手で覚えるということは、手だけで覚えるということではない

活字・写植・フォントのデザインの歴史 – 書体設計士・橋本和夫に聞く 第5回

手で覚えるということは、手だけで覚えるということではない

2018.06.05

活字製造現場めぐり

書体設計士の仕事はたいへんだとつくづくおもう。

基本となる文字とはいえ「永」だけを2カ月近くかけて完璧に習得したとしても、「永」を1万個つくるのかというと、そうではない。同じ書体でも「一」「永」「山」では全然ちがう。1万字必要といわれれば、1万種類の原字を描かなくてはならないのが書体設計(デザイン)だ。

文字修業をしていた最初の数カ月間、橋本さんはもうひとつの修業も同時におこなっていた。原字は、それを書き上げれば製品として完成するわけではない。そこから彫刻用の型(パターン)をつくって鋳型(母型)をつくり、それを用いてつくられた金属活字が最終製品だ。さらにいえば、その金属活字で紙に印刷された文字が、読者の目にふれる最終形となる。いくつもの工程を経て、最終形にたどりつくわけだ。

「いくら原字が美しくても、金属活字の状態でよい形でも、印刷された紙面の状態で美しくなければダメなんです。逆にいえば、印刷された紙面の状態がいちばん美しくなるためにはどういう配慮をしなくてはならないかを念頭において、原字を描かなくてはならない。そのことを、最初の数カ月間で教わりました」

橋本さんは、午前中は原字課の仕事をし、午後には社内のいろいろな部署をまわった。まず、原字の墨入れが終わると、それを製版の外注に出す。製版会社では、原字をネガフィルムにして亜鉛板に焼きつけ、腐食して、文字部分が凹んだ彫刻用の型(パターン)をつくる。外注先からできあがってきたパターンをもって、今度は彫刻部門に行く。母型(活字の鋳型)を彫るベントン彫刻機にパターンをセットし、フォロワーという針で凹んだ文字部分をなぞると、パンタグラフでその動きが縮小されて機械上部のカッターに伝わり、母型材が凹型に彫刻される。

母型ができると、それをもって活字鋳造の部門に行く。鋳造機に母型をセットすると、そこに鉛合金(鉛・錫・アンチモンの合金)が流しこまれ、次々と活字ができあがってくる。「永」の母型をセットしたなら、機械が動いているあいだ、「永」の字があっというまに数十本、鋳込まれていくという流れだ。

自動活字鋳造機。母型をセットすると、鉛合金が流しこまれ、またたく間に数十本の活字が鋳込まれていく

「自分で原字を描き母型を彫ってみてびっくりしたのが、こんなにヘタな原字が、12ポイントの小さな母型になるとすごくかっこよく見えるということ。ぼくの字もなかなかいいじゃないの、と(笑)。でも、彫刻機のカッターの刃が細いところには入りこまないので、文字のハネ先があまりに細く鋭角だと、うまく彫れない。自分で彫ってみたことで、ベントン彫刻機で彫るために原字上でなにが必要なのかということを教わったんですね」

教わったといっても、当時は「なんでも自分で覚えなさい」という時代。

「そこに行かないと教えてくれないし、こちらから聞かないことには教えてもらえない。だから、実際に自分でやってみることが必要でした」

鋳造機には火を使うため、鋳造現場はすごく暑いということも、行ってみて知った。

「猛暑どころの騒ぎじゃない。でもそこで鋳造機に自分で彫った母型をセットしたら、ピカピカに光った金属製の活字ができあがってくる。自分の描いた原字がこんなに美しい姿になるのかと感激でした」

ただ、鋳造の過程で文字が太るということも知った。さらに当時は活版印刷だ。凸版印刷の一種で、ハンコのように画線部が凸型になっていて、そこにインキをつけて紙をおき、ローラーで圧をかけて転写するというしくみである。圧力をかけて文字を紙に押しつけるので、余分についたインキがはみだして、印刷時にもわずかに文字が太る(インキのはみだした部分をマージナルゾーンと呼ぶ)。

「こういう過程を全部経験したことで、原字というのは製造工程での変化を見越して設計しなくてはならないということが、よくわかったんです」

50年前に覚えたことでもできるためには?

