鳴り物入りで登場した「京王ライナー」のその後

鳴り物入りで登場した「京王ライナー」のその後

2018.06.18

京王ライナーには最新型の5000系を充当。車体の基本的な構造は、ほかの通勤型電車とほぼ同じだ

座席指定制列車「京王ライナー」は、2018年2月22日にデビューしてから、早くも4カ月近くが経過した。東武東上線の「TJライナー」に始まり、西武鉄道・東京メトロ・東急東横線などを直通する「S-TRAIN」。同じく西武鉄道で、西武新宿~拝島間を走る「拝島ライナー」など、前向き2人掛けのクロスシートと、横向きのロングシートを転換できる車両を使った同種の列車は、昨今、次々にお目見えしており、花盛りだ。

「若干の追加料金を支払えば座って通勤できる」と、座席指定制の列車は帰宅する通勤客の間で人気が高いという。鉄道会社側も沿線価値の向上を狙って、積極的に導入を図っており、東急電鉄も、2018年冬に大井町線~田園都市線直通急行へ導入することを発表している。

京王ライナーの現状は?

では、京王ライナーの実態はどうであろうか。この列車は、京王線の主力運転系統である、新宿発京王八王子行きと新宿発橋本行きに対してそれぞれ、夕方~夜間に設定されており、運転本数も各5本。1時間間隔で走る。平日は20時台~0時台、土休日は17時台~21時台と、旅客の流動を睨んだきめ細かい設定にもなっている。

週末を控えたある金曜日。まずは新宿発20時台の京王ライナーを観察、試乗してみた。

19時台の京王新宿駅は、帰宅ラッシュ時間帯とあってたいへん混雑している。発車する特急や準特急は、到着して乗車側の扉が開くやいなや、すぐに席が埋まる。発車時には乗車率も100%を超え、吊り革をつかめない人もいようかという状態だ。もし座席を確保したければ、列車を1本落として待たねばならない。

当然ながら大きな荷物を抱えている人、小さな子供を連れた人や、高齢者などは、こうした満員電車を待ち、乗り込んで帰宅するには辛い。ただ「残業で疲れた……」というだけのビジネスパーソンであっても、座れずに人混みに揉まれるのは厳しいだろう。

危惧や批判は杞憂

明大前を通過する橋本行き。橋本行きは京王永山まで、京王八王子行きは府中まで途中駅には停まらない

京王ライナーに対しても、全区間乗っても30分前後なのに、400円の追加料金を払って乗る利用客がいるのか。ガラガラに違いないなどという机上論が、運転開始前にはささやかれた。新宿~京王八王子間の運賃は360円(ICカード利用)、新宿~橋本間420円(同)の普通運賃に対して、総額では倍前後になる座席指定制列車への危惧だ。

しかし、それはラッシュ時間帯の利用客の心理を知らない論だと思う。「400円払ってでも、並ばず、座って帰りたい」という需要は、10両編成1本あたり438席という座席定員を埋めるには十分だった。首都圏では、一般の列車も含めた通勤需要自体が極めて大きいため、座席指定制列車への需要はその一部にすぎなくても、絶対数が多くなるのは当然だろう。

毎日は難しいが、時には座席指定制列車への投資もいいだろうという欲求は、誰の中にも生まれるはずである。「楽して帰りたい」と思う通勤客の気持ちは、極めて強い。その需要動向をつかみ、新車を投入してでも新しいタイプの列車の設定する鉄道会社の見通しは的確であった。

私が実見した範囲であるが、京王ライナーへの出足は相当に早い。新宿駅で観察していると、発車時刻の1時間前には、自動券売機で座席指定券購入をする利用客が次々に現れる。

想像してみるに、新宿は東京随一の商業エリアである。京王新宿駅の真上には京王百貨店もある。座席指定券を確保しておけば、安心して発車時刻まで買い物、あるいは食事などをすることができる。そのせいか、券売機に列を作る客層には、女性客や若者が目立つ。 20時発の京王八王子行きは、発車5分前には満席の旨、放送が流れた。乗り込んだ客にはビジネスパーソン風も多い。彼ら彼女らは、退社時刻が見えれば、職場からスマートフォンなどを使って、すぐネット予約していることだろう。

