【キヤノン】東芝メディカルシステムズの買収の先に見据えるものは?

【キヤノン】東芝メディカルシステムズの買収の先に見据えるものは?

2016.06.11

【キヤノン】東芝メディカルシステムズの買収の先に見据えるものは?

 キヤノン<7751>は、光学機器、OA機器の製造からソフトウェアの開発まで、多角的に経営を行う企業だが、そのツールの1つとして、M&Aを活用している点が特徴的だ。

 現在は「グローバル優良企業グループ構想 フェーズⅤ」と銘打った5カ年計画(2016-20年)を策定し、①原価率の低減、②新規事業の拡大と創出など5つの戦略を掲げている。また、20年の業績目標として、売上高5兆円以上、原価率45%以下、株主資本比率70%以上などを掲げている。

 同社は、フェーズⅡ-Ⅳまでの計画実行の1つの手段として、M&Aを活用してきた。さらに、フェーズⅤにおいても同社史上最大のM&Aを行なっている。16年3月に東芝から6655億円もの巨額の金額で買収(競争法規制当局の許可が下り次第株式を取得予定)した東芝メディカルシステムズ(売上高2800億円)である。最終的には富士フイルムらと入札で競った上で買収を果たしている。

 買収金額の高騰の裏には医療関連事業をフェーズⅤにおける目玉にしたかったキヤノンの思惑があったと思われる。医療機器市場が拡大基調にあり東芝メディカルシステムズが日本トップシェアであることを考慮しても、同社の経営指標(営業利益177億円、純資産704億円)からすると、33年以上分もののれんを乗せている計算になる。これだけの大型買収を敢行したキヤノンを過去のM&Aや、業績・財務状況などの観点から分析していきたい。

キヤノンの沿革と行った主なM&A
年月 内容
1933 精機光学研究所を開設
1937 精機光学工業として創業
1947 キヤノンカメラに社名を変更
1949 東証一部に上場
1956 秩父英工舎(現キヤノン電子)が関係会社となる
1969 キヤノンに社名を変更
1992 キヤノン精工とキヤノンケミカルが合併し、キヤノン化成となる
1996 「グローバル優良企業グループ構想」スタート
2000 ニューヨーク証券取引所に上場
2001 「グローバル優良企業グループ構想」フェーズIIスタート
2004.3 プラスチックの金型を製造するイガリモールド(純資産15億円)の全株式を株式交換により30億円で取得し、完全子会社化
2005.9 電子部品の製造用真空装置を製造するアネルバ(売上高464億円、営業利益19億円、純資産31億円)の全株式を日本電気から取得し、完全子会社化
2005.10 自動化機器の試作製造をするNECマシナリー(売上高167億円、営業利益14億円、純資産64億円)の株式66.18%を公開買い付けにより63億円で取得し、子会社化
2005.12 医療機関にシステムソリューションを提供するFMS(売上高28億円)の全株式をアステラス製薬から取得し、完全子会社化
2006 「グローバル優良企業グループ構想」フェーズIIIスタート
2006.12 キヤノン電子は、顧客管理情報システムの開発等を行うイーシステム(売上高43億円、営業利益▲3億円、純資産35億円)の第三者割当増資を引き受け、株式62%を35億円で取得し、子会社化
2007.1 東芝との合弁会社で、テレビ向けSEDパネルの開発をするSED(資本金105億円)の全株式を取得し、完全子会社化
2007.4 ソフトウェア開発を行う蝶理情報システム(売上高40億円、経常利益1億円、純資産39億円)の株式69.58%を旭化成、東レなどから子会社を通じて取得し、孫会社化
2007.6 情報システムの構築などを行うアルゴ21(売上高242億円、営業利益14億円、純資産115億円)の株式83.17%を公開買い付けにより子会社が124億円で取得し、孫会社化
2007.12 有機ELディスプレイパネル製造装置などの開発を行うトッキ(売上高72億円、営業利益▲22億円、純資産11億円)の株式63.7%を公開買い付けと第三者割当増資の引き受けにより100億円で取得し、子会社化
2008.3 OA機器の製造などを行うニスカ(売上高367億円、営業利益14億円、純資産168億円、子会社の持分割合51.04%)の株式46.84%を公開買い付けにより子会社が96億円で追加取得
2008.11 システム開発などを行うアジアパシフィックシステム総研(売上高67億円、営業利益1億円、純資産53億円)の株式87.87%を公開買い付けにより子会社が51億円で取得し、孫会社化
2009.4 企業向けIT研修などを行うエヌ・アール・アイ・ラーニングネットワーク(売上高14億円)の全株式を野村総合研究所から取得し、完全子会社化
2010.3 オランダで文書・産業用印刷システムなどを開発するオセ(売上高3442億円、純資産707億円、持分割合28.3%)の株式43%を公開買い付けにより380億円で追加取得し、子会社化
2011 「グローバル優良企業グループ構想」フェーズIVスタート
2011.6 医療関連用品・機器の製造を行うエルクコーポレーション(売上高214億円、営業利益7100万円、純資産71億円)の株式96.73%を公開買い付けにより子会社が36億円で取得し、孫会社化
2011.11 日立ディスプレイズ(資本金352億円)の保有株式24.9%を日立製作所に売却
2011.12 高速漢字情報処理システムの開発などを行う昭和情報機器(売上高104億円、営業利益2200万円、純資産52億円)の株式88.55%を公開買い付けにより子会社が21億円で取得し、孫会社化
2014.6 ビデオ管理ソフトウェアの世界最大手であるマイルストーンシステムズ(売上高75億円)の株式を取得し、子会社化
2015.4 監視カメラ最大手のアクシス(スウェーデン、売上高770億円、純資産155億円)の株式75.5%を公開買い付けにより2540億円で取得し、子会社化
2016 「グローバル優良企業グループ構想」フェーズVスタート
2016.3 東芝メディカルシステムズ(売上高2800億円、営業利益177億円、純資産704億円)の全株式を東芝から6655億円で取得する契約を締結(株式取得日は未定)