「モトヤでは、直属の上司は山田博人さんでしたが、活字デザインの基本や全体的なことの指導は部長の太佐源三さんがしてくれました。太佐さんの言葉では、『フリーハンドを覚えなさい』という教えがいまもつよく残っています。フリーハンドということは、定規もなにももたないで、自分の手で線を引くということです。下書きがあるとはいっても、自信をもって線を引かないとぐだぐだになってしまう。だから、自信をもってフリーハンドで線を描けるようになりなさいと教わったんです」

直線は直線定規、曲線は雲形定規で近いカーブを探して当て、烏口で引くという方法をとるひとが多かった。しかしたとえば明朝体の「ノ」は、ひとつのカーブだけでは描くことができない。描きはじめは直線に近く、それがすこしずつカーブになっていき、さらに進むと大きなカーブになる。雲形定規をあて、烏口でこれを引こうとすると、雲形定規を当てる場所をなんども変え、合うカーブをそのつど見つけて、継ぎ足しながら引いていかなくてはならない。そうすると、のびやかさや勢いは生まれず、ぎこちないカーブとなる。

「ノ」をよく見ると、ひとつの単純なカーブだけでできているのではないとわかる

「でもフリーハンドなら、始点から終点を目指して一気に引いていける。描く手の小指のつけ根あたりを支点にしてすーっと手を動かすと、自然なカーブが引ける。引けるということは、つくった線ではない、自然な線が描けるということ。つまり、線自体が生きているということなんです」

しかし、覚えなさいといわれても、どうやって練習したのだろうか。

「そのころのぼくは、ゼロからの出発でしょう。学校の知識も活字の知識もない。ゼロだから邪念がなくて、『こうしなさい』と言われれば素直にそれをやる。できなければ家に帰って練習する。フリーハンドで曲線や直線を引く練習をしょっちゅうしていましたよ」

とにかく手が覚えるまで、何度も何度もフリーハンドで線を引いたそうだ。

「ものごとは手で覚えれば、その後もずっと忘れない。でも後になって思ったんですが、『手で覚える』というけれど、頭で覚えないとダメだということ。この出発点からこのゴールまで線を引くということは、脳の司令で手が動くわけでしょう。手が動いているといえばそうなんだけれど、これは頭が覚えているということなのだと思うんです。物事はやはり頭で覚えないとダメで、でも、頭で覚えているということは、50年前に覚えたことでもできるということ。太佐さんの『フリーハンドを覚えなさい』という教えは、『頭をはたらかせなさい』ということだったんじゃないかと思うんです」

そして、書体デザインの腕を磨くために橋本さんがしたこと。それは、書道を習うということだった。

書道を習いに

「原字はひとつを完璧なかたちにして1万個描くのではない、1万字必要なら1万種類描かなくてはならない。その文字その文字に固有のかたちがあり、ひとつとして同じものはない。書体デザインの道に入ったぼくにとって、それがいちばんの悩みでした。そんなとき、上司で書家でもあった山田博人さんが村上三島(むらかみ・さんとう)さんというひとに書道を習っていると聞き、ぼくも習ってみることにしたんです。三島さんは漢字の先生でした」

「つくるということと、描く=ドローイングすること、そのふたつが合わさったのが活字デザインだから、機械的になんでもつくればよいというものではない。その言葉があって、モトヤに入って2年ほどしてから、村上三島さんの書道教室に通いました。戎橋にある丹青堂という書道用具店が教場でした」

