自動運転で近づく「MaaS」の世界、自動車メーカーはどう変わるべきか

清水和夫の自動運転ソシオロジー 第12回

自動運転で近づく「MaaS」の世界、自動車メーカーはどう変わるべきか

2018.05.14

自動運転は技術論だけでは語れない。これを人々が受け入れられるかという社会受容性の観点が不可欠だし、自動運転が普及した先に待つモビリティの変化、もっといえば社会の変化について、その方向性をしっかりと想定しておくこともまた、大事になってくる。

システムの冗長性が自動運転を支える

「人の命を守る」という願いは、いつの時代も変わらない。自動車業界への普遍的なニーズに対し、アンチロックブレーキシステム(ABS:Antilock Brake System)、横滑り防止装置(ESC:Electronic Stability Control)、ADAS(先進運転支援システム)など、クルマの性能は予防安全の領域で進化の一途をたどってきた。その先にあるのが自動運転だ。

自動運転には、米国の自動車技術者協議会(SAE)によるレベルが定義されている。これによると、レベル3はドライバー(人間)とシステムが互いに運転責任を受け持つ領域となる。

レベル3は、システムが責任を持つレベル4へ到達するためのステップとして考えられがちで、2020年頃には高速道路で実用化しようとする動きもあるが、実際には、そう簡単にいかないだろう。例えば「単一車線の渋滞時のみ」「時速60キロ以下」などの条件を規定すれば、スマートフォンやテレビを見るといったような「セカンダリータスク」を車内でこなすための限定的なレベル3は可能かもしれない。

アウディ「A8」(画像)は自動運転レベル3の機能を持つクルマとして市場に初めて登場するクルマとして注目を集めた

レベル3の実現が困難なのは、ドライバーとシステムの間で権限(責任)が行ったり来たりするためだ。システムが状況に対応できず、ドライバーに主導権を戻すときは、何秒前に警告を出すべきなのか。主導権が戻ったとき、人間がセカンダリータスクに没頭していて気づかない場合はどうするのか。そうした場合は、ドライバーモニタリングシステムでドライバーの状況を察知し、注意喚起を行わなければならない。そのためには、冗長性として二重三重にシステムを組まなければならないから、システムはかなり複雑で重厚になっていく。

たとえ技術的にシステムの冗長化を図っても、レベル3は依然として非常に難しいものであることに違いない。これについては、それを乗り越えねばレベル4が見えてこないという考え方や、レベル2を深掘りして一足飛びにレベル4に上がるという考え方もある。

ただし、レベル3が難しいとはいえ、例えばドイツのアウディやメルセデス・ベンツは、真剣にレベル3の開発に集中している。自動車メーカーの中には、「高度なレベル2は、ドライバーがシステムに頼り過ぎるゆえの事故が心配」との考えもあるのだ。各自動車メーカーの思想によりレベル3への対応は異なるが、自動運転に使われる技術は時代とともに集約されてきている。

クルマの未来は社会の受容性で決まる

技術の進化だけで自動運転は完結しない。問題は、ささやかなセカンダリータスクのために高くなったコストを、果たしてユーザーが払うかという点だ。今の段階では、技術論だけではなく、そうした社会受容性を考えることが重要だろう。

例えば地方に住む高齢者で、移動手段が時速6キロ程度の電動車椅子しかないような人は、駅へ行くにも負担が強いられる。この、自宅と最寄りの公共交通機関との「ラストワンマイル」を、たとえ時速30キロ以下ででも結ぶ移動手段があればというニーズから、政府が中心となり、「ラストワンマイルレベル4」と呼ばれるモビリティの開発を進めている。

2017年12月には、石川県輪島市で自動運転による電動カートの公道実証実験が行われた。ニーズのあるところにテクノロジーを取り入れ、市街地や生活空間の中で部分的に自動運転の技術をいかす取り組みが進みつつある。このように、一般公道や高速道路を走る乗用車の自動化と、地域や速度を限定した移動手段としてのモビリティの2つの大きな流れから、2020年頃の実用化を目指した動きが見られる。

サービスとしてのモビリティ「MaaS」

自動運転における2つの流れのうち、後者の移動手段としてのモビリティは「MaaS」(Mobility-as-a-Service)という考え方に立脚している。トヨタ自動車の豊田章男社長は今年1月、ラスベガスで開催された「CES」(家電見本市、近年はIT展示会の様相を呈する)において自らプレゼンテーションを行い、これからは自動車を設計して作るだけでなく、モビリティをサービスとして提供できる企業に転身すると宣言し、自動運転技術を活用したモビリティサービス専用次世代EV(電気自動車)「e-Palette Concept」を公開した。メルセデス・ベンツ、フォード、GMなども、モビリティプロバイダを目指すという同様の姿勢をとっている。

トヨタの「e-Palette Concept」(画像提供:トヨタ自動車)

自動車メーカーは今、固定観念から離れて、もっと違ったモビリティ全体のサービス業にシフトしていかなければならなくなっている。クルマは移動手段ではあるけれども、ただ単に設計して売るだけではなく、例えば作ったクルマをシェアリングさせるサービスなどにも取り組む必要がある。

クルマは「所有」の時代から「利用」の時代へと変わりつつある。メーカーはこれまで、ユーザーを相手にクルマを販売してきたはずだったが、個人とのつながりが希薄化することで、その図式も一変する。クルマをシェアサービス会社に向けて販売するというようなパラダイムシフトも起こるのだ。

 

著者プロフィール

 

 

清水和夫(しみず・かずお)
1954年、東京都生まれ。武蔵工業大学電子通信工学科卒業。1972年のラリーデビュー以来、国内外の耐久レースで活躍する一方、モータージャーナリストとして活動を始める。自動車の運動理論や安全性能を専門とするが、環境問題、都市交通問題についても精通。著書は日本放送出版協会『クルマ安全学のすすめ』『ITSの思想』『燃料電池とは何か』、ダイヤモンド社『ディーゼルこそが地球を救う』など多数。
内閣府SIP自動走行推進委員の構成員でもある

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2019.06.17

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放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

カレー沢薫の時流漂流 第47回

放置されていた不寛容? 国会まで届いた「パンプス強要」騒動

2019.06.17

最近女性の間で「#MeToo」ならぬ「#KuToo」運動がにわかに盛り上がっている。

「#KuToo」とは「靴」と「苦痛」をかけており、職場や就職活動で、足を痛めるパンプスやヒール靴の強要をやめようという運動である。

そもそもそんなの誰も強要してねえよ、と思われるかもしれない。確かに規定として靴の形状やかかとの高さまで定めている会社はレアだろう。しかし、私の元いた会社でも、規則があるわけでも、誰に言われたでもなく、みな一様に黒のパンプスを履いていた。それが「暗黙のルール」であり、それ以外は「非常識」と見られる風潮は確かにあるのである。

これが就職活動になると、パンプスを履いていないだけで「こいつは常識がない」と見なされ不採用になってしまうかもしれない、ということだ。そうなると女子学生は足を負傷してでもパンプスを履かざるを得なくなってしまう。

正直、パンプスは苦痛

パンプスがそんなに苦痛か、というと、靴の中では殺傷能力が高い方である。これは他人への、という意味ではなく自分へのだ。他人を殺傷したいならカウボーイが履いている、かかとにピザカッターがついている奴を履いた方が良い。

狭いつま先に足の指が密集されるため、私もよく爪で隣の指を切って足を血だらけにしていたし、伸縮性にかける素材のため、あわないパンプスだと試着の時点で靴擦れが出来るレベルなのだ。

世の中には素肌に荒縄で亀甲縛りを施し、その上に上等なスーツを羽織って出社している人も多いと思う。とても痛いだろうが、それは強制されたわけではなく、その人が好きで楽しいからやっているのだ。

つまり、好きでもない上にとても痛いパンプスを強制で履かなければいけないというのは、上等なスーツの下が亀甲縛りなことよりも「異常」なことというわけだ。

この運動はすぐに広まり、いきなり国会でも議論されたという。これにより「厚労相がハイヒール強要を容認」という見出しのニュースまで踊り出ることになった。

完全に自由と言われても困るのでは?

「厚生省に、女がハイヒールを履かないと死ぬ病の人が!?」と驚いたが、記事をよく見ると見出しほどのことはなく、厚労相の発言は「これは社会通念に照らして業務上、必要かつ相等な範囲かと、この辺なんだろうと思います」というかなりボンヤリしたものであり、どっちでも良い事を聞かれた私のリアクションに似ている。

しかし「ハイヒールが履けない女は何やってもダメ」などと強い事を言っているわけではないが、「業務上必要ならパンプス履くべきだろ」という「容認」に聞こえなくもない。すぐさま「業務上ハイヒールが必要な仕事って何だよ」という疑問が挙がり、「SMの女王様」「(ハイヒールでキレッキレに踊る)perfume以外ありえない」などの声が相次いだ。

この社会問題がすぐ大喜利になってしまうのは良くも悪くも「ザ・ツイッター」という感じだ。

確かに「業務上必要」となると、まだかかとにピザカッターがついている靴の方が「ピザを食う時」必要な気がする。

ただ、靴や服装を完全に自由化し、何でもOKにすれば良いかというと、それはそれで問題が起きると思う。ファッションに疎くコーディネートが苦手な人間からすれば、職場に何を着ていいのか全く「指針」がないというのは迷子になるし、接する側としても、車を買いにいってディーラーが、イモ―タンジョ―の完コスで出てきたら「キャデラックしか買うことを許されないのか」と委縮してしまう。就活マナー本に「俺の考えた最強の就活ファッションで挑みましょう」とだけ書かれていても逆に困るだろう

着る側としても、それに接する側としても、社会において服装にある程度規定や模範があるというのはメリットでもあるのだ。

そもそも規定や常識というのは、秩序を作ることにより問題を減らすためにあるものなのだ。しかしそれが元で「足を負傷する」という「問題」が起こっているなら本末転倒なので、やはり解消はすべきなのだろう。

極論に流れない寛容さが足りない

おそらく「#KuToo」を提唱している人も「ドラゴン柄のコンバースで就活したい」と言っているわけではないのだ。最近は「パンプスに見えるスニーカー」なども存在するし、パンプスでなくても地味な靴はいくらでもある。そのような靴を履いていても「パンプスじゃないから非常識」と見るのをやめてほしいという話だろう。

ちなみに私が会社員時代履いていたパンプスだが、黒の革靴ではあったが、つま先は限りなく丸く、ヒールはなきに等しい、今思えばあれはパンプスだったのか、70過ぎのババアが旅行に行くときに履くヤツなんじゃないか、という代物であったが、特に何も言われなかった。

「#KuToo」が求めるのも、そのぐらいの「寛容さ」なのではないだろうか。

【お知らせ】
連載「カレー沢薫の時流漂流」の掲載場所を変更します。
→ 新しい掲載場所はこちら https://news.mynavi.jp/series/jiryu_hyoryu