 上記年表を見ると、徐々にM&Aの規模が大きくなっていることが分かる。これは、それぞれの時期(フェーズ)によって同社の戦略が転換してきていることを示している。

 例えば、フェーズⅠ(96-00年)の期間は一切のM&Aをおこなっていないが、このフェーズは「全体最適」と「利益優先」を掲げて体質の強化を図っていた時期である。この時期にグループ全体の最適化を図ったことが、これ以降に積極的にM&Aを行えた要因であると思われる。

 フェーズⅡ(01-05年)では、「全主力事業世界No.1」を掲げ、製品のデジタル化を図っていた時期である。この時期のM&Aは、電子部品の製造用真空装置を製造するアネルバ(現キヤノンアネルバ)や自動化機器の試作製造をするNECマシナリー(現キヤノンマシナリー)など既存事業の強化を目的としたものである。

 フェーズⅢ(06-10年)では、現行事業の強化に加えて、新規事業拡大などの新たな成長への戦略を進めていた時期である。その戦略はM&Aにも顕著に表れており、リーマンショックの最中においても積極的にシステム開発会社を買収している。特に、この時期はリーマンショックの影響で業績に陰りが見えていたが、オランダで文書・産業用印刷システムなどを開発するオセ社(売上高3442億円、純資産707億円)について、株式43%を380億円の金額で買収している(現在は完全子会社)のは英断だったと言えよう。オセ社を買収した10年12月期は、同社の買収効果もあって前年比で5000億円の増収を果たした。

 次にフェーズⅣでは、引き続き多角化を推進し、特に「メディカル」と「産業機器」を注力分野とした。その注力分野である「メディカル」分野では、医療関連用品・機器の製造を行うエルクコーポレーションを買収した。その一方で、後発分野であった「監視カメラ」市場において、世界トップシェアを誇るスウェーデンのアクシス(売上高770億円、純資産155億円)の株式75.5%を2540億円で買収している。当時、「監視カメラ」市場においてはまったく存在感のなかったキヤノンは、この買収を通じて一気に世界トップに躍り出た。「監視カメラ」市場は、現在のトレンドであるビッグデータ解析などへの応用も期待され、これからも堅調に推移すると見込まれる。キヤノンがもともと持つデジタルカメラ技術との相乗効果も期待され、多額の投資と引き換えに成長性のある新規事業を手に入れた格好となった。

