欠かせない

モノのデザイン 第19回

欠かせない"インテリア"としての空気清浄機 - ブルーエア「Blueair Sense+」

2017.03.22

スウェーデンの空気清浄機専業メーカー・ブルーエア。"CADR"と呼ばれる世界標準の空気清浄機の性能評価指標でも高い数値を示すなど性能の高い製品でも知られるが、北欧メーカーならではのデザイン性の高い製品でも消費者から支持されている。

そこで今回は同社アジア統括ディレクターを務める、ヨナス・ホルスト氏に製品デザインにおける考え方やそれを実現している具体例について話を伺った。

ブルーエア アジア統括ディレクターを務める、ヨナス・ホルスト氏

欠かせない"インテリア"としての空清「Blueair Sense」シリーズ

同社では現在、大きく3つのシリーズを展開している。その中でも特にデザイン性を前面に打ち出した商品として2013年に発売されたのが「Blueair Sense」だ。インテリアに合わせて選べる6色のカラバリを用意した個室向けのラインナップで、強化ガラスを使用した天面にモーションセンサーを備え、その上に手のひらをかざすことで電源のオン/オフと風量の切り替えができるという新たな操作インターフェースを採用した。この操作方法により、本体には操作用のボタンを廃し、スッキリとしたデザインを実現した。

2015年12月に発売された「Blueair Sense+」。デザイン訴求を前面に打ち出し、2013年に初めて発売された「Blueair Sense」の後継機種として登場した

2015年にはさらに進化させた後継機「Blueair Sense+」を発売。基本構造やデザインは従来モデルを引き継いでいるが、ブルーエア製品として初めてWi-Fi機能を搭載した。

「Blueair Aware」と呼ばれる空気のセンシングとモニタリングのための別売のデバイスも合わせて発売。スマホアプリをハブとして連動させることで、空気の汚染度に応じた風量の自動制御やCO2濃度などの数値をアプリ上でリアルタイムで視覚化できるように拡張性を持たせられる空気清浄機として、業界にインパクトを与えた。

こうした空気清浄機そのものの"あり方"を新たにデザインすると言える同社の挑戦的な試みの意図をホルスト氏は次のように説明する。

「ブルーエアは、常にすばらしいデザインの製品を提供することに努めており、10年以上にわたり、スウェーデンの名誉あるデザイン賞であるExcellent Swedish Design賞を受賞しています。Senseの開発は、部屋の中に欠かせない"インテリア"としてのもう一歩進んだ空気清浄機を作りたいと考えていました。そこでスウェーデンのデザイン集団であるClaesson Koivisto Runeとともに開発を進めました。後継機として発売したSense+はSenseで採用したノンタッチセンサーによる操作インターフェースを引き継ぎつつも、Wi-Fi機能を搭載したことによりスマートフォンによるコントロールを実現しました。我々としては、今の時代を考えるとこれはとても自然な進化だと思っています」

Blueair Senseで初めて搭載された"ノンタッチセンサー"。本体に操作ボタンを排除し、手をかざすことで電源のオン/オフや風量の変更が行える仕組みの新たな操作インターフェースとして注目を集めた
「Blueair Aware」。高度な空気のセンシング機能を持ち、Wi-Fi経由で空気清浄機本体やスマートフォンと接続し、空気情報の表示や風量の自動制御を行う
"360°どこから見ても美しいデザイン"をテーマに掲げたBlueair Senseシリーズ。空気の吸引部や排出口も性能と見た目の美しさが両立するデザインが検討された

Blueair SenseからBlueair Sense+へと変わった際は、両者のカラーバリエーションの違いも消費者の目を惹きつけた。初代であるBlueair Senseはブラック、グレー、ホワイトの他に水色、ピンク、ブラウンの淡色系のカラーラインナップだったのに対して、後継機種となるBlueair Sense+は、ブラック、ホワイト、グレーの他は、レッド、グリーン、ブルーの"北欧カラー"とも呼ばれる彩度の低い原色系のカラーに一新された。

こうしたカラー展開の変更理由やカラバリの選定基準について、「Blueair Senseの発表から3年後に顧客調査を実施しました。すると、3年でインテリアデザインのトレンドが大きく変わっていることがわかりました。我々がカラーバリエーションを考える際には、消費者にとってより身近で、よりニーズを的確に捉えた色を反映させることを第一に考えています」とホルスト氏。

初代Blueair Senseのカラーラインナップ
後継機であるBlueair Sense+では、よりビビッドでインパクトの強いカラーが選択された

全製品に共通するデザインの理念は?

