元SEが、大工の技で“積み木“を創ったワケ

先鋭ベンチャー LOCK ON! 第4回

元SEが、大工の技で“積み木“を創ったワケ

「利益が出ない」などの理由から新規事業が打てず、硬直してしまっている企業は多いのではないか。だが、ベンチャーなら早さが信条。連載「先鋭ベンチャー LOCK ON!」では、奮闘するスタートアップの姿をレポートする。

伝統的な「木組み」を玩具に落とし込む

木目が美しいその積み木は、すべて同じカタチでできている。18cm×3cm×3cmの長方体。ただ途中、2つの凹部があるのが特徴的だ。

「この“みぞ”同士かみ合わせると……ホラ、こんなふうにいろんなカタチを組み立てることができるんですよ」。積み木の生みの親、井上慎也さんはそう言いながら、積み木で大きなロボットを作り上げた。

「宮大工などが使う“木組み“のしくみを積み木のカタチにしたんです。この加工は『相欠き(あいがき)』といいます。シンプルな一種類しかないピースから、こんな風に思いもつかないような複雑なカタチもつくれる。むしろシンプルだからこそ可能性が拡がるわけですよ」(井上さん・以下同)。

木組みの積み木「KUMINO」。杉の質感をしっかりと残したつくりで、使い込むほど味わいがでるようになっている。1セット(14ピース)4800円~。オフィシャルサイトからも購入できる

「木“組みの”積み木」の真ん中を切り取って「KUMINO(クミノ)」と名付けられたこの積み木は、昨年生まれたばかりの新しい玩具だ。井上さんは、滋賀県東近江市でこの玩具を発案。現在は自ら積み木セットを手作りして、ネットやイベントでの直販とともに、一部玩具店やセレクトショップなどに卸している。

「なるほど。大工が匠の技術を転用した新規事業か……」と思われた人もいるかもしれないが、違う。井上さんは、元システムエンジニア。SEを辞めて、職業訓練校で学んだ大工の技術をヒントに「KUMINO」を着想。東近江の地で起業家になった。

「むしろ本当に大工、職人だったら創れなかったはず。そもそも大工の技術を伝える……というより『東近江の森、日本の木の良さをもっと伝えたい』という思いがありましたから」。

木を木として使うことのハードル

KUMINO工房代表・井上慎也さん。1978年京都生まれ。滋賀県立大学で森林生態学を学んだ後、システムエンジニアに。「森にかかわる仕事を!」と職業訓練校で大工修行。木組みの技術を学ぶ中で、これを積み木に活かした「KUMINO」を着想。2016年、地元・滋賀県東近江市で起業に至る

日本の国土の2/3以上は森林で、これはフィンランドについで2番めに高い割合だ。ところが、木材自給率はぐっと下がり、約3割程度だという。

「割安な輸入木材が多く使われてきましたから。コストの高い日本で伐採や製材した木材は市場価値で歯が立たなくなっていた。一枚板のテーブルにも使えそうな大きな材がチップになると聞いたときには、なんとかならないものかと思いました」。

実は、井上さんはそもそも滋賀県立大学で森林生態学を学んだ。子どもの頃から森林の中で遊ぶことが多く、自然と「自然保護」や「エコロジー」に関する意識が高まり、選んだ道だった。

「大学時代、地元の里山保全活動を行う団体で活動したことでも、森林への興味が強まりました。人手の入っていた森は手付かずで残すより、薪や材にするなど人が継続的に加わったほうが整備されて、むしろ生態的にも環境が整う。そう考えると、森にある資源を価値に変え活動を維持できるアイデアが重要であるかな、というテーマが僕のなかに生まれた感じです」。

もっとも、大学生だったのは20年近く前。当時はまだ旧態依然としていた林業に飛び込むのは、躊躇した。国産木材にこだわったうえで、デザインに凝った付加価値の高い家具を製造するメーカーへの道も考えたが、いわく「おしゃれな家具づくりのセンスは持ち合わせてないと自己評価して」選べなかった。

「結局、大学院まで進んだのですが、卒業後は2カ月ほど無職。さすがにこのままではまずい……と思って。縁があるところならどこでも良いかと、その時住んでいた近くで就職先を探したら、隣の市でシステムエンジニアの募集があり就職したというわけです」。