 さらにフェーズⅤでは、先述した東芝メディカルシステムズの買収を通じて、医療機器分野における存在感を高めることとなった。

 ここで、下記のセグメント別売上高の推移を見てみると、リーマンショック以後は売り上げが横ばいにとどまっていることが見て取れる(セグメントを多少変更している時期もあるが、おおむね下記のとおりとなる)。

■セグメント別売上高推移

 主要事業である、OA機器(オフィス事業)、光学機器(イメージングシステム事業)の売り上げは頭打ちになっている。いずれの事業も市場に大きな成長は見込めず、新規事業の創出が急務であることが分かる。また、M&Aにより獲得した売上高の単純積算値をグラフにすると、既存事業はむしろ縮小傾向にあると言える。

■売上高に対するM&A効果

 上記グラフを見れば、東芝メディカルシステムズに多額の投資を行ったこともうなずけるのではないだろうか。キヤノンは日本を代表する超優良企業であるが、その内実は非常に切迫していると言えよう。

 次に、財務状況の分析を行いたい。下記グラフは、キヤノンの総資産額などの推移を示している(のれん代については14年12月期より個別表示が開始されたため、それ以前の年度について下記グラフにおいてはゼロ表示となっている)。

■総資産額等の推移

 15年12月期現在で総資産額4兆4千億円強、自己資本比率は70%を超えており、財務状況は一見すると非常に安定している。しかし、アクシスの買収の際に発生したのれん代は2500億円を超えている。キヤノンは、米国会計基準により決算書が作成されているため、全額が資産計上されていて費用としては計上されていない。

 これに加えて、16年12月期は東芝メディカルシステムズののれん代が加算される。東芝メディカルシステムズの買収で発生するのれん代は推定6000億円、のれん代が総資産に占める割合は推定で合計20%近くにも上る。のれん代は減損テストによる減損が認識されない限りは費用として顕在化しないため、たちまちに業績や財務に影響を与えるとは考えにくい。また、成長の見込まれる「監視カメラ」及び「メディカル」市場にも陰りは見られないため問題はないものと考えられるが、リスクを内包していることには変わりない。

 東芝メディカルシステムズの買収までは、現在に至るまでに築き上げてきた内部の蓄積があったが、今後はこの内包したリスクを考慮した上でのM&Aが余儀なくされる。今やグループ全体で4兆円もの売上高を誇るキヤノンではあるが、今後の巨額M&Aには大きなリスクを伴うこととなり、動向に注目したい。

この記事は、企業の有価証券報告書などの開示資料、また新聞報道を基に、専門家の見解によってまとめたものです。

まとめ:M&A Online編集部

NewsInsight 更新終了のお知らせ

NewsInsight 更新終了のお知らせ

2019.06.17

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最後になりますが、改めて皆様に感謝いたしますとともに、引き続き、マイナビニュースにてご愛顧いただけましたら幸いです。

放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

カレー沢薫の時流漂流 第47回

放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

2019.06.17

最近女性の間で「#MeToo」ならぬ「#KuToo」運動がにわかに盛り上がっている。

「#KuToo」とは「靴」と「苦痛」をかけており、職場や就職活動で、足を痛めるパンプスやヒール靴の強要をやめようという運動である。

そもそもそんなの誰も強要してねえよ、と思われるかもしれない。確かに規定として靴の形状やかかとの高さまで定めている会社はレアだろう。しかし、私の元いた会社でも、規則があるわけでも、誰に言われたでもなく、みな一様に黒のパンプスを履いていた。それが「暗黙のルール」であり、それ以外は「非常識」と見られる風潮は確かにあるのである。

これが就職活動になると、パンプスを履いていないだけで「こいつは常識がない」と見なされ不採用になってしまうかもしれない、ということだ。そうなると女子学生は足を負傷してでもパンプスを履かざるを得なくなってしまう。