一方、ブルーエアが創業以来、同社の中核機種として位置付けているのが「Classic」と呼ばれるシリーズだ。コンシューマ向け商品の中ではフラッグシップとなる製品群でもあるが、こちらも2016年秋に6年ぶりに大幅なリニューアルが図られている。機能面での変更は、Blueair Senseに続いてWi-Fiを搭載。外観上は、操作パネルに目隠し用のカバーを設けるなどこれまで以上にスッキリとしたデザインに改良されている。

同シリーズのみならず、ブルーエアの製品は多機能化しながらも操作インタフェースや見た目のデザイン上はそれを感じさせない工夫がなされているようにも感じられるが、全製品に共通するデザインの理念としてはどういった要素が意識されているのだろうか。

6年ぶりに刷新されたClassicシリーズ3機種。ブルーエアのコンシューマ向け製品のフラッグシップで、Wi-Fiが搭載された他、より空間に溶け込みやすいデザインに若干改良が加えられた
デザイン面で最も大きく変更されたのが操作部。モノクロの液晶部から、LED表示のより直感的なボタンに。カバーがあり、未使用時には隠しておける
同社の業務用モデルの操作部の一例。機能が多くなると増えてしまいがちな操作インターフェースをいかにして簡潔で見映えよくするかがどのモデルにも常に考えられている

「ブルーエアは、20年前に創立されて以来、プロダクトデザインを大切に考えてきました。ブルーエアでは製品開発をする際、構想段階からデザインについても考慮しています。使用する素材や部品すべてがユーザー体験の一部となり、さらにその体験が世界中の人々にきれいな空気を提供するという目的達成につながると考えているからです。また、私たちの製品の共通したカギとなっているのは"品質"。スチール製の頑丈な筐体を使用しているのもそれを示すためのものです」

ホルスト氏が語るように、ブルーエアの製品は筺体にスチールが用いられている点も特長として挙げられる。それはインテリアとしての高級感にもつながっていると同時に、機能美でもあると次のように話す。

「筐体にスチールを使用することで、費用効率や耐久性、サステイナビリティなどのベネフィットも多くあります。その1つとしてまず、スチールは性能に影響を及ぼしません。硬いスチール製の筐体は、素材としても安定しており、ファンの振動を抑える効果もあるため運転音の低減にもつながります。半永久的にリサイクルも可能で、地球環境にも配慮した持続可能な素材とも言えます」

シンボル的素材を半分にしたカジュアルラインも追加

スチール製の筺体が同社製品の象徴でもあったブルーエアだが、2016年秋に発売された「Blue by Blueair」ではボディの上半分をプラスチック製とした。ブルーエアの製品はスチール素材を用いていることなどにより他社製品よりも高価であるために購入を躊躇う消費者に対して、手頃な価格で提供できるようにと新たに企画された製品だ。

価格や素材の違い以外にも、プロペラファンの採用や縦型の構造にするなど同社の他のシリーズとは一線を画したモデルだ。見た目の印象も他とは大きく異なるが、デザイン上はどのような点にこだわって開発されたのだろうか。

「デザイナーは、ユーザーにとって可能な限りシンプルで効率の高いデザインにしたいと考えていました。その特徴の1つと言えるのがユニークなモジュール化された構造です。主にファン、イオンチャンバー、フィルターのシンプルな3構造であるため、フィルターの交換やその他パーツを、まるでゴミ箱の中身を捨てる感覚で簡単に交換できます。段階の風量設定や電源のオン/オフを行う操作部も中央のボタン1つに集約し、ワンタッチで切り替えられるようにしました」

ブルーエアのカジュアルラインの新製品として、2016年秋に発売されたBlue by Blueair

前述のとおり、Blue by Blueairは本体下部から吸い込みフィルターでろ過した空気を内部のプロペラファンにより風を増幅し、天面から放出する仕組みを持つ、縦型の構造になっている。その際、空気が放出される穴の部分は幾何学模様のような配置で、デザイン上のアクセントのようにも感じられる。ホルスト氏によると、この配置はコンピューターによるシミュレーションの上に生み出されたものとのこと。「流体力学に基づき、最大限の気流を生み出しつつも運転音を最小限に抑えることができる形状として、このような双曲面の幾何学的な配置になりました」とホルスト氏。