その後、順調にSEを勤めながらも、常に「森に関わりたい」「木のものづくりがしたい」という気持ちはくすぶったまま残った。そして数年が過ぎたある日、妻子と住んでいた自宅をリノベーションしたとき、思わぬ転機が訪れる。

「古くなった畳の部屋のリフォームを考えていた時、大工の友人が『節ありでも良かったら無垢の杉材が安く手に入るから、それに張り替えては?』と提案してくれたんです。それなら、とその友人と一緒に張り替えてみたら……」。

やわらかく気持ち良い杉材の触感。床から熱を逃さないので暖房をつければ部屋がしっかり温まる断熱性。杉材の価値をしみじみと実感した。

「僕自身、かつては『森林は大切』とか『木の製品はいい』なんて言っていたけれど、実際にそれを体感した上で言っていたかというと違ったんですよね。自分の育ってきた環境を思い返すと、本物の杉材の良さに触れる機会ってなかったんですよ。知らないと選択肢にも上がらないと思うんです。そうした本物の木の良さ、あるいは地元の木材に触れる機会があることが、木材の価値を高め、森を守ることに繋がるのではないかと」。

環境が人をつくり、経験が人を動かす。日々の居場所に杉材を取り入れたことで、じわじわと井上さんの中にあった「森に関わるる仕事がしたい」「木のものづくりがしたい」という思いを再燃させることになった。40歳目前だったことも後押ししたに違いない。

「そこで会社をやめ職業訓練校に1年通い、フローリング作業で面白いと体感した大工の実務技術を学ぶことにしたんです。SEとして10年働き、それなりに成果を出し、貯金もあったので『留学したと思って時間とお金を使わせてくれ』と妻には言いましたね」。

手先は器用なほうだった。言われたことを真面目にコツコツこなす性格もあいまって、職業訓練校では、誰よりもうまくこなした。制作物は周囲の手本とされるほどだった。ただし、大工の仕事を知れば知るほど、「一人前になるには10年以上かかる」「現場で数をこなさなければプロとはいえない」という職種としての厳しさを知ることにもなった。

「総合的に判断して大工で食べるのは難しいなあ……ということが修了が近づくにつれてますますハッキリしてきたんですよ。さて、これからどうしようかなって」。

悩んでいた頃、今につながるヒントが職業訓練校の課題というカタチで舞い降りる。「天井づくりの課題があったんですが、僕はわりと手先が器用だったから、他の人と違って『井上、お前は“格天井(ごうてんじょう)“をやってみろ』といわれたんですよ」。

格天井とは神社仏閣などでもみられる木に凹凸をつけて、それを組み合わせて格子状にした天井のこと。そう、「相欠き」によって組まれる天井だ。

SIBに託された、東近江市民の期待

きれいにはまる凹凸をつくった木組づくり。課題の「格天井」に取り組みながら、井上さんはひらめいた。「この相欠きで積み木をつくったらどうだろう?」。

数年前、長女とヨーロッパ製の積み木で遊んだ経験も、着想の後押しになった。「シンプルなカタチの、いいおもちゃだなあ」と思いつつも、「このカタチなら、日本の山の木からでもつくれたはずなのに……。日本の家みたいな木組み風の建物を作るのは難しいな」とも感じていた。その答えが、格天井をつくりながら見つかったわけだ。

「環境が人をつくるなら、子供たちが自然にふれる積み木を、地域の山の木を最大限に活かしてつくったら、自然と木の良さに気づける。森林への意識が自然とインストールされる、そう考えたんです」。

そもそも「おもちゃコンサルタント」の資格をもつ積み木マニア。世界中の色々な積み木についての知識があり、この形の積み木は世界初のデザインであることを確信していた。また「組む」という、新しい感覚、新しい面白さを何よりも実感していた。

さらに、井上さんは木組みの積み木に勝算を感じた理由があった。

木組みは本来、一度はまったら外れないように、緻密に木組みをつくりあげるものだ。しかし、積み木にはその発想は仇になる。「あえてかみ合わせを甘く」しなければ、いろんなカタチをつくり、こわし、またつくる……という、積み木の役割を果たさないからだ。 「そもそも相欠きは最もシンプルな木組みのカタチ。それだけを積み木にして、しかも甘く仕事する、なんていうのは、本職の大工にしてみたらプライドが許さない。だからこそ、これまでに生まれなかった新しいデザインだと思うんです」。

