており、その期間中に「口座に振り込む」か、メルカリ内で使える「ポイントを購入」するか、選ばなければならない。ただし振込の場合、1万円未満だと210円の手数料が発生する(2018年1月21日時点)。ラクマの売上金チャージ機能と比較すると、どうしても見劣りしてしまうだろう。

ちなみに筆者もメルカリユーザー。現状、売上金が合計1万円に満たないため、振込手数料を発生させずに現金に換えるためには、あと1540円分の売り上げが必要になる (画像はメルカリアプリより)

しかし、少し古いデータではあるが、2018年5月31日のニールセン デジタルの発表によると、スマートフォンからの利用率の高いオークション/フリマサービスは、1位がYahoo! オークションで25%、2位がメルカリで23%、3位がラクマで11%であることがわかっており、同じフリマサービスであっても、ラクマの利用率はメルカリの半分であるのが現状だ。

メルカリのダウンロード数は2018年11月14日時点で7500万、ラクマが同年10月時点で1500万と、両サービスの普及率にも差があることからも、日本におけるフリマ市場のバランスがすぐにひっくり返ることはないだろう。

だが、ラクマが売上金をさまざまなサービスに使えるという実用性で、メルカリとの新たな差別化ポイントを生み出したことは、新規ユーザーの獲得に少なからず貢献しそうだ。

ラクマ売上金のチャージ額が5億円突破したことは、ユーザーの「アプリ内の売上金を別の場所で使いたい」というニーズの強さの証明ともいえよう。こうしたユーザー視点に立った機能の追加による消費体験の向上が、フリマ市場にどのような影響をもたらすのか、キャッシュレス決済市場への参入が期待される、メルカリの動向と合わせて注目したい。

1000字の描き直しを越えて ―ナール制作の舞台裏

最初の書体感覚をもち続けることのむずかしさ

写研で書体デザインの責任者を務めていた橋本和夫さんに衝撃を与えた書体、ナール。作者の中村征宏氏が第1回石井賞創作タイプフェイスコンテスト応募時に書いた設計意図は、次の通りだ。

〈縦組みの場合にも、横組みにも字間のバランスがムリなく一つの流れを持つことを念頭におき、ボディータイプとして、従来使用されなかった丸ゴシック系のタイプフェイスを試みた。字面をいっぱいに使い、文字のエレメントを強調し、細い線で構成することによりシンプルさを求めた。字面を大きく使うことが字間の問題に関連し、字間のバランス調整のための切り貼り、字詰めの工程を少しでも短縮することができるのではないかと思う。その結果、組み上がりにおいて、集合の調和が生まれるのではないかと思う。広告制作物などにおいて、コピーやサブ・タイトルなどに適するのではないかと考える。〉(*1)

中村征宏氏の著書『文字をつくる』(美術出版社、1977年)

1970年(昭和45)5月18日にコンテスト授賞式が開催されたのち、写研からの文字盤発売に向けて、同年8月ごろから本格的な書体制作が始まった。必要な文字数は漢字が約5400字、ひらがなとカタカナで約150字、アルファベット約100字、その他(約物、記号など)約200字で、合計約5800字だ。写研の監修を受けながら、原字はすべて中村氏が描いた。監修を担当したのは橋本さんである。

約5800字の原字を描くのは、想像以上に大変な作業だ。橋本さんは語る。

「コンテストに応募するときに描いていただくのは、漢字50字とひらがなカタカナ、そして記号の一部だけです。それを1枚のパネルに構成するので、文字構成としては、まとめやすい。ところが、文字盤化する際には約5800字を1文字1文字描くことになり、完成するまでの年月は2年はかかります。外部デザイナーの方と書体をつくるようになって、われわれが一番苦労したのは、“今月と来月では、仕上がってくる書体の雰囲気が変わってしまうことがある”ということでした」