Blue by Blueairの構造。吸引部とファンをそれぞれキューブ型に収めて積み重ねるというブルーエアの製品としてはこれまでにない構造が採用された
入れ子状に本体下部にセットする新しい仕組みのフィルターが導入された
Blue by Blueairのボタンも真ん中に1つあるのみ。表示もLEDで周辺が光るだけというブルーエアらしいシンプルな仕様だ
天面にある空気の排出口は、送風効率を考えコンピューターシミュレーションにより生み出されたものとのことだが、それ自体がデザイン的でもある

このように、空気清浄機の性能面と合わせてインテリアとしてのデザイン性にも早くから取り組みを続けてきた同社。しかし、空気清浄機そのものやデザインに対して、他国に比べて日本の消費が求めるニーズや傾向に違いはあるのだろうか。ホルスト氏は印象を次のように語ってくれた。

「日本のユーザーは、他国に比べると室内の空気を"管理したい"と考えている人が多くいると感じています。その志向に応えて、日本ではセンサーとダストフィルターが標準搭載されたモデルを販売しています。また、デザイン面については、質感やスマートかつコンパクトで、家の空間に馴染むデザインを好む傾向があると思います。北欧デザインに対する興味や関心もとても高いと感じていますね」

ここ数年、空気清浄機のデザイン訴求にも力を入れる日本のメーカーが増える中、外観だけでなく操作インタフェースとしてのデザイン性に至るまで、専業メーカーとして常にリードを続けるブルーエア。そんな中、2016年秋に発売されたBlue by Blueairはそれまで高級路線を歩んできた同社としては少し毛色の違うラインナップで、業界を驚かせた。

とはいえ、ホルスト氏のお話からは性能や機能美をデザイン性に反映させるという同社のポリシーはしっかりと守られているということが伝わってくる。今後もトレンドや消費者のニーズに合わせながらも、業界のリーダーとしてこれまでにない新しい製品を出し続けてくれることを期待してやまない。

なぜ東横インは、宿泊料が一定なのか? 多様化するビジネスホテルの今

瀧澤信秋のいろはにホテル 第1回

なぜ東横インは、宿泊料が一定なのか? 多様化するビジネスホテルの今

2018.11.16

「ホテル評論家」瀧澤信秋氏による新連載!

第1回は、「多様化するビジネスホテルの今」について

料金変動「するホテル」と「しないホテル」 それぞれの狙いは?

「ホテル評論家」瀧澤信秋氏が、意外と知らないホテルビジネスを語る新連載。第1回は、瀧澤氏が“注目度の高いカテゴリー”と説明する「ビジネスホテル」について。ここ数年で急速に「多様化」が進んでいるビジネスホテルのこと、どれだけ知っていますか?

ビジネスホテルが大人気

ラグジュアリーホテルからビジネスホテル、カプセルホテルにラブホテルと横断的な評論が筆者の生業であるが、ことビジネスホテルは昨今勢いのある注目度の高いカテゴリーだ。

旅行や出張で、ビジネスホテルを利用した経験のある人は多いだろう

筆者は、TBSテレビの人気番組「マツコの知らない世界」へ過去3回出演の機会を得たが、第2回で紹介した「ビジネスホテルの世界」は特に反響が大きく、TBS瞬間最高視聴率ランキングで1位をいただいた。視聴者の方々にとってビジネスホテルは身近な存在なのだと改めて認識した。

ということで、連載の第1回となる本稿では、「多様化が進むビジネスホテルの今」をお伝えしよう。

「ビジネスホテル」と「ホテル」の違い

そもそもビジネスホテルとは何なのか。業界ではビジネスホテルは“宿泊特化型ホテル”ともいわれるが、その名の通り宿泊に特化したホテルと定義づけられる。

ホテルとはフルサービスであることが特徴で、宿泊の他に料理・飲食、バンケット(宴会、または婚礼や大規模な会議)など多彩なサービスを提供する。一方のビジネスホテルは、朝食スペースなどが設けられてはいるものの(法令上の要請)、フロントサービスを中心に宿泊機能を提供するというリミテッドサービスであることが特徴だ。“イン”とも称される。