「KUMINO」で遊ぶ子どもたち。木組みを活かした玩具はほかにもあるが、ここまでクリエイティブな拡がりをもって、多種多様なカタチがつくられるものは少ない

予想は的中した。早速、杉材を使って「KUMINO」の試作をつくり周囲に見せると「たしかに、ありそうでなかったな!」「木の面白さがすぐ伝わる」「子どもたちが遊びながら、木の良さに気付けるね」とポジティブな声が殺到した。

東近江の杉を使い、地産地消のビジネスとすることも、支持の声を大きくしたようだ。 山には杉をはじめとした木々がたくさんある。その出口を探し、それぞれの現場で模索していた彼らにとって、井上さんの「木組みの積み木」のアイデアは、小さくともキラリと光る希望の星だったわけだ。

「東近江から材木を使った新しい事業を立ち上げる。そんな思いに共感していただける多くの方々がいたからこそ、僕もこれを事業化への勇気をもらえた気がします。家具でも大工でもなく、新しい積み木で起業しよう!」という。

もらったのは、勇気だけではなかった。世界的にも注目される「SIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)」。行政が指定した社会的事業に対して、市民の投資を募り、成果が出た分を市民にリターンするというあたらしい助成のしくみだが、東近江市はこれを昨年から独自にスタート。井上さんの「KUMINO」を、その採択事業のひとつに指定したのだ。東近江の杉を使い、雇用にも繋がり、地域経済を活性化させることを期待したためだ。

「このSIBを機に人の繋がりもうんと増えた。市民の方々から投資を受けるようなカタチで、試作品やパッケージデザインなどがまかなえ、今いる鈴鹿山脈の奥深くにある素晴らしいロケーションの工房も紹介され、格安で借していただきました」。

そして昨年10月。製品となった「KUMINO」は、直販からスタート。エコイベントや木工イベント、玩具展示会などに積極的に参加し、じわじわと販売先を増やしている。新宿四谷の「東京おもちゃ美術館」をはじめ、県外のショップでも置かれるようになった。さらに、10月29日に東京日本橋にオープンする滋賀県情報発信拠点「ここ滋賀」でも、取り扱われることになった。

また井上さんは、東近江だけじゃなく、「各地域の木材を使って、各地域の『KUMINO』をつくり、売る」というビジネスモデルにも踏み込み始めた。たとえば、岐阜の杉でつくった岐阜の「KUMINO」。秋田の広葉樹でつくった秋田の「KUMINO」といった具合だ。先述したように日本の至るところで活用されずにいる木材に、新たな付加価値をつけて、産業を生み出す。さらには木の良さを伝え、森林保護にまでつながるようなきっかけのひとつとして、「KUMINO」をひろめていこうというわけだ。

「9月には、コープしがさんが管理している『コープの森』で伐採した杉を使ってオリジナルの『KUMINO』を制作する予定です。それは『コープしが』の託児コーナーで使ってもらいます。こうしたCSRなどの取り組みとしてある森林保全事業の出口としても、子どもたちが使う積み木はとても親和性が高い。こうした取り組みにどんどん活用していただけるとうれしいですね」。

まだまだ成長過程の「KUMINO」だが、これからも想像以上に多くの人を繋ぎ、多くの森や地域を結んでいきそうだ。「木組みの積み木で、木の良さを伝えていきたい……」。事業への思いもビジネスモデルも、シンプルだからこそ可能性が広がるのだ。

高すぎるiPhoneは売れる? 奔走するキャリアと余裕のApple

高すぎるiPhoneは売れる? 奔走するキャリアと余裕のApple

2018.09.21

iPhone Xs、Xs Maxが発売。価格は最大17万円越えと高価

キャリア各社による、これまでとこれからのiPhoneの売り方は?