左:新宿駅に入線してきた、京王八王子行き京王ライナー。右:京王ライナーの人気は高く、発車間際には満席になることが多い

完全に利用客の間で定着

続く、20時30分発の橋本行きに試乗してみた。乗車ホームには、直近の発車列車のみ座席指定券が買える自動券売機もあるが、20時17分にはもう「満席となりました」との表示が出た。

乗車する時も、まだ若干の混乱は見られるものの、ほとんどの人が自分の座席を確認し、座る手順はスムーズ。それも「慣れ」の表れである。

心配するほどのことはなく、わずか数カ月で、京王ライナーは京王利用客の間で順調に定着した様子が、十分にうかがえた。寝込んでしまった、まだ小さなわが子を抱き、スマートフォンの画面をちらりと確認しながら自席に座った若い父親の姿が、象徴的だった。

京王ライナーへの乗車は1両2カ所に限られる。ホームドアも対応する位置のみ開く

一方、土曜日の夕方、18時発の京王八王子行きにも試乗してみると、客層の違いが明らかであった。ホームでの整列位置を探して右往左往する客や、「これに乗るにはどうすればいいのか?」と車掌に尋ねる客もいる。発車直前には「座席指定券がないと乗車できない」旨の放送も流れ、土休日の利用客には「一見」が多いことがうかがえる。その一方で、あまり目立たない位置にある電源コンセントへ、まったく迷うことなくスマートフォンの充電コードを差し込む若い女性もいる。

橋本行きは、停車駅が多摩ニュータウン内の駅と終点に限られるため、京王多摩センターなどで利用客が一斉に降りる様子が見られるが、京王八王子行きは府中から終点まで停車駅が分散している。見ていると、いちばん下車客が多かったのが聖蹟桜ヶ丘。続いては、高尾線に接続する北野だった。

京王八王子まで乗った客は、途中駅からの乗車も含めて、1両10人ほど。これからは、並行して走り混雑が激しいJR中央線から、どれだけ利用客を京王ライナーへ誘えるかが、焦点となるだろう。

今後の展開に期待

京王ライナーは平日、深夜の時間帯まで運転されていることもアピールポイント

京王ライナーの需要の大きさを見ていると、インバウンド客にも人気が高い、高尾山方面への座席指定制列車の設定も、今後は期待できるのではないか。土休日朝の高尾山口行きは、かなりの混雑になるからだ。

シートがリクライニングしないといった、居住性の難点は、景色が見えない夜間の、30分前後の乗車なら特に気にはならない。ただ、車両自体が片側4ヶ所に扉がある通勤兼用型だけに、乗降扉部分の立席スペースが無駄にも思えてくる。JRの在来線特急だと、トイレ・洗面所が車内にあっても、1両あたりの座席は60席以上あるのがふつうだ。それに対し京王ライナーは40席強。需要の大きさに対して、効率の面からもったいないという気もする。

京王電鉄がどう需要を把握、喚起し、展開を図っていくか。まだまだ注目していきたい。

クリーンな進化系カプセルホテル「ナインアワーズ」が浅草に

クリーンな進化系カプセルホテル「ナインアワーズ」が浅草に

2018.09.25

カプセルホテルのイメージを変えた「ナインアワーズ」が浅草に

同じビルにノルウェーカフェ「フグレン」2号店が入居

気鋭の建築家が手がけたビルと内装を写真で紹介

「カプセルホテル」と聞くと、主に中年男性が泊まる安宿、あるいはサウナに併設された仮眠場所という印象を抱いている人は多いことだろう。そんなイメージを覆し、女性や若者でも気楽に入れるクリーンで現代的な空間を提供しているカプセルホテルが「9h ninehours(以下、ナインアワーズ)」だ。

すでに東京や大阪、仙台などで8つの店舗を展開しているが、9月21日、東京の下町・浅草に9番目となる新店舗「ナインアワーズ浅草」がオープンする。ここでは、19日に開催されたプレス内覧会の模様をレポートする。

浅草を「巻き取る」ユニークな建築

「ナインアワーズ浅草」の外観。ブロックを組み合わせたようなユニークなデザインが印象的。1階と2階にはノルウェー・オスロに本店を構えるカフェ「Fuglen(フグレン)」がある。日本では、渋谷区富ヶ谷の1号店に次ぐ国内2号店だ。

「ナインアワーズ」は、シャワー・睡眠・身支度といった宿泊時の基本行動に特化し、それぞれの機能性と品質を追求する考えで開発されたカプセルホテルだ。施設名は1h(シャワー)+7h(眠る)+1h(身支度)=9hという想定から出した滞在時間からきている。