「文字を増やす際に字種リストを渡すのですが、『何の文字をつくるか』を見るためのリストのはずが、長い間ながめているうちに、つくっている文字がリストの文字に似てきて、当初のデザインと雰囲気が異なってきてしまった。ナールは既成概念をくつがえす、突き抜けたデザインの丸ゴシック体だったはずなのに、描き進むうちに最初のデザイン思想から離れ、持ち味が失われるということが起きたのです」

原字を描き進めるうち、コンテストのオリジナルデザインから、いつのまにか特徴が変わってしまっていたのだ。そのままでは、まるで違う書体になってしまう。結局、途中で1000字分を描き直すことになった。

中村氏もこのことを振り返り、著書に〈人の感覚は徐々に変化するものには気づきにくいものですから、いつも最初の見本と照らし合わせながら書き進めることが大切です。このようなことは、太さだけのことではなく字形とか感覚面でも同じようなことがいえます。感覚もときがたつことによってどんどん変化するものですが、とくに最初の感覚は大切にしていきたいものです〉と書いている。(*2)

悩ましい文字

「もうひとつ、ナールを監修したなかで、ひどく悩んだことがありました。ナールは、字面いっぱいに真四角に描かれた書体です。たとえばひらがなの『り』は通常は縦長、『へ』は横長の形をしていますが、これらの文字すら、できる限り正方形に近づけて描かれている。ぼくが悩んだのは、『々』という漢字でした」

ナールでは、縦長の「り」、横長の「へ」も正方形にかなり近い

「時々」「常々」「佐々木」など、同じ漢字を繰り返すことを表すときに用いられる「々」の字だ。

「常識的にいえば、この字は他の漢字よりも小さく描きます。では、通常は縦長、横長など固有の形をもつひらがなですら正方形に近づけているナールでは、どういう大きさにすればよいのか? 最初は『々』も他の漢字と同じ大きさで、真四角にするのがよいと思ったのですが、いざつくってみると、やはり少しは他の漢字より小さくしなければ『々』に見えないとわかりました」

「他の書体をつくるときにも『々』をどういう大きさにするか、いつも考えるのですが、ナールのときにはとりわけ悩んだものでした」

また、こうした試行錯誤を経て、「文字を図形化する際も、かなと漢字の使い方に意味のあることをあらためて認識しました」という。

新聞雑誌、広告から、道路標識まで

途中で1000字の描き直しなどがあったものの、コンテストから2年後の1972年(昭和47)、ナールは写研写植機用の文字盤として発売された。書体名は、「中村」の “ナ” と、丸みを表す言葉である「ラウンド」の頭文字 “R” をとって「ナール」とつけられた。(*3)さらに、ナールと組み合わせて使うことを想定した中太の「ナールD」の文字盤も1973年(昭和48)に発売された。

ナールD(上)とナール(下)

中村氏はコンテスト応募当時、ナールを本文書体と考えていたが、いざ発売されてみると、広告や雑誌、新聞などの見出しなどに使うディスプレイ書体として大人気となった。ポスターや広告のキャッチフレーズ、テレビの字幕、道路標識などに幅広く使われ、一世を風靡した。

「タイポスによってデザイナーのつくる書体が注目され、少女たちが丸文字を書くようになっていく流れのなかで登場したナールは、『時代に乗った』ともいえますが、むしろ『時代をつくった』書体といえるでしょう。写植の文字はナールの登場によって、それまで職人が手描きしていたレタリング文字の分野に浸透していった。“新書体ブーム”の幕開けでした。そうして写植の機械は、単に文字を印字するだけでなく、多彩なディスプレイ書体によって雑誌や広告にファッション性を生み出す手段のひとつとして、とらえられるようになっていったのです」

(つづく)

(注)
*1:中村征宏『文字をつくる』(美術出版社、1977年)P.80
*2:同書 P.21
*3:『文字に生きる〈写研五〇年の歩み〉』(写研、1975年)P.127

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

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