在宅ラッパーも可能になった「第三次ラップブーム」

カレー沢薫の時流漂流 第3回

在宅ラッパーも可能になった「第三次ラップブーム」

2018.08.20

漫画家・コラムニスト カレー沢薫さんの社会派新連載!

第3回は、「第三次ラップブーム」について

昨今、世間では第三次ラップブームが起こっているらしい。

私個人としてはラップブーム歴20年ぐらいなので今更感があるのだが、もちろんただ好きなだけで、音楽ジャンルに詳しいわけではない。

平素は、「腐女子と夢女の区別がついていない奴」に烈火の如く怒りがちだが、門外漢というのはそんなものであり、右脇出身だろうが左脇出身だろうが、はたから見ればワキ毛は等しくワキ毛だ。(「ワキ毛」の詳細はこちら)

私もラップが何なのか完全に理解しているとは言い難い。よって、「わかってない奴」への寛容の心を持って読んでもらえれば幸いである。

ラッパーになりたかったカレー沢氏、断念した理由は

まずラップとは、メロディをつけず韻を踏みながら歌う、アメリカ発祥の音楽である。日本で初めてラップアルバムが出たのは1985年らしいが、私が最初にラップというものを認識したのは90年代に出た「East End×Yuri」の「DAYONE」だと思う。

毎年、数年後「何故これが流行ったかわからない」と言われるものが一つや二つ出てくるが、「DAYONE」は結構すぐにそういう物にされてしまった気がする。だが流行ったもの勝ちだし、何故と言われたら流行らせた我々に責任がある。

私もその当時は特に琴線に触れることがなかったのだが、その後「KICK THE CAN CREW」や「RIP SLYME」「SOUL'd OUT」などのヒップホップグループに出会い、「これはすごくイイものだ」と思い、引きこもりにも関わらずライブにも何度か足を運んだ。

ラップは何せメロディがないので、初聞きでは正直ピンとこない。「何か喋ってんな」と思うだけだ。しかし、何度も聞いているうちに、独特のリズムと巧みなライム(編集注:韻を踏むこと)がどんどん癖になり、最終的に「俺もヤりたい」という中毒者となる。

私は冗談ではなく、昔ラッパーになりたかった。かっこよかったし、「自分でラップができたらさぞかし気持ちよかろう」と思えたのだ。だが、「家から出るのが怖い」など諸般の理由があり、ラッパーにはなれなかった。

「悪そうな奴は大体友達」ではない現代のラップ

この第三次ラップブームにより、昔よりカジュアルにラップを楽しむことができるようになったという。たとえば、都会の各所では「サイファー」というイベントが行われているらしい。

「サイファー」とは町中でラッパーたちが集まり、即興のラップを披露しあうことである、テレビ番組「フリースタイルダンジョン」に出演するラッパーが主催したサイファーから人気に火が付いた、という。

「そんな恐ろし気なイベント参加できないぜ」と思うかもしれないが、それはラップのイメージが「悪そうな奴は大体友達」で止まっているからである。

ラップと言えば、サイズをツーサイズ間違えたダボダボの服に、斜に構えた帽子、首を鍛えるアクセサリー類、という所謂「ワル」なイメージがあったと思うが、今ラップをやっている人は、もっとシンプルなスタイルで、それどころか「オシャレ」の方向に行っているらしい。

それだとますます入れない気もするが、「怖くない」というのは重要である。東京生まれヒップホップ育ちじゃなく、山陰生まれ公立高校卒業でも余裕でやれる感じがする。

しかし、ラップがいかにカジュアルになろうとも、イベントに参加して即興ラップとか敷居が高すぎる、そもそも家の外が怖い、という人もいるだろう。

そういう人にとっても、ラップは「SNS」により身近な物になっている。SNSの投稿をラップ調に韻を踏んで行うのだ。これなら、人前で歌うことも、外に出ることもなく、ラップで自己表現できる。

それに、SNSでいきなりポエムを発信したら、メンのヘルを心配されるか、引かれてしまう恐れがあるが、愚痴もラップにすればごきげんな感じになって、他人にもウケるのである。

私も仕事で何回か歌う当てのないラップのリリックを書いたが、これがなかなか楽しいし、最初は「できるはずがない」と思っていても、やりだしたら「結構できる」のもラップの良いところである。

2次元と融合するラップ、相手をdisる難しさ

ラップブームはついに二次元にまで波及し、現在「二次元×声優×ラップ」の「ヒプノシスマイク」が人気を博している。声優が二次元キャラとして歌を出す、というのは全く珍しいことではないが、「ラップ」というのはありそうでなかった。

二次元とラップ、という両方好きな分野なだけに、登場した時はコケたら悲しいと勝手に思っていたが、全く心配いらなかったようである。

ラップと言えば、音楽とは別に、MCバトルのイメージもあると思う。さっき挙げた「ヒプノシスマイク」でも、平たく言えば「チーム対抗MCバトル」をしているCDが出ていたりする。

MCバトルとはお互いが交互にラップで「イキり倒して相手をディスりまくる」やつである。ラップと言ったら即興という感じがするが、MCバトルは、相手のことを良く知らないとできない。初対面の相手を予備知識なしでディスろうと思ったら、容姿、性別、年齢など最も低い部分をディスるか、「守護霊がイケてない」などボンヤリとしたことしか言えないからだ。

公然と相手の悪口を言って良いMCバトルだが「どこまで言っていいのか問題」はある。いくらディスが許されているからと言って、差別発言はダメと言う意見は当然あるし、それに対し「ヒップホップとはそういうものだ、そこが許容できないなら帰れ」と言う人もいる。

もちろん、どこまで言って良いかも個人差がある。先述の通り何でもありという人もいれば、自分のことと妹がブスというところまでは良いが、母ちゃんの悪口だけは許せねえ、という人もいるだろう。

あまりルールを決め過ぎるとフリースタイルの良さが失われてしまうが、せっかく広まったラップが学級会の場になるのももったいないので、何かしら明確な線引きが必要な気もする。お互い地雷を決め、そこを踏んだら一発失格というルールにしてもいいかもしれない。

■本連載は毎週月曜更新です。

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2019.06.17

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放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

カレー沢薫の時流漂流 第47回

放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

2019.06.17

最近女性の間で「#MeToo」ならぬ「#KuToo」運動がにわかに盛り上がっている。

「#KuToo」とは「靴」と「苦痛」をかけており、職場や就職活動で、足を痛めるパンプスやヒール靴の強要をやめようという運動である。

そもそもそんなの誰も強要してねえよ、と思われるかもしれない。確かに規定として靴の形状やかかとの高さまで定めている会社はレアだろう。しかし、私の元いた会社でも、規則があるわけでも、誰に言われたでもなく、みな一様に黒のパンプスを履いていた。それが「暗黙のルール」であり、それ以外は「非常識」と見られる風潮は確かにあるのである。

これが就職活動になると、パンプスを履いていないだけで「こいつは常識がない」と見なされ不採用になってしまうかもしれない、ということだ。そうなると女子学生は足を負傷してでもパンプスを履かざるを得なくなってしまう。

正直、パンプスは苦痛

パンプスがそんなに苦痛か、というと、靴の中では殺傷能力が高い方である。これは他人への、という意味ではなく自分へのだ。他人を殺傷したいならカウボーイが履いている、かかとにピザカッターがついている奴を履いた方が良い。

狭いつま先に足の指が密集されるため、私もよく爪で隣の指を切って足を血だらけにしていたし、伸縮性にかける素材のため、あわないパンプスだと試着の時点で靴擦れが出来るレベルなのだ。

世の中には素肌に荒縄で亀甲縛りを施し、その上に上等なスーツを羽織って出社している人も多いと思う。とても痛いだろうが、それは強制されたわけではなく、その人が好きで楽しいからやっているのだ。

つまり、好きでもない上にとても痛いパンプスを強制で履かなければいけないというのは、上等なスーツの下が亀甲縛りなことよりも「異常」なことというわけだ。

この運動はすぐに広まり、いきなり国会でも議論されたという。これにより「厚労相がハイヒール強要を容認」という見出しのニュースまで踊り出ることになった。

完全に自由と言われても困るのでは?

「厚生省に、女がハイヒールを履かないと死ぬ病の人が!?」と驚いたが、記事をよく見ると見出しほどのことはなく、厚労相の発言は「これは社会通念に照らして業務上、必要かつ相等な範囲かと、この辺なんだろうと思います」というかなりボンヤリしたものであり、どっちでも良い事を聞かれた私のリアクションに似ている。

しかし「ハイヒールが履けない女は何やってもダメ」などと強い事を言っているわけではないが、「業務上必要ならパンプス履くべきだろ」という「容認」に聞こえなくもない。すぐさま「業務上ハイヒールが必要な仕事って何だよ」という疑問が挙がり、「SMの女王様」「(ハイヒールでキレッキレに踊る)perfume以外ありえない」などの声が相次いだ。

この社会問題がすぐ大喜利になってしまうのは良くも悪くも「ザ・ツイッター」という感じだ。

確かに「業務上必要」となると、まだかかとにピザカッターがついている靴の方が「ピザを食う時」必要な気がする。

ただ、靴や服装を完全に自由化し、何でもOKにすれば良いかというと、それはそれで問題が起きると思う。ファッションに疎くコーディネートが苦手な人間からすれば、職場に何を着ていいのか全く「指針」がないというのは迷子になるし、接する側としても、車を買いにいってディーラーが、イモ―タンジョ―の完コスで出てきたら「キャデラックしか買うことを許されないのか」と委縮してしまう。就活マナー本に「俺の考えた最強の就活ファッションで挑みましょう」とだけ書かれていても逆に困るだろう

着る側としても、それに接する側としても、社会において服装にある程度規定や模範があるというのはメリットでもあるのだ。

そもそも規定や常識というのは、秩序を作ることにより問題を減らすためにあるものなのだ。しかしそれが元で「足を負傷する」という「問題」が起こっているなら本末転倒なので、やはり解消はすべきなのだろう。

極論に流れない寛容さが足りない

おそらく「#KuToo」を提唱している人も「ドラゴン柄のコンバースで就活したい」と言っているわけではないのだ。最近は「パンプスに見えるスニーカー」なども存在するし、パンプスでなくても地味な靴はいくらでもある。そのような靴を履いていても「パンプスじゃないから非常識」と見るのをやめてほしいという話だろう。

ちなみに私が会社員時代履いていたパンプスだが、黒の革靴ではあったが、つま先は限りなく丸く、ヒールはなきに等しい、今思えばあれはパンプスだったのか、70過ぎのババアが旅行に行くときに履くヤツなんじゃないか、という代物であったが、特に何も言われなかった。

「#KuToo」が求めるのも、そのぐらいの「寛容さ」なのではないだろうか。

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