今回、新たにオープンする「ナインアワーズ浅草」の建築・設計は、気鋭の建築家・平田晃久氏が手がけた。

ユニークな外観は、「歴史ある浅草の風景を、立体的に巻き取る」ようなイメージでデザインされた。岩山のような凹凸感と、14種類の異なる屋根が取り付けられたことで、浅草の街に溶け込みながらも、景観に新たな表現を加えるものとなっている。

まずは、同カプセルホテルを展開するナインアワーズ代表取締役の油井啓祐氏が、「ナインアワーズ浅草」の設計を平田氏に依頼した理由を説明した。ナインアワーズのブランド全体において、総合的なディレクションをプロダクトデザイナーの柴田文江氏が、サインやグラフィックは廣村デザイン事務所の廣村正彰氏が担当しているものの、実は建屋に関しては、毎回手がける建築家が変わっているという。

ナインアワーズ代表取締役の油井啓祐氏

その原則に反して、竹橋(2018年3月開業)、赤坂(2018年5月開業)に引き続き平田氏が"三連投"している。その理由として、「アイデアの段階で毎回感動する」ことと、「設計プランを作るまでの間に、とてつもない思考力を発揮していることが伝わってくる」からだと語った。

また、浅草に出店した理由について質問したところ、浅草は宿泊需要が旺盛でマーケットとして成立するのではないかという判断によるものだという。もちろん、インバウンド需要が高いエリアであることも理由とのことだ。

 

浅草の昼飲みスポットとして有名な「ホッピー通り」から続く道にあり、目の前が「浅草西参道商店街」の入り口という、外国人観光客にとっては堪らないロケーションだ。

続いて、平田氏が登壇し、これまでの竹橋、赤坂、そして今回の浅草に続き、今後オープン予定の浜松町や水道橋、麹町、新大阪でも設計に携わっていることを明かした。

ナインアワーズ浅草のデザインを手がけた、建築家の平田晃久氏。同カプセルホテルの設計は、竹橋、赤坂(ともに東京)に続いて3店舗めとなる。今後オープン予定の浜松町や新大阪などの設計も手がけているそうだ。

平田氏が最初に手がけた赤坂では、周りに雑多な建物や超高層ビルがあり、街の色々なレイヤーが一気に見えるような場所であったため、カプセルが街に投げ出されたようなコンセプトで設計したという。

「カプセルは一見するとニュートラルなものだが、それを通じて街を見ると新鮮に見えることに気づいた」(平田氏)

そして、今回の浅草では、浅草寺や花やしきがみえる眺望の良さを活かし、浅草独特のフィーリングをいかに絡み合わせるかをテーマに設計したということだ。

 

凸凹したデザインがユニークなナインアワーズ浅草の模型。カプセルの塊でできた岩山のようなものに、浅草の周辺の店が三次元に巻き上がったようなものをイメージしたそうだ。

平田氏は、「角地で細長い敷地なので、カプセルを効率よく並べようとしても凸凹ができてしまう。それを逆手に取り、カプセルの塊でできた岩山のようなものに屋根が所々に掛かったイメージを描き、周辺のさまざまな店をそのまま三次元に巻き上げたようなものを作ってはどうか?という提案をした」とのこと。

5階にある「ジム」には、2台のジョギンググマシンとヨガマットなどが用意され、浅草のシンボルでもある「浅草寺」を眺めながら汗を流すことが可能
7階「ラウンジ」は男女共有スペース。このほか、6階には男性専用のこぢんまりとしたラウンジがある。どちらも飲食可能となっている
8階にはノートパソコンなどで作業できる「デスク」が用意され、コンセントも備わっている

また、宿泊階を中心に3階から8階には共有スペースが用意され、それぞれの階あるいは階をまたいでくつろいだり、ヨガをしたりできる。

平田氏は「立体的な街のようなスペースがカプセルと結合し、カプセルと浅草の街をつなぐ間のような場所になっている」と述べ、「東海道五十三次のように、テーマは共通しているものが、異なる場所に出会うことによって建築が生まれていく。それが面白い」と語った。

