スマートフォンのカメラはなぜ「1眼」から「2眼」になったのか

知って納得、ケータイ業界の"なぜ" 第14回

スマートフォンのカメラはなぜ「1眼」から「2眼」になったのか

2018.02.16

これまで前面と背面に1つずつというのが一般的だったスマートフォンのカメラ。だが最近は、背面に2つのカメラを搭載した「2眼」の機種が増えており、中には自分撮り用のフロントカメラも2眼という機種が出てきている。なぜ、スマートフォンのカメラの数が増えているのだろうか。

背面だけでなく前面のカメラも2眼に

スマートフォンに欠かせない機能の1つとなっているカメラ。最近ではSNS、特にInstagramなどの人気もあって、カメラを使う頻度が増えているという人も多いのではないだろうか。だがここ数年、そのカメラ機能に大きな変化が起きている。

スマートフォンのカメラは通常、写真撮影などに用いる背面のメインカメラが1つ、自分撮りやビデオ電話などに用いる前面のフロントカメラが1つ、というのが一般的だ。だが最近、メインカメラを2つ、つまり「2眼」のカメラを搭載した機種が、急激に増えているのである。

MAYA SYSTEMの下で復活を果たしたFREETELブランドの新スマートフォン「REI 2 Dual」も、2つのカメラを搭載した2眼カメラを大きな特徴として打ち出している

代表的な例としてアップルのiPhoneシリーズを見ても、2016年発売の「iPhone 7 Plus」から、大画面モデルにはカメラが2つ搭載されるようになった。2つのカメラを切り替えることで、通常画角の写真だけでなく、2倍ズーム相当の写真を撮影できるほか、「ポートレートモード」を用ることで、背景をぼかした写真を撮影することも可能となっている。

また最近では、メインカメラだけでなく、エイスーステック・コンピューターの「ZenFone 4 Selfie Pro」や、ファーウェイの「HUAWEI Mate10 lite」などのように、フロントカメラにも2つのカメラを搭載する機種が出てきている。自分撮り需要の高まりから、ここ最近中国メーカーを中心としてフロントカメラを強化する機種は増えてきており、そうした流れがフロントカメラの2眼化を推し進めているようだ。

最近ではメインカメラだけでなく、「HUAWEI Mate10 lite」のようにフロントカメラにも2眼カメラを採用する傾向が強まっている

2つのカメラを搭載する機種が増えたことから、カメラセンサー最大手のソニーなどは、センサーの出荷数が増えるなど大きな恩恵を受けているようだ。だが一方でスマートフォンメーカーにとって、カメラを増やすことはコストがかさむというデメリットも抱えてしまう。にもかかわらず、なぜスマトフォンメーカーは2眼化を積極的に推し進めているのだろうか。

カメラの画質競争に限界、2眼化が新たな提案に

その大きな理由はカメラ性能競争の限界にある。スマートフォンのカメラは利用者が多い人気機能であるため、短期間のうちに急激な進化を遂げてきた。それを象徴しているのが画素数で、「iPhone 3G」は200万画素だったのが、「iPhone X」では1200万画素にまでアップしているし、中には2000万画素を超えるカメラを搭載した機種もいくつか存在する。

またレンズの明るさを示す「F値」に関しても、当時明るいレンズを採用したとして注目されていた「iPhone 4S」のF値が2.4であるのに対し、iPhone Xの広角カメラのF値は1.8となっており、暗い場所でもより明るく鮮明に撮影できるようになっている。F値は低いほど明るい写真が撮影できるとされており、最近ではF値が1.8どころか、1.7、1.6という機種も出てきているようだ。

こうした状況を見れば、いかにスマートフォンのカメラが、大きく進化してきたかが理解できることだろう。しかしながらこれだけ性能がアップしてしまうと、一般の人がスマートフォンの画面で写真を見る分には、画質の違いを見分けるのが難しい。そのためカメラ性能の向上に力を入れても、その魅力がユーザーに伝わらなくなってきているのだ。

一方でSNSの利用などによって写真を利用する機会は増えていることから、いかにカメラで楽しい写真を撮影できるか、いかに顔を美しく撮影できるか、いかに他の人と違う写真を撮影できるか、といったように、カメラに対するユーザーニーズは多様化、細分化してきている。それに応えるため、当初は「SNOW」のようにARを活用して装飾を施したり、「BeautyPlus」のように美肌効果に力を入れたりするなど、ソフトウェア面での進化が見られるようになった。

そしてソフト面だけでの性能進化に限界が見えてきたことで、起きてきたのがハード面での進化、つまりカメラの2眼化である。2眼化によって望遠撮影やボケ味のある撮影など、1眼のカメラでは難しかった機能の実現が可能になり、メーカーとしても差異化が図りやすくなった訳だ。

ちなみにカメラの2眼化は、2014年発売の「HTC J butterfly HTL23」などで既になされていたものだが、現在の2眼化ブームを作り出したのはファーウェイであろう。2016年発売の「HUAWEI P9」が、カメラの2眼化に加え、ライカとの協業によって1眼レフカメラのように美しく精細なボケ味のある写真を手軽に撮影できることが人気となってヒットしたことから、2眼化の流れに拍車をかけたのだ。

カメラ2眼化の流れを大幅に加速させたのが「HUAWEI P9」。カメラの2眼化とライカとの協業により、美しいボケ味のある写真が手軽に撮影できることから人気となった

スマートフォンの2眼カメラはユーザーにも受け入れやすく、メーカー側としても工夫できる余地が非常に大きいことから、今後は一層採用するメーカーが増えていくだろう。だが3眼、4眼といったように、カメラの数がどんどん増えていくかというと、それはまだ未知数である。カメラを増やしたことで従来にない新しい撮影スタイルの提案ができるかが、カメラ複眼化の流れを進めることになりそうだ。

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

メルカリ出し抜くラクマ、売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が5億円を突破

2019.01.22

ラクマ売上金の「楽天キャッシュ」チャージ額が累計5億円に

同様のサービスを構想しているメルカリを先行する形に

楽天は1月21日、フリマアプリ「ラクマ」において、取引で発生した売上金のうちオンライン電子マネー「楽天キャッシュ」へチャージした累計額が2018年12月末に5億円を突破したと発表した。

ラクマでの売上金を楽天キャッシュへチャージする機能は、2018年7月より提供開始されている。チャージした電子マネーは、楽天会員向けのグループ各種サービスで利用できるほか、ローソンやファミリーマートなど「楽天ペイ」対応店舗での決済でも利用可能だ。

2017年8月1日から開始されたローソンでの支払いに続いて、2018年12月4日からはファミリーマートでも楽天ペイが使用できるようになった

同じくフリマアプリを展開するメルカリは、100%子会社「メルペイ」で同様のサービスを構想している段階であり、この分野においてはラクマが1歩先行する形になった。

現状、メルカリで得た売上金をメルカリ以外で使う場合は、一度口座に振り込む必要がある。また、売上金には180日という「振込申請期間」が設定されており、その期間中に「口座に振り込む」か、メルカリ内で使える「ポイントを購入」するか、選ばなければならない。ただし振込の場合、1万円未満だと210円の手数料が発生する(2018年1月21日時点)。ラクマの売上金チャージ機能と比較すると、どうしても見劣りしてしまうだろう。

ちなみに筆者もメルカリユーザー。現状、売上金が合計1万円に満たないため、振込手数料を発生させずに現金に換えるためには、あと1540円分の売り上げが必要になる (画像はメルカリアプリより)

しかし、少し古いデータではあるが、2018年5月31日のニールセン デジタルの発表によると、スマートフォンからの利用率の高いオークション/フリマサービスは、1位がYahoo! オークションで25%、2位がメルカリで23%、3位がラクマで11%であることがわかっており、同じフリマサービスであっても、ラクマの利用率はメルカリの半分であるのが現状だ。

メルカリのダウンロード数は2018年11月14日時点で7500万、ラクマが同年10月時点で1500万と、両サービスの普及率にも差があることからも、日本におけるフリマ市場のバランスがすぐにひっくり返ることはないだろう。

だが、ラクマが売上金をさまざまなサービスに使えるという実用性で、メルカリとの新たな差別化ポイントを生み出したことは、新規ユーザーの獲得に少なからず貢献しそうだ。

ラクマ売上金のチャージ額が5億円突破したことは、ユーザーの「アプリ内の売上金を別の場所で使いたい」というニーズの強さの証明ともいえよう。こうしたユーザー視点に立った機能の追加による消費体験の向上が、フリマ市場にどのような影響をもたらすのか、キャッシュレス決済市場への参入が期待される、メルカリの動向と合わせて注目したい。

1000字の描き直しを越えて ―ナール制作の舞台裏

最初の書体感覚をもち続けることのむずかしさ

写研で書体デザインの責任者を務めていた橋本和夫さんに衝撃を与えた書体、ナール。作者の中村征宏氏が第1回石井賞創作タイプフェイスコンテスト応募時に書いた設計意図は、次の通りだ。

〈縦組みの場合にも、横組みにも字間のバランスがムリなく一つの流れを持つことを念頭におき、ボディータイプとして、従来使用されなかった丸ゴシック系のタイプフェイスを試みた。字面をいっぱいに使い、文字のエレメントを強調し、細い線で構成することによりシンプルさを求めた。字面を大きく使うことが字間の問題に関連し、字間のバランス調整のための切り貼り、字詰めの工程を少しでも短縮することができるのではないかと思う。その結果、組み上がりにおいて、集合の調和が生まれるのではないかと思う。広告制作物などにおいて、コピーやサブ・タイトルなどに適するのではないかと考える。〉(*1)

中村征宏氏の著書『文字をつくる』(美術出版社、1977年)

1970年(昭和45)5月18日にコンテスト授賞式が開催されたのち、写研からの文字盤発売に向けて、同年8月ごろから本格的な書体制作が始まった。必要な文字数は漢字が約5400字、ひらがなとカタカナで約150字、アルファベット約100字、その他(約物、記号など)約200字で、合計約5800字だ。写研の監修を受けながら、原字はすべて中村氏が描いた。監修を担当したのは橋本さんである。

約5800字の原字を描くのは、想像以上に大変な作業だ。橋本さんは語る。

「コンテストに応募するときに描いていただくのは、漢字50字とひらがなカタカナ、そして記号の一部だけです。それを1枚のパネルに構成するので、文字構成としては、まとめやすい。ところが、文字盤化する際には約5800字を1文字1文字描くことになり、完成するまでの年月は2年はかかります。外部デザイナーの方と書体をつくるようになって、われわれが一番苦労したのは、“今月と来月では、仕上がってくる書体の雰囲気が変わってしまうことがある”ということでした」

「文字を増やす際に字種リストを渡すのですが、『何の文字をつくるか』を見るためのリストのはずが、長い間ながめているうちに、つくっている文字がリストの文字に似てきて、当初のデザインと雰囲気が異なってきてしまった。ナールは既成概念をくつがえす、突き抜けたデザインの丸ゴシック体だったはずなのに、描き進むうちに最初のデザイン思想から離れ、持ち味が失われるということが起きたのです」

原字を描き進めるうち、コンテストのオリジナルデザインから、いつのまにか特徴が変わってしまっていたのだ。そのままでは、まるで違う書体になってしまう。結局、途中で1000字分を描き直すことになった。

中村氏もこのことを振り返り、著書に〈人の感覚は徐々に変化するものには気づきにくいものですから、いつも最初の見本と照らし合わせながら書き進めることが大切です。このようなことは、太さだけのことではなく字形とか感覚面でも同じようなことがいえます。感覚もときがたつことによってどんどん変化するものですが、とくに最初の感覚は大切にしていきたいものです〉と書いている。(*2)

悩ましい文字

「もうひとつ、ナールを監修したなかで、ひどく悩んだことがありました。ナールは、字面いっぱいに真四角に描かれた書体です。たとえばひらがなの『り』は通常は縦長、『へ』は横長の形をしていますが、これらの文字すら、できる限り正方形に近づけて描かれている。ぼくが悩んだのは、『々』という漢字でした」

ナールでは、縦長の「り」、横長の「へ」も正方形にかなり近い

「時々」「常々」「佐々木」など、同じ漢字を繰り返すことを表すときに用いられる「々」の字だ。

「常識的にいえば、この字は他の漢字よりも小さく描きます。では、通常は縦長、横長など固有の形をもつひらがなですら正方形に近づけているナールでは、どういう大きさにすればよいのか? 最初は『々』も他の漢字と同じ大きさで、真四角にするのがよいと思ったのですが、いざつくってみると、やはり少しは他の漢字より小さくしなければ『々』に見えないとわかりました」

「他の書体をつくるときにも『々』をどういう大きさにするか、いつも考えるのですが、ナールのときにはとりわけ悩んだものでした」

また、こうした試行錯誤を経て、「文字を図形化する際も、かなと漢字の使い方に意味のあることをあらためて認識しました」という。

新聞雑誌、広告から、道路標識まで

途中で1000字の描き直しなどがあったものの、コンテストから2年後の1972年(昭和47)、ナールは写研写植機用の文字盤として発売された。書体名は、「中村」の “ナ” と、丸みを表す言葉である「ラウンド」の頭文字 “R” をとって「ナール」とつけられた。(*3)さらに、ナールと組み合わせて使うことを想定した中太の「ナールD」の文字盤も1973年(昭和48)に発売された。

ナールD(上)とナール(下)

中村氏はコンテスト応募当時、ナールを本文書体と考えていたが、いざ発売されてみると、広告や雑誌、新聞などの見出しなどに使うディスプレイ書体として大人気となった。ポスターや広告のキャッチフレーズ、テレビの字幕、道路標識などに幅広く使われ、一世を風靡した。

「タイポスによってデザイナーのつくる書体が注目され、少女たちが丸文字を書くようになっていく流れのなかで登場したナールは、『時代に乗った』ともいえますが、むしろ『時代をつくった』書体といえるでしょう。写植の文字はナールの登場によって、それまで職人が手描きしていたレタリング文字の分野に浸透していった。“新書体ブーム”の幕開けでした。そうして写植の機械は、単に文字を印字するだけでなく、多彩なディスプレイ書体によって雑誌や広告にファッション性を生み出す手段のひとつとして、とらえられるようになっていったのです」

(つづく)

(注)
*1:中村征宏『文字をつくる』(美術出版社、1977年)P.80
*2:同書 P.21
*3:『文字に生きる〈写研五〇年の歩み〉』(写研、1975年)P.127

話し手 プロフィール

橋本和夫(はしもと・かずお)
書体設計士。イワタ顧問。1935年2月、大阪生まれ。1954年6月、活字製造販売会社・モトヤに入社。太佐源三氏のもと、ベントン彫刻機用の原字制作にたずさわる。1959年5月、写真植字機の大手メーカー・写研に入社。創業者・石井茂吉氏監修のもと、石井宋朝体の原字を制作。1963年に石井氏が亡くなった後は同社文字部のチーフとして、1990年代まで写研で制作発売されたほとんどすべての書体の監修にあたる。1995年8月、写研を退職。フリーランス期間を経て、1998年頃よりフォントメーカー・イワタにおいてデジタルフォントの書体監修・デザインにたずさわるようになり、同社顧問に。現在に至る。

著者 プロフィール

雪 朱里(ゆき・あかり)
ライター、編集者。1971年生まれ。写植からDTPへの移行期に印刷会社に在籍後、ビジネス系専門誌の編集長を経て、2000年よりフリーランス。文字、デザイン、印刷、手仕事などの分野で取材執筆活動をおこなう。著書に『描き文字のデザイン』『もじ部 書体デザイナーに聞くデザインの背景・フォント選びと使い方のコツ』(グラフィック社)、『文字をつくる 9人の書体デザイナー』(誠文堂新光社)、『活字地金彫刻師 清水金之助』(清水金之助の本をつくる会)、編集担当書籍に『ぼくのつくった書体の話 活字と写植、そして小塚書体のデザイン』(小塚昌彦著、グラフィック社)ほか多数。『デザインのひきだし』誌(グラフィック社)レギュラー編集者もつとめる。

■本連載は隔週掲載です。

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