JR北海道の経営改善の鍵を握る快速「エアポート」

JR北海道の経営改善の鍵を握る快速「エアポート」

2018.06.26

北海道の玄関口でもある新千歳空港駅。空港ターミナルビルの地下にある

JR北海道の統計によると、乗車客数の第1位はもちろん札幌駅で約9万7000人(2016年度)。では第2位はどこかと言えば、旭川でも函館でもなく、新千歳空港駅なのだ。同じく2016年度の1日平均で約1万6000人の利用客が、この駅から列車に乗り込んでいる。3位以下は、手稲、新札幌、琴似、桑園、小樽と、札幌都市圏の駅が並ぶ。経営危機が訴えられている同社にとって、新千歳空港へのアクセス輸送と、札幌近郊の通勤通学輸送がいかに重要であるかを示す数値である。

新千歳空港駅の利用客数は、2011年度には年間869万人であったのが、2016年度には1104万人と約27%も増加している。インバウンド観光客の増加もさることながら、北海道の経済全体が衰退傾向にある中で、ひとり札幌だけが人口、産業の集中傾向にあることが影響しているとも考えられる。

快速「エアポート」が最重要列車

その、乗車客数1位と2位の駅を結んで走っているのが、快速「エアポート」である。早朝から深夜まで、札幌〜新千歳空港間では15分間隔で走り、4本に2本の割合で小樽まで直通する。

JR北海道にとって、利用客数という意味では、北海道新幹線や幹線の特急列車よりも重要な列車である。札幌駅でも新千歳空港行きは5・6番線に発車番線が固定され、利用客の便を図っている。

最近では、その「エアポート」の混雑が激しい。北広島など途中の主要駅にも停車することから、朝夕は通勤客と空港利用客が錯綜し、筆者の体験では、札幌あるいは空港までの37分間、立ちっぱなしというケースも少なくない。トランクなどの大荷物が、さらに混雑を助長しがちだ。

左:1992年に開業した新千歳空港駅のホーム。利用客の増加に伴い、手狭になってきた。右:空港ターミナルビル内のJRの列車の発車案内。快速「エアポート」だけではなく、南千歳での接続列車も案内
札幌に到着した「エアポート」。時間帯を問わず利用客が多く、輸送力増強が喫緊の課題だ

「エアポート」は全列車が6両編成で、そのうち1両が指定席「Uシート」である。指定席料金520円を投資すれば必ず座れるのだが、乗車券の1070円にプラスするには割高に感じられるのか、始発の札幌や新千歳空港から乗れば座れる可能性が高いこともあるのか。「列車によっては満席になる」という程度の利用率である。この点、必ず座れる設備の需要が高い首都圏と比べて、まだ余裕はある。

混雑が激しいのなら、6両以上への増結、または増発を図ればよいのではないかと思うかもしれないが、これが現状、不可能。ネックは、南千歳~新千歳空港間が単線であること。そして新千歳空港駅のホームが1面、線路が2本しかなく、しかもホームの長さが6両分しかないことである。現状が手一杯なのだ。ダイヤに空きがないため、「エアポート」以外の列車の新千歳空港駅への乗り入れも困難である。

新型車両で輸送力増強を図る

南千歳駅に到着する札幌行きの快速「エアポート」

JR北海道も手をこまねいていたわけではなく、2014年には、それまでの721系電車の一部を733系電車に置き換えて輸送力増強を図った。721系は酷寒地の北海道らしく、寒さ除けのために客室と乗降口部分に仕切りが設けられている。けれどもこれが、混雑時には乗降の妨げになり、特に札幌駅において停車時間が伸び、列車が遅延する要因の一つともなっていた。

これに対し733系電車は、座席を2人掛けの転換式クロスシートから、Uシートを除いてロングシートとし、乗車定員を増やした。そして客室と乗降口の仕切りを廃して、スムーズな乗降ができるようにした。

しかし、根本的な輸送力増強、混雑解消を図るには、新千歳空港駅の全面改良が、いずれ必要となってくるのが自明だ。マスコミの報道によると、国土交通省は同駅の大規模改修の検討に着手したという。

南千歳では、道内各方面の特急(左の列車は室蘭発の「すずらん」)と「エアポート」がホームの向かい側で乗り換えできる

現在、新千歳空港駅は南千歳駅で千歳線と分岐した支線の終点である。そのため、新千歳空港と帯広・釧路方面、あるいは苫小牧・函館方面との間の移動には、南千歳での乗り換えが必要である。JR北海道も南千歳駅における「エアポート」の発着ホームを工夫して、各方面への特急列車とは、ホームの向かい側で乗り換えできるようにしている。ただやはり、大きな荷物を抱えての乗り換えは面倒で大変だ。

国交省の構想は、新千歳空港駅を大改築、あるいは移転新設して、札幌方面~新千歳空港駅~帯広・釧路方面、苫小牧・函館方面の直通運転を可能とし、同時にホームの延伸や線路の増設を図るというものだ。現状の欠点を一気に解消するものとして注目を集めている。完成目標は、2022年度である。

JR北海道の将来を左右する計画

旧千歳空港のすぐ側を千歳線が走っていたにもかかわらず、国鉄がターミナルビルと接続する千歳空港駅(現在の南千歳駅)を設け、空港アクセス輸送を始めたのは1980(昭和55)年のこと。以来、定時性にすぐれた鉄道による空港利用客の輸送が着目されるようになり、今では当然のように受け止められている。

新千歳空港自体の乗降客数も2016年度には年間2100万人を越え、ここ10年ほどの間は右肩上がりの増加を続けている。

北海道新幹線の札幌延伸までには、まだ10年以上かかり、開業したとしても、東京~札幌間の所要時間はさまざまな速度向上策を施したとしても、約4時間30分程度が見込まれる。一般に鉄道の方が有利と言われる4時間以下に縮めることは難しい。よって航空路の役割が小さくなるとは、中長期的にも考えづらい。

JR北海道にとって新千歳空港利用客の輸送は、まさに経営改善の柱。他方、空港にとっても鉄道との連携が命綱であろう。それだけに、新千歳空港駅の早期改良が望まれるところである。

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

2019.01.22

ラクマ売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が累計5億円に

同様のサービスを構想しているメルカリを先行する形に

楽天は1月21日、フリマアプリ「ラクマ」において、取引で発生した売上金のうちオンライン電子マネー「楽天キャッシュ」へチャージした累計額が2018年12月末に5億円を突破したと発表した。

ラクマでの売上金を楽天キャッシュへチャージする機能は、2018年7月より提供開始されている。チャージした電子マネーは、楽天会員向けのグループ各種サービスで利用できるほか、ローソンやファミリーマートなど「楽天ペイ」対応店舗での決済でも利用可能だ。

2017年8月1日から開始されたローソンでの支払いに続いて、2018年12月4日からはファミリーマートでも楽天ペイが使用できるようになった

同じくフリマアプリを展開するメルカリは、100%子会社「メルペイ」で同様のサービスを構想している段階であり、この分野においてはラクマが1歩先行する形になった。

現状、メルカリで得た売上金をメルカリ以外で使う場合は、一度口座に振り込む必要がある。また、売上金には180日という「振込申請期間」が設定されており、その期間中に「口座に振り込む」か、メルカリ内で使える「ポイントを購入」するか、選ばなければならない。ただし振込の場合、1万円未満だと210円の手数料が発生する(2018年1月21日時点)。ラクマの売上金チャージ機能と比較すると、どうしても見劣りしてしまうだろう。

ちなみに筆者もメルカリユーザー。現状、売上金が合計1万円に満たないため、振込手数料を発生させずに現金に換えるためには、あと1540円分の売り上げが必要になる (画像はメルカリアプリより)

しかし、少し古いデータではあるが、2018年5月31日のニールセン デジタルの発表によると、スマートフォンからの利用率の高いオークション/フリマサービスは、1位がYahoo! オークションで25%、2位がメルカリで23%、3位がラクマで11%であることがわかっており、同じフリマサービスであっても、ラクマの利用率はメルカリの半分であるのが現状だ。

メルカリのダウンロード数は2018年11月14日時点で7500万、ラクマが同年10月時点で1500万と、両サービスの普及率にも差があることからも、日本におけるフリマ市場のバランスがすぐにひっくり返ることはないだろう。

だが、ラクマが売上金をさまざまなサービスに使えるという実用性で、メルカリとの新たな差別化ポイントを生み出したことは、新規ユーザーの獲得に少なからず貢献しそうだ。

ラクマ売上金のチャージ額が5億円突破したことは、ユーザーの「アプリ内の売上金を別の場所で使いたい」というニーズの強さの証明ともいえよう。こうしたユーザー視点に立った機能の追加による消費体験の向上が、フリマ市場にどのような影響をもたらすのか、キャッシュレス決済市場への参入が期待される、メルカリの動向と合わせて注目したい。

1000字の描き直しを越えて ―ナール制作の舞台裏

最初の書体感覚をもち続けることのむずかしさ

写研で書体デザインの責任者を務めていた橋本和夫さんに衝撃を与えた書体、ナール。作者の中村征宏氏が第1回石井賞創作タイプフェイスコンテスト応募時に書いた設計意図は、次の通りだ。

〈縦組みの場合にも、横組みにも字間のバランスがムリなく一つの流れを持つことを念頭におき、ボディータイプとして、従来使用されなかった丸ゴシック系のタイプフェイスを試みた。字面をいっぱいに使い、文字のエレメントを強調し、細い線で構成することによりシンプルさを求めた。字面を大きく使うことが字間の問題に関連し、字間のバランス調整のための切り貼り、字詰めの工程を少しでも短縮することができるのではないかと思う。その結果、組み上がりにおいて、集合の調和が生まれるのではないかと思う。広告制作物などにおいて、コピーやサブ・タイトルなどに適するのではないかと考える。〉(*1)

中村征宏氏の著書『文字をつくる』(美術出版社、1977年)

1970年(昭和45)5月18日にコンテスト授賞式が開催されたのち、写研からの文字盤発売に向けて、同年8月ごろから本格的な書体制作が始まった。必要な文字数は漢字が約5400字、ひらがなとカタカナで約150字、アルファベット約100字、その他(約物、記号など)約200字で、合計約5800字だ。写研の監修を受けながら、原字はすべて中村氏が描いた。監修を担当したのは橋本さんである。

約5800字の原字を描くのは、想像以上に大変な作業だ。橋本さんは語る。

「コンテストに応募するときに描いていただくのは、漢字50字とひらがなカタカナ、そして記号の一部だけです。それを1枚のパネルに構成するので、文字構成としては、まとめやすい。ところが、文字盤化する際には約5800字を1文字1文字描くことになり、完成するまでの年月は2年はかかります。外部デザイナーの方と書体をつくるようになって、われわれが一番苦労したのは、“今月と来月では、仕上がってくる書体の雰囲気が変わってしまうことがある”ということでした」

「文字を増やす際に字種リストを渡すのですが、『何の文字をつくるか』を見るためのリストのはずが、長い間ながめているうちに、つくっている文字がリストの文字に似てきて、当初のデザインと雰囲気が異なってきてしまった。ナールは既成概念をくつがえす、突き抜けたデザインの丸ゴシック体だったはずなのに、描き進むうちに最初のデザイン思想から離れ、持ち味が失われるということが起きたのです」

原字を描き進めるうち、コンテストのオリジナルデザインから、いつのまにか特徴が変わってしまっていたのだ。そのままでは、まるで違う書体になってしまう。結局、途中で1000字分を描き直すことになった。

中村氏もこのことを振り返り、著書に〈人の感覚は徐々に変化するものには気づきにくいものですから、いつも最初の見本と照らし合わせながら書き進めることが大切です。このようなことは、太さだけのことではなく字形とか感覚面でも同じようなことがいえます。感覚もときがたつことによってどんどん変化するものですが、とくに最初の感覚は大切にしていきたいものです〉と書いている。(*2)

悩ましい文字

「もうひとつ、ナールを監修したなかで、ひどく悩んだことがありました。ナールは、字面いっぱいに真四角に描かれた書体です。たとえばひらがなの『り』は通常は縦長、『へ』は横長の形をしていますが、これらの文字すら、できる限り正方形に近づけて描かれている。ぼくが悩んだのは、『々』という漢字でした」

ナールでは、縦長の「り」、横長の「へ」も正方形にかなり近い

「時々」「常々」「佐々木」など、同じ漢字を繰り返すことを表すときに用いられる「々」の字だ。

「常識的にいえば、この字は他の漢字よりも小さく描きます。では、通常は縦長、横長など固有の形をもつひらがなですら正方形に近づけているナールでは、どういう大きさにすればよいのか? 最初は『々』も他の漢字と同じ大きさで、真四角にするのがよいと思ったのですが、いざつくってみると、やはり少しは他の漢字より小さくしなければ『々』に見えないとわかりました」

「他の書体をつくるときにも『々』をどういう大きさにするか、いつも考えるのですが、ナールのときにはとりわけ悩んだものでした」

また、こうした試行錯誤を経て、「文字を図形化する際も、かなと漢字の使い方に意味のあることをあらためて認識しました」という。

新聞雑誌、広告から、道路標識まで

途中で1000字の描き直しなどがあったものの、コンテストから2年後の1972年(昭和47)、ナールは写研写植機用の文字盤として発売された。書体名は、「中村」の “ナ” と、丸みを表す言葉である「ラウンド」の頭文字 “R” をとって「ナール」とつけられた。(*3)さらに、ナールと組み合わせて使うことを想定した中太の「ナールD」の文字盤も1973年(昭和48)に発売された。

ナールD(上)とナール(下)

中村氏はコンテスト応募当時、ナールを本文書体と考えていたが、いざ発売されてみると、広告や雑誌、新聞などの見出しなどに使うディスプレイ書体として大人気となった。ポスターや広告のキャッチフレーズ、テレビの字幕、道路標識などに幅広く使われ、一世を風靡した。

「タイポスによってデザイナーのつくる書体が注目され、少女たちが丸文字を書くようになっていく流れのなかで登場したナールは、『時代に乗った』ともいえますが、むしろ『時代をつくった』書体といえるでしょう。写植の文字はナールの登場によって、それまで職人が手描きしていたレタリング文字の分野に浸透していった。“新書体ブーム”の幕開けでした。そうして写植の機械は、単に文字を印字するだけでなく、多彩なディスプレイ書体によって雑誌や広告にファッション性を生み出す手段のひとつとして、とらえられるようになっていったのです」

(つづく)

(注)
*1:中村征宏『文字をつくる』(美術出版社、1977年)P.80
*2:同書 P.21
*3:『文字に生きる〈写研五〇年の歩み〉』(写研、1975年)P.127

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

これまでの記事一覧ページはこちら