宿泊客は建物の北側にあるエレベーターで9階に上がり、9階にあるフロントでチェックインし、支払いを済ませる

日本2店目のノルウェーカフェで朝食も

続いて、「ナインアワーズ浅草」のシステムが説明された。宿泊客はまずエレベーターで最上階の9階へ上がり、フロントにてチェックイン。男性は9階、女性は8階にあるロッカーに荷物を入れ、シャワーを浴びる。その後、各階に降りて自分のカプセルに入る――という流れだ。

シャワールーム(男女別)。シャンプー、コンディショナー、ボディソープ、バスタオル、フェイスタオル、館内ウエアは用意されている

各階に設けられたラウンジに関して、3階と4階、および6階は女性専用または男性専用となっているが、その他の階は男女共用。これは、ラウンジから浅草の街が一望できるため、宿泊客全員にその眺望を味わってもらうため。その一方で、専用エリアへはカードキーがないと入れない仕組みなので、セキュリティ面は安心という。

エレベーターは男女兼用と女性専用の2機が用意され、男女の動線が分かれるように停止階が異なる
カプセルルームの外観は黒を基調としたデザイン。フロア毎に男女別となっている
3階と4階(女性用カプセルルームのフロア)には「温室(サンルーム)」が用意される。眠れないときのくつろぎタイムなどに

なお、ナインアワーズ浅草の価格は、宿泊が4,900円~(13時チェックイン、翌10時チェックアウト)、仮眠は最初の1時間が1,000円、以降は1時間毎に500円加算~(13時から21時の間で利用可)、シャワーは1回700円(1時間以内、24時間いつでも利用可)となっている。

ノルウェーカフェ日本2号店が階下に

同じビルの1階と2階には、ノルウェー・オスロに本店を構えるカフェ「FUGLEN(フグレン)」が入居。代々木公園の1号店に続く、日本第2号店だ。

ナインアワーズ浅草の1階・2階に入るカフェ「Fuglen」

ビジネスホテル階下の飲食店では、ホテル利用者向けの割安なモーニング提供などが行われる場合もある。「ナインアワーズ浅草」とフグレンの連携があるか訪ねると、現在のところ、宿泊者の優待価格などは設定されていないが、今後検討していくとのことだった。

同店では「ノルウェージャンワッフル」やノルウェーの小麦を使った「カルダモンロール」など、ノルウェー発祥のカフェならではのメニューが用意される

2020年が近づくにつれ、急速に都市圏での出店を拡大しているナインアワーズ。外国人観光客が多く訪れる浅草の地に、既存店舗にはない有名コーヒーカフェとの同居店舗を構えたことで、どのような相乗効果が生まれるか期待したい。

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活字書体のリデザイン

1963年(昭和38)に発表された本文用小型写植機「スピカ」は、書籍や雑誌などのいわゆる“ページもの”の本文組版のためにつくられた機械だった。

一方1965年(昭和40)には、高速印字が可能な全自動写植機「サプトン-N」が発表された。毎分300字のスピードで印字できる機械だ。まずは社会党で機関紙発行のために採用され、その後、日刊紙に使用するため朝日新聞社と佐賀新聞社に導入された。サプトンは、これまでの写植機と異なり文字盤が円盤状になっていて、それが高速回転してはシャッターの位置に文字を合わせて、印画紙に印字していく。円盤が回転するという機構から、従来の写植機に比べて細い線がかすれたり、印字されなかったりしやすい性質があった。

全自動写植機「サプトン-A 7261」(同パンフレットより)

「サプトンが導入されて高速印字が可能になりましたが、その一方で文字品質へのクレームが多数寄せられました。従来の文字盤をそのまま使用したのでは、明朝体の細い横線などがかすれてしまったんです」

とくに活版印刷で用いられていた活字書体は、写植でそのまま用いるのはむずかしかった。

「活版印刷は、活字組版を紙に押しつけたときに表面のインキが押し出されて周囲にインキたまり(マージナルゾーン)ができ、原字よりも文字が太って印刷される特徴があります。一方の写植では、写真的に製版をするため、原字がそのまま印字される。むしろ、露光状態によっては細まることもあります。なのに活字書体の原字をそのまま文字盤化してしまったので、細くなりすぎた。サプトンではさらにそれが強調されてしまったんですね」