そこで橋本さんは、楷書の基本といわれる唐代の書家・欧陽詢(おうようじゅん)の「九成宮醴泉銘(きゅうせいきゅうれいせんのめい)」を、正座にも耐えながら、学んだ。

「モトヤでの仕事を終えると、てくてくと歩いて、途中で551蓬莱の豚まんを1個買って、それを立ち食いしたあとに教室にいくと、ちょうどいい時間でした(笑)」

楷書の漢字を学ぶと、今度は仮名のことが気になりはじめた。書体設計では、仮名はある程度の経験を積んだひとが手がけることが多い。モトヤでは、太佐氏が明朝体やゴシック体の仮名を描いていた。

「描いたことがなかったから、ぼくは仮名のことなんて全然知らなかった。でも、仮名は大事だよとよくいわれました。極端なことをいえば、漢字は読めさえすればいい。しかし文章の表情は仮名で決まるから、仮名は読めるだけではダメなのだと」

太佐氏は、橋本さんにこんなことも語った。

「活字デザインは四角い枠のなかにすることが多いけれど、仮名は丸が基本だから、丸のなかに描きなさい、と。そういって、ご自分がデザインした朝日新聞の仮名を手本に見せてくれました。だから、ぼくはよく朝日新聞を切り抜いて勉強しましたよ。その影響か、いまだに見出し用書体の漢字を書くと『朝日新聞の漢字のようだね』といわれます」

橋本さんは、仮名の書道教室にも通いはじめた。こちらは宮本竹逕(みやもと・ちくけい)氏という先生だった。大阪で書道教室に通ったのは3年ほどだったが、その後も橋本さんは書道を続け、のちには自身で書道教室をひらくまでになっていった。

橋本さんが師事した宮本竹逕氏の仮名書
橋本さんの書

(つづく)

■本連載は隔週掲載です。

話し手 プロフィール

 

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

 

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

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第6回 師・太佐源三さん - 朝日新聞書体のデザイナー

LINEと比較されがちな「+メッセージ」は独自の価値を打ち出せる?

LINEと比較されがちな「+メッセージ」は独自の価値を打ち出せる?

2019.04.25

携帯3社が「+メッセージ」の機能拡充を発表

LINEと比較した強みは「信頼性」

金融サービスと連携し、住所変更手続きが容易に

NTTドコモ・KDDI・ソフトバンクの携帯大手3キャリアが「+メッセージ」(プラスメッセージ)の機能拡充を発表した。

国内大手3キャリアが「+メッセージ」の機能拡充を発表

サービス開始から1年が経過した「+メッセージ」だが、広く普及した印象はない。「メッセージならLINEで十分」との声も多い中で、普及する可能性はあるのだろうか。

「LINE」とは異なる可能性を秘めた「+メッセージ」

2018年5月に大手3キャリアがサービスを開始した「+メッセージ」は、2019年4月までに利用者が800万人を突破したという。だが「使ったことがない」とか、そもそも「名前を知らなかった」という人もいるのではないだろうか。

+メッセージの利用者は800万人に

「+メッセージ」とは、国際規格のRCSに準拠したメッセージサービスだ。従来のSMSを置き換えるサービスとして、短いテキストだけでなく長文や画像、スタンプを送れるのが特徴だ。

「+メッセージ」はSMSを置き換える上位サービス

一方、日本国内ではLINEが普及しており、月間利用者数は7900万人、そのうち毎日使うユーザーは6600万人もいるという。日本のほとんどのスマホにLINEは入っており、日常的なメッセージ需要はLINEが十分に満たしている状態だ。

だが、どんなにLINEが普及してもSMSがなくなることはない。サービスのID登録やログイン時など、本人確認を必要とする多くの場面でSMSは使われている。SMSは契約時に身分証明書で本人確認を済ませており、信頼性が高いのが特徴だ。

一般に「+メッセージ」は大手キャリアのLINE対抗策と認識される傾向にあるものの、その性質はやや異なる。「+メッセージ」がSMSの延長にあるという特性を活かせば、SMS認証のような本人確認はもちろん、企業と個人の間でのさまざまな手続きに活用できるはずだ。