正直、パンプスは苦痛

パンプスがそんなに苦痛か、というと、靴の中では殺傷能力が高い方である。これは他人への、という意味ではなく自分へのだ。他人を殺傷したいならカウボーイが履いている、かかとにピザカッターがついている奴を履いた方が良い。

狭いつま先に足の指が密集されるため、私もよく爪で隣の指を切って足を血だらけにしていたし、伸縮性にかける素材のため、あわないパンプスだと試着の時点で靴擦れが出来るレベルなのだ。

世の中には素肌に荒縄で亀甲縛りを施し、その上に上等なスーツを羽織って出社している人も多いと思う。とても痛いだろうが、それは強制されたわけではなく、その人が好きで楽しいからやっているのだ。

つまり、好きでもない上にとても痛いパンプスを強制で履かなければいけないというのは、上等なスーツの下が亀甲縛りなことよりも「異常」なことというわけだ。

この運動はすぐに広まり、いきなり国会でも議論されたという。これにより「厚労相がハイヒール強要を容認」という見出しのニュースまで踊り出ることになった。

完全に自由と言われても困るのでは?

「厚生省に、女がハイヒールを履かないと死ぬ病の人が!?」と驚いたが、記事をよく見ると見出しほどのことはなく、厚労相の発言は「これは社会通念に照らして業務上、必要かつ相等な範囲かと、この辺なんだろうと思います」というかなりボンヤリしたものであり、どっちでも良い事を聞かれた私のリアクションに似ている。

しかし「ハイヒールが履けない女は何やってもダメ」などと強い事を言っているわけではないが、「業務上必要ならパンプス履くべきだろ」という「容認」に聞こえなくもない。すぐさま「業務上ハイヒールが必要な仕事って何だよ」という疑問が挙がり、「SMの女王様」「(ハイヒールでキレッキレに踊る)perfume以外ありえない」などの声が相次いだ。

この社会問題がすぐ大喜利になってしまうのは良くも悪くも「ザ・ツイッター」という感じだ。

確かに「業務上必要」となると、まだかかとにピザカッターがついている靴の方が「ピザを食う時」必要な気がする。

ただ、靴や服装を完全に自由化し、何でもOKにすれば良いかというと、それはそれで問題が起きると思う。ファッションに疎くコーディネートが苦手な人間からすれば、職場に何を着ていいのか全く「指針」がないというのは迷子になるし、接する側としても、車を買いにいってディーラーが、イモ―タンジョ―の完コスで出てきたら「キャデラックしか買うことを許されないのか」と委縮してしまう。就活マナー本に「俺の考えた最強の就活ファッションで挑みましょう」とだけ書かれていても逆に困るだろう

着る側としても、それに接する側としても、社会において服装にある程度規定や模範があるというのはメリットでもあるのだ。

そもそも規定や常識というのは、秩序を作ることにより問題を減らすためにあるものなのだ。しかしそれが元で「足を負傷する」という「問題」が起こっているなら本末転倒なので、やはり解消はすべきなのだろう。

極論に流れない寛容さが足りない

おそらく「#KuToo」を提唱している人も「ドラゴン柄のコンバースで就活したい」と言っているわけではないのだ。最近は「パンプスに見えるスニーカー」なども存在するし、パンプスでなくても地味な靴はいくらでもある。そのような靴を履いていても「パンプスじゃないから非常識」と見るのをやめてほしいという話だろう。

ちなみに私が会社員時代履いていたパンプスだが、黒の革靴ではあったが、つま先は限りなく丸く、ヒールはなきに等しい、今思えばあれはパンプスだったのか、70過ぎのババアが旅行に行くときに履くヤツなんじゃないか、という代物であったが、特に何も言われなかった。

「#KuToo」が求めるのも、そのぐらいの「寛容さ」なのではないだろうか。

【お知らせ】
連載「カレー沢薫の時流漂流」の掲載場所を変更します。
→ 新しい掲載場所はこちら https://news.mynavi.jp/series/jiryu_hyoryu