そこで行われたのが、活字書体のリデザインだ。

「活版印刷で地方新聞や書籍に広く用いられていた岩田母型製造所の書体(現イワタ/*1)は、写植でも使いたいという要望が高かったので、サプトンでも使えるように文字盤を制作しました。明朝体や新聞明朝は横線をもとの原字より太くする一方、線の交差する部分は黒みがたまらないように線を食いこませるなどのデザイン調整をしました」

「写植機というハードが進化しても、それだけでは美しい出力結果は得られません。品質の高い文字印刷を写植で行うために、原字をいかに写植出力に適したデザインにするかということが重要でした。“文字をいかにハードにのせるか”ということに、えらく苦労した時代でしたね」

写研の「岩田細明朝体」
写研の「岩田新聞明朝体」

文字と媒体

そもそも昭和初期~35年前後(1960年ごろ)までに石井茂吉氏がつくりあげた石井明朝、石井ゴシックなどの石井書体は、それまでの活版印刷用書体と異なり、“写植機で美しい出力物を得るために”開発された書体だった。

石井中明朝体(MM-OKL)
石井中ゴシック体(MG-AKL)

「石井書体は、筆書きの線質を活かした上品で優美な書体で、ふところが狭く手足が長い。起筆をしっかり入れていたのも特徴でした。版を紙に押しつけて印刷する活版印刷に比べ、写植では文字盤を露光して印字する過程で、線の先端部分が弱くなってしまう特徴がある。それを避けるために起筆がつけられたんです。この起筆や、筆書きを思わせるやわらかな線は、ベントン彫刻機で母型を彫刻する金属活字では表現のむずかしいものでした」

森澤信夫氏と一緒に邦文写植機を開発したとき、石井茂吉氏は最初、活版印刷でよく用いられていた築地書体の12ポイント活字の清刷りを4倍の大きさに拡大し、墨入れして原字を書いた。

しかし文字盤にして写植で印字してみると、線の太さや文字の大きさのふぞろいが目立った。そこで試作を経てつくりあげたのが、石井中明朝体(かなはオールドスタイルの小がな)だった。写植機を導入した印刷会社から指摘された書体の欠点を検討し、写植用として最適な書体をと考えて石井茂吉氏自ら制作したものだ。

〈築地一二ポの文字の骨格は生かしながらも、文字の縦線、横線の比率をまず問題にした。築地の一二ポイント書体は、築地の他の大きさの活字と比べれば洗練されている書体ではあるが、縦と横の線の比率が大きく、つまり縦の線は太く、横の線は細かった。築地を模した写真植字の明朝も、縦の線は太く横の線が細かった。そうなると、写真処理の際、どうしても横の線がとびやすくなる。そのため、横線を太くし、起筆部に打ち込みを加え、力強さを出そうとした。横の線をやや太くしたので、そのままだと文字全体の黒みが強くなり、つぶれやすいので、縦線を細めた。それだけでなく、毛筆の起筆、終筆の感じを加えた。縦と横の太さが築地にくらべると小さくなり、スマートで洗練された書体となった。〉(*2)

こうして、「写植という機械でいちばん美しい文字印刷ができるように」と生まれたのが石井書体だった。しかし写植機のハードがさらに全自動機に進化した結果、あたらしい機械の特徴に対応した書体デザインが再び必要となったのだ。

「ただ、石井書体というのは石井先生がつくられた文化財のような書体なので、これに手を入れるなんていうことはとてもできません。そこで、サプトンに対応する本文書体が必要とされるようになったんです」

サプトンはその後、朝日新聞や毎日新聞にも導入されていた。新聞以外の一般的な印刷用として、出版社ダイヤモンド社にサプトン-Pが納入されたのは、1969年(昭和44)8月のことだった。ダイヤモンド社は、サプトンの導入を機に、自社の雑誌を縦組みから横組みに変更することにした。

「そのためにつくられたのが、1970年(昭和45)に発売した『本文用横組かな』です。横組みに合うように文字のふところ(*3)を広くし、横のラインがそろうようにつくりました」

原字を書いたのは橋本さんだ。

本文用横組かなは、サプトンに適した書体として写研が初めてデザインしたものだった。(つづく)

(注)
*1:岩田母型の本文用書体「岩田明朝体」は、活版印刷の時代、書籍の約70%で使われていたともいわれるほど、多く用いられている書体だった

*2:『文字に生きる〈写研五〇年の歩み〉』(「文字に生きる」編纂委員会/1975年)より

*3:ふところ:文字のなかの線に囲まれた空間のこと

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。