こうした背景を踏まえて3キャリアが発表したのが、新サービスの「公式アカウント」や、金融各社と連携する「共通手続きプラットフォーム」だ。

仕組みの共通化やMVNO対応など、課題は山積

2019年5月以降に始まる「+メッセージ」の公式アカウントは、企業向けのアカウント機能だ。利用例としては銀行やレストラン、携帯会社を挙げ、登録住所の変更やレストランの予約、問い合わせといったサービスを実現できることを示した。

「+メッセージ」の「公式アカウント」機能

こうした機能はアプリでも提供されているが、スマホにアプリを入れていないユーザーも多く、パスワードを入れてログインするのは煩雑だ。だが「+メッセージ」なら電話番号だけでユーザー本人とつながり、チャットで手続きができるので便利というわけだ。

銀行やレストラン、携帯会社による利用例

だが、サービス提供に向けた課題は多い。公式アカウントの開設は、大手3キャリアが個別に営業をかけ、各社の基準で審査する方式となっている。一見すると無駄な仕組みだが、独占禁止法への抵触を避けるため、3社が競争している建前になっているという。

3キャリア以外への対応として、ワイモバイルなどのサブブランドやMVNOでは利用できない状況が続いている。サービス開始時から指摘されていた問題だが、1年が経過して何の進展もないのは理解に苦しむところだ。

iPhone対応にも課題がある。アプリを入れることで「+メッセージ」は使えるものの、SMSを送受信する標準のメッセージアプリを置き換えるものではない。ここに手を加えるのはiPhoneの基本的なユーザー体験に影響するため、アップルの判断次第になりそうだ。

また、今後の構想として、金融5社を横断した「共通手続きプラットフォーム」も打ち出された。住所変更手続きなど、各社の競争に直接関係しない事務手続きを共通化し、顧客の利便性向上を図るのが狙いだ。

金融5社と「共通手続きプラットフォーム」に向けた検討を開始

最近、フィンテックやキャッシュレスの新サービスが増え、新たに住所や電話番号を登録して口座を作る機会は多くなった。しかし、それに伴い変更の手間も増している。そこで+メッセージを利用したオープンな事務手続きプラットフォームが実現すれば、1回の手続きで全社に情報が伝播するというわけだ。

「+メッセージ」は、携帯市場で競合する大手3キャリアが共通サービスの整備を進めなければならない。その中で「電話番号でつながる」強みを活かした独自の活用法が、ようやく見えてきたといえそうだ。

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日本の掃除機市場を変革した元外交官、日本市場への本格参入を語る

モノのデザイン 第53回

日本の掃除機市場を変革した元外交官、日本市場への本格参入を語る

2019.04.25

シャークニンジャ日本法人の社長 ゴードン・トム氏に直撃

「コードレススティッククリーナー」人気の立役者が語る参入秘話

日本向けの製品カスタム、消費者ニーズの取り入れ図る

全米ナンバーワンの掃除機ブランド「シャーク」。日本では、長年スチームクリーナーのメーカーとして知られていたが、2017年6月に日本法人が設立され、翌2018年夏に日本市場に本格参入した。

第1弾として、同年8月にコードレススティッククリーナーの「EVOFLEX」を発売。翌9月にはハンディクリーナー「EVOPOWER」、10月にはスチームモップ3製品、ロボット掃除機「EVOROBOT」と精力的に新製品を日本市場に投入している。

そこで今回は、シャークニンジャ日本法人の社長を務めるゴードン・トム氏を直撃。同社の日本市場への本格参入の意図と、今後の戦略や日本の掃除機市場や消費者について伺った。

シャークニンジャ日本法人の社長のゴードン・トム氏。英国の元外交官で、20年前にダイソンの掃除機を日本に広め、現在の業界の発展につながる市場の開拓の礎を築いた人物だ