Appleの強気の価格設定の裏に「型落ち機」の存在感

9月21日、いよいよ新型iPhoneが発売となった。iPhone XSは昨年発売されたiPhone Xの後継モデルで、iPhone XS Maxは6.5インチの大画面が特徴だ。

性能とは別に、話題となっているのが本体価格だろう。今回、いずれも64GB、256GB、512GBの3つの容量が用意されているが、64GBモデルでも12万円を超え、512GBモデルとなれば17万円を超える値付けとなっている。もはや、スマホとは思えない価格設定だ。

ついに発売された「iPhone Xs」と「iPhone Xs Max」

他国に比べ圧倒的にiPhoneのシェアが高い日本だが、そんな状況が生まれた理由の1つとして、これまでは「安価に買えた」というポイントは無視できない。

「安いiPhone」が日本普及の鍵だった

かつてソフトバンクはiPhoneを販売するにあたり、「Everybodyキャンペーン」と銘打ち、端末代が実質ゼロ円となる施策を実施。ガラケーに使い慣れていたユーザーに、iPhoneをお試し的に使えるキャンペーンがハマった。また、KDDIとNTTドコモが相次いでiPhoneの取り扱いを始めたことで、同じ機種を3キャリアが同時に扱うという競争環境が生まれ、各社でキャッシュバックや実質ゼロ円での販売が横行。結果として「Andoridスマホを買うより安い」という状況が生まれた。

さらにiPhone人気に拍車をかけたのが「下取り」だ。iPhoneを販売する際、各キャリアが持ち込まれた”使用済み”iPhoneを高値で買い取ったため、「iPhoneはリセールバリューが高い」という認識が広まったのだ。

分離プラン、4年縛り……奔走するキャリア各社

しかし、ここ数年は総務省がキャッシュバックや実質ゼロ円販売に歯止めをかけた。これにより、過剰な端末割引は表向きは鳴りを潜めた。

総務省としては、端末の割引をやめることで、余った原資を通信料金の値下げに回すべきという考えを持っている。その意向に賛同したのが、KDDIが昨年始めた「ピタットプラン」だ。ピタットプランは、端末の割引をやめ、ユーザーが使った分だけ料金を請求するという、いわゆる分離プランになっている。

データ利用量に応じて支払い金額が変動する「ピタットプラン」

しかし、端末の割引がなくなってしまうと、10万円以上するiPhoneを購入するのはかなり心理的な負担が大きい。ユーザーの負担を抑えつつ高価なiPhoneを売るため、KDDIが始めたのが4年割賦、いわゆる4年縛りだ。iPhoneの本体価格を4年、48回払いにすることで、月々の負担額を下げた。

ただ、これでは機種変更が4年に1回になってしまいかねないだけに、メーカーが痛手を被る可能性がある。そこで、同じ機種を2年間使い続けたら、残債の負担なしに機種変更できるという決まりを作った。ただし、機種変更する際には、今使っている端末を回収するという条件となっている。

そういったユーザーとメーカーに配慮した売り方に対して、待ったをかけたのが公正取引委員会だ。

4年割賦で購入した場合、2年後に機種変更すると、さらに同じプログラムに加入しなくてはならず、さらに4年の割賦が発生する。そうなると結局、半永久的に縛られることになるため「それはよろしくない」ということで、KDDIとソフトバンクに改善を求めたのだ。そこで両社は、機種変更時に、同じプログラムの加入を強制しないと改めた。

ただ、これで4年割賦がなくなるかと思いきや、今年のKDDIとソフトバンクのiPhone商戦は、やはり4年割賦がメインの売り方となっている。

本体価格を見ると、「実質価格」として、2年間で支払う金額が強調してある。まるで、半額でiPhoneが買えてしまうような見せ方だ。機種変更時に端末の回収が必須だということは、本当に小さくしか書かれていない。

SoftBank 「iPhone Xs」「iPhone Xs Max」料金ページ

KDDI「iPhone Xs」「iPhone Xs Max」料金ページ

とはいえ、総務省に端末割引に対して厳しいメスが入れられたことで、4年縛り以外売る方法がないというのが実情だ。高価なスマホを購入するために、4年も拘束されることが本当にユーザーのためになっているのかは、改めて検証する必要があるだろう。

「売れ行き不調」でも強いApple、型落ちiPhoneが暗躍

ここまで高価な値付けをしてくるAppleの自信は一体どこから来るのか。

Appleとしては、iPhone XS、iPhone XS Maxをフラグシップモデルと位置づけているが、必ずしも「主力商品」とは考えていないのかも知れない。最新バージョンとなるiOS12は6年前の機種となるiPhone 5sから利用可能だ。Appleは、iPhone XS、iPhone XS Maxを売るにあたって、iPhone 7やiPhone 8を1万円ほど値下げしている。

