先端技術からビジネスシーンへ移った「HoloLensの今」--小柳建設社長インタビュー

阿久津良和のITビジネス超前線 第4回

先端技術からビジネスシーンへ移った「HoloLensの今」--小柳建設社長インタビュー

2017.11.16

日本マイクロソフトのMR(複合現実)デバイス「Microsoft HoloLens(以下、HoloLens)」が、ビジネスシーンを塗り替えようとしている。同デバイスは2016年12月2日から予約受付を開始し、2017年1月18日より順次提供を開始し、そろそろ1年を迎えつつあるHoloLensの歴史を振り返ってみたい。

先端技術として注目を集めたHoloLens

日本国内でHoloLensを披露したのは2016年4月18日に開催した日本航空(JAL)の発表会だった。同社はMicrosoftと提携し、ボーイング787型用エンジン整備士訓練生向けツール、そしてボーイング737-800型機運航乗務員訓練生用トレーニングツールを発表。VR(仮想現実)デバイスではなくMRデバイスを選択した理由として、日本マイクロソフトの関係者は「パイロットの訓練は視覚だけはなく触覚で覚えることが必要。さらに目の前に自身の手が動く様が大事。エンジンの内部構造を目の前にすると、(環境情報を遮断する)VRデバイスでは移動時に恐怖を覚えてしまう」と説明している。

また、別の発表会ではMRデバイス及びアプリケーションの導入背景として、航空機が安定することで修理機会は減り、保守点検期間も広がる傾向があると述べていた。もちろん経営観点から見れば望ましい結果だが、整備士は目の前の航空機に触れて知識が血肉となる。訓練用航空機の確保も困難になるため、アプリケーションの開発に至ったと言う。「航空機・エンジン企業の協力を得ないまま、撮影した写真を3D化して開発に至った」(日本航空 整備本部部長 兼 JALエンジニアリング 人財開発部長 海老名巌氏)と関係者は当時の苦労を吐露していた。

日本マイクロソフトで開催した日本航空の発表会。HoloLensを手にするJALの現役パイロットと整備士、中央はMicrosoft HoloLens担当General ManagerのScott Erickson氏

HoloLensの存在は、2015年4月末から米国で開催した開発者向けカンファレンス「Build 2015」で明らかにしていたが、前述の発表会が日本初上陸と相まって、多くの報道関係者が会見場に詰め寄っていった。筆者もHoloLensを始めて体験した際は、エアタップ(人差し指を立てて、まっすぐ下に倒すジェスチャー)で3Dホログラム化したエンジンを、あらゆる角度から見て回った感動は今でも思い出せる。

前述のように日本マイクロソフトは2016年12月から予約受付を開始しているが、その前に世界各国にある海外拠点のグローバルセールス及びマーケティングサービスを統括するMicrosoft EVP兼President Global Sales Marketing&OperatioのJean-Philippe Courtois氏を招いて、HoloLensを中核とした展開について説明した。「航空機を(デジタル空間に)持ち込むコンセプト」と、JALとの協業結果を説明し、Courtois氏は日本マイクロソフトを含めたグローバルで支援することを表明している。

HoloLensを手にするMicrosoft EVP兼President Global Sales Marketing&OperatioのJean-Philippe Courtois氏

日本マイクロソフトのHoloLensに対する注力具合は、これまでの製品・サービスの中でも群を抜くものだった。HoloLens出荷日に合わせて開催した2017年度下期の方向性を説明する記者説明会では、同社代表取締役 社長 平野拓也氏が、「デジタルトランスフォーメーション(変革)を推進する上で(HoloLernsは)鍵となる技術。初動実績も他国(西欧など6カ国)の合計数を3倍にあたる予約を頂き、驚いている。建設業界や製造業、ヘルスケア、そして教育現場。この4分野での展開に注力したい」と説明した。なお、HoloLernsは法人向けのCommercial Suite(税込み参考価格55万5,800円)と開発者向けのDevelopment Edition(税込み参考価格33万3,800円)の2種類を用意しているが、圧倒的に開発者向けが多く、「日本人がデジタルに対する親和性の高さや、ビジネスモデルの可能性に対する期待値、関心の高さを感じられる」(平野氏)好例と言えよう。