「コードレススティッククリーナー」人気の立役者

ゴードン・トム氏と言えば、日本の掃除機市場の変革者と呼んでも過言ではない人物。もとはイギリスの外交官として来日。赴任中の1990年代にダイソンの日本法人の初代社長に抜擢された(編集注:イギリスの外交官には副業を認める制度がある)。

当時国内メーカーの寡占状態であった日本の掃除機市場に“吸引力が落ちない”の謳い文句で同社のサイクロン掃除機を展開し、「ダイソン」ブランドの地位確立の礎を築いた。

ダイソンを退いた後は、エレクトロラックス日本法人の社長に就任し、キャニスター型に代わり、現在日本の掃除機市場において主流となった“コードレススティッククリーナー”の人気を定着させた。

外国人でありながら、日本の掃除機市場を知り尽くした“業界のマシュー・ペリー”的存在のトム氏だが、今度は全米ナンバーワンの掃除機メーカーの日本法人の社長として日本に再上陸したのは、どういった経緯なのだろうか。

「2014年にエレクトロラックス社を退職して、以降はマーケティングのコンサルタントの仕事をしていましたが、2016年の9月ごろにシャークから連絡がありました。当時のシャークの売上は北米が95%、イギリスが5%ほど。中国法人を立ち上げ、代理店経由でメキシコにも進出するなど本格的な国際化戦略を進めており、日本も大事な市場の1つと考えていました。そんな中、私のところに相談があり、翌2017年の1月くらいにボストンの本社へ出向き、エンジニアやデザイナーに会って話をし、3~4月ぐらいに日本に展開する商材や現地法人の設立、取引・流通事情、マーケティング戦略の提案をしました」

日本法人の設立にあたっては、最終的にはトム氏自らが初代社長に就任することになり、これまでの経験をもとに、オフィスの設置場所や人材集めなども自ら担ったとのことだ。

参入にあたり日本向けにカスタム

次に着手したのは、日本市場に投入する商材の選定。氏曰く「これまでで最高の掃除機に出会えた」と評する同社の製品で、日本市場参入第1弾に選ばれたのは、「EVOFLEX」。本国では2017年秋に発売され、ボタン1つでパイプを90°曲げて掃除ができるという独特のギミックで注目を集めた製品だが、日本で発売するにあたっては多くが日本向けにカスタマイズされたという。

日本市場への本格参入の第1弾として2018年8月に発売されたコードレススティッククリーナー「EVOFLEX」。本国でおよそ1年前に発売された製品(左)を、サイズからモーター、操作性に至るまで、日本向けに大幅にカスタマイズした上で登場し

「本国で開発された最初の試作機は、私の目から見たら全然ダメでした。まず、大きすぎて日本人の身体にも家にもマッチしていませんでした」

パイプ部分が90°曲がって家具の下にも潜り込みやすいという、製品のアイデンティティーとも言える独自性はそのまま継承しつつも、パーツの着脱をしやすくするためにボタンの改良が施されるなど、日本のユーザーに受け容れられるよう細かい部分にまで配慮がなされた

そこで実際に、試作機を用いて日本の家庭50世帯で6週間のテストを3回行い、その結果、日本向けの「EVOFLEX」は、原型は同じでありながらも本国の製品とは見た目も中身もかなり異なる製品に仕上がった。「例えば、ヘッドブラシは、畳や木材などが多い日本家屋の床に合わせて柔らかいローラーにしました。ダストカップも中身が見える透明な素材で、中のメンテナンスがしやすいように角を丸くしています」とトム氏。

それ以外にも、高音域のモーター音を好まない日本のユーザーのために音を低減したり、高性能なHEPAフィルターの採用や、取り外しやすいメッシュフィルターを採用してサイクロン部の手入れをしやするなど、掃除機の本質性能だけでなく、操作性やメンテナンス性にこだわった改良が多数施された。

こうした改良点について、トム氏は日本とアメリカの掃除機に対する消費者の根本的な考え方や流通ルートの違いを明かす。

「日本の場合には、掃除機や家電製品の購入は、家電量販店が主流ですが、米国の場合にはウォルマートなどの巨大スーパーで購入するケースが一般的です。そこでは日本のように実際に製品に手で触れて試してみるという機会がありません。そのため、製品への信頼度が重要で、ブランド力というのはとても大事なのです」

日本でも昨秋発売された同社のロボット掃除機。本国ではそのおよそ1年前に発売されているが、ほぼアイロボット社の独占市場であったアメリカのロボット掃除機市場において、初めてアイロボット以外で2桁のシェアに躍り出ている。

2018年10月発売のロボット掃除機「EVOROBOT」。掃除機メーカーとしてのブランドへの信頼性と、十分な機能・性能と消費者が受け入れやすい価格帯で、アイロボットの「ルンバ」以外で初めて10%を超えるシェアを獲得したという

さらに、米国の消費者は「掃除機が必要」という需要があった上で、その用途を満たすための機能と予算を照らし合わせて製品を選ぶというのが購入の意思決定。ゆえに、デザインやメンテナンスといった要素は日本人ほど重視されず、むしろ「さまざまなユーザー層の需要に応えるために、価格によって付属品を選べることが重要なのです」と話す。

20年前の日本市場は「つまらなかった」

一方、約20年前に日本の掃除機市場に乗り込み、「日本の掃除機は紙パックのキャニスター式ばかりで個性がなく、つまらなかった」と当時を振り返るトム氏。業界の“エバンジェリスト”として、日本市場においてシャークブランドのプレゼンスをどのように高めていくのかに注目される。

そこで目を向けたのが、昨年9月に発売された「EVOPOWER」だ。本国での発売後、日本向けにカスタマイズして上陸した「EVOFLEX」とは異なり、日本をメインマーケットとして、日本の消費者のニーズを多く取り入れて開発されたハンディクリーナーで、その後に英国でも発売されているとのこと。

さらに、今年1月には長崎県の無形文化財である「臥牛窯」とコラボレーションし、「EVOPOWER」に絵付けを施した限定商品を発売するなど、"日本発"の掃除機を送り出している。今後もこうした商品展開や戦略を積極的に進めていく方針なのだろか。最後に、シャークニンジャの展望について訊ねてみたところ、次のように語ってくれた。

2018年9月発売の「EVOPOWER」。コンパクトで部屋に設置しやすくサッと使える機動力のよさと、生活感を感じさせない外観でインテリアにもなじみ、部屋に常設しやすいと好評だ
「臥牛窯」とのコラボレーションで生まれた限定の「EVOPOWER」。プロモーションというよりも、どちらかと言うと日本の伝統工芸贔屓のゴードン社長の“趣味”で作られたようだが、今後も相性がよいものがあれば実現していきたいとのこと

「シャークの掃除機は、あくまでユーザーの使い勝手が最優先です。ゆえに、EVOPOWERも持ちやすく、どこにでも置いて使いやすいサイズ・形状を追求したハンディクリーナーですが、空間に置かれた時のこともイメージし、見た目のデザインにもこだわって開発された、これまでになかった商品だと思います。そういう意味ではEVOPOWERのデザインはまさに"機能美"と言えます。臥牛窯は、単に私が好きだと言う理由でやりました(笑)。積極的にとまでは言えませんが、伝統工芸が好きなので、実現できれば個人的には今後もコラボ商品を展開してみたいですね」

ダイソンで日本の掃除機市場に風穴を開け、エレクトロラックスで新たな掃除スタイルを日本に定着させたゴードン・トム氏。掃除機メーカーとして全米で絶対的なブランド力を誇るシャークニンジャを率い、今度はどのような手腕を奮うのか楽しみである。

長年の経験・知見を武器にした"掃除機"を通じた外交で、日本と諸外国をつないで、今後も世の中の掃除・家事スタイルやあり方を変えていってくれることへの期待が寄せられる、ゴードン・トム氏
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