日本では、サブブランドのワイモバイルや、KDDI子会社のUQモバイルがiPhone 6sを販売。また、NTTドコモも毎月1500円、通信料金が割引される「docomo with」でiPhone 6sの取り扱いを開始した。

docomo withの対象機器に追加された「iPhon 6s」。最新iOSへのアップデートが可能であるため、そこまで高い性能を求めなければ、十分に使える

関連記事:分離プラン普及の試金石"docomo with"に「iPhone 6s」追加のワケhttps://biz.news.mynavi.jp/articles/-/1950

Appleはこうした型落ち端末で、ガラケーユーザーからiPhoneへの乗り換えを促し、新規ユーザーを獲得しつつ、iPhoneから離れられなくなったユーザーに高価な最新機種を売っていくという戦略なのだろう。

実際、海外市場では型落ちiPhoneや中古iPhoneがよく売れている。iPhone 6sなどの型落ち機種でも、iOS12をインストールするとサクサクと動くという声も多く、意外と評判がいい。

今後、iPhone XS、iPhone XS Maxが「高くて売れていないようだ」といった報道が出てくるかもしれない。しかし、それだけでAppleの勢いが落ちていると見るのは早計だ。じわじわと売れ続ける型落ちiPhoneこそが、Appleの本当の実力を表しているといえるだろう。

新Apple Watchは「医療」で成功する、Appleは本気だ

新Apple Watchは「医療」で成功する、Appleは本気だ

2018.09.21

9月21日、「Apple Watch Series4」が発売

最新機はフィットネスの成功を土台に、より健康志向に

心電図機能の追加で、医療業界に影響をもたらす存在となる

9月12日に行われたAppleの発表会で、新iPhone「XS/XRシリーズ」と、新Apple Watch「Series 4」が登場した。iPhoneの市場の大きさから、発表会後の話題はiPhone一色になっているところがある。

新しいApple Watchである「Series4」。日本では9月21日より発売

しかし、発表会に参加し、現場を取材した筆者の感触でいえば、Apple Watchの発表は、iPhoneと同等、いやそれ以上に戦略的な意味合いをもっていたように思える。ではそれはなんなのか? 解説してみよう。

Apple WatchはAppleの「ヒット製品」に返り咲く

Appleのティム・クックCEOは、「Apple Watchは、世界で一番人気のある時計になった」と発表会で語った。人気とは売り上げ金額なのか数なのか、集計期間はいつからいつまでなのかなど、まあ、いろいろ突っ込みたい部分はある。

Appleのティム・クックCEO

だが、Apple Watchが当初の「過大な期待と持ち上げの時期」を過ぎ、Appleの中でも「重要な、売れるプロダクト」になったのは間違いない。ヒット製品の少ないウェアラブル機器の中で、Apple Watchは累計では数千万本が売れ、iPhone・Mac・iPad「以外」のApple製品の中では、圧倒的な稼ぎ頭に成長している。

Apple Watchが登場した時、市場は「ポストスマホ」的な期待を抱いた部分がある。だが、実際のスマートウォッチはそうしたものではなく、スマホの周辺機器の域を出ていない。そのことを「期待外れ」と考える人はまだ多いようだ。

だが、結果的に言えば、Appleはじっくり取り組むことで、この市場でも成功を収めつつある。ポイントは「フィットネス」だ。iPhoneからの通知を表示する、というもっとも基本的だが誰もが使う機能に加え、フィットネスの状況を可視化し、より楽しく効率的に体を動かすことに役立つ機器としてApple Watchに磨きをかけることで、非常に底堅いニーズを生み出し、顧客を掴んだ。

「スマホがあるし、普通の腕時計でいいからApple Watchはいらない」という方もいるだろう。それも真実だ。だからこそ「スマホだけでも、普通の腕時計だけでもダメな部分」を見極めることで、Apple Watchは成功に近づきつつある。

フィットネスの成功を土台に「より健康志向」へ

では、今年のApple Watchはどこを狙うのか?

昨年まで、Apple Watchの発表は「フィットネスの発表会」のようだった。だが、今回の製品ではその要素は見えない。フィットネスへの対応はすでに「基本機能」だし、Apple WatchのOSである「WatchOS」のアップデートにより、機能の洗練は進んでいる。

次にAppleが狙ったのは、より広い層だ。「腕時計の代わりに、なぜApple Watchを身につけるのか」という問いに対する答えを、Appleはついに示しつつある。

それは「万一のためのアシスタント」という考え方だ。普段はiPhoneからの通知を受けたり、音楽を聴いたり、フィットネスの情報を知ったりするのに使いつつ、「いざという時の助け」のために、自分の生体データを記録しておいてくれるデバイスとしても働いている……。これが、Appleが見つけた答えなのではないか。

Apple Watchのように腕につける機器は、体が発する情報をより多く取得することができる。これまでは歩行や心拍数などのデータが中心だったが、Apple Watch Series 4はモーションセンサが強化された結果、「転倒」も把握できるようになった。心拍の異常低下を検知し、心房細動の徴候を掴むことも可能になっている。

なによりインパクトが大きかったのは、「心電図」を計れるようになったことだろう。竜頭型のデジタルクラウンに指をあてると、内蔵の電極を使って心電図をチェックできる。

「デジタルクラウン」にセンサを埋め込むことで「心電図」の記録に対応。ただし日本では当面利用できない

心拍にしろ転倒にしろ心電図にしろ、専門の機器に比べると精度は劣るかもしれない。出番はそれこそ「一生に一度」かもしれない。

だがそれでもいいのだ。なにもなければ通報が遅れたり、医師が適切な判断を下すのが難しくなったりする。精度が劣ったとしても「いままでは見過ごされてきた徴候や状況に対応できる」ことで、誰かの命が救われるかもしれない。そうした部分を持つことが、「より良いスマートフォン・コンパニオン」である、とAppleは判断したのではないだろうか。

こうした要素は、ハードウェアの進化なしには実現できない。AppleはiPhone同様、Apple Watch用の半導体(SoC)も自社で設計し、いっきに量産する戦略を採っている。SoCの内容だけでいえば、Qualcommも同じようなことを考えているようだ。だが、「同じスペックのものをいっきに量産し市場にばらまく」という観点でいえば、Appleのように人気のあるメーカーが独自に展開する方が有利である。

医療機関との関係を強化、「医師に必要とされる」製品へ

一方、医療の世界に足を踏み込むなら、厳密かつ責任あるハードウェア作りが必要になる。関係法令を守り、審査と査読を経て、医療業界から認められる必要があるのだ。

今回Apple Watch Series 4は、アメリカの担当省庁であるFDA(アメリカ食品医薬品局)の認可を得た、と説明された。そこには相応の時間とコストがかかったことだろう。

だが、日本を含む他国での認可はこれから行われる。いつ認可され、心電図の機能が使えるようになるのか? 法令対応が終わったアメリカですら「年末以降」とのみアナウンスされている状況で、日本は目処すら立っていない。日本でApple Watch Series 4が医療機器として認定されるのは非常に困難である、との専門家の指摘もある。

ただどちらにしろ、こうしたことは必要だ。フィットネスとは話が違う。心電図機能にしても、消費者がそれを見て「自分で健康になる」ことを目的としているわけではない。あくまで医療機器として「医師が判断する情報」として、「医師のすすめとともに」使うものだ。そうした部分を勘違いしてはいけない。

特にアメリカの場合、日本と違い、「国民皆保険」制度にはなっていない。健康を保つために自ら機器を使って管理することは、コストを削減する面でも、健康そのものの面でも「望ましい」とされている。Apple Watchはフィットネスを切り口に、そうした流れの先頭にいた。今後はさらに「医師との窓口」としての役割を果たし、医療費削減の切り札として使われていくだろう。

日本においては、医療機器は専業メーカーの領分であり、機器メーカーが医療機関や関係省庁と話す量が少ないように思う。Apple Watchは、そうした変化の先駆けになる製品だ。

日本で心電図を含めたすべての機能が使えるようになるには、年単位での時間が必要である可能性が高い。だが数年以内に、「保険を割り引く条件として、Apple Watchをつけることと、そのデータを保険会社が管理すること」といった条件の健康保険が増えて来る可能性は高い。

垂直統合によってそうした未来を自らの力で引き寄せる……。これこそが、Appleが描いている「スマートウォッチ戦略」なのだ。