日本マイクロソフト品川本社ロビーでは、出荷開始日に合わせてHoloLensを披露していた

平野氏の説明どおり2017年4月20日には、建設業界におけるHoloLernsの展開として日本マイクロソフトは、小柳建設とHoloLernsを活用した連携を行うことを発表した。小柳建設はHoloLensを用いて業務の透明化や、近未来のBIM(ビルディングインフォメーションモデリング)/CIM(コンストラクションインフォメーションモデリング)データの活用、建設現場や施工主を含めたコミュニケーションを実現する「Holostruction」プロジェクトを推進している。HoloLensを採用した理由として、小柳建設は「政府のデジタル化推進(国土交通省が推進するi-Constructionなど)や建設業界の迷いに一石投じたいという思いがあり、HoloLensが直感的に『来る』と感じた」(小柳建設 代表取締役社長 小柳卓蔵氏)と説明し、小柳建設もMicrosoft及び日本マイクロソフトの3社連携で取り組むと説明した。

日本マイクロソフト 代表取締役 社長 平野拓也氏(左)と、小柳建設 代表取締役社長 小柳卓蔵氏(右)

拡充するHoloLensのB2B/B2Cビジネス

このように増加傾向にあるHoloLensのビジネス利用だが、日本マイクロソフトの普及活動が実を結び、同社が音頭を取らなくてもビジネスとして成立しつつあると感じたのが、2017年11月8日に開催した「Tech Summit Japan 2017」では、「Microsoft Mixed Realityパートナープログラム」参加企業によるHoloLensアプリケーションの体験コーナーを設けていたが、前述した建設業に留まらず、新築マンション販売コンテンツや仮想マネキンよる試着体験、脊椎病院向けに開発したCTスキャンビューアーなど多くのコンテンツを用意していた。

2017年5月23日に開催した「de:code 2017」の基調講演には、HoloLensの父であるMicrosoft Windows and Devices Group Technical Fellow, Alex Kipman氏も登壇した

例えば「ホログラフィック・マンションビューアー」を展開するネクストスケープは、「デベロッパー所有のデータを3Dデータ化し、HoloLensで閲覧できるように加工している。室内まで見えるとさらに価値は高まるが、HoloLensを装着した状態で歩くことは空間スペース的に難しく、ジェスチャー操作で仮想空間内を移動しても体験的に面白くなかった」(ネクストスケープ クラウド事業本部 クラウドレンダリング事業開発部 部長 岩本義智氏)と語る。業界初を目指すため2017年4月上旬に着手し、ほぼ1カ月で基本システムを完成させた同社だが、背景には「都庁周辺のビル群を3Dモデル化するテストモデルを事前に作成し、実空間に投影しても正しく設置できることを検証してから、本プロジェクトに取り組んだ」(同氏)経緯があるため、アジャイル的な取り組みを実現できた。

「Tech Summit 2017」に設けたHoloLens体験コーナー。写真だけでは分かりにくいが、ディスプレイの先には3Dモデルが現実世界と融合し、さまざまな世界を実現している

試着体験をHoloLensで変えると意気込むハニカムラボは、未来の試着環境を作り上げようとしている。取り組みを始めた理由として同社は、DMM.makeと共同事業を行い、「バーチャルフィッティング事業に対する最新プロトタイプで、オンラインショッピングの可能性を広げるのが目的。当初は『オンラインだと洋服が自分に似合うのかなど(実店舗と比べると)不明確な点が多い』という意見が多く、既にある3Dモデル化の技術を使って取り組んだ」(ハニカムラボ 代表取締役/ソフトウェアエンジニア/クリエイティブディレクター 河原田清和氏)と理由を説明した。現時点では具体的なビジネスモデルに至っていないが、現在いくつかの案件が稼働中だと言う。当初は先端技術に位置していたMRだが、気付けば我々のビジネスシーンにも点在し、既存のソリューションを変えようとしている。

脊椎病院向けに開発したCTスキャンビューアーと、共有可能な音声アノテーションコンテンツに取り組むホロラボは、既に稲波脊椎・関節病院と共同開発を続けてきた。「(遠隔地から会議などに参加し、距離を問わずに共同作業を行う)機能にいち早く実装した」(ホロラボ 創業者兼CEO 中村薫氏)ことで、他局や別の病院にいる医療関係者が知見を述べるなど、これまでの治療と一線を画するソリューションを実現する。また、同社はHoloLensに限らず、Windows Mixed Realityデバイスや同モーションコントローラーを利用するソリューションも合わせて用意した。「細かい操作を行う際は(HoloLensの視点移動やジェスチャー操作だけでは)不慣れな方は使いづらい。(今後実装予定の)編集機能でもWindows Mixed Realityモーションコントローラーの方が使いやすく、視野角も広い」(同氏)と言う。

一連のアプリケーションで注目すべきは、一般消費者がMRの恩恵を得られるという点だ。新築マンションや仮想試着は説明するまでもなく、CTスキャンビューアーも医療現場に導入されれば、患者がHoloLensを装着して視覚的に自身の患部を把握しやすくなるだろう。

会場裏側に設置したホロラボのリモートシステム。遠隔地にいる医療関係者の視点をシミュレーションし、音声による相互コミュニケーションも実現する

そして、2017年11月14日にエアバスは、JAL及びJALエンジニアリングの協力によって、HoloLensを用いたA350 XWB向け訓練アプリケーションの試作品を開発したと発表した。「アプリケーションの実現には、航空機の3DデータとIT技術の進化に対応する人材」(海老名氏)という2つの課題があった。JAL及びJALエンジニアリングが独自に人材を抱えるのは現実的ではないため、今回はオブザーバーとしてエアバスの開発に参画し、エアバス本社はプロジェクトチームや社内トレーニング専門部署を設け、本アプリケーションの開発に取り組んでいる。

こちらのアプリケーションも体験する機会を得たが、コックピットや航空機のデータを持つ企業自身が開発しているため、その現実感は非常に高い。筆者はコックピットでエンジンを作動させるまでの手順トレースを10分ほど試してみたが、操作もしくは確認すべき計器やスイッチに視点を合わせるだけで操作でき、1年前のJAL製アプリケーションと比べて、ユーザー体験的も大きく向上しているように感じた。

エアバスによるA350 XWB向け訓練アプリケーションの試作品。今後改良を重ねつつ、実稼働を目指す

エアバスの発表会に参加していた日本マイクロソフト関係者は、「我々は技術支援を行う立場で、エアバスさんとJALさんによるビジネスソリューション」だと今回のアプリケーションを説明している。つまり、HoloLensは日本マイクロソフトが注力してきた市場開拓に成功し、MRの可能性に気付いた他企業同士が意思決定の迅速化や生産性能の改善など既存ビジネスソリューションを書き換えようとしているのが現在の状況だ。

IT技術で建設業界を牽引する存在を目指す小柳建設

さて、小柳建設は早期からMicrosoft及び日本マイクロソフトと連携しながら、建設業における計画・工事・検査の効率化と、アフターメンテナンスの履歴管理を可視化する「Holostruction」プロジェクトを続けてきた。現在の進捗として遠隔地からの建設情報の確認や、問題の共有などが現実化しつつある。このように建設業界の変革にチャレンジする小柳建設だが、同社代表取締役社長 小柳卓蔵氏に話を伺う機会を得たので、その内容をお届けしたい。

小柳建設 代表取締役社長 小柳卓蔵氏

--2017年4月からの現在までの進捗状況は

リモートコミュニケーションの実装です。事前の実証実験としてシアトル・日本間で同機能を検証しましたが、感動の一言に尽きます。アバターのデザインは(日本マイクロソフトに)お任せしましたが、相手が前かがみして首を動かすなど、さまざまな動きが再現されます。

また、音響効果も現実性を高める要素でした。例えば相手が左から話しかければ、(HoloLensのスピーカーを通じて)左方向から声が聞こえてきます。まるで相手が存在するかのような臨場感がありました。確かにコミュニケーション自体はSkypeのビデオ通話でも可能です。しかし、(HoloLensは)相手の顔こそ見えませんが、「直感的に五感で相手を認識できる」体験を得られます。

このリモートコミュニケーションを実装することで、遠隔地の作業員や関係者がアバターとして仮想空間に参加し、同じ物体を見ながらコミュニケーションを実現するアバターの視点や動作、物理的距離を超えて同じ空間を共有することを実現できたのは、(Holostructionをビジネスソリューション化する上で)もっとも大切なことでした。

--次に実装する機能は予定済みか

その点は私(日本マイクロソフト エンタープライズサービス部門 エンタープライズサービス営業統括本部 ソリューションスペシャリスト 鈴木保夫氏)からお答えします。2017年4月の時点でHolostructionの開発に必要な課題項目を列挙しており、日本マイクロソフトは継続的支援を行ってきました。現在取り組んでいるのは、橋梁などホログラフィックデータを建設現場に投入する際に必要な施工図をインポートする機能です。これにより、3Dモデルなど対象物の自由度が大きく高まります。

HoloLens体験コーナーでは、遠隔地にいる関係者と会話を交わしながら工程表の問題点を話し合うなど、リモート会議を経験できた

--Holostructionは現場で稼働しているのか

2017年9月から1件稼働させています。まだデータ入力を開始したところですが、鈴木さんのご説明にもあったように、どのような建設物でも、すべてホログラフィックに投影できる状態を目指しています。現状では今後1年に3~4現場で(Holostructionの利用に)チャレンジする予定です。

「Holostruction」のイメージ図。実際にHoloLensを装着すると、工程表を元に音声でコミュニケーションを取りながら、進捗状況を複数の参加者で確認し合うことが可能だった

--2Dの施工図を3D化する苦労は

大手建設企業などは施工図の3D CAD化に取り組んでいますが、地方の中小建設企業では未着手というのが現状です。その要因の1つは「難しそう」というイメージと、「3Dで書いて何の意味がある?」という意見が少なくなりません。年配の熟練技術者は頭の中で施工図から立体的なイメージを作り出すため、(3D CADの)必要性を感じていません。「2Dの図面を見て3D化できれば、ようやく一人前になった証し」と、建設業界に入る若者に対しても同じプロセスを提示するため、障壁となっています。ベトナムなど東南アジアでは、日本人が現地でBIMデザイナーを育てるという企業も出てきました。人材不足については海外からの流入に頼る部分も今後は出てくるかも知れません。

--HoloLens活用で他社の追従を感じるか

他の建設企業が我々にライバル心を持って頂かなければ、業界自体がデジタル変革を起こせません。新潟という地方の中堅中小企業である我々が、IT技術を活用した建設ソリューションを作り上げようとしています。だからこそ危機感ではなく、むしろ我々が「(IT技術+建設業界を)牽引する存在」を目指したいと考えています。

大手総合建設企業さんが取り組んだVR(仮想現実)ビューアーなどを目にしても、施工プロセスの部分的なところを切り出しているように見受けられます。さらに開発しているのがシステム部門と思われるため、現場の整合性や利便性を考慮していないものもありました。あくまでも推察の域を超えませんが、Goサインを出す上層部の方々が年配層でIT技術に理解がなく、食い違いや取り組みの遅延が発生しているように感じます。

ただ、我々がHolostructionに取り組めたのもタイミングによるところが大きいです。3年前に金融業界にいた自分が社長となりましたが、先端技術の重要性に気付ける若さと、チャレンジ精神を備えていたこと。そして鈴木さんを始めとする日本マイクロソフトさんとの出会いも重なって、始めて構築できました。価値に気付くのは年齢だけではありませんが、足の遅さが障壁となっているように見受けられます。

--Holostructionのロードマップは何合目

5合目に達していないか、という状態です。政府関係者にはHolostructionのデモンストレーションをご覧になって頂き、大変興味を持ってもらいましたが、いまだに建設業界全体は変化していません。皆がパラダイムシフトを起こして変革するタイミングを5合目と捉えています。この5合目は断崖絶壁と言えるほど厳しい部分ですが、垂直登攀(とうはん)で5合目を越え、業界関係者がHolostructionを使うようになれば、頂上に達したと初めて言えます。

--本日はありがとうございました。

阿久津良和(Cactus)

月で藻を栽培せよ! JAXAとちとせ研究所が目指す「未来の宇宙食」

月で藻を栽培せよ! JAXAとちとせ研究所が目指す「未来の宇宙食」

2019.02.18

JAXAとちとせ研究所が共同研究を開始

将来の宇宙飛行士の食料は「藻」?

マット・デイモンに伝えたい、藻の無限の可能性

「マット・デイモンは、『藻』の可能性をわかっていませんでした」

とは、今回の取材中に思わず笑ってしまった言葉だ。火星に一人置き去りにされた宇宙飛行士の生存をかけた奮闘を描いた映画『オデッセイ』のワンシーンに対する言及であった。

劇中でマット・デイモン演じる植物学者のマーク・ワトニーは、火星の土とクルーの排泄物を使って食料となる「ジャガイモ」を栽培したが、彼が藻類学に明るければ、映画のストーリーは大きく変わっていたのかもしれない。

タベルモとJAXAが目指す、次世代の宇宙食

バイオベンチャー企業群のちとせ研究所は2018年9月、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙探査イノベーションハブが実施した研究提案募集「穀物に頼らないコンパクトなタンパク質生産システム」に、同社の研究テーマが採択されたと発表した。

研究名は「食用藻類スピルリナを用いた省資源かつコンパクトなタンパク質生産システムの開発」。2018年10月より1年間、ちとせ研究所はJAXAと共同で、将来的な月面長期滞在を見据えた「藻」の月面生産システムの開発を手掛ける。

将来の月面・月周辺での活動風景イメージ:(C)宇宙航空研究開発機構(JAXA)

研究が順調に進み、実際に宇宙空間で藻の栽培が行われた暁には、宇宙飛行士が吐き出す二酸化炭素を吸収して酸素を供給し、かつ増えた藻は栄養源として食べることができる、という一石二鳥な結果が期待される。

スピルリナはスーパーフードの王様

同研究に用いられるスピルリナとは、タンパク質含有量が高く(乾燥重量ベースで60% ほど)、さらにビタミン、ミネラル、食物繊維などを豊富に含む藻だ。スピルリナ1gから得られる栄養分は、1kgのバランスのとれた野菜と果物の栄養素に相当するとされており、健康食品として海外を中心に人気を集めている。

こうした理由からスピルリナは、「スーパーフードの王様」と呼ばれている。

ECサイトでは、冷凍パックの生スピルリナや、ヨーグルト仕立てのアイスなどを販売している

共同研究には、ちとせ研究所のグループ会社であるタベルモやIHIエアロスペース、藤森工業も参加する。

タベルモはこのスピルリナにおいて、独自の培養技術と急速冷凍技術を武器に急成長しているスタートアップ企業だ。2018年に三菱商事と旧産業革新機構(現在の産業革新投資機構)から17億円の資金調達し、同年末には「NEXTユニコーン 推定企業価値ランキング」(日本経済新聞)新素材領域で4位(推定価値・27億円)にランクインした。

そんなちとせ研究所、およびタベルモの新たな挑戦が「未来の宇宙食」を作ることであるわけだが、そもそも宇宙空間で藻を栽培するなんて可能なのだろうか。

実は宇宙と接点の多い「藻」

研究の提案者である、ちとせ研究所 藻類活用本部 本部長 星野孝仁氏は、「昔から、宇宙空間での空気と食料の自給システムに藻を利用しようと、さまざまな研究が進められていました」と説明する。そもそも「宇宙空間での藻の活用」を目指す動きは、今に始まった話ではないのだという。

ちとせ研究所 藻類活用本部 本部長 星野孝仁氏

最近の成果では、ESA(欧州宇宙機関)が2017年12月、生きたスピルリナを宇宙ステーション(ISS)へと打ち上げている。実験を行った結果、スピルリナは地球上と同じ速度で育ち、酸素を生成することも確認された。

さらに2018年9月には、アメリカ航空宇宙局(NASA)もスピルリナをISSに打ち上げ、微小重力下での増殖能力があるかを確認するための試験を行ったそうだ。

これらの状況を踏まえて星野氏は、「この研究が描く未来は決して夢物語ではなく、むしろリアリティが高いと言えるでしょう」と続ける。

場所をとらない、コンパクトな生成システムの開発へ

今回の研究は、まずは地上で「宇宙でも使える可能性の高い装置」を作る所から始まる。肝になるのは、宇宙飛行士の作業工数や使用する水・酸素・二酸化炭素・電力などのリソースをどれだけ抑えられるか、という点だ。

突き詰めるべきは、「閉鎖的な環境において、藻の栽培に必要不可欠な水やガス、栄養素を効率的に循環させる方法を探ること」(星野氏)だ。

宇宙空間では、輸送費の都合もあり「コップ一杯の水」を持っていくだけで何十万円という費用がかかる。そのため、藻の生産に必要な水はできるだけ少量に抑えなければならない。

「映画『オデッセイ』を想像すればわかりやすいかと思いますが、宇宙空間で植物工場を作ろう、という話もあります。しかし、野菜の栽培には大量の水が必要不可欠です。宇宙空間で水は大変貴重な存在。藻を上手く活用すれば、より少量の水で、より栄養価の高い食物を、高効率で得られるのです」(星野氏)

そこで考えたのが、単純な水槽のような形ではなく、「板状」の光源に湿ったシートを被せてその内側で藻を栽培する仕組み。まだ研究途上のため装置は完成していないものの、すでにプロトタイプはできている。

スピルリナ製造装置(プロトタイプ)。画像右のLEDライトに、画像左のように湿ったシートを被せて藻を栽培する

ひとまずは、同様の原理を用いた装置をより進化させていき「1日あたり、乾燥重量で6g/㎡」のスピルリナ栽培を目指す。

現時点では光合成のために必要な光には人工光源を使用しているが、将来的には光ファイバーやレンズを用いて太陽光を使用する考え。また、藻の成長に必要な栄養素やガス(二酸化炭素)には、宇宙飛行士の排泄物や呼気を利用する。

「マット・デイモンは、『藻』の可能性をわかっていませんでした。藻は、その培養のスピードや、成長に必要な栄養素などの点で野菜とは異なるメリットを持っています。ですが、まだまだ研究は道半ば。藻の持つポテンシャルを最大限に活かせるような装置を作り、将来の宇宙空間での実験につなげたいですね」(星野氏)

宇宙だけじゃない? 藻で「未来の牛乳」も目指す

さらに同社は、この「未来の宇宙食」を目指す技術を、別のビジネスにも応用する考えだ。それは、各家庭に置けるコンパクトな藻の生産装置によって作られる「未来の牛乳」。同社ではそれを「ミルク」を文字って「モルク」と名付けている。

毎朝、牛乳の代わりに飲むもの――。それがモルクという名前に付けたメッセージだ。同社はこれを、近未来の課題と言われる「食糧危機問題」への解決策としても見据えている。

「藻は水と太陽光があれば栽培が可能なので、現在の限られた農場とスペースを取り合いません。今回のJAXAとの共同研究で得られる、コンパクトな藻の栽培装置のノウハウを活用すれば、いずれは各家庭に置けるほどの大きさで十分に機能するようになることでしょう」(星野氏)

「藻」が将来の宇宙食になり、かつ朝食のお供になる――、とはなんともSFチックな話ではあるが、研究採択期間が終わる今年の秋頃までには何らかの成果が発表されるわけだ。こうしている今も、未来がどんどん近づいている。

家族で乗れるハイパフォーマンスカー? メルセデスAMGから異色の新型車

家族で乗れるハイパフォーマンスカー? メルセデスAMGから異色の新型車

2019.02.15

メルセデス・ベンツから「メルセデスAMG GT 4ドアクーペ」が登場

ファミリーユースにマッチする利便性と快適性を兼備

新たなニーズを掘り起こす起爆剤となるか?

2019年に10車種以上の新型車を投入する予定のメルセデス・ベンツ日本。その第1弾として今回、AMGシリーズ初の4ドアスポーツカー「メルセデスAMG GT 4ドアクーペ」を発表した。納車は5月以降を予定。価格はスペックによって異なるが1,176万6,000円~2,477万円となっている。

AMG東京世田谷にてアンベールされた「メルセデスAMG GT63 S 4MATIC+」。2月14日に注文受付を開始した。発表会にはメルセデス・ベンツ日本の上野金太郎代表取締役社長(右)とメルセデスAMG社でAMGスポーツカー商品企画を統括するサイモン・トムス氏が登壇

趣味性と利便性を兼ね備えた正統派AMG

2018年の登録実績で前年比6.3%増、台数にして7,606台と日本で好調なセールスを記録している「メルセデスAMG」シリーズ。世界第4位の市場規模を持つ日本は同ブランドにとって重要なマーケットだ。

今回発表となった「メルセデスAMG GT 4ドアクーペ」は、同シリーズが追求するハイパフォーマンスとエモーショナルなデザインはそのままに、4ドアの利便性を兼備している。要するに、スポーツカーの性能を備えながら日常生活における使い勝手にもこだわったモデルであり、今後、同ブランドを牽引する存在として期待されている。

「メルセデスAMG GT 4ドアクーペ」の中では1,176万6000円ともっとも安価なモデル「メルセデスAMG GT43 4MATIC+」

日本でのラインアップは、最大出力21PS、最大トルク250Nmを発生する電気モーター「ISG」(インテグレーテッド・スターター・ジェネレーター)と3.0リッター直列6気筒直噴ターボエンジン“M256”を搭載する「メルセデスAMG GT43 4MATIC+」および「メルセデスAMG GT53 4MATIC+」に加え、4.0リッターV8直噴ターボエンジン“M177”を搭載した最上級モデル「メルセデスAMG GT63 S 4MATIC+」と、専用装備多数の特別仕様車「メルセデスAMG GT63 S 4MATIC+ Edition1」の計4車種となる。

「メルセデスAMG GT63 S 4MATIC+」のサイズは全長5,054mm、全幅1,953mm、全高1,447mm、ホイールベース2,951mmだ
4ドアのため乗り降りしやすいのもポイント。加えて、大人が乗車してもゆとりのある設計がなされた後席は居住性も高い

今回の新型車で最大の特徴は、AMG GTとして初の4ドア車となり、最大乗車定員が5人になったことだ。これまでであれば、趣味性の高い2ドア2シーターのAMG GTを所有する場合には、これとは別に、家族の移動用に多人数で乗れるクルマを用意する必要に迫られるケースが多かったはず。しかし、「メルセデスAMG GT 4ドアクーペ」であれば、1台で趣味・嗜好を満足させつつ、ファミリーユースの運用も可能になる。

「メルセデスAMG GT63 S 4MATIC+」のラゲッジスペース。日常使いするには必要十分な積載量が確保されている

利便性の高さを物語っているのが広いラゲッジスペースだ。通常時でも461L(GT43とGT53は456L)の容量を確保しているが、折りたたみ式のリアシートを格納すれば最大で1,324L(GT43とGT53は1,319L)まで拡大できる。ハイパフォーマンスカーでありながら、まとめ買いした日用品を詰め込むことが可能と考えれば、その使い勝手のよさは想像に難くない。

エクステリアは快適な後席環境と積載性を確保すると同時に、メルセデス・ベンツの「Sensual Purity」(官能的純粋)というデザイン思想を踏襲。フロントは伝統的なクーペの構造的特徴であるロングボンネットに2つのパワードームを採用することで、スポーティーさを表現した。

また、縦にルーバーが入ったAMG専用ラジエーターグリルや逆スラントしたシャークノーズ、上下方向に細いLEDリアコンビネーションランプ、リトラクタブルリアスポイラーなど、随所にAMGファミリーの特徴を備えている。

メルセデスAMGのトップモデルに採用される専用ラジエターグリルが存在感を放つフロントマスク

メルセデスAMGシリーズ最速を記録した高性能エンジン

もちろん、走行性能にも抜かりはない。ドイツ・ニュルブルクリンク北コースで叩き出した1週=7分25秒41というタイムは、量産4ドア車で世界最高の記録となった。

サイモン・トムス氏が「メルセデスAMG GT 4ドアクーペ」の詳細をプレゼンテーションした

GT63Sに搭載される“M177”エンジンは、2基のターボチャージャーをV型シリンダーバンクの内側に配置するホットインサイドVレイアウトを選択。これによりエンジンのコンパクト化を図るとともに、低回転域におけるターボチャージャーへの吸排気経路を最適化し、ツインスクロールターボによる優れたエンジンレスポンスを狙った。その結果、停止状態から時速100キロまでの加速が3.2秒、最高時速は315キロというシリーズ最高速度を実現した。

「メルセデスAMG GT63 S 4MATIC+」が搭載する“M177”エンジン。最大出力は470PS、最大トルクは900Nmだ

その走行性能をいかんなく発揮するため、足回りも強化した。例えば速度が時速100キロを超えると、リアホイールがフロントホイールと同方向に最大0.5度傾いて、走行安定性がアップする。コーナーなどで進行方向を変更する場合には、リアホイールに働く横Gの増加ペースが高まり、ステアリング操作に対するレスポンスが改善されるという。

GT43とGT53に搭載されるIMGは、48V電気システムとの組み合わせにより、ハイブリッド車のように回生ブレーキで発電し、容量約1kWhのリチウムイオンバッテリーを充電する。エンジンの低回転時には、その電力を利用して動力補助を行うことで、高効率で力強い加速に貢献するそうだ。

「メルセデスAMG GT43 4MATIC+」と「メルセデスAMG GT53 4MATIC+」に搭載される“M256”エンジン。GT43は最大出力367PS、最大トルク500Nm、GT53は最大出力435PS、最大トルク520Nmと性能に多少の差がある

“M256”エンジンは、直列6気筒レイアウトの採用で、エンジン左右のスペースに補機類の配置が可能になった。加えて、従来はエンジン回転を動力としていたエアコンディショナーやウォーターポンプなども電動化。エンジン前部のベルト駆動装置が不要になったことはコンパクト化にも効いている。

また、ドライブモードはGT43とGT53で5種類、GT63Sで6種類を用意。モードはセンターコンソールの「AMG DINAMIC SELECT」で変更できる。

発表会場には日本限定20台の「メルセデスAMG GT R PRO」(画像)も展示されていた。販売価格は2,900万円とプレミア級

2019年の日本市場を席巻する可能性も高い

発表会でメルセデス・ベンツ日本の上野社長は、米国の「サーキット・オブ・ジ・アメリカズ」で試乗した自身の経験を踏まえ、AMG GTの新型車を「後ろに席が新たに2つ付いたスポーツカー」と表現。プロレーサーでなくとも小気味よくサーキットを高速走行できる性能を高く評価するとともに、このクルマでAMGの新たな顧客層にもリーチできると自信を示した。

上野氏は「メルセデスAMG GT 4ドアクーペ」でAMGの客層を広げたい考えだ

確かに、クーペの走行性能とセダンの快適性・利便性を併せ持った新モデルが、AMGの間口を広げる可能性は大いにありそうだ。AMG人気の高い日本で、ファミリーユースにも対応するハイパフォーマンスカーがどんな評価を受けるのか、注目したい。