前述の番組で、豪華なスイートルームまであるホテルとして“これ以上のビジネスホテルは見たことがない”と「ホテル ココ・グラン高崎」(群馬県高崎市)を紹介したところ、「スイートルームなんてあるのにビジネスホテルといえるの?」と疑問の声をいただいた。

「ホテル ココ・グラン高崎」プレミアムココスイート

スイートルームがあろうが、基本的に宿泊に特化していればそれはビジネスホテルといえる。ただし、宿泊特化型のコンセプトは多様化しており、単にビジネスホテルとカテゴライズされることを良しとしないホテルもある。

話は逸れたが、ビジネスホテルといえば、伝統的には出張族御用達として人気を博してきた。今では旅のスタイルが多様化したことで、観光にも重宝されており、リーズナブルな旅を求める訪日外国人旅行者にも人気が高い。

「料金変動させるホテル」と「あえてさせないホテル」

しかし、「ビジネスホテル=リーズナブル」というイメージは徐々に崩れつつある。確かに高級ホテルよりは安いといえそうだが、繁忙日と閑散日の料金変動幅がかなり大きなホテルもみられる。

筆者は職業柄日々のホテル料金レートをチェックしている。「ビジネスホテルは高級ホテルより安いといえそう」と書いたが、とある繁忙日の新宿エリアを見たところ、ハイアットよりもアパホテルが高かったことがあり驚いた。料金を客室面積の㎡単位で換算したところ、ハイアットが約1,200円、アパホテルが約2,800円だった。

料金変動の大きさもクローズアップされたアパホテル

極端な例を挙げたが、ビジネスホテルに限らずホテルの料金は変動するのが一般的だ。これは業界では「レベニューマネジメント」などといわれる。ホテルの客室に限らず在庫の繰り越しができない商品を、売れ残りを少なくするためさまざまな価格設定をして販売を管理することは、需要予測のもとに収益を最大化する手法といえる。

需要が高くなると料金が上がるのはホテルに限ったことではないが、とはいえホテル料金変動幅のあまりの大きさに面食らった経験のある人もいるのではないだろうか。季節変動(季節や時期によって需要に増減が起きる変化)の大きなリゾートホテルなどではその傾向はさらに強いし、料金が高額なラグジュアリーホテルでも変動はする。しかし、より日常感のあるリーズナブルなイメージのビジネスホテルほど、ゲストは料金変動にシビアだといえそうだ。

他方、基本的に料金変動させないことをポリシーとするホテルもある。たとえば「東横イン」だ。全国最大規模のビジネスホテルチェーンであるが、宿泊需要の急増する時期でも大きく料金を変動させないことを公式サイトでうたっている

プライスポリシーとして「市場動向にいわば便乗するかのような料金設定は(中略)ビジネスパーソンをはじめとするお客様の信頼を裏切ることになる」と明記。料金の変動が少ないことはゲストの安心感につながるというのが同社の考えだ。

「東横イン」客室イメージ

前述のホテル ココ・グラン高崎も、基本的に料金変動させないことをポリシーにしているが、かようなポリシーのホテルを時々見かけることがある。このように、「料金変動をさせるホテル」と「あえてさせないホテル」があるのだ。

「本当はいくら? 」で部屋の価値を聞いてみた

料金変動でよく見られるのは、最初は高い設定なのに日が迫ると安くなり、当日の夜などに投げ売りされるパターン。レベニューマネジメントで適切な在庫管理ができれば緩和される側面はあるのかもしれないが、早く予約してキチンと泊まってくれる「ホテルにとって有り難いゲスト」が割を食うケースともいえる。そもそも定価で料金変動させないのであれば起こらない問題かもしれない。

ところで筆者は、ホテルの支配人や経営者への取材に際し「こちらの客室はいくらですか?」と質問することがある。「え~と今日は6,000円ですが明日は1万円で……」といった回答を得ることは多い。そこで「いえ、本当はいくらなんですか? 」と聞き返す。すると回答に窮する様子のケースが多く見られる。

ところが、過去の取材(4年ほど前の取材と記憶している)で「うちは5千円です」と即答したホテル経営者がいた。中国地方や福岡で大人気ビジネスホテルチェーン「ホテルアクティブ! 」を運営する、株式会社石田屋ホテルズ代表取締役社長の石田光一郎氏である。

「ホテルアクティブ!広島」外観

石田氏は「確かに今日は7,000円ですし明日は9,000円ですが、この部屋本当は5,000円なんです」と断言した。商売なので繁忙日は料金を上げることもするが、多くいただいた分は新しいホテル建設や事業拡大などには回さず、あくまでもそのホテル・客室の快適性向上に投資するという。確かに、前に一度宿泊した際に「もう充分快適」と記憶していたが、その後何度か再訪した際にも、さらに工夫が施されたリニューアルがなされていた経験があり、納得した。

***

今回は、ビジネスホテルについて「料金変動」の面からみてきた。料金変動の有無については、ホテルの特性やさまざまな条件などを鑑みれば決して一面からでは結論づけられない問題であるといえよう。昨今、インバウンド需要も後押しとなり、ビジネスホテルが多く誕生し、さまざまな経営・運営会社の手により多彩な施設が林立。同時にその「スタンス」も多様化している。

客室の快適性や利便性などと共に、そうしたホテルのスタンスを知ることも、賢い消費者として気に留めておくべき「ホテル利用術」のひとつだといえそうだ。

次回も引き続き「多様化が進むビジネスホテル」について取り上げます。ビジネスホテル市場に押し寄せる“差別化”と“コモディティ化”の流れ、そこから見えてくるものとは?

「選択と集中」が進みすぎた、日本の科学技術への投資

藤田朋宏の必殺仕分け人 第1回

「選択と集中」が進みすぎた、日本の科学技術への投資

2018.11.15

ちとせグループCEOの藤田朋宏氏による新連載

巷を賑わす”ヘンな出来事”の問題点を、独自の解釈で洗い出す!

第1回は、「日本の科学技術投資」について

バイオベンチャー企業群「ちとせグループ」のCEOを務める藤田朋宏氏による新連載。“手段と目的の違い”によって生じた「ヘンな出来事」の問題点を、独自の視点で語ります。第1回は、「日本の科学技術投資」について。日本の科学技術への投資の問題点とはいったい何なのでしょう?

才能と“伸びしろ”に投資する、日本サッカー協会

先日、クアラルンプールに出張したときのこと。宿泊先のホテルが偶然にもサッカーの日本代表と同じだった。「日本代表」と言っても、同じホテルに泊まっていたのは本田や長友ではなく、U-16アジア選手権に参加している若い選手たち。

そこで彼らを見ていて、ふと考えた。日本サッカー協会の「選手への投資」は、実は凄く効率がいいのではないか。どうしてそう思ったのか、順を追って説明したい。

ホテルに置いてあったU-16アジア選手権のバナー

チェックインを済ませ、「部屋の準備があるから、ちょっとだけそこで待っていて」と指示するホテルマンに従い、ひとりロビーに放置されている間、何となしに選手の情報を調べてみた。それから一時間半。23名の選手一人ひとりの顔だけでなく、利き足まで覚えるくらいの時間が経っても、僕はまだロビーで放っておかれたままだった。まぁ、東南アジアではよくあることなので、腹は立たなかった。

ところで、「過去のU-16日本代表がその後、何度も日本代表に選ばれる割合はどれほどだろうか」と疑問に感じ、調べてみたところ、各年20数名の代表選手のうち、現役で活躍している選手は約1人であることが分かった。確かに16歳の段階では身体の発達に差があるし、試合で活躍できるかは運の要素も絡む。コーチとの相性やケガの問題もあるだろう。

そうは言っても、16歳の時点で日本代表に選ばれるだけのポテンシャルを持つ選手のうち、その数%しか将来も活躍できる選手がいない、という事実には驚いた。実際、長谷部、本田、岡崎、長友……など、この10年で活躍している選手たちの多くは、16歳時点ではそこまで期待されていなかった選手ばかりだ。

ではなぜ、そういった選手が後に日の目を浴びられたかというと、それは彼らにも「チャンス」を与えられていたからだろう。日本サッカー協会は、16歳時点で選抜したトップ選手だけに集中投資するだけではなく、同年代の他の有望選手にもしっかりとチャンスを与え続けられるような仕組みをつくれたのだと思う。

際立って目立つ選手だけではなく、将来の伸びしろがありえる選手にも、最低限のチャンスは回ってくることで、未来のトップ選手の育成が図れる。そうやって日本サッカー協会はこれまで、世界に通用するような選手を輩出してきた。

「科学技術に投資せよ」ではなく、予算配分の再考を

前置きが長くなってしまったが、ここから本題に入りたい。

先日、京都大学特別教授の本庶佑先生がノーベル賞を受賞したというニュースが流れた。「自分がバイオテクノロジー業界で働く人間だから」というのは関係なく、本庶先生と周りのチームの方々の長年にわたる科学に対する貢献が認められたこと、その事実に接した関係者の気持ちを想像すると、とても嬉しい気持ちになった。

ノーベル賞メダル(レプリカ)

 

近年、日本人のノーベル賞受賞が続いている。彼らのような日本の科学業界の仕組みをよくわかった方々は、これまで数多くのご苦労をされてきたことだろう。しかし、1つ残念なこともある。能力はもちろん、人格的にも優れたそういった先生方が、ノーベル賞受賞のタイミングでマスコミに発表する一世一代のコメントが「日本国の科学技術投資、科学技術教育のあり方についての憂い」であることだ。

僭越ながら、先生たちのコメントを解釈すると、よくニュースで取り上げられるような「科学技術にもっとお金を使え」ということではなく、その先にある「国家予算の配分」についての指摘をしていると認識している。

誰がなんと言おうと、日本の科学技術投資の選択と集中は年々進んでしまっているのが現状だ。しかし、先生方のいうような「選択と集中が進みすぎている」という指摘に対して、「日本にはもうお金がないのだから科学技術にばかり投資できない」と答えがずれてしまっている。

これこそが、日本の科学技術投資における問題ではないだろうか。

日本にはびこる「選択と集中こそが正解だよ病」

随分前からずっと不思議なのだが、そもそも「選択と集中こそが正解である」なんて、誰がいい出したのだろう。「選択と集中」の戦略で物事をうまく切り抜けられるようなことは、本当に生きるか死ぬか、背水の陣を敷いている時くらいだと思うのだ。

今の日本の「選択と集中こそが正解だよ病」はなかなか根深く、そもそもの目的を実現することよりも「選択と集中」を行うことそのものが目的になっているんじゃないかと感じることが多い。

今の日本で行われている多くの意思決定の場面で、サッカーの例で例えると、U-16日本代表を選んだ人のメンツを潰さないということが、強い日本代表をつくることよりも優先されてしまっているように思う。

そのため、16歳の時点で選んだ選手だけに集中投資し、16歳の段階で選ばれなかった他の選手のポテンシャルに賭けることもしないというような「選択と集中が正解である」という間違えた進め方で意思決定が行われているようなことが多いように感じる。

サッカー選手の育成でも、科学技術の投資でも初期の段階で選抜してそこだけに集中投資するという戦略を繰り返せば繰り返すほど、全体としての力は落ちる一方になるのではないか。歴代のノーベル賞受賞者の先生方も、そういうことを言いたかったのではないかと思う。

手段であるはずの「選択と集中」が、目的となっている?

私は、「16歳の段階で、将来素晴らしいサッカー選手になる人物を見分けられる」なんて言葉は、伸びしろのある選手に対しておこがましいと感じる。これは科学技術の研究にも同じことが言える。「その研究が将来素晴らしい成果を残すかどうか見分けられる」なんて言葉は、科学者に対しておこがましい。

もっと言ってしまえば、どの研究が将来化けるかの判断は、16歳のサッカー選手の成長を言い当てることより遥かに難しいだろう。なぜならば、サッカーという競技のルール自体は変わらないが、科学と言う競技はルール自体を決めているので、科学研究の将来性をあらかじめ予測するのは16歳のサッカー選手の将来性を予測するより難しいためだ。

そんな中、日本サッカー協会が幅広い底上げに力を入れ、紆余曲折も有りながらも右肩上がりの成長を維持できているにも関わらず、日本の科学技術投資は過剰な「選択と集中」を強めるが故に、科学技術力の相対的な低下を招いているように感じる。

その差はいったい何か? これは1つの仮説でしかないが、日本サッカー協会の強さの秘訣は、会長の独断で物事を決められる側面が強い組織であるために「目的」がハッキリしている点にあるのではないだろうか。

その一方で、日本の科学技術投資のような“数多くの人の善意の組み合わせの上になり立っている意思決定機構”では「選択と集中を進めることが正解である」という、本来手段の一つである価値観が「目的」となってしまっているように感じる。

本来考えるべきは、「日本の科学技術をどうするべきか」ということであるにも関わらず、その手段と目的が逆転しまっているのではないだろうか